話によると、世界は一回終わったらしい。
今僕がいるこの世界は、百年とちょっとくらい前に終わって、そこから新しい世界が始まったのだと、前にテレビで見た偉そうなおじさんが言っていた。
その後、ゲストの女の人に、何故世界が終わったのか聞かれると、おじさんは自信満々にこう言った。
──分からんのです。
──誰に聞いても、何処に行っても、何を調べても、世界が終わった理由が、何一つ分からない。
──それでも、世界は終わったのです。
そんなことを聞いて、本当に世界が終わったのか僕は疑問に思って、お姉ちゃんに聞いてみると、昔の世界と違う何かが、今の世の中には一杯あるから、世界は終わったと推測されるらしい。
例えば、超能力。
例えば、魔法。
例えば、古代遺産。
例えば、神様。
そういった、普通じゃない物がこの世界に溢れて、不可思議が世界中に満ちていて、『異常』が『そこそこ普通』になっちゃって、原因も良くわからないから、取り敢えず世界が終わった事が、全ての原因だと言われているらしい。
なんというか、適当だ。
それでいいの? とお姉ちゃんに聞いて見たけど、お姉ちゃんは気だるげそうな顔でこう言うのだ。
──じゃあ、貴方は世界がおかしくなった理由が分かるの?
そう聞かれた僕は少し悩みながら、言ってみた。
──誰かが、こんな世界が欲しいって願ったんじゃないかな。変なことが一杯で、でもなんだかんだで幸せな世界が欲しいって。
僕がそう言うと、お姉ちゃんは目を見開いて驚いた後、大きな息を吐いて僕の頭を撫でた。顔は何だか嫌々そうで、それでもちょっと嬉しそうだった。
──貴方といると、本当に吐き気がするわね。小さい子供の発想は、本当に良くわからないわ。
ああ、吐き気がする。そうお姉ちゃんは口癖みたいに呟く。
……実のところ、僕はお姉ちゃんのその言葉が嫌いじゃなかったりする。
お姉ちゃんは、嬉しいことがあると、いつもこの言葉を言うからだ。
──貴女がそう思ったように、頭の良い人も『世界が終わったんじゃないか』って考えたのよ。これは『世界崩壊論』って言われてるのだけど……まあ、頭の良い人が言ったから、皆そう思ってるだけよ。否定しようにも、何の根拠も無いんですもの。
お姉ちゃんは難しい言葉を噛み砕きながら言う。青白い顔の口元が動いた後、お姉ちゃんは机の上の本棚から本を取り出すと、僕に渡した。
──高校生用のだけど、社会科の資料集よ。これ読んで暇でも潰しなさい。貴方の知らない事が、一杯書いてあるから。
文庫本よりも大きくて、辞書よりも薄いそれを手に取る。良く分かる、専門家監修、マジ常識やからな、みたいな文字が一杯書いてあったけど、難しい字が一杯あって良く分からない。僕の知らないことより、読めない漢字の方が多そうだ。
それでも僕はお姉ちゃんから辞書も借りて、頑張って読んでみることにした。
だから僕の愛読書一号は、社会科の資料集だ。
小学三年生の夏の日。
僕はお爺ちゃんのいる田舎に家族で遊びに行っていた。家族と言っても、お姉ちゃんは一緒じゃない。高校三年生の受験生に、夏に遊ぶ暇は無いという。お姉ちゃんは頭が良いのに、それでも勉強しなきゃいけないなんて、大学って凄く頭の良い人がいる場所なんだな、と思った。
というわけで、僕とお父さんとお母さんの三人で新幹線に乗って西の方まで旅行だ。お姉ちゃん一人で大丈夫なのか聞いてみると、お隣のお兄さんに言ってあるから大丈夫らしい。
お姉ちゃんはお隣のお兄さんが大好きなので、じゃあ大丈夫だな、と納得しながら、新幹線から見える海を見ていた。青く澄んだ海とどこまでも広がる空は、遠い水平線を境にせめぎあっていて、あれじゃどこまでが海でどこからが空なのか分からない。
でも、ポツポツと黒い点のような海猫が飛んでいるのが、きっと空なんだろう。そんなことを考えながら、僕は窓の外をずっと見ていた。
お爺ちゃんの家はとても古い……いや、時代を感じさせる家だった。
旧世界から受け継がれてきたらしい日本家屋。木造平屋建てのお爺ちゃんの家は良く言えば歴史があり、悪く言えばボロかった。歴史を感じさせる木のシミや傷痕、何度か直した跡のついた
里帰り、といっても、僕がここに来るのは初めてだった。二歳くらいの時に連れてきたことがあると母さんは言っていたけど、僕は覚えていないので初めてみたいなものだ。
大きくなったなと、僕の頭を撫でる老夫婦は、僕にとっては赤の他人だったけど、どことなく父さんに似ていた二人に、僕は親近感が沸いた。
──縁側に、一人で座る。
照りつける太陽は、とても暑かった。
夏休みの里帰りにやることなんて無くて、僕はずっと縁側で、家から見える海を見ていた。すぐそこにある青い海は綺麗な海岸線があったけど、今年の夏はクラゲが大発生しているらしいので、遊んでいる人は全くいない。白いワンピースを着たお姉さんが、一人で遊んでいるだけだった。
……さて、どうしようか。
田舎の年寄りの家に、遊ぶものは無い。テレビはあるけどゲームは一つもなくて、チャンネルもこの時間は年配向けの地方テレビ番組ばっかり。家からゲームを持ってこようとは思っていたけど、良く考えれば僕が持っているのは全キャラを集め終わったポケットサイズモンスターのゲームと、少し前に世界最速を叩き出してお姉ちゃんにドン引きされた青いハリネズミのゲームだけだった。やり込むのは楽しいけど、終わるとそれまでなのがゲームの惜しいところだ。
愛読書の資料集もことわざ辞典もかさばるから置いていけと言われて手元に無いし、本当に暇だ。やることがない。辛うじて持ってきている本も、父さんの書斎から借りた難しい本だけ。何故僕は読めない本を持ってきてしまったのだろうか。
僕としてはこうして縁側でボーッとしていても良いけど、何だか家事を手伝っている母さんとお婆ちゃんが、ボケ老人を見るような目で僕を見ていたので、とても気まずい。早く外に遊びに行けと言いたげだ。
……子供は外で遊ぶ方が良いと思っているのだろうか。僕、あんまり運動とか好きじゃないんだけど。
別に運動神経が悪い訳じゃないけど、周りにはもっとすごい子が一杯いるので、相対的に運動が出来ないと思われているのだ。
……徒競走で瞬間移動使うのはズルいと思う。
それを記録にしちゃう先生もちょっとどうかと思う。
それはさておき、これ以上家にいると父さんと一緒にお爺ちゃんの畑仕事を手伝わされそうなので、海の方へ行ってみることにする。海には入れないけど、海は見ているだけで結構面白い。何と言うか、引き込まれそうな魅力がある。
玄関で靴を履き、お母さんに外に出てくると行って走り出す。太陽で暖められた石畳に、陽炎が立ち上っていた。
軽く走って、二分ほどで海には着いた。
青い空と、白い砂浜はとても綺麗だった。こんなに綺麗なのに人がいないのは勿体ないと思ったけど、良く見ると結構クラゲが浮いてる。確かにこれは入りたくない。
あと、ついでに言えば人が倒れていた。
……いや、これはついでに言うべきじゃなかった。
人が、倒れていた。
白いワンピースの女性が、海岸に打ち上げられるように倒れていた。仰向けになった体に動く様子はなくて、唯一右手だけが顔の近くに文字を書いていた。
『犯人はヤス』
どう考えても遊んでるだけだった。
でも、下半身は海に浸かっているので、結構手の込んだ遊びのようだ。折角の白いワンピースがびしょびしょで、体の張ったギャグに危うく拍手しそうになる。
取り敢えず、近寄ってみる。
倒れる女性の頭の辺りにしゃがんで見ると、彼女の横顔が良く見えた。
育ちの良さそうな、綺麗な顔立ち。腰の方まで伸びる髪の毛は、カラスの羽みたいな黒だった。
なんだか、僕の周りにはいないタイプの人だ。
「大丈夫ですか?」
気が付いたら、声をかけてしまっていた。お姉ちゃんの真似をしていたらそのまま移っていた敬語で話しかける。
倒れていた女性は、動かなかった。
「大丈夫ですか?」
聞こえなかったようなので、もう一度聞いてみた。
女性はピクリとも動かなかった。
「海岸で倒れてる、黒髪の素敵なお姉さん。大丈夫ですか?」
「……………………え、私?」
ガバリと。
ようやく気が付いたのか、お姉さんは弾かれたように顔を上げた。驚いたようにこちらを見る女性の顔が僕を射抜く。
まるで、あり得ない物を見たように開かれた眼。綺麗な黒い目が、可愛らしく僕を見た。
お姉さんはワナワナと口を震わせて、叫んだ。
「お……」
「お?」
「──おねしょた展開キタコレッ!!」
これが、お姉さんとの最初の出会いだった。
「いやーゴメンゴメン。苦節十二年くらい? 今まで誰にも話しかけられたことなかったからさーいやもう本当にテンション上がっちゃってつい心のゲフンゲフンいや失言が漏れちゃってよ。まさか私に話しかけてるなんて思わなかったから」
近くにあった堤防に座りながらお姉さんは笑って言った。先程まで海水で濡れていた服は、数秒で乾いた……というよりは海水が抜けていった。スルスルと水が抜けていく様子は、まるでそこに服なんて無いようだった。
僕は見たお姉さんを、恥ずかしいような、でも嬉しいような、何だか可愛い笑い方をする人だと思った。
「でもビックリしたよ、君は私の事が見えるんだね」
「そう言われても……お姉さんは幽霊とかだったりするんですか?」
「そのとーり! お姉さんてば幽霊なんですよ。いわゆる地縛霊って奴? 良くわかんないけど」
えへへ、なんて笑いながらお姉さんは僕の頬っぺたプニプニと指でつつく。
「……何か?」
「おー触った感触もあるんだ? 今までは他の誰かに触っても気付かれなかったからスゴイ新鮮てかプニプニ感ヤバいもうこれで生きていけそう」
「死んでるんじゃなかったんですか?」
「地縛霊ジョークだよ、じょーく。えへへ」
そう言いながら満面の笑みを浮かべるお姉さん。子供の顔つつきながらデレデレした顔を見せる姿は危ない人のようだった。警察呼ばれても文句は言えないんじゃなかろうか。
ただ、何となく止める気にはなれなかった。
「……お姉さんは何してたんですか? さっきは海辺で遊んでたみたいですけど」
「あぁ、アレも見てたんだ。いやーやっぱり何年も一人でいると退屈過ぎて、馬鹿みたいなことでも変なくらい楽しくなっちゃうのよ。そんなわけで海辺で一人追いかけっことか『犯人はヤス』ごっこして暇潰してました」
恥ずかしながら、と頭を掻きながらお姉さんが言うのを、僕は相槌を打って聞いていた。
その話を初めに、その後も色んな事を話した。お姉さんは海岸でクラゲをつついて遊んでいたことや、最近見つけた綺麗な貝殻がヤドカリに持っていかれたこととか、そんなとりとめの無い話を幾つもして、僕はそれを主に聞いていた。
それにお姉さんは話の途中で僕の事を色々と触ってきた。頭を撫でたり、頬をついたり、時には後ろから抱きついて変な声を出していた。
病気だろうか。
それにしても凄い嬉しそうだ。
話すのが好き、というより、話せることが嬉しいみたいな、そんな顔。
触れあうのが好きというより、触れられて、反応されるのが堪らないような、そんな顔。
僕はそれを、ずっと見ていた。
「──ねぇ」
お姉さんが、近場で本当にあった新婚夫婦昼ドラの如き修羅場目撃談を話し終えた辺りで、お姉さんはそう話を区切った。
「君は、さ……驚かないの?」
不思議そうに。
嬉しそうに。
でも、寂しそうな顔で聞いてくる。
──何故だか、見ていて吐き気がした。
「何がですか?」
僕は、何でもないような顔で聞いた。
「私、幽霊なんだよ?」
「それがどうかしました?」
「……いや、なんか思ってたより普通の反応で……べ、別に嫌なんかじゃないないよ? むしろ私の事を見つけてくれて、こうやって話せて……本当に、泣きたくなるくらい嬉しいんだけどさ。普通驚いたり……色々と、あると思ってさ。……拍子抜けっていうか」
──下を向いた面差しが、暗い影に落ちていた。落ち込んだ心が、彼女の顔を陰らしたんだ。
胸が、痛む。
何故だろうか。
お姉さんのそんな顔は見たくない、そう思ってしまう。
「ほら、私幽霊でしょ? だからこう……気味悪く思われても、仕方ないかなって」
「お姉さん」
僕は彼女の手を取って、顔を近付ける。合わせた目は少しだけ濡れていて、僕はそれから目を反らさない。
手を、握る。
さっきから触れられて分かっていた事だけど、お姉さんの手は冷たかくて、まるで海水みたいだ。もしかしたら、これが死人の冷たさなのかもしれない。
でも、僕には丁度良かった。
今年の夏は、いつもより暑いのだから。
「僕は、お姉さんの事をあんまり知りません」
難しい言葉はきっと必要じゃない。
大事なのは僕の心だ。
「生きていた頃のお姉さんの事は知らないし、何で亡くなったのかも知りません」
でも。
「それでも、お姉さんは今ここにいます。今までは誰にも会えなくて不安だったかも知れませんが……僕はお姉さんの事を怖がったりしません。気持ち悪くも無いです。僕にとってのお姉さんは、おしゃべり好きな素敵な女性ですから」
だから。
「……そんな悲しそうな顔をしないで下さい。暗い顔をされると、僕も困っちゃいますよ」
僕の言葉にお姉さんは目を見開いて止まりました。そして、言葉を噛み締めるように息を飲んだ後、
「──はうぅ」
変な声をあげながら顔を赤くし、あたふたし始めました。手を肩の辺りまで上げて何かを言いたげにさまよわせた後、両手で顔を覆って僕から顔を反らします。
耳は真っ赤になっていた。
「……うぅ、なにこれ凄いイケメン……本格的にショタ道に堕ちそう……」
お姉さんの声は小さくて、何を言っているのか良く聞こえなかったけど、何だか嬉しそうに笑っているようだったので、僕は何も聞かなかった。
……まあ正直な話、お姉さんが幽霊だと聞いて、少し驚いた。
でも、少しだけだ。
確かに僕は、幽霊を見たのは初めてで、幽霊と言うからには、きっと足元が透けていて、三角のアレを頭に着けた不気味な人を考えてしまったけど、それに比べてお姉さんは普通すぎた。
白いワンピースを着て、大人っぽい顔で子供のように笑うような、可愛い女の人だった。
お姉さんは少しの間、手で顔を隠しながら何かを唸っていたけど、それも数秒間だけで手を下ろして赤い顔を見せると、
「ん……その、ありがと。何だか、元気出てきた」
そう言って、照れながらもお礼を言うお姉さんは、とても可愛かった。
僕はそんなお姉さんを見て笑っていると、お姉さんは突然「うりゃー!」なんて言いながらに頭を振り、そのまま立ち上がると、
「よぉしこの勢いのまま、私のもっと凄い秘密も話してあげましょう!」
「……スリーサイズとか言われても反応しにくいだけですよ?」
「残念ながらお姉さんのスリーサイズはトップシークレットだから、まだ教えてあげません。そういうのは……ほら? 君がもうちょい大人になんないと色んな所から怒られそうだし」
「誰が怒るんですかそれ」
「……PTAとか? 少年の健全な精神の育成に悪影響がある、みたいな」
PTAとはそこまでするような人達だったのだろうか。
まあ確かに、会ったばかりの子供にスリーサイズを教えてくる女の人がいるなら、確かに問題にはなりそうだ。
「いや、まあ全然違うことなんだけどね。でもこれは凄いですよ、何せ生前の家族にすら内緒にしてたくらいだから」
「一発ギャグにしてはネタを寝かせ過ぎでは?」
「ギャグでもないから!」
お姉さんは僕の言葉に食って掛かった後、深呼吸をした。お腹の中に溜まった悪い空気を吐き出すように息を吐き、そして何かを取り込むように息を吸う。
その姿は、何だか躊躇してるようにも見えて、後悔してるようにも見えた。勢いで言ってしまったことを悔いているようだっだけど、お姉さんはよし、と呟いて僕を見て、こう言った。
「私──実は転生者なの」
少しだけ、時間が止まったように思えた。
海から聞こえるさざ波だけが、僕の頭に響いて。
遠くで、カモメの声が聞こえた気がして。
数秒間が、何よりも遠いように思えて。
そして。
僕は。
「………………………………………………で?」
つい、そんな間抜けな声で聞き返してしまった。
僕の返答に、お姉さんはキョトンとした顔をしていた。
「…………え? いや、それだけ……だけど」
「はあ、そうですか」
「軽ぅっ!? 反応軽くない!? 私としては今世紀最大の告白と言っても過言では無かったのに!」
「そんなしょっぱいこと言われて今世紀最大とか言われても……今月最大くらいでは?」
「その程度のレベルですとっ!?」
驚きを露にしながら僕に詰め寄ってくるお姉さんは、何て言うか、馬鹿っぽかった。
「まあ、確かに珍しいかもしれませんが、別に転生者とか結構いますし。前にテレビにも自称『織田信長の生まれ変わりさん』が出てきましたし」
「ええっ!? 何それどこ番組!?」
「ちなみに今『ODA50』というアイドルグループも結成されたりしてます」
「信長さんアイドルやってるの!? 日本一高名な偉人に何やらせて……えっ、グループなの? もしかして全員自称信長さん?」
「しかも男女混成グループです」
「日本は一体どこに向かっているの?」
「まだ見ぬ明日でしょうね」
「迷走してるじゃんそれ……え~何よそれ知らないわよ……やっぱり都会は頭がおかしいわ……恐るべしは新世界の日本か」
そんなに驚くことだろうか。
まあ、確かに現在の東京には、今や日本中のみならず世界中の不可思議が集まる街として世界的に有名だ。
曰く、『魑魅魍魎の巣窟』
曰く、『モンスターサラダボウル』
曰く、『日本のやべー都市』
そんな所に国の行政機関を置く日本の政府は気が違っていると良く言われているが、実際の所は治安も良いし変わった人が一杯いるだけで特に他の場所とは変わらない。
それに、そんな状態の国は別に日本だけではない。特に南北アメリカやアフリカの方だと、そういった風潮は結構大きい。最近だと、二十年ほど前に『黄昏』があったヨーロッパなんかも、そういう不可思議に対する反発は少なくなっているように思える。
……何せ神様がSNSで自分の日常を投稿する時代だし。
例えば神様の中でも良識のある存在として崇められるヘスティア神は現在、フォロワー数が世界一になるほどの人気ぶりだ。本人は大した事を呟いていないのにフォロワーが増えて戸惑っているらしいが、やはり『黄昏』を終わらせた功績者の人気ぶりは止まることはないらしい。
「まあ、現代ではわりと何でもアリなのが現実ですからね。お姉さんも生きていた時に違和感とか無かったんですか?」
「……まあ、高校の授業で魔法科があるって聞いたときは、ついに『さすおに』の時代に追い付いたのかとは思ったけど……私が行ってた高校だと専攻の先生がいなくて学べなかったけど」
「テレビとか見ないんですか?」
「……私の家、テレビ一台しかなかったし、父様が何時も使ってたし、携帯も買ってくれなかったし」
「厳しい家だったんですね」
「……単に、古いだけよ」
お姉さんは少し嫌な顔をしてそう言うと、すぐにコホンとわざとらしそうに咳き込んで話を反らした。お姉さんにとっても、あまり話したいことではないらしい。
「それはともかくとして……そっか、転生者とかそんなに珍しい物でもないのね……私の場合、前世の記憶を思い出したようなものだけどね」
「お姉さんの前世は、やっぱり旧世界の人だったんですか?」
「そうだけど、やっぱりって?」
「そういう転生者の人って、皆決まって旧世界の記憶を持ってる人が殆どなんですよ。何故だかは、良くわからないみたいですけど」
「そっか。まあ、私みたいなのが珍しくないのは……私としては、肩の荷が下りたというか……安心しちゃった。これならもっと早く言ってれば良かったよ……死ぬ前とかにさ」
お姉さんは寂しそうな顔をすると、ため息を吐いた。
仕方がないと、諦めるような顔だ。
後悔と未練がまとわりついた顔だ。
……まただ。
お姉さんが肩を落としたように悲しい顔をする度に、何故だか胸騒ぎがする。
自分の奥底から、気持ちの悪いものが這いずるように登ってきて、堪えきれない何かが喉から飛び出てくるようで。
──吐き気がする。
気が付けば、空は夕焼け色に染まっていて、太陽は海の向こう側に沈みかけていた。
どうやら長いこと話し続けていたせいで、既に夕暮れになっていたらしい。さっきまで澄んだ青色をした空は、見慣れたオレンジ色になっていて。
今は、それに嫌気がさす。
「……もうこんな時間か。ほら、今日はもう帰った方が良いよ。親御さんも心配するだろうし」
お姉さんは僕にそういうと、立ち上がったまま僕に手を伸ばす。僕はその手を取ると、お姉さんに引っ張られながら立ち上がる。
「……ねえ」
暗い顔をした女の子が、呟いた。
「……そういえば、私達自己紹介してなかったよね」
お姉さんに言われて、そういえば名前を言っていなかった事を思い出す。
正直なことを言えば、僕はなんとなしに忘れていただけだった。お姉さんと君という呼び方がいつの間にか定着してしまった僕達に、それ以外は大して必要では無かったから。
でも、もしかしたらお姉さんは、敢えて言わなかったのかもしれない。
そこにどんな意味が込められていたかは知る由もないけれど、きっとわざと名前を聞かなかったんだろうと思う。
『君』なんていう、わざとらしい言い方は普通しないのだから。
「そういえば、そうですね」
僕は、それだけ言って返した。
自分から、名乗ろうとはしなかった。
きっと、僕から言ってしまえば、彼女は返すのが当然だと思ってしまうから。
自分から、僕に名前を教えてはくれないから。
お姉さんは、何か言いたげに口を開いたものの、そのまま何も言わずに、顔を赤くしたまま俯いてしまった。
夕焼けよりも、ずっと赤い顔だった。
……なんでだろうな。
僕の焦らした態度に、もじもじした彼女に、優しい気持ちと暖かい気持ちと、少しの優越感を感じる。
何故だか妙に心地がいい。体は暖かいのに、心が冷たい泥の中に埋まっていく感覚がして、堪らない。
「……ケイコ」
やがて、お姉さんは震える声で言った。
「
「僕は好きですよ。お姉さんのご両親が、あなたの幸福を願ったことが良く分かります」
僕がそう言うと、お姉さんは恥ずかしそうにそっぽを向いた。ちょっと可愛い。
さて、お姉さんが名前を言ったんだから、僕もキチンと返さなければいけない。
僕は、少し胸を張って答えた。
「僕は、
「鈴蘭……うん、スズ君だね。ちゃんと、覚えた」
恥ずかしそうに僕を見るお姉さんを見て、僕は満足そうに頷くと、一度体をお爺ちゃんの家に向けて、ふと忘れていたことを思い出し、あっ、と声を出してお姉さんへと振り返る。
「お姉さん」
僕は、恵子さんとは言わなかった。お姉さんは、お姉さんと呼ぶべきだと思ったからだ。
僕は名残惜しそうなお姉さんの顔と目を合わせて、ちょっと大きな声で言った。
ちゃんと、聞こえるように。勘違いがあると困るしね。
「──また明日、遊んでくださいね」
お姉さんは面食らったように驚いて、僕の言ったことに気が付くと、目を輝かせて、何度も何度も頷いた。
首を振る人形さんみたいに、何度も、何度も。
「うん、うん! 遊ぼう! 明日も、一緒に!」
「はい、明日も一緒です」
僕はお姉さんに笑って、そのまま踵を返して家へと向かう。
──なんていうか、可愛いなぁ。
そんなことを思いながら、僕はお姉さんに手を振って家へと帰ったのだった。
「来ちゃった♡」
僕の部屋の障子から透けてきたお姉さんは、茶目っ気たっぷりにそう言った。
なんというか、台無しだった。
千歳鈴蘭
小学三年生、大人びた言動の少年。別に転生とかしてない。憑依ものでもない。ただの姉の真似である。
基本的に大人しく教室の隅で本を読んでるが、コミュ力は高いので孤立しない世渡り上手さん。運動神経は平凡で、国語と社会が得意科目である。
姉と同じく自己主張しないので両親は心配しているが、体の弱い姉と対照的に病気にあまりかからない健康さを見て安心してたり。
愛読書は社会科の資料集とことわざ辞典。何故だか良く分からないがとても真剣に読んでる。
隠れゲーマーであり、一度ハマるとガチになる。土管工事のおじさんが車に乗るゲームではバナナの皮を敵プレイヤーに必ず当てるタイプ。
神楽屋恵子
地縛霊(?)のお姉さん。別に誰かに地縛霊と言われたわけではないので自称である。
育ちの良さそうな外見だが、とてもフランク……だがそれは十二年も一人でいた反動であり、実際は大和撫子然とした物静かな女性。恐らく前世の性格が表面に出ていると思われる。
転生者、というよりも前世を覚えていて、生前は家族にすらずっと隠して生きていた。鈴蘭に一蹴されて気付いたものの、自分が思っていたより軽かった秘密に、内心安堵している。
オタクっぽい言動は前世のもの。その辺は多分そのうち明かされる。
主人公の姉
血色悪い系女子。作者のダウナー系を書きたい欲の被害者。お隣のお兄さんと、とある生徒会長とは幼馴染みで、風紀委員長をやっている。ダルそうな言動で勘違いされがちだが、凄い真面目で凄い優しい。
ODA50
オーディーエーフィフティ。
自称織田信長の生まれ変わりで出来たアイドルグループ。最初は番組企画からの一発ネタだと思ったら何故か人気が出て、今では様々な番組に引っ張りだこである。
男女混成、年齢は上は36、下は13才という異様のグループ。それ何て名前のシンデレラ?
構成人数の50人と、人間50年、そして『本当に信長だった確率は多分50%くらい』の50をかけている。
ヘスティア神
ギリシャの良心。青いヒモはついていない。
現在面倒みてる少年の携帯を使ってSNSを始めたが、一週間くらいでフォロワーが一億越えて奇声を上げた。
ちょいショタコン。
聖剣持った少年
神様が元気そうで何よりである。
『黄昏』
国によって呼び方は様々だが、概ね『黄昏の戦争』『ヨーロッパの黄昏』などと呼称される。
ヨーロッパ、正確には北海から地中海にかけた一帯で起こった、ギリシャ神話と北欧神話の神々の戦争である……が、実際は上陸前に人類がなんやかんやで終結させた。
大体はロキのせいだが、ゼウスも結構乗り気になり、止めに入ったヘスティア神と愉快な仲間たちが頑張った。
東京
別に魑魅魍魎は跋扈してないのに、勝手に対魔忍みたいな場所にされてる。解せぬ。
実際は治安が良い。ヤバイ奴等は結構いるが、警察もチート揃いなのでどっこいどっこいである。