1
パーパルディア皇国皇都エストシラント第一外務局
局長エルトの指示により、学園都市の情報がかなり集まってきた。
皇国監査軍を退けたのは学園都市であることに間違いはない。しかし、監査軍のワイバーンロード部隊を全滅させた方法は一切不明。
また、敵の戦艦は一隻しかないらしく、多少命中率が高いくらいでは、百門級戦列艦の数の暴力を覆せるとは思えない。おそらく単艦での質は高いのだろうが、そこまで差があるのだろうか。どうしてもそれほどまでに差があるとは思えない。
グラ・バルカス帝国のグレードアトラスターと呼ばれる魔艦は、たった一隻でレイフォルを滅ぼすに至ったというが、この情報はやはり何かの間違いだったのではないかと思えてくる。どう考えても盛りすぎである。ただし、グラ・バルカス帝国がレイフォルを滅ぼす力があるのは事実であるため、今後帝国には気をつけなければならない。
皇国監査軍の提督ポクトアールの報告書では、百発百中の砲が配備されていたとの記載がある。青い光線が撃ち出されたとも言うが、どちらも噂が婉曲されたものだろう。青い軌跡を描く砲弾は、第一文明圏でようやく開発された最新型であるし、なにより百発百中の砲など有り得ない。
この件について、皇国の頭脳集団「兵研」に問い合わせてみたが、「百年後の未来の皇国の技術でも不可能」との回答を得ている。
やはり、文明圏外国家が皇国よりも百年以上進んでいると考えるのは現実的ではない。
———なめてはいけないが、恐れるほどの国ではない。
第一外務局はこのように結論付けた。
パーパルディア皇国皇都エストシラント皇城
国の重臣たちが平伏し、空気が張り詰める。
皇帝ルディアスが出席する最高会議が始まろうとしていた。
「それでは、これより帝前会議を始めます」
議長があいさつし、その後皇帝が話し始める。
「アルタラス王国は完全に掌握したな?」
「はい、アルタラス王国内は完全制圧できました。現在本軍は撤収の準備にかかっています」
「次の軍の使用法だが……第二外務局長リウス、どう考えるか?」
「はっ!!北方の蛮族を滅し、新たな資源獲得を———
「却下だ」
話を遮り、皇帝は第二外務局長リウスの案を一蹴する。
「はっ——はいっ!」
ゆっくりと、皇帝は呟いた。
「余は……怒っているのだ」
誰も何も言えない。
「監査軍を一度退け、調子に乗っている蛮国が東にいるな……。学園都市……とかいったか?一度灸をすえる必要がある」
皇帝は溜まった鬱憤を吐き出すかのように大きく息を吐く。
「ならばまず、学園都市と友好関係にあるフェン王国を滅せよ。昔から生意気な国だしな。学園都市と友好的な国はどうなるのかを各国に知らしめるのだ」
地理的にも、フェン王国の方がパーパルディア皇国に近く、学園都市を先に攻めるのは得策ではない。その場の人間に異論などなかった。
皇帝ルディアスは軍の最高指揮官アルデに顔を向ける。
「出来るか?アルデ」
「はい、もちろんであります」
「監査軍を退けた学園都市も出てくるかもしれんぞ?」
「当然撃破いたします。栄えある皇国に、旧式装備の弱軍とはいえ、文明圏外国家に敗北するとは……第三外務局と監査軍は皇国の恥であります」
第三外務局長の顔が苦痛に歪むが、アルデは話を続ける。
「陛下、フェン王国の東に隣接するガハラ神国についてはいかがされますか?」
「ガハラの民には構うな。あの国はまだ謎が多すぎるし、巻き込まれたなら仕方ないが、一戦で二国を相手にするのは、あっさりと勝てるだろうが、原則として避けたい。私の代で例外は作りたくないな……。それに、ガハラ神国には皇国初代皇帝が世話になったからな……」
「戦略や細かい所はお任せしていただいてよろしいでしょうか?」
「うむ、好きにしてよい。そうだな、フェン王国については、戦後の国土や民の扱いまでも好きにして良いぞ」
「なっ‼」
一同に衝撃が走る。
一国の領土と民をたかが一機関が好きにして良いとの皇帝陛下からの暖かいお言葉、アルデは考える。軍人にある程度振り分けたとしたら、軍の士気はとてつもなく上がる事だろう。
「あ、あ……ありがたき幸せ!」
フェン王国五百万人の民と広大な土地が手に入る。
軍人、部下にある程度振り分けたとしても地方の貴族を一気に抜き去り、一国を得るのと同じであるこの措置。アルデは皇帝への忠誠をいっそう強くしたのであった。
2
フェン王国
パーパルディア皇国のあるフィルアデス大陸から東へ二百キロメートルの位置にフェン王国はある。
国全体が、どこか昔の日本を思わせる街並みに治安が極めて良い事もあって、国交が結ばれた後は水中翼船等の高速船の定期便が出ており、首都アマノキや、フェン王国の西の端にあるニシノミヤコにおいて、学園都市からの観光客が多く見られるようになった。
転移以降、溜まりに溜まった不満のガス抜きをするため、強能力者以下の学生の国外旅行が解禁された。DNA検査を行える国が存在しない新世界では、解析されることを恐れる必要は無いからだ。
流石に、大能力者以降は軍事的な影響力を持つために見送られたが、学生のストレス低減に大きく貢献したことだろう。
また、パーパルディア皇国の皇国監査軍東洋艦隊を学園都市の軍が追い払った事を知ったフェンの人々との関係は極めて良好であり、学園都市観光客が現地で『籠』を使用し、料金を支払おうとしたところ、
『恩人から金は取れない』
と、料金の受領を拒否することも珍しくなく、両国の関係は極めて良好であった。
フェン王国の十士長アインはフェン王国の西の端にある町、ニシノミヤコにおいて警備をしていた。
フェン王国の治安は極めて良く、今のアインの仕事はもっぱら現状把握や、道に迷った外国人への地理教示であった。
「平和だな・・・ずっと続けば良いが・・・・」
皇国はプライドが高い。
監査軍を追い出しただけで黙っているとは思えない。
もしも、皇国が本格的に侵攻してきたら、このニシノミヤコは最前線となる。
彼は、住民の避難誘導をどうするか、具体的措置を検討するのだった。
ふと疑問が浮かぶ。
学園都市の観光客は、今のフェン王国の現状を正確に理解したうえで観光に来ているのだろうか?
どうも彼らを見ていると、平和が絶対的に保障されているので遊びに来たようにしか見えない。
現に、ニシノミヤコに滞在する観光客はすでに百人近くになっており、首都アマノキにおいては、二百人近くの観光客がいる。
フェン王国に来る観光客は、特に金を持っている訳ではないらしい。そんな一般的国民が簡単に海外旅行を出来るのだから、私の想像以上に学園都市は裕福なのだろう。
(皇国が来なければよいが……)
アインは皇国の影に身震いをするのだった。
3
―――二週間後
フェン王国西側約二百キロメートル先洋上
見る者に圧倒的な恐怖をもたらす艦隊が東へ向かっていた。
パーパルディア皇国、皇軍である。
百門級戦列艦を含む砲艦二百隻、竜母十二隻、揚陸艦百隻、合計三百十二隻。
向かう先はフェン王国。
皇国からの領土献上案を蹴り、監査軍を学園都市の支援の元、退けた国だ。
今回は、フェン王国に対しての懲罰的攻撃では無く、滅ぼすために進軍している。
既に一度、監査軍が敗北しているため、将軍シウスの肩に力が入る。
「警戒を厳とせよ」
第三文明圏最強の軍隊が、王国を滅亡させるために東へ向かった。
4
とある空間。
サングラスをかけた金髪の男がひとりの『人間』に詰め寄っていた。
「おい、フェン王国の学園都市観光客はどうするつもりだ。このままだと、パーパルディアの攻撃に巻き込まれるぞ」
人工衛星からの情報により、パーパルディア皇国軍が大艦隊で東へ向かっていることが判明した。
他国を通じて得た情報を総合的に判断すると、艦隊はフェン王国へ向かったと思われる。
「だが、軍隊を派遣する訳にもいかない。フェン王国と安全保障条約を結んだわけでも、我々と皇国との間に直接的な問題が発生した訳でもないのだからな」
「そんな理由で、フェン王国にいる数百人の学生を見捨てると言うのかっ‼———まさか、開戦の大義名分にするつもりか‼⁉」
「そうだ、と言えば君は納得するのかね?」
フェン王国が攻撃されただけでは、学園都市から戦端を開くに値する理由は存在しない。しかし、自国の国民が犠牲になれば話は異なってくる。大義名分さえ得れば、例え皇国が滅亡しても、他国に非難される謂れはない。
「見損なったぞ、アレイスター。よりにもよって表の人間を駒にするなど、許されるとでも思っているのか‼」
「まぁ、待ちたまえ。別に、ただ彼らを見殺しにするわけではない。今の私は、昔ほどの鬼畜ではないのでな」
娘のリリスを救って以降アレイスターは、自身の性格がかなり甘くなったことを自覚していた。
これが子を持つことだろうか、とアレイスターは考えながら、土御門に向けてとあるデータを表示させた。
「君にはかなり馴染みの深いモノだと思うがね」
「っ⁉」
そこには、かつて学園都市で起こった事件から得られた、一つの解が表示されていた。
―――『人的資源』プロジェクト。
七五〇〇人の『ヒーロー』同士を衝突させ、潰し合わせるために発案された計画。
魔術師は嘯く。
まるで、ここには居ない誰かを信用しているかのように、明確に。
「彼らに任せれば、軍隊を投入するよりも確実に『庇護対象』を救い上げてくれるだろうよ」
5
「現在、フェン王国が何者かに襲撃されているようです、とミサカは折角のデートを邪魔されたことに激しく憤ります」
「お願い、フェン王国に取り残された妹達を助けてあげて、ってミサカはミサカはソファーで寝たふりをしているあなたに聞こえるように呟いてみたり」
———学園都市の中で、様々な会話があった。
それに対して彼らはとてもシンプルな返答をした。
「「「「「任せろ‼」」」」」
総勢七五〇〇人。
どこにでもいる平凡な学生達が、立ち上がった。