とある転移の学園都市   作:Natrium

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第十五話 きっと正義はどこにでも Black_to_Light

 1

「……、」

 パーパルディアの皇族レミールは通信魔導具の前で呆然と佇んでいた。

 突然発生した襲撃、叩きつけられた宣戦布告、跡形もなく消えた外交相手。

 レミールの脳内はとっくにショートしていた。

 画面の中では皇国軍が蹂躙され、吹き飛ばされてゆく。

 第三文明圏最強の軍隊が文明圏外の蛮族に押されている。その事実はレミールにとって我慢ならないものであった。

「これは……何だ。何が起きているというのだ……」

 辛うじて絞り出した声は震えていた。

 それは恐怖によるものか、それとも怒りによるものか。それを判断できる程の余裕を持った人間は、この場にはいない。

 レミールの呟きに答える声は無く、ただ通信機のノイズに紛れて消え去るだけであった。

 2

 上条当麻は、いくつかの魔法部隊と交戦しながら野戦陣地内を駆けまわっていた。

「畜生、何処にいるんだ! 早く見つけ出さねぇと不味いぞ‼」

 かれこれ十五分は経ったが人質は未だ見つかっていない。

 とは言え陣地の半分は制圧したので、見つかるのも時間の問題であろうが……。

 しかし、そんな上条の考えは遮られることになった。

 

爆炎。

摂氏三千度にも及ぶ焔が上条当麻の後方から襲い掛かった。

 

 それに対して上条の取った行動は簡潔だった。

 ただ、無造作に右腕を振るう。

 それだけで必殺の一撃は効力を失い、消滅した。

「今の攻撃に対応するとは、貴方も中々のやり手ですね」

 すると、立ち込める黒煙の中から若い男の声が聞こえてきた。

 すぐさま術者を仕留めようと足に力を込め、

「——ッ⁉」

突如踵を返し何もない空間に右腕を叩きつける。

 僅かな抵抗感。

直後、不可視の一撃は消滅し、砕け散った。

 二段仕掛けの奇襲。術者の技量も高い。

警戒を強める上条であったが、不意に不可視の攻撃が飛んできた方向から声が響いた。

「へぇ、流石に私の部下を倒しただけのことはありますね」

声と共に何もない空間が揺らぎ、徐々に輪郭を形作る。今度こそ術者が姿を現した。

 全身をローブや装飾品で彩った、見た目二十代程の男性。

 いかにも『異世界』といった装いの男に上条当麻は叫ぶ。

「誰だテメェ!」

「皇国第三魔法師団団長、オスカー・オルコット」

 あっさりと、魔法使いは自分の正体を告げた。

 それは騎士道精神に基づくものか、死にゆく人間への餞別なのか。

「ですが、覚える必要はありませんよ。もうすぐ貴方は死ぬのですから」 

 その言葉と同時に詠唱を開始する。

「《舞えよ踊れよ大気の精霊・荒れよ狂えよ紅蓮の王よ・——」

 オスカーの右掌の上に二色の魔法陣が展開され、場に魔力が溜まっていく。

先ほどの奇襲と異なり、上条の肌にもピリピリとした異物感が感じられるほどの濃度だ。

「——我が手に集いて力を示せ》」

 直後、火炎放射器と比較にならない威力の炎が烈風に後押しされ、上条へと襲い掛かる。

 幻想殺しでさえも飽和させる一撃は上条を飲み込み、死に至らせるはずだった。

しかし、すぐさま打ち消せないと判断した上条は正面から殴りつけるのをやめ、火焔のふちをなぞるように右手を動かす。

攻撃への干渉。

長年、幻想殺しと共に歩んできた上条当麻にのみ許された運用方法である。

ただ特別な右腕を持っているだけでは再現できない、唯一無二の技術。

上条はその類い稀な戦闘センスをもって、致命の攻撃を回避する。

「ちっ、《舞えよ踊れよ——」

「遅せぇ!」

 オスカーの詠唱が終わる前に上条が踏み込む。 

しかし、残り五メートルを切ったところで上条の体が不自然に沈み込んだ。

「なっ、詠唱は——」

 足元には魔法による泥沼が出現していた。水深は十センチと浅かったが、上条の足は止まってしまう。

 直後の出来事だった。

 

 ズバシュッ‼ と。

無防備となった上条の左右から不可視の刃が襲いかかる。

 

「ちくっしょ、無詠唱か!」

 幻想殺しは多方面からの同時攻撃に弱い。

 超高密度の範囲攻撃ならば破片同士の干渉で安全地帯を作り上げられるが、この状況には当てはまらない。

悪態を吐きながらも上条は上半身を大きく反らし、魔法の回避を行う。同時に二つの魔法に対処することはできないと、咄嗟に判断した結果である。

が。

 

「——我が手に無慈悲な安らぎを》」

 当然、オスカーの詠唱は続いている。

 今度は右掌に巨大な魔法陣が出現し、台風をも超える暴風を生み出した。

「ッ⁉」

 右腕を伸ばし魔法を逸らそうとした上条だが、不安定な姿勢からでは完全に逸らしきることは出来なかった。

 風に煽られ、転倒してしまう上条。力の大半は打ち消せたため、吹き飛ばされることは——

 

否。

 打ち消してしまった。

 

 上条は倒れる際に、衝撃を軽減しようと反射的に手を出してしまった。通常ならその対処に問題はなかったはずだ。

 しかし、現在上条が立っているのは泥沼の中である。

魔法によって変質させられた泥に、神の奇跡さえ打ち消す右腕が触れたらどうなるのか。

 結果は明白だった。

 

 上条当麻の足先と左腕が、ただの土塊へ戻った地面へ完全に埋まる。

 

ハワイ諸島でも使用された、幻想殺しへの対策。

 足潰し。

 機動力を失えば、上条の戦闘力は大幅にダウンする。

 先の風魔法で吹き飛ばされていれば、こうした致命的な事態に陥る必要はなかったはずだ。

 だからといって後悔している時間はない。戦闘はまだ続いているのだ。

「《揺れよ震えよ大地の化身・その悠然転じた破壊の力よ・——」

オスカーが詠唱を始めるのを見て、上条は慌てて足を引き抜こうとするが、

「——我が手を介して打ち砕け》」

 隙を晒す上条当麻に、数多の石礫が襲い掛かる。

 対する上条は右腕を掲げ、数万と迫りくる石礫の一つをその指先で打ち消した。

 それだけで、四方八方へと飛び散った破片が迫る破壊へと激突し、その軌道を変化させる。

 しかし、空白の安全地帯を生み出しても、まともに動けない状態では、体をねじ込むことは出来ない。

 直後。

 自ら生み出した破片により、上条の身体は大きく吹き飛ばされた。

「あ、がぁ⁉」

 全身に鈍い痛みが奔る。

 直撃を受けて死ぬよりはマシであるが、受けたダメージは大きい。

 上条は痛む体に鞭打って立ち上がろうとするが、空間が揺れ動くのを無意識下に見ると、勢いそのままに転がった。

 前兆の感知。上条が回避すると同時に、不可視の刃が地面に突き刺さる。

「まったく、恐ろしい人ですね!」

必殺の攻撃を凌がれたオスカーは、無詠唱魔法を発動させた。

 立ち上がった上条の右側から迫るのは、数百の炎の槍。

 上条はそのどれかを殴りつけ、破片を撒き散らし、作り上げた安全地帯へと跳び込んだ。

 そのまま着地しようとしたが、地面が一瞬発光するのを見た上条は、空中で体を捻り、右手から転がるようにして着地する。

 体勢を崩した上条、再びオスカーに好機が訪れた。

 しかし、予想に反して上条へ向かったのは、たった三本の炎の槍。

 その上、二本は直撃コースを外れていたため、危なげなく切り抜けた。

(牽制攻撃? 何でこのタイミングで——)

 既にオスカーからの攻撃は止んでいる。無詠唱魔法単体の効果は薄いとの判断からだろうか。

 両者は十メートルの距離を置いて睨み合った。

「素晴らしい! なかなかどうして、楽しませてくれるではないですか貴方は」

「テメェ、ふざけてんのか!」

 突然、軽快な口調で話し出したオスカーに、上条が噛みつく。

「いえいえ、馬鹿にしている訳ではないのですよ。ですが、ここ暫く私と互角に戦える人間は見ていなかったのですから」

 オスカーは興奮しているのか、大仰な身振りを交えて歩き回る。

「第三魔法師団などに左遷された際には、殺してやろうかと思いましたが、これはあのクソ野郎にも感謝するべきでしょうかね。これほどの実力者を相手にできるのですから!」

(っ? この感じ、何処かで——)

 上条はオスカーの言動に既視感を覚えていた。

 しかし、上条がその答えを得るよりも、ふと立ち止まったオスカーが行動を起こす方が早かった。

「どうしました? 来ないのならば此方から行きますよ‼」

「ちっ、考えるのは後か!」

 オスカーが過剰な装飾が施された杖を一回転させ、言葉を紡ぐと、杖の軌道をなぞるように円形の炎が生み出された。

 それは瞬時に巨大化し、壁となって上条に迫る。

(狙いが甘いっ、好都合だ!)

 上条は右腕をかざしつつ、炎の右側へと迂回する形で避ける。

 が、それを予期していたかのように不可視の刃が襲う。

「こんなもの、何度やっても同じ結果じゃねぇか‼」

 上条は空間の揺らぎに右手を叩きつける。

(対抗策が練られていることは、向こうも分かってるはずだ)

 上条は地面に出現した泥沼を避け、オスカーに突撃する。

(なら、敢えて同じ無詠唱魔法を使う理由があるに違いない。他の魔法なんか、アイツには腐るほどあるだろうからな)

 オスカーが放った高威力の爆裂魔法を逸らし、背後から迫る風の短剣を吹き飛ばす。

(他の魔法を使わなかったのではなく、使えなかった? それなら辻褄は合うが、何がアイツを縛ってるんだ?)

 突撃する上条に、焼けた空気を切り裂きながら不可視の刃が襲い掛かる。

(ステイルの魔女狩りの王は、強さがルーン枚数に依存するという縛りがあった。シェリーのゴーレムにも、二体以上の召喚は不可能という縛りがあった)

 すぐさま右手をかざし魔法を砕くが、上条の左右を掠めるように破壊の光線が迸る。

(バードウェイの魔術にも、新たな術式は強化出来ないという縛りがあった。アレイスターは、自身の魔術による飛沫を受け止めるという縛りを設けていた)

 同時にオスカーの詠唱も終了し、左右への回避を妨げられた上条の正面から、炎と風の複合魔法が襲い掛かる。

上条は掬い上げるかのように右腕を動かし、魔法を上に逸らすが、炎によって遮られた視界の奥から飛び出した魔法まで回避することは叶わず、再び吹き飛ばされた。

「ぐ、がはっ⁉」

「おやおや、もう終わりですか? 貴方ならもう少し楽しませてくれると思ったのですがねぇ」

「ち、くしょ、舐めるなよテメェ、こっちは何があっても引き下がる訳にはいかねぇんだ!」

「その心意気、実に結構。死ぬにしても、もっと私を楽しませてから死んでほしいものですね‼」

 オスカーは詠唱を始める。

 呼び出すのは炎の精霊魔法、個人で使える魔法の中では最高の威力を誇るものだ。

(クソ、必ず何かがあるはずなんだ! それさえ分かればっ‼)

 上条は悲鳴を上げる関節を無視して、オスカーに向かって走り出す。魔法が発動する前に距離を縮めようという魂胆だ。

 この僅かな時間でも上条は考察を続ける。

(土御門には、魔術を使った際に代償がある。オリアナには———)

 そこまで考えて上条は、

 

 ダンッッ‼‼ と。

 大地を力強く踏みしめて、迫る火焔を正面から迎え撃った。

 先と同じように、炎を上方に逸らす上条。

 しかし、がら空きとなっている下半身への攻撃は無かった。

「読めたぞ」

「素人如きに看破される術式は、扱っていないと思うのですが」

「知り合いに、似たような誤魔化し方をする奴がいるんだよ」

 上条は、とある魔術結社の小さな(死にたくないので何がとは言わない)ボスを思い浮かべながら告げる。

「そうやって演技する事で、本命を隠そうって話だろう?」

「へぇ、私が何を隠しているというので——

「トラップ型の魔法。それがテメェの強さの源だ」

「っ……」

「今思えば、初めからヒントは隠されていた訳だ。人一人を透明化できるアンタなら、敷設された魔法陣を視界から消すことだって簡単だろうしな」

 カッ‼ という爆炎が迸った。

 上条は、オスカーの詠唱魔法を真正面から受け止め、弾き飛ばす。

 やはり、無詠唱魔法は発動しない。

「後は、アンタの攻撃に突っ込んでも、左右に回避しても、吹き飛ばされても、必ず何らかの罠魔法が発動する位置に誘導するだけだ。それだけで、あたかも無詠唱で魔法を操れるかのように錯覚させられる」

 例えば、強力な魔法による攻撃。

 他には、地形を変化させる魔法。

 単純に、自ら移動するだけでも可能だ。上条の武器は、右腕一本しか無いのだから。

「それを示す根拠は?」

「なら撃てばいい。ここから動かないでやるからよ」

 タネは割れた。

 あとは殴り倒すだけだ。

「残りはいくつだ、オスカー」

「聞いてどうするのですか」

「これで全てとは思っちゃいねえが、何処に掛かっても『一連の流れ』を作れるように罠を仕掛けたのは失敗だったな‼」

「チッ、本当に恐ろしい人ですね貴方はっ‼ 私の十年の研鑽を、ほんの十分で見破るとは‼‼」

 上条は既に罠が発動したルートを辿って、オスカーへと突撃する。

 厄介な泥沼も、不可視の刃も、炎の投槍も、発動する事はない。

 稀に罠が発動する場合があるが、魔法を完全に見切った上条には届かない。

 残りは十二メートル。それがゼロになった瞬間、オスカーは敗北する。

 が、オスカーもただ見ているだけではなかった。

「——その光を祓いて朽ち果てよ》」

 上空から、装甲車すら溶かし去る、強烈な酸が降り注ぐ。

 ただし、それは上条を狙ったものでは無い。

 標的は地面。

 上条とオスカーとの間にある地面であった。

「ちっ、馬鹿野郎!」 

 上条は目の前に出現した酸の海に飛び込むように、右腕を振るう。

 幻想殺しの効果によって、酸の海は消え去った。が、後に残った地面は酸の影響でボロボロになっている。

「《光れ輝け原初の神よ・その聖なる力を以って・——」

 オスカーは再び詠唱を始める。

 彼我の距離はおよそ五メートル。

 オスカーの詠唱速度から考えても、次の一撃で勝負が決まる。

 両者ともそれを理解したのか、相手を確実に仕留めるために最適な行動をとる。

「——我が敵を打ち倒せ‼‼》」

 詠唱を終えると同時にオスカーは、懐へと伸ばしていた腕を引き抜く。

 それを見た上条は、一瞬、自分の身体が硬直するのを感じた。

 

 それはマスケット銃だった。

 皇国陸戦隊が標準装備している、タネも不思議もない銃器である。

 

 いくら旧式の銃であっても、聖人ではない上条には銃弾を避けることも、弾き飛ばすこともできない。

 これまでの上条の戦闘を覗き見たオスカーが用意した、最大の切り札である。

「これで、チェックメイトです」

正面からはマスケット銃。左右に避けても、破壊光線と敷設された魔法陣が牙を剥く。

 たとえ魔法が見破られていようと、足場が不安定な状態なら、十分に通用する。オスカーはそう判断した。

 オリバーはマスケット銃の引き金を引く。

 しかし、弾丸は発射されない。

当然だ。皇国のマスケット銃は、ただ取り出しただけでは撃てない。

銃口から火薬と弾丸を装填する必要がある上に、火縄の管理も必要だからだ。

必然的に訪れる、先込め式の銃ゆえの宿命だった。

(ですが構いません。この短時間でそれを見破れるはずがないのですから‼)

 普通、銃を突き付けられた状態で、咄嗟に安全だと判断できる人間は少ない。

 身を硬直させるか、回避しようとするか。

人それぞれではあるが、『火縄が無いから発砲できない』とすぐさま判断できる人は恐らくいないだろう。

(貴方の戦闘能力は非常に高い。恐らく銃を見ても、身を固めることは無いでしょう。ですから私はそこを利用します。貴方が回避をした瞬間、私はただ魔法を撃つだけで良い。それだけで、貴方を殺せるのですから‼︎)

 オリバーは勝ち誇った顔で、宣言する。

 相手の健闘を称えるように、敗者へ慈悲を与えるように。

「楽しませて貰いました、次は冥界でお相手致しま

 

 

生憎と、経験済みだ(・・・ ・・・・・)

 

 

 直後のことだった。

 迷うことなく真っ直ぐに踏み込んできた上条の拳が炸裂し、オリバーの意識はプツンと途絶えた。




禁書らしい対人戦にこだわり過ぎて遅れました。
あとハイレベルテストとか英検とか宿題テストとかetc...etc......

ええい、煩わしい‼︎‼︎‼︎

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