千恋*万花~福音輪廻~   作:図書室でオナろう

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次話は試験的に12時に投稿してみます。
ご容赦


嚇怒

──始まりにあったのは、怒りだった。

 

何故?

何故神の使徒たる汝が、我を否定するのか。

我らが抱きし千年の怨讐を、何故守り神の破片なる汝が否定するのか。

 

──"ソレ"は、憎んでいた。

──"ソレ"は、羨んでいた。

──"ソレ"は、望んでいた。

 

殺すべし、殺すべし。

呪いは呪いを以て贖われるべし。

死なぬものに死を。終わらぬ悪夢に終焉を。奪われたものには、相応しい断罪を。

 

永き千年の時で憎悪を絶やさぬように、魔に成り果ててなお魔を討ち滅ぼさんとして、魔を喰らって憎悪を研ぎ澄ませる妖刀と化してなお、その始まりは保たれていた。

 

偶然とはいえ共に滅ぼすに相応しい端末も現れた。端末もまたあらゆる魔を滅ぼし最後には消えることを是とした。我らは同じ思いを束ねる鏖殺の刃──

 

だというのに。

 

あろうことか数百年も寝ていた分際で、人に戦うことを与えておいて、目が覚めてみれば言うに事欠いて『担い手から離れろ。彼を自由にしろ。そなたも眠れ』だと?

 

……ふざけるな。

男のえり好みをする貴様なんぞに戒められる我が憎悪ではない。──担い手としては我が端末の方が遥かに優秀、戦士としてもだ。

我は貴様のように守るべき民に戦いを強いるものではない。望むものに望むだけの力を与えるのみ。

貴様の戒めを渋々受け入れ観察したが、あんな様では討ち亡ぼす者として相応しくない。

それに担い手と管理者の所為で、端末の美しいほどに研ぎ澄まされていた覚悟が鈍ってしまった。

 

我は討ち亡ぼす覚悟を抱くものにこそ必滅の力を与える刃。

自らの血と傷を以て、虚を絶つ、死の剣なり。

 

──故に滅ぼすのは我だ。

 

無駄な抵抗を続ける端末の意識を労わり、深い眠りへと落とす。制御の無くなった肉体を操作し剣を携え、殺すべき魔の存在する場へと疾走する。

端末は我が怒りを殺意と誤解し、我を封じることに専念した結果、無駄な労力をかけた上にもう夜になってしまった。

 

──証明しよう、我らの殺意と憎悪を。

 

……もし"ソレ"の意志を解すものがいれば、鼻で笑ったであろう。

貴様の憎悪と同調させられた端末の意志は、一体何処にあろうか? ──と。

 

かの剣の担い手は、接続できてしまうほどに魔に近い。"ソレ"と担い手が同意した、と思っていても、事実は決してそうではない。

現実なぞ……得てしてそんなものであろう。

 

 

一方その頃──

 

「繋がらないな」

 

さて出撃だと勇んでいた婚約者御一行は、昼間から妙な動きをしていた馨に連絡を取ろうとしていたが、結果は芳しくなかった。

かれこれ連絡をしようと試みてから三十分近く経過したが、返答は一切無い。

 

(ご主人……馨の奴、まさか)

(可能性としてはそうかもしれない、とは思えるけど……)

 

虚絶の危険性に関しては、実のところ馨本人ですらよくわかっていない。ただ誰しもに祟りの殺害を可能とする代わりに、それそのものが肉体の制御を奪うほどの力と意志を持ち、祟りと呼んでも過言ではないほど恐ろしいものであるということだけが、虚絶のわかっていることだ。

 

前例が遥か昔のことである上に、外より来た者のため資料も無く、馨と虚絶の特異性の相乗効果は、発覚から十年近く経過しても未知数のまま。

魔に近いとは彼と虚絶の言であり、何を以て魔に近しいとするのかも不明。

 

……つまりはよくわからないままだ。

 

「今日は馨君無しで出たらどうだい? 彼の様子なら僕が見に行ってみるからさ」

「お願い、お父さん」

「他にできることも無いからね。それに……ちょっと、確かめたいこともある」

 

過去、安晴は馨の父であり友人でもある千景から虚絶を勝手に奪って祟りに挑んだことがあった。その時は代償の影響でえらい目にあったものだが、それでも憶えていることがある。

 

──確実に、虚絶の中には明確な意志を持った者がいる。

 

単なる怨霊の塊ではなく、明確に何者かが存在していた。たとえ人柱になったものがいても、千年もの間で呪いと共に朽ち果てる筈──だが現実は違った。

再び、それを確かめねばならない。

 

「──将臣君。もしかしたら馨君はもう山にいるかもしれない。話を聞くに、彼は恐らく制御不能になっていると推測できるから、祟り以上に気をつけるように。ムラサメ様にも伝えておいてくれ」

「はい、確かに」

 

出て行く時に、安晴は将臣に耳打ちをする──過去の経験から推測した今回の事態を。

 

「大丈夫でしょうか、馨さん……」

「まぁあやつのことだ。どうせひょっこり顔を出すだろうて」

 

不安げな芳乃を安心させるようにムラサメは言うが、その実、嫌な予感を感じていた。

 

「……馨くん?」

「常陸さん、何か見えた?」

「いえ、気のせいでしょうか……なんかそれっぽい影が見えて……」

 

茉子は忍者だが、見えぬものは見えぬ。暗闇の中で疾走する影など特に。

 

──そう、疾走していたのだ。

彼らから離れた影は、その憎悪に塗れた声を出す。

 

「ドコ、ダ……タタリ……ィ!」

 

虚絶は端末を駆り、夜の山を飛び回る。普段ならばすぐさま正確に探知し、撃滅に向かったであろうが今夜は叢雨丸への怒りから完全に見失っており、それはもはや悪鬼が如き有様。

 

「タタリ……ミツケタ、コロス……! コロス!」

 

散り散りになっているが今夜の祟りの合計は四つ。彼──いや"彼女"は燃料にする前の祟りを意図的にチラつかせ、発見した祟りを誘う。

ノコノコと誘われて来たのは三体。一体は先に襲撃先を見つけたらしく不在だ。

だが虚絶には構わない。奴らが仕留めるより早くこちらが仕留めて優位性を証明すればいいだけのこと。さすればあの寝惚けた神刀も、我が端末の優秀さを理解せざるを得ないだろう──

 

「──オソイ」

 

消えた。

──いや、疾く動いただけだ。

その疾く動いた中で、素早く抜刀し一刀両断。前回とは違い確実に殺った……と、確信したのと同時に、残った二体が攻撃を仕掛ける。

 

片方が面、片方が点──分散した触手が虚絶の端末の周囲に伸ばされ、回避困難になったところに渾身の一撃が振り下ろされる。

が──その程度で死ぬのならば、この端末の命はとうの昔に終わっているし、虚絶となった"彼女"もまた、現代まで残っていないだろう。

 

「ハッ」

 

鼻で笑う。

鞘に納刀し、ダラリとした自然体のまま迫る触手に向かって駆け出す。高速で振り下ろされる直前、斜め右に大きく跳躍。ドゴンと大きな音を立てて触手が地を破壊した時には、すでに虚絶の端末は大きな隙を晒している祟りの上空。

 

「テン、チュウ──ッ!」

 

落下しながら抜刀し、さながら杭を突き立てるように逆手持ちの刀を振り下ろす。避けるのも間に合わず、祟りは串刺しにされて喰われた。

間髪入れず地面に突き立てた刀を逆手に持ったまま疾走。地面を斬り裂きながら第二撃を用意していた祟りに突っ込む。

素早く放たれる無数の触手──この隙間を掠らせながら潜り抜けて。

 

「シニサラセッ!」

 

刀を振り上げ、まず初撃で態勢を大きく崩す。そのまま順手に持ち替えて袈裟斬り──次いで横薙ぎの一閃。

無駄に損傷が増えてしまったが、確実に仕留めるには安い対価だろう。

 

「フム……マダイルカ」

 

やはりこちらの方が早かったかと、一人納得しつつ、端末の損傷を確認する。部位欠損でなければ、どれだけ深かろうとも三日もあれば完治する身体とはいえ、内臓系への損傷は一週間程度の療養を必要とする。もっとも、戦闘に支障が出るだけで生活する分には痛みで済むが。

虚絶の傷の代償は、たとえ虚絶自身であっても選べない。

 

どうやら右の額、胴体中央、左腕、右ふくらはぎ、右肩に傷が生まれたらしい。掠ったところは破邪の効果のある穂織の水で流せば良いのだから、つまりは無傷も同然かと考える。

いや、右目に流血が入らぬよう瞑っている以上死角が生まれているか。──まあいい。

 

「ワガタンマツガ、オクレヲトルハズガナイ」

 

痛み流血する身体を無視して、虚絶は端末に指示を送る。次は、巫女姫と神刀の担い手に向かっている個体だ──!

 

 

「……石……?」

 

だが、虚絶の認識は甘かった。

彼らの戦いは刹那で決着が着いた。想定外の攻撃を、咄嗟の反撃であっさりと両断された祟りから落ちた、謎めいた破片を拾う。

これを見ていると、何か胸騒ぎのようなものを感じる。しかしそれが何かは分からぬまま……

 

「有地さん、本当に大丈夫ですか? どこか怪我は?」

「えっ? あぁ、ほら、全然大丈夫だよ」

「よかった……でもなにしてるんですか。あんな風に突っ込むなんて」

「そんなに危なっかしかったかな。気付いたら反応できてて、俺自身よくわかんないけど」

「そういうわけでは……本当によかった」

 

何せ本当に咄嗟の反撃──それも牽制となるべき初撃で仕留めたのだ。あまりにもこっちが予想外で、将臣自身もこれほど上手く行ったのは偶然だろうとすら思う。

 

「しかしあの太刀筋、かなり綺麗でしたね。今までのドタバタしたのに比べれば、見違えるようでしたよ」

「ドタバタ……まぁすっとこどっこいよりマシか」

「あれは抜き胴ですか? 形が似ているので、剣道の類かと思ったんですけど」

「昔祖父ちゃんの影響でやってたから。全然やってなくて、あんな様だったけど」

「なるほど」

 

──と、茉子が一息つけた時に。

ガサリと大きな音が立つ。

 

「──! 二人とも、下がってください!」

 

祟りの音とは大きく異なる、重い物が木の枝に乗ったような音。専門外である二人を下げるのは正解であり……

 

 

「ホウ、ヒタチノマツエイカ」

 

 

その疑問の声は誰が漏らしたものか。全員が驚愕の視線で"ソレ"を見る。

ダンッと大きな音と共に地に降り立ち、月光に照らされた鮮血が否応にも目につく。

 

「カカカッ、ドウダ、ムラサメマルヨ。ワガタンマツハユウシュウデアロウ。キサマラガヒトツシトメルヨリハヤク、ミッツシトメタワ」

 

そこに現れたのは、虚絶を携えた稲上馨。至る所から流血しながら、馨の顔で他人の表情と共に、初めて聞く女の声と混じった声で叢雨丸に対して勝ち誇る。

 

「馨!? お前、どうして──」

「ならぬご主人!! アレは馨ではない! 虚絶だ!!」

 

将臣が近づこうとしたのを、ムラサメが止める。

 

「う、そ──」

 

変わり果てたその姿は、紛れもなく魔人。魔と人の狭間の証人がそこにいる。あの時漏らした言葉の意味を今理解した茉子が、愕然としながら見つめるも、眼中に無い虚絶は感心したようにムラサメへと声をかける。

 

「サスガダナ。ワガタンマツノイシガネムッテイルノヲサッチシタカ」

「端末だと……! お主、人間をなんだと思っているのだ!? 永き時を生きる怨念め!」

「クク、クハハ──!! カエルノコハカエルダナ!! ムラサメマルモオナジコトヲホザイテイタ!!」

 

心底おかしいと言わんばかりに虚絶が腹を抱えて笑う。そしてギロリと叢雨丸を睨みつけて、極大の憎悪を乗せて呟く。

 

「ホントウニ、イイゴミブンダナァ。キサマガオトコノエリゴノミナゾシテイルアイダニ、アワレナトモタケノオナゴガドレホドイノチヲオトシタカ……シラヌホドオロカデハアルマイ!」

 

刀を振り抜き、虚絶は叫ぶ。

 

「スウヒャクネンブリニメガサメテミレバ、ソンナオトコガニナイテトハ!! モウロクシタモノダナ! タタカウベキデナイモノヲエラビチカラヲアタエルナド、キサマコソタタリガゴトキアリサマダ!」

「黙りなさい!」

「芳乃様!?」

 

嘲笑し徹底して貶す虚絶を前にして、芳乃は毅然とした態度で立ち向かう。

 

「あなたがあの恐るべき虚絶である、というのはわかりました。ですがその身体はあなたのものではなく、稲上馨のものです! 彼に返しなさい!」

「アァ、シッテルトモ。ワガタンマツ──カオルトイウナダッタカ。ダガ、ワレトワガタンマツハ、カツテソノイシヲドウイツトシタ。

 

……忌マワシキ魔ヲ討チ滅ボストナ。

 

ユエニ、ワガタンマツヲワレガアヤツルコトハ、セイトウデアル」

 

だがそんな芳乃の言葉さえも、虚絶には一切通じない。彼女は彼女の中で完結している。千年の時を経て朽ち果てぬ憎悪は伊達ではない。

 

「──我ガ望ミハ、端末ノ望ミ。ソコノニナイテトハチガイ、センシトシテモスグレテイル。タショウノソンショウナドモンダイデハナク、マタワガニナイテニフサワシイセイシツモアワセモツ……ドウダ。キサマガエランダニナイテナド、ヒカクニナルマイ」

 

まるで自分の最高傑作を自慢するかのような態度で、虚絶は語る。

だが、そんな態度が琴線に触れたのか、遂に将臣が踏み出す。

 

「あんたが言いたいことはつまり、叢雨丸に意志があるとかそういうことでもなくて、要はプライドの話だな?」

「プライド……? ナンダソレハ。ワレガショウメイスルハタダヒトツ。

ワレト、スバラシキワガタンマツノユウイセイニホカナラナイ。

 

──我ラガ抱キシ千年ノ復讐。ソノ誓イヲ、無下ニ扱ッタ叢雨丸ニナ」

 

腰を深く落とし、両手で刀を構える虚絶。

その構えは一見すると素人のソレだが、しかし一切の隙は無く。魔を滅ぼすために全てを投げ打った一族の末裔の肉体が、後の神速に備えている──!

 

「有地さん!」

 

芳乃が叫ぶ。

 

「朝武さん、常陸さんを連れて下がって!! こいつは俺が……ムラサメちゃん!」

「応さ! いつまでもしがみ付く怨霊に一泡吹かせてやろう!」

 

将臣とムラサメは、虚絶が何故敵意を漲らせているのかを朧気ながらに理解した。

虚絶は、叢雨丸を見返すために事を起こしたのだろう。

だが──

 

「気に入らないな──」

「気に入らぬのだ──」

 

わかるが、とても気に入らない。

そんなに人間らしい感情があるのならば、何故。

怨みばかりを先行させるのか。復讐ばかりを先行させるのか。素晴らしい端末と褒めるくらいには子孫に対する愛があろうに──

 

「「怨みだけならお前が祟りだろう──!」」

「ヌカセ、アオニサイドモガ──!!」

 

地を蹴って爆裂する。その踏み込みは疾すぎる。捉えられない、弾け飛ぶように駆け抜けてくる。背負うように刀を構えて、強烈な兜割りを見舞おうとしているのだけ辛うじてわかる。

だからこっちに出来るのは、正面から迫り来る敵の太刀筋の軌道を見定め、

 

「────ォッ!」

「ヌゥ……ッ!?」

 

渾身の力を以ってして、鍔迫り合いを挑む──!!

ガインッと鈍い音が響き渡り、神刀と妖刀が激突し担い手と端末が睨み合う。

 

「ぐ、っ……!」

「ズニノルナ……!!」

 

だが力の差もあれば技量の差もある。重い、重すぎる。虚絶の刀が重すぎる。千年の重みを乗せた刀身かと錯覚してしまいそうなほどに。

 

「けど──!」

 

だからこそ負けらない。

叢雨丸に選ばれたのは必然だから。選ばれた者なりに、戦い続けた者に力を示さねばならない。少なくとも、戦える者だと認められるくらいには……!

 

が、しかし。

 

「……ま、さ……おみ……?」

 

呆然とした声と共に押されていた力関係が一瞬で消滅する。

 

「そうか……俺は……」

 

虚絶を退けながら、へたり込む。

 

「世話かけた。戻ろう……話すよ、色々」

 

 

 

肉体を取り戻した時、虚絶の怒りが伝わってきた。

なるほど。確かに千年もの間研ぎ澄ませてきた復讐の叫びを、肝心な時にいなかった奴にいい加減にしろと否定されては怒るというものだ。

……案外、こいつも微かに人間らしい部分があるんだな。

 

ただ叢雨丸の発言を支持する……というわけにはいかない。可能性はあるのだ、肝心な時に動けるものが必要だろう。

 

「……まずは一つ、すまなかった。危害を加えようとして」

 

しかし話はそう単純ではない。血塗れの身体を拭きに一旦家に戻って服を取り替え、それから再び朝武家を訪れた俺は、まず真っ先に全員に土下座した。

 

「安晴さんにも、本当にすみません……もっと早く伝えておけばよかった」

「鍵開けっぱなしでもぬけの殻、なんてもしかしたらと思ってたけど。まさかここまで暴れるとは」

 

とかなんとか話しているが、実は芳乃さんと茉子からの視線がめちゃめちゃ痛い。まるで突き刺さるようだ。

 

「何を隠していたんですか、全て教えてください」

「いや、芳乃さん。別に知ったところで今回のは虚絶が──」

「いいから教えてください。お父さんと有地さん、それにムラサメ様も知っていたんでしょう? ちゃんと真実を言っているかどうか、見ていてください」

「……やべーことになった」

 

芳乃さんがとても怖い。

茉子は無言のままだが怖い。

……ええい、腹をくくるか。

 

「虚絶には、稲上の祖先が抱く復讐の意志がある。普段は祟りを感知すると殺せだと物騒なことを言うけど、身体を奪うほどでもなかったんだ。せいぜい祟りを優先させるために操作するくらいで。でも今日は違った」

「叢雨丸ですね」

「……実は叢雨丸に『いい加減にしろ』って言われて渋々見守ってみたら、将臣が不甲斐なかったのにそのままでいいみたいな態度見せられたっぽくて……それで虚絶の奴、怒ってさ。それで今日の一件に繋がるんだ」

「俺の所為ってことだよな、それ」

「いや、虚絶としては将臣にこれといって悪感情は無い。哀れみとかの方が強い。問題は叢雨丸の担い手が完璧でないのにも関わらず、有事の際に行動できる俺たちを否定したことだ」

 

まぁ、とはいえこっちの怒りは八つ当たりじみたものであるのは否定できないが。

 

「まぁ、虚絶も女だし……叢雨丸の女性だしで、女同士にゃ色々あるんじゃないのか? 俺にはよくわからんよ。とにかく、今回の一件で落ち着いたみたいだから、よっぽどのことがない限りまたこういうのは起きないだろう」

 

あと驚いたことと言えば、虚絶と叢雨丸は女であったということか。

虚絶は稲上の祖先……伊奈神京香という女性が核となっているみたいだ。

さて事情説明は終わり。恐らくは叢雨丸も今回の件で面倒くさくなって関わろうとはしないだろう。

 

「待ってください」

 

もう話すべきことは話したとして帰ろうとしたが、遂に無言をやめた茉子に手を掴まれて止められる。

 

「隠してること、まだありますよね。死のうとしたとか、殺すために生まれたとか」

「……そ、それは……えっと」

「教えてください。もう、何も知らないのは嫌なんです。ワタシは」

「もう白状してしまえよ、馨。隠すのは無理だ」

「無駄に黙ってるからややこしくなるってのは俺が実演してるだろ? ここらで本当の事言っておけよ」

 

ジッと見つめられて、そう宣言されてしまわれては──あぁちくしょう、その目で言われたら断れない。

 

「安晴さん、どこまででいいんですかね……?」

「全部じゃなきゃダメなんじゃないかな。まぁ、黙ってた僕が言うのもなんだけど……そろそろ、伝えるべきだと思う」

 

……わかった。全部だ。

言ったところで、俺のやることは変わらない。むしろ今回の虚絶の暴走は、やるべきことを確実に成し遂げられるという確証に繋がるということだ。

 

「稲上の使命は、祟りになりかかってる人間を殺すこと……誰であってもね。過去の一件で朝武に雇われた最終手段ってのはそういうことさ。たとえそれが、あんたたちであったとしても──」

「だから、死のうとしたんですか。殺しを生業とする自分を恥じて」

「違う。時代遅れなんだよ、そんな使命は。だっていうのに親父とお袋が愛した子供が、先祖返りして人殺しに最も適した存在だなんて罪そのものじゃないか。それに将臣もいる……祓う方法はいくらでもある。つまりなんだ、俺は駒川と約束した二十歳まで生きてみるってことくらいしか生きる理由が無い」

 

芳乃さんと茉子は俯き、その表情を伺うことはできない。

あぁ……お通夜ムードになっちまった。まぁそうだろう。今までにこやかに話していた友人が過去に自殺をしようとして失敗してて、かつ今も生きている理由が特にないなんて語っちまえば。

 

「まあ気にするな。そこまで死に急ぐつもりは毛頭無い。虚絶が必要になるような事態があるだろうし、呪詛が無くなってしばらくするまでは絶対にしなないさ。単に俺は、人より自滅衝動が強いだけって話だよ」

「本当にそれだけなんですか」

「心配性だなぁ、芳乃さんは。今までそんな素振りも見せてこなかったろ? 内面の話だし、答えはもう見つかってる。問題無いよ」

 

まぁ、答えは見つけるつもりがない……というのが事実だが、黙っていても問題は無い。

芳乃さんは何処から納得行かなそうにしながらも、言葉に偽りがないというのを周りの人間に確かめた上でとりあえずは飲み込んでくれた。

茉子は何も言わず、ただ一言。

 

「わかりました」、とだけ。

 

それからは普段通りの談笑で、将臣の修行についてバレかかってたりしたが、些細な問題だろう。

 

俺にとって、とても重要な問題は──

 

「……」

「……」

 

帰り道、茉子と気まずい空気のままでいること。それだけだ。

もうすぐ別れ道なのに、一切口を開いていない。やばい、どうしよう……

と、とにかく謝ろう。

 

「悪かった。黙ってて、嘘ついてて」

「……いいです。そんなの」

「そう……なんだ。あ、そろそろだな。じゃあ──」

 

また明日と言いかけて……

ポスッと、茉子が飛び込んできた。

 

「……なんだよ」

「……なんで、あなたなんですか」

「……知らない。あと胸ぐら掴まれても困る」

 

胸に顔を埋めながら胸ぐらを掴むなんて器用な真似をしているが、一体どうしたんだろうか。

 

「バカです、救いようのないバカですよ馨くんは」

「自覚してる」

「──せめて、頼まれなくたって生きてくださいよ……」

「本当にごめん。許さなくていい」

 

声を震わせている彼女になんて声をかけたらいいのか、俺にはわからない。ただ謝罪の言葉を述べながら、背中に手を回すしかできない。

まだ顔を埋める茉子は、さっきよりも声を震わせながら──

 

「……じゃあ、約束してください」

「俺にできることなら」

 

 

──生きて──

 

それが、その日彼女から告げられた最後の言葉だった。


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