一貫性がないと思われた方は、不謹慎極まりないのですが、とりあえず自分の家族や友人が死にかけるなんてことがあった場合に、あるいは自分の命が危うくなりうる戦いの後に、自分が正気でいらえるかどうかをよく考えた上で、思いのままに思ってください。
「あの、もしもし。
ご家族をお探しの方でしょうか?」
彼女はこちらに振り向くと、少し瞳を伏せて口を開いた。
「悪いけど、そういうわけじゃないのよ。
ちょっとだけ、気分転換にここに来ただけ・・・・・・」
ぎり、と彼女は奥歯を鳴らし、カメラを握る力を強める。
なるほど、どうやら、余計な詮索の必要はなくなったらしい。
他の避難所となり得る公共施設は、数こそあれお互いの距離が遠い。
ましてや、今の時間帯になって侵攻が一時収まったにせよ。
少し移動するだけでオベリスクフォースに見つかり、襲われてしまう可能性は決してゼロではない。もちろん、仮にそれが叶うとしても。
たった一人で行き来できるほどの実力があるとしても、三人一組でチームを組んで活動する彼ら彼女らに遭遇し、デュエル中には立て続けに増援がひとチームずつ増えていく、そんな冗談みたいなリスクのほうが極めて高い。
気分転換で来た、この言葉の真偽はともあれ。
真であっても偽であっても、彼女の現状は察するに余りある。
「・・・・・・少し、場所を変えましょうか。
このままではお邪魔になってしまうでしょうし、そう、この椅子だって誰かのために空けなければならない。そうですね、この学校の三階の、理科室にでも行きましょうか。
あそこならば、水を飲むコップ代わりになるものは多いでしょうし」
保健室などがある階はダメだ、薬品の取り出しや包帯代わりとなるカーテンの回収、場所が低い階にあるため防衛戦の要になっているなど、様々な人々でごった返しになっている。ただの休憩には決して適さない。
三階にある理科室ならば、戦術的な価値はそれほどない。
いくら彼女の記者魂が燃えているとしても、休まないと体力に限界が来るはずだ。寝ることのできるスペースは無いが、そこは椅子を並べて寝てもらうしか無いだろう。
しかし、彼女はそういった俺の考えとは別に、どうも俺の現状そのものに疑問を抱いたらしい。その証拠に彼女の目は、俺の顔ではなく、俺のデュエルディスクに向いていた。
「あんたは、前線で戦わないの?」
「今は、まあ、いわゆる休憩時間でして。
そこで喧嘩してる目の鋭い、背の高い少年がいますよね?
彼も休憩中なんですよ、クタクタになって帰ってきたばかりなんです。
ほら、もう足元が踊ってます。そういうことですよ」
もちろん、まだこの時期に「レジスタンス」という組織は確立されていない。
言ってしまえば、これは彼らがレジスタンスを結成する前の前日譚にあたる時間軸なのだ。ならば、焦りすぎて休めない正義のブラック企業戦隊と化す前に、予めそういったホワイトな言動や習慣を示し、彼らに指摘しておいたほうが彼らのためになるのだろうか。
詭弁ではあるかもしれないが。
「・・・・・・納得いかないけど、仕方ないわね、
少し取材させてもらってもいいかしら、私はこういうヤツなのよ」
彼女はそう言って、腰のポケットにあるらしき名刺入れから名刺を出す。
どれどれ、名前は――――うん、なるほど、確かに【九十九明里】だ。
ベネ、素晴らしい、しかも職業も記者と都合がいい!
世界が違えど、この一致は少し恐怖すら感じるが、実に好ましい!
さすがは【九十九明里】、最高のネットワーク記者だ!
「おおっ、なるほど。
そういうことでしたら協力しますよ、ええ!
ちょうど『その必要』があるって思っていたんです!」
やはり、彼女は外部への報道を諦めてはいない。
そういうことならば、うん、生き残った甲斐があるというものだ。
今すぐには外国からの協力を要請できないだろうが、そうだとも、その必要は間違いなくあるのだから。俺は彼女を理科室まで案内しようと、椅子を立ち上がろうとして、
「ああ、私、ここの理科室の場所なら知ってるから。
案内はしなくっても平気よ?」
思わず座りそうになった自分の尻をつねって、急に重くなった腰を上げた。
「ふぅん、連中はそうやって攻め込んでくるのね」
「ええ、実際、非常に厄介な戦術ですよ。
相手は融合モンスターで一方的に殴り、効果ダメージを与え続け、こちらは融合モンスターを持たないがために特殊なロックを突破することが難しくなる。
チームを組む仲間と分担して、ロック解除の担当、戦闘ダメージを与える戦闘担当に別れて戦ったほうが無難なのでしょうか。普通のタッグデュエルを想定しているとなかなか勝ち筋が見つけにくいんですよね、彼らのコンビネーションは」
理科室のビーカーをコップ代わりにして、水を飲む。
明里女史の取材に応じながらも、ちょっとやらしいカオスな欲望が首をもたげてくる。
なんというか、学校で丁重に扱うべき実験器具を飲食のために扱い、大人の女性と共に語り合い、あちらこちらが荒れている理科室で、窓の向こう側の戦火を眺めながら魅力的な異性も見る・・・・・・だなんて。
非日常的な要素だの、いちいち戦火に照らされる女史の憂鬱気な表情だのが、さきほどまで命を賭けているに等しい戦いを生き延びてきたからこそ、生への執着が性の昂りにまで繋がってしまいそうになっているのに、極端に刺激的に、倒錯的に感じられてしまう。
頭がおかしくなりそうだ。
いや、俺は最初から頭がおかしいんだったか。そんな気もするぞ。
「レジスタンス。反抗組織を立てあげるべきだということね?」
「ええ、だからといって、働き詰めは不味いので。
ある程度の人員が揃ってからでないと、本格的な名乗りあげは逆効果でしょうけどね。
ようは今現在においての、連中に抗えたはずの力を持った人々への理不尽な苦情みたいなものが、レジスタンスにも来るだろうからこその、です。
クレーム対応で余計な体力を仲間に使わせるわけにもいかない。
そういうわけですので・・・・・・」
「そこはオフレコにして、時期を見てほしいってこと?
わかったわ、で、次に聞きたいことなんだけど――――」
こうやって真面目な話をしていると、頭の中でも巫山戯られないのがなかなかに精神的に参ってしまいそうだ。ほのかに鼻孔を突く女史の香りなんかも、もう危うい。
ぷつん、ぷつんと音を立てて理性が、脳細胞が千切れていくかのような熱。
それを切り上げるべく、とりあえず身の上話にすり替えることにした。
「あ、その前にひとつ、よろしいでしょうかね」
「え? ジャーナリストに質問したいの?」
あんまり淡々と情報交換だけをしていると、なまじ既知の情報を話す余裕があるだけに、いらないことにまで目を向けてしまう。だったら、お互いの身の上話に移って、自分自身の気を強引にでもそらさせるしかない。
男の劣情を抑えきれなくて馬鹿やりましたなんて、そんなものが英雄譚になるような馬鹿げた話があるものかよ。
「ええ、さすがにレジスタンスまがいの活動をしている現状、拠点から一定距離を長く離れるっていうことだけは、俺たちもままならないですからね。
どうしても情報が足りなくなってくると言いますか、あとで地図をお見せしますので、具体的な被害状況をお教えいただければ、相応の対応は可能かと」
「別にいいけど、それは取材を終わらせてからでもよくない?」
「それもそうですね。
・・・・・・そういえば、なぜあなたは”私達の拠点”に?
避難場所となる学校であれば、クローバー校もあったでしょうに」
「それは、その」
口ごもる彼女は、俺の制服を見て、呟いた。
「・・・・・・弟の友達が、生きてるかもしれないって思ったからよ」
命からがら生きて帰ってきた先に、めっちゃタイプな美男美女がいて、タイマンでハナシてくれる状況に持ち込めて、場所は実質個室で、明日にはどっちかが死ぬかもしれない。
そんな状況下で、家族や友人まで死にかねなかったという現実を思い出す。
かつ、生存本能マシマシで下手したら性欲も際限なくアガってる。
・・・・・・さあ、そんな状態のまま正気を保てるやつはいるのか。
タガが外れかけないやつは、やべーやつだと思う。
善悪とかどうのこうの抜きで、自分を二の次にできるやつは先ずいない。
そこで二の次にできるってのは、実は生き死ににさえも善悪へこだわっていて、善人じみた見かけを保つことか、本当にあるかも分からなくなりそうな天国に行くことこそが自分の欲望にすぎないのか、あるいは最初から自分や自分の命を大事にできてないか。
どっちみち、そんなやつは最初から死んでる。自分もそんなヤツでした。
天国に行くための努力ではなく、善いことをするための努力をするべきであって、現世とは「天国に行くための許可証を得るための演習場」であってはならない。命とは、「天国に行くための許可証を得るための手段」であってはならない。
例えるならば、自分はそう考えるように『なった』側です。
え、そんなのおかしいって?
とりあえず仮面ライダーOOOでも観ようぜ、兄弟。話はそれからだ。
ぎりぎりのところで自分の欲望をそらそうとする、あるいは別の場所で発散させようとするならまだしも、そこで自分の人生より他人を大事に『してしまう』のはオカシイ。
自分を大事にした上で、他人も大事にできて、初めて本物。
本作の主人公は欲望マシマシの、バリアン世界に行けそうなヤツです、とだけ書いておきます。