ザフトが攻撃を開始したすぐ後にメンデル内部に侵入したユリウスとアスランはその光景に顔を顰める。
コロニーの中は放置されていただけあって、荒れ放題だったからだ。
敵を警戒しながら、周囲に気を配っていたアスランにユリウスが声を掛けた。
「アスラン、これから同盟軍に攻撃を仕掛ける訳だが、やりすぎるな」
「えっ、どういう事ですか?」
「彼らにはこの先やってもらう事がある」
「やってもらう事?」
重ねてユリウスに質問を返そうとしたところに、レーダーに反応があった。
「コロニーの中にモビルスーツ? 同盟軍か?」
レーダーの指し示す先にいたのは四機のモビルスーツ。その内の三機は同盟軍の量産機だが、もう1機は―――
「ストライクか……」
細部に違うを持ち追加装甲のようなものを装着、色も赤主体となっているが間違いなくストライクである。
MBF-02『ストライクルージュ』
ストライクガンダム改修の際に作られた予備パーツで組み上げられた機体。
違いとしては最初から改修されアドヴァンスアーマー装着を前提として開発されたパーツで組まれているため、オリジナルよりも性能は上である事。
武装面には変更点はなく、アドヴァンスストライク2号機というのが正しいかもしれない。
アスランは複雑な気分でモニターに映った機体を見つめる。
思えばアスト・サガミだけでなく、あの機体と出会ってすべてが狂ったように噛み合わなくなった。
そういう意味ではストライクも因縁の機体と言えるだろう。
「ユリウス隊長、同盟軍の機体です」
「そのようだな。見逃す訳にもいかない。いくぞ、アスラン」
「了解です」
躊躇う事無くペダルを踏み込み、狙いをつけてトリガーを引く。
当然ストライクルージュのテストを行っていたカガリ達も接近してきたザフト機に気がついていた。
「カガリ様!」
「分かってる」
アサギの叫びにカガリは静かに答えると素早く思案する。
自分についているのはアサギ、マユラ、ジュリの三人だけだ。オーブ戦役でも戦果を上げた彼女らではあるが、まだ未熟と言っていい。
そして自分も訓練は受けていても実戦経験の無い素人同然である。
引き換えザフトは青紫の機体と見た事もない形状の機体、おそらくエース機だ。
私達では足止めも難しいだろう。
何より自分達がやられたら誰が背後からの攻撃を知らせるというのか―――
アストも言っていた。
自分に出来る事をする、出来ない事は誰かに頼れと。
今すべき事は戦う事では無く、背後からの奇襲を知らせる事だ。
「全機、後退するぞ」
「ええ~! どうしちゃったんですか、カガリ様?」
「絶対戦うって言いだすと思ったのにぃ」
「どうやって止めようか考えてたんですよぉ」
「お前ら、私をなんだと思っているんだ!」
ま、まあ昔はそんな無茶ばかりしていた気がするけど、何時までも昔の自分ではない。
「あ~も~うるさい! さっさと退くぞ!」
「「「は~い」」」
カガリ達が後退すると同時に敵機が攻撃を仕掛けてくる。
ビームが直撃するギリギリで退避すると、反転し港を目指した。
「ほう、即座に撤退する事を選んだか」
「敵の指揮官は冷静なようですね」
味方の背後を守るために応戦してきそうなものだが、悪くない判断だ。
彼らにとっては応戦してくれた方が都合が良かった。
全機撃破すれば自分達の存在は知られず、背後からの奇襲も仕掛けやすかったのだが―――
しかしユリウスもアスランも焦らない。
敵には誤算があったのだ。
それは―――
「アスラン」
「了解です」
ジュラメントはゲイツの前に出て変形し、モビルアーマー形態になると同時に速度を上げる。
それは撤退していくカガリ達の予想を遥かに上回る速度だった。
「ちょ、嘘でしょ!?」
「は、速い!!」
明らかにこちらより速度で上回っている。
簡単に追いつかれてしまう。
「悪いが逃がす訳にはいかない」
アスランは逃げる敵機をロックする。
ターゲットは隊長機であるストライクだ。
敵機に回避先まで予測し、先端に装備されたビームキャノンのトリガーを引いた。
「カガリ様!!」
「くっ!」
放たれた閃光にカガリは操縦桿を力一杯引くと機体をわずかに掠めてビームが通り過ぎていく。
「避けられた?」
だがそれは勘違いであった事をすぐに思い知らされる。
「きゃあああ!!」
「アサギ!!」
先行していたアサギのアストレイにビームキャノンが直撃したのだ。
右腕を消し飛ばされ、バランスを保てなくなった機体はそのまま落下していく。
その事実にカガリは思わず戦慄した。
あの機体のパイロットはこちらが回避する事も、すべて予測してビームを放ったのだ。
つまりカガリが回避しようとうも、先行していたアサギはかわせないと踏んでいたのだ。
そして仮に2機とも避けられたとしても十分足を止める事はできる。
やはりあのパイロットはエース級、こちらに勝ち目はない。
「戦闘中に動きを止めるなんて!」
「しまっ――」
アサギに気を取られ視線を外した隙にアスランは一気にルージュに肉薄し、右腕から展開したビームソードを叩きつけた。
「逃がさない」
「そう簡単には!」
カガリはシールドを突き出してビームソードを防ぐが、敵はそんな反応をあっさり上回り、左足のビームソードを蹴り上げる。
ビームソードはルージュの持っていたビームライフルを破壊し、アスランはそのまま機体を回転させシールドで殴りつけた。
「反応は悪くないが、動きが甘過ぎる。素人か?」
「きゃああああ!」
「カガリ様!!」
ルージュは殴られた衝撃で地面に叩きつけられた。
激突する直前にスラスターを吹かしたものの、その衝撃は凄まじくカガリは一瞬意識を失いかける。
「あ、ああ、ぐっ、ハァ、ハァ」
「今助けに―――」
「く、来るな。お前達は、敵の、襲撃を、知らせろ」
「でも!」
「早く行け!!」
2機のアストレイは少し迷った末にそのまま港の方へ機体を反転させた。
カガリは目の前の紅い機体を見つめる。
反撃できる余裕もない―――やられる。
ジュラメントはビームライフルを構えるとこちらに狙いをつけた。
「これで終わりだ」
トリガーを引こうとした時、後方にいたユリウスが叫んだ。
「アスラン、避けろ!!」
「ッ!!」
その声に反応して操縦桿を引き、ジュラメントが後退した瞬間、凄まじいビームが機体がいた場所を薙いでいった。
「あれは……ストライクか!?」
アグニを構えこちらを狙っている機体は間違いなくストライクであった。
こちらもデュエルのような追加装甲を装備し、細部が変わっているが色はアスランの知る通り白だ。
「……キラか?」
アスランが逡巡していると、後方のゲイツが前に出てストライクに攻撃を仕掛ける。
「アスラン、ストライクは私がやる。お前はもう1機をやれ」
「もう1機?」
ゲイツとストライクの戦闘が始まるとほぼ同時に蒼い翼を広げた機体が近づいてくるのが見えた。
「フリーダムか!」
敵機と交戦するストライクを発見したキラは即座に通信を入れる。
「ムウさん、大丈夫ですか!?」
「キラか!? こっちは任せてお嬢ちゃん達を!!」
ムウが交戦しているのは青紫の機体。
キラの脳裏にかつて交戦した機体の事が思い出される。
「あれはたった1機でこちらを翻弄したあのパイロットじゃ……ムウさん!?」
「大丈夫だ!! 行け!!」
「くっ、分かりました!」
その場はムウに任せ、キラが向かった先には地面に倒れ込むストライクルージュとアストレイの姿があった。
先程すれ違ったマユラとジュリから聞いていたが、ストライクルージュの方は目立った損傷はないが、アストレイは右腕を破壊されている。
さらに上空からストライクルージュをビームライフルで狙っている紅いザフト機がいた。
「カガリ!? これ以上、やらせない!!」
キラはビームサーベルを引き抜くと、翼を広げてジュラメントに斬り込んだ。
「はああああ!!」
「フリーダム!!」
アスランも突っ込んで来た機体にビームソードで応戦し、2機が正面から激突する。
振り下ろされたビームサーベルをシールドで逸らし、右足のビームソードを蹴り上げた。
「これで!」
「足から!?」
キラは下から迫ってきた光刃に舌打ちしながら後退すると、フリーダムの眼前をビームソードが通過する。
それを見届け、今度は胴目掛けて横薙ぎにサーベルを振るう。
そこで2人は同時に違和感に気がついた。
「この動きは!?」
「まさか!?」
フリーダムの斬撃をシールドで受け止め、ジュラメントもビームソードで斬り返す。双方の攻撃を受け止めたところでお互いに気が付いた。
「キラ!?」
「アスラン!?」
フリーダムとジュラメントは弾け飛ぶと同時に距離を取った。
だが攻撃を仕掛ける事はなく、複雑な心境で互いの機体を見つめる。
「……久しぶりだな、キラ」
「……そうだね」
通信機から聞こえた声は懐かしさすら覚える幼馴染の声。
だが2人の態度は再会した幼馴染みの会話としてはあまりに余所余所しいものだった。
昔とは立場が違いすぎ、そしてお互いに奪い合い過ぎた。
もう昔に戻る事はできない。
「まだ戦っているのか。もう地球軍ではないんだろ? 何故だ、何故戦う? そんな機体に乗ってまで!!」
「僕にだって戦う理由はある! 守りたい人達がいる! 君こそ何で戦うんだ?」
「俺にも譲れないものがある!」
「ザフトの正義の為?」
アスランは一瞬言葉を詰まらせた。
昔ならば躊躇う事なく、そう言っただろう。
プラントの為で、ザフトの正義の為にと。
だが今は違うのだ。
「……俺は信じた道を進むと決めた。この先の未来の為に俺は戦う。キラ、モビルスーツを降りてくれないか? 俺はお前を討ちたくない」
「仮に僕が退いたとしても、君は同盟軍を攻撃するんだろう。何度も言ったはずだ、僕にも守りたい人達がいるって!」
それはレティシアと同じ言葉。
アスランはどうしてこうなるのかと憤りながら操縦桿を強く握る。
「それに君はアストをどうするつもりだ? 僕みたいに声をかけるのか?」
「それは……」
「殺す気なんだろう、アストを」
その通りだ。
この先なにがあっても奴とは決着をつける事になる。
その時、容赦も躊躇いもなくトリガーを引くだろう。
「そんな君と行く事はない!」
キラの拒絶の言葉にアスランは唇を噛んだ。
「……結局、こうなるのか」
アスランも退く訳にはいかない。
すでに道は選んだのだから。
「……仕方無い。俺の進む先に立塞がるならば!」
アスランのSEEDが弾けた。
異常なほど研ぎ澄まされた感覚に身を任せ、フリーダムに斬りかかった。
「お前を倒す!!」
「速い!?」
アスランの鋭く速い動きの変化に驚くものの、冷静に繰り出された斬撃を捌いていく。
しかし先程までと比べれば、あまりに動きが違いすぎる。
躊躇い無く次々と襲いかかってくる斬撃はすべてが必殺の攻撃だった。
「気を抜けばやられる!」
機体を左右に逸らしながら斬撃をかわし、シールドで防御する。
その上から蹴りを叩きつけフリーダムの体勢を崩し、さらに両足のビームソードを展開し一気に襲いかかった。
「これで終わりだ、キラァァァ!!」
「まだだぁぁ!!」
キラもまたSEED発動させた。
繰り出された斬撃を潜り抜け、至近距離でクスフィアス・レール砲を撃ち込む。
「何!?」
吹き飛ばされたジュラメントにビームサーベルを振りかぶる。
だがアスランもスラスターで体勢を立て直すとフリーダムを迎え撃つ。
「アスラァァァン!!!」
「キラァァァァァ!!」
互いの斬撃が交差し、激突を繰り返していった。
激しい戦いを繰り広げるキラとアスランの戦いが行われていたすぐ近くでもう一つの戦いが繰り広げられていた。
ムウの乗るアドヴァンスストライクとユリウスのゲイツの戦いである。
機体性能的にはムウが圧倒的に有利だったはずだが、ユリウスは自身の技量でその差を補っていた。
放ったアグニを回避しビームクロウで斬りつけるが、ストライクはシールドで受け止める。
「ユリウス・ヴァリス!!」
「思ったよりはやるな。だが―――」
機体を流れるように回転させ後ろに回り込むとストライクの背中に蹴りを入れ、態勢を崩したところにビームライフルを撃ち込んだ。
「ぐぅ!」
ムウは無理に態勢を立て直そうとはせず、機体を上方に加速させビームを避け切った。
しかしそれを見透かしていたかのようにゲイツは接近して斬りかかってくる。
「だが、ぬるい!!」
「この!」
光爪をギリギリで受けきり、シュベルトゲーベルで斬り返そうとするがゲイツに余裕で避けられてしまう。
シュベルトゲーベルは威力はあるが、小回りが利かない為に素早く動くユリウスを捉えられない。
「それならそれでやりようはあるんだよ!」
そう判断したムウはシュベルトゲーベルをゲイツに向かって投げつけ、その隙にビームサーベルを袈裟懸けに振るった。
「ほう、相変わらず思い切りはいいな」
思い切りの良い判断に感心しながらも、投げつけられたシュベルトゲーベルを避け、迫ってくるストライクとビームクロウで斬り結ぶ。
だがそれはユリウスの罠であった。
サーベルを振りかぶろうとした瞬間にエクステンショナル・アレスターを放つ。
「なに!?」
意表を突かれたムウは反応が一瞬遅れてしまい、エクステンショナル・アレスターの一つが右肩部に直撃、対艦バルカン砲を破壊されてしまう。
「これまでだな、ムウ・ラ・フラガ」
「舐めるなよ!!」
ユリウスは落下していくストライクに止めを刺そうと前に出るが、ムウもやられっ放しではなく、ゲイツの頭部にビームガンを撃ち込んだ。
「チィ、反応が鈍い」
驚異的な反応でビームを避けようとするが機体がユリウスの反応速度について行く事ができず、ゲイツの頭部を掠め、一瞬視界が奪われてしまう。
「ここだ!」
怯んだ隙にパンツァーアイゼンを放ち、ゲイツの腕を掴むとそのまま地上に向けて機体を引く。
落下していたストライクの重さも加わり、スラスターだけでは支えきれずそのまま一緒に地上に落ちてしまった。
「ぐっ、私とした事が無様な!」
自分の迂闊さに苛立ちながら、計器をチェックし状態を確認しようとするが、ムウがストライクのコックピットから出るのが見える。
ユリウスは薄く笑みを浮かべ、コックピットから飛び出した。
「フ、良い機会かもしれないな。この忌むべき場所で貴様の罪深さを教えてやる」
そう決めたユリウスは銃を取り出し、発砲しながらムウをある場所へと誘導していく。
そこはまさに彼にとって、いや彼らにとってパンドラの箱であった。
ユリウスとムウが地上に落ちた事は上空で激しい戦闘を繰り広げていた二人も目撃していた。
「ユリウス隊長!」
「ムウさん!」
互いの斬撃を弾き合い、距離を取った2機は同時に地上に降下する。
「キラ!」
「アスラン」
相手も同じように味方の援護に行こうとしている。
だが素直に行かせる事は出来ない。
「お前を行かせる訳にはいかない!」
「それはこっちも同じだ!」
降下しながら、互いに斬撃を繰り出し激突と離脱を繰り返す。
「はあああ!!」
「くそ!」
叩きつけられた一撃を弾いたアスランは焦っていた。
「強い!」
分かっていた事だがキラの技量の高さには舌を巻く。
はっきり言えばこちらの予想を大きく上回っていた。
今もフリーダムの攻撃を逸らし、3本のビームサーベルで反撃してしていくが、全く捉える事ができない。
これまでの戦果やシリルの話からキラの実力を知っていたつもりだったが、以前よりもさらに腕を上げている。
プラントで戦ったアストもそうだった。
悔しさで歯噛みする。
だがアスランが治療に専念していた間も2人は最前線で戦い続け、訓練も怠らなかった。
元々あった技量の差が大きくなるのも無理はない。
「ああ、分かっている! だが、それでも!!!」
負けないという意思を込め、渾身の一撃を叩きこむ。
だがキラはジュラメントのビームソードをかわすと、シールドを掲げてそのまま突っ込んできた。
「なっ!?」
突撃を避ける事が出来ずシールドで突き飛ばされたアスランにキラはビームサーベルを上から振り下ろす。
「これで!!」
吹き飛ばされたジュラメントもスラスターを使い体勢を立て直しフリーダムに突撃する。
「キラァァ!!」
二機が交差する。その瞬間―――フリーダムの放った斬撃でジュラメントの胸部が抉られてしまう。
「浅かったか」
「くっ」
打ち負けたアスランは機体状態を確認する。
胸部を傷つけられたが損傷自体は大した事はなく戦闘には影響はない。
再びフリーダムに向き合うとすでに地上ギリギリまで降下している事に気が付く。
さらにユリウスとストライクのパイロットらしき男が銃を撃ち合いながら建物の中へ入っていった。
「ユリウス隊長!? くっ、仕方ない!!」
アスランは機関砲とビームライフルでフリーダムの周りを攻撃し、煙幕を張ると距離を取り、反転すると建物の反対側に機体を降ろした。
「あの建物だったな」
銃を持ちコックピットから出るとユリウスが入っていった建物に走りって行くと、その途中で墜落したストライクルージュを発見した。
「機体そのものには損傷はないらしいが……」
地面に叩きつけられた衝撃でパイロットはダメージくらいは受けているかもしれないが、放っておく事は出来ないだろう。
パイロットを警戒し近づいていくが、その必要はなかった。
コックピットから這い出たように倒れ込んでいるパイロットを見つけたからだ。
慎重に近づき銃を構える。
「悪いが不確定要素は排除させてもらう」
その時、呻き声がすると同時に首が動き、金髪の髪と僅かながら顔も見えた。
見えたのは知っている顔―――
「……カガリ!?」
忘れようもない、あの伝道所で出会った少女だった。
あの時の少女を手に掛けようとしていたのかと思うと手が震える。
「う、うう、ここは?」
「目が覚めたか?」
カガリは軽く頭を振りヘルメットを取るとこちらを見て驚愕した。
「なっ、なな、おま、お前は、アスラン!? なんで?」
まあ気がついて目の前に敵がいたら動揺はするだろうが、驚きすぎだ。
「何でここにいるんだよ!」
その質問にアスランは気まずそうに視線を逸らす。
「……お前を落したのは俺だ」
かつて話をして、好感を持った相手だ。
身につけているハウメアの守り石に手を当て、苦々しい気持ちになりながらもアスランは答える。
たった今殺され掛かったのだ。
罵倒の一つも覚悟していたのだが、カガリの反応は違っていた。
「そうか、お前だったのか。道理で敵わない訳だな」
非常にあっさりと納得したように彼女は頷く。
その反応に呆気にとられ思わず問い返してしまった。
「俺はお前を殺そうとしたんだぞ。怒らないのか?」
「うん? なんだそれは。それなら私達だって同じだろ。戦場にいるんだからな。それに前に言っただろう、私はそういうのはやめたってな。仮にお前に殺されたって恨んだりしないさ」
「あっ、ハハ、そうだったな」
アスランは思わず笑ってしまった。
「なに笑ってんだ!」とカガリは怒っていたが、なんというかホッとしてしまったのだ。
彼女も気がついた所で、これ以上のんびりしてはいられないとユリウスを追う事にした。
「おい、どこ行くんだよ」
「あそこに敵と一緒に俺の上官が入っていったんだ。それを追う」
「敵って、私達の仲間じゃないか! 私も行くぞ」
アスランと並び立つようにカガリもついてくる。
「……俺たちは敵同士なんだがな」
すっかり毒気を抜かれたアスランはどうせ何を言ってもついてくるだろうと特に拒絶する事なく一緒に歩いて行く。
そして2人は建物に足を踏み入れた―――そこが禁忌の場所とも知らずに。
キラもアスランが距離を取ったところでストライクの近くにフリーダムを降ろすとコックピットから銃を持ち、建物に入っていく。
真実が開示される時が近づいていた。
コロニーの外でも激戦が繰り広げられる中、アストはラウの乗るプロヴィデンスと対峙していた。
ラウ・ル・クルーゼといえばヘリオポリスからつけ狙ってきた敵将。
それが何故自分を知っているのかとアストは訝しみながらもビームライフルを構えた。
「何故、俺の名を知っている?」
「フフ、さてね」
「この―――ッ!?」
トリガーを引こうとした瞬間、アストはペダルと操縦桿を押し込み、加速して前へと出る。
するとすぐ後に今までイノセントがいた空間を、数発のビームが薙ぎ払った。
この攻撃に気がついたのは完全に偶然であり、勘と言ってもいい。
先程の連合のガンダムを撃墜した攻撃を見ていなければやられていただろう。
加速するイノセントを追撃するかのように四方からのビームの雨が次々を襲いかかってくる。
「なんだ、これは!?」
機体を左右に動かし、ビームを回避しながら先ほどの光景を思い出す。
良く見れば小型の砲口持った突起物らしきものが周囲に浮いているのが確認できた。
「ガンバレルか!」
「理論は同じだがね、こちらの方が範囲は広い。避け切れるかな」
ビームライフルで射出されたドラグーンを狙うが、簡単には当たらず、連射しても掠める事すらできない。
「甘いな」
それに引き替え、ラウの攻撃は正確無比。
ビームライフルの射撃と合わせ、四方からのビーム攻撃をかわし続けるだけで精一杯である。
アストと戦っていたカラミティを含む3機は同じ様にドラグーンの攻撃に晒され、すでに撤退しているがそんな事すら気にかける余裕もない。
「君は自分の事をどれだけ知っている?」
「何を!!」
こちらは必死だというのに余裕の声が苛立ちを募らせる。
「君は自分を育てたご両親が本当の親ではない事を知っているのかな?」
その質問に何も答えず、そしてイノセントの挙動には一切の乱れもない。
つまり―――
「ほう、意外だな。君は自分の事を知っていたのか」
「何でそんな事をあなたが知っている?」
「言ったはずだ。私はある意味君とは兄弟だとね」
ドラグーンによるビーム攻撃の合間にプロヴィデンスも再びビームライフルで狙ってくる。
アストは同時にビームライフルの攻撃を避けながら、アクイラ・ビームキャノンで牽制した。
普通のパイロットなら何もできずに終わっているだろう。
避けてなお、反撃までしてくるとは、まさに驚異的としか言えない。
「じゃあ、あなたもメンデルで……」
「私の事はいいさ。ではもう一つ、キラ・ヤマト君についてはどうかな?」
「どういう事だ?」
「フフフ、ハハハ、なるほど! 君が知っているのは一部のみ、しかも自分に関する事だけか! 何、簡単な事さ、キラ君もまた我々と同じという事だよ!」
「キラが!?」
そして奇しくもこの時、コロニーの中でキラも同じ話を聞かされていた。
ムウを追い、建物の中に入ったキラは一人の男と対峙していた。
倒れた机の陰にムウと共に隠れて銃を向ける。
しかし何故か目の前の男から全く敵意を感じない。
いや正確には抑え込んでいるという感じだろうか。
「キラか。ムウだけでなくお前までここに来るとは運がいい」
「貴方が……ユリウス・ヴァリス」
最も危険な敵―――自分達を追い詰めた敵の中で彼ほど強い者をキラは知らない。
しかし何故自分の事を知っているのか疑問を口にしようとした瞬間―――今度は別の人物がその部屋に飛び込んでくる。
「ユリウス隊長!」
「アスランか」
飛び込んできた相手に驚くが、それ以上にキラとムウは別の事に意識を奪われた。
アスランが伴っていたのはカガリだったからだ。
「お嬢ちゃん!?」
「カガリ!!」
「キラか!」
カガリがこちらに駆け寄ろうとするのをアスランが制する。
「今は動くな」
アスランと連れ立って現れたカガリを複雑そうに見つめていたユリウスは机の資料と写真立てを放り投げた。
そこに挟んであったのはいくつかの写真、それに反応したのはムウとカガリだった。
「親父!?」
「なんであの写真が!?」
カガリが懐から取り出した写真と全く同じ物が写真立てに飾られている。
この写真は演習終了後にアメノミハシラに視察に来たウズミから弟がいると言われ、キラがそうであると伝えられていた。
「その写真が何故?」
「皮肉なものだな。ここに兄弟が揃うとは。これでアスト・サガミがいればなお良かったのだが」
「兄弟? アスト? 一体何言っている!?」
ユリウスから語られた事は驚愕すべきものだった。
「キラ、お前の両親は本当の親ではない。それはカガリ、お前も同じだ」
「えっ」
「貴様、何を言っている!!」
ムウの発砲にも動じる事無く撃ち返し、あっさりと銃だけを撃ち落とした。
「殺す気はない。話が終わるまでおとなしくしていろ。これにはあなたも関係しているんだからな、ムウ」
「なんだと?」
ムウとユリウスの会話もやり取りも耳に入ってこなない程、キラは全く反応できない。
ユリウスは銃を構えながら呆然とするキラにさらに追い打ちをかけるように淡々と語る。
「やはり知る筈もないな、忌々しい。キラ、お前は自分が何なのか知らなくてはいけない。それがお前の義務だ」
「ユリウス隊長、先程からなにを……」
動揺していたアスランもユリウスに問いただす。
キラの両親の事はアスランも知っている。
幼いころからの付き合いで仲も良かった。
記憶にも残っているあの人達がキラの両親ではないなど、もしかするとこの話は聞いてはならない類の話ではないのか―――
「真実を語るだけだ。奴はこれを知らなければならない。知らないなど許さない」
普段冷静なユリウスらしくない、感情の籠った声。
そこにあったのは紛れもない憎悪であった。
「あ、貴方は、何を言っているんです? 僕が、僕が何だって、言うんですか!?」
震えるキラに構う事無く、事実を口にした。
「ここに来るまでに見たのだろう? アレを、人工子宮を」
「……人工子宮?」
この部屋に足を踏み入れるまで確かに見た。
床に広がる青い液体に浸かる竈のような機械を。
「人類の夢、最高のコーディネイター、そんな狂気の夢を形にしたもの、それが人工子宮だ。そしてお前はその中で生まれた成功体、数えきれない兄弟達を犠牲にしてな」
自分があんな鉄の機械から生まれた?
棚に並べられた瓶に入れられた標本の胎児達、あれが兄弟?
見るだけでおぞましい嫌悪感が湧いてくる、こんな狂った研究の果てに生まれた?
そんな―――
「ユリウス隊長!」
堪りかねたアスランが口を挟んだ。
たとえ真実でも知らなくて良い事はあるだろうと。
敵対しているとはいえ、キラに対して情は残っているのだ。
しかしユリウスはやめるつもりもないのか、無視して話を続けていく。
「そしてカガリ、お前もそうなる筈だった」
「わ、私が?」
「そうだ。キラのデータを基にしてお前こそ完璧で最高のコーディネイターにするつもりだったのだ、ヒビキ博士は」
カガリも言葉を失う。
知らされた事実はそう簡単には受け止めきれないものだった。
そして宇宙でもアストがラウから真実を聞かされていた。
「キラが最高のコーディネイター?」
「そう、彼はメンデルの狂気の結晶であり、すべての原因。いや原因はもう一つあるな。《僕は、僕の秘密を今明かそう》」
それは誰もが知っている言葉―――
「《僕は人の自然そのままに、ナチュラルに生まれたものではない》」
ファーストコーディネイタージョージ・グレンの台詞だ。
「奴がもたらした混乱で、どこまで人はその闇を広げたか君は知っているのかな? 高い金を出し、好き勝手に命を弄りまわし、気に入らなければ捨てていく。まるで玩具のように」
ラウは歌うように高らかに饒舌に語り続ける。
「人は知りたがり、欲しがり、命が大事といいながら弄んで殺し合う! 人の可能性などまやかしだよ! 人は変わらず、どこにも行けはしないのだから!!」
熱を帯びていくラウの言葉に合わせるようにドラグーンの攻撃も激しさを増していく。
「そんなに憎いならば、殺し合え! 望み通りに! 君もそんな人が生み出した狂気の一つだろう!」
ラウの言葉にアストは何も答えず、ただ強く操縦桿を握っているだけだ。
ユリウスの話にムウは怒りを込めて怒鳴り返した。
「貴様! いったい何の権利があって!!」
「権利ならあるさ。私には、そしてクルーゼ隊長にも」
そしてパンドラの箱が開かれる―――
ある男がいた。
名はロイ・ダ・フラガ。
アル・ダ・フラガの年が離れた弟である。
ロイは非常に優秀な男であった。
それこそ兄であるアルすら霞むほど。
フラガ家特有の直感も非常に優れ、かといって性格が歪んでいる事もない、真っ当な男だった。
それが兄であるアルに劣等感を抱かせ、フラガ家を継がなくてはいけないというプレッシャーも加わり、彼を余計に歪ませる事となってしまった。
そうした積み重ねの結果、アルは自分の力を鼻にかけ、誰も信じる事をしない傲慢な人物に育って行く事になる。
そんな中でロイは運命とも言える二つの出会いをする事になる。
一つはユーレン・ヒビキ、もう一つはアルの妻ミラとの出会いであった。
ロイとユーレンは大学で出会い、互いが優秀であった事もありすぐに意気投合。
紛れもなく互いが親友となっていった。
そしてミラ。アルの婚約者候補の一人として出会ったロイとミラはすぐに惹かれあい、愛し合うようになった。
しかしすでに資産家同士の政略結婚であった二人の婚約を止める術はなく、ロイは身を引くように仕事に没頭した。
そして間もなくアルとミラは結婚し二人子供を授かる。
最初に授かった子供がアリア、そしてずいぶん後に授かったのがムウである。
アリアが生まれた時は後継ぎではない事に落胆していたが、ムウが生まれてからのアルの喜びようは凄いものであった。
しかしここからすべてが狂っていく事になる。
アルはムウを後継ぎとして育てようとしたが、ミラは強硬に反対し自由に育てようとした。
彼女はムウをアルのような傲慢な人間にしたくなかったのだ。
そしてアルをなにより失望させたのは、ムウはアルほどの素養がなかった事。
フラガ家の才能を引き継いで生まれてきたのは姉であるアリアの方だった。
アリアの才能は明らかにアルすら超えており、これは絶対に許せない事だった。
アルは知っていた。
ロイとミラが愛し合っている事を。
そしてアリアが本当は自分の娘ではなく、ロイの娘である事も。
自分は遺伝子においてもロイに劣っている。
アリアとムウの差を見れば―――いや、そんな事は認められない。
しかし他に後継ぎがいないのも事実。
そんなアルに狂気の考えが浮かんだ。
「そうだ、私自身を生み出し、後継ぎとすればいい」
自分のクローンを作る事。
誰も信用できず、生まれた息子も使えないなら自分を生み出せばよい。
そう考えたアルはロイの親友ユーレンに接触した。
ロイを通じ彼がコロニーメンデルにおいて遺伝子研究していた事を知っていたからである。
そして事前に研究資金で困っている事も調べてあった。
話はトントン拍子に進み、このまますんなり事が運ぶと思われた。
だがここでロイが邪魔に入った。
ロイはユーレンがメンデルで危険な研究に手を染めていると聞き、止めに来たのである。当然アルのしようとした事も止められた。
「なにを考えているんですか、兄さんは!! ユーレン、君もこんな命を弄ぶような研究はやめるんだ!!」
「ロイ、私は……」
親友の言葉にユーレンは一度は思い留まったが、アルの方はやめるつもりはなかった。
なんとしても後継ぎは必要。
ムウのような能無しを後継ぎにする気はない。
そしてアルの中にさらなる狂気が宿った。
アルは自分の娘として育てていたアリアに手を出した。
才能と力を持つ彼女と自分の遺伝子を使い、子供を生みだしたのだ。
これはロイとミラに対する復讐であり、そして生まれた子供の持つ才能はアルの思惑通りだった。
しかし誤算もあった。
生まれた子供は近親者同士ゆえか、体が弱かった。
ここでリスクを負ってでも誕生させた子供を死なせる訳にはいかない。
そこで生まれた子供のクローンを何体か作り、様々な臨床試験を行う事にした。
アルにとって彼らはただの使い捨ての存在ではある。
だが何があっても良いように、そしていざという時のスペアとするために必要な存在であった。
ユーレンは研究費を極秘でくれてやるというアルの言葉に悩みながらもこの依頼を受ける事になる。
彼にも必要な事だった、最高のコーディネイターを生み出すという目的の為には。
「そのクローンの1人がクルーゼ隊長だ」
「ま、まさか……」
ムウも覚えている。
年の離れた姉アリアは確かに非常に優秀で、優しい人だった。
奴が―――ラウ・ル・クルーゼがそんな姉と父親の遺伝子を使って生まれた子供のクローンだなんて。
話を聞いていたキラ達も驚きのあまり言葉を無くしている。
「……じゃあ、お前もそのクローンの」
「……私は違う」
ロイがすべてを知った時にはもう手遅れだった。
最高のコーディネイターの研究は進み、アルの子供は生まれ、クローンも誕生した後だった。
彼は二人を何度も説得した。
しかしそれが聞き入れられる事はなく、徐々に彼もまた正気ではなくなっていった。
ロイはまともな人間だった。
それだけにメンデルで行われている実験の狂気に耐えられなかった。
そして娘のアリアが実験に利用された事もその一端となってしまった。
彼は考えた。
アルの都合で生まれた子供やクローンはどうにもならない。
せめてアルから遠ざけ、彼の影響を受けないようにする事くらいしかできない。
しかしユーレンを止めるにはどうしたら良いのか。
今でも最高のコーディネイターを生み出す研究を続けており、こちらの言い分を聞こうともしない。
そこで彼はもう1人の天才を招いた。
シアン・カグラ博士―――彼女にユーレンの研究の欠陥を見つけてもらい、そこから説得できると考えた。
しかしこれもまた狂気の一端となる。
シアンもまた研究者だった。
ロイにユーレンの研究に欠陥は無いと報告し、逆に唆した。
「必要なのは彼の生み出す最高のコーディネイターが暴走した時に止める存在よ」
それでは本末転倒。
まともだった頃のロイならばこんな口車に踊らされる事はなかっただろう。
しかし彼もすでに狂気に犯されていた。
ユーレンを止めるはずの研究はいつの間にか対抗するための研究に変わった。
同じように人工子宮を研究し、対抗する手段を模索する。
そしてロイは自分とミラの遺伝子を使い一人の子供を生みだし、その後生み出された子供のデータを分析し、シアン博士も自分の遺伝子を使って子供を生みだす。
それこそ最高のコーディネイターに対するカウンター、『カウンターコーディネイター』であり―――
「それが私、ユリウス・ヴァリスであり―――アスト・サガミだ」