1
ロウリア王国クワトイネ征伐隊東部諸侯団
ギム
「先遣隊に連絡はとれないのか‼⁉」
副将アデムが、軍の通信隊を怒鳴りつけるが、
「導師から、魔通信を送っていますが、返信がありません」
数日前から先遣隊が消息を絶っている。
しかし、先遣隊とはいえ、三万もの軍、一会戦としては非常に多い大軍だ。通信を送る前に全滅するなんて事は考えられなかったが、クワトイネへと向かったはずの艦隊も消息を絶ったとも聞く。まさかとは思うが………。
アデムは頭を振りながら、
「偵察隊はどうなっている?」
「間もなく先遣隊が消息を絶った付近の上空に到達します」
副官がそう答えるとアデムは、
派遣した部隊が真実を持ち帰ってくれることを願いながら、今後の作戦を考え始めた。
2
ロウリア王国クワトイネ征伐隊東部諸侯団所属、ワイバーン小隊 竜騎士ムーラ
「そろそろ……か」
エジェイ周辺の偵察隊十二騎は、それぞれ分かれ、様々な方向に向かっていた。ムーラはその中でも先遣隊が消息を断った付近が割り当てられていた。
今日は少し涼しく、晴れた空ではあるが、雲が多い。少し飛び辛いが気分は良い。
数日前に消えた先遣隊。彼の任務はその真偽の確認であった。
「ん⁉」
何か、人のような姿が見えたが……まさか———
「な……なんだ?これは……?」
巨大な渓谷のようなものが、あちこちにある。そして、それ以外の場所にも、もともと人だったであろう『モノ』が放置されている。馬も人も問わずにすべて混ざっていた。そして、ロウリア王国の悪魔の象徴である漆黒の鳥がその肉をついばんでいる。
着陸を行う。
しかし、動く人間は一人もいない。
「ぜん…めつ……⁉全滅しただと‼⁉⁇そんなバカなことが———」
恐怖で動けないムーラに、
グワァッ‼と。
東の方向を見ていた相棒のワイバーンが警戒の鳴き声をあげようとして———。
バババババッッッ‼‼‼と。
激しく空気を叩く音が聞こえる。目を凝らし確認すると、超高速で飛翔している何かを発見した。
「あの竜は何だ!?」
遠い……けし粒のような大きさの黒い点が見える。何か、魂の無い者、竜というよりはむしろ物。ただ、速度が異常であるという事しか分からない。
「ッッッ‼‼‼」
突如としてその竜から煙が吹き出し、小さな火炎が音速を超える速度で自分に向かってくる。ムーラは戦場での経験からその正体を看破した。
「導力火炎弾か!」
ムーラは飛び立つ。いくら遠くから速い攻撃を受けても、気付いていれば避けることができる。こういった攻撃は、不意打ちでこそ効果がある。そう考え、一瞬気を抜くも、
「なッッ‼⁉付いてくるだと⁉⁇」
敵の火炎弾は軌道を変えてムーラを捕捉し続ける。
「クソったれっっ‼‼」
全力で飛び廻って回避を試みるも、敵の火炎弾はその度向きを変える。
馬鹿げている。
そんな攻撃は聞いたことが無い。
「先遣隊は全滅‼‼現在、本騎も攻撃を受けている‼敵の正体は不明、追尾式の導力火炎弾を放てる模様‼‼」
死期を悟り、ムーラは魔通信具に向かって、伝えられるだけの情報を叫んだ。
「ちっ……畜生ッッ‼‼」
顔に叩きつけられる合成風、死の予感、脳の中を様々な思考が廻る。
———いってらっしゃい。妻は、戦に行く時、笑顔で送り出してくれた。
———ほら、お父さんにいってらっしゃいは?
———あっ、あっ。一歳になったばかりの娘が笑顔で抱きついてくる。
———これ……お守り、持っていって。
良く解らない軽い金属性の物体を渡された。それからはいつもお守りとして腰に着けている。
そんな妻のためにも。
「死んで……たまるかァァアッ‼‼‼」
———急上昇、導力火炎弾は、やはり軌道修正し、自分に向かってくる。
———急降下、無理な操縦がたたり、飛龍がバランスを崩す。
そして。
腰に着けた妻からもらった大切なお守りが外れ、
最愛の女性からの加護を失った竜騎士へ、火炎弾が—————
3
ロウリアの竜騎士を攻撃したのは、学園都市製のヘリコプターだった。
HsAFH-21
『一枚羽』とも呼ばれるこの攻撃ヘリは、ロウリアからの小規模な襲撃の対処を行うために国境付近に配備されていた。
新世界で万が一、植民地を獲得しなければならない状況に陥った際に、低コストで運用できる治安維持兵器として開発が進められていたものであったが、クワトイネ防衛のため、安価に使用できる対空・対人兵器が必要となり、この機体に白羽の矢が立った。
一枚羽は対空兵装として、赤外線誘導式の、短距離対空用ミサイルのSRM31を搭載し、対空・対人兵器を兼ねて、空気抵抗により弾丸が超高温に至る『摩擦弾頭』を装備している。『四枚羽』のさらに廉価版である格安兵器ではあるが、異世界の軍隊にとっての脅威は語るまでもないだろう。
フルオートで弾を打ち続けてもなお、一時間以上の継戦能力を持つこの兵器を撃墜できる国家は限られる。それも、多大な犠牲を払った上での戦果だ。そんなものでは到底勝利と呼べない。
これが科学の極致。
故に。
ただの軽金属製のフレアでSRMの追跡から逃れられる可能性は、絶無である。
行間一
とある戦場で、爆炎が発生した。
それに伴い、空中からかつて人だったモノが撒き散らされる。
その、誰かが愛した妻からのお守りは何の効果も与えることなく、『残骸』の隣に、悲しげに横たわるだけであったという。
4
ロウリア王国東部諸侯団
「一体どうなっているのだ‼‼」
副将アデムは絶叫する。
偵察隊と通信を行っていた最中、突然に、悲鳴と共に十二騎の偵察隊と連絡が途絶えたのだ。
しかも、その中には『先遣隊の全滅』『追尾性能を持つ導力火炎弾』、といったロウリア軍にとって無視することができない情報も存在していた。
「現在調査中でして……」
「具体的にどのような方法で調査しているのか!たわけがぁ!」
静まり返った空気のなか、将軍パンドールが話し始める。
「まあ仕方がない、出来る事をしよう。本軍の護衛は?」
「ワイバーンが百騎常時直衛にあがります。残りはギムの竜舎で休ませています。もちろん、命あれば、いつでも出撃いたします」
その返答に、パンドールは僅かに首を傾げながら副長に問う。
「百騎も?いや、先の報告からも察するに、今まで以上に敵を警戒するべきか……。」
「えぇ、今までの部隊の消失事件、もしかしたら敵はとてつもない力を手に入れたのかもしれません。それによって本軍が壊滅したら、今回のクワトイネ攻略作戦は失敗となりますから」
「そうか……」
上空には多数のワイバーンが編隊を組み、乱舞している。その雄姿は何者が来ても勝てると思わせるほどの威容だ。伝説の「魔帝軍の行進」でさえ、これほどの軍があれば、きっと跳ね返せるだろう。
しかし、敵は一体何もの———
パンドールの思考は轟音によって強制的に中断させられた。
ゴッッッばっっっ‼‼‼と。
上空を乱舞していたワイバーンのうち、三十二騎が突如として爆炎に飲み込まれ消滅した。
さらに。
ガガガガガッッッ‼‼と。
追加で十二騎が、次の瞬間には四十八騎が、跡形もなく吹き飛ぶ。
「なっ——何だ⁉何が起きた‼‼」
パンドールは上空を見上げながら、訳も分らないまま叫ぶと、
東の空に六つの黒点が見えた。
徐々に近づいてくるその黒点から赤い光のラインが無数に伸びると同時に、
最期の八騎がバラバラにその肉体を寸断され、落ちていく。
通信機から断末魔が聞こえる。
軍上空を凄まじい速度で通り過ぎた『それ』は鏃のような形で、黒色の装甲をもっていた。
HsCDA-13
かつて、超音速戦闘機と共に日本上空の防御を担った小型戦闘機。
その改良型がロウリア軍本陣周辺を飛び回る。
音速の十二倍という猛烈な速度で大気を切り裂いた戦闘機によって発生したソニックムーブが轟く。
「はっ……速すぎる‼‼何なのだコイツはッッ‼⁉⁇」
未だ理解することができない。
しかし、悲劇は待ってくれなかった。
先ほど飛び去った敵の鉄龍が戻ってきて、さらに焔の槍を発射する。
ワイバーンの数こそが軍の力と思っていた。これだけの数のワイバーンがいれば、炎神龍にさえ勝てると思っていた。
それが……まるで何かのゲームのように一方的に撃破される。
「畜生っっっ‼‼‼」
吹き飛ばされる滑走路を見ながらパンドールは悪態をつく。
ワイバーン部隊などとうに存在しない。対抗手段などなかった。
将軍パンドールの脳裏に、『先遣隊の消滅』という言葉が思い浮かぶ。
「何か、こっちに向かっ―――
最期まで言い切ることはできなかった。
直後。
一瞬にして。
灼熱の業火が本陣を文字通りの意味で『蒸発』させた。
これが学園都市。生半可な軍隊では彼らの道を遮ることはできない。
戦況は今、完全に傾いた―――。
行間3
ロウリア王国とクワトイネ公国の戦争は、軍隊が壊滅し、国王を確保されたロウリア側の敗戦で幕を閉じた。
だが、この戦いは『序章』に過ぎない。
まだ、学園都市は全力を出していない。
世界最強と名高い『魔法帝国』との戦争は未だ始まっていない。
学園都市の『暗部技術』というものはこの程度のものではない。
この物語は―――
ただ存在するだけで『世界』を歪めるほどの力を持つ帝国の、
絶対的な力を以って『世界』の常識を覆していく科学都市の、
―――圧倒的な不条理による一方的な蹂躙劇である。
これが学園都市だ。地獄に落ちても忘れるな。