ハイスクールD×D Einherjar Nigredo 作:紫陽花
瞑目し先程聴いた話について彼は熟思する。
悪魔や堕天使など空想上の生物が存在している事柄については死人である自分が存在しているのだから特段不思議な事ではないと即座に切り捨てる。
彼にとって気になる点は別である。こうして力のある組織に見つかり形式的ではあるが保護された事。襲撃を受けている所に、この地域の責任者が直々に救助に来る。
まるで見計らったかの様な間の救助、そして保護。言葉にすれば何ら可笑しな事ではないが、余りにも出来過ぎていると疑念を抱いている。
この一件については尋常な人間ならば、「救われて運が良かった」とそう感じる。この地域一帯を領地とする組織による保護。身の安全は約束され、特異な力の制御も学べる。
正しく最善の一手。
また尋常ならぬ人間でも領主とのコネは魅力的であり、交渉次第では傘下にと考える。
どちら側に立っても利点が多い選択。
逆に保護されない事を選択しても、得られるのは何時崩れるかもわからない日常のみ。他の要因が入ってこない限り保護を受けない選択肢はなく、素直に受けるべきと彼は考える。
そう考える。自然にそう考える。そこに一片の違和感などなく、筋道もしっかりしており徹頭徹尾、今回の出来事が良く出来ている物語の様に彼は見える。傍から見れば何の力も持たない人間が、特異な力を持ち、未知の世界に関わる。そして周りにいるのは頼もしい仲間達。
なんて事ないありふれた筋書き。ありふれた英雄譚。まるで何処かで読んだかのような文学作品の序幕を想起させる出来事。
ふと彼の脳裏に、蛇の影が遮った。全て奴が仕組んだものではないかと。
聖遺物の力に似た、神から給う"神器"
ヴェヴェルスブルグ城に囚われていた自分が転生した事。
現実味がなく何処か物語染みた今迄の軌跡。
考えれば考える程、判断材料は少ないが、否と。力強く否定も出来ない。彼の者を知っているならば、勘繰ってしまう一連の流れ。
(そもそも俺は、この出来事に遭遇するのは本当に初めてだったのか? ただ気付いていないだけで、何回も繰り返しているのではないか?)
彼の思考に病的なまでの不審の念がわく。
奴ならば出来るという嫌悪すべき心慮。
息をつく……熟思したが、結論は出ず。
彼はそう判断し、次の事項へ意識をシフトした。
この先の事についても同様。
蛇も黄金もおらず、兄弟もいない。我が身にかかった
かつての蛇との契約すらも、今となっては無きに等しい。
このまま何もせずに生き、そのまま死して、真実死に逝く事が出来るかも解らない。
かといって、死す為にすべき"ナニカ"が現状不明な為に何も出来ず。
前進も後退も出来ず、手詰まりの状態。
現状はグレモリー陣営に属して情報を収集し、すべき事を見つける。
そして……至高の終焉を目指し、自分の手で掴み取る。ただそれだけを為す。
その他有象無象はどうでもいい。
今までと変わらない結論に行き着いた。
帰するところ、彼のパーソナリティーは以前と寸分違わず変わっていない。別個体への転生という既存の常識を打ち破るかの現象を体験し、悪魔や天使といった空想でしかあり得ない者達が存在する世界を知る。総じて価値観や性格の変化、所謂個我が歪むのが当たり前の状況にいても彼は変わらない。
“敵対する者には武威を以って征し、無用な戦は避けて進む。全ては切望するソレを叶える為”
至極単純な考えではあるが、だからこそ彼は揺らがない。
それ以外に興味・関心など無く、彼自身で完結しているが故に、外部の影響を受けない。感じない。
そして、思索にふけるのを終えた彼は眠らずに、夜が明けるのを待った。
◆
夜が明け、彼は再びオカルト部の部室に案内され席に着いた。
協力するか否かの問答に答える為。
「一夜経ったけれど考えは纏まったかしら」
「そちらに協力するのはやぶさかでないが……条件がある」
予め条件付きでの協調を推察していたのであろう、彼女は即座に対応をした。
「条件? 此方に出来る事なら最大限協力させてもらうわ」
「俺の目的の邪魔をしなければいい。そして情報を求める。ただそれだけだ」
何とも曖昧で判断し辛い内容の為か、彼女は応と答える事が出来なかった。
目的次第では犯罪の片棒を担ぐ事になってしまうので、学園周辺を領土とする彼女は安易に判断せず、彼にその目的の委細を尋ねた。
「目的と情報? 失礼なのは承知で聴いてもよろしいかしら? その目的と情報についてね。協力すると言っても人の倫理や尊厳を破るような事は、協力出来ないし、絶対にさせないわ」
「……俺の目的は徹頭徹尾俺自身に関する事だ――他に影響は与えん。情報については、その目的を成就する為に必要なだけだ」
「もう、全然質問に対して答えてないじゃない。わかったわ、目的については詳しく聴かない。ただこれだけは聴かせて。……貴方の目的は誰かを不幸にするものかしら?」
一拍おき、今までと違う、嘘を許さぬといった口調と毅然とした眼差しで彼女は問い掛けた。
その問いに対し彼は否定の意を表し、引き続き話を続けた。
「そう。大竹君、貴方の言葉信じさせてもらうわ。知りたい情報とやらについては、また後ほどでも宜しいかしら? さて話は変わって、貴方に協力してもらいたい事について、説明するわね。朱乃お願い」
協調の話も粗方ついた為、今後の細かい点を、後ろで控えていた朱乃が話しだす。
「こちらについては部長に変わりまして、私からご説明させて頂きます。まずは、貴方が所持している神器が何なのかを御調べいたしますわ。その後、より詳しく此方側の様々な説明・神器の制御方法を学んで頂きます」
「そして御自身の身を守る為の力を付けて頂きたいのです」
「今の貴方には酷な話だけれども、昨夜話した通り貴方は私達の様な裏の者からすれば……いいえ表の者達からしてもとても目に付くのよ」
「そして、他の神器所持者と比べ物にならない程、異彩を放っている者が唯の人間であるというのは、力を求めている勢力からすればリスクを冒してでも、求める価値があると判断してしまう程よ。唯でさえ珍しい神器所持者だけれど私も此処まで強く力を感じるのは初めてよ」
「憶測だけれども貴方の神器は――神器の中でも特に力を持つと言われている神滅具(ロンギヌス)と呼ばれる代物かもしれないわ」
ロンギヌス。特に力がある神器をロンギヌスと呼称すると、彼女はそう言った。
彼にとって忘れもしない。いや出来ないあの黄金の聖遺物。
此処に来て、更に疑念が強くなる。
唯の偶然なのだろうかと。
神器の中でも、特に力を持つ物の代名詞がロンギヌス。
またしても彼の者の影が、彼の頭を過ぎる。
「無論此方も全力で貴方を守るわ。それでも、神滅具クラスともなると、遮二無二襲いかかってくる輩がいないとは言い切れない。その他にも悪魔・堕天使関係なく自陣営へと取り込もうとする動きも出てくるわ。そうなった時、貴方自身に力がないと身を守る事はおろか、何も選択出来ずになってしまうかもしれないの。そうならない為に、力を付けて欲しいの」
「ほんの僅かな時間しか貴方と関わっていないけれど、貴方は無暗矢鱈にその力を使う事をよしとしない筈。出会ってからずっと見ていたけれど、歩く時ですら身体の芯がぶれずに動き、服の上からでもわかる程鍛え上げられた肉体。その手に疎い人が見てもわかるわ、この人は強いってね。そんな貴方が誰にも暴力を振るわず穏やかに暮らし、私達に対しても力ではなく、会話で事を済ました」
「とても好ましい程の実直さよ。現に私達は貴方の人柄を好ましいと思っているわ。だからこそ、とても心配。貴方がどんなに鍛えていても、私達悪魔や堕天使とは肉体のスペックが桁外れに違うの。この前はただ運が良かっただけかもしれない。逆に、貴方の方が単純に強かっただけなのかもしれない」
グレモリーが一息置いて更に語りだした。
一目で、彼を心配している事がわかる――他愛の精神が感じられる、憂い顔。
人が人たらんとする善性の発現。
「……それでも人の身では限界があるわ。それに幾ら所持している神器が神滅具クラスといっても使いこなせなければ、無用の長物。貴方が現時点でも強いというのはわかるわ。私達が貴方に『守る』と言って、貴方の自尊心に傷を付けたかもしれない。若しかしたら今の貴方の方が私達よりも強いかもしれない。それでも現状の強さに慢心せず神器を使いこなせるよう努力をして欲しいの。貴方が生き続けていく為にも」
「…………」
死を、唯一真の死を望む彼に対して「生きて」という彼女。
彼にとって、生きるという事は苦痛でしかなく、その言葉は呪いにも等しい。
彼女にとって、新しく出来た仲間あるいは友人にとって理不尽な死が無い様、心の底から彼を案じて言った。
お互いの裡を知らない両者は、致命的なまでに擦れ違っていた。
彼が黙ってから無言のまま時が流れた。
そんな中、リアスはおどけた様な声色で話しかけ、場の厳粛な雰囲気を一掃した。
「ふふっ。まだ私達の言う事が信じられないかしら? 今はそれでもいいのよ。取り敢えず、貴方の現状と周囲がどう思っているかが、再認識出来たなら十分よ」
「さて、お堅い話はここまでにして、昨夜いなかった私の眷属悪魔を紹介するわ。予め呼んでおいたから、もうそろそろ到着する頃合いかしら」
◆
あれから20分程経った頃、彼女が言う眷属達が入室してきた。少年と少女の二人。どちらも容姿に優れていた。
少年の方は光り輝くかの様な金髪をし、柔和な雰囲気を纏った彼はまるで何処かの皇子と言われても可笑しくはないものであった。
少女の方は、少年とはまるで正反対かの様に、一点の穢れもない見事な白髪、幼さを感じさせるが、感情が余り見えない冷淡な表情をしていた。
「初めまして、大竹先輩。僕は木場祐斗といいます。まだ中学3年生なので学園生活で関わる機会は余りないと思いますが、悪魔としての立場では関わる事が多々ありますので宜しくお願いします」
「……塔城小猫と言います。お願いします」
共に見目相応の話し方をし、ある意味で解りやすいパーソナリティーであった。
「戦闘の際は二人とも前衛で活躍してくれるインファイターよ。貴方との手合せは主に、この二人が相手になるわ」
「こう見えても、木場君も子猫ちゃんも、とてもお強いですわ。見た目に騙されてはメっですわよ」
と朱乃が、見た目に戸惑っていると思われる彼に対して、身内贔屓が多少はあるだろうが、紹介された二人が、容姿からは想像出来ない実力者である事を語った。
だかしかし、一般人ならともかく彼は、殊戦闘において外見に囚われて相手を軽視するという事をしない。勿論、戦闘以外でもいえる事であるが。
そもそも彼は、そのようなものに興味や関心が無いので、付け込む隙が無い。
故に
「用件はこれで終いか?」
彼にとって顔合わせなど些事でしかない為、この煩わしい時間を締めくくるべく切り出した。
しかし、リアスが答えたそれは、彼が望んでいたものではなかった。
「もうっ……大竹君、貴方ったら一番重要な事を忘れているわ。――まだ皆に自己紹介していないじゃないの。これから共に歩んでいく間柄なのだからね? それに祐斗と小猫も貴方の事を知りたいと思っているわ。勿論私と朱乃もね」
「…………まだ名乗っていなかったな。無意味だが言っておこう――駒王学園一年大竹剛。お前達の好きな様に呼べば良い。俺は名などはどうでも良い」
「もう、そんな事言って。貴方を愛していた御両親から頂いた名前をそんな風に、軽んじてはダメよ。……貴方の呼び名の事だけれど、私は剛って呼ぶわね」
リアスは、両親を殺害されて自棄になっているのだと思い、やんわりと彼を窘め、自分達とは仲間なのだという事を、彼に理解させる為の第一歩として、名前で呼んだ。
「では私は、剛君と呼ばせて頂きますわ」
「僕は大竹先輩と呼ばせて頂きます」
「……大竹先輩と呼称します」
彼は其々の呼称について一切反応せず、ただ坐している。
その為、話の区切りが付いたと見なしたリアスは、部室の時計を見て立ち上がり、一同へ提案をした。
「さて、簡易ではあるけれど自己紹介も済んだし、親交も兼ねて少し早い昼食にでもしましょうか。皆もそれでいいかしら?」
「あらあら~なら準備をしないといけませんね。腕がなりますわ」
「僕もそれで大丈夫です」
「……皆で食べるご飯楽しみです」
彼女達リアス側は満場一致で賛成という、まるで出来ゲームの様な結果である。
「ふふっ、反対意見はないみたいね。貴方はどう? 何か不都合があるならば、要望を聴くけれど?」
彼からすればこの結果は予想出来たものである為、否も無い。例え毒を盛られようが、そもそも最初から彼は口に入れる気など無く、些事が増えただけで、特に警戒すべき事も無いのでリアス達の好きにさせた。
「……好きにしろ」
「なら一緒に食事を摂りましょう。朱乃、準備お願いできるかしら?」
「ふふっ、承知しましたわ部長。早速準備に取り掛かります」
彼はこの後の食事会を想像し、静かに目を閉じた。
◆
昼食を済ませ、彼はグレモリー一派から質問攻めにされていた。
基本的に無言である彼が自主的に口を開く事はなく、初対面である小猫が質問をしたのを切っ掛けに、この様な流れになった。
但し、彼も全てに対して回答する訳でもなく、言えない事に対しては沈黙を回答とし、返答しても一言二言で済ましてしまう。
その様子を見て、初対面である祐斗と小猫は直ぐに彼の寡黙な性格を察した。
祐斗はそんな彼を見て、小猫ちゃんよりも喋らないなぁと思い、小猫は自分よりも無愛想な人だと感じた。
リアスが考えていた「親交」を交えた昼食会は、彼の人柄を祐斗と小猫の二人に
知ってもらうという点では成功したが、彼との親交を深めるという点では余り満足いく結果は得られなかった。
但し彼女は初めから、そう上手くいくとは考えてはなく、これから少しずつでもいいから彼と親交が結べる様にと、思案していくのだった。
それに対し彼は表情には出さないが内心、この食事会をとても煩わしく感じていた。
終焉を求め生き続けている彼にとって、他者との触れ合いなど必要なく、リアス達ともあくまでギブアンドテイクの関係で、最低限の関わり合いで済まそうと考えていた。
漸く問答も終わり、再度部室へと移動し、神器についての話し合いが始まった。
「具体的に言えば神器というのは剣や槍などの武具だったり、治癒の力や創造の力など何か特異な能力だったりと、種々雑多で私達でもよく解っていない物が多いのよ」
「もし貴方の所持している神器が私達の方で判別出来なくても、能力だったり使い方が所持者本人の頭に急に浮かんだり、声が聞こ」
「既に解っている。故に判別は不要だ」
リアスの話を遮って彼はそう口にした。
「あら、そうなの? もしかしたらと思っていたのだけれども、本当にそうだなんてビックリだわ。なら、貴方の神器について教えて頂けないかしら?」
「……お前は信の置けぬ人間に手の内を明かすのか?」
リアスに対して彼は質問で返した。
いや質問などというものではない。正確には拒絶の意が込められている皮肉のようなものである。
お前は自分の切り札を誰彼構わず吹聴する様な、愚か者なのかと?
彼の言葉に込められた意味を理解し、リアスは自分の考えが甘い事を悟った。
彼女は、いや彼女達は彼を既に仲間と認識していた。そして建前上、今はまだこちらが保護する立場ではあるが、ゆくゆくは己の領地を共に守り、信頼しあえるパートナーとして隣に立つ事を思い描いていた。
彼女達らしい情に満ちた考えである。
しかし彼は、そこまで現状を甘く見ず、とてもシビアに考えていた。
リアス達と協力関係になったがそこには信用も信頼も生じず、敵対から警戒へと下がっただけである。
それにこの協力関係について言えば所詮は口約束であり、何の効力も持たない。更に言えば彼女たちは彼に危害を加えないかもしれない。しかしそれ以外の者達はどうだろう?
確かに頭であるリアスは、彼に対して敵意を持たず、協力の要請をした。
しかしトップが決めた事が破られない様、配下全てに行き届くだろうか?
……答えは否である。組織があれば当然派閥が出来る。上から下まで意志が統一している組織など、ありえないと言ってもいい程だ。各々が秘すべき思惑を持って、組織を形成している。
鷹派に属する人間が、神をも殺すと言われている、神器を持っているかもしれない人物を引き込むのではなく先手を打って、何も出来ない時に始末し奪掠する可能性もある。
無論、誰であろうが敵対する者には容赦はしない彼だが、そこに情報のあるなしで対処の仕方が大幅に変わってしまう。
自身の手の内を教え、其れに対して十分な対策を取られ襲撃をされたら、彼とて危ういかもしれない。未だ神器や悪魔等の事をよく知らない身故に、自分に対して致命的な一手がないと否定も出来ない。
「……私なら教えないわね、ごめんなさい、配慮が足りなかったわ。……そうよね、あんな事があってから直ぐに他人を信用するなんて、どだい無理な話ね。今の話は聴かなかった事にしてちょうだい」
彼に言われて、直ぐ様己の言動が配慮に足りぬものたった事を悟ったリアスは前言を撤回し、直ぐ様彼へ謝した。同様に朱乃達眷属も頭を下げ、彼への誠意を表わした。しかし、その事に対して彼は特に見向きもせず、対等の関係である事を考え、一部情報を開示した。
「しかし協力する身として最低限の事は言っておこう。……分類は武具。戦闘時は拳を主とする体術を用いる。以上だ」
一時は緊迫した空気が流れたが、彼が情報を開示した事で、元通りとまではいかないが場が落ち着き、話を再開した。
という事で第二話です。
大変お待たせして申し訳ありませんでした。
感想などで更新はまだかとのコメに御返事出来ず心配をお掛けしました事を
此処で謝罪させて頂きます。
仕事やら遊びやらとで執筆の時間が取れず、期間が空いてしまいました。
出来る限り活動報告をして状況をお伝えしたいと思います。
あれっ前もこんな事をいっ(ry
一応三人称で執筆していきましたが、ちゃんとなっているのかが甚だ疑問で仕方が無いです。
1.8人称ぐらいになっていればいいかなと……まだまだ勉強あるのみですね。
長くなってしまいましたが、これにて後書きを終わらせて頂きます。
不定期更新なので何時と言えませんが、次話も七千文字以上を目安に執筆していきます。
なので速度については、余り期待しないで貰えると嬉しいなぁ(*´ω`*)