機動戦士ガンダムSEED cause    作:kia

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本編の加筆修正完了しました。
アスランの機体名など変更している部分もありますので、よろしくお願いします。



第2話   心に刻まれたもの

 

 

 アストは夢を見ていた。

 

 それはいつもの幼い頃の惨劇のものではない。

 

 最初に戦うと決めた時の事、ヘリオポリスでストライクに搭乗してから、ヤキン・ドゥーエでの決戦まで。

 

 色々な戦場を駆け抜け、様々な敵と戦ってきた。

 

 中でも一番因縁のある敵だったのは奴―――アスラン・ザラだ。

 

 お互い最後まで分かり合う事もなく、殺し合った。

 

 もしもこの先にも出会う事があるのなら、間違いなく再び刃を向け合う事になるだろう。

 

 そうなったとしても退く気はまるでない。

 

 それは奴も同じはず。

 

 その時、意識がゆっくりと浮上していき、夢が覚めていくのが分かる。

 

 目が覚める瞬間、奴がこちらを鋭い視線で睨んでいるのが見えた気がした。

 

 瞼を開くとまず見えたのは、自室の天井であった。

 

 「……夢か」

 

 嫌な夢だった。

 

 戦いの夢だったというのもそうだが、最悪なのは奴が出てきた事だ。

 

 「なんでアイツの夢なんて見なきゃならないんだ」

 

 朝から気分が悪い。

 

 シャワーでも浴びて気分を変えようと、服を脱いで、シャワー室の扉を開けた。

 

 戦後アストはキラやラクス、レティシア、マユ達と一緒にオーブの孤児院に身を寄せていた。

 

 といってもずっとここに住んでいるという訳ではなく、同盟軍の軍人ある四人は任務によって良く家を空けおり、宿舎などで過ごす時間も多い。

 

 そういう意味でも今日は久しぶりにゆっくりする時間がある日なのだが、夢見が悪すぎた。

 

 「……朝食食べる気しないな。いつも通りミルクにしよ」

 

 アストは基本的に朝は何も食べずにミルクだけで済ませる事が多い。

 

 もちろん皆がそろっている時は合わせて食べる事もあるが。

 

 シャワーを浴び、着替えるとその足でダイニングルームに向かう。

 

 その途中で何かの匂いが漂ってきているのに気がついた。

 

 「ん、誰かが何か作ってるのか?」

 

 確か今日はキラやラクスは軍の仕事に、マユはキラの母親であるカリダさんと子供達を連れて出かけている筈だ。

 

 と言う事は残っているのは―――

 

 そのままダイニングの扉を開け瞬間、アストは予想通りの光景に思わず顔を顰めてしまった。

 

 「おはようございます、アスト君」

 

 「……おはようございます」

 

 台所に立って居たのはレティシアだった。

 

 「どうしました? もうすぐ朝食ができますよ」

 

 「……」

 

 何と言うか、普通であれば女性が朝食を作ってくれているというのは、喜ぶべき光景なのかもしれない―――

 

 正しエプロンの変わりに白衣を纏い、フライパンではなく試験管片手に調理をしていなければの話だが。

 

 レティシアの背後には所狭しと、ビーカーやフラスコと言った実験器具が並べられている。

 

 はっきり言ってこんなものを見せられたら、益々食欲など失せてしまう。

 

 マユだけはフォローしようと必死なのだが、当然子供達やラクスからも『化学実験』なんて呼ばれて非常に不評であり、彼女が食事当番の時は、誰しも口数が少なくなってしまう。

 

 さらに本人は全く気にしていないというのが性質が悪い。

 

 味は悪くなく、失敗も少ない比較的普通の物が出てくるというのがせめてもの救いだろうか。

 

 ちなみにキラはこの件に関しては一切口を開かず、ただ出されたものを黙々と口に運んでいるだけだ。

 

 触らぬ神に祟りなしという奴らしい。

 

 「……朝からこれはきついな」

 

 もう完全に食べる気を無くしたアストは何も言わず冷蔵庫からパックミルクを取り出し、そのまま口に含んだ。

 

 「あ、また朝食を食べないつもりですね! 駄目ですよ、それでは背は伸びません!」

 

 「ぐっ、そ、それはそうかもしれませんけど……」

 

 でも朝からその実験物を口にする気は全く起きない。

 

 ここは何とか誤魔化して逃げる事にしよう。

 

 「いえ、その、今日は夢見が悪かったもので、あまり食欲が無いんですよ」

 

 乾いた笑みを浮かべながら、ミルクを呷る。

 

 するとレティシアはジッとアストの顔を見つめて頷くと唐突に言い放った。

 

 「なるほど。アスト君、今日は少し出かけませんか。今作っている分は昼食に回しますから」

 

 「え、まあ、今日は時間がありますから構いませんけど」

 

 「そうですか、では公園にでも行きましょうか」

 

 なんだかなし崩し的に出かける事になってしまった。

 

 まあ、気分転換には丁度良いかもしれない。

 

 そう割り切ると着替える為に部屋へと戻った。

 

 着替えたアストが外で待っていると私服に着替えたレティシアが出てくる。

 

 どこか見覚えがある服だと思ったが、どうやら前にヴァルハラで買った服のようだ。

 

 いや、止めよう。

 

 あの時の事は出来るだけ思い出したくない。

 

 「お待たせしました」

 

 「いえ、では行きましょうか」

 

 アストはそこで手を差し出すと、レティシアも笑みを浮かべてその手を取り、ゆっくりと歩き出す。

 

 今日は天気にも恵まれ、出かけるには絶好の日和だ。

 

 なし崩し的ではあったが出かける事にしたのは正解だったかもしれない。

 

 「今日はいい天気で良かったですね」

 

 「はい、こうして二人で出掛けられましたからね」

 

 その言い様には照れるものの、確かにこうしてのんびりとできるのはありがたい事だ。

 

 雑談を交わしながら、着いた公園は天気が良い事もあって、家族連れなどで賑わっている。

 

 一時はオーブ戦役の影響で、こういった風景も少なくなっていたようだが、最近になってようやく人気も戻ってきているようだ。

 

 「さあアスト君、ここに寝転がってください」

 

 レティシアが芝の上に座り、膝を叩いている。

 

 つまり膝枕をしようという事らしい。

 

 だが先程他の人が見ている前でというのは恥ずかしいのだが、もう膝枕する気満々の彼女に嫌とも言えない。

 

 観念して寝転がり、レティシアの膝に頭を乗せた。

 

 「ふふ、どうですか?」

 

 「ええ、丁度いいです」

 

 「そうですか」

 

 キラキラ輝く金髪がアストの視界を流れ、レティシアの穏やかな笑みを見つめながら空に目を向ける。

 

 「それで、何があったんですか?」

 

 「え?」

 

 「朝、様子がおかしかったですから」

 

 「そんなに分かりやすい顔をしてましたか?」

 

 「アスト君の事は見れば分かりますから」

 

 そんな笑顔で言われると照れてしまうのだが、まあ昔から彼女に隠し事など出来た試しはない。

 

 「少し昔の夢を見ただけです」

 

 「昔―――スカンジナビアにいた頃の?」

 

 「いえ、初めてモビルスーツに乗った頃です。それでまあ、アイツの事を思い出しました」

 

 アストの苦虫を噛み潰したような顔を見て、アイツというのが誰なのか思い至り、レティシアも少し気まずそうな表情になる。

 

 彼女もまたアイツとはラクスと共に付き合いがあったようだから、思う所もあるのだろう。

 

 「……アスト君はアスランをどう思っていますか?」

 

 「そうですね……何と言うか難しいけど、ただ一つだけ言える事はアイツと俺は相容れない」

 

 かつて宇宙でも同じ事を奴に言った事がある。

 

 譲れないからこそ、お互いに討つと誓い、戦場で出会う度に殺し合い、奪い合ってきたのだ。

 

 状況によっては一時的に協力くらいはできるかもしれないが、今更仲良くとはいくまい。しろと言われても無理だ。

 

 「いずれ、再びアイツとは決着をつける事になると思います」

 

 「そうですか」

 

 知り合いである彼女にこんな事を告げるのは心苦しいが、これが事実だ。

 

 やや悲しげに俯くレティシアに手を伸ばし、優しく頬を撫でながら空を見上げると透き通るほどの青空が広がっている。

 

 その先にある宇宙で、今も行われているかもしれない戦いを思い浮かべながら目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 地球連合とザフトによって行われた『ヤキン・ドゥーエ戦役』と呼ばれる戦いが終結して約三か月が経過していた。

 

 地球とプラント間で引き起こされた大戦の傷痕は深く、両陣営とも復興に追われてはいるものの、そう容易く事は運んでいない。

 

 その理由には様々な要因が存在するが、最も大きな理由として月に存在する両軍からの脱走者達が作り上げた国家が誕生した事が挙げられるだろう。

 

 『テタルトス月面連邦国』

 

 彼らの存在は地球とプラント両陣営に大きな混乱を招くと同時に新たな火種となった。

 

 連合側にとって宇宙の拠点の奪われたに等しく、プラント側にとっては技術流失を意味する。

 

 そのまま放ってはおけないという理由で両勢力共に満場一致で武力による排除が決定された。

 

 この決定事態は当然であり、なんら不思議はない。

 

 問題があるとすれば、両陣営共に相手を見くびっていた事であった。

 

 戦争で大きく疲弊していたとはいえ、相手は精々テロリストであり、自分達が負ける筈はないと―――しかし結果は大敗という彼らが思い描いたものとはかけ離れたものとなってしまう。

 

 それによって連合、ザフト共に静観という形で大規模な部隊派遣は行われずに落ち着いていく事になるのだが、戦闘自体は小規模ながら継続されていた。

 

 

 

 テタルトス誕生以来、彼らが月の防衛圏内を哨戒する事は必須事項となっていた。

 

 まあそれは敵からの襲撃を警戒する以上は当然なのだが、最近では大規模な戦闘は行われず、小競り合い程度に止まっている。

 

 とはいえそれでも警戒を緩める事は無い。

 

 確かに戦闘自体は減少していたのだが、両軍の防衛圏内への侵入はむしろ増加していたからである。

 

 偵察か、何らかの作戦行動の前触れか、何であれテタルトスの緊張感は未だ途切れる事無く、張り詰めていた。

 

 その日もいつも通り、ナスカ級ヴェサリウスは他二隻と共に予定されていたコースを巡回していた。

 

 かつてクルーゼ隊の母艦として運用されていたヴェサリウスもユリウスと共にプラントを離脱し、現在テタルトスの艦の一隻として使用されている。

 

 テタルトスの戦力は合流した連合、ザフトの戦力が混在した状態となっていた。

 

 新型モビルスーツ、戦艦などの開発や軍の再編成、統一化も進められているものの、それももう少し先の話となる為、今まで使われていた戦力を継続して使用していた。

 

 その為、敵対する者たちとの区別をつける為に、一部を黒く塗装されている。

 

 「取り舵!」

 

 艦長であるアデスの声に船体を逸らしたヴェサリウスのすぐ横をビーム砲の一撃が掠めていく。

 

 「損傷チェック!」

 

 ブリッジクルー達が必死に対応し、報告が飛び交ってくる。

 

 現在彼らは地球軍のネルソン級二隻の襲撃を受けていた。

 

 「くっ、出撃できるモビルスーツは!?」

 

 「現在、全機が修復及び補給中です!」

 

 事の発端は巡回中に防衛圏内に侵入していた敵を発見、交戦した事から始まった。

 

 その時は、何の問題もなく撃退できたのだが、直後、別の部隊から奇襲を受け、他の艦とも分断されてしまった。

 

 残ったモビルスーツはすべて出撃不能であり、どうする事もできない。

 

 三隻の艦から降り注ぐ、ビーム砲。そして出撃してきたストライクダガーからの攻撃が船体に傷をつけ、震動が艦全体を襲う。

 

 「ぐっ!」

 

 「エンジン被弾! 出力低下!」

 

 これまでの戦闘で受けた艦の損傷と展開された敵の数に誰もが覚悟を決める。

 

 止めを刺そうと接近してきたストライクダガーがビームライフルをブリッジに向けた瞬間―――ヴェサリウス前方から発射されたビームに射抜かれ、撃墜された。

 

 さらに連続で撃ち込まれる閃光が次々と敵モビルスーツを撃ち落としていく。

 

 「な、何だ?」

 

 「レーダーに反応、これは―――」

 

 ブリッジに居た全員が正面を注視すると、凄まじい速度で紅い機体がこちらに向かってくる。

 

 「イージスリバイバル!? アスランか!!」

 

 駆けつけてきたのはアスランの機体イージスリバイバルだった。

 

 「アデス艦長、無事ですか?」

 

 「ああ」

 

 「ここは任せて、ヴェサリウスは後退してください」

 

 「了解。しかし無茶はするな。その機体、核動力ではないのだろう?」

 

 ヤキン・ドゥーエで行われた最終決戦の際に投入されたイージスリバイバルであったが、イノセントとの激闘の末に相討ちとなり大破してしまった。

 

 今搭乗している機体は残ったパーツで組み上げたもので、ディザスターのパーツを使用していないため、従来通り可変機能も備えている。

 

 代わりに動力はバッテリーとなり、武装は基本装備と腹部のヒュドラのみで背中のドラグーンは装備されていない。

 

 「……俺は大丈夫です」

 

 スラスターを噴射し、展開された敵モビルスーツの中に飛び込んでいく。

 

 「イージスだと!?」

 

 「形状は少し違うが、間違いない!」

 

 「迎撃しろ! 撃ち落とせ!!」

 

 突撃してくる紅い機体にビームライフルを発射するストライクダガーだったが、敵に掠める事もできない。

 

 「な、何!?」

 

 「当たらない!?」

 

 ビームを振り切る敵機の速度もそうだが、パイロットの反応速度がまるで違う。

 

 当たると思った一撃も直前で回避されてしまう。

 

 「チッ、背後からならどうだ!」

 

 回り込んだ一機が背後から強襲する。味方機の支援もあり、無事死角を突く形で上段からビームサーベルを振り下ろした。

 

 「落ちろ!」

 

 しかし振るわれた斬撃が届く前にストライクダガーの腕は瞬時に斬り飛ばされ、さらに直後に横に払われた一撃で胴体を真っ二つに両断されてしまった。

 

 あまりの早業に周りにいた者達は皆、絶句する。

 

 直接相対していたパイロットなど、何をされたかすら分からなかったに違いない。

 

 「……無駄死にしたくなければ退け」

 

 アスランとしても逃げる者を追う気はない。

 

 しかし地球軍に退く気は無いらしく、さらに連携を組んで攻勢に出ようとしていた。

 

 「そうか。なら、こちらも容赦はしない」

 

 そう吐き捨てると鋭い視線で敵を睨みつけ、両手、両足のビームサーベルを放出すると敵陣に向かって斬り込んだ。

 

 縦横無尽に走る光刃。

 

 それに抗う事もできないまま、ストライクダガーはバラバラのスクラップに姿を変えていく。

 

 「くそォォ!!」

 

 あれだけいた味方機も残ったのはたった二機だけとなり、思わずストライクダガーのパイロットはコンソールを殴りつけた。

 

 「何だよ、あれは!」

 

 残った戦力であの敵相手では、もはや勝ち目はない。

 

 「くそ、あんな怪しい仮面野郎の言う事なんて無視すりゃ良かったんだ!」

 

 「相手は大佐だぞ。滅多なこと言うもんじゃ―――」

 

 その言葉は最後まで続かず、イージスのビームライフルによって撃ち抜かれ、撃破されてしまった。

 

 「畜生!」

 

 半ば自棄になり、ライフルの銃口を向けるが、いつの間にかモビルアーマー形態に変形したイージスに組みつかれてしまう。

 

 「しまっ―――ッ!?」

 

 モニターに映るのは無慈悲なまでの冷たい砲口。

 

 「うああああ!!」

 

 発射されたヒュドラの閃光に呑まれ、ストライクダガーに搭乗していたパイロットは欠片も残さず、消滅した。

 

 さらに直線上に位置していたネルソン級にも閃光が直撃し、艦首を吹き飛ばす。

 

 それを見て、残ったネルソン級は即座に反転すると、戦闘宙域から撤退していった。

 

 「助かったぞ、アスラン」

 

 「いえ、間に合って良かったですよ」

 

 通信を受け、損傷状態を確認しながらアスランは沈んでいくネルソン級に目を向ける。

 

 アデスの話では敵を発見し交戦、その後に別部隊からの奇襲を受けたとの事だが、些かタイミングが良すぎる気がする。

 

 もしかするとここまでのすべてが仕込みだったのかもしれない。

 

 「……だとすると優秀な指揮官がバックにいるのか」

 

 何にせよ今まで以上に警戒する必要があるかもしれない。

 

 頭の中で考えを纏めながら、ヴェサリウスに近づいていった。

 

 

 

 

 

 

 テタルトスの防衛圏を外れるギリギリの位置に一隻のアガメムノン級が瓦礫の陰に隠れ待機していた。

 

 そのブリッジで仮面をつけた人物ネオ・ロアノーク大佐がモニターを眺めている。

 

 視線の先には傷ついたネルソン級が近づいてきていた。

 

 「以上が提出された報告です」

 

 副官であるイアン・リーの報告を聞き、ネオはため息をつきたくなった。

 

 「……深追いはするなと命令を出していた筈だが?」

 

 「追い詰めた敵を見て、欲が出たのでは?」

 

 ただでさえ戦力が少ないというのに、愚かな事を。

 

 「しかし、この戦力でテタルトスの偵察と戦力を削れなど上層部も無茶を言いますな」

 

 「仕方あるまい。例の宇宙要塞が完成までの間、注意を引きつける必要もある」

 

 テタルトスの誕生で宇宙の足がかりを失った連合は現在、月基地の代わりとしていくつかの宇宙要塞の建造に着手している。

 

 上層部としては完成するまでの間に余計な横槍を受けたくはない。

 

 その為に、月周辺で派手に動く事でテタルトス、ザフトの注意を引き付けたいという思惑もあった。

 

 無論、いずれ攻め落とすテタルトスの戦力を出来るだけ削りたいというのも本音であろうが。

 

 「それよりイアン、例の事はどうなっている?」

 

 「はい。やはり未確認のモビルスーツが動いているようだとの事です。ザフトでしょうか?」

 

 「さてな。それも調べねばならんか」

 

 課題は山積みだが、命令である以上やるしか無い。

 

 深刻な人材不足に頭を抱えながら、イアンからの報告に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 傷ついたヴェサリウスと共に帰還したアスランは巨大戦艦アポカリプスの司令室に呼び出されていた。

 

 戦艦内部で働いている兵士達に敬礼を返し、通路を進んでいく。

 

 「久しぶりに来たけど、相変わらずの広さだな」

 

 まあ、アポカリプス自体が規格外の大きさだから広いのも当たり前なのだが、配属されたばかりだと当然迷ってしまう。

 

 アスランも初めて来たときは面食らったものだ。

 

 迷う事無く時間通りに司令室に辿り着くと、扉に設置してあるボタンを押す。

 

 「アスラン・ザラです」

 

 「入れ」

 

 「失礼します」

 

 扉が開き、中に入るとそこには軍最高司令官であるエドガー・ブランデルと上官であるユリウス・ヴァリスが待っていた。

 

 「呼び出してすまなかったね、アスラン」

 

 「いえ、それでどのような要件でしょうか?」

 

 エドガーが頷くと端末を手渡される。

 

 「約一か月後、とある人物が地球からの移住者と共に月に上がってくる。その際出迎えの部隊を派遣する予定になっているのだが、君にも同行して貰いたい」

 

 最近は以前と比べても戦闘は沈静化している為、支援してくれている同盟とのやり取りや交易の為に交渉に訪れる者達も多くなっている。

 

 無論、傭兵などに護衛頼んだ上ではあるが。

 

 「その重要人物とは誰か聞いても?」

 

 「マルキオ導師だ」

 

 予想外の名前にアスランは眉を顰めた。

 

 かつて自分が助けられた人物だが、何故彼が重要人物なのだろうか?

 

 「詳細は後日に話させて貰うが、問題は君の報告にあった件ともう一つだな」

 

 「もう一つ?」

 

 自分の報告とは地球軍の動きだろう。

 

 しかしもう一件とは―――

 

 そこで設置されたモニターに宙域図が映し出され、ユリウスが説明を始める。

 

 「実はこちらの防衛圏内や航路上の近辺などで未確認のモビルスーツが動いているという情報が入った」

 

 「未確認ですか?」

 

 「ああ、その詳細を調査する為、部隊を派遣する予定になっている。アスラン、お前にも参加してもらう事になるだろう」

 

 「了解しました」

 

 現在、確認された情報を渡され、退室しようとしたアスランだったが、途中ユリウスに呼び止められた。

 

 「アスラン、最近碌に休んでいないそうだな?」

 

 「いえ、それは……」

 

 「忙しいのは分かるが、それでは体が持たん。少し休め」

 

 「……分かりました」

 

 上官の気遣いを無碍にする事も出来ず、頷くとそのまま指令室から退室する。

 

 確かにこの所忙しくて休む暇も無かったのだが、それはアスランにとっては有り難いことだった。

 

 動いていれば余計な事を考えずに済む。

 

 思い出すのは『ヤキン・ドゥーエ戦役』と呼ばれた戦いの記憶。

 

 正直、つらい出来事の方が多く、特に彼女と―――奴に関する事は思い出したく無い。

 

 怒り、憤り、痛み、悲しみ、様々な感情がアスランを掻き乱すように燻り続ける。

 

 「……確かに少し疲れているみたいだな」

 

 またも脳裏に浮かんで来た記憶を振り払うように息を吐き出すと、苦笑しながら次の任務に備えて宛がわれた部屋に向かった。


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