とある転移の学園都市   作:Natrium

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二連テストを乗り越えてようやく投稿。
しかして今週末には再びテスト。

……笑うしかねぇな。


第三十三話 破砕 Break_a_Right_and_Hope

 1

 

 鮮血。

 直後に視界が真っ赤に染まった。

 しかし、それは爆散した隊員の血液によるものではない。

 

 ゴガッッッ‼‼‼ と。

 随伴していた七両の軽戦車の弾薬庫が、一斉に爆発した。

 

 一撃でも戦車を縦に三台貫くガトリングレールガン。

 当然、隊長が搭乗していた戦車も例外ではなかった。

 

「ッッッ‼⁉⁇」

 

 無残に引き裂かれる隊長車。その瞬間を覘視窓から目撃してしまった隊員は、声にならざる悲鳴を上げる。

 他の車両は一瞬で消し飛んだ。戦車の形が残っているのは、この一両だけだろう。

 とは言うものの、一切の被害を免れた訳ではない。

 ギチギチギチッと唸りを上げる天井部を見上げると、一面の青空が広がっていた。

 皮肉なまでに青く透き通った空。そして後方に流れ過ぎる、砲身の残骸と結合した血肉の塊。

 かつては副隊長として名を馳せていた惨めな残片が、ついには炭化してこの世から消え去った。

 理不尽。などではもはや形容できない。

 そんな言葉で済む段階はとうに超過している。

 

「ばっ、か、げて……」

 

 運良く操縦席への直撃は無かった。

 なのに身体は動かない。首から下が別の生き物になったかのように、ピクリとも動かない。

 それほどまでに精神に受けたダメージは大きかった、と言い換えても良いだろう。

 だから地獄を見た。

 弾薬庫を逸れて弾が貫通したことを、後から恨むほどの地獄を。

 

「…………?」

 

 微かに音が聞こえる。

 身体に深く染み付いた、行軍の象徴のような音が。

 詳細に言えば、

 戦車が進軍する際に発生する、無限軌道特有の――

 

「っ……待て‼ ダメだ、今すぐ引き返せ‼‼」

 

 反射的に叫んだ声は当然届かない。

 高らかに、そして無慈悲に。行軍は進んでいる。

 何か方法はないのか。

 これから起こる殺戮を止められる最良の手段は、それとも何処にもないのか。

 

「……っ」

 

 敵部隊に呼び掛けて、戦闘を中止してもらう?

 ――その前に殺されるだろう。

 ――仮に伝わっても、わざわざ敵のために撃たれてやるとは考えられない。

 

 砲撃が外れるように神に祈りを捧げる?

 ――あの密度では無理だろう。

 ――ほんの少し掠めただけでもこの威力だ。相当な強運を持っていなければ、確実に死亡する。

 

「ちくしょ、何か……何かないのか」

 

 幸いにも敵戦車は動いていない。

 砲身を冷却しているのか、それとも気づいていないのか。

 なんにせよ、これが最後のチャンスだ。

 

「何か、一つでいい……。彼らを助ける方法があれば……」

 

 可能な限り高速で思考を回転させる。

 第一戦車隊には、同期の仲間も所属しているのだ。見捨てるなんて選択肢は、初めから存在しなかった。

 何としてでもこの脅威を彼らに伝えなければ、大勢の仲間が殺害される。

 生命の価値を否定するかのように、意味をなさない肉塊にされてしまう。

 

「伝えなければ? ……待てよ、そうか、その手があった!」

 

 むしろ単純すぎて、喜びより先に呆れの感情が来た。

 

(はは、何を間抜けなことをしていたんだ俺は。声が届かないのなら通信機を使えば良いだけだと言うのに、なぜ今まで気づかなかった?)

 

 グラバルカス帝国は、文明圏外国なんて骨董品では断じて無い。通信手段はとうの昔に確立している。

 それなのに何故、

 

(いや、今は理由を考えている暇なんて無い。情報の伝達を優先しなければ)

 

 彼は無心で機材の調節を行った。

 一分でも早く、一秒でも早く。

 奴らが動き出す前に終わらせる一心で、調節を続ける。

 そのためか、

 

「こちら臨時防衛小隊、副隊長車! 作戦は失敗した‼ 我が隊は一両を残して全滅。その車両も砲身を吹き飛ばされている! これ以上の戦闘継続は不可能‼」

 

 何とか、間に合わせることができた。

 後はすべてを伝えるだけだ。

 

「敵戦車の火力は想像を絶する威力だった! まるで機関銃のように、大量の砲弾を撃ち込んで来やがる‼ とても勝てない‼ 俺が生き残れたのも運が良かったからだ‼」

 

 軍規通りの形式的な通信をする余裕などなく、言葉尻は大いに乱れた、が。

 だからどうした。

 必ずこの情報を伝えなければならないのだ。

 しかし、応答はない。

 一笑にされたか? 馬鹿なことを。

 

「これは事実無根の言葉遊びではない‼ 現に我々は全滅、生存者は俺以外残っていない‼ なぁ頼むよ、降伏してくれ! あいつらは化け物だ、俺たちの戦車じゃ相手にならない、正真正銘の化物だ‼ 薄っぺらい意地張ってないで、早く降伏しろよぉぉぉぉッッッ‼‼‼」

 

 応答はない。

 

 もしかしたら、こちらの通信機が故障しているのか?

 いや、スピーカーが故障しているだけかもしれない。

 そうか。それは悪いことをした。

 ならば今は白旗を掲げる準備をしているということだな?

 だって、ソウジャナイト。

 

「は、はは……」

 

 安心して笑みを漏らしてしまったのと同時に、ようやく動いた。

 有名な昆虫の形を模倣した、形状に合理性を見いだせない謎の戦車が、重い腰を上げたのだ。

 けれど、もう遅い。

 もうすぐ降伏の旗が上がるはずだ。

 なぜなら、脅威は既に伝わっているのだから。

 

(そうだ、俺が救った。はは、あとで同期に酒を(たか)ろう。それだけの活躍はしたと思うんだがなぁ……)

 

 なのに。

 

 ガシリという不気味な音が響いた。

 ――もう遅い。

 

 なのに。

 

 死神の鎌が戦車中隊に向けられる。

 ――もう遅い。

 

 なのに。

 

 火を噴いた。

 ――もう、遅い?

 

 

 

「……………え?」

 

 

 

 

    直後。

 

      無数の火花が

 

視界を席捲し    

 

味方だった

 

残骸が     

     戦車が

 

次々と       

 

 

 

 

「…………………………………………………………………なん、だよ……これ」

 

 誰も答えない。

 

「だって、おれは」

 

 答える者は、いない。

 

「……………………なのに、どうして」

 

 この場には、彼以外の人間は存在していないのだから。

 

 

 不快な虫の羽音が、徐々に近づいてくる。

 恐らく生きていることがバレたのだろう。

 捕虜にされるのか、それとも殺されるのか。

 それでも、あんな大虐殺を平気で行える人間が捕虜を取るはずがないと、なんとなく考えていた。

 

(すべてどうでもいい。もう、おしまいだ)

 

 事実、デンマークでもバゲージシティでも、『彼ら』は一切の捕虜を取らなかった。

『彼ら』の根底にあるのは0と1。数字の羅列のみで、そこに感情というものは存在していなかった。

 理事会から下された命令はただ一つ、敵戦闘員の抹殺のみ。

『彼ら』は忠実にそれを履行する。たとえ残虐な命令であっても一切の疑問を持つことなく、ただ従うのみ。

 だから、合成された女の声が響いた。

 

 

『残存する敵戦闘要員を確認。脅威度ゼロ。ただちに撃破します』

 

 対する隊員は絶望のなか薄っすらと笑う。

 

「……ははっ、そうかよ」

 

 そこにどんな意味が込められていたのかは、理解されなかった。

 しかし、装置の大半がスクラップと化した通信機を持ちながらも、彼は静かに囁いた。

 

 

「だったら好きにしろ、クソ野郎が」

 

 

 ガオンッッ‼‼ と。

 機械仕掛けの無意味な一撃が、容赦なく反響した。




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