アスト達はアークエンジェルに乗り込み、再び宇宙へと飛び立とうとしていた。
オーブのマスドライバーの修復も終わり、本土防衛軍の再編も落ち着いた。
これからは宇宙が戦いの主戦場になる。
それに備えてこれから宇宙での演習が行われる事になり、アークエンジェルも演習に参加するために宇宙に向かう事になったのである。
「各ブロックの機密チェックは厳に!」
マリューの指示に従い、全員が忙しなく動いていく。
フレイは手元を見ながらマリューに問いかけた。
「艦長、私達も演習に参加すると聞きましたけど」
「ええ、そういう事になるわね」
アークエンジェルは数少ない激戦を潜り抜けた艦である。
宇宙での戦闘経験も多い。
今回の演習でも注目される事になるだろう。
「その後はどうなるんですか?」
「まだ未定よ……もしかするとアスト君達を迎えに行く事になるかもしれないわね」
「アスト達は大丈夫なんですか?」
サイの指摘に皆不安げな表情になった。
彼らの任務はプラントに潜入する事、流石に敵の中に潜入するとなれば心配にもなる。
「…そうね、詳しい事は聞いていないけど、レティシアさんが一緒に行くようだし、大丈夫よ。それより無駄話はここまで」
「「はい」」
とはいえマリューも気にならない訳ではない。
潜入する事になった者は万が一の時に備え、この一ケ月間生身の訓練も行った。
キラやトールといった面々も参加し、銃やナイフの使い方などを学んでいた。
だが一ケ月でそう簡単に成果が出るとも思えない。
やらないよりはマシといったところだ。
「艦長、準備完了しました!」
マリューは思案を打ち切ると合図を出す。
「……アークエンジェル発進!!」
「了解!」
ノイマンが返事をすると同時にアークエンジェルが発進すると重力を振り切ってそのまま宇宙へと上がって行った。
向かう先はオーブの軍事ステーションであるアメノミハシラである。
ここで大規模演習は行われる事になる。
◇
大気圏を抜け、宇宙に出たアークエンジェルの展望室から地球を見下ろしている少女がいた。
肩にトリィを乗せ、外を見るその瞳は酷く悲しげである。
「マユ、ここにいたのか」
「アストさん」
外の景色を見ていた少女マユ・アスカはアストの声に振り返る。
そこには先ほどまでの悲しみはない。
むしろ強い決意が瞳に宿っている。
「もうすぐアメノミハシラに着く。準備は?」
「大丈夫です」
「よし、では行こう。レティシア達も待っている」
「はい!」
2人は展望室を後にすると格納庫に移動してする。
アストはマユに気がつかれないようそっと様子を窺った。
どうしてこうなったのか―――いや、これで良かったのか。
未だに納得できない部分もある。
この少女を危険に巻き込み、挙句これから一緒にプラントに潜入するなんて、やはり間違っているのではないだろうか。
「アストさん、どうしました?」
「いや……」
気まずい雰囲気を振り払うため、アストは彼女に再び問いかける。
「……本当にいいのか?」
「はい、私の選んだ事です」
もう何度も繰り返した問答で、彼女の答えは変わらない。
事の起こりは彼女の兄を治療するため、そして情報収集の為にプラントに行く事を彼女に話したのが始まりだ。
それを聞いた彼女は自分も行くと言い出したのだ。
兄の事が心配で仕方ないのは分かる。
しかし当然了承する事などできない。
みんなで「危険だ」と言って止めたのだが、頑として譲らなかった。
そこでレティシアが条件を出した。
アストの為に組まれた訓練メニューを一ケ月間、マユも共に受ける事。
そしてついてこれなくなった時点でプラントに行く事はあきらめるという条件である。
彼女はその条件を迷う事なく了承。
その時から厳しく、そして対等に接するため、マユの呼び方を変える事になった。
正直かなりきつい訓練であったが、それでもマユは弱音を吐く事はなく、最後までついてきた。
結果、彼女もプラントに同行する事を許可されたのだ。
「……マユ、もしなにかあっても無理するな。俺が守る」
アストははっきりと告げた。
何度言った言葉だろう。
そう言いながらも、守れなかった命も多い。
それでもこの子は死なせない。
それはレティシアも同じだろう。
彼女はマユの訓練に熱を入れていた。
それは何があってもいいようにという彼女の配慮であり、それだけ心配だったに違いない。
「はい、ありがとうございます、アストさん」
その言葉を聞いたマユは少し頬を赤く染めて笑顔で頷いた。
エレベーターを降り、格納庫に入ると、そこではレティシアが待っていた。
「来ましたね」
「すいません、お待たせしました」
そばにはキラやラクス、トール達もいる。
見送りに来たらしい。
「アスト、気をつけてね。マユも」
「ああ」
「はい」
「私も共に行きたかったのですが……」
「ラクスさんはここにいてください。大丈夫です、必ず戻りますから」
「ええ、待っています」
トールも努めて明るく振舞って、アストの肩を叩く。
「こっちの事は心配しなくていいからさ。アークエンジェルは演習に参加するだけだし」
「調子に乗るな、トール。スカンジナビアのパイロット達もいい腕してるぞ。舐めてたら痛い目に遭うぞ」
「わ、わかってますよ、少佐」
調子に乗るトールとそれを諌めるムウ。
相変わらずの光景にホッとすると同時に頭の隅に追いやっていた事実を思い出してしまう。
―――エフィム・ブロワ
本当なら彼もここにいる筈だった。
それがあんな機体に乗って―――
すでに彼とあの機体の事はみんなに話してある。
キラもムウも驚いていたが、一番ショックを受けていたのは間違いなくトールだ。
終始なにか考え込んでいたようだし、「今度は俺が話す」とそう言っていた。
しかしあのエフィムはどこかおかしかった。
こちらの事も分かっていなかったようだし。
そんな風に考え込んでいると、横から医療カプセルに入ったマユの兄である少年がシャトルに運び込まれていく。
カプセルを運び込んだのを確認し、レティシアがアスト達を見て頷いた。
「行きましょう、二人共、早く乗ってください」
「はい」
「じゃ、キラ、ラクス、トール、少佐、後を頼みます」
「うん」
「気をつけてな」
「行ってきます!」
レティシア、マユとシャトルに乗り込むと席には先に座っている人物がいた。
「待たせたな、イザーク」
そこにいたのは名実共に同盟軍所属となったイザーク・ジュールだ。
今回の潜入にはプラントに詳しい人間が必要という事で彼にも白羽の矢が立った。
アスト達の参加した訓練も軍人であったイザークが直接指導してくれたのだ。
「別に……」
イザークは腕を組み、不機嫌そうに答える。
しかしアストやレティシアは気にする事なく席に着いた。
彼の不機嫌顔はいつもの事だからだ。
だがマユはそう取らなかったのだろう。
青い顔でイザークに近づくと勢いよく頭を下げた。
「す、すいません! 遅くなってしまいました!!」
その様子に流石のイザークも慌てたように取り繕う。
「い、いや、俺は怒っている訳ではなくてだな……」
「で、でも」
「いいから、座れ」
「……はい」
マユは落ち込んだようにアストのそばに座った。
「……不器用な奴だな」
苦笑しながらアストはマユに小声で囁いた。
「マユ、イザークは怒っていないぞ」
「え」
レティシアもくすくす笑いながら小さな声でフォローした。
「あれでもあなたの事を気遣っているのですよ」
マユがイザークを見ると変わらず不機嫌そうにも見えるが、こちらをチラチラ窺っていた。
イザークなりに気にしているらしい。
それに気がついたマユは笑みを浮かべる。
「では行きましょうか」
「はい!」
アークエンジェルより四人を乗せたシャトルが発進した。
◇
プラントのある執務室でアスランはそわそわしながらソファーの上に座っていた。
何度か深呼吸し、落ち着こうとするが上手くいかない。
ここまで緊張するのにはもちろん訳がある。
ここは『宇宙の守護者』と呼ばれた英雄、エドガー・ブランデルの執務室なのだ。
アスランはイレイズとの戦いで負った傷を癒すためにプラントに帰国し、しばらく治療に専念してようやく退院できた。
その後、ユリウスとの約束通りエドガーの元を訪れたのだ。
あっさり執務室に通されたまでは良かったのだが、これから会うのは誰もが知っている英雄である。
そう考えれば緊張するというもの。
そんな事など知る由もなく、エドガーが部屋に入ってきた。直立不動で立ち上がり、敬礼する。
「失礼しています。クルーゼ隊、アスラン・ザラです!」
そんなカチコチに固まったアスランにエドガーは苦笑しながら手で制した。
「そんな畏まらないでくれ、アスラン・ザラ。今日はあくまで私的な場なのだから」
「は、はい」
エドガーが反対側に座るのを見て、アスランもソファーに腰かける。
「さて、まずは私の自己紹介からかな。エドガー・ブランデルだ。初めまして」
「はい」
握手を交わし、話を始める。
そうしている内に緊張も解れたのか、スムーズに今までの出来事、前線で見たもの、ユリウスから聞いた事。
そして迷っている事を話す事ができた。
「なるほどな」
「ユリウス隊長から聞きました。ブランデル隊長ならばプラントの裏側を教えていただけると」
「ああ、確かに知っている。だがそれを聞く覚悟が君にあるかな?」
「……お願いします!」
このままでは前に進む事もできない。
以前のように盲目的に軍の命令に従っていく事は出来なくなってしまった。
だからこそすべてを知り、答えを出さなくてはいけない。
手の中の石を握るとそれだけであの伝道所での出来事が蘇る。
アスランには責任があるのだ。
「……わかった」
エドガーは手にした端末を操作し、データを呼び出しそれを見せてくれた。
そのデータを読み取ったアスランは驚愕のあまり立ち上がる。
「なんですか、これは!」
表示されていたのはNジャマーキャンセラーのデータ。
それを搭載し、核動力で動く新型のモビルスーツの資料だった。
しかもその内の1機には自分が搭乗する事になっている。
ZGMF-FX002 『ジュラメント』
この機体はイージスと同じく可変機構を持ち、モビルアーマー形態に変形でき、高い機動性を誇る機体のようだ。
武装はビームライフルなどの基本装備にバックパックの両端にプラズマ収束ビーム砲。
さらに先端にはビームキャノン、イージスと同じく両手両足にビームソードを装備。
変形しても両翼にあるビームウイングを展開する事で接近戦にも対応できる。
これがアスランの新たな力だった。
これならばイレイズに―――アスト・サガミに勝てるかもしれない。
しかし―――
「……何故、何故こんなものを!」
「落ち着きたまえ、アスラン」
その言葉に我に返ると、気まずそうにソファーに座った。
「……申し訳ありません」
「気にする事はない。君の立場なら当たり前だ」
核はユニウスセブンを破壊し、母の命を奪った力である。
アスランが動揺するのも無理はない。
「だが、残念な事にこれだけではないんだ……これは極秘のデータだ。口外しないように」
そう言ってエドガーが見せたデータはアスランをさらに動揺させた。
「あ、ああ、これは……」
アスランが見たのはとある兵器のデータだった。
『ジェネシス』
ザフトの最終兵器である、ガンマ線レーザー砲。
こんな物が地球に放たれれば、どうなるか、想像もしたくない。
「これを君の父上が建造している」
「ち、父上がこんなものまで……」
脱力しソファーに座り込んだ。
覚悟はしていたがこれほどの事実とは思っていなかった。
呆然としていたアスランは徐々に決意に満ちた顔つきになる。
「無茶な事はやめたまえ」
その言葉にハッと顔を上げるとエドガーが厳しい顔でこちらを見据える。
「君が考えている事は分かる。止めようと思っているのだろう」
当然の事だ。
あれが放たれるという事は地球にいるあの少女セレネや子供たちも巻き込まれる事になる。
それだけはさせない。
たとえ、命を捨てる事になっても。
「……そんな事をすれば殺されるだけだ」
「それでも、俺は―――」
家族だ。
父上を止めなくてはいけない義務がある。
「それは君の自己満足だよ。なんの解決にもならない。仮に上手くいっても、その先はどうするんだ? 君はただでは済まない。その上戦争はまだ続く」
「……」
「何より君のような若者こそ、この先の未来には必要だ。無駄死にはさせられない」
その言葉にアスランは黙って俯いた。
「……では、どうしたら?」
黙って見ている事は出来ないというのに。
「ではお父上の本心を聞いてみてはどうかな?」
「えっ」
「いきなり過激な方法を選ぶのではなく、まずは話をしてみるといい。 君らは親子だろう?」
確かに。
まずは真意を確認しなくてはいけない。
「とはいえ今の君を一人で会わせる訳にはいかないな。私も行こう」
「ブランデル隊長、しかし……」
「邪魔はしないさ。それに私も別件で呼び出されていてね」
エドガーは立ち上がるとアスランを伴い外に出ると車に乗り込み、国防委員会本部を目指す。
シートに座ったアスランはもう1つ気になっていた事を聞いた。
「……ユリウス隊長がもし俺がまだ戦う道を選ぶなら自分達と来いと言っていました。どういう意味でしょうか?」
「……話してもいいが、それは後だ。まずお父上と話をしてからの方がいい」
「分かりました」
車を本部の傍につけると2人で降りると本部の中に入り、パトリックがいるであろう部屋へと通された。
普通ならこんなに簡単ではない。
もっと入念なチェックと手続きが必要になる。
エドガー・ブランデルがそれだけ信用されているという事だろう。
「失礼します」
入室すると、忙しなく作業を進めるパトリックの姿があった。
こちらの姿を確認すると手を止める。
しかしその視線は厳しく、まるで罪人を見るような目だった。
「……ブランデル、何故アスランがいる? 呼び出したのは貴様だけのはずだが?」
「いえ、ちょうどご子息とお会いしましてね。久しぶりにお話してはどうかと思いまして」
「余計な事だ。まあいい、それより貴様に聞きたい事がある」
「何でしょう」
パトリックは鋭い視線をエドガーに向ける。
それはプラントの英雄に向ける視線ではなく、明らかに敵意が籠っていた。
「……貴様、何をしようとしている?」
「何のことでしょう?」
「とぼけるな!!」
パトリックの怒号が飛ぶ。
しかしエドガーはアスランでさえ竦み上がるほどの声だというのに平然としている。
「最近プラントを退去する者たちが増えてきた」
プラントからの退去?
戦争中だから共考えられるが、しかし退去してどこへ行こうというのか。
「ふん、逃げ出した者たちなど本来はどうでもいい事だ! だが不自然なほど数が多く、しかもどこに行ったのか全くつかめない!」
「それが私と何の関係があるのですか?」
「知らんとでも思っているのか! 貴様に従う者達『ブランデル派』だったな、プラントから退去した者たちが最後に接触したのは貴様の手の者だという事は分かっているのだ!」
その指摘にため息をつくと首を振った。
「私は知りませんね」
「貴様ぁ!」
「お話は以上ですか? ならアスラン、君が話すといい」
「えっ」
パトリックは敵意を超えて殺意の籠った目でエドガーを睨みつけている。
こんな状況で話が出来るだろうか。
いや、どんな状況でも同じだ。
自分が話す事は結局パトリックを怒らせる結果になる事は変わらない。
アスランは一回だけ深呼吸すると前に出る。
「……父上はこの戦争をどうお考えなのですか?」
「何?」
「いえ、この戦争をどうする気なんですか? 俺はそれを聞きたくてここに来ました」
パトリックは机に拳を叩きつけると、アスランの前に立つ。
「何も知らん子供が知った風な口を―――」
「何も知らないのは父上ではありませんか? 撃っては撃ち返され、戦いが新たな戦いを呼ぶ、そんな事の繰り返しです。犠牲は増えていくばかりだ!」
アスランの脳裏にあの子供達の―――セレネの姿が浮かぶ。
あんな子供たちをあと何人生み出す事になるのか。
「どこでそんなくだらん事を吹き込まれた!! ブランデル、貴様かぁ!!」
その言葉にエドガーは心底呆れかえった。
アスランは子供ではない。
自分で考え、そして世界を見てきたのだ。
その上の考えだと思い至らないのか。
「どうせレティシア・ルティエンス共が生きていたのも貴様の手引きだろうが!」
「なっ」
「……彼女達が生きていた?」
やはりそうか。
予測はしていたが、彼女達は生きていたらしい。
だがアスランは困惑気味にエドガーを見る。
「どういう事です? 彼女達は事故で死んだのでは?」
そういえばアスランとラクスは婚約者同士、その護衛であったレティシアとの面識もあったはず。
事情を知らない彼が動揺するのも無理はない。
「アスラン、それは後で話そう。それより本当なのですか?」
「ふん、特務隊から報告があった。オーブ戦で確認した新型モビルスーツを解析した結果、消されたZGMF-Xシリーズだと判明した! ナチュラルに与するとは、『戦女神』も落ちたものだ!」
同盟軍が彼女達を保護し、ZGMF-Xシリーズを開発したという事だろう。
だがアスランはそれどころではない。
彼女は、レティシアは生きていたのだ。
胸の内を歓喜が満たすと同時にレティシアを貶めるパトリックの物言いに怒りが湧く。
「そんな事は今初めて知りましたよ」
「どうだかな! Nジャマーキャンセラーの事だけでなく、スピットブレイクの攻撃目標を漏らしたのも貴様達だろう!!」
「それこそ、私が―――」
「父上は何故Nジャマーキャンセラーなど開発したのですか?」
アスランはわざと二人の問答を遮るように大きな声を出した。
これ以上彼女を貶めるような発言は聞きたくなかったからだ。
何よりこの事だけは絶対に聞いておかなければならない。
「ユニウスセブンを破壊したのは核です! だからこそプラントはすべての核を放棄し―――」
パトリックはアスランの胸倉をつかみ上げて睨みつける。
「もちろん勝つためだ!! そしてナチュラル共を一人残らず殲滅するために必要なのだ!! 我々が戦っているのはその為だろう、そんな事さえ忘れたのか貴様は!!」
その言葉にアスランは凍りついた。
今、何と言ったのだ?
ナチュラルを殲滅する?
相手が父親である事も忘れ、呆然とパトリックの顔を見た。
怒りと憎しみ、それしか読み取れない表情。
分かっていた事だ。
エドガーに『ジェネシス』のデータを見せられた時から、父は本気だと。
それでもアスランはどこかでまだ父を、パトリックを信じたかった。
これは何かの間違いだと。
だが結果は――――
パトリックはアスランを突き飛ばすと、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「もういい、時間の無駄だな。さっさと退室しろ。しかしブランデル、貴様の嫌疑が晴れた訳ではないぞ。それを忘れるなよ」
アスランにも分かる。
これは最後通告だ。
ただの軍人や議会の議員ならとっくに拘束していただろう。
しかしエドガーはプラントの英雄である。
その影響力は侮れない。
証拠もなく拘束などすれば、ザフトが分裂する危険すらあるのだ。
「……了解しました。議長、一つお願いがあるのですが」
「……なんだ?」
「アスラン・ザラをわが隊に転属させたいのですが、どうでしょうか?」
「貴様」
たった今最後通告を受けたばかりなのに、何を考えているんだ?
驚きと困惑で固まったアスランを尻目に2人が睨みあう。
しかし意外にもパトリックは席に着くとあっさり了承した。
「好きにしろ。どうせ『消滅の魔神』に後れを取るような者だ。クルーゼ隊にいても足手まといになるだけだろうからな」
「ッ!?」
アスランは拳を強く握る。
その通りだ。
確かに俺は奴に負けた。
反論のしようもない。
だがそれを他でもないパトリックに突きつけられたのはショックだった。
ここに来てその言葉が一番アスランを傷つけた。
「ありがとうございます、議長。では失礼します」
エドガーとアスランは共に退出するため背を向けた。
そしてその背中にパトリックは吐き捨てる。
「……失望したぞ、アスラン」
「……それは俺もですよ」
アスランは本部を出るまで一言も話さなず、再び車に乗り込む。
「済まなかったね、アスラン」
「……いえ、父の本音を聞けただけで十分です」
自身の決意はより強固になった。
止めなくてはならない。
そしてエドガーにも聞かなくてはならない事がある。
「ブランデル隊長、そろそろすべてを教えていただけますか? 俺をあなたの部隊に転属させたことを含めて」
「……そうだな。君に教えよう、そして共に来てほしい」
そしてアスランにすべてが開示された。
アスト達がプラントに向かって移動していた頃、アメノミハシラとヴァルハラの中間地点で大規模な軍事演習が行われていた。
今回の目的はあくまで宇宙戦闘に慣れる事。
そしてオーブ、スカンジナビア両軍の連携強化である。
それにより両軍が混合された編成になっており、2国のモビルスーツが入り混じった戦場となった。
トールの乗るアドヴァンスデュエルが攻撃してきたアストレイの攻撃をかわすと逆にビームライフルで撃ち落とす。
無論ライフルから放たれたのは実弾ではなくペイント弾である。
「よし、次!」
撃墜となったアストレイを避け、次に迫ってきたスルーズの攻撃を旋回してかわし、一気に懐まで飛び込むとビームサーベルを叩きつけた。
こちらも本当のビームサーベルではなく訓練用のダミースティックとなっている。
小気味よく次の敵に向かおうとすると、ムウから通信が入ってくる。
「トール、なにやってる! 1人で突出し過ぎだ。そのままじゃ囲まれるぞ!」
「大丈夫ですってば、これくらい」
ビームサーベルで斬りかかってきたアストレイの攻撃をシールドで逸らし、シヴァを放つ。
また1機撃墜したところに、3機のアストレイがビームライフルで狙ってくる。
「これ以上はやらせないわよ、トール君!」
「ジュリ、回り込んで!」
「分かった!」
アレに乗っているのはアサギ達らしい。
トールは向ってくるマユラ機にビームライフルを投げつけると、そのままでデュエルを突っ込ませた。
「えっ!?」
ビームライフルを投げてきた事に虚をつかれたマユラは一瞬硬直し、動きを止めてしまう。
トールはニヤリと笑うとその隙にビームサーベルを叩きつけた。
「きゃあああ!」
吹き飛ばされて撃墜となったマユラが抜けた穴から離脱を図る。
「何やってんのよ、マユラ」
「大丈夫?」
「やられちゃったぁ」
しかしアサギは焦ることなく笑みを浮かべる。
これは作戦通りなのだ。
「トール君、こっちの勝ちね」
そんな事とは知らず離脱したトールを待っていたのはこちらを囲むように待ち構えていた数機のスルーズ、そしてもう一機。
STA-S2 『フリスト』
スルーズの上位機である。
外見はスルーズに比べややスマートになり、スラスターが強化されているため機動性が格段に向上、武装も基本装備に加えバズーカやビームガトリングなど増設されている。
「げっ、これって」
スルーズやフリストに囲まれたトールは罠に嵌った事に気がついた。
「ヤバいかぁ。でもあのフリストを突破すればまだなんとか―――」
トールの言葉は最後まで続かなかった。
目の前のフリストはビームサーベルを構えると一気に突っ込んで来たからだ。
「なにっ!?」
咄嗟にシールドを掲げ防御するがその際に蹴りを入れられ体勢を崩される。
再度接近してきたシヴァを撃つがあっさりとかわされ、懐に入られてしまう。
「なんなんだ、このパイロット!?
その腕前は間違いなくエース級、というか普通のパイロットじゃない。
トールが目の前のフリストに引きつけられた隙に別のスルーズがビームライフルで左腕を撃ち抜かれてしまう。
「げ、まずい!」
そこまでだった。
隙を作ったデュエルにフリストは背中に装備されたビームガトリングを撃ち込み、その直撃を受けたトールは撃墜されてしまった。
それはアークエンジェルのブリッジでも確認されていた。
「……ケーニッヒ機、ブラッスール機に撃墜されました」
アネットは呆れながら報告する。
それ聞いたフレイは思わず頭を抱えた。
「1人突出して、あんな罠に引っ掛かった挙げ句に撃墜されるなんて」
「はぁ、トールの奴」
サイも呆れ気味だ。
ミリアリアだけが不安そうに画面を見ている。
実戦だったら、そう考えているのだろう。
そんなミリィを気遣ったのかフレイが頭を抱えながら言った。
「ミリィ、後でトールを説教しておいて」
ミリアリアは驚いた顔の後、苦笑すると頷いた。
「うん、わかった!」
「ケーニッヒ機が抜けた穴を塞ぐ、第一部隊を側面に!」
「了解!」
マリューの指示に合わせて部隊が動き、ムウのアドヴァンスストライクが先頭に立ち敵軍を抑える。
そんな中でフリーダムとジャスティスは対峙していた。
「いくよ、ラクス」
「ええ、いつでも」
キラはビームサーベルを抜くとジャスティスに斬りつけた。
ラクスはサーベルを後退してかわすと、フォルティスビーム砲でフリーダムを狙う。
それを掻い潜るようにジャスティスの懐に飛び込むが、リフターを分離させ攻撃を回避するとラクスもハルバード状態にしたビームサーベルを振るう。
「やるね、ラクス」
「キラも流石です」
フリーダムはビームライフルを撃ちこむと、回避しながらジャスティスもまた撃ち返す。
大したトラブルも無く、演習は予定通り順調に進み、終了した。
オーブ戦艦クサナギのブリッジに座って指示を出していたカガリはホッと息を吐く。
「キサカ、部隊をまとめて、アメノミハシラに引き上げるぞ。各指揮官に今回の演習に関する報告―――」
「カガリ、スカンジナビア軍の方から通信が入っている」
演習中に何かあったのだろうか?
「わかった、こちらに繋げ」
カガリはモニターに映った指揮官と話し始めた。
アークエンジェルから発進したアスト達はようやくプラントへと辿りついていた。
アメノミハシラからコペルニクスに行き、そしてそこからクライン派の手引きでプラントに渡ったのである。
その為、結構な時間が掛かってしまった。
シャトルの窓から大きな砂時計が見える。
「あれがプラントなんですね……」
「ああ、そうだ」
マユが初めて見たプラントを複雑な顔で見つめていた。
家族の事を考えればマユの気持ちも解る。
アスト自身もそうだからだ。
「アスト君、大丈夫ですか?」
「……ええ、ありがとうございます」
心配そうなレティシアに笑顔を向ける。
今回は彼女が中心で動くことになる。
余計な負担は掛けられない。
「ここからが本番だ。気を抜くなよ」
「はい」
「ああ」
イザークが先導する形で港を後にし、予め用意されていた車に乗り込んだ。
プラントに住んでいたイザークとレティシアは一応変装らしき格好をしている。
といってもイザークはサングラスをかけ、レティシアは長い髪を束ねているだけだが。
そんな物で大丈夫なのかとも思ったが、レティシア曰く「ラクスならともかく軍人の顔なんてそう覚えている人はいませんよ」という事だ。
マユの兄はプラントに着くと同時に運び出され、先に病院に向っている。
クライン派の息のかかった場所らしく、危険はないとの事。
鵜呑みにはできないが、ここは信用するしかない。
運転している者にイザークが質問する。
「どこに向っている?」
「我々の代表者の所です。ぜひ皆さんと話がしたいとの事です」
「代表者? 誰か聞いてもかまいませんか?」
「ギルバート・デュランダル様です」
レティシアに視線を向けると、首を振った。
どうやら知らないらしく、イザークも同様のようだ。
「もうすぐ着きますので、お話はそこで」
運転手の言う通り、目的の場所であるホテルにはすぐに辿り着いた。
そう大きくはないがそれなりに豪華な場所である。
「こちらにどうぞ」
車から降りた所に待っていた男に先導され中に入るとエレベーターに乗り込み、指定された階で降りた先の部屋へ案内される。
「こちらです」
中にはいると数人の男と秘書と思われる女性。
そして中央に黒髪の男が立っていた。
おそらくこの男が―――
「ようこそ、プラントへ。私がギルバート・デュランダルです。わざわざ来てもらって申し訳ない」
「いえ、こちらが無理を言っている立場ですから」
レティシアがそういうとデュランダルは笑みを浮かべた。
「……なにか?」
「失礼。『戦女神』とお話できるとは光栄ですよ」
「それはザフトの上層部が勝手に言っているだけです」
一見穏やかに会話をしているように見える。
しかしレティシアは内心警戒していた。
この男からは嫌なものを感じたのだ。
「……そろそろ、本題に入りませんか?」
レティシアが切り出すとデュランダルも真面目な顔で頷いた。
「そうですね。我々もいくつかお聞きしたい事があります」
「何でしょうか?」」
「1つ、ラクス・クラインは今どうされているのか? もう1つはあなた方はNジャマーキャンセラーをどうするつもりなのか? 最後に私達と協力してもらえるのか? これだけです」
「……そうですね。まず1つ目、ラクスの事ですが、彼女はプラント脱出後に死亡しています」
レティシアの回答にその場にいた者たちが驚き、デュランダルも眉間に皺をよせ考え込んでいる。
これはラクスの身を守るために事前に決めていた事だ。
「……そうですか。彼女には我々を率いて貰いたかったのですが」
やはりそういうつもりだったらしい。
彼女の無事を伏せたのは正解だったようだ。
「2つ目、Nジャマーキャンセラーについての事ですが、同盟軍はこれを地球軍に渡すつもりは一切ありません」
「それを聞いて安心しました。あなた方を疑っていた訳ではありませんが、それでも不安ではありましたから」
「そして最後の質問ですが、協力する事に問題はないと思います。しかしそれは私達が独断で決めて良い事ではありませんから、そういうお話があった事を上へ伝えるという答えでは駄目でしょうか?」
「いえ、それで十分ですよ。我々は早くこの戦争を終わらせたいと思っているのですから」
デュランダルは秘書に指示すると、一枚のディスクを取り出す。
それをレティシアに手渡した。
「これは?」
「我々が集めた情報ですよ。これをお持ち下さい」
こんな物まで渡してくるとはどういうつもりだ、この男は?
「……何故こんな事まで」
「言ったはずですよ。私達はあなた達と協力し、この戦争を早く終わらせたいのだと。これはその第一歩だと思ってください」
笑顔で言うデュランダル。
しかしアストはこの男を信用できない。
先程一瞬だが目が合った。
彼の目は笑っておらず、何か別のものを見るかの様な、そんな目だったのだ。
「では皆さんはこれからどうされるのですか?」
「……私達は少しプラントを見て回った後、帰国します」
「そうですか。帰りのシャトルもこちらにお任せ下さい」
「ありがとうございます」
話が終わり掛けた頃、今までずっと黙っていたマユが声を上げた。
「あ、あの!」
「ん、なにかな?」
「お兄ちゃんの事ありがとうございました」
「そうか君が彼の家族か。彼の事は任せておきたまえ」
「は、はい」
「では、失礼します」
「何かあればまた連絡してください」
レティシアの達が退出するのを見計らって秘書の女性がデュランダルに話しかける。
「よろしいのですか、あれで」
「ああ、十分だよ」
今回の事で同盟軍と接点が持てた。
協力関係もプラントの情報が手に入らない今、断ってくる事はない。
「それにしても彼には疑われてしまったかな」
アスト・サガミ―――つい彼を観察してしまった。
出来ればキラ・ヤマトにも会いたかったのだが、今回は仕方がないだろう。
デュランダルは手元の端末を操作する。
表示されたデータは運び込まれたマユの兄、シン・アスカの物だ。
それを見た瞬間、思わず笑みを浮かべた。
「……これは思わぬ収穫だな」
「どうされたのです?」
「いや、思わぬところから駒が1つが手に入った。しかし、これならば是非彼女も欲しかった」
惜しい事をした。彼の妹マユ・アスカ。
彼女も手元にあれば、なお良かったのだが。
デュランダルは苦笑すると端末を閉じた。
ホテルを出たアスト達は町を歩いていく。
やはりプラントの技術は発展しているだけあって他の国とは違い、見ているだけで目を引かれるものばかりだ。
ホテルを離れ、しばらく歩いたところでイザークが口を開いた。
「……どうやらつけられてはいないようだな」
その言葉にマユはハァと息を吐く。
「上手くいって良かったですね。あのデュランダルって人も良い人みたいでしたし」
マユの言う通り上手くいったのだが、どうもすっきりしない。
アストやレティシアが暗い顔をしているのが気になったのか、イザークが不思議そうに聞いてくる。
「どうした? マユの言う通りだろう?」
「そうですね。確かにそうなんですが、上手くいき過ぎている気がします」
「ああ、それにあのデュランダルという男はどこか信用できない」
「え、なんでですか?」
「目だ。彼は穏やかに話しているように見えて、目は全然笑っていなかった。別の何かを観察している、そんな目だ」
レティシアも同感だったのか、難しい顔で考え込んでいる。
「……一応目的は達成しました。情報も手に入りましたし、マユのお兄さんはクライン派に任せておけば、とりあえずは大丈夫でしょう」
「はい」
マユとしては治るまでそばについていたいのが本音だろう。
だがそこまでプラントに留まってはいられない。
それだけ自分達の立場は危険なものだ。
バレたら間違いなくただでは済まない。
「余計な事に巻き込まれない内に、早くプラントを出ましょう」
「そうですね」
港に向かう途中で普通に売っている新聞や情報雑誌など数点を購入する。
重情な事が載っているはずもないが、現在のプラントを知るには十分だ。
必要な事はすべて行い、全員で港に移動する。
特に危険な事もなく、何とか任務完了した。
―――そう思った時だった。
突然レティシアの手を誰かが掴む。
「なっ、誰―――ッ!?」
レティシアの手を掴んでいたのは、アストも、そしてイザークもよく知っている相手―――アスラン・ザラであった。