1
パーパルディア皇国第三外務局
局長カイオスは、その報告を聞き、脳の血管が切れるのではないかと思われるほど激怒していた。
初めは、ワイバーンロード部隊、並びに派遣艦隊の砲撃でフェン王国首都アマノキを焼き払い、パーパルディア皇国に逆らったらどうなるのかを他国に見せつけるという計画だった。
フェン王国が領土献上案を蹴ったことが発端であるがしかし、結果は惨憺たるものだった。
空襲に向かったワイバーンロード部隊は、魔信を入れる間も無く全滅。
ガバラ神国の風竜騎士団が参戦したのではないかと疑われたが、そもそも風竜は数が少なく、通信する間も無く全滅するのは考えにくい。
ならば一体何があったのか。
誰がそう考えていたが、その直後に入ってきた情報。これが問題だった。
『我、所属不明艦ニ攻撃ヲ受ケル。所属不明艦ノ全長ハ三百メートル以上、巨大ナ砲ヲ装備シテイル。敵国ハ少ナクトモ我ガ国以上ノ力ヲ持ツモヨウ』
『敵艦ハ総鉄製、列強、モシクハソレ以上ノ技術デ建造サレタモヨウ。古ノ魔法帝国ガ復活シタ可能性アリ。十分ニ警戒サレタシ』
理解が出来なかった。報告の内容ではなく、指揮官の頭の中が、だ。
どうやら提督は海戦の恐怖で頭がおかしくなったらしい。
まず、『全長三百メートルの総鉄製の船』、これがおかしい。それほどの大きさの鉄船を作ることは神聖ミリシアル帝国でも出来はしないだろう。古の魔法帝国が復活したなどと喚いているが、そんな兆候はなかった。あれが復活するときは世界が暗黒に染まる、と言われているからだ。
よくもまぁそんな御伽噺を思いついたものだ。大方、蛮族共に撃退されたのであろう。普通では有り得ないが、余程慢心していたに違いない。そして、その責任から逃れるために乗組員ごと姿を消した、という訳だ。
そんな物語のような超高性能船が仮に存在したとしても、すぐさま全滅するはずがない。
百発百中の砲など有り得はしないのだから、本当に緊急事態に陥ったのならば、もっと詳細な情報を送信しているはずである。それなのに送ってきたのはこの二通だけ。舐めているとしか思えない。ご丁寧に通信機まで破壊したのか、その後通信も途絶えた。
一人で責任から逃れるのではなく、二十二隻もの船と共に皇国を去るなど、決して許されることではない。
既に一族郎党は全て捕らえた。しかし、殺してはいない。
奴らを見つけ出し、処刑する前に一斉に殺害し、自分の行動を後悔しながら死んでもらうことにしたからだ。
(しかも……いや、もう止めよう。これらの報告は完全に負けた言い訳だ。文明圏外の蛮国がそんな超高度な兵器を持っている訳が無い)
ただ、実際に懲罰艦隊に泥を塗った敵がいるのも事実。
今回の敗戦は皇帝の耳にも入るだろう。
次は、監査軍ではなく、最新鋭の本国艦隊が動くこととなろう。が、どこかの列強がバックについている可能性も高い。
第三外務局は正体不明の『敵』を知るため、情報収集を開始した。
2
外務局食堂
現在は休憩中であり、職員は食事をしながら雑談していた。
「最近蛮国が、やけに反抗的と思わぬか?」
「確かに、ここ一ヶ月くらいは顕著にそれを感じる」
「ああ、前なら怖がって、全ての要件をのんでいたのに、昨日は『我々は、あの学園都市と国交を結んでいる!』と、強気に言われたぞ。たかがシオス王国ごときに」
「っ⁉俺もトーパ王国大使から、似たような事を言われた。トーパなんて、技術がいらないとまで言っていた。理由が今話しに出ていた『学園都市』と国交があるからと。学園都市って知っているか?」
「知らん」
「だよな、というか『都市』ってなんだよ、幾ら小国だからって、自分で言ってて恥ずかしくないのか?」
そんな、特に気に留めるようなこともない話であったが、
「んなっ⁉」
数か月前に学園都市の使者と接触していた、窓口勤務員のライタが驚いたような声を出す。
彼は、食堂の全員の視線を浴び、これから色々報告書が必要になってくる事を覚悟した。
3
神聖ミリシアル帝国、港町カルトアルパスのとある酒場
中央世界にある誰もが認める世界最強の国、神聖ミリシアル帝国。
その交易の流通拠点となっている町、港町カルトアルパス。ここは、各国の商人たちが集う町であり、商人たちの生の声は、各国の事情を現す生の声として、情報源としても、非常に価値があるため、商人の姿に紛れ、各国のスパイたちの集まる町でもある。神聖ミリシアル帝国は、文明圏の中で、魔導技術が特に優れており、光魔法を使った街灯等、町並みにも高い魔導技術が見受けられる。
とある酒場では、酔っ払った商人たちが、自分たちの情報を交換していた。
「そういえば、ロウリア王国ってあっただろ?」
「東の蛮国か? あの、人口だけは超列強な国だろう?」
「ああ、俺が交易にいった時期に、隣のクワ・トイネ公国に喧嘩を売ったんだよ。亜人の殲滅を訴えてな」
「亜人の殲滅? 無理に決まってるだろう。さすが蛮族の国!」
「で、学園都市っていう国が参戦して、負けたよ。圧倒的に強かったらしい。ロウリア王国は学園都市の兵を一人も倒すことが出来なかったし、四千隻の大艦隊も全て轟沈させられたらしい。学園都市も今後、世界に名を轟かせる国になるぞ!」
「兵を一人も倒せないとか、四千隻が退けられたとか、どう考えても情報操作だろう。ありえなさすぎる」
「ロウリア王国が負けた? 列強や文明圏なら理解できるが、文明圏外の蛮族に⁉ 信じられんな」
「まあ、グラ・バルカス帝国や学園都市がいくら強かろうと、神聖ミリシアル帝国とは格が違うさ。絶対に勝てないよ。結局、中央世界はいつまでたっても安泰ってわけだ。古の魔帝が復活でもしない限りはな」
酔っ払いどもの楽しい夜は更けてった。
4
パーパルディア皇国 皇都エストシラント
「フェン王国への懲罰の監査軍の派遣、予への報告はどうした」
皇帝ルディアスは静かな怒りを表しながら、カイオスへ言葉を投げかけていた。
「っ、監査軍派遣の報告を行わず、真に申し訳ございませ
「この阿呆が‼」
「ッッ‼⁉」
「予へ派遣の報告を行わなかった事などどうでも良い。それは予が認めた第三外務局の権限だからだ。問題とは当然……監査軍が敗北した事だ」
カイオスの顔から滝のように汗が吹き出る。
「まさか、フェン王国如きに敗北したと言うのではないだろうな?」
「ははっ‼ 現在当局が対象国の割り出しを行っておりますが、未だ詳細がつかめておりません。結果がはっきりしないため、まだご報告する訳には……」
「まだ、解らぬというのか」
ふざけきった報告を受けて、皇帝の顔が烈火に染まる。
そして怒りを隠すことなく、ルディアスは不機嫌そうに告げた。
「旧式艦とはいえ、我が国へ歯向かったのは事実。蛮族への教育はしっかりと行わねば、列強の地位が廃る……。分かったな、カイオス」
「ははっ‼」
深く頭を下げて反省の意を示すも、まだ皇帝の懸念は終わらない。
「皇国がフェン王国如きにやられたと判断される訳にはいかない。速やかにその国家を特定し、汚名を返上するのだ」
「了解しましたっ‼」
半ば叫ぶように返事をして、監査軍に関する報告は終了したと判断し、
カイオスは別の案件の報告へ移る。
「皇帝陛下、例のアルタラス王国に関する案件ですが」
「続けたまえ」
「王国は、魔石鉱山シルウトラスの献上を断った上に、さらに国内の皇国資産の凍結、並びに断交を宣言しました」
「……舐められたものだな」
皇帝はワイングラスを手に取り、軽く回しながらもゆっくりと呟いた。
「すべてが予定通りとは言え、ここまで露骨に反抗するとは……。いささか頭にくるものだ」
「……、」
「カイオス、予定変更だ。彼の王国は監査軍でなく、本国の艦隊――第一艦隊を以って制圧する。……よもや、準備が整っていないなどとはぬかさんな?」
ルディアスは視線を動かし、傍らに控えていた側近に問いかけた。
「はい、出陣準備は既に整っております。ご命令とあらばいつでも出撃し、王国を完膚なきまでに叩きのめすことも、当然可能です」
「くくくっ、やはり貴様は仕事が早いな。アルタラス王国人の取り扱いについては、貴様らの好きにいたせ。予に報告する義務は科さん」
「っ、ありがたき幸せ‼ 必ずや王国を滅ぼし、溢れかえるほどの魔法鉱石を献上せしめてみせましょうぞ!」
その宣告から僅かに一週間後。
皇国の電撃的な侵攻で、王国はあっさりと陥落した。
5
戦争の最中、辛うじて脱出できた王女ルミエスは、王国の無事を祈りながら、商船に揺られていた。商船は南海海流にのり、ロデニウス大陸のクワ・トイネ公国の沖合まで流されている。
このまま餓死するのかと覚悟を決めた時に、運良く学園都市の無人巡視船から臨検を受け、王女ルミエスは学園都市に保護されることとなった。
それが自国の運命を左右する大きな転換点となることを知らずに。
6
とある空間。再建された窓のないビルに設置された生命維持装置内部に、水色のセーラー服を着た『人間』が逆さに浮いていた。
「ふむ、計画に大きな修正の必要性はないな。順調に進んでいると言っていいだろう」
かつて、男にも女にも、子供にも大人にも、聖人にも罪人にも見えた『人間』改め、魔法少女アレイスターは甲高いで呟く。
フェン王国がパーパルディア皇国に狙われていることなど、学園都市はとっくに掴んでいた。その上でフェン王国に接触したのだ、列強国へ敵対行為を行う前提で。
一体何故か。
アレイスターは吐き捨てるように言う。
「時間の因果を捻じ曲げて、世界の理から外れた魔法帝国。元の世界に帰るとしても、存在ごと消滅させねば、いずれ、転移によって発生した『パス』を経由して『飛沫』の影響が発生することになろう。折角あのクソ野郎に全ての飛沫を押し付ける方法を確立したというのに、これ以上総量が増えると許容範囲を超えてしまう」
たった一人の娘のために世界最強の魔術結社『黄金』を壊滅させた男だ。そんな彼(彼女?)が、存在するだけで『飛沫』を撒き散らす国家を見逃すはずがない。
「結果的にどうなれども、世界に学園都市の『存在』を刻み付けておいて損はない。かつての大日本帝国が神話として語り継がれていたことからもな」
魔法帝国が学園都市に迫るほどの実力を持っていた場合、一撃で帝国を滅ぼすことはできない。仮に追い込んでも、未来の世界へと転移を行われる可能性もある。その時まで学園都市がこの世界に存在しているかどうかは定かではないが、地球に還った後でも、新世界に刻まれた『神話の記述』を利用して再転移を行えば、再復活を遂げた帝国を滅ぼすことも可能であろう。
要するに、これから行われることは念の為の『作業』でしかない。魔法帝国の解体に失敗したときの『第二候補』という訳だ。
よって。
「ならば手始めに列強の地位でも頂こうか、パーパルディアの諸君」
既に、『計画』は始動している。半世紀に亘って世界を欺き続けた魔術師の策謀に、抗う術はない。