教官おじさんの話が思った以上に長くなってしまったので前後編に分けます。年寄りは話が長くていけねぇな。
よしよし。体調もすっかり元通りになったな、これなら今日からの新しい訓練も大丈夫そうだ。
先日のサイドアーム訓練から過ぎること一日。よろしくないコンディションを引っ張り続けるのも非常によくないということで、訓練自体も日が落ちる頃には早々に切り上げ、英気を養うために早めの就寝を心掛けたのだがこの選択はやはり間違っていなかったようだ。しかし、場合によってはもっと長期の任務に赴くことも当然あったのだが、それらを遂行していた時よりも疲労のピークの訪れが早いようにも感じる。教官という立場は、部隊の上官とはまた違った負荷がかかることは承知の上ではあったが、やはりバイタルが完全に死ぬまで動き続けたのが良くなかった。携帯端末のバッテリーだって使い切ってしまった方が消耗が早いしな。ここら辺は生身も機械も変わりないのかもしれない。
訓練を切り上げてから、何故だかなんだかんだ遠回しに俺に気を遣ってきたり世話を焼こうとしていたAR小隊の4人だったが、そんなに心配される程落ちぶれちゃいないってことで丁重にお断りした。俺はあいつらの教官ではあるが親ではないしましてや被保護者でもないわけで、そこまでされるだけの理由も義理もないからなぁ。彼女たちには俺なんぞの心配に余計なキャパシティを割くよりも如何に早く、そして効率よく強くなれるかを追い求めて頂きたい。それが戦術人形たる彼女たちの使命だろうし、よしんば心配をするのであればもっとそれに見合ったターゲットを追い求めるべきだ。こんなおじさんをヨイショしたところで得られるものなんて何もない。
さて、体調の確認も終え、問題ないことを認識した俺が向かっている先はいつもの集合場所ではなく、G&K社の外にあるフィールドである。
今のご時世、何処の誰も統治していない、所有権のない土地ってのは名目上は存在しないんだが、それはあくまで名目上の話であって、実際はどうなろうが誰も知ったこっちゃ無い場所というのはそこかしこに存在している。大きく分けて"人が住めなくなった土地"と"人が住まなくなった土地"の二つだ。ただでさえ地球の7割は海だというのに、更に人の住む場所が減ってしまっては困るのではないか、という至極単純な疑問も沸くだろうが、それに対しては至極単純な答えが用意されている。それでも困らないくらいに人の数も減っているからだ。
その直接的な要因としては、ちょっと前に起こった第三次世界大戦の影響が強い。歴史の教科書に載っているような第一次、第二次世界大戦と違い、当時は開戦当初から各国の軍事力、技術力が大いに発揮されてしまった。その最たるものの一つが核兵器である。自国の民を無碍に危険に晒すことなく、敵国の民、土地に大打撃を与える必殺のニュークリアウエポンは、初っ端から大活躍してしまった。そして、深刻な汚染を撒き散らす兵器が世界中で使われた後、EMPの影響で各国の航空戦力、海上戦力のほとんどが無力化されてしまい、残ったのは石器時代もかくやと言わんばかりの人力戦であった。核兵器と人間という限られたリソースを惜しみなく投与し続けた結果、大量の汚染された大地と、少量の人間が残ったというシンプルな話である。
そうして環境的に人が住めなくなってしまった土地、その煽りを受けて人が住まなくなってしまった土地等がこの近辺にも割とそこら中にある。特に第一次産業を行っていた地方や街は壊滅的だ。土地が死ぬ上に、周りの土地が死んでしまっては買い手もつかなければ、日々の生活すら危うくなってしまう。そんなわけで、地方自治を任されているPMCが名目的に預かってはいるがしかし、実のところただの荒地という状態が続いてしまっている。というか、そのPMCの一社であるG&Kとしてもここはいわゆる訓練施設のようなものらしいので、周りに余計な人が居ない方が逆に都合がいい。こんな場所を選んだ理由もそこが大きいんだろう。
まあ、そんなあわや絶滅の危機と言っても過言ではない状況にまで追い詰められた人類ではあるが、それでも尚俺たちは愚かにも逞しく日々を生き抜き、常々隣人と睨み合っている。手を取り合うなんて発想は何処の誰も持ち合わせていないようだ。死ぬのは当然嫌だが、人類は一度滅んでもいいんじゃないかなって時々思ってしまう。それか人間はそこらのシェルターにでも篭って、人形たちに全て任せてしまえばいいんじゃないかと考えるくらいには、まぁあんまり希望や未来なんて明るい思想は持ち合わせちゃいない。いやーでもやっぱり死ぬのは嫌だし、日々を生きながら死人みたいな生活をするのも好みじゃないしなあ、それなりに頑張った方がいいのかな。うん、非常に狭い範囲ではあるが教育を受け持った人形と部隊の部下たちのこともある。勝手にくたばったり思考を殺すのは辞めておこう。
そんな取りとめもない無駄なことを考えながら歩くことしばし、今回限りの集合場所に指定した場所に着くと、そこには既に4人の人影が在った。
「あ……教官、おはようございます。その……大丈夫でしょうか……?」
俺の姿を見かけるや否や、M4A1が朝の挨拶と気遣いの言葉を投げ掛けてくれる。昨日、なんだかんだで一番俺の世話を焼こうとしていたのがこの緑メッシュ気弱少女だった。心配してくれること自体はありがたいことだが、お気持ちだけありがたく受け取っておきます。残念ながらそこまで老いぼれちゃいないんです、あと10年もしたら分からんが。というかあと10年も生きてられるかどうかも分からん。職業柄いつ死んでもおかしくないからな。今まで生きてこれたのは俺個人の努力も多少はあるが、まぁ詰まるところ運もよかった。
「顔は……大丈夫みたいだな、よかったよかった。で、今日は何をするんだ?」
俺の顔を覗きこみ、M16A1がその慧眼で様子を探る。どうやらお眼鏡には適ったようでなによりだ。姉貴のお墨付きも頂いたことだし、早速訓練の説明に入ろう。
今回やろうとしているのは、言ってしまえば追跡戦だ。AR小隊の4人でチームを組んでもらい、俺を追跡、捕縛してもらう内容である。ただ、普通にノールールでやってしまえば流石に俺が不利なので、いくつかシチュエーションに条件を設ける。
使用する弾丸は遭遇戦訓練と同じペイント弾。これはもう訓練な以上仕方ない。当たったら俺が死ぬ。で、俺もAR小隊の4人も使えるのはマガジン2個分のみ、それ以上の発砲は禁止だ。無制限に弾をばら撒かれたら人数差がモロに出てくるし、屋外の追跡戦に限らず、お互い豊富な物資を常に抱えながら戦える状況なんてあるわけが無い。今回からは、限られた物資を効率的に扱う思考力も養ってもらう。
そして勝利条件だが、AR小隊の4人は俺を制限時間内に無力化する、あるいは1メートル圏内で俺をホールドアップさせれば勝ち。俺は4人全員をキルするか、AR小隊全員が弾丸を使い切るか、制限時間を逃げ切れば勝ち。ただし、俺はとある重要な情報を握った人物であると設定し、頭部、胸部へ弾丸が命中してしまった場合はターゲットの死亡ということで無条件で俺の勝ちとする。俺は全力で逃げながら応戦するが、俺の手足に命中した場合、その部位を使わずに行動する。
つまりAR小隊が俺に勝つためには、両の手足にペイント弾をヒットさせ芋虫状態にするか、俺の裏をかいて接近し切るかの基本どちらかを行う必要がある。
そして開始は同時。適当に設定したエリアの先頭に俺が、20メートル後ろからAR小隊の4人が並び、一斉にスタートだ。
彼女らが戦術人形として、どのような任務に就くことになるのかは俺も知らない。多分、本人も知らないだろう。だからどんな任務に赴いても大丈夫なように、俺は俺の持つ出来る限りの全てを教えることに決めた。今回の訓練はターゲットを見失わないための追跡能力、身体能力も勿論だが、エリア内で相手がどう動くかの予測、自分たちのみならず相手の装備や状況を把握する観察眼、そして4人の連携力が大いに試される内容となっている。どこをどう間違えたとしても、新兵に施す訓練じゃあない。
「ははっ! こいつはやり甲斐があるじゃないか。俄然楽しみになってきたぜ」
「ええ、より実戦的な内容となれば学べることも多そうね。楽しみだわ」
「よーし! 絶対に教官捕まえてやるんだから!」
「これまでの成果を見せる時、だと思います。頑張りましょう……!」
こいつらには、不安だとか不満だとか恐れだとかが無い。あるのは戦術人形として己に課せられた使命感、教育を通して得られる充足感、高揚感。小恥ずかしいが、俺に対する信頼感。そういうポジティブな感情で彼女らの電脳は埋め尽くされている。そしてM4A1が言う通り、これは今までの訓練で培ってきた全てを発揮する内容と捉えても問題ない。むしろ、今までの訓練でどこか不足な点があればこの追跡戦まで進んでいないからな。
特に質問も無いようだし、早速始めることにしよう。ここで質問が無い、という時点で俺の中での期待値は既にかなり高まっている。というのも、大体こういう訓練に於いては最低限のマストさえ抑えていれば、あとは「禁止されていなければしてもいい」がまかり通るものだからだ。実戦にルールなんてあるか? 無いだろ? そこら辺、教えてこそいないがこいつらはよく理解している。ここも人間と違ったメリットだな、飲み込みもいいが割り切りもいい。
全員の時計を合わせ、俺は開始地点へ移動。その間4人は簡単な打ち合わせを行っているようだ。スタート直後は恐らく単純な追いかけっこになる。遭遇戦訓練で俺の身体能力はほとんどバレているだろうから、彼女らの優秀な電脳がそれらのステータスを見誤ることはあるまい。如何に早い段階でキルゾーンから脱出して4人の目を欺けるかがカギだな。もたもたしてたら一瞬でゲームが終わってしまう。粗探しをすればそれこそいくらでもあるが、それくらいには彼女らの実力は極まりつつあった。
よーし、おじさん本腰入れて逃げちゃうぞ。頼むぞ我が愛銃。俺は右手に抱えるサブマシンガン、UMP9に一瞬視線を預けながら気合を入れる。こいつほんといい銃なんだよ、ストッピングパワーこそ心許ないが挙動は素直だし、アタッチメントも豊富だ。しかもそこそこ安価。近、中距離戦においてはどんなシチュエーションでも対応できる万能さがある。勿論一通りの銃は扱えるんだが、大体の作戦で俺はサブマシンガンを好んで使う。想定外に一番対応出来るしな。アサルトライフル全般も悪くないんだが、あれちょっと機動戦するには重たいんだよなあ、弾も嵩張るし。10年前ならアレでもよかったが、寄る年波には勝てません。
後ろを振り返れば、いい表情が整った4人の乙女たち。どうやら準備は万端なようで。
それじゃ、一人ぼっちの逃避行ゴッコを始めようか。行き先は果たして天国か地獄か、それとも第三の何かか。あいつらが違う何かを見せつけてくれることを、俺は期待して止まない。
ついに銃の名前を出してしまいましたが特に本編には関係ありません。
すっかり過去作になりましたが
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最近新しく読み始めたぜ!
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定期的に読み返してるぜ!
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AR小隊はいいぞ