アークエンジェルから退艦し、地下ドックに移動していたムウ達はあまりの喧騒に辟易していた。
一斉に潜水艦に乗り込む為にとんでもない長蛇の列が出来ており、さらに兵士達の声が反響する事でとんでもない騒音となっている。
しかし、その様子は明らかに異常だった。
「どうなってんだ、これ」
ムウが疑問に思うのも無理はない。
いくらなんでも人数が多過ぎる。
まるで基地ごと移動するかのような―――
「パナマへ向かう隊がいるのでしょうか?」
「う~ん」
確かにそう考えるのが自然かもしれないが、今頃になって移動とは少々遅い気もする。
「君はあっちの艦だな」
不審には思うがこのままで居ても仕方がないとナタルがフレイの指令書に書いてある艦を指す。
「少佐はどちらです?」
話を振られ、渡された資料に目を通す。
「えっと、俺はお嬢ちゃんと同じみたいだな」
「そうですか、では少佐」
「ああ、ここでお別れみたいだな」
そう言うとムウは手を差し出すと敬礼をしようとしていたナタルは慌てて手を握り返してくる。
「じゃ、元気で」
「あ、はい」
そう言って手を離すと今度はフレイが前に出る。
「バジルール中尉、色々お世話になりました」
「いや、君もよく弱音も吐かずについてきた。こちらこそ世話になった」
ナタルとフレイが握手を交わす。
ムウがトールの師匠だった様に、フレイにとってナタルこそが師匠だった。
CICだけでなく戦術、戦略なども教えてもらった。
フレイが足手まといになる事無く、ここまでついて来られたのは間違いなくナタルのおかげだ。
「さ、行くぞ」
「はい。では」
「ああ」
ナタルに別れを告げ、二人は改めて列へ並ぶ。
しかし列が動き出す気配はない。
どうやら潜水艦の搭乗はまだ始まっていないらしい。
ムウの頭に浮かぶのはやはりアークエンジェル、ひいてはマリューの事だった。
「……少し様子見を行く事ぐらいできるか」
そう決めたムウは列から離れようとするが途中で服の裾と掴まれ、足を止めてしまった。
「どこに行くんですか?」
服を掴んできたフレイを誤魔化すように頭をかいて苦笑いを浮かべる。
「いや、俺、忘れ物してさ」
その様子をしばらくジッと見ていたフレイはため息をつくと一緒に抜けるように列から離れた。
「お、おい」
「アークエンジェルに行くんでしょ。私も行く」
「いや、しかしだな」
「あの艦に大事なものがあるのは、貴方だけじゃありません」
そう言うとフレイはムウを無視して行ってしまう。
「……まったく。そりゃそうだよな」
彼女もまたアークエンジェルのクルーだったのだ。
気になるのは当たり前、ならばムウに止められる筈もない。
何故なら彼もまた同じ理由で白亜の艦の下に行こうとしているのだから。
突然鳴り出したアラートにクルー達は困惑したようにマリューを見る。
査問会を終えたアークエンジェルに下された新たな任務。
それはアラスカ守備軍に所属するというものだった。
本来宇宙艦であり、新型のモビルスーツを搭載したアークエンジェルがアラスカの守備とは不審には思う。
だが、ここに辿り着いてからの対応を見ればそれも今更であろう。
「統合作戦室より入電です!」
「サザーランド大佐、これは――」
《守備軍はただちに発進せよ! 敵襲だ!》
地球軍本部であるこの『JOCH-A』に襲撃?
《やられたよ。やつらは攻撃目標を直前にパナマからこの『JOCH-A』に変更したのだ》
「なっ」
つまりパナマ侵攻はここ『JOCH-A』を落とす為の陽動だったという事だろうか?
現在地球軍の大半の戦力はパナマにあり、今のアラスカはもぬけの殻同然だった。
その隙を突かれた形になる今の状況は非常に不味い。
《厳しい状況ではあるが、ここをやらせる訳にもいかん! 何としても死守せよ!》
サザーランドはそう言って通信を切る。
この戦力で守り切れるのか?
そんな疑問と不安は尽きないが、まだ救いなのはアークエンジェルには2機のモビルスーツが戦闘可能である事だろう。
もしもアークエンジェル単艦での戦いになっていたらと思うとゾッとしてしまう。
「……何であれ、ここをやらせる訳にはいかない。アークエンジェル、発進!」
「了解!」
白亜の戦艦がドックから発進し、外に向かって出撃する。
だがすでに『JOCH-A』はザフトによって囲まれてしまっているらしく、どこを見ても敵の姿しか見えない。
その光景に思わず絶句しながら、マリューは自分を叱咤するように命令を飛ばす。
「くっ、イレイズ、ストライク、スカイグラスパーを発進させて!」
命令に従って全機が出撃し、敵部隊の迎撃を開始する。
とはいえこれだけの数、いかにこれまでの激戦を生き抜いてきたキラやアストといえど明らかに不利である。
だが、逃げ場はどこにもありはしない。
生き延びる為にはやるしかないのだ。
アークエンジェルの決死の戦いが始まった。
「くらえ、ナチュラル!!」
エリアスの乗るシグーディープアームズのエネルギー砲からのビームが砲台を破壊すると同時に迫ってきたミサイルをジン用の突撃銃で撃ち落とす。
シグーディープアームズはビーム兵器搭載の試作モビルスーツである。
シリルの使っていたシグーディバイドとは別のビーム兵器を実装するために実験機として開発された機体である、
だが、ビーム兵器は冷却能力の不足で長時間の連射ができないという欠点も持っていた。
しかしそれでも十分すぎる性能を有している。
だからエリアスはバッテリー消費を押さえる為と連射の欠点を補うためジンの突撃銃を持たせて出撃していた。
砲台を破壊したその後も動きを止める事無く、容赦ない砲撃で戦車や戦闘機を破壊していく。
まさに獅子奮迅の戦いぶりだった。
「落ちろォォ!!」
「エリアス、あまり熱くなるなよ」
「大丈夫ですよ。カールの仇、そしてアスラン隊長達の無念ここで晴らして見せます」
撃ち込まれるミサイルを迎撃しながら、旋回しつつ飛び回り、敵を翻弄し反撃を加える。
その気合の入った戦いぶりにラウはニヤリと笑みを浮かべる。
「頼もしいな、お前もそう思うだろうユリウス」
「冷静さを無くしています。褒められた状態ではありません」
ディンを駆りつつ、専用のシグーで淡々と敵を迎撃しているユリウスに思わず苦笑する。
今のエリアスには何を言っても聞きかないだろう。
アスラン達は戦線離脱を余儀なくされ、同期のカールは死に、他の隊員達も全滅した。
こんな絶好の機会に唯一戦える彼が冷静でいられる筈もない。
「では私は特務がある。ここは任せるぞユリウス」
「了解」
前線はエリアスとユリウスに任せ、ラウは戦線から離脱する。
そしてディンの機動性を生かし空中を自在に動き回りながら、ミサイルを迎撃し、戦闘機を破壊する。
明らかに他とは違う動きに地球軍のパイロットたちは戦慄した。
「なんだよ、あれ」
「あんな動き……」
彼らが驚くのも無理はない。
他の敵モビルスーツ達に比べて、あまりにも違いすぎた。
エース級の動きに完全に戦意喪失してしまった者たちは動きを止めてしまう。
ラウはそんな敵を見逃すほど甘くない。
「戦場で動きを止めるとはな」
動きを止めた者達に躊躇なくライフルを叩き込み、あっさり仕留める。
危うげなく設置された砲台を次々と破壊しながら、ある場所にディンを着陸させた。
「さて、このあたりか」
手元のデータを確認し、コックピットから降りる。
機体は木々に隠れ、早々に見つかる事はあるまい。
銃を懐から取り出して走り出すと、周囲を警戒しながら目的の場所を探す。
トラブルも無いまま、しばらく走ると目的の扉を発見する。
慎重に扉を開けると基地内部に通じる道が顔を出した。
「流石はクロード。正確な情報だ」
クロードから渡されたデータは寸分の狂いもなく正確であった。
まあ、始めから疑ってなどいなかったのだが。
この先になにがあるか楽しみであるとほくそ笑むとそのまま内部に侵入した。
ラウが戦線から離れたのを確認したユリウスは、先行するエリアスに指示を飛ばしながら、正面から迫ってくる敵を迎撃する。
「エリアス、左の砲台を破壊しろ」
「了解!」
ビームに撃ち抜かれた砲台が破壊され、その隙に迫ってくる戦闘機のミサイルをバルカン砲で撃ち落とす。
一気に接近し、上段から振り抜いたビームサーベルであっさりと両断する。
ユリウス専用シグーはかつてシリルが使っていた実験機に近い。
ビームライフルを持ち、両肩にビームサーベルを装備しており、違いがあるとすればレーザー重斬刀を装備していないという事と機動性を強化してある事だった。
その機動性をフルに使い、敵を寄せ付けないユリウスは徐々にその表情を曇らせていく。
「全然大した事無いですね、手応えがないですよ」
「……そうだな」
エリアス言う通り、あまりに手応えがない。
いや、なさすぎるのだ。
ザフトのモビルスーツ隊が次々と地球軍の戦車や戦闘機、砲台を破壊していく。
まさに圧倒的。
ザフトからすればこれだけの戦力を投入して、落とせないはずはないと誰もがそう思っているだろう。
だが、ユリウスは違った。
「どういう事だ?」
いくらなんでも簡単すぎる。
パナマ侵攻に備えて戦力を集中させていたにせよ、ここは地球軍本部であり、ここにもそれなりの戦力があって当たり前の筈である。
なのにこの防衛力の貧弱さはなんだ?
普通であればこんなにあっさりと突破できるものではないだろう。
「……これは何かあるな」
ユリウスの直感がそう感じた。
これは確かめる必要があると判断すると早速動き出す。
「ユリウス隊長?」
「……エリアス、しばらく戦線を頼む。確かめたい事が出来た」
「了解です」
ユリウスは機体を急速に降下させ、降り立つ場所を探すように旋回する。
そこを戦車が狙ってくるものの、難なくかわしバルカン砲で撃破。
さらなる追撃もグゥルに乗っているとは思えない複雑な機動で敵を翻弄しながら、常人では捉えられないその動きで惑わされた敵を容赦なく屠っていく。
「ば、化け物だ!」
「うわあああ!」
恐慌を起こしたように逃げまわる敵を冷たい視線で睨むと失望を隠さず吐き捨てる。
「怯えるくらいなら、初めから出てくるな」
逃げ回る敵はすべて無視し、慎重に周囲を観察するとすぐに目的の場所を発見する。
視線の先にあったのは基地内に繋がるゲートの一つだった。
「あそこだな」
機体をそこに向かって突っ込ませるとビームライフルでゲートを吹き飛ばし、途中邪魔な者たちは歯牙もかけずに排除していく。
あまりに呆気ない。
手応えの無さに嘆息すると通信機のスイッチを入れて呼びかける。
「ゲートの1つを破壊した。ここから侵入出来るぞ」
ユリウスの声にさらに士気が上がり、勢いよく破壊されたゲートよりモビルスーツが内部へと侵入していく。
それを見届けると適度な場所に機体を降ろし、コックピットから降りた。
「機体を頼むぞ」
近くにいたジンに機体を任せると、ユリウスも内部に侵入する。
目標は管制室にアクセスできるデータベース。
状況を確認するだけなら、わざわざ最深部まで行く必要はないのだから。
ザフト軍の苛烈ともいえる攻勢が続く中、メインゲート近くの戦場で奮戦している地球軍の戦艦の姿があった。
言わずと知れた白亜の艦アークエンジェルである。
その奮戦故か未だにゲートは破られずに守られていた。
絶え間なく振りかかる砲弾。
止む事のないミサイルの嵐。
それらを搭載された武装すべてをフルに使い、薙ぎ払っていく。
そして甲板に降り立ったモビルスーツが取りつこうとしている敵を撃ち落としていた。
「艦長、数が多すぎます! 我々だけでは対応しきれません!!」
ノイマンの指摘にマリューは思わず拳を握り締めた。
ここまで対応できたのも搭載機であるイレイズ、ストライク、そしてスカイグラスパーの迎撃のおかげだ。
単艦であればすでに致命的な損傷を受けていたとしても不思議はない。
「とにかく、今は持たすしかないわ!!」
アスト達も必死に戦っているのだ。
自分達がここで諦める訳にはいかない。
そして外でも同じようにパイロット達が降り注ぐ敵の攻撃を前に必死に戦闘を継続している。
見渡す限り敵の姿。
突破口もない、ゴールの見えない戦場でアストとキラ、そしてトールの3人は激戦を続けていた。
「キラ、左だ!」
「わかってる!」
銃口から発射されたストライクのビームがジンの胴体を撃ち抜き、グゥルごと撃墜する。
同時にイレイズが甲板から飛び上がり右のブルートガングで近くのディンを串刺しにして、踏み台にすると右のアータルを撃ち込んだ。
放たれた閃光に巻き込まれた数機のモビルスーツは碌に抵抗も出来ないまま破壊されていく。
援護を受けながらアークエンジェルの甲板に降り立つと今度は左に装着したタスラムでジンを迎撃した。
「良し、調子は悪くない!」
事前に調整していた為に特に不具合もない。
やれる!
現在のイレイズはマードックに注文した通り、右にアータル、左にタスラムを装着。
そして左腕には折れたブルートガングの代わりにアーマシュナイダーが装備されていた。
急場しのぎの装備ではあるが、何も無いよりはいいだろう。
イレイズ、ストライク共に連携を組み、アークエンジェルに取りつこうとする敵を排除する。
しかし敵は怯むことなく攻撃を仕掛けてきた。
「くそ、数が多すぎる!」
「アスト、バッテリーに気をつけて。危険域に入ったらすぐ補給を」
「ああ、そっちもな。イレイズよりは稼働時間が長くてもこの数じゃ厳しいだろう」
どれだけ迎撃しても減らない敵。
明らかにこちらの対応能力を圧倒する数が彼らの前に立塞がっている。
そしてそんな危険な空をトールは1人で飛んでいた。
「これで!」
予備のエールストライカーを装着したスカイグラスパーの機動性で敵を振り切るとターゲットをロックしビームライフルで敵機を叩き落とす。
「少佐はいないんだ! 俺がその分、頑張らないと!」
前ならば不安で仕方なかった筈だ。
それだけムウの、エフィムの存在は大きかった。
だが今やこの空を飛び、戦えるのは自分1人。
でも2人から受け取ったもの、引き継いだものがある。
だから決して無様な戦いなどできない。
「トール、無茶はするなよ」
「分かってるって!」
旋回しながら敵機の攻撃を避け、応戦していく。
だがこんな戦いは長くは持たない。
元々数が違うのだから、時間が経てば経つほどこちらは疲弊していくだけ。
そして疲弊していくのは外で戦っているパイロット達だけではなく、アークエンジェルのブリッジでも同じだった。
「ゴットフリート照準、撃てぇー!」
両舷のビーム砲から発射されたビームが敵を捉えて撃墜する。
しかしすぐに次の敵が襲いかかってきた。
だがそれにも即座に対応し、次の指示を飛ばす。
「ヘルダート、バリアント撃てぇー!」
ミサイル、リニアカノンがディンを直撃し、容赦なく吹き飛ばした。
だがそれでも敵の攻勢は止む事無く、続いていく。
これは精神的にきつい。
撃っても、撃っても敵は減らず、こちらの損害が増えるばかりで、味方の援軍が来る様子もない。
ブリッジクルーも焦りの色を隠せず、カズイなどは半ば悲鳴のような声を出していた。
「艦長、やはりこの戦力では守りきれませんよ!」
ノイマンの言う通り、今の戦力ではどうにもならない。
ここまで持ちこたえられたのも2機のガンダムのおかげだ。
マリューが思案に一瞬でも気をそらした間にも敵の砲火がアークエンジェルに突き刺さり、アネットの報告に我に返る。
「ミサイル接近!」
「ッ!? 回避――!!」
数発のミサイルが迫るがノイマンの操舵で何とか直撃だけは避けれた。
しかしすぐに次の攻撃が押し寄せる。
「さらにミサイル!」
回避は間に合わない!
「迎撃!!」
数発のミサイルは直前で破壊に成功するが、撃ち漏らした内の一発が右舷に直撃、大きな振動が艦を揺らす。
「被害状況は!?」
振動で思わず突っ伏したサイが声を上げる。
「右舷フライトデッキ被弾!!」
その報告に胸を撫で下ろした。
艦の戦闘に影響が出る損害ではない。
これだけの攻勢を考えればまだマシな方だろう。
マリューは気を引き締めると再び指示を飛ばし始めた。
地下ドックからアークエンジェルへ向かっていたムウ達は途中で鳴り響く敵襲の警報を耳にする。
「敵襲!?」
このタイミングで?
偶然―――にしては出来過ぎているような気もするが。
正直地下ドックでの大移動を目撃した後では、これらを予期していたのではと疑いたくなる。
「少佐、これって……」
「ああ、嫌な予感がするな」
こんな事をしている場合ではないかもしれない。
フレイの手を引き、ドックへ向って走ろうとした時―――突如として襲いかかったあの感覚にムウは驚きを隠せなくなった。
「……これはラウ・ル・クルーゼか!?」
離れてはいるがもう1つ、感覚がある。
こちらはおそらくユリウスだろう。
「奴らが内部にいるだと!?」
侵入されているなら放っておく事はできない。
近い方から確かめる必要がある。
「えっ、どうしたんですか?」
「こっちだ、お嬢ちゃん」
「ちょっと!」
フレイは慌てつつも、走り出したムウの後を追う。
いったい何なのだ?
それにラウ・ル・クルーぜって、確か敵将の名前の筈だ。
ムウの背中に訝しむような視線を向けながら、見失わないよう走って行った。
銃を持った兵士達をかき分け、2人がたどり着いたのは管制室。
本来ならば今も人が溢れているのが当然なのだが、ドアの隙間から見ても薄暗い。
警報が発令され襲撃されているにも関わらずだ。
「人がいない?」
「ああ、こりゃ本格的におかしい……ここか?」
慎重に部屋の中を覗き込むと白い服を着た男が背を向けているのが見えた。
白いザフトの制服―――ムウの感覚が言っている。
間違いないラウ・ル・クルーゼだ!
銃を構え踏み込もうとした瞬間、ラウが振り返り銃を撃ってくる。
「くっ」
どうやら奴もとっくにこちらが近づいていた事に気がついていたらしい。
この感覚がラウ・ル・クルーゼにも備わっているというのなら、不思議な事ではないが、奴は一体何者なのだろうか?
「きゃあ!」
弾ける銃弾にフレイが思わず声を上げるとそれを嘲笑うようにラウが声を出す。
「久しぶりだな、ムウ・ラ・フラガ」
思った以上に澄んだ、そして人の神経を逆撫でするかの様な声で語りかけてくる。
「せっかく会えたのに残念だが、貴様につき合っている時間はなくてね」
その間にも反撃の隙を与えないよう、ラウは銃を撃ち込んでくる。
というかこいつはどうも人をイラつかせるのが上手いらしい。
そんなこちらの心情など無視して話を続けてくる。
「貴様がここにいるという事は用済みになったか。落ちたものだ『エンデュミオンの鷹』も。後でユリウスにも教えてやるとしようか」
そう言うとラウは身を翻し、別のドアから外に飛び出した。
「待て!」
ムウが飛び込んだ時には既に姿は無く、管制室は閑散としている。
それも気になるが―――
「何故奴がここに?」
「少佐、今のザフト兵の事もそうなんですけど、何でここには誰もいないんです?」
フレイの疑問はもっともだった。
今もザフトによる激しい攻勢は止む気配もなく、防衛部隊との戦闘が続いているのだ。
本来ならここで状況を把握し、各部隊へと指示が飛ばされている筈。
様々な疑問や不信が湧きあがる。
とりあえず奴が何を見ていたのか確認する為、近づき表示されていたデータを読み取ると驚愕した。
「なっ!? これは……」
「どうしたんですか?」
不審に思ったフレイも近づいてデータを読み取るとその表情が見る見る青ざめていく。
「何なんですか、これは!!!」
彼女が憤るのも無理はない。
ムウでさえ怒りで冷静さを無くしてしまいそうだ。
「こういう事か」
ずっと感じていた違和感、その答えがようやく出た。
始めから上層部はこれを狙っていたのだ。
「お嬢ちゃん、アークエンジェルに急ぐぞ。これを伝えてやらなきゃ不味い」
「はい!」
2人は急いで管制室から飛び出すと通路を駆け抜けていく。
「でも、どこから向うんですか? たぶんアークエンジェルは今も戦闘中の筈ですよ」
「なんとかするさ。こっちだ!」
ムウに先導され辿り着いたのは、格納庫だった。
運が良い事にまだ出撃していない戦闘機が残っていた。
「よし、まだあったな。お嬢ちゃん、あれで脱出するぞ」
「え、あれでですか……」
フレイは思わず顔を引き攣らせ、表情を曇らてしまう。
別にアレに乗る事が嫌なのではない。
操縦するのがムウである事が問題なのだ。
「何やってる急げ!」
「……はい」
彼女が渋ったのにはもちろんきちんとした理由がある。
アークエンジェルのCICにいたフレイはムウの機動を良く見ていた。
あんな素人目に見ていても無茶苦茶な機動は普通の人間には出来ない。
その後ろに乗ればどうなるか―――超能力者でなくても簡単に未来が予知できる。
フレイは憂鬱になりながらも、覚悟を決めると意を決して機体に乗り込んだ。
無数の敵から放たれる砲撃に晒されながらも、メインゲートを守護するアークエンジェルはどうにか持ちこたえていた。
その姿をディンのコックピットから見ていたラウは思わずほくそ笑む。
「生贄はユーラシアの部隊とアレか」
ヘリオポリスから逃し続けた獲物を自身の手で仕留め切れなかったのは残念だがこれも一興。
「ユリウスは残念がるだろうが」
彼のキラ・ヤマトへの憎しみはラウ以上だと言ってもいいだろう。
そしてアスト・サガミ―――彼もまたこの手で倒したかった。
しかしこれ以上ここに長居する事は命取りになる。
生憎ここで一緒に心中する気はない。自分にはまだまだやる事があるのだから。
ラウは母艦へ帰還しようと機体を上昇させたその時、上空から飛来する物を確認する。
「あれは……フフ、ザラ議長殿はよほど『足つき』が目障りらしいな。特務隊を投入し、未完成の機体を使うとは」
だが、これで彼らの命運も尽きたか。
今も奮戦を続ける標的達に、憎悪の笑みを送るとそのまま母艦へ機体を向かわせた。
空から降りてくる3つの機影。
その姿はアークエンジェルやアスト達も気がついていた。
「なんだ、あの機体?」
「新型か!」
上空から飛来した三機は見た事もない機体だった。
ザフト特有の造形でありながら、どこか普通の機体とは違う。
ZGMF-F100『シグルド』
ザフトの未来を担うパトリック・ザラ主導で開発された新しいモビルスーツ開発計画、その中に属する機体である。
武装はビームライフルやサーベルといった基本的なビーム兵装に加え、腹部にビーム発射口が付いている。
そしてこの機体最大の特徴はNジャマーキャンセラーが搭載されている事であった。
これにより核動力が使用可能となり、通常の機体とは比較にならない性能を誇っている。
シグルドのコックピットに座り、戦場の状況を確認したシオンは深い笑みを浮かべた。
「まさか目の前とはな」
倒すべき敵の姿に何時になく高揚する。
そしてあそこにはいる―――この手で殺してやりたい相手が!
「運がいいな。あれだろ『足つき』ってさ」
「ええ、間違いないですね」
同じくシグルドに搭乗しているマルクとクリスも問題ないようだ。
その声からもやる気が漲っている。
「分かっていると思うが目標はあくまで『消滅の魔神』と『白い戦神』の2機だ。『スピットブレイク』の方は他の奴らに任せておけ」
「ナチュラルを殺せるいい機会なのになぁ」
「あの2機をさっさと片付ければ参加できますよ」
2人は全く気負いが無く、むしろ余裕すら感じられる。
相手はザフト全軍が震え上がる敵、イレイズとストライクだというのにだ。
実に頼もしい。
それでこそ背中を任せられる。
「この機体はまだ未完成な機体だ。無理して壊すなよ」
「機体自体は完成してんだから問題ないさ」
そう言うとマルクは獲物を狙う獣のように鋭い視線で相手を見据える。
「噂通りか見てやろうじゃないか!」
ただでさえ狙ってた女が死んでストレスが溜まっているのだ。
「では、いくぞ!」
「ああ!」
「はい!」
3機のシグルドが囲むようにアークエンジェルに襲いかかる。
その速度は明らかに従来のモビルスーツを軽く上回っていた。
「速い!?」
狙撃したストライクのビームをすり抜けるようにかわすとマルクはビームサーベルで斬りかかった。
凄まじい速度で距離を詰めてきたシグルドに驚きながらも、キラはシールドを掲げて防御する。
だが、すぐに異変が起きた。
「なっ!?」
受け止めたサーベルを押し留める事が出来ず、徐々に押し返されていくのだ。
ペダルを思いっきり踏み、操縦桿を必死に前へ持っていくがそれでも現状は変わらない。
「何なんだ、この機体は!?」
「ふん、『白い戦神』ってのは、この程度かよ!!」
マルクはサーベルを押しつけ、隙ができた所に今度はシールドで殴りつける。
そして体勢を崩したストライクをビームクロウで斬りつけた。
「くっ!」
振り下ろされた光爪を前にキラは咄嗟に機体を逸らす。
しかし素早く振り抜かれたビームクロウは肩部の装甲をあっさりと抉って、斬り飛ばした。
「接近し過ぎだ! 今なら!」
シグルドの腹目掛けて膝を蹴り上げ、隙を作る。
「これで!!」
バランスを崩した所に下段に構えていたサーベルで斬り上げるが、スラスターで後退され、光刃は空を斬った。
上手い。
機体もすごいがパイロットも相当の腕だ。
特務隊に選ばれるものは優秀な者だけであり、ザフトのトップガン達である。
いかにキラといえど、そう簡単に倒せる相手ではない。
「やるじゃないかよ!!」
スラスターを噴射させ、再びビームサーベルを横薙ぎに振るってきたシグルドの一撃を逸らし、こちらも負けじと光刃を振う。
「まともに受けたら押し切られる! 攻撃はすべて流さないと!」
力勝負ではこちらが不利。
ならばシールドを使って捌いていくしかない。
上手く攻撃を捌きなが攻撃を繰り出してくるストライクにマルクは感嘆の声を上げた。
噂なんて当てにならないと思っていたが、こいつはいい!!
「へぇー、思ったよりやるじゃないの。けど何時まで持つかな!」
「ハァ、ハァ」
負けられない。
これだけの攻撃に晒された状態で一機でも欠ければ致命的になる。
みんなを守る!
ならば使うしかない。
キラはSEEDを発動させた。
「いくぞ!!」
クリアになった視界と感覚に従い、スラスターを全開にして、シグルドに斬りかかった
そしてすぐ傍で戦闘していたアストも2機のシグルド相手に苦戦を強いられていた。
機体の速度もそうだが、最も感じる違いそれがパワーだった。
まともに受ければ、盾ごと両断されかねない。
敵からの攻撃で傷つきながらも、イレイズが放ったビームライフルの一射をシールドで平然と止める。
そして今度は横から割り込んで来た1機がビームクロウで上段から斬りつけてきた。
「そんなものに!」
最初は驚きはしたが、一度見れば対処可能だ。
ビームクロウをシールドで受け止め、右のブルートガングを引き出し叩きつける。
しかしシグルドは大して動じる事無く片方の腕で弾くと、同時に殴りつけてきた。
「ぐっ、この!」
アストは咄嗟に前に出ると敵機との間に踏む込み、体当たりで突き飛ばす。
今いる場所は狭い甲板の上、派手に動き過ぎれば落ちる。
かといって上空に逃げるなどあり得ない。
上空から降りてきた所から見て、あの機体は非常に優れた空戦能力を持っている。
迂闊に飛びあがれば、ただの的になるだけだ。
「ハァ、ハァ、今のは?」
先程のブルートガングによる一撃、敵はシールドで防御した訳ではない。
腕で弾いた。
しかも敵機は大した損傷もなく無傷。
なれば答えは一つしかない。
「……PS装甲か」
これだけのパワーとスピード、性能はすべてあちらの機体が上回っている。
そこにPS装甲による防御力に加え、パイロットもエース級となれば―――
「厄介だな」
対峙した敵に気を取られているともう一機が回り込んで腹部のビーム砲を放ってきた。その威力はイージスのスキュラと同等以上であった。
「チッ!」
シールドでビームを受け止め防ぐが、動きが取れなくなってしまう。
その隙に対峙していた機体がビームサーベルを抜き突撃してくる。
避けられない。
ならば―――
再び機体を前に出し、敵機の懐に飛び込むと振り下ろされたサーベルを押し止めるが、パワーの違いが大きく、徐々に押され始めている。
どうにかしなければ、あっさり両断されて終わりだ。
状況を打開する為、動こうとしたアストの耳に敵の声が聞こえてくる。
《フフフ、アハハハ、どうした? ナチュラルを―――友達を守るんじゃないのか?》
「何!?」
突然何を言っているんだこいつは?
いや、惑わされる事はない。目の前に集中しろ!
《しかし地球軍とはな。お前の愚かさには反吐が出そうだ》
「なっ!?」
こいつはなんなんだ?
俺を知っているのか?
「……お前は誰だ?」
《愚かなだけではなく、記憶力まで無いのか。まあいい》
アストの問いかけに答える様に敵機は機体を近付けてくると驚きの行動に出た。
なんとコックピットハッチを開いたのだ。
戦闘中にハッチを開くなど正気の沙汰ではない。
「なにをして―――ッ!?」
敵のパイロットがヘルメットを取ると見覚えのある顔だった。
いや見覚えのあるどころではない。
その顔は―――
「いかにお前が愚かでもこれで分かるだろう、アスト」
「……シオン」
こちらの呟きを聞きとっていたのか、シオンはニヤリと笑う。
「覚えてはいたようだな。クリス、お前はしばらく離れていろ。他の連中に撃たせるなよ」
《了解》
シオンが口にした名前にアストは再び驚愕する。
「クリスだと!?」
あちらの機体に乗っているパイロットがクリスとは。
カールの件があるから、そこまで不思議に思う事ではないかもしれないが、彼までザフトにいるのか。
「どうした、顔くらい見せろ」
そう言うとアストもまたコックピットハッチを開いた。
戦闘中のこんな行動は自殺行為。
それでもこいつの言う事を無視する事はできない。
逃げたと思われる事だけは絶対に嫌だった。
「久しぶりだな、アスト」
「シオン、俺がイレイズのパイロットだと何故わかった?」
「レティシアが口を滑らせたのさ。まあ、イレイズのパイロットだと分かったのは今だがな。お前を挑発した時の声ですぐ分かったよ。しかし、相変わらずか、お前の愚劣さは。今も言ってるんだろ、ナチュラルが友達とか」
アストの視界が怒りで歪む。
こいつは何も変わっておらず、昔のままだ。
「だが、感謝してもいい」
「感謝だと」
「ああ、カールを殺したのはお前だろ」
一瞬、体が硬直した。
弟のクリスもいる。
カールの事は罵倒されても、反論はできない。
「ほう、その顔、知っていたのか。殺した相手がカールだと」
「だったら?」
「言っただろ、感謝してもいいと。最近のあいつは何かにつけてナチュラルを庇う言動が増えてな。そしてむやみに殺すのはやめろと言いだした。どうやら昔の事を今さらながらに悔やんでいたらしい」
カールが最後に言った言葉が脳裏に蘇る。
≪ア、スト、ごめん、な≫
あれはカールの本心だったという事か。
アストの胸中に複雑な思いが湧く。
オーブで会った時にもっと話せば良かったのだろうか?
「それが最近は鬱陶しくてな。だからお前が消してくれて助かった」
こちらを煽るような物言いに挑発だと分かっていても感情が抑えきれない。
「貴様ァァ!」
「そうそう、もう一つ。お前が地球軍に入ってくれた事もだ。一応お前もコーディネイターだからな。同胞を殺すのは良心が痛む。だがこれで何の遠慮もなくお前を殺せるからな」
「ふざけるなぁぁ!!」
互いがハッチを閉じると弾け合うように距離を取った。
アストはSEEDを発動させビームサーベルを抜くと一気に飛びかかる。
許せない!
こいつだけは!
「シオン!!」
「来い、アスト」
シオンもビームサーベルを構えて迎え撃った。
上空で敵からの攻撃を避けつつ、ミサイルを迎撃していたトールは思わず歯噛みする。
イレイズ、ストライク共に近接戦闘をしている為に今の状況では援護が出来ないのだ。
迂闊な攻撃では味方に当ててしまうかもしれない。
さらに下手をすればアークエンジェルの方にもダメージを与えてしまうだろう。
「くそ、これじゃ!」
アークエンジェルに群がるディンをビームライフルで撃ち落とすと今度はグゥルに乗ったジンが突撃砲でスカイグラスパーを狙ってくる。
「しつこい!」
操縦桿を倒し、機体を下降させ攻撃をかわすと旋回し攻撃してきた敵機をロックする。
「落ちろ!」
トリガーを引くと同時にミサイルが発射され、直撃を受けたジンを海上へ叩き落とした。
撃ち落としても群がってくる敵にうんざりしながら、次の目標に向け攻撃しようとしたそこに一機の友軍機が近づいてくるのが見えた。
「あの機体の動きは!?」
忘れる筈もない。
毎日のように見ていたのだから。
あの友軍機の動きはフラガ少佐のものに間違いない。
でも何故ここにいるのだろうか?
しかしそんな事を考えていた間に戦闘気はジンに囲まれ右翼に損傷を受けてしまう。
何時ものムウなら余裕でかわせるだろうが、機体の状態が良くないのかいつもより動きが鈍い。
あのままでは危ないと判断したトールはムウが乗っていると思われる機体の援護に入る。
後ろから攻撃していたジンのグゥルを破壊すると、接近してきたディンをビームライフルで翼を撃ち抜く。
傷つけられ、飛行能力をなくしたのか敵機はそのまま墜落していった。
なんとか間に合った事にホッと安心して息を吐くと、通信を開いて呼びかける。
「フラガ少佐! 何故こんな所に?」
「ケーニッヒ、助かったぜ。色々あってな、アークエンジェルに着艦したいんだが」
「今はあの新型が張り付いていて」
眼下では2機のガンダムがシグルド相手に押されながらも奮戦していた。
しかもその内の1機は誰も近づけ無いように周囲を警戒しているのが見てとれる。
あの機体がいる限り、このまま近づいても落とされるだけだろう。
しかし何時までも今の機体にムウを乗せてはいられない。
なら自分のするべき事は決まっている。
「俺が隙を作ります。そしたら損傷した右デッキから侵入してください」
「お、おい」
「大丈夫ですよ、自分の弟子を信じてください」
トールの言葉にムウは呆気に取られながらも、すぐに笑みを浮かべて頷いた。
「分かった。頼むぞ!」
「了解!」
ここが今まで訓練して鍛えた腕の見せ所だ。
トールは機体を降下させ、離れているシグルドに向けて突撃するとビームライフルを連射した。
そんなスカイグラスパーの突撃に気が付いたクリスは機体を上昇させた。
「シオンの邪魔はさせない。ナチュラルなどに!」
撃ち込まれたビームをあっさりかわし、ビームライフルで撃ち落とそうと狙ってくる。
こちらを狙う正確な射撃をトールはムウそっくりの機動でかわすと、ミサイルを叩き込んだ。
「これが訓練の成果だ!」
これぐらいの動きであればムウを真似る事は出来る!
撃ち込まれたミサイルを迎撃するクリスは驚いていた。
「なかなかいい動きだ。噂に聞く『エンデュミオンの鷹』か?」
クリスがトールに集中した瞬間、ムウがアークエンジェルに向かって降下する。
「いくぞ、しっかり掴まっていろよ、お嬢ちゃん!」
「は、はい」
顔を真っ青にしながら返事をするフレイの返事を背中で聞いたムウは戦闘機を損傷した右デッキから、そのまま格納庫に突っ込んでいった。
トールからの通信で着艦してくる事を察していたマリューの指示でネットを張っていたおかげか、被害などはなかったようだ。
ムウはコックピットから飛び降りるとブリッジに向かって走る。
後ろで整備班が何か言っているが答えている暇はない。
「ハァ、ハァ、うっ」
フレイも口を抑えながら何とかついて来ているらしい。
顔色は非常に悪く真っ青だったが。
ブリッジに駆け込んだムウは驚くマリューに叫んだ。
「艦長、すぐに撤退だ!」
「少佐、貴方何をしているんですか!? 転属はどうしたんです?」
「そんな事はどうでもいい。それよりここから撤退するんだ!!」
「何を―――」
事情が呑み込めないのか、困惑した表情を浮かべるマリュー達にムウは真実を告げた。
「いいか、良く聞け。本部の地下にサイクロプスが仕掛けられている。基地から半径十キロは溶鉱炉になるって大きさの代物がな」
その言葉にマリュー達は凍りついた。
その反応は当然だろう。
自分達になにも知らせず、そんなものを仕掛けるなんて誰が考えるだろうか。
「そんな、まさか……」
「うぅ、……本当ですよ」
ブリッジに口を手で覆いながら、青い顔のフレイが入ってきた。
「フレイ!?」
「……少佐と一緒に私も見て来ました。確かにサイクロプスが仕掛けられていました。そしてすでに司令部には誰もいません」
「なっ!?」
確かに司令部とコンタクトを取ろうとしても同じ電文が返ってくるだけだった。
碌な指示もなくどういう事かと思えばこれだ。
マリューは怒りで拳を強く握り締める。
今もなお、守備隊が命を張って戦っているというのに!
「まあ、最初からおかしいといえばおかしかったけどな。要するにアークエンジェルを含めた守備軍は囮さ。ザフトの戦力を奪うための」
ノイマンも怒りを隠すことなく吐き捨てる。
「つまり俺たちにここで死ねと」
「ああ、仕掛けを勘付かれないよう奮戦してな」
ムウの言葉に完全にブリッジは沈黙する。
元々アラスカに辿り着いた時の対応やあの査問会から地球軍上層部に不信感はあった。
しかしここまでやるとは思わなかった。
マリューは怒りに震えながらも宣言する。
「この戦闘の目的がザフトの戦力を奪う事ならすでに本艦はその任を果たしたものと判断します。そしてこれは艦長である私の独断です! もしもの時はそう証言してくださいますね?」
そんなマリューを痛ましそうに見つめながら、同時に励ますようにムウは笑みを浮かべた。
「そう気張りなさんな、俺も出る。知らなかったか? 俺は不可能を可能にする男なんだぜ。だから必ず脱出できるさ」
ムウの言葉に励まされながら、頷いたマリューは声高く命じた。
「僚艦に打電『我に続け』、機関最大、左翼を抜く!!」
「「「了解!!」」」
ムウはそのまま格納庫に向かい、フレイはCICに座る。
そこでサイが自信なさげに報告を上げる。
「艦長、敵が!」
「どうしたの?」
「敵の動きが鈍って、いや少しずつ撤退している?」
どういう事だ?
敵が本部の仕掛けに気が付いた?
どちらにせよこれはチャンスだ。
離脱するにはこの機会を逃す訳にはいかない。
できねば死が待っているのだから。
『JOCH-A』を巡る戦いは未だに治まる気配もなく、激しい戦闘が続いていた。
ムウのスカイグラスパーが参戦した事や敵が徐々に後退している事で戦況もだいぶ楽になっている。
トールと連携を取りながら、クリスをアークエンジェルから引き離す。
「たく、こいつも厄介な奴だな」
装備しているアグニの砲撃を平然と受け切る敵に思わず毒づく。
それを聞いたトールも思わず苦笑しながら答えた。
「アストやキラでも手こずる相手ですからね」
「お前よく無事だったな」
「回避に専念してましたから。それに向こうもこっちを落とす気がないって言うか、ただ近付けないようにしてるだけみたいなんで」
なるほど、ならそこを突かせてもらうとしよう。
ムウが旋回し再び攻撃を仕掛ける。
「地球軍にもこれだけのパイロットがいるとは」
クリスは敵パイロットの技量に驚きながらも油断する事無くビームライフルを構える。
シオンの命令だ。
他を近づかせる訳にはいかない。
「ナチュラル風情が調子に乗らない事だ!」
スカイグラスパーのビームを防ぎながら放ったクリスの射撃が正確にムウの機体を狙ってくる。
ギリギリのタイミングで機体を逸らしビームをやり過ごした。
「そう簡単にはいかないってことか!」
だがそれで諦めるムウではない。
再び体勢を立て直すとトールと共に突っ込んでいった。
ムウ達が連携を組み、クリスと戦っていた時も甲板の上では死闘が繰り広げられていた。
1対1の戦いになっているとはいえ、押されている事に変わりはない。
アストはシグルドの斬撃を掻い潜り、ビームサーベルを振り下ろす。
しかしそれをあっさりかわされると逆方向からのビームクロウが迫る。
それをどうにかシールドで逸らしながら、至近距離からタスラムを放つ。
完全に防戦一方である。
シオンの技量も高く厄介だが、問題はあの機体だ。
敵機は最初から何の遠慮も無くビーム兵器を乱発してくる。
それにも関わらず今だパワーダウンの兆候すら見えない。
しかしこちらは限界に近かった。
すでにバッテリーが危険域に入っているがこの状況では補給に戻る事もできない。
横目で周囲を見るとキラの方もシグルドに押されている。
イレイズほどではないにしろストライクの方も限界は近いはずだ。
予備の装備に換装しようにもトール達も手一杯。
何より換装を簡単にさせてくれるはずもない。
現状は手詰まりに近い状態になっていた。
「くそ!」
イレイズの振るったビームサーベルをシグルドは軽々と受け止める。
アストはここで賭けに出た。このままではジリ貧なだけだ。
ならば―――
イレイズの攻撃を簡単に防いだシオンはビームサーベルを振りかざす。
「ここだ!!」
アストはシールドを捨て左のアーマシュナイダーをスライドさせて抜き放つとシグルドの腕に叩きつけた。
実剣であるアーマーシュナイダーではPS装甲は貫通できないが、ビームサーベルの一撃を逸らす事はできる。
「チィ」
予想外の反撃にシオンは思わず舌うちをした。
今の一撃で仕留めるつもりだったのだ。
アストはアーマシュナイダーから手を離し、ビームサーベルで袈裟懸けに振り下ろす。
タイミング的に避けようがない。
これで殺ったか!?
しかしシオンはシグルドを上方に逸らし腹部のビーム砲を発射する。
ビームに巻き込まれた左腕は消し飛ばされ、そして同時に振るったビームクロウでイレイズの胴体を斬り裂いた。
「ぐああああ!!」
損傷を受けながら、イレイズは甲板に倒れ込んだ。
「こんなものだろうな」
本来なら今のをコックピットに放つ事も出来たがシオンはあえてそれをやらなかった。
そんな呆気ない最後は許さない。
もっと苦しめてから殺すのだから。
倒れ込むと同時にPS装甲が落ちる。
限界時間、そして損傷の為だろう。それを見ていたキラが叫ぶ。
「アスト!!」
「おいおい、仲間心配してる場合かよ」
「邪魔するな!!」
マルクはサーベルを避け、同時にビームクロウを叩き込む。
光爪による一撃を前にストライクはどうにかシールドを掲げるが、今回は体勢が悪く、逸らす事が出来なかった為に正面から受け止めてしまった。
その攻撃で力負けしてしまい、機体が大きく弾き飛ばされてしまう。
「ぐっ!」
「休んでる暇はねぇぞ!」
マルクは体勢を崩したストライクに追撃をかけ、ビームサーベルを振り下ろす。
機体を横に転がすように何とか避けるが、これではとてもアストの援護にはいけない。
「もう終わりか、アスト」
「う、うう、くそ!!」
操縦桿を動かしてみるが全く反応がなかった。
先の一撃を受けて損傷した時、駆動系がやられてしまったのかもしれない。
「つまらんな、こんなものか」
「まだ!」
何とか動かそうと色々試すが機体が動く気配はまるでない。
そんなイレイズを見下ろしていたシオンは普段は見せない残酷な笑みを浮かべ、挑発するようにアストに声を掛けてくる。
「良い余興を思いついたぞ、アスト」
「余興だと!?」
シグルドはスラスターを使い上昇するとアークエンジェルの砲火を避けながら、ブリッジの前に佇んだ。
「この艦から先に沈めるというのはどうだ? 友達が乗ってるんだろこれに。あの時の再現さ」
脳裏に昔の光景が浮かぶ。大切なものがなくなる瞬間が。
「や、やめ―――」
「お前の愚かさと無力さを知れ」
嘲るように言葉を紡ぎ、ゆっくりとビームライフルをブリッジに突き付けた。
キラも、ムウも、トールも敵の迎撃に手一杯、とてもそれを阻止できる位置にはいない。
それを知っているからアストは必死にイレイズを動かそうと操縦桿を動かす。
「動け! イレイズ! 動けぇ!!」
誰も間に合わない!
「動けェェェェェェェ!!!」
「もう遅い!」
愉悦の笑みを浮かべながらシオンが引き金を引く。しかし―――
まさに一瞬。
何処からともなく放たれたビームの一射が、シグルドのビームライフルを捉え吹き飛ばした。
「何だとッ!?」
急速に接近してきた『ソレ』はシオンのシグルドに腰から抜いたビームサーベルで斬りかかる。
その斬撃を受け止めたシオンだったが、同時に繰り出された蹴りをお見舞いされ吹き飛ばされてしまった。
「あ、あれは……」
アストの視界に映っていたもの―――それは蒼き翼を持った天使だった。