気だるさを感じながら、ゆっくりと瞼を開けて目覚めると見えたのは覚えの無い天井であった。
何も考える事無く、視線が彷徨い、働かない頭で辺りを確認するため体を動かそうとした時、激しい痛みが突如襲いかかる。
「ぐっ!!」
全身に走る激痛に思わずベットに蹲る。
それさえも苦痛であり、何とか痛みから逃れようと何度もベットの上で体勢を変え、呻き声を上げた。
「ぐああ、ハァ、ハァ」
たったこれだけの事に息が上がる。
結局元の体勢が一番楽であり、仰向けになって天井を見上げた。
未だに痛みは引かないが、おかげでずいぶん頭ははっきりしてきた。
「ここは……どこだ?」
周りの壁などは普通の住宅の物のようで、病院という訳ではないようだ。
視線だけを動かし自分の状態を確認する。
腕には点滴が打ってあり、全身包帯で巻かれていた。
「……俺は……生きてるのか?」
はっきりと意識を取り戻し、生きている事を実感する。
その時、部屋のドアが開き、誰かが入ってきた音が聞こえてくる。
「おや、目が覚めましたか」
扉が開き入ってきたのは黒髪の男。
瞼が閉じ、杖を持っている事から盲目である事がわかる。
「……あなたは?」
「失礼、私はマルキオと言います」
マルキオ?
どこかで聞いた覚えのある名前ではあるが、怪我の所為かはっきりとは思い出せない。
思い出せない以上は仕方無いと、余計な事は言わず、端的に必要な事だけを聞く事にした。
「ここは?」
「私の伝道所です。あなたはそこで倒れていたのですよ。大怪我をして」
なるほど。
つまり彼に助けられたという事のようだ。
そう納得し動けないながらも、礼を言う。
「助けていただいて、ありがとうございます」
「いえ、見つけてきたのはこの子です。礼はこの子に」
マルキオの後ろから髪の長い小柄の女の子が顔を出した。
前髪で顔が隠れていて表情は見えないが、こちらを見ている。
「そうか、ありがとう」
そう言うと少女は恥ずかしそうにマルキオの後ろに隠れた。
それを微笑ましく見ているとマルキオが思い出したように口を開いた。
「そういえば、まだあなたの名前を聞いていませんでした。教えていただいても?」
「あ、はい」
体はマルキオの方には向けられないので、顔だけでもと首を向ける。
「俺はアスラン・ザラです」
自己紹介を終えたアスランは色々な事を聞いた。
あれからすでに三日以上経っている事。
オーブに連絡を取り、カーペンタリアから迎えが来る事。
しかし天候の影響でもう少し時間がかかる事。
一通り話し終えたマルキオはアスランに気を使ったのか「休んでください」と言って部屋から出ていった。
本当はアークエンジェルがどうなったか聞こうとも思ったが、民間人の彼らが知る筈はない。
とはいえ聞くまでも無いだろう。
間違いなく彼らはアラスカに入っている筈である。
「くそっ!!」
自分達は負けた。
『消滅の魔神』と『白い戦神』に。
キラに。
そして――
「アスト・サガミ!!」
その名を口にするだけでアスランの胸中にどす黒い憎悪が渦巻く。
あの戦いを思い出すだけで怒りでどうにかなりそうだ。
奴は絶対に許せない!
カールを殺したあいつだけは!
イージスをブルートガングで真っ二つに斬り裂かれ落下する際、アスランは咄嗟に脱出していた。
その時、彼を突き動かしたのはまだ死ねないという執念。
あの体でよく脱出できたものだと思うが、コックピットハッチが破壊されていた事が幸運であった。
アスランはただ外に飛び出すだけで良かったのだから。
アスランが怒りに震えていると突然扉が開く。
首だけをそちらに向けると、数人の子供たちがこちらを覗いているのが見えた。
何か用だろうか?
1人の子供が駆け足で部屋に入って来るとアスランに訊ねてきた。
「……ねえ、お兄ちゃんはザフトなの?」
「えっ、ああ、そうだよ」
隠す必要もないと正直に答える。
ここに運ばれた時にパイロットスーツを見られている筈だ。
もうすぐカーペンタリアからの迎えもくる以上、隠した所で意味はない。
すると扉の陰から様子を窺っていた、
子供達も一斉に入ってくる。
何事かと思っていると、最初に入ってきた子供が叫んだ。
「この、人殺し!!」
その一言はアスランの思考を止めるに十分だった。
「お父さんとお母さんを返せ!」
「大きくなったら、お前らなんてみんなやっつけてやるからな!」
全員が怒鳴り声を上げ、アスランを睨みつける。
その目には憎しみの光が宿っていた。
何か言わなければならないのに、何の言葉も出てこない。
「これ、なにをしているのですか!」
怒鳴り声を聞きつけたのか、マルキオがやってくる。
マルキオの声にバツが悪そうな表情を浮かべた子供達は一斉に部屋から走り去った。
「すいません、あの子達はカーペンタリア占領戦などで親を亡くしているもので」
「……いえ」
マルキオの申し訳なさそうな声に、ただそう答えるのが精一杯だった。
怒りで染まっていた思考は冷め、鈍器で頭を殴られたような衝撃にアスランは襲われ、同時に全身に寒気が走る。
あの子供達の目にあったのは紛れもなく憎しみだった。
おそらく先程までのアスランもあんな顔をしていたのだろう。
その憎しみを与えたのは紛れもなくザフトであり、アスラン自身である。
≪自分が絶対に正しいなんて思わない方がいい≫
≪君は引き金を引くということの意味をきちんと理解していますか?≫
かつてレティシアが言った言葉。
あの時は理解できなかった意味がようやく解った気がした。
すべてが間違っていた訳ではない。
でもすべてが正しかった訳でもなかった。
そんな風に打ちひしがれていると、最初に出会った少女が水の入った洗面器とタオル、包帯を乗せたトレイを持て部屋に入ってくる。
「……包帯、変える」
「ああ、すまないね。セレネ」
セレネと呼ばれた少女は枕元にトレイを置くとタオルを手に取った。
「……私やります」
「わかった、頼むよ」
マルキオが部屋から出ていくとセレネはしばらく黙っていたが意を決したようにアスランに近づいてくる。
「……あの……動け、ますか?」
「……ああ」
あまり痛まないように慎重に体を動かす。
包帯をゆっくり外しながら新しいものに替えていく。
そんなセレネの顔を見ると先ほどは見えなかったが整った顔立ちが良く分かった。
やや小柄ではあるが、アスランとそう年齢は離れていないように見える。
その時、ふと思い至った。
もしかするとこの少女も先ほどの子供たちと同じなのだろうか。
沈黙に耐えかね、そして確かめたくて声をかけた。
「……君もさっきの子供たちのように、その、戦争で……」
「……はい、ザフトの、攻撃で」
やはり、この子も―――
何と言えばいいのだろう?
詫びればいいのか、いや、そんな事に意味はない事はアスランが一番知っている。
母を失った時に怒りと悲しみ、痛みを嫌というほど味わったからだ。
でも、ならどうして助けたのだろう?
重傷であったアスランを見つけ、助けてくれたのはこの子だ。
しかしその時はザフトのパイロットスーツを着ていたはず。
両親の仇である筈の自分を何故?
「どうして助けてくれたんだ? 俺は君にとっては両親の仇なのに……」
「……仇なんて、思ってないです。マルキオ様がいつも言ってます。戦争は、どちらも辛いものだって。私も辛かった。きっとザフトの人も辛いです。だからいつも早く終わればいいと思ってます」
どちらも辛い。
そんな事、考えた事もなかった。
いつも自分の事だけで。
「あの、みんなの事を許してあげてください。みんなも辛いんです。いつも夜に泣いてます」
「……怒る権利なんて俺には……」
いろんな感情がごちゃごちゃになり、アスランの目から涙が零れた。
怒り、憎しみ、悲しみ、罪悪感、そんなものが溢れてくる。
それが余計に涙を止まらなくした。
それを見たセレネはおろおろしながらアスランの涙を拭いてくれる。
「あの、元気出してください」
「……すまない」
しばらく涙が止まる事はなかった。
その間ずっとセレネは涙を拭いてくれていた。
彼女が部屋を出てしばらくずっと天井を眺めていた。
考えていたのはこれまでの事。
キラ、そしてアスト・サガミ。
彼らは何を考えていたのだろうか。
結局アスランは彼らの事を何も知らない。
いや、知ろうともしなかった。
彼らがした事を許せる訳ではない。
それでも、もっと他になにか出来たのではないだろうか?
こんな取り返しがつかなくなる前に。
しばらくそんな風に考え事をしていた時だった。
突然風を切るようなヘリのローター音が聞こえてくる。
カーペンタリアからの迎えだろうか?
足音が聞こえたと同時に入ってきたのは金髪の少女、後ろには兵士もいる。
もしかすると地球軍かと思い、身を固くするが少女は手を振って兵士を追い払い、扉を閉めるとアスランのベットに近寄ってきた。
「お前が、アスラン・ザラか」
「……そうだ」
「そう睨むな。敵じゃない。私はカガリ・ユラ・アスハ、オーブの者だ」
どこかで聞いた名前だと思ったらアークエンジェルがオーブの領海に差し掛かった時、叫んでいた少女の名だ。
オーブの姫。
あの時はイレイズにすぐ落とされた為、気にもしていなかった。
しかし彼女の格好はとても姫には見えない。
そもそもオーブの姫が何の用なのだろう?
「オーブが俺に何の用だ?」
「もうすぐお前の迎えが来るそうだ。それから聞きたい事がある。スカイグラスパーって戦闘機を落としたのはお前か?」
戦闘機?
そこで前回、イレイズとの戦闘の際に撃墜した機体の事を思い出した。
どうやらまた自身の犯した罪がやって来たらしい。
「……そうだ、俺が落した」
「そうか。ではエフィムはもう……アストやキラは悲しむだろうな」
今、彼女はアストとキラと言ったのか?
良く考えれば彼女はアークエンジェルにいたのだから、知っていたとしても不思議じゃない。
「お前は―――奴とキラを知っているのか?」
「えっ、お前、あの2人を知ってるのか!?」
彼女の驚きように苦笑しながら、それも当然かと納得しながら口を開く。
「……奴の事はそうでもないが、キラの事はよく知ってる。幼馴染みって奴だ。仲良かったよ」
その言葉にさらに驚いたようにカガリは思わず詰め寄った。
今、脳裏に浮かんできたのは、最悪の想像だったからだ。
「でも今までアークエンジェルと戦って……それも知ってたのか?」
「……知ってたよ、相手がキラだって」
カガリは呆然と信じられないものを見るようにアスランの方を向く。
「なっ、じゃ、何で!!」
「敵だったから。それしかなかった」
「キラは、アストはそれを―――」
「知ってた」
その返答に今度こそ言葉を失う。
互いに知っていながら殺し合っていたなんて、そんな―――
「お前は何とも思わないのか? 友達だったんだろ? なんでそんなに……」
カガリから見たアスランはどこか達観し、そして諦観しているように見える。
それが余計に彼女を戸惑わせた。
もっと憤ったり、嘆いたりするものではないのか?
しかし、そこですぐに自身の思い違いを知る。
「……戦争だからだ。そうしなければ守れないから。そう信じてたんだけどな」
相変わらず淡々とした口調、だがそこで分かった。
彼はずっと葛藤し、苦悩してきたに違いない。
似たような顔を見た事があるからこそ分かるのだ。
過去を語ったアストの顔、どうにもならないものを諦めた表情。
すでに決定的な事が起こってしまったのだ。
彼らの道はもう二度と交わらない。
そんな結論に至り、それ以上はもう何も言えなかった。
「……君も知り合いだったんだろ、エフィムだっけ? 俺を責めないのか?」
そのアスランの質問に気分を切り替えようと深呼吸をしながら、口を開いた。
「……私はそう親しかった訳じゃない。何度か話をした事があるだけだ……それにそういうのはやめた」
「やめた?」
「ああ、私もお前と同じだよ」
守るために銃を取る。
それは今でもすべてが間違っているとは思わない。
銃を取らなければならない時はある。
でもカガリはあまりに何も知らなすぎた。
撃つ事の意味、そして覚悟。
何1つ知ろうともせず、そして何も持っていなかった。
そんな自分にアスランを責める権利などあろうか。
「それが正しいと思ってた。でも色々あって、あいつら見て、そしてお前にも会って。やっぱり敵にだっていい奴はいるし、どうすればいいのか解らなくなってしまったんだ。だからお前だけが悪いって私にはもう言えない」
砂漠で会ったアロハシャツの男を思い出す。
彼はこの事を理解していたのだろう。
あの時はただ拒絶し、話をしようともしなかった事が悔やまれる。
「……そうか。そうだよな、お前みたいな奴だっているんだよな」
アスランはカガリが来て初めて表情を見せた。
彼は痛ましい笑みを浮かべていた。
なんでこんな事に気がつかなかったのだろうかと、そんな自分にあきれる様に。
その時、コンコンとノックする音が聞こえた。
「入れ」
「失礼します。カガリ様、迎えが来たようです」
「そうか。聞いたな?」
「ああ」
カガリは立ち上がると、アスランに礼を言う。
「今日、お前に会えてよかった」
「俺もだ」
部屋にザフト兵が入ってきてアスランを担架に乗せる。
そのまま外に運ばれていくと子供たちがこちらを見ていた。
その視線はやはり憎しみを宿している。
アスランはこの光景を目に焼き付けた。
これは自分達の犯した罪なのだ。
決して忘れてはならない。
その時、子供の1人がこちらに近づいてくる。セレネだ。
「あの……」
兵士達に怯えているのか、中々言葉が出てこないようだ。
そこでこちらから話しかけて助け舟を出す事にした。
「君には世話になった。ありがとう」
「いえ、その、えっと、これを……」
セレネがゆっくりと差し出したもの、それはきれいな石であった。
「これは?」
「ハウメアの守り石だよ」
近くにいたカガリが教えてくれる。
「あの、死なないで。あなたが死んでも悲しむ人が必ずいます」
これを受け取る権利があるのだろうか?
自分は―――
「受け取ってやれよ、この子の気持ちだ」
「……ありがとう」
そう言って手を伸ばして受け取ると彼女ははにかみながら笑ってくれた。
その笑顔に見送られながらアスランは運ばれていった。
マルキオの伝道所からカーペンタリアへと運ばれたアスランは治療を受けながら部隊の事を聞いた。
結局あの戦闘で生き残ったのはシリル、ディアッカ、エリアスの3人だけ。
ニコルはすでにプラント本国に帰国して、治療を受けているらしい。
そしてアスランやシリル、ディアッカの3人も、怪我の治療の為に本国に帰国する事になるようだ。
つまり『オペレーションスピットブレイク』で動けるのはエリアスだけという事になる。
これは完全に隊長である自身の責任であった。
自分の無力さ、不甲斐無さに打ちひしがれていると、部屋の外から声が掛かる。
「ユリウスだ。入るぞ」
「はい」
ユリウスが病室に入ってくる。
いつもの冷静な顔だが、どこか気遣うように起き上がろうとするアスランを手で制した。
「そのまま休め」
「はい。今回の事、申し訳ありませんでした。すべては私の責任です」
「お前が気にする必要はない、と言いたいが無理だろうな」
当たり前だ。
隊は完全に壊滅状態なのだから。
「だがお前だけの責任ではない。敵の力を見誤りお前たちだけで追撃に向かわせた私達にも責任がある。私ももっと強くクルーゼ隊長に進言すべきだった。すまない、アスラン」
「そんな……」
ユリウスの責任ではない。
これは自身の至らなさが招いた結果だ。
「ともかく、本国では『消滅の魔神』と『白い戦神』の2機は最上級の危険度を持つ敵であると認識された。それにより奴らに関する案件は特務隊の管轄となる」
「特務隊の!?」
「そうだ」
特務隊を動かすと言う事はそれだけ本国も本気という事だ。
事態の推移を理解しようと考え込んでいたアスランだったが、そこで珍しくユリウスはどこか言いにくそうにしているのに気がついた。
しかし彼はすぐに表情を改めると冷静な顔に戻り、アスランに向き直る。
「隠していてもいずれ伝わるだろうから先に言っておく」
「なんです?」
「シーゲル・クライン、ラクス・クライン、レティシア・ルティエンス。この3名が死亡した」
「は?」
最初は何を言われたのか理解できなかった。
あまりにも荒唐無稽な事に聞こえたからだ。
それがようやく脳の隅々まで行き渡ると、怪我の事も忘れて身を乗り出した。
「なっ!? どういう事ですか!!」
「落ち着け」
「申し訳ありません、でも!」
落ちつける訳がない。
シーゲルやラクス、そしてレティシアが死んだなどと聞かされて冷静でいられる訳は無かった。
「事故だ。港に停泊していた貨物船のエンジンがトラブルで爆発し、傍にいた3人はそれに巻き込まれたそうだ」
「そんな……」
何故そんな事になるんだ?
自分の大切な者たちが次々にいなくなっていく。
「……アスラン、お前はしばらく休め。色々な事がありすぎた」
「……はい」
部屋を出ようとするユリウスがアスランの手元にある石に気が付く。
「その石は?」
「あ、はい。助けてくれた人がくれた物です」
ユリウスの言う通り色々ありすぎた。
あの伝道所であった事は短いながらもアスランの価値観を揺さぶるには十分だった。
そんなアスランの表情に気がついたのか、立ち去ろうとしていたユリウスが近くの椅子に座った。
「1人で考え込むより、話してしまった方が楽な事もある。私でよければ聞こう」
「でも……」
「お前は1人で抱え込みすぎる。たまには誰かに頼る事も大切な事だ」
「そうですね」
アスランは助けられた場所で起こった事を語り始めた。
失ったもの、気がついた現実、無自覚に生み出してしまった憎しみと犯した罪。
「――ということがありました」
ユリウスは何も言う事無く黙って話を聞いていた。
「なるほどな。それで?」
「えっ」
「それでお前はどうするつもりだ? 戦場から身を引くか?」
「それは……」
どうするべきか。
ユリウスの言う通り、戦場を離れる事も1つの選択だろう。
だがそれでいいのか?
自分がいない時、もし取り返しのつかない事が起きたら後悔する事になるのでは?
「答えはお前自身が出さなければ意味がない。私から言える事は自分が後悔しない道を選べという事しか言えん」
「……はい」
そこでユリウスは一瞬考え込むように目を伏せるがすぐに向き直ると、今まで以上に真剣な表情に変わる。
「……アスラン、プラントに帰国すればさらに残酷な現実がお前を待っている」
「どういう事です?」
「エドガー・ブランデル隊長を知っているな?」
「ええ」
プラントで英雄である『宇宙の守護者』を知らない者など居ないだろう。
「彼に会え。会えば今までお前が見えていなかったプラントの裏側が見えるだろう。それを知った上で自分の道を決めると良い。彼に会えるように手配しておく。話を聞くだけでも参考になるだろう」
「……わかりました」
「そして彼の話を聞いた上でまだ戦う気があるならば―――」
一旦言葉を切ると、ユリウスは真剣な表情でアスランの目を見ながらはっきりと言った。
「アスラン、私と来い」
「え、どういう意味でしょうか?」
「それはブランデル隊長と話せば分かる」
そう言うとユリウスはそのまま部屋から出て行った。
本国になにがあるのか、先程のユリウスの言葉にどんな意味があるのか。
それは分からないが今後の自分に大きな影響を与える事だけは間違いない。
答えはそれを見極めてからでも遅くない、そう思い再び天井に視線を向けた。
すると突然、景色が歪む。いつの間にかまた涙が出てきたらしい。
「ラクス……レティシア」
本当に自分はどうしてこう遅いのか。いつも失ってから気が付く。
どうやら俺はレティシア・ルティエンスという女性に恋をしていたらしい。
「遅すぎる」
結局なにも出来ないまま終わってしまった。
もっと早くに気が付いていれば―――
そんな後悔ばかりが頭の中で繰り返される。
自分の大切な者たちの死を悼みアスランは涙を流し続けた。
ラウ・ル・クルーゼはコートを着込み、吹雪が巻き起こる外を何の感情も込めずに眺めていた。
その部屋には誰もおらず、家具も何もない。
空き家と思われるその場所で、彼は人を待っていた。
しばらくするとコン、コン、コンと3回扉をノックする音が聞こえる。
事前に決めていた合図だ。
ラウが慎重に扉を開けると待ち人の男が素早く部屋に入ってきた。
「待たせてしまったかな、ラウ」
「気にするほどでもないさ、クロード」
互いに笑みを浮かべるとクロードは懐からディスクを取り出した。
「これがアラスカ基地『JOCH-A』のデータだ」
ラウはそれを受け取るとすぐポケットにしまう。
「中を確認しなくてもいいのか?」
「アズラエルは取引で偽造のデータを渡すほど愚かではないだろう。何より君が渡してくれた物だ。信用している」
「光栄だな。それで『オペレーション・スピットブレイク』に変更は?」
「ない。すべて予定通り進むだろう」
「わかった。こちらもそう伝えておく」
そう言うと長居は無用とクロードはすぐに立ち去ろうとするが扉をくぐる瞬間、振り返る。
「ラウ、『彼』にくれぐれもよろしく伝えておいてくれ」
「ああ」
そう言うとすぐに立ち去る。
ラウがその場所から消えたのはクロードが立ち去って1分もしない内であった。
アークエンジェルがアラスカに辿り着いてすでに6日が経過し、査問会の折りに転属を命じられていた3人が退艦する時が来た。
ムウ、ナタル、フレイの3人が荷物を持って歩いてくる。
「では、艦長」
敬礼したナタルにマリューも敬礼で返す。
間違いなく彼女がいなければ、自分達はここにたどり着く事は出来なかっただろう。
「今までありがとう、ナタル・バジルール中尉」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「また、会えるといいわね」
「終戦になればそれも叶うでしょう」
握手を交わす2人を尻目にフレイは不満そうにしながらアネット達を見る。
「なんで私だけが転属なの?」
「でも命令だし……」
サイが宥めるように言う。
「わかってるわよ」
フレイはため息をつくとアスト達、全員の顔を見る。
「アストやキラがいるし大丈夫だとは思うけど、一応言っておくから。全員死ぬんじゃないわよ」
「フレイ……」
「もう一度必ず生きて会いましょう」
「うん」
「ええ、必ず」
そう言うとフレイはみんなの手を握った。
もちろんアストやキラの手も。
そして最後にムウが頭をかきながらマリューと向き合う。
「たく、何もこんな時に教官やれ、はないでしょ」
「貴方が指導すれば、前線の新兵の生還率も上がるわ」
それでも不満なのかムウは不貞腐れたような顔をしている。
「ほら、遅れます」
「ああ」
ムウとマリューは切なげに見つめ合うと手を挙げて敬礼をする。
「今まで、ありがとうございました」
「……俺こそな」
互いの語尾が震えているが指摘する事はない。
名残惜しそうに見つめ合っていたがやがてムウが背中を向け、アスト達の方に歩いていく。
「坊主共、世話になったな」
「いえ、こちらこそ。少佐がいなければやられていました」
アストをキラはムウに合わせ敬礼する。
だが隣にいるトールだけは俯いたままだ。
スカイグラスイパーの操縦技術を叩き込まれたトールからすればいわば師匠のようなもの。
それだけに思うところもあるのだろう。
「ケーニッヒ、ここまでよく生き延びた。これからも無茶だけはするなよ」
「フラガ少佐」
泣きそうなるのを堪えるとトールは力一杯叫んだ。
「今までのご指導ありがとうございました!!」
「ああ、こっちこそな。死ぬんじゃないぞ」
「はい!」
ムウはそれだけ言うと歩いて立ち去っていく。
その姿が見えなくなるまで全員が敬礼を崩す事は無かった。
プラント本国でパトリック・ザラはザフト全軍に対してある重要な命令を下した。
『オペレーション・スピットブレイク』
事前に準備されていたこの作戦は開始と同時に何の問題もなく動き出した。
ただ兵士たち全員が知らされていた作戦との違いがあるとすれば攻撃目標だろう。
知らされていた攻撃目標は『パナマ』。
しかし発動されたスピットブレイクの攻撃目標はアラスカ『JOCH-A』
再びアークエンジェルの激闘が始まろうとしていた。
地球にほど近い場所にそれはあった。
スカンジナビアの宇宙ステーション『ヴァルハラ』
この『ヴァルハラ』はオーブの『アメノミハシラ』同様の軍事用ステーションである。
現在の大戦が開始される前よりオーブの協力のもと、開発が進められていたが現在は中断している状態だった。
スカンジナビア本国で開発が予定されているマスドライバー『ユグドラシル』も同時に放置されている。
そのため『ヴァルハラ』は未完成であり、機能としても半分程度といったところに留まっているのが現状であった。
それでもすでに動いている場所も存在する。
それがモビルスーツ開発に必要な施設であった。
何時重大な局面となるかは不明、そんな不測の事態に備え、各施設は問題なく稼働し、メカニックマンや研究者達が忙しなく動き回っている。
その施設のモビルスーツハンガーに置かれた機体からピンクのパイロットスーツを着た人物がゆっくりと下りてくる。
ヘルメットを外すとピンクの髪がふわりと舞い広がった。
「ラクス様、機体の方はいかがですか?」
「はい、問題ありませんわ」
技術者と思われる男の問いにピンクの髪の少女ラクス・クラインはいつものやわらかな笑みを浮かべる。
プラントから脱出した彼女達はスカンジナビアに身を寄せていた。
元々シーゲル・クラインと親交が深かったスカンジナビアはラクス達の立場を聞くと秘密裏に保護してくれたのだ。
もちろんそれに見合う対価も要供されたが。
モビルスーツに関する技術協力や新型機の開発などもその1つである。
「これで後は『SOA-X02』だけですね」
「どれくらいかかりますか?」
「もう少しと言ったところでしょうか。可変機構の調整に時間がかかっています」
「そうですか……」
『SOAーX02』は元々オーブの強い要請を受け開発された機体である。
向こうには申し訳ないがもう少し待ってもらうしか無いだろう。
「すでにX01A、07A、そして『SOA-X01』はオーブの方へ輸送済みです。しかし良いのでしょうか?」
「何がでしょう?」
「完成した機体はすべてオーブへ運んでいます。スカンジナビアの方は大丈夫なのでしょうか?」
「……そうですね、アイラ様には考えがあるのでしょう」
ラクスが話し込んでいるとそこにレティシアが飛び込んでくる。
「ラクス、アイラ様より連絡です。緊急のようですね」
「わかりました」
パイロットスーツのまま通信室に入ると画面にアイラの顔が映る。
しかしその表情は普段の優しげな顔では無く、非常に厳しいものだった。
《ラクス、レティシア良く聞いて。ザフトに動きがあったわ》
「それは、まさか……」
《ええ、『オペレーション・スピットブレイク』でしょう。 ただ……》
「何かおかしな事でも?」
アイラは今まで以上に難しい表情で、驚くべき事を告げた。
《……ザフトが攻撃目標としているのがパナマでは無く、アラスカなの》
「なっ!?」
「どういう事でしょうか? スピットブレイクの目標はパナマだったはず。評議会がこれを了承していたとは思えません」
《詳細は不明よ。プラントはもうこちら側と交渉する気もないようですから、ほとんど情報が入ってこないの》
確かにパトリックが評議会議長になってから急進派の勢いが増している。
とはいえこんな急に目標の変更。
しかも地球軍本部の攻撃、いくら急進派が勢いがあるとはいえ評議会でもそう簡単に決定はできない筈である。
となれば―――
「パトリック・ザラの独断……」
「かもしれません」
《それであなた達に任務よ》
スカンジナビアに保護してもらう条件のもう1つは軍属となる事だった。
ただ立場が立場なだけに階級はまだ無い。
現在スカンジナビアでもモビルスーツの量産は進んでいる。
しかしパイロットは訓練はしていても、まだモビルスーツ戦の経験はない。
そのため1人でも戦闘経験のあるパイロットが必要であり、優秀なパイロットであったレティシアに協力を要請したのだ。
正直迷いもしたが、今の自分達には選択権はない。
それで条件を飲んだのだが、予想外にラクスも志願して来たのだ。
当然だが最初は止めた。
だがラクスはレティシアだけに危険な事はさせられない、そして自身の身くらい守れるようになると言って聞かなかったのだ。
結局レティシアが折れる形で決着し、ラクスは訓練を受け始めた。
「任務とはどのような?」
《X09AおよびX10Aでアラスカ近くに降下、情報収集をして欲しい。ただし必要ない戦闘は避ける事》
「情報収集ですか?」
《ええ、実はもう一つ気になる事があるの。ザフトの攻撃目標が判明しているのに地球軍に動きが全くないの》
「え、本部が攻撃されるというのに?」
《パナマから救援が出たという話は未だにない。だからその理由を見極めて欲しいの》
確かにそれは不可解ではある。
「了解しました」
通信が切れるとすぐさま準備に取り掛かり、出撃の為に動き出す。
「ラクス、あなたは初陣ですから戦闘になっても無理はしないようにね」
「ありがとう、レティシア」
すでにパイロットスーツは着ているためそのまま機体に乗り込む。
ZGMF-X09A『ジャスティスガンダム』
ZGMF-X10A『フリーダムガンダム』
この2機は本来ザフトの切り札となるはずだった機体であり、シーゲルが最後に渡したディスクの中身はこれらの機体のデータだった。
機体のデータを破棄しようかとも思ったが、もし今のプラントが暴走した場合の抑止力が必要になる。
そのためにリスクはあれどスカンジナビアに協力を仰ぎ『ヴァルハラ』にて建造していたのだ。
「ラクス、行きますよ」
「はい」
二機が起動しPS装甲が展開される。
「ラクス・クライン、ジャスティス」
「レティシア・ルティエンス、フリーダム」
「「行きます!!」」