とある転移の学園都市 作:Natrium
1
「……、」
皇帝ルディアスは目の前に転がっているソレを見ながら佇んでいた。
元々は第一外務局長の形をしていたであろうソレ——全身の皮膚が剥がされ、臓器単位で解体されている惨殺死体——を見ても特に反応を示さない。
彼にとって驚くほどの出来事ではないのか、それとも絶句しているのか。
様々な可能性が考えられるが、その答えはどちらも否である。
直後のことだった。
ベリベリと皇帝の皮膚が剥がれ落ち、隠されていた褐色の素肌があらわになる。
名をエツァリ。変身魔術を得意とする、アステカの魔術師である。
「まったく、面倒な仕事ですね……」
ルディアス改めエツァリは変身魔術に使う護符を作成するために、エルトの死体から十センチ大の皮膚を切り取っていく。
しかし、何かに気付いたのかふと顔を上げて、
「おや、荷物の配送はもう済んだのですか?」
「あぁ、滞りなく終わったさ。海原、そっちの状況は?」
テレポートで皇帝の自室に現れた土御門元春に、エツァリは仕事の報告を上げた。
彼らは薄暗い笑みを浮かべながら続ける。
「こちらも特に異常はありません。革命の兆しがありましたが、首謀者は秘密裏に処分しました」
「確か——カイオスといったか。今回の『
「……
それにしても、とエツァリは大きく息を吐く。
「敵国の上層部を全てアンドロイドに差し替えようとは、相変わらず学園都市はロクなことを考えませんね」
『
磁性制御モニターを利用し、外見を自在に変化させる軍用アンドロイド数機と、持ち帰った皮膚のサンプルから生み出される量産アンドロイドを中核に据えた、資源獲得計画である。
エツァリもまた、二人の妹分の治療費を稼ぐために実働部隊としてこの作戦に参加していた。
「パーパルディア皇国には鉱山資源が大量に存在しているからな。多少の投資でそれが得られるのなら、ある程度の無茶は押し通すつもりだろうよ」
「貴金属が大量に埋まっているという話も聞きますしね。いくら配列変換で金属を作り出せると言っても、コストパフォーマンスは最悪の極みですから。統括理事会が巨額の報酬を払ってまで自分たちに召集を掛ける訳ですよ」
「……まあ、舞夏の安全と交換できないのならこんな仕事、受けようとも思わないがな」
契約が再び破られたのなら、学園都市を捨てて外で暮らすことも辞さないと、土御門は右手に持った通信機を玩びながら再決意する。
「上層部の掌握はあと二日程で完了しそうです」
「……追加で必要な物資はあるか?」
「いえ、構いません。処理剤はかなりの残量がありますので」
「そうか。なら後は任せたぞ海原」
結標、と呟いた金髪陰陽師の姿が掻き消え、静寂が訪れた。
そして。
海原と呼ばれた大嘘つきの声が、豪華な装飾を施された室内に寂しく反響する。
「さて、もう一仕事ですね」
既に高官の七割が換装されている。
生ける屍となった皇国の中枢はその二日後、学園都市によって完全に掌握された。
2
北の地方都市アルーニを易々と落とした七十三ヵ国連合軍は、アルーニの南に位置する聖都パールネウスに向けて進軍していた。
「次も都合よく皇国軍が出張ってこないとは限らない、ここは慎重に駒を進めるべきだ‼」
七十三ヵ国連合軍を束ねる元属領カースの将軍ミーゴは、慎重論を主戦派のカルマに投げかける。
「何を言うか、今皇国は弱っている‼ これほどのチャンスは二度とないぞ‼」
「前回は応戦が無かったとはいえ、皇国は腐っても大国ですぞ‼ 地方都市が落ちたとなれば皇国も警戒し、軍備も増強されているはずです。学園都市の攻撃で壊滅しているなら話は違いますが、流石にそれは楽観視しすぎですよ。学園都市は最強であるとはいえ全能の神では無いのですから、過度な期待はしない方がしない方が得策だと私は思いますが」
カルマは不快な表情で言い放つ。
「……確かに学園都市軍が、わざわざ皇国北方部隊を攻撃する理由は何処にも無い。だが、今まで反撃が一切なかったのも事実だ。敵は北部の防衛を捨てて、皇都の防衛に向かったと考えるのが妥当だろう。ならば急ぎ皇都に進撃し、学園都市の援護を行うべきではないか?」
カルマの意見には筋が通っているが、微かに違和感を覚えた将軍が疑問の声を上げる。
「お主は何をそんなに焦っておるのだ?」
ちっ、と小さく舌打ちをしてカルマは告げる。
「お前たちは自分の国を取り戻しさえすればそれで良いと思っているのだろうが、我々は違う。今回の戦争で、世界は大きく変わるぞ‼ 学園都市の影響は、もはや第三文明圏のみに留まらない。学園都市の技術を如何に効率よく取り入れるか、そして技術力の高いパーパルディア皇国を少しでも弱らす事が第三文明圏の未来を大きく左右するのだ‼‼」
「お、おう……そうだな」
先程とは打って変わり、激しい剣幕で怒鳴り散らすカルマの主張に押され、理解半ばに相槌を打つミーゴ。
しかし。
ピピピ、とリーム本国からミーゴに対して通信が入る。
カルマは怪訝な顔をして通信機を手に取り、
「っ、そんな! パールネウスは目前というのに‼」
その内容に思わず異を唱えた。
「しかし、それでは、……はい、わかりました。それにしても、対応があまりにも早すぎると思うのですが……。はい、調査をお願いいたします」
彼は悔しさで満ち溢れた表情で通信機を置き、連合軍の将へ振り返った。
「進軍は中止だ‼」
「っ⁉ ……一体何があったのですか?」
「パーパルディア皇国が学園都市に降伏した。現在、学園都市は戦禍の拡大を防ぐために、七十三ヵ国連合に対しても停戦を呼び掛けている。まぁ、学園都市の心象を損ねる訳にはいかないからな。我がリーム王国は進軍を中止し、さらに地方都市アルーニも放棄、撤退する事を決めた」
「……なんと、その様なことが……」
こうして第三文明圏全域を巻き込んだ大戦争は、連合国軍の撤退を以って終結した。
———誰一人その停戦要求に隠された、薄汚れた真の意図を見抜けないままに。
3
街の所々に設置された魔力通信を使用した動画の受信機、本日重要な発表があると聞きつけた皇国臣民は、そこに集まり画面を注視していた。
皇国軍を打ち破ったとされているが、街中で噂されている学園都市の戦力については荒唐無稽な点が多く、人々は正確な情報を求めてテレビの前に張り付いていた。
「いったい何の発表が行われるのだろう?」
「政府がわざわざ重要と伝えてきているのだから、相当な事だろう」
「まさか……皇国が戦争に負けて、臣民が奴隷となるとか……」
「バカな、我が国は列強ぞ‼ そんな狼藉が許されるはずないだろう‼」
「しかし、現に精鋭部隊はやられているではないか」
「は、俺は見てないね。飛龍の数十倍の速度で飛ぶ飛行機械など、ありえないだろうが」
「……それに関しては、むしろ見える方が異常ではないだろうか?」
「っ、揚げ足を取るな、馬鹿野郎‼」
様々な憶測が飛び交う中、受信機に変化が訪れた。
画面が光の魔力を帯びて光はじめると、話していた皇国臣民は皆そろって画面を覗き込む。
やがて、画面の中の壇上に一人の人物が立ち登り、言い放った。
『皇国臣民の諸君、心して聞け』
皇帝が直々に登場し、画面の前の民衆がざわつく。
『此度の戦争は多くの人々が傷つき、家族を亡くし、途方に暮れた者も多いだろう。皇国兵の大半が命を落とし、かつて属領と呼ばれた七十三ヵ国の独立も許してしまった。もはや、この戦争を続けて得られる物は何も無く、むしろ失う物の方が多い』
話の雲行きが怪しくなり、徐々に騒めきが大きくなっていく。
画面の中の皇帝は当然それを気に留めることなく話を続け、そして宣告した。
『予は皇国臣民を守るためにも、そして皇国がこれ以上のダメージを受ける前に、学園都市に降伏することを決断した』
民衆の間に衝撃が駆け抜ける。
「なっ、これほど屈辱的な目にあわされて、報復ではなく降伏だと……。陛下は何を考えておられるのだ……」
「いいや、徹底抗戦するべきだ‼ 学園都市に攻め込んでやれ‼」
「貴様ら陛下の意思に逆らうと言うのか‼‼ 陛下は我々のためにも、恥を忍んで降伏したのだ。それを無下にするつもりか‼」
「話によれば独立が維持できるようだし、まだマシじゃないか」
皇国各地で様々な議論が行われる。
覇を唱え、決して譲ることのなかったパーパルディア皇国。それが実質的に七十四ヵ国に分裂し、無条件に降伏した。
完敗。
その二文字が頭に浮かび、画面の前で涙を流す人々。
この日、皇国臣民にとって学園都市は恐怖の対象となった。
カイオスが嫌いという訳ではないのですが、生存ルートが思いつけなかった……無念。