戦術人形と軍人と【完結】   作:佐賀茂

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日常的小説に日常回をぶち込んでいくという暴挙。
普段以上に緩い感じですけど文字数は何故か比較的多め。どうしてこうなった。


05 -サイドアームとオフショット-

 あぁー、疲れた。昨日は年甲斐なくハシャいでしまったせいか身体のそこかしこが痛い。何とも表現し難い倦怠感が全身を支配している。しかし、しかしだ。あんなに教え甲斐のある連中を4人も面倒見させてもらってテンションが上がらない方が俺はどうかしていると思うね。今となってはクルーガーに感謝だな、他の戦術人形を知らないからまだ何とも言えない部分はあるが、こんな感じで教育が出来るのであれば今後も余暇次第で請け負ってやってもいいかもしれない。

 

 結局昨日は4人が満足するまで付き合ってやろうと思っていたら、あろうことか俺の体力が先に底を付いてしまった。そりゃあいつらは人形だもんね、疲労感は感じたとしても肉体的疲労なんてないだろうからね。人間の俺の方が先に限界が来てしまうのは自明の理。確定的に明らかというやつだ。

 で、その後は通常なら普通に解散して終了の流れなんだが、昨日はお互いに振り切ったテンションが収まり切らなかったのか、そのまま一緒にメシを食らいながら戦術論に関してディベートの真似事なんかをしていた。まだまだ知識量や経験で負ける気はしないが、これはもうそう遠くないうちにサクっと追い抜かれてしまうだろうなって予感をひしひしと感じた一日だったな。人間と比べてしまうのがそもそもお門違いなんだろうが、能力も資質も意欲も段違いだ。あんなのが大量生産されてしまった日にはマジで世界の救世主になってもおかしくない。戦術人形には冗談抜きでそれくらいのポテンシャルを感じる。俺が過去の任務で見かけた戦術人形は良くも悪くもメカっぽさが際立っていたが、このご時世でもしっかり技術ってのは進歩するんだなあ。いや、こんなご時世だからこそか? ま、どうでもいいことだが。

 

 そういえば、そもそもの話として何であの4人が俺に師事を請うことになったのか、ちょっと気になったので聞いてみた。クルーガーに聞いても有益な情報は何一つ出てこないことは容易に想像出来るからな、あいつは無駄口は稀に叩くが、無駄な口は開かないタイプだ。そこら辺はきっちりしている。

 で、俺の質問を受けた4人はしばしの間困惑していたのだが、「教官なら」ということでその口を開いてくれた。うーむ、Need to knowとか情報統制とかまだ甘いのかな? もしくは、そこら辺の情報価値判断が甘いのかもしれない。別段情報を悪用やら横流ししようだとかはこれっぽっちも考えちゃいないが、思った以上に重い感じになってしまったので、聞いちゃいかん情報だったのかとちょっとドキドキしちゃったのは内緒だ。

 ちなみに、答え自体は割と単純かつ納得の行くものだったので深くは気にしないことにした。戦術人形自体は既にそこそこの量とモデルが実用化されているが、M4A1を筆頭に彼女ら4人は今までの製造工程とはちょっと異なる特殊な人形らしい。要するに新型というやつだ。ワンオフモデルのフラッグシップとでも言えばいいのかな、まあそれなり以上に貴重な存在らしかった。

 で、虎の子の新製品をいきなり戦地にドーンってわけにもいかなかったらしく、色々な実験も兼ねて人間ベースの「教育」を施したらどうなるかってのをお偉いさん方は見たかったらしい。その辺の流れは彼女たちも詳しく知らないようだ。身も蓋もない言い方をすれば所詮彼女たちも商品だからなぁ、致し方なし。

 

 まあ、その新製品が何でクルーガーのところに流れてきて、更には俺なんかの指導を受けているんだっていう別の疑問は出てくるが、聞いても仕方が無いことばかりなのでそれ以上は辞めておいた。どうせ知ったところで俺が何か出来るわけでもないし、下手に突っこんて虎の尾を踏むのも御免被りたい。人間様は分相応に生きるのが長生きのコツ。

 

 そんなこんなで非常に充実した一日を過ごしたわけなんだが、今日はちょっと軽めかつ横道のメニューをやってみようと思います。正直に言うと俺の身体に少しガタがきてるというか、回復し切れていない。非常に恥ずかしい話ではあるんだが歳には勝てなかったよ。目が覚めた時から違和感はあったが、時間が経ってきてちょっと本格的にヤバそうだなって予感がしている。普通であれば後方勤務に移っててもおかしくない歳だからなあ、あーやだやだ。

 

「よう、教官。今日もよろしく頼むぜ……何だ、調子でも悪いのか? 私らのために色々としてくれるのは嬉しいが、無理はしないでくれよ?」

 

 最早恒例となった集合場所にていつものメンバーが揃って開口一番、その表情を曇らせながらM16A1が吶喊してくる。ウッソだろお前、確かに疲労を残してはいるが、それを顔に出すほど耄碌しちゃいないぞ俺は。自慢じゃないがポーカーフェイスには自信があるんだ、上がしんどいツラしてたら全体の士気に関わるからな。少なくとも今まで、どうしても無理で事前に伝えておいた時を除いて部下にコンディションがバレたことはない。それを対面1秒で見抜いてくるってどんだけだよ。びびるわマジで。

 M16の言葉を聞いてか聞かずか、他の3人も似たような感じだ。AR-15に至っては普段の態度は何処へやら、露骨にオロオロしだしている。えぇ……ちょっとどうしてくれるんだこの微妙な空気。俺を気遣って発言してくれたのは分かるんだが、逆にやりづらいわ。

 これが人間ゴリラ予備軍の新兵どもだったら一喝して終わりにも出来ようもんだが、相手は見目だけは麗しい少女4人。ちょっとそういう手段は憚られる。

 

 うーむ、どうしよう。初見で見破られてしまった以上見栄を張ってしまっても仕方が無いんだが、かといって素直に認めるのも何だか癪に障る。いやしかしここまで来てしまった以上はただの意地になってしまうなあ。ここは素直に認めたほうがいい気がする。だが絶対に休みにはしないぞ。この限られた期間で丸一日無駄にするなんて勿体無いことはしたくない。

 

「まぁ、教官が言うのならいいのだけれど……M16の言うとおり、無理はしないでね」

 

 AR-15がばつが悪そうな表情とともに言い述べる。いやそこは切り替えて欲しいところなんだが、彼女にはちょっと難しい話だったか。とりあえず気にするな、と半ば無理やり話を終わらせて訓練の話に入るとしよう。

 

 今日は今までのような射撃訓練や遭遇戦訓練ではなく、サイドアーム――いわゆる拳銃やナイフといった補助武器の鍛錬を行おうと思います。別にこれを本腰入れてやるつもりはまったくないんだが、今後戦場に出ていくうちにメインの銃器が使えなくなったり、タフな任務で弾切れになることだってあるだろう。そうなった時にたとえその場凌ぎであっても、第二第三の手段は持っておくに越したことは無い。生き残る可能性は1%でも高い方がいいからね。

 

 ということで、それぞれに拳銃なりナイフなりを持たせて改めて射撃訓練を行ったり格闘術の指南などをしているわけだが。やはりというか何と言うか、従来よりも格段に覚えが遅い。具体的に言うと、比較的優秀な人間の新兵レベルにまで落ち込んでいる。いやそれでも十分すごいっちゃすごいんだけど。

 

 とは言え、今までに比べるとあまりに覚えも動きも悪いので、やっぱりあまりよろしくないんだろうかと思い声を掛けてみたが、どうやらこれは一種の「仕様」であるらしかった。

 彼女たちはどうも自分の武器と特別な繋がりがあるらしく、リンクされた武器であれば文字通り手足のように扱えるそうな。しかし、それはあくまで「電脳側」にそういう処理を施されているだけであって、その電脳が搭載されている義体側はそうではないらしい。通常は実戦を繰り返すうち、電脳が持つ情報と義体の持つスペックのすり合わせを行う、いわゆる最適化が行われる。初日の射撃訓練でAR-15が顔面にスコープをぶつけたのも、電脳側は銃の持つ火力、連射速度、反動量などを既に知っていたが、それらを適切に制御するための義体側の情報が無かった故の失態だったというわけだ。

 彼女たちの凄まじい成長速度は、この落差が埋まっていく過程に過ぎない。より正確に言えば「成長している」ではなく「本来の性能に近付いている」と言った方が正しい。そして今行っている訓練というのは、電脳側にも情報が一切インプットされていない新規事項である。その性能や効果的な扱い方を一から学ばねばならず、そしてそれを義体に対して適切にフィードバックさせていかなければならない。本来の得物と違って習熟速度に大きな差が出ているのはここが原因だろう。

 

 うーむ。もしやこの訓練、ほとんど意味がないのでは? というか、彼女たちの言が事実であるならば、今俺がやっていることは戦術人形そのものの否定とも取られかねない。ちょっと最近読みを外しすぎているな。いよいよ引退も考えるべきなのかもしれない。

 

「そうでもないぜ教官。言われたとおり、生き残るための手段ってのは多いに越したことはない。それに、これはこれで新鮮だしな」

 

 ナイフによる格闘術に四苦八苦しながらも、イケメンスマイルを輝かせながら答えてくれたのはM16の姉貴だった。素敵。もう俺も姉さんって呼んでいい? ダメかな。歳の差考えたら厳しいもんな。

 

「そーそー! 楽しいから大丈夫だよ!」

「ええ。SOPMODⅡは置いておくとして、これもひとつの知識です。無駄ではない……あ、また外した……どうして……」

「そう、ですね。私たちは、貴方から全てを学ぶと決めましたから」

 

 M16とナイフでじゃれあいながらSOPMODⅡが。9mm拳銃で必死に的当てを続けながらAR-15とM4A1が続く。ほんっと君たち聖人かよ。人形だったわ。

 ただ、俺を気遣ってというのも多分にあるんだろうが、無意味な嘘を吐いているようにも感じられない。彼女たちが言う通り、無駄だとは思っていないようだ。であるならば、言葉に甘える形にはなってしまうがわざわざ中断させてしまうのも締りが悪いというものか。どちらにせよ、俺の体力的な問題もあって昨日のようなチキチキ耐久遭遇戦訓練コースは正直出来そうにない。座学も考えたが新規の教材が無い以上、これこそほぼ無意味だ。じゃあもうやれることほとんどないじゃんってことで、レクリエーションがてら軽めの負荷でこなしていくとしようか。お前たちも喋りながらでいいぞ、折角だし楽しみながらやろう。

 

「おお、いいね。たまにはそういうのも悪くない。それで早速なんだが、教官にいくつか質問してもいいか?」

 

 なんだ藪からスティックに。別に構わんぞ、答えを言える言えないは別だけどな。

 

「教官って結局どこの誰なんだ? 軍人なのは分かるが……逆に言うとそれしか分からん」

 

 うーん、一応念のため黙秘で。別にそれくらい言ってもいいんじゃないかとは思うが、クルーガーが俺が軍人だという情報以上を伝えてないってことはつまりそういうことだろう。多分俺とG&Kとの関わりというか、痕跡は極力残したくないんだと思う。まぁ普通に教官やってるけどバレたら普通にヤバいし。主に俺とG&Kが。座学で使った作戦報告書だって出元は流石にぼかしてある。

 

「えーつまんなーい! あ、じゃあじゃあ、教官って歳幾つなの? おじさん?」

 

 やかましいわ! 立派なおじさんじゃい文句あるか! 自分が若くないことはもう嫌でも分かってるんだが、こう年端も行かないような少女に火の玉ストレートをぶん投げられるとちょっとしんどいものがある。認めたくはないが、認めざるを得ない。つらい。

 

「こら、SOPMODⅡ。すみません教官。ところで、オフの日などはどう過ごされて?」

 

 おおっとプライベートに突っ込んできたか。まぁ逆にそっちの方が隠すことがなくて助かるんだが。特にこれといって大層な趣味を持っているわけじゃないしなあ、本を読んだり銃器の手入れとかしてるよ。俺みたいな軍人には何もない日ってのはそれだけでありがたいからな。貴重な時間をのんびりと謳歌するのもまた乙というものだ。

 

「あ、あの……そういう日はお食事とか、どうされているんですか?」

 

 んん? えらいピンポイントで突っ込んできたな。別にいいけど。大体が兵舎の食堂だよ、たまに余った配給食ったりするけど。メシなんて食える程度に味が整ってて腹が膨れて栄養があればなんでもいいからなあ。あ、戦地でメシを調達する予定がある時は香辛料は絶対に持っていけよ、世界が変わるぞ。

 

「へぇ、まあ軍人ならそういうもんか。ところで教官は……独身か?」

 

 何かどんどん突っ込む角度がエグくなってきてない? 気のせいかな? うーむ、黙秘で。唸れ俺のポーカーフェイス。

 

「あっ! 好きなタイプとか聞きたーい!」

 

 ハイ黙秘。

 

「あら、それはちょっと気になるわね。年上が好み? それとも年下かしら?」

 

 ……黙秘で。少なくとも見た目未成年は確実に守備範囲外だが、あえて情報を垂れ流す必要もなかろう。

 

「ちょ、ちょっと皆。教官が困ってるじゃない」

 

 天使かよ。

 

「はっはっは! いや、悪いな教官。訓練中に興が乗りすぎた。……で、実際のところどうなんだ?」

 

 悪魔かよ。

 

 いや、M16姉さんが仰るとおり一応今やってるのもお遊びじゃなくて訓練だからね、やると決めた以上は真面目にやってくれんと困るわけですよ。ということで質問タイム終わり。終わりったら終わり!

 そんなこんなで一見ふざけているようにも見えるが、声を出しながらも皆訓練は真面目にやっているからこれ以上強く出られないのもつらい。楽しみながらやろうって俺から言っちゃってるしね。反故にしたくもないし。

 

 ま、たまにはこういう時間があってもいいだろう。彼女たちは確かに戦術人形として、戦うためにその生を授けられている。これは否定しようがないし、俺も否定するつもりはない。だけれども、一度その手から殺人兵器を手放してしまえば、彼女らは少なくとも見た目はただの少女に成り下がってしまうのも事実だ。AIのことには明るくないが、新型ってことはこのご時世に生まれてからそんなに時も経ってないだろう。見目相応の、女子らしさが垣間見えてしまうのも無理からぬことだと思う。

 そういう部分も全部ひっくるめて、彼女たちの在り方を受け入れてあげた方がいいんだろうな。うん、たまにはいいだろ、たまには。

 

 明日には俺の調子も戻っているだろうし、今日の遅れを取り戻すくらいの覚悟でビシバシやっていかないとな。今までの遭遇戦みたいな訓練じゃなくて、屋外のフィールドを使ったより本格的なメニューでもやってみるか。普通基礎訓練の段階でここまでやらないんだが、彼女たちならきっと大丈夫だろう。というか、今までの訓練を超スピードでこなされてきた以上、こちらとしては訓練の難度を上げていくしかない。俺も今まで以上にキツくなるが、こんなおじさんの努力で未来の救世主が育てられるなら安いモンよ。

 

 というわけで、今日はこのまま比較的緩いペースでやっていくとしよう。電脳にそういうのが必要なのかは分からんが、訓練を兼ねた息抜きと捉えればそう悪くはあるまい。なんだかんだで明日には明日の風が吹くもんだ、きっと大丈夫。今までもそうやって生きてきたんだからな。




教官おじさんのイメージは大体40前後のあんまりいかつくない系を想定して書いてます。いわゆるイケオジではないタイプ。そういう内面三枚目キャラ好きなんですよね……

すっかり過去作になりましたが

  • 最近新しく読み始めたぜ!
  • 定期的に読み返してるぜ!
  • AR小隊はいいぞ

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