1
クワトイネ公国、第四航空基地、一番滑走路
中央歴1639年4月25日
おりひめⅢ号からの観測により、ロウリア王国が、四千隻以上の大艦隊を出向させたという情報を掴んだ学園都市が、派遣部隊をクワトイネ公国へと送り込んだ。学園都市としては戦場へと直通で向かうこともできたが、先のギム戦役で活躍した学園都市製兵器の能力を見たいと懇願したクワトイネの上層部の意向に従い、観戦武官を一人連れていくことになった。
「これが……飛龍だというのですか………?」
第四航空基地のエースパイロットであるケリシスは目の前にそびえたつ巨大な構造物に圧倒されていた。
「いいや、そうじゃないにゃー」
機内からどこか気が抜けた声が聞こえてきた。
「上のほうから話は聞いてないかにゃー。こいつは超音速爆撃機っつー学園都市製の航空兵器なんですたい」
HsB-13
全長百メートル程の銀の翼を持つ、空の支配者。
学園都市内では若干旧型機にあたるが、この任務に最適とばかりに、保管庫から引っ張り出された航空兵器である。これ以上の速度が出る機体もあるが、それと同時に肉体の凍結処理も必要となるので、そんなものに観戦武官を乗せるわけにはいかない。
よってこの兵器を差し向けることとなったのだ。
「あなたは?」
突然現れた金髪サングラスにケシリスは問いかけた。
「オレは土御門元春。まぁ、学園都市トップの使いっぱしりみたいなもんだと思ってくれていいにゃー。歓迎するぜい、クワトイネの竜騎士殿。こんな狭い機内じゃたいしたものは出せねえが、今の内にゆっくりくつろいでくれ。」
にゃーにゃーサングラス改め土御門元春はケシリスを機内へ案内しながら続ける。
「さて、もうすぐ出撃準備が整うが、何か聞きたいことはあるかにゃー?」
「いえ、これといったものは特に」
「ならサッサとここに座るといいにゃー。ずっと立ってたままじゃ全身大怪我するぜい」
土御門の軽い脅しに一瞬、ピクッと反応したケシリスであったが、
「なあに、こいつにさえ座っていれば安全は保証される。ちょっとした『念動能力』モドキを発現させて搭乗者を慣性力から保護するっつー仕掛けがあるからにゃー。まあ、余程の急旋回、急加速をしない限りはなにも感じないだろうぜい」
「『念動能力』ですか?」
異世界では馴染みがないのだろうか、と土御門は考えながら、
「学園都市で超能力開発ってのが行われていることは流石に知っているにゃー?」
土御門はケシリスが頷いたのを確認して、口を開く。
「簡単言うと『念動能力』ってのは———」
言いかけたところで、空間表示型のディスプレイにメッセージが表示された。
「ん?もう時間みたいだにゃー。続きはコイツが飛んでからにするかにゃー。おっと、シートベルトはむやみに外すなよ、億が一に慣性制御装置が作動しなかったら、そのままお陀仏になるからにゃー」
それを聞いたケシリスは慣れない手つきで、慌てて体を固定する。
「それでは、超音速での空の旅をご堪能あれ。作戦空域には十数分で着きますが、どうぞごゆっくりおくつろぎくださいにゃー」
土御門が合図を出すと、その巨体が垂直に浮かび上がり、音を置き去りにしながら西へと飛び去った。
2
クワトイネ領海上、超音速爆撃機機内
中央歴1639年4月25日
「え?それでは、国ごと転移しただけでなく、国外にいた人間までも一緒に転移してきたことになるのでしょうか。いくら何でも信じられないのですが」
観戦武官ケシリスは、スクリーンを流れる景色に圧倒されたのちに、土御門から転移の経緯を聞いて驚いた。
「まぁ、言いたいことはわかるぜ。オレだって初めは信じられなかったしにゃー。だが、あの日気づいたときには、既に学園都市にいた。オレが学園都市に転移したってだけなら、まだ信じられたが、学園都市が丸ごと異世界に召喚されましたっつー話になるとな。外部との通信途絶やら星の位置の変動、他大陸の消失ってのを確認したら流石に信じたが、未だに記憶操作とかを疑ってるんですたい」
ま、義妹も一緒だったのが幸いだったにゃー、などとのたまう土御門を横目に見ながらケシリスは考える。
(嘘を言っている気配はなかった。コイツが相当のやり手だとしても、こんな嘘を吐く理由はないはずだ。まさか、事実だとでもいうのか。しかし、かの列強も自らを転移国家と称していたな。今まで眉唾物だと思ったが、双方ともに機械文明であることからしても、可能性はある……のか?)
彼は真偽を探るためにも土御門に問いかける。
「そういえば、列強国にも同じような転移国家あるらしいですね。確か……一万二千年前だったかなぁ…そのくらいにこの世界へ転移してきたらしいですよ。まぁ、ほとんどの人間は信じていないようですが」
ピクッと、長年の暗部活動で鍛え上げられたはずの土御門の表情が少し歪んだ。
突然黙り込んだ土御門を疑問に思うケシリスであったが、
「どこだ?」
「へっ?」
「どこの国だと聞いている」
急に真面目な口調となった土御門に困惑しながら、ケシリスは返答する。
「えっ、えっと、ですから列強国のムーですよ。ご存知なかったのですか?」
「場所は?」
間髪入れずに土御門が続ける。
「えっと、公国から西に———」
ケシリスは懸命に説明したが、いまいち要領を得ない。
土御門は一瞬ためらったものの、衛星写真をもとにした世界地図をディスプレイに表示した。
「なっ、これは——」
世界の果てまで表示された地図に驚愕し、声が途切れたケシリスであったが、土御門に一睨みされると慌てて説明しだした。
「ここです、地図の中央部の———」
説明を聞き終えた土御門は、いつもの軽い口調に戻ると、
「済まなかったにゃー。少しばかり思うところがあってな。まぁ、情報提供感謝するぜい」
「よく分かりませんが、役に立ったのならよかったです」
しばらく会話していると、ディスプレイにメッセージが表示された。
壁にある装備品を一つ取り、状況が分かっていないケシリスに、
「なに、ちょっとした通過儀礼だ。直ぐに終わるだろうから座って待っていろ」
謎の機械の電源を入れながらそう呟いた。
3
ロウリア王国東方討伐海軍、旗艦ロイズ、艦橋
海将のシャークンは困惑していた。
『はぁ~い、ロウリア海軍の諸君、こんな辺境までわざわざご苦労。だが残念なことに、この先はクワトイネの領海、つまり、侵入は禁止っつーわけだにゃー』
理論上、解析が極めて難しい魔導通信機から、明らかに関係者でない人間の声が聞こえてきたのだ。しかも暗号はパーパルディア皇国からの支援を受けて作られたもので簡単には解けない。ましてや文明圏外の蛮族共に解析できるような代物ではなかったはずだ。
シャークンは様々な可能性を考えるも、謎の人物からの通信は続く。
『おっと、一度に話されても分からないぜい、オレは別に聖徳太子でも何でもないからにゃー。だがまあ、オマエらが聞きたいことならわかる』
同時に幾つもの通信機に介入できるのか、そう言いながら謎の人物は続ける。
『オレは土御門元春だ。学園都市からの援軍として派遣された部隊の指揮を務めている。率直に言おうか。今すぐにその海域から離れろ、それ以上踏み込んだら、テメエら命の保証はしない。だが、尻尾巻いて逃げ帰るのなら追撃はしない。繰り返すぞ———』
そこまで聞いて、シャークンは吐き捨てるように言う。
「はっ、何かと思えば学園都市か。一体どんな大国が介入してきたのかと思ったが、貴様らみたいな小国だったとはな。それで、新興国家——もとい、新興都市如きが誇り高き我が海軍をどうすると?内容によっては——」
『分からなかったか?壊滅させるっつったんだ。そんなことも理解できないってなら、ロウリアの海軍は余程人員不足ってことになるがにゃー』
「貴様ッッッ‼‼言わせておけば‼我々を誰だと心得ているッ‼我らは誇り高き
『あんた今、オレ達が通信に介入出来ているって事実を忘れてるだろ?』
「ッ‼」
『だろうと思ったよ。この状況でその話し方を続けられるのなら、余程の楽観主義者か、もしくはこの状況ですら把握できない馬鹿のどっちかだ。まあ、要するにツケが回ってきたということだ。今まで学園都市に全く注意を向けなかったことへのツケがな』
軽蔑するかのような声で土御門は吐き捨てる。
「たっ、ただの偶然であろう‼‼そんなもの、幾らでも偶然で片付けられる‼‼」
『声が震えているぞ。ただの偶然で解けてしまうような暗号じゃなかったことはアンタが一番理解しているだろう?』
とはいえ、学園都市にとって暗号を解くことは容易かった。むしろ問題は魔法による通信に介入する方法がなかったということの方が大きかった。だが、木原一族が『魔法』に強い関心を抱いてしまったがために、魔法の解析は僅か一ヶ月で完了した。
二ヶ月が経つ頃にもなると、機械による魔法の再現までもが成され、学園都市に新しく魔法学科が成立することになった。
つまるところ。
HsECH-00Version.M
周辺を飛び回る魔力の波のパターンを解析して、数式として読み取ることにより、魔法的な通信すら傍受するシステム。まだ試作段階のため効果範囲は狭いが、最終的にはこの世界すべての通信情報を思うがままに閲覧できることだろう。そのような目的のために作られたので、かつての世界の通信傍受システムからもじって名付けられた機械だ。
『いいか、これで最後だ、降伏しろ。もはや撤退は受け入れない。戦って死ぬか、降伏して生き延びるかだ。簡単な二択問題だが、アンタが賢明な判断を下してくれることを祈っているよ』
「貴様ッッ‼どこまで愚弄すれば気が済む‼‼誇り高き王国軍人である我々に『降伏』の二文字は無い‼‼‼そもそも、姿すら見せない卑怯者どもになどに我々が敗北するとでも———
『なら、その誇り諸共に死ね、盆暗共』
直後、艦隊を縦に切り裂くかのように摂氏八千度にも及ぶ巨———気の刃—襲イ——り——————…………………。
4
直撃を受けて死んだ人間はまだ良かった。熱によって一瞬で死んだ人間も、まだ幸せなほうだったはずだ。
なぜなら、彼らの大半は、
副次的に発生した水蒸気爆発の爆風によって、限界まで沸騰した海水の中に突き飛ばされたのだから。
5
こうして、一つの海戦が終結した。
後に、鮮血の海域と呼ばれることになるその海域に、
——―—生存者の反応は見つからなかった。