オルタンシアサーガ~物語の終わったその後で~ 作:宮橋 由宇
3、4話で終わります。
「アルフレッド……僕は……」
「私は、あなたを………愛して……います……」
そんな言葉を残して君は遠い所へ旅だった。
君の姿が脳裏に焼き付いて離れない。
君の言葉は未来永劫いつまででも忘れられないだろう。
それくらい、俺は君が大切だったんだ。
マリユスとして、マリエルとして、
俺の従者として、俺が使えるべき主として。
これまでも、これからも、俺は君と共にあり続ける。
……なんて、本当は怖いんだ。
君のいないこの世界が、
君を手にかけ、世界を救うだなんだと息巻いて、
──それを是とする自分自身が。
俺だって、俺だってこんな結末を望んでたわけじゃない!
ダーイラ皇帝の野望は打ち砕いた!
世界は救われた!
マゴニアの力は消え去った!
──たったそれっぽっちがなんだ!
君一人助けられないんじゃ、俺にとっちゃそんな結末、途方も価値なんてない!
……そうやって嘆き、悲しんで、喚いて、泣いて、そうできればどれだけ楽だろう。
けどできない、できるわけがない。
そんな結末こそが、戦争が終わり、世界に平和が訪れて、他愛ない幸せを誰もが享受できる。そんな世界こそが他ならぬ
ああ、もし、もし願いが叶うのならば、夢を見れるのならば、君のいる世界で──俺は──
「……ここは……」
長い夢を見ていたような、そんな感覚が俺を襲う。
気づけば一人ポツンと、オーベル郊外の道のど真ん中に立っていた。
「なんだって……こんなとこに……」
ぼんやりとモヤがかかったように、曖昧な意識と記憶を辿る。
俺は……そうだ、ダーイラ皇帝と決着を付けるために、マゴニアの浮遊島へと赴いた。
そして、その最深部で
「っ!そうだ………俺は……」
思い出した。
俺は皇帝との戦いのなかで、
そう意識するだけで手は震えて膝が笑う。
取り返しのつかないことをした、そんな後悔と自責の念が俺に絡み付いて心に棘を刺して行く。
(すまない……すまない……マリユス……俺は、なんてことを……)
どれだけ心のなかで謝ったって、もうマリユスはどこにもいない。もう届かないことを知っているから、虚しさだけが募ってく。
「…………マリユス」
晴れ渡る清々しい青空を見上げ曇天のような心持ちでポツリと呟く。
誰にも聞こえることのないはずの独白は、しかし──
「──アルフレッド?」
「え?」
けして聞こえるはずのない声の主に、届いた。
ゆっくりと、ぜんまい仕掛けが如く固まった動きで振り返る。
そこにいたのは──
「マリ……ユス?」
俺がこの手で殺めたはずの少女、マリユスだった。
「あぁ、やっぱりアルフレッドだった 」
安堵と、喜悦を滲ませた声色でそう言うマリユスの姿にあり得ないほどの衝撃を受ける。
「なん……で、君が……」
こんなところに。声にならない声をかきけすようにマリユスの声が響く。
「僕にもわからない。ただ、気がついたらここにいて、お前の姿が見えたから声をかけたんだ」
「…………そう、なのか……」
「アルフレッドはなんでここにいるのかわかってるのか?」
「いや……すまないが、俺にも……」
あぁ、いや、そうじゃない。そうじゃないんだ、俺は彼女に伝えなきゃいけないことがあるのに。彼女に謝らなきゃいけないことがあるのに。
わかっていても頭は麻痺したように動かない。蕩けた思考が加速して、ようやく自分の意思で言葉を紡ごうとする。
「あ、あのさ……マリユス……俺は……」
「アルフレッド」
しどろもどろ。俺の口から漏れたそんな声はマリユスの言葉にかき消された。
そして、
ギュッ
「え?」
気づいたら、マリユスの手が背中に回されていた。
俺の胸に顔を埋め、しがみつくマリユスを俺は言葉もなくぼんやりと眺める。
「……アルフレッド…………ありがとう」
「ぁ…………」
その一言で、俺の心は決壊した。
「……っ!マリユス!」
堪らなくなって、俺はマリユスのその華奢な体を強く強く抱きしめる。
存在を確かめるように、俺の想い全てをぶつけるように。
「すまない!すまないマリユス!俺は……俺は……!」
感極まってただただ彼女に謝りたかった。彼女に伝えたかった。
「いいんだ、いいんだアルフレッド……お前はなにも悪くない!」
想いが溢れて止まらない。気づかぬまに瞳からはなにか透明なものが溢れていた。
そして、それは彼女も同じだった。
互いに大粒の涙を流して互いの体をきつく抱きしめあう。
「マリユス……うぁ………………ぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
まるで泣きじゃくる子供のようじゃないか。
そうわかってても止められない。
今は彼女が、何よりも愛おしい。
「アルフレッド!………っ、あぁ…………!」
お互いにもう言葉なんてなかった。
「…………すまなかった」
「もう……いいっていってるのに」
しばらくして、落ち着いた俺たちは、木陰に移動して景色を眺めていた。
「それにしてもなんなんだろうな、ここ。オーベル……みたいだけどなんか違う」
「そうだな……言葉じゃ言い表せられないんだが……なにかが、違う」
景色には既視感を覚えるし、限りなく似ているのだが……なにか引っ掛かる。
「……それは……ここが『死者の世界』だからです……アルフレッドさん」
「!……君は……ラクロワ!」
後ろから急に声をかけられて、驚き振り返る。
そこにいたのは、目を隠すほど前髪を伸ばした小柄な少女。ラクロワだった。
「って、待ってくれ今『死者の世界』って……」
ラクロワの言葉の中で聞き捨てならないものがあるのに気付き、問いただす。
「言葉通りの意味……です……ここは、死せるものたちの住む世界。既にこの世を去った人間たちが集まる場所です」
小さく呟くような声でラクロワはそう答えた。
「なるほど……そういうことか……合点がいった」
つまるところ、俺もマリユスも生き返ったわけではない。
俺が彼女をこの手にかけた事実はなにも変わらない……と言うことだ。
──その事実がまた重く俺にのし掛かる。だが、俺はその罪から目を背けるわけにはいかない。
「…………お二人がここにいると言うことは……死んじゃった……んですね……」
ラクロワは悲しそうに目を伏せ、そうポツリと口にした。
「あぁ、僕は………その、皇帝にやられて……アルフレッドは……」
「マゴニアの力を消して、あの日に死んでたはずの俺もそのまま……な」
「そう……ですか」
三人の間に微妙な沈黙が流れる。……仕方がないことではあるが。
「し、しかし、死者の世界なんてものが本当にあったんだな。お伽噺の中だけの話かと………まって」
話を変えそうとそう喋り始めたマリユスだったが、その途中で自分の言葉になにか気づいて止まる。
「なぁ、まさかここって……」
「……御察しの通り……です。この世界は『マゴニア』の力によって形作られています」
「なっ!?」
ラクロワの言葉に、ここに来て何度目かもわからない大きな衝撃に見舞われる。
だが、だ。
納得の行く話ではある。マゴニアの力は思いの、願いの力。
ぶっちゃけた話『なんでもあり』な力なのだから。
「待ってくれ!マゴニアの力はアルフレッドが消したはずじゃないのか!?」
「!……そういえば!」
そうだ、俺は確かにマゴニアの力を世界から消した。
俺はその最後を確かにこの目で見たのだ。
「大丈夫……です。マゴニアの力はこの世界から消え去っています……それは、私の中から原初の魔女の力がなくなったことが証明しています……」
「そう……なのか?けど、だとしたらここは一体……」
「この場所はマゴニアの力の残滓が集まってできています……外界とは隔絶された場所ですから……ある意味でここは『別の世界』なのでしょう」
だから、アルフレッドさんが世界からマゴニアの力を消した後でも、ここだけは消えなかったのでしょう。
そう続けて、ラクロワは一息ついた。
「……一応、理解はしたけど……それならこの景色はどういうことなんだ?僕にはオーベルに見えるんだが……」
景色を改めて見渡す。
「マゴニアの力は思いの力……恐らくこの場所は、お二人の心の形なのだと思います……お二人にとっての、心の故郷」
「故郷……」
マリユスがラクロワの声に呼応して小さく呟く。
ああ、そうか。
確かにな。
この場所は、オーベルは俺たちの故郷だ。
「……!……すみません、少し用事ができたみたいです……」
「ラクロワ?」
突然、弾かれたように顔をあげ、そう告げるラクロワ。
「これだけは、伝えておきます……ここは死者の世界。ですが、今まで死した者全てがこの世界にいるわけではありません……マゴニアの力で作られたものですから、生前少なからずマゴニアと関係のあった者しか、ここにはいないでしょう」
「そうなのか」
なるほど、納得の行く話だ。
今まで全ての魂がこの場にいるならこんなに閑散とした風景が広がっているはずもない。
「そして、これは恐らくですが……お二人の両親もここにいるはずです」
『!!!』
あぁ……そうか、そうだ。
ここが死者の世界だと言うなら……当たり前じゃないか……
「……いるのか、父さん……母さんが」
会いたい。
今すぐ走り出して、二人の姿を見たい。
幸いここはオーベルだ。二人がいる場所は考えるまでもない。
けど、
「お父様……お母様…………クー」
それは、この少女にも言える事。
背負うべき者の多さから言えば、寧ろ俺は後回しでも良いぐらいだ。
「それじゃあ……私はここら辺で……また会うこともあるでしょうから、その時に詳しい話をします……」
「あ、あぁ……ありがとうラクロワ。またどこかで」
「はい」
ラクロワは俺たち二人に小さくお辞儀をして、小走りでどこかへ向かっていった。
しばらくして後ろ姿が見えなくなると、また沈黙が訪れる。
「……アルフレッド」
「なんだ?マリユス」
「オーベルの屋敷に向かおう」
「……いいのか?」
「ああ。お父様やお母様、クーにも会いたいさ。けど、僕は何より、オーベルに帰りたいんだ。……お前と、一緒に」
「!」
……そうだ。そうだったな。約束したんだ。一緒に、オーベルに帰るって。
「そうだな……わかった。帰ろう、オーベルに」
「あぁ!」
俺の差し出した手を、マリユスが握る。
帰ろう。オーベルに。
俺たちの家に。