オルタンシアサーガ~物語の終わったその後で~   作:宮橋 由宇

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『ただいま。父さん、母さん』

 

 

 

 

 

「ついた……か…………」

 

マリユスと共にオーベルに帰ることを決め、屋敷を目指して数時間。

 

ひたすらに二人で歩いて、俺たちの家にたどり着いた。

 

 

「……変わんないな、ここは」

 

「……あぁ、そうだな……なにもかわらない」

 

俺たちを迎える大きな門も、長閑で穏やかな雰囲気も、

 

 

ここが、俺たちの故郷だってことも。

 

なにもかわらない。

 

「けど、違うこともある」

「?」

 

そう、感慨深げに呟くマリユスに俺は首をかしげた。

 

「確かにこの場所はなにもかわらないよ。でも、中に居るのは、少なくともノンノリアじゃない……だろ?」

「!…………そう、だな」

 

ここは死者の世界。なら生者のノンノリアがいるはずもない。

となると、だ。この屋敷に今居るのは──

 

「……いるのかな、……父さん、母さん」

 

 

思い浮かべるのは、両親の顔。

その途端、焦がれるほどの郷愁が、俺の胸を締め付ける。

 

「わからない……けど、ラクロワの言葉通りなら、いるはずだろう?」

「ああ……そう、だな」

 

ラクロワが俺たちに嘘をつく理由もない。

なら、いるのだろう。この先に

 

(わかっている……んだけどな)

 

いざ、門を開こうとすると、手が震えるのだ。

なぜかはわからない。ただ勇気がでないだけかもしれないが。

 

「あぁもう!じれったいなぁ!ほら!」

「あっ」

 

煮え切らない俺に業を煮やしたのか、マリユスが強引に俺の手に自分の手を重ねた。

 

それだけで、手の震えが治まるんだから不思議だ。

 

「……ありがとう、マリユス」

「いいさ。僕はお前の従者だからな」

 

そのまま、門を少しずつ押して行く、そしてそろそろ開ききろうかと言うその時───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アル?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間が、止まった気がした。

後ろから、唐突に聞こえる俺の名前を呼ぶ声に俺の手が止まった。

 

もう何年ぶりだろうか。その声を聞いたのは。

既に記憶の彼方に消えた声。

いいや、違う。

記憶の片隅に忘れずにずっと残り続けた声。

 

ゆっくりと、振り返る。

誰がそこにいるのかはわかっている。

俺が、あの人の声を聞き間違えるはずがない。

 

 

 

「やっぱり……アル!」

「……母さん」

 

そう、両手を挙げ、今にも俺に抱きつこうとしてるこの女性こそ、俺とベルの母親、

 

 

──オルタンス・オーベルだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、お前も、こっちへ来てしまったか」

 

母と再会し、抱き合っていた所に父が現れ、俺を見て放った最初の一言がそれだった。

 

「うん……ごめん、父さん。親不孝な息子で」

「息子がこんなにも早くこっちに来たことには確かに寂しくはあるがな」

 

そこまで言って、一息着いた父さんは、

 

「それでもこれはお前が選んだ生き方の結果なのだろう……なら、私が口を出すのもお門違いだな…………だが、そうだな、ひとつだけ。お前は自分の生き方に後悔はしてないか?」

 

 

厳しい顔で、そう続けた。

 

それは──

 

「もちろん。俺は自分の生きた道を、後悔はしていない」

 

それだけは、間違いない。

助けられなかった人たち、助けられたはずの人たち、散っていった仲間達…………そして、マリユスの最後。

後悔した選択は多い、やり直したいと思うことも多々ある。

でも、

 

それでも、俺は自分の人生を否定はしない。

 

マリエルの騎士になることも、ルギス公との約束も、ダーイラとの戦いも、自分が選んだ道のすべてが俺を形作ってるんだ。

 

なら、それを否定なんでできるわけない。

 

俺が生きて、選んで、進んできた道のすべてが、俺自身なんだから。

 

「……そうか、なら、私からはもうなにもないさ」

 

そう言って破顔する父さん。と、その顔に手が伸びてきて、

 

「もう!もう少しなにか言うことがあるでしょうあなた!子供がこんなに早くこっちに来ちゃったのよ!?かっこつけてる場合ですか!」

 

物凄い力で頬を引っ張った。

引っ張ったのは母さんだった。父さんの態度にかなり怒っているようだ。

 

「ま、待てオルタンス!私が悪かった!悪かったから引っ張るのをやめ、いたたた!!!」

 

神殿騎士最強と謳われたほどの人物がこの体たらく。今の国民が見たら泣くだろう。

 

あぁ、ほらマリユスが笑いをこらえてるじゃないか。

 

「アル!」

「はい!」

 

気づけば父さんへの説教は終わっていたのか、今度はこちらに矛先が向いた。

 

「あなたもあなたよ!全く!我が家の男たちはどうしてこうも無茶して早死にしたがるのかしら……モーリスを見習ってほしいわ……」

 

『面目次第もございません……』

 

父さんと二人、ただただ小さくなる。

 

あれ?もっと感動的な再会になるかと思ってたんだけどなぁ……おかしいなぁ……

 

「はぁ……まぁ誰よりも早く死んだ私が言えたことではないのかもしれませんけど。……いえ、これ以上はやめておきましょうか」

 

散々怒って満足したのか、母さんはその矛を納めた。……こんな人だっただろうか。なにぶん十年単位であってないから、記憶が薄れただけかもしれないが……もっと、穏やかな人だったような気がする。

 

「さて……見苦しい所を見せてごめんなさいね……良ければ、名前を教えてもらえるかしら、あなたはアルの彼女?」

 

「え、ふぇっ!?」

 

唐突に話を振られたマリユスが驚愕に固まる。

 

しかし、それに返事するより早く、

 

「いえ、まずは屋敷に入りましょうか。外でいつまでも話してるわけにもいかないわ」

 

母さんがそう言って、屋敷の方をみた。

 

確かに。

今までの会話、ずっと屋敷の門の前で繰り広げていたのだが、よく考えなくてもおかしな状況である。

 

「それじゃあ、戻りましょうか──いえ、その前に」

 

屋敷に入ろうとした母さんが、振り返って俺を見る。

 

そして、優しげな笑顔で、

 

「お帰りなさい。アル」

 

「ぁ……」

 

その言葉で、その声で、

 

俺の中のなにかが決壊した。

 

「あぁ、そうだな、それを言うのを忘れていた。……おかえり、アルフレッド」

 

そう父さんが続ける。

あぁ、それは、

俺が、ずっと聞きたかった声。言葉。

 

 

「あぁ、……ただいま、父さん、母さん」

 

そう返事して、気づけば俺は、涙を流していたんだ。

 

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