現代神話──とある夏の日の契約──   作:PRD2

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何故か続いた。
 
なんやかんやで幾つかの話を平行して書いてるので、ついでに続きをば。
暇潰しにでもなれば、これ以上はないです。


02

 地縛霊とは一体何であるか。

 その答えはそもそも読んで字のごとく、『地縛』という文字に答えがあることは当然のことだけど、敢えてキチンと答えるなら『未練を残し現世に留まった霊魂』の事を指しているのだろうと思う。

 後悔を残して亡くなったり、恨みを忘れられずに亡くなったり、そういった何かしらの心残りがあって、成仏することが出来ない。

 ただ、幽霊なんて物を初めて見た僕からすると、そもそも幽霊は成仏するの? なんて思ってしまう。未練を残しているから地上にいるのか、又は未練なんて無くても成仏出来ず、ずっと地上をさ迷い歩いているだけなのか。その違いについて、専門家でもない僕には分からない。

 けれど、お姉さんは自分を『地縛霊』だと言った。

 ならきっと、お姉さんの中では自分は間違いなく地縛霊で。

 ──心残りがあるから、そう言ったのだ。

 

 

「ふーん、番組の内容もあんまり変わらないのね……朝は情報番組だけでつまんない」

 居間でテレビを見ながら朝御飯を食べていると、お姉さんは当然のように僕に後ろから抱き付きながらテレビを見ていた。この体勢でいると食べ物の味が分かるはず! と自信ありげに言っていましたが、そんなことは無かったようでしょんぼりしていた。

 その代わりに、お姉さんの意思で僕の体が何となく動くようで、僕の意思でご飯を食べつつ、残った左手でテレビのリモコンをポチポチと押すという、行儀の悪い光景が出来上がりです。

 お姉さんのひんやりとした腕が肩に乗っているけれど、幽霊だからかあんまり重いとは感じなかった。海水のように冷たい感触が首元を冷やしてくれるおかげで、夏の暑さも柔らかくなる。とても気持ちいいです。

「あ、本当に信長の生まれ変わりさんがテレビ出てる……なんかあんまり似てないわね、というか女の子だし」

「はむ……たしか女性側のセンターの人、だった気がします。一つのアイドルグループの中で、男の人と女の人のグループに別れているとか」

 僕は白米を箸で摘まんで食べながら言った。

 アイドルにはあんまり興味は無いけど、ニュースを見るとこのグループのことはよくやっているので、大体のことは覚えてしまった。

 例えばファンは『猿』って呼ばれてるとか、ヒット曲は『OK我らが桶狭間!』『恋する火縄銃』『THE SIXTH DAEMON』とか。社会科の先生がファンだから、よく給食中に放送で流れているので、歌詞もそこそこ覚えてしまった。

「ODA50……人間五十年って言ってたからかな。しかも十九才って……普通の大学生じゃん」

「男の人の方も、普通のイケメン新社会人だったらしいですよ」

「もうそれただの男女混合アイドルグループじゃん。日本どこに向かってるの……?」

 お姉さんは呆れたような、疲れたような微妙な顔で項垂れながらそう言った。お姉さんのサラサラとした髪の毛が肩にかかって、ご飯と一緒に食べてしまうところだった。危ない危ない。

「お姉さんが生きていた時は、特に気にならなかったんですか? テレビは見てなかった、って言ってましたけど、新聞とかも読んでなかったんですか?」

「読んでた、というよりは親に読まされてたんだけど……つまんないからコラムとか四コマ漫画の所ばっかり読んでた気がする」

「お姉さん……」

「いや、違うの。確かに前世では三十過ぎのOLだったけど、転生してからは何か精神状態が変わったといいますか……そう、肉体年齢に引っ張られてたんだと思う。だから良い年齢のお姉さんが新聞も録に読めないなんてことは……」

「………………じとー」

「そ、そんな目で見ないで……情けなくなっちゃうから、お姉さん情けなさでもう一回くらい死んじゃうっ」

 そんなこんなでお話を挟みつつ、朝御飯を食べ終えた僕は食器を流しに置くと、帽子を被って外に出る。

 両親は祖父母と一緒に朝早く畑仕事をしに行って家にはいません。本当は僕も連れていこうとしていたみたいだけど、揺すっても全く起きないので、書き置きと朝御飯だけ残して行ってしまったらしい。

 お姉さんは『信頼されてるね』って言ってくれたけど、どちらかと言えば呆れられているだけのような気もする。僕もお姉ちゃんも、何となく周りとズレている自覚はあるけど、お父さんとお母さんは普通だから。

 それでも真面目に理解しようと僕のことを知ろうとしてくれているので、二人が良い親なのは間違いないと思うけど。

「どこ行くの?」 

 玄関のドアをすり抜けて出てきたお姉さんが、楽しそうに付いてきた。昨日の夜にもう一度会ったときから、ずっとこんな調子で後ろから付いてきてるのだ。

 なるほど、これが背後霊。

 何となく、犬っぽいです。

「お小遣い貰ったので、お菓子でも買いに行こうかと」

「もしかして駄菓子屋? じゃあ私も行くっ。実は生前は一回も行ったことなくてさー。今はどんなお菓子が人気なの?」

「変わった味、って意味なら……マンドラゴラ味とかマンドレイク味のうまい棒があります」

「……それは、食べてもいいの?」

 実物を使っているのではなく、風味なので大丈夫らしいです。

 

 

 

 お婆ちゃんから聞いたいた駄菓子屋さんは、思っていたより小綺麗なお店だった。外側は色褪せたトタン屋根ですが、中に入ってみると掃除をしていたおばさんが、笑っていらっしゃいと声を掛けてくれました。

 木の戸棚に並んだ安っぽいプラスチックの箱にお菓子が沢山入っていて、掴み放題な飴やチョコレートに喜びながら、朝食と一緒に置かれていたお小遣いの100円玉を使ってうまい棒を10本買うことにした。

 お店の前に置いてある赤いペンキを塗ったベンチに座って、包装を開く。サクサクとかじると、コーンポタージュの風味が口一杯に広がった。

「やっぱりうまい棒はコーンポタージュ味が一番美味しいよね。王道だよ」

「僕はめんたいとたこ焼きも好きです」

「分かるー、お菓子だから濃い味付けが良いのかな……味分からないけど」

「幽霊ですから」

「むー、六畳間なら引っ付いてれば味が分かるって設定だったんだけど……」

 そう唸りながら、僕の隣に座ったお姉さんは拗ねたように足をバタバタと動かした。

 僕は確認のためにも、一度お姉さんの方に食べかけのうまい棒を差し出して見る。お姉さんはそれを見て、少し躊躇ったように動かなくなった後、目を閉じてパクリとうまい棒を食べる。

 ──ように見えた。

 口を離したお姉さんの目の前には、僕の食べかけのうまい棒があるだけだった。

「……服には触れるのに、うまい棒は食べれないんですね」

「どうなってるのかなコレ……いや、そもそも死んだ私がここにいるのもおかしな話なんだけど」

「お菓子いですね」

「可笑しいねー。服はオッケーで食べ物は駄目……どういう線引き?」

 駄菓子な話だ。僕は2本目のうまい棒を開きながらそう思った。

「リモコンは操作できましたけど」

「うーん……スズ君には触れられて、体も少しは動かせる。けど結局それはスズ君の体に私が干渉してるだけで、スズ君が感じてることは私は感じられない……リモコン持ってる感触はしなかったし」

「でも、僕には触ってる感じがするんですよね?」

「そうね……むむ、このプニプニ感、妙だな……」

 僕のほっぺをプニプニと指先でつつきながらお姉さんは訝しげな表情を浮かべた。気分は名探偵な小学生だ。

「うーん、このいくらでも触ってられる感じ……例えるなら百円ショップのスクイーズのような」

「お姉さんは遊びすぎてすぐ駄目にしそうですね」

「やだ、私の評価低すぎ……いやそうだったけど、今回は私が駄目になりそう、というか。くぅ、これがリアルショタの柔らかさ……くやしい! でも触っちゃう……!」

 そう言いながらほっぺをグニグニしてくるお姉さんの姿は、普通に危ない人だった。近所で見かけたら、問答無用で防犯ブザーを鳴らしてしまいそうになるレベルだった。

 ただ、お姉さんは幽霊歴が長いので、少し位は良いだろうと思いながら、お姉さんに遊ばれながらボーッとしていると、突然お姉さんの動きが止まりました。

「…………っ」

 どうしたのかと思うと、お姉さんは畑の方に続く道を見ていたかと思えば、すぐに僕の後ろに隠れるように──駄菓子屋の方へ行ってしまいました。

 僕が不思議に思ってそちらを見ると、女の人が歩いていました。お母さんと同じ位の年の、けれど何となく上品そうなおばさんがゆっくりと此方に歩いてきました。

「こんにちは。良いお天気ですね」

「あら……こんにちは」

 ふと、目が合ったので挨拶をすると、おばさんは挨拶を返してくれました。ゆっくりとした喋り方で、とても聞き取りやすい声をした人だ。

 ──何となく、お姉さんに似ている気がした。

「君は……ここじゃ見ない顔だね。遊びに来たのかな?」

「はい。祖父母に会いに両親と」

「そう……何もない場所だが、ゆっくりしていくと良い。自然は豊かだからね──あぁでも、森には一人で入ってはいけないからね」

 おばさんは、何だか悲しそうにそう言いました。

 それが、何故かお姉さんが悲しんでいる姿と重なって──心がざわざわとして、吐き気がした。

「……はい。森で遊ぶときは、大人の人と行くことにします」

「ふふ……素直な子だね。じゃあ、気をつけてお帰り」

 何かを思い出したようにおばさんは目を細めると、そう言って僕の頭を軽く撫でてから、ゆっくりと町の方へと歩いていきました。

 僕よりも大きなおばさんが、僕よりずっと小さく見えた。

「……もう出てきて大丈夫ですよ。お姉さん」

「…………うん」

 僕がそう言うと、お姉さんは駄菓子屋の壁をすり抜けて出てきました。悲しそうな──そしてどこか後ろめたそうな表情のお姉さんを慰めるように、僕は頭を撫でました。

 いつも元気なお姉さんが、声を漏らしながらポロポロと涙を流しました。ざわつく心を抑えながら、僕は撫でる手を止めませんでした。

 

 

「……あの人、私のお母さんなの」

 十分ほど涙を流していたお姉さんは、鼻をすすりながら、小さな声で話だしました。

「私の家……まだ生きてた時、私はすごい恵まれてた。お父さんが地方議員で、お母さんはそれを手伝ったり、学校の教育委員会でも頑張ってたり……だから、私は凄い期待されてた」

 お姉さんの話を、僕は相槌を打ちながら静かに聞いていました。

「お父さんは子供には自分と同じように議員になってほしかったから、本当は男の子が欲しくかったらしいけど……ほら、私は前世の記憶があったから、小さい頃のテストとか全部満点でさ……小学生の頃に弟が出来てからも、お父さんは私にずっと期待してた。

 お母さんも習い事とか一杯やらせて、それも何とかなってさ……一杯誉めてくれて、私も……凄い調子に乗ってたんだ。

 でも、それが続いたのは中学生の頃まで。

 スズ君は分からないと思うけど……大人になっても、学校の勉強を覚えてるのってせいぜい中学校まででさ。高校になるとずっと難しくなるし、そもそも前世の頃と地理も歴史も、科学も教えてくること違うし……上手く、いかなくなった。

 自分なりに必死にやったけど……前世の私はそこまで優秀じゃないし、頑張っても中の上とかで……お父さんもお母さんも、お前ならやれるって言って、勉強も習い事も厳しくなったのに……私は結局そこそこの成績しか出せなかった」

 最初でハードル上げすぎたんだよね、なんてお姉さんの渇いた笑い声が聞こえた。

 どこかから聞こえてくるうるさい蝉の声の中、けれどお姉さんの声だけは空しく響いた。

「……ずっとさ、期待が重いとは思ってた。私には荷が勝ちすぎるって──でも、いざそれが無くなると……弟の方に期待を向け始めた二人を見てたらさ……なんか、私には何も残ってないような気がして、必死になって頑張ってさ。

 でも、結局私は『普通の優等生』にしかならなかったんだ。二人が欲しがってた『凄い優等生』には、成れなかった。

 私はどこまで行っても普通でしかなかった。

 いや、前世の記憶を頼りに生きてきた私は──きっと普通未満だった。皆が子供の頃にしてる努力を、全部して来なかったんだから」

 だから、逃げ出しちゃった。

 お姉さんは、そう言った。

「こうなったら開き直ってやろう……なんて思ってさ、期待してないんだったら、なりたい自分に成ってやろう! みたいな、どっかのアニメ主人公みたいに家を飛び出したんだ。今まで自由に遊べなかった分、目一杯子供みたいに遊んでやろうって、学校も芸事も全部サボって、町の方にあった小さいゲーセンとかに遊びに行って──昔みたいに怒ってくれるかなとか思って、家に帰ったら……『もっと早く帰ってこい』ってだけ言われて、サボったこと何も怒られなかったの。

 ……バカみたいだよね? 期待されて調子乗ってたくせに、いつの間にか私が構って欲しくて期待してるんだからさ。

 お父さんもお母さんも、私にはもう期待してくれなくて、家の評判だけは落としてくれるな、みたいながっかりした顔で私を見てきて──なんか、もうどうでも良くなって…………」

 お姉さんはそこまで言って、口を閉じたけれど、少しするとはっきりした声でこう言った。

 ──だから、私は勝手に死んだんだ。

「別に自殺するつもりはなかったんだよ? 門限過ぎても帰らずに、山の中に入っただけ。私の家の持ってた山で、ただ大きいだけの山でさ、二人でさえ入らないような森の中まで歩いていった。

 勝手に期待して勝手に失望した二人に、少しやり返してやりたいと思ってた。

 それと同じくらい……今度はちゃんと叱ってくれるかな、とか期待してた。

 でも──結局良く分からないまま、私は死んだ。

 野犬とか、熊とか……何か動物みたいなのに教われた気はするの。良く覚えてないけど、爪で引っ掛かれたり噛まれたりして、首が切れちゃって──声が出なくなって。

 必死に走った。枝が刺さったり草で足が切れたりしながらずっと走って、逃げて、誰か助けを呼ぼうと思って。

 でも、最期は良く覚えてないけど、どこかで死んだ。

 凄く痛かったのと、死にたくないって何度も思いながら、ギュッと目を瞑ったら──いつの間にか死んでたの」

 お姉さんはそこまで話し終えると、僕の体に顔を埋めながら、疲れたように体重を掛けてきた。

 すぐ下にあったお姉さんの顔は、泣きつかれて目の周りが赤くなってて、顔もいつもより赤かったけれど──体は冷たい海のように冷えていた。

「気が付いたら外に立っててさ、ボーッとしたまま周りを見たら……お母さんとお父さんが泣きながら、お墓に拝んでるのが目に入って。

 一緒にいた弟に何してるの? って聞いたのに、返事がなくて不思議だったんだけど……墓碑に私の名前が彫ってあるのに気付いて、そこでやっと自分が死んだんだって分かった。

 泣いてる二人を見て……あぁ悲しんでくれたんだって、ぼんやり考えてたんだけど──結局は、それだけだった。

 二人は悲しんだ。お父さんは老けたし、お母さんは少しやつれた。小さかった弟はしょんぼりしてた」

 泣いて、疲れて、気を落として。

 そして、それだけ。

「ほんとにさぁ……バカみたいだよね?

 私は二人が変わってくれることを勝手に期待してた。私が死んだことで、二人の中で何かが変わるんじゃないかって……死んだ後まで期待してた。

 ──私が死んだくらいじゃ何も変わるわけがないって、一回目で分かってたくせにさぁ……」

 嗚咽混じりにそう言うお姉さんの頭を撫でる。烏のような、あるいは夜の海のような彼女の髪に触れながら。

 ──喜劇的とは、言うべくもなく。

 ──悲劇的には、一歩及ばない。

 親が死んだからと言って生き方を変える子供はきっと少ないのに、その逆は違うなんて考えるのは──虫の良い話。

 劇的な出来事は、そうあることじゃないのだから。

 

 それがきっと、お姉さんの心残り。

 勝手に期待されて、勝手に失望されて。

 勝手に期待して、勝手に絶望した。

 自分勝手で奔放で、けれど本当は、親に構って欲しかっただけの女の子の──『後悔』という名の心残りだった。

 

 

 

「……ごめんね。急に泣いちゃって……幻滅したよね……?」

 数分経って、落ち着いた様子のお姉さんが、目元を擦りながらそう言いました。

「そうですね。お姉さんって、思ってたよりメンタル弱いんですね」

「……スズ君は容赦ないなぁ。お姉さん、また泣きそうだよ……?」

「泣いたら泣き止むまで、何度でも慰めますよ」

「…………ちょっとカッコいいかな、って思ったけど、それって要はマッチポンプよね……?」

 僕の言葉にお姉さんはため息を吐くと、顔を上げました。泣き疲れたような顔をしながら、少し無理をして笑った。

「……ありがと。ちょっと、元気でたかも」

「もう良いんですか? 背中もさすりますよ?」

「……スズ君って、Sっ気あるわよね? ……うん、大丈夫。もう、終わった話だから」

 お姉さんはベンチから立つと、無理をして作った笑みで僕を見ました。赤くなった目が、僕を見ました。

「話しすぎて、もうお昼になっちゃったね……帰ろ? お父さんとお母さんが待ってるよ?」

 その笑顔は赤くて、しょんぼりしてて、けれど無理に作ったせいなのか、とても痛々しくて。

 ──吐き気がした。

 ──まるで喉元から得体の知れないものが這い出てくるかのように、吐き気がする。

「──そうですね。生きましょうか、お姉さん」

 僕はぎゅっと右手を握りしめてベンチを立ち、お姉さんの手を左手で握りました。

 中天の太陽も喧しい蝉の声も聞こえなくて、ただお姉さんの冷たい体温だけは僕の心に残り続けた。

 

 

 

 ご馳走さまでした、そう声を出してから食器を片付けて、僕の荷物のある部屋へと歩いていく。

 中に入るとそこには、ダラダラと床に寝そべるお姉さんの姿がありました。自堕落、という言葉が誰よりも似合うに違いなかった。

「おかえりー。昨日の夜もちょっと見たけど、スズ君の両親って見た目より若いね。実家が農家って聞いたけど、なんか色が薄いし」

「いつもは東京で税理士してますからね」

「おお、それは凄い。お金もガッボガッポでしょそれー」

 お姉さんの気の抜けたような声を聞きながら、僕は実家から持ってきた鞄を漁った。中にはゲームと本と、そして僕の日々のお小遣いが入った財布が入っていた。僕はチェーンの付いた財布をポケットに入れてズボンの腰にある輪っかに通すと、お姉さんの肩を揺すります。

「ほら、行きますよ。お姉さん」

「んー……どこ行くの?」

「取り敢えず文房具屋さんに一度寄ってから、お姉さんのご実家に」

「ごめん、今お姉さんちょっとやる気が……へ? なんて?」

 気の抜けた返事を途中で止めたお姉さんが、驚いた顔で僕を見た。何か聞き間違えたのか、不思議そうな顔をしたお姉さんに僕ももう一度言いました。

「文房具屋さんに寄ってから、お姉さんのご実家に行きます。お姉さんも付いてきてください」

 僕ははっきりとした口調でそう言うと、お姉さんは困惑した顔で、

「えっ……とっ…………な、何で?」

「取り敢えずお姉さんのことを話に。お姉さんは地縛霊ですけど、僕とはこうして話せるわけですから、僕の体を少し操ってメモとかに書けば会話が」

「い、いや、そうじゃなくてさ……? その、何度でそんな展開になったか分からないけど……ほら、いきなり私が幽霊だって言っても信じる方が難しいというか。あとそもそも何を話せば良いのか分かんないっていうか……

 スズ君が気を使ってくれてるのは分かるよ? でも、そんなことしても、門前払い食らうのがオチっていうか

「お姉さん」

 僕はもう一度、はっきりとした声でそう言った。

 真剣な目でお姉さんを見ると、困った顔をしたお姉さんが良く見えた。僕は目を離すことなく、

「二人に、お姉さんのお父さんとお母さんに言いたいことは無いんですか?」

「そ、そりゃあ……ないことは、ない、けど……ほ、ほら! そんな十二年も前のことを蒸し返したって……な、何も良いことないし……」

 言い淀みながら、躊躇うような声を出すお姉さんに、僕は言葉を重ねた。

「でも、言いたいことはあるんですよね?」

「…………」

「文句でも、愚痴でも何でも良いです。それでも言いたいことがあるんですよね?」

「………………ある、けど……そんな、今さらそんなこと言っても、なんにもならないよ……」

 諦めたように声を出すお姉さんに、それでも僕は声を重ねる。

「それでも、言った方が良いです。

 勝手に期待されて辛かったとか、期待されなくて悲しかったとか、厳しくされて嫌だったとか、叱りつけて欲しかったとか、自分を認めて欲しかったとか、もう少し気に留めて欲しかったとか、死ぬ前に凄く怖かったこととか、死んだ後もずっと寂しかったことでも何でもいいんです。

 なんならお姉さん自身のことじゃなくて、もっと別のことでも良いんです。元気でやってるのか、それともどこか具合が悪かったりしないかとか、お父さんの調子でもお母さんの健康状態でも弟さんの成績やら、他にも実は前世の記憶があったことでも、最近僕と会ったことでも、海で遊んだことでも、綺麗な貝殻拾ったことでも、現代日本は明日に生きてることが分かったことでも、駄菓子の味が懐かしいことでも。

 お姉さんが話したいことを言えば良いんです」

 まるで自分の物じゃないかと思うぐらい、口が勝手に言葉を紡ぐ。けれどそれは大して不思議なことでも無いだろう。

 なぜならそれは、全部お姉さんが僕に話したことなんだから。

 お姉さんは僕に話した。

 なら同じことをお父さんとお母さんにもしてやれば良い。折角幽霊になったんだから、文句でも何でも話さなければ損だ。

 後悔があるなら、なおさらに。

「そ、そんなこと……話したって、仕方ないよ……」

 お姉さんの声が聞こえた。今にも泣き出しそうな──追い詰められた子供のような声を。

 それでも。

 それでも、僕ははっきりと声で言った。

 

「それでも。伝えないと、伝わらないです」

 

 結局は、そういうこと。

 後悔の言葉も、誰かへの文句も、あるいは愚痴でも世間話でも。

 伝えないと、伝わらない。

 話さないことには、何も始まらない。

 声をあげて主張もせずに気付いてほしいなんて、それこそ虫の良い話だ。相手が他人だろうが友人だろうが、親だろうが子供だろうが──言いたいことも言わないくせに、本当の気持ちが伝わるような都合の良い世界は、新世界だろうと旧世界だろうと存在しない。

 本当に伝えたいことは、例えテレパシーでも読み取れない。心の底にある思いは、言葉にしなければ誰かと共有出来ない。

 言葉は、そのためにあると僕は思うから。

 ……お姉さんは僕がそう言うと、少しの間目を見開いて──その後、息を吐きながら手を顔に当てた。

 納得したというより、呆れたような。

 それでもどこか──淀んだ気持ちが晴れたような、そんな嘆息。

「……スズ君ってさ、意外と頑固だよね」

「はい。姉に良く言われます」

 自分の意見を決して曲げない所が、自分にそっくりで吐き気がすると、毎日のように姉さんに呆れられている僕だから。

「小さくて行儀が良いけど、実は結構毒吐くし。私にも意地悪してくるいじめっ子だし、Sだし」

「……それは、自分ではあんまり分からないですけど。でもお姉さんがそう思ったなら、それが僕です」

 自分では自覚はないけれど、お姉さんが言うには、自分で思うよりも僕はいじめっ子のようだった。

 それでも何となく、大人になっても僕は変わらないだろうなって、今の僕は思う。

「でも……そっか。それも──言わないと、伝わんないもんね」

 お姉さんは最後にもう一度大きく息を吐くと──気合いを入れるように自分の頬を叩いた。ぱしんっ、という高い音が響き……既に後悔したように痛そうな顔をしたお姉さんの頬を、僕は擦った。

 ちょっと赤くなっていて──けれど海のように冷たかった頬は、少しだけマシになっていた。

 あと、わりとプニプニでスベスベだった。

「……いたい」

「お姉さんは、ちょっとアホですよね」

「思ってのより三倍痛かった……少年漫画の主人公とか、凄い度胸あるよね」

「海賊だったり死神だったり忍者だったりお巡りさんだったりしますから」

「……世界終わってもその漫画伝わってるのね。人類やっぱ未来に生きてるわー」

 そんな呆れた声を出しながら、けれどお姉さんは立ち上がって笑う。

 無理をしていない──自信と決意が満ちたような、そんな笑顔でした。

「よし……じゃあ、取り敢えずその漫画も読ませてくれなかった実家に──文句でも言いに行きますか!」

 その威勢の言葉を聞いて僕は笑うと、お姉さんの左手を右手で繋いだ。冷たいお姉さんの手を握り、僕はぎゅっと力を入れた。

 

 




千歳鈴蘭
近年希に見る、見た目は草食系中身は肉食系のぐいぐい来る系のショタ。つよい(確信)。SかMかで問われれば、どちらかと言うとドS。
お姉さんを引き連れて実家にご挨拶が決定した。本人はとても自信ありげである。

神楽屋恵子
メンタル貧弱系女子。期待されて調子に乗るし、見向きもされないと構ってほしさで色々やらかすのは前世からだったり。SかMかで問われれば、どちらかと言うとM。
死後十二年経ってやっと開き直り。恵子は決意した(アンテ感)。

恵子の母
今はPTAの偉い人。
心労やらなんやらで年齢のわりに老けてる。

うまい棒
とても美味しく、そして十円──店によっては九円という驚異の価格を維持する凄いお菓子。
新世界でも新フレーバーが売られるくらいには人気。マンドラゴラ味とマンドレイク味をはじめ、ガルーダの卵味やメガロドンソーセージなど人類種以外に向けたフレーバーも豊富。
『くっ殺』系エルフ風味は開発担当が彼女のエルフに止めるよう脅されて『くっ、(開発を止めさせられるくらいなら)殺せ!』と言ってボコボコにされたので中止になったのは有名な話。


ここまで読んだくれた方に感謝と、そして謝辞を。
恐らくこの物語に感動はありません。読んでいてスッとすることもなく、あるいは満たされることもなく、もしくは考えさせる内容でもなければ、きっと楽しいオチにもならないでしょう。
喜劇的ではなく、悲劇的でもなく。
ちょっと刺激的ではあっても、大したことはないでしょう。
最後にあるのは、結局は自己満足。
万人の同意ではなく、一人の納得だけがそこにはあるでしょう。
……次回、あるいは次々回で最後です。
気負わず、ゆるっとお待ちください。


……なんかカッコいい予告したかっただけです。はい。
小説の巻末の次回予告とか、ワクワクしますよね。
そういうことです。


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