とある転移の学園都市   作:Natrium

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学年末テスト終了のお知らせ
………二重の意味で(泣)

今回は鎌池文体を特に意識して書きました。



第二十三話 ひとつの結末 End_of_Telomere

 1(Time line『Now』)

 

 昏い檻の中にキンと鎖の音が響く。

 学園都市に護送されたレミールは、閉ざされた監獄の中で小さく震えていた。

「うぁ、や、嘘、違う……陛下……」

 日頃の傲慢な態度や、国を傾けるほどの美しさは見る影もなくなっている。

 自尊心の塊であるはず彼女がここまで打ちのめされているのは何故か。

 

 その答えを知るには、数日前まで遡る必要がある……。

 

2(Time line『Past』)

 

「随分といい恰好になったみたいだな、皇女殿下」

 とある牢獄の中に若い女の声が反響する。

 黒髪にカチューシャを付けたその女子高校生は、目の前の薄汚れた——正確には、そうカモフラージュされた——囚人に向けて言い放った。

「それは嫌味のつもりか?」

「別に好きに受け取ってもらって構わないけど。だが、拍子抜けだな。もう少し抵抗されるかと思っていたのだが」

「はっ、そんな野蛮なことはせんよ。暴れたところでここから逃げ出せるという訳でもないからな」

 囚われの皇女は両手を上げて、無抵抗だとアピールする。

 彼女にとって屈辱的な行動だったが、皇国の未来のために反逆を気取られてはならないと固く意思を押さえつける。

「……まあ、従順な分には問題ないだろう。中途半端に暴れられるよりもよっぽど楽だし」

 レミールは演技が通用したことを内心でほくそ笑むと同時に、怒りも覚えていた。

 彼女の本来の性格である傲慢さはそう簡単には消えなかったのである。

(クソ、忌々しい‼ だが数年の辛抱だ、数年後には陛下が学園都市を滅ぼしてくれるはずだからな‼)

 脳内でひたすら眼前の女狐を凌辱する手段を思い描き、レミールは心の安定を図る。

 およそ二十のパターンを想像したところで雲川の部下が声を上げた。

「雲川さん、彼女が——

「あぁ、コイツで間違いない。第十学区の豚箱まで案内してやれ、きっと気に入るだろうよ」

 悪意を隠そうともしない雲川に対して、亜麻色の髪の囚人は殺意を抱いた。

(ち、今に見ていろよ学園都市。必ず貴様らを地獄に叩き落してやる‼)

 焼殺、溺殺、轢殺、刺殺、銃殺、絞殺。

 復讐の手段は山ほど浮かんでくる。

とはいえ、今は何もできないというのも事実。

 無力さを感じたレミールは薄くカビの生えた床へ目線を移し、表情を悟られまいとする。

「おい、こっちだ。さっさと進め」

 黒服を着た男が鎖を引っ張って歩き出す。

 監獄を抜け、どうやら飛行場の方向へと向かっているようだ。

 しばらく歩いていると、滑走路上にある巨大な構造物がレミールの目に入った。

「っ、これは——」

「お察しの通り学園都市の飛行機械な訳だけど。まさか、この期に及んでムーから輸入したものだと考えていないだろうな?」

「く、まさか本当に、事実だと言うのか……」

「理解したか? なら早く中に入れ、私も忙しいのでな。こんな辺境でのんびりしている暇はないけど」

(っ、小娘が‼ 調子に乗るなよ蛮族め‼)

 渋々と超音速輸送機の中に入っていく囚人服の女性は、無意識下で雲川を睨みつける。

 理性では分かっていても、怒りを抑えることは出来なかったようだ。

 ガシャンと後部ハッチが閉ざされ、機体のエンジンが胎動を始める。

 やがて垂直に離陸して、大空へと解き放たれた。

 そして。

「ッ⁉ なんだこの速さは‼⁉」

 積乱雲が超高速で後方に流れる様子を見たレミールは驚き、信じられないものを見るような目を向けていた。

 対する黒髪の少女は応じなかった。ただ意味深な笑みを浮かべているだけである。

(技術的優位を知らしめるつもりか……。くそ、認めたくはないが皇国よりも技術力は高いようだな……)

 最低でも皇国のワイバーンの数倍の速度が出ている。彼女自身はワイバーンに乗ったことがないため、体感速度も何も分からなかったが、皇国の飛竜より速いことは理解できた。

(勝てるのか? 陛下は学園都市の注意が他所を向いているときに首都を占拠すると言っていたが、これは一筋縄ではいかないか?)

「そういえば、前回の会合では随分と世話になったけど」

「っ」

 俯いて思考をしていた皇女に、統括理事会のブレインを務めていた少女が言葉を投げかけた。

 レミールは会合の際に、大使として派遣された雲川を怒りのままに殺害しようとした。相手が弱国であれば問題なかったものの、両者の力関係が逆転してしまった現在ではレミールにとってかなり不味い事態になっている。

「……すまない、あの時の私は冷静じゃなかった。私に出来ることなら何でもする、許してはくれまいか?」

 蛮族相手に許しを請うたことでレミールの顔が一瞬屈辱に歪む。それは僅かな時間の出来事だったが、雲川芹亜がそれを見逃すことなどありえなかった。もっとも、付け焼刃のポーカーフェイスなど、初めから彼女の前では一切役立っていなかったが。

 しかし、雲川の返答はレミールの想像の外に出ていた。

「……ああ、そのことか。その件については問題ない。初めから対策を施していた訳だからな」

「?」

 ならば一体何の話だろうか。学園都市観光客を殺害しようとしたことも候補に含まれるが、それが理由とは考えにくい。その事件も同様に対策をされていて、彼らを殺し損ねたのだから、『対策をしていたから問題ない』という彼女の談と矛盾する。

 思考の坩堝に放り込まれたレミールは高速で頭を回転させるが、

 ダン‼ と雲川の拳が背後の壁に叩きこまれる。

「っ、すまない。観光客の殺害命令のことか? だがあれは仕方がなかったのだ、学園都市の真の実力をその時はまだ把握していなかったのでな。普段蛮族相手に使用している政策をそのまま取っただけなのだ。この方法なら双方の犠牲者が少数で済み

「くどい」

 一言で切り捨てた。

 拳を振り抜いた姿勢で硬直している雲川は、至近距離で皇女を睨みつける。

「私が怒っているのは、そんな理由ではないのだけど」

「ひっ‼」

 酷く冷たい声色だった。

 先ほどまでの明るい口調とは一転して、言葉の端から怒りが見え隠れしている。

「皇国は魔法大国だが、軍の大半は銃火器の部隊で構成されているな?」

「……っ」

「右腕が通用しない戦場にあいつを引きずり込んだ。それだけで、私を怒らせるに至る十分な理由になるのだけど。それも、その原因となった作戦の発案者がよりにもよって貴女だと聞いたからな」

「な、何の話を……。私はただ……」

「理解されなくて結構。だからと言って、わざわざ説明してやるつもりもないが」

 雲川はレミールから距離を取り、格納庫内から一つのボックスを運び出した。

 要するに、と少女は付け足し、

「お前は私の逆鱗に触れてしまった訳だけど」

 雲川が何らかの操作をしたのか、足元に置かれているコンテナが展開される。

 反射的にレミールはその冷凍コンテナの中に視線を移し、

「う」

 すぐさま。

 後悔した。

「ぁ、うあ、ぁあ」

 コンテナの内部には。

 眼球が、頭蓋が、脳髄が、肋骨が。

 肝臓が心臓が肺臓が膵臓が腎臓が胃が小腸が大腸が膀胱が胆嚢が副腎が脾臓が脊髄が神経が喉頭が咽頭が気管支が脊髄骨が肩甲骨が鎖骨が上腕骨が坐骨が腸骨が恥骨が耳介が上腕筋が大腿筋が前鋸筋が腹直筋が外腹斜筋が。

 そして何よりも。

 レミールが皇帝に手渡した二頭の地龍が描かれた高価な装飾品が

「うぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼⁉⁇」

 意識が。

 精神が。

 自我が。

 魂魄が。

 バラバラに、粉々に、真っ白に、砕け散る音を少女は耳にした。

 両の目から涙を溢れさせ、みっともなくコンテナまで這いより、皇帝の残骸を搔き集める。

「陛下、嘘……ルディアス様? 嘘だと言ってください‼」

 返事はない。

 当然だ、皇帝は物言わぬ屍になっているのだから。

 レミールは凍える手を無視して残骸を抱き寄せる。

「…………何故だ。何故このような真似をしてくれたッッ‼⁉ 答えろ蛮族がぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああッッッ‼‼‼」

 一つの咆哮があった。

 魂の奥底から絞り出したレミールの叫びを聞いても、雲川は超然としていた。

 それが気に食わなかったのか皇女は雲川に詰め寄り、

「自分が何をしたか理解しているのか、我々は列強たるパーパルディアの皇族ぞ‼ こんな狼藉が許されるはずがないだろう‼‼」

「私がやった訳ではない」

「貴様ァァァァァァああああああああああああああッッッ‼‼‼」

 レミールが雲川に殴りかかろうとして、周囲の黒服に押さえられる。

 婚約者を殺され、歪みに歪むレミールの表情。せめて言葉だけでもと思い、彼女は叫ぶ。

「こんなことをして、本国が黙っていないぞ‼ 戦争だ、皇国の全力を以って学園都市を火の海にして、貴様も死んだ方がマシだと思うような目に合わせてやる‼‼」

「出来るものならな。ただそれ以前に、誰も皇帝が死んだことに気づいていないと思うがな」

「っ、貴様、何を言っている⁉」

流石に聞き逃せなかった。

 目の前の女の楽観視にレミールは思わず問いかける。

しかし。

直後のことだった。

「その皇帝とやらが死んだのは三日前だ。その間、誰も気が付いていないようだけど?」

 

「は?」

 雲川の宣告を聞いたレミールは、いっそ間抜けとも取れる声を漏らした。

目の前の女が何を言っているのか理解できない。

 陛下なら牢に入る前に、会話を交わしたはずだ。

 今も鮮明に記憶に残っている。なぜなら陛下は敵国に囚われることになる私の身を案じて、心配の声を掛けてくれたのだから。

 あれから一日も経っていない。

だからこの女の言い分は間違っている。

レミールは自分の心にそう言い聞かせ、忍び寄る予感から全力で目を背ける。

(いいや、有り得ない。絶対にそんなことは有り得ない‼)

 三日前。

 心当たりはある。ちょうど陛下が学園都市に対する方針を一転させた日付だ。

(違う違う違うッッ‼‼)

 必死に否定を繰り返すレミール。

 しかし彼女の意思とは裏腹に、最悪の可能性が脳裏に浮かんでしまう。

 もしも。

 突然の方針転換の原因が陛下の心変わりでなく、文字通り別人に成り代わられていたからだとすれば?

 

      ザザザザザザじじじ。

 

   ががががザザザザザ。

 

         ザリザリザリじじじじりじりガガガガガガガ。

 

 脊髄の中に蛆虫が入り込んだかのような悍ましさを感じ、レミールは床にへたり込む。

 吐き気を催すような邪悪。

 世界中の悪意という悪意を煮詰めて焦がして炭化させてもこうはならないはずだ。

「……な、違う、そんなはず……。やだ、嘘、いやぁ……」

 あまりの衝撃にレミールは失禁し、意味の無い言葉を繰り返す。

 彼女の精神は限界に達していた。

 しかし、雲川芹亜は一切の容赦をしなかった。

 

「だから救援を待つのは無駄な訳だけど。上層部の完全掌握まで一週間も掛からないんじゃないか?」

 

 それがとどめの一撃になった。

 レミールの精神的支柱は粉々に砕け折れ、彼女の意識は深い闇へと突き落とされた。




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