我は斬る、故に我あり   作:春眠暁を覚えず

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三話

 

 冒険者ギルドにて冒険者登録を終えた剣士は妖精弓手、鉱人道士、蜥蜴僧侶の三人を連れて地下下水道に来ていた。

 依頼内容は地下下水道に増えた巨大鼠(ジャイアントラット)の駆除。冒険者に成り立ての者は皆此処から始めるらしい。つまり初心者用の依頼だ。しかし、だからといって侮ってはならない。

 巨大鼠はゴブリンのように孕み袋を必要とせず雌がいるため繁殖率と成長率が極めて高い。さらに生活圏が下水道の為、病原体を保菌している。群れで襲いかかるので油断は出来ないのだ。

 

「いい。私たちは危なくなったら手を貸すだけ。基本あなた一人で依頼を行なってもらうわ」

 

「まあ、危なくなったら儂らを頼るといい」

 

「拙僧も多少の助太刀をしよう」

 

「助かるよ」

 

 地下下水道のマッピングは蜥蜴僧侶が行い、四人は歩く。

 カツンカツンと歩く音が響き、それが逆に不気味さを生む。風が反響し鈍い重低音を響かせる。

 さらに視界は暗い為、気分は最悪と言ってもいいだろう。

 白磁でこんな事やらされるとは気が滅入るなと剣士は思った。

 

「にしても臭いわね。白磁ってこんな事もやるの?」

 

 同じ事を思ったのか、うぇ、と顔を歪ませる妖精弓手。腐ったドブの臭いにおそらく此処に巣食う巨大鼠(ジャイアントラット)の臭いだろうか、それはもう言い表せないほどの腐臭に鼻を覆う。

 それを見た鉱人道士は鼻で笑い、ここぞとばかりに煽る。

 

「田舎者らしい発言じゃな。汚れたモノを見た事がない森人(エルフ)らしいわい」

 

 その言葉に妖精弓手はムッとし、しかし直ぐに笑みを浮かべて鉱人道士に返した。

 

「あら、いつも酒と泥の臭いしかしない鉱人(ドワーフ)よりはマシだと思うのだけれど?」

 

 火花が散る。睨み合い、啀み合う。

 また言い争う二人。

 剣士は蜥蜴僧侶に近づき、二人に聞かれないように小声で話す。

 

「ねえ、なんでこんなに仲悪いの?」

 

「ふむ。定かな事は知らぬが、森人(エルフ)鉱人(ドワーフ)という種族の仲は太古の戦争より続く因縁、ある種の伝統と化している。木を尊び火を嫌う森人(エルフ)、木を切り火を焚く鉱人(ドワーフ)。何れも相容れぬ間柄ゆえ、あのような関係なのだろう」

 

「ふぅん」

 

 つまりあれが彼らの友情なのだろう。揶揄い、罵り、喧嘩し合って適度な距離を保つ。しかし其れこそ彼らの信頼関係とでも言えるのだろう。

 種族全体という目線で見れば心底から相容れないのだろうが、彼ら二人のみと見れば互いに罵倒しあってはいるものの、心の底から侮蔑してないし見下してもいない。対等に認め合っているからこそ出来る事だ。

 

「しっ、静かに……何か来るわ」

 

 言い争っていた妖精弓手は長い耳を動かし、警戒を促す。

 途端、四人の声しか聞こえなかった地下下水道に僅かな振動と何かの足音が聞こえてくる。それも一つや二つではなく、十や二十、それ以上は超えている。

 剣士は刀を抜く。その刀を見た鉱人道士はほぉ、感嘆の声を上げた。

 

「その刀、なかなかの業物じゃな」

 

「あ、分かる? これ師範から貰った刀でさ」

 

「ほう! 村正から……刀の、ちょいとそれ見せてもらってもいいか?」

 

「あなた達! 静かにしろって言わなかったかしら!」

 

 一喝され、大人しく眼前を見る剣士とぐぬぬと唸り、後で見せてくれと頼む鉱人道士。やはり鉱人(ドワーフ)という種族故に武具には目がないのだろう。

 四人は暗闇の奥を警戒する。足音は大きくなり、そして暗闇から紅く光るモノが複数見えた。それは徐々に近づいて行きその数も増えていく。

 やがて全身が露わになる。

 人間の子供ほどあろう大きさを持った巨大な鼠、それが大群となって襲いかかる。

 

「ちょ、多すぎじゃない⁉︎ どれだけ繁殖してるのよ!」

 

 思わぬ数に少し上擦った声を出す妖精弓手。不快な音を出しながら進む鼠の大群に鳥肌を立たせる。

 

「こりゃちと不味いな。刀の、手を貸そうか?」

 

 鉱人道士は助力の提案をし、蜥蜴僧侶はいつでも助けられるよう牙を置いて詠唱の準備を行なっている。

 しかし剣士は笑って首を横に振った。

 

「いや、いい。……それより姫さん」

 

「ひ、姫? それって私の事、よね?」

 

「うん、そう。それよりも此れ、俺の好きにやっていいんだよね?」

 

「……え、ええ。——()()()()()()()()()()

 

 瞬間、剣士の雰囲気が変わった。

 辺り構わず撒き散らす殺意。三日月の如く開かれた獰猛な笑みは今か今かと餌を待ち望む獣のソレ。

 

「あは」

 

 声が漏れた。瞬間、爆発。

 

「あははははははははは————‼︎」

 

 呵々大笑と雄叫びのような笑い声をあげながら巨大鼠(ジャイアントラット)の群れに突っ込んだ。

 巨大鼠達は剣士を捕捉し飛び掛かる。

 群れに突っ込んだ剣士に驚き、すぐさま援護をしようと背にある大弓を執る妖精弓手。鉱人道士と蜥蜴僧侶も続くとばかりに己が武器を手に持つ。

 だがそんな事は知ったことではないと、剣士は喜々として鼠達を斬る。

 

「さあ、さあさあさあ‼︎ お前達の敵は此処に居るぞ、餌が居るぞ! 総て悉く斬ってやるから掛かってこい!」

 

 殴って斬る。蹴って斬る。尻尾を掴んで別の鼠にぶつけて突き刺す。

 しかし巨大鼠の数は増えるばかり。しかも地下の所為で声が響く、先程から大声を上げているのでもっと増えるだろう。

 

 ——ならば良し。

 

 彼は笑う。

 もっと掛かってこい。もっと殺しに来い。お前達の全力を俺にぶつけるがいい。

 俺も殺しに行く。

 さあ——戦を始めようか。

 刀を突き出し、巨大鼠()に告げる。

 

「————滅尽滅相。お前ら全員、鏖殺(みなごろ)しだ」

 

 

 

 *

 

 

 

「何よ、アレ……」

 

 目の前の殺戮を目の当たりにした妖精弓手は呟いた。

 瞬時に変わった剣士の雰囲気に驚いたが、そこから転じた戦い——いや違う。最早これは蹂躙だ。

 

「こりゃたまげたわい……」

 

「なんと……」

 

 鉱人道士も蜥蜴僧侶も剣士の豹変に驚いている。

 ギルドで出会った彼の面影はもう全くと言っていいほど無い。

 

「村正の弟子は、それもまた村正っちゅーわけか」

 

「まさしくあれこそ噂に聞こえし悪鬼の相貌、なんと恐ろしき力」

 

 巨大鼠を圧倒する彼の姿は最早人と呼ぶには違いすぎる。刀で斬り裂き、または突き刺し、鞘で殴って撲殺する。辺りは血で溢れ、血の海とそう表現するに相応しい凄惨な光景が広がっている。

 

「しかし驚くべきはその技量じゃな。身体全身は血で濡れているがその総てが返り血、彼奴に一切の傷は負っておらん」

 

 無論、巨大鼠は無抵抗で殺されている訳ではない。未だ量という点では剣士を上回っている。

 だが巨大鼠の攻撃を剣士は紙一重で躱している、ただそれだけのことだ。しかしそれを冒険者に成り立ての白磁に出来るかと言われれば不可能としか言えない。

 そしてやはり鉱人道士が目をつけたのは剣士の持つ刀だった。

 

「やはりあの刀、かなりの業物じゃな。見てみぃ」

 

 鉱人道士の言葉に妖精弓手は剣士の持つ刀を見る。

 

「……()()()()()()()?」

 

 それはあり得ない事だ。この場には夥しい血が降り注いでいる。現に今だって巨大鼠から血は吹き出し剣士を濡らしている。

 そら、斬ったのだから血に濡れて——

 

「え?」

 

 ()()()()()()()()()()。比喩でもなく本当に血が刀に触れた瞬間、吸い込まれるように消えたのだ。

 一瞬だけ薄い紅が枝葉の脈のように光り消える。

 その様はまるで——

 

「ダインスレイフ……」

 

 血を吸うまで暴れ続ける森人(エルフ)に伝わる魔剣。血を求め、血を欲し、血に狂う剣。担い手すら吸い尽くす主殺しの剣。その伝承が今正しく目の前にあった。

 進軍する鼠の数が徐々に減っていき、その間に剣士は道を進む。

 気づけば彼と三人の距離はかなり離れていた。

 

「って、呆けてる場合じゃないわ。追いかけるわよ!」

 

 呆けてる三人の事など気に留めず剣士は斬りながら進む。

 妖精弓手達は辺りを埋め尽くす屍を避けながら剣士を追った。

 

 

 

 *

 

 

 ——いるな。

 

 ただ漠然とした気配を剣士は知覚する。

 先程の鼠よりも強い奴がこの先にいる。それを思うだけで足取りが軽く興奮する。

 道中、襲い掛かる鼠達を退ける。おそらく奥にいる奴に会わせたくないのだろう。攻撃は一層激しく、物量を持って押し潰そうとしている。

 

「邪魔だ」

 

 もうお前達に用はない。この先に用があるんだ。邪魔をするな。消えろ。斬られろ。

 最早、ただの巨大鼠など眼中に無く、塵を払うが如く斬り捨てる。

 斬り進み斬り進んでそして漸く開けた場所に出た。

 より一層臭いは強まり、辺りにはおそらく冒険者だろうか。何か人のような骨がいくつか転がっている。

 

「でっかいな」

 

 柱に隠れながら剣士は呟いた。

 そこに居たのは通常の巨大鼠(ジャイアントラット)の二倍かそれ以上はあるかと思われる鼠が二匹。それも雄と雌、差し詰め(キング)女王(クイーン)と言ったところか。

 (キング)の方は尻尾は短いのに対し女王(クイーン)は自身の身体を一周して巻きついても余る尻尾をゆらゆらと揺らしている。

 漸く剣士に追いついた三人が現れ、覗くように二匹の鼠を見た。

 

「凄いわね、あんなの見たことない」

 

「かなり長く生きとったんじゃろうな」

 

 そう感想を述べる。

 (キング)の髭がピクピクと揺れた瞬間、雄叫びを上げ剣士達が隠れる柱を睨む。どうやら気づかれたらしい。同時に女王(クイーン)も警戒し、王が見ている場所を睨む。

 

「如何やら、隠れてても無駄なようだな」

 

 蜥蜴僧侶の言葉に剣士は二匹の前に姿を現わす。瞬間、警戒は敵意に変わった。

 先ほどの巨大鼠たちも敵意が無いわけではないが、これに比べれば微々たるもの。

 

「ああ……最っ高だ。なんて素晴らしい日なんだ」

 

 二匹の殺意に身を震わせる。興奮を隠せない。

 昂ぶる剣士は地を駆ける。瞬間的な加速によって瞬く間に王の懐に入り、先ずは挨拶の横一文字。

 これで斃されるのならそこまで。だがその予想は期待通りに裏切られた。

 巨体に似合わぬ俊敏さ。横一文字を後ろに跳んで躱し、短い尻尾を鞭のように撓らせ叩きつける。

 剣士は右に跳び躱すが、既に王は次の一手に移行している。身を屈め、全力で地を蹴り突進。

 

「速ッ……!」

 

 足のバネを利用して生み出された爆発的な加速は砲丸の如く剣士に突っ込む。

 回避は間に合わない。

 

「ぐっ、ぎぃ……!」

 

 済んでのところで腕をクロスさせて防ぐが、その衝撃に骨は軋む音を上げ後方へ吹き飛ばされた。

 

「————ッ!」

 

 体勢を立て直した剣士を襲うのは王の後ろにいる女王の尻尾。長く伸ばされた尻尾の先端は鋭くまるで槍のようだ。

 真横は転がる。尻尾は侍がいた場所に突き刺さり地面を抉った。

 

「っ、あっぶな……てか、柔らかくて硬いとか何それ……」

 

 あんなしなやかな尻尾からこんな凄まじい突きが出るとは思わなかった。

 ならばと今度は女王に狙いを定める。

 先程から一切動かない女王。故に攻撃手段はあの尻尾のみなのだと仮定し踏み込む。

 迫る尻尾を刀で受け流す。その横から王の突進を避け、更に接近。

 

「どわっ!」

 

 しかし女王の尻尾は先端から曲がり、背後から突き刺さんと剣士に迫った。

 辛うじて避けた剣士だったが王の突進を喰らい元の場所に戻される。

 

「良い連携ですね。非常に面倒くさい」

 

 王が近距離、女王が遠距離。互いの短所を補う連携は敵ながら天晴れと言う他ない。

 再び突進を仕掛ける王。

 だが先のように行かないと軽やかに躱す。王の側面に回って上から下への斬りつけ。

 王は地を蹴って避ける。が、体毛を斬り裂かれ鮮血が舞った。

 

「……ちっ!」

 

 しかし浅い。致命傷には至らずそのまま追撃を掛ける剣士。更に踏み込んで与えた傷口に一突き。

 だが、横合いから迫ってくる女王の尻尾に阻まれた。

 

「くっそ……!」

 

 刀を弾かれた事によって大きく身体を仰け反らせた剣士。それを王は見逃さず尻尾を振り抜いて剣士の腹を打った。

 

「かっ、——づぁっ!」

 

 吹き飛ばされる直前、剣士は身体を捻り王の尻尾を斬り裂いた。絶叫を上げる王。

 しかし剣士に与えられた衝撃は殺す事は出来ず吹き飛ぶ。吹き飛ばされた剣士は三人の近くの壁に激突し、背中を打つ衝撃で肺にある空気は血とともに吐き出され、地面を紅く染めた。

 

「剣士!」

 

 慌てて剣士に駆け寄る三人。妖精弓手と鉱人道士は牽制し、蜥蜴僧侶は剣士の身を優しく起こす。

 意識はある剣士は咳き込み喉にまだ詰まってる血を吐いて笑った。

 

「いやー、強いなぁ。巨大鼠(じゃいあんとらっと)ってのはこうも強いのか?」

 

 それだったら嬉しいなぁ、と興奮を隠せない剣士に鉱人道士は巨大鼠から視線を外さず、一切の恐怖も無く笑う剣士に苦笑いして答える。

 

「いんや、ありゃおそらく突然変異か何かじゃろうな。見た事も聞いたこともないわい」

 

「それは残念。でもまあ、いつか現れる可能性があるわけだ」

 

「何嬉しそうな声出してんのよ。あんなのが何匹もいたら溜まったものじゃないわ」

 

 顔を顰め、絶対拒否の意を込めて剣士を睨む。

 あんなの白磁に任せるわけにはいかないわよと、半ば投げやりな口調の彼女は言う。

 蜥蜴僧侶は剣士を壁に寄りかからせ、獣の牙を研いだ刀を抜く。

 

「剣士殿、此処は拙僧らにお任せを。あの鼠、想像以上の強敵である」

 

「そうね。あなたの実力も分かったし、此処は私たちに任せなさい」

 

 それは善意からの言葉だった。ここに至るまでの剣士の実力は見せてもらったし、十分だとも分かった。

 あの二匹の鼠相手に自分一人で立ち向かい無事でいられるか、妖精弓手も分からないし他の二人でもそう言える。

 

「やだなぁ…… 何を言ってるんですか」

 

 だが剣士は若干の苛立ちを込めて言う。

 

「俺の実力を見極める条件は()()()()()()()()()()()。それじゃあ道理に合わないじゃないか」

 

「な、何言ってるのよ。いい? アレは白磁には厳しすぎる相手よ。確かに白磁より強いあなたでもあの二匹相手取るには難しいわ」

 

「それは分からないじゃないですか。俺はまだ死んでない。死んでないのだからまだ分からない」

 

 ニヤリと不敵に笑い、一切自分が負ける事など考えていない。

 妖精弓手は少し恐怖を抱いた。

 分からない。何故この状況でも笑ってられるのか。

 そんな彼女の気持ちを察した鉱人道士は会話に割って入り剣士に問うた。

 

「だが刀の、お前さんあれらを倒す算段はついておるのか?」

 

 未だ与えた傷は側面と尻尾のみ、致命傷を与えられていない。対して剣士は恐らく先の横薙ぎで肋骨二、三本はいってるはず。

 しかし剣士は笑い、

 

「動きは何となく分かりました。ええ、()()()()()()()()()

 

 確信の意を示し、断言する。

 その瞳を武具の真贋、精好粗悪を見抜く鉱人(ドワーフ)の観察眼が射抜き——ため息を吐いた。

 

「やれやれ、ただの妄言ならば頭叩いて正気に戻してやったが、まさか正気で言ってるとは」

 

「俺はいつでも正気ですよ」

 

 こりゃ駄目だ、鉱人道士は笑いそして頷いた。

 

「行ってこい」

 

「ちょっと、あなた何を言って」

 

「だが」

 

 慌てて止めようとした妖精弓手の言葉を鉱人道士は遮ってさらに続けた。

 

「だがもしお前さんが無理だと感じたら、お前さんの意思など関係なく儂らは助けるぞ」

 

 いいな、と有無を言わさぬ眼力。

 例え、さっき会ったばかりの者でも眼の前で殺されるのはいい気分ではない。ましてやこれから旅をするかもしれない相手、それに見捨てるには余りにも勿体ない。

 蜥蜴僧侶も何も言わないが同じ事を考えているのだろう。ただジッと剣士を見つめるのみ。

 

「ええ、分かりました」

 

 刀を杖に立ち上がり、軽くぼんやりとしている意識を覚醒させる。

 不安気は表情を浮かべる妖精弓手を見て、ふと笑う。

 

「すみません、貴女の好意無碍にしてしまいました」

 

「ちゃんと戻ってくるのね?」

 

「約束しましょう」

 

 会話はそれだけ。ただそれだけでも妖精弓手の優しさだけはわかる。

 初めて会ったのに対してこんなにも心配してくれる。良い人たちだ。彼らとの旅は、きっと楽しいのだろうな。

 そんな事を思った剣士は視線を眼前の相手を移す。

 女王は無傷、王は傷は軽くはないがそれでも軽傷と言える範囲だ。

 

「ああ、痛いなぁ……」

 

 肋骨が歩く度に響く。しかし胸を駆け巡る激痛は、最早彼にとって興奮する材料の一つ。

 

 ——死が、死が近づいている。一つのミスで惨めに死ぬ。ああ、いいなぁ、素晴らしいなぁ。

 

 互いの生存を掛けた命のやり取り、生きるか死ぬか、二つに一つ。こんな素晴らしい戦い——燃えないはずがない。

 剣士は駆け出す。身を屈め風の抵抗を少なくして全速力で駆ける。

 真正面から空気の壁を壊しながら王は突進。地を踏みしめ砕き、鋭い牙を剥き出しに剣士を襲う。

 徐々に縮まる互いの距離。その距離が1メートルを切った——瞬間、剣士は跳んだ。

 王の身体の上をすれすれを跳び越える剣士。一瞬にして目標を見失った王は戸惑い勢いを殺せずに剣士との距離が瞬く間に開けていく。

 その間に彼は着地、加速して今出せる最高速度で女王の元へと向かう。

 無論、女王もただ突っ立っているだけではない。襲い掛かる女王の尻尾。蛇のように蛇行させ、確実に貫き殺すという意志を持って剣士の心臓を目指す。

 女王までの距離は目前。だが避ければ、先のように背後から戻ってくる尻尾と既に体勢を立て直し、剣士に向かおうと力を溜める王の突進が来る。

 剣士にとって尻尾を避けさらに王の突進を回避するのは非常に面倒くさい。というよりさっきと同じだ。

 女王はさっきから一切その場を動かない。牙で噛み付く様子も突進する動作も一切見せない。

 ならば——

 

()()()()()()()()()()()()

 

 迫る尻尾を刀で受け流し軌道をずらす。心臓を貫く尻尾はその道筋を逸れ——剣士の左肩に突き刺さった。

 

「っ、ぐぅ……!」

 

「剣士ッ⁉︎」

 

 妖精弓手の悲鳴が上がる。肩は貫通し赤く染まった尻尾の先端が剣士の肩を通して見える。

 だが剣士は笑う。——()()()()()()()()

 

「捕まえたっ……!」

 

 貫かれた左腕で尻尾を掴む。力み、血が噴き出し顔を歪ませるがそれでも離さない。

 女王の焦る声が分かる。必死に抜こうともがいているが抜けない。

 

「っ——雄ぉおぉぉおおおおおおぉぉっっっ‼︎」

 

 掴んだ尻尾を思い切り引っ張る。歯を食い縛り、肩を貫通させながらも全力で力を入れる。

 そして遂に女王の巨体が持ち上がった。すぐさま女王を助けようと王は剣士に突進する。

 だが遅い。

 

「ぜぇぇえぇえぁぁあああぁっ‼︎」

 

 引っ張られ、横薙ぎに振られた女王と王がぶつかる。王は吹き飛び血を撒き散らした。

 これで王の助力は消えた。守ってくれる王はおらず、無防備な姿を晒して宙に浮く女王。

 更に引っ張る。先程のように思い切り引っ張らずとも軽い力で方向を転換させ、成す術無く剣士に向かって行く。

 

「まずは、一匹」

 

 女王の身体を真っ二つに斬る大上段。割られた二つの断面から血が噴き出し溢れ、剣士の全身をさらに濡らす。

 王は女王の死に激昂し、剣士に向かって一直線に突っ込む。それを躱され、勢い殺せず壁に激突。頭からは血を流しているが、そんな痛みなど最早感じない。

 我が伴侶を殺した男を殺す、ただそれのみを考えて駆ける。

 だがそれは悪手だ。元々直線的な攻撃しか出来ないのに怒りで更に分かりやすくなっている。

 

「感謝するよ。鼠の王と女王。うん、これなら——今なら出来そうだ」

 

 左肩を貫く尻尾を抜いて逆袈裟の構えを取る。

 漏れる血など一切無視して意識を深く、更に深く集中させ己が想いを剣に纏わせるように込める。

 師より賜った技と術理の結晶。その一端を此処に見せよう。

 

天清浄、地清浄、内外清浄、六根清浄と祓給う。八百万の神等諸共に小男鹿の八の御耳を振立て聞し食と申す

 

 剣に込める想いは殺意。ただ斬り、ただ殺す。

 向かって来る王の動きがとても遅く感じる。頭が今までで一番冴えてる。景色が鮮明だ。だけどとても興奮している。

 さあ鼠の王、この一撃、今放てる至高の一撃を手向けとして逝け。

 

「————天地一切清浄祓

 

 斬り上げと同時に発生する一閃の斬撃。地を抉り斬り裂き進む。大気を斬り、汚濁を斬り、不浄を斬る純粋なる殺意の剣閃。

 己の渇望を刀に込めて放つ斬撃。故にその斬れ味は鋭く、悉くの総てを断ち切る。

 此処に決着はついた。

 避けられぬ斬撃に鼠の王は真っ向から衝突し、その意識を永遠に閉ざし——剣士の勝利が決まった。

 

 

 

 

 

 

 




すっごい此処にダクソのバジリスクぶち込みたいと思ってしまった。
こいついるだけでゴブスレ世界の白磁冒険者急成長すると思ったからやめたけど。

あとこの話書いてる時、頭の中に「ハハッ☆」がリピートされまくって精神汚染されてた。
誰も勝てねぇわ。

道ォォ理とか加ァァ持とか言ってみたい。
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