魔海の美女と『おうぢさま』   作:夜半の月

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原作:神坂一先生 イラスト:あらいずみるい先生の小説、スレイヤーズの二次創作SSで、フィリオネル王子×海王(ディープシー)ダルフィンの恋愛話となっております。
スレイヤーズを御存じの方は既にご承知のことかと存じますが、“王子様”ではありません。『おうぢさま』です。そんな危険物ですので御注意ください。
某掲示板にて投稿しておりました物の加筆修正版となっております。スレイヤーズ16巻発売おめでとうございますの気持ちを込めて。

pixiv様にも投稿しております。

御批判、御批評、御感想、遠慮なく頂けると嬉しいです。



魔海の美女と『おうぢさま』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔海の美女と『おうぢさま』

 

 

 

 

どこまでも広がる大海原。その蒼い世界を見渡せる砂浜に一人の女性がたたずんでいた。

流れるような漆黒の長い髪をした華奢な女性は、ひと目で高級素材とわかる蒼いドレスと、装飾品の数々をその身に纏っている。

見た目淑やかさとか静謐さを感じさせる美しい容貌と佇まいは、何処かの国の姫、または貴族の令嬢といったところか? 

本格的な夏が訪れる前であるせいか浜辺には人っ子一人いないが、もし海水浴客で埋め尽くされる時期ならば、ナンパな男たちが取り合いを始めていることだろう。

 

「いい風ですわぁ~」

 

のんびりと、そして丁寧な口調でそう呟いた女性の髪が海から吹き付けてくる風に煽られ宙を流れるように靡く。

 

「永い時の中、たまにはこうして何も考えずに海を眺めるというのもいいですわね」

 

どう見ても二十歳ほどにしかみえない女性が口にする台詞ではないが、連れ合いが居るわけではないため突っ込まれることもない。

本来ならばこの女性、こんなところでのんびりしていられるような立場ではないのだが、ここ最近色々とありすぎて暫くはすることがないのだ。

故に散歩だの行楽だの、普段しないことをしているのである。

ただ、こんな王侯貴族が着るような豪華なドレスを纏って、砂浜に立つ姿は、異常なくらいに目立つ。

本人はいつもの服装であるせいか気にしていないようだが、ある職業に就いている者にとっては極上のカモだった。

今の時代、そんな輩はどこにでも現れる。

そして此処にも三人、その職業に就いている者達がいた――

 

「姉ちゃん」

 

後ろから聞こえた声に思わず振り向く女性。

その目には、その意識には、薄汚れた皮製の胸当てや、所々やぶれた服を着た巨漢の男と、ひょろっとした男、背の低い男の三人組が映る。

 

「?」

 

彼女はキョロキョロと周りを見渡した後、首をかしげて彼らに背を向け、再び海から来る風と雄大な蒼い景色を楽しみだした。

完全にガン無視である。

 

「コラ姉ちゃんッ!無視すんじゃねぇよ!!」

 

当然そんなことをされたら誰でも怒るだろう。

それがこういう職業の人達なら尚のこと。

尤も、彼女は態と無視したわけではないのだから、そこを指摘されたところでどうにもならない事であった。

 

「あら? あなた方……わたくしに声を掛けておられましたの?」

 

「わたくしにって、なあ!他に誰が居るんだよ!?」

 

「いえ、独り言かと思いましたので」

 

そう、別に無視したわけではない。自分に声を掛けられたと思わなかっただけなのだ。

こういった輩に知り合いなど居ないし、関わり合いになること自体ないのだから。

つまり彼女には一切の悪気がないのである。

しかし、彼女に悪気はなくとも男達がどう受け取るかは別である。

 

「ふざけんじゃねえぞッ! 何所の国のお姫様かお貴族様か知らねえが、見下しやがってッ!」

 

「見下す? わたくし、見下してなどおりませんわ」

 

見下すもなにも、足下に石ころが落ちていてそれを気にする者などいないだろう?

彼女からすればこの男達などその程度の存在でしかない。否、石ころならば未だしも目にも映ろう。しかし石ころ以下ならばどうだろうか?

彼女からして男達はそんな石ころにも満たない、小さな、小さな、微生物でしかないのだった。

 

「んな事ァどうでもいいんだよ! 有り金全部出せ……で済ませてやろうと思ったが、テメーのその態度が気にいらねえ。幸い姉ちゃんは美人だしよぉ、へへっ喜べよ、俺様の慰み物として使ってやらあ」

 

確かに彼女は美人だ。それも極上の美女だった。慰み物にしたあとに人買いにでも売れば、さぞや高く買い取ってくれること間違い無しの。

何処の国の貴族だろうが王女だろうが金になればそれでいい――と、そう考える彼らは、その場から動かない彼女ににじり寄っていく。

 

ここまでくれば自分がどうなるか? どういう目に遭い、どのような運命が待ち受けていよう事か? それはまだ年端も行かぬ幼き子供にでもわかりえようもの。

それなのに彼女の表情は変わらない。

にこにこと温かい微笑みを崩さない。

最悪の結果へ突き進むだけだというのに変わりなく、間もなく陵辱の限りを尽くされることになる。

 

彼女はそれをよくわかっている。

わかっているからこそ笑うのだ。

絶望に落ちるその過程。それを楽しもうとしているのだ。

 

無論、気が触れたわけではない……絶望に落ちるのが“彼女”であるとは限らないから笑っているだけなのだった。

そう、絶望に落ちるのが、餌食となりしモノがいつしも女の側であるとは、この薄弱なる生命には分からないのも自然の摂理と呼べるものかも知れない。

 

自然とは常に過酷。理とはいつも残酷。思うようにはけして廻ることのないそれらの現象の象徴こそが彼女なのだ。

人間などそう、虫けらに等しい存在でしかない。踏み潰しても良心の呵責に苛まれることはない。そも、彼女には“良心”など元よりないのだから。

 

彼女にあるのは混沌回帰への純粋なる願望のみ。

 

世界全ての存在と共に、混沌の海へと帰す。

 

ただそれだけ。ただそれだけだったのだ。

今日この日という運命の出逢いを迎えるまでは。

 

そしてそれは、男達に取り囲まれ、彼女の微笑みが一層深まったとき――――その出逢いは、何の前触れもなく彼女の前に訪れた。

 

 

◇◆◇

 

 

「待て待て待てぇぇぇいッッ!!」

 

突如響き渡る豪雷のような大声。

女を取り囲む男達の凄む声とは比べものにならないほど、その声は無駄に大きかった。

 

「一人のか弱き女性を男三人で取り囲み、非道な行いと共に汚そうとする傍若無人なその振る舞い、断じて見過ごすわけにはゆかぬ!!」 

 

女性を含むその場の四人が声のする方へと振り向くと、そこには大きな岩の上にたくましい肉体を持つ大柄の男が一人腕を組んで立っていた。

蒼いマントに全身黒タイツ。胸には赤いXの文字と、どこぞのヒーローオタクのような格好をした男が。

 

「な、なんだテメエはッ!?」

 

「ふむ、何だと聞かれて答えぬ訳には行かぬところなれど、そうじゃな、仮に謎のヒーローXとでも名乗っておこう……。まあわしのことなどどうでも良き事よ、それよりも即刻ご婦人を解放するならばよし。そうでなければこのわしの正義の拳が天に代わってお主等を成敗してくれん!!」

 

謎のヒーローXと名乗った男は一人。此方は三人。

 

「フ、フッザケンナよこのおかしな格好をした変態野郎があああ!!おいお前等っ、いいからその変態をやっちまえぇぇぇッ!」

 

「おうよ死ねや変態!!」

 

負けるわけがないと判断した男達は、いいところを邪魔された怒りもあって力任せに飛びかかっていった。

 

「正義の光あるところ、悪が栄えることはなぁぁぁいッッ!!」

 

男達が飛びかかるのと同時に自身も岩から飛び降りると、身体ごとぶつかっていくヒーローX。

 

「明日の平和のために受けよ、平和主義者クラッシュロイヤルスペシャルサンダーッッ!!」

 

訳の分からない必殺技の名前を叫びながら巨漢の男に繰り出されたヒーローXの強烈なラリアット。

まともに食らった相手は軽々と吹っ飛んで頭から岩に激突。動かなくなった。

Xは残る二人の間を素早くすり抜けると、口を開けてポカンと立ち尽くす女性を横抱きにして抱え上げる。

 

「へっ!? な、なんですのッ!?」

 

「暫し御容赦願いたい!」

 

抱き上げられて混乱する女性に一言断りを入れたXは、脚に力を入れて天高く飛び上がる。

 

「とうッ!」

 

「きゃあああッッ」

 

訳が分からないままお姫様だっこされた女性は空中で悲鳴を上げる。

別に高いから怖いとかではない。これが何百何千メートルの高さであっても女性は恐怖など感じないのだから。

ただ、経験したことのない状況に、ある意味酔わされていたのだ。

そしてXの身体が跳躍の頂点にたどり着き、自由落下を始めたところで、次なる必殺技を繰り出すべく両足を突き出し叫んだ。

 

「受けよ! みんな友達エクストリームフラァァァァァァァシュ!!」

 

かっこいいようにも聞こえる絶叫を伴う台詞ながらやってることは両足を交互に突き出し続けるという蹴り技。

そんな器用としか言えない蹴りを、残った二人の野盗に叩き込んだ彼は、宛ら正義のヒーローその物のようにヒラリと着地し、そして立ち上がると同時に一言言い放つ――

 

「これぞ平和の真髄!!」

 

すると蹴りを叩き込まれて微動だにせず立っていた男二人がその場に崩れ落ちた……。

台本で仕組まれたようなヒーローショーである。

子供がワーワーと楽しみそうなショータイムである。

哀しいのは巻き込まれた野盗達であろうか。だがしかし、そんな野盗達は知らない。

ヒーローXによって、彼等もまたその命を救われていた事を。

そう、“女性を襲えなかったというありがたい結果を貰っていた”事を……。

 

 

◇◆◇

 

 

悪を成敗したヒーローXは、自らの腕の中に抱いていた女性を静かに下ろす。と、何も言わずに背を向け、歩みを始めた。

 

ヒーローは多くを語らないのだ。

 

その背中が物語っている。

 

「お待ちくださいまし――」

 

そんな彼を呼び止めるのは、残される事になるであろう女性だった。

彼女の胸は今、経験したことがないこの出来事にときめいていた。

 

「せめて、せめてあなた様のお名前をっ――!」

 

彼はヒーローXとしか名乗っていない。

もちろん彼女が“本気で調べれば”すぐにも正体が判明するであろう。

が、それでは意味がないし、女性はそんなことをしたくなかった。

なにゆえか? それは彼女自身にも分からないこと。彼女に芽生えた未知の感情の正体をまだ、彼女はこの時知らなかったのだから。

 

「故あって本名は名乗れぬがフィル……親しき者はそう呼んでいる」

 

自らが救いし淑女に申し出られてはなにも名乗らない訳にはゆかず。

彼は口元を隠していたマスクを下げ、素顔を露わにして本名へと通じる己が名を女性に向かい口にした。

 

「フィル…さま……」

 

彼の名を聞いた彼女は数度その名を呟く。

 

「また、お会いできるのでしょうか? わたくしはまたあなた様と」

 

お会いしとうございます――そう告げようとした彼女をフィルの言葉が遮った。

 

「わからぬ。わからぬが……また、此処を訪れることもあるであろう」

 

「では、そのとき……わたくしと…その……」

 

恥ずかしいのか指の先を合わせてもじもじする彼女にフッと笑いかけた彼は

 

「うむ。では次にお会いするとき、貴殿がお望みならば、その時は貴殿をエスコートさせていただこう」

 

それだけ言って今度こそ振り返ることなく歩み始めた。

彼の微笑みにときめく胸を押さえて返事ができないでいた彼女は、未だ自らの名を告げていなかったことを思い出して去り行く背中に想いを込めて叫んだ。

 

「フィルさま! わたくしはッ、わたくしの名はダルフィンッ!! 忘れないでくださいましねッッ!!」

 

彼女、ダルフィンの目にはもはやフィルの姿しか映っていない。

周りで気絶している職業野盗の男達など石ころどころか、存在すら見失われているほどだ。

それがどれほど幸運なことか気付かないだろう男達は、目を覚ましていたらこれ幸いにと再び襲いかかっていただろう。

無論彼女、ダルフィンに……

おそらく一生分の運を使い果たしただろう彼らを余所に、胸の前で手を組み合わせたダルフィンは去り行くフィルの背中を見送っていた。

 

「フィルさま……」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

世界の何処かにある某所。

 

 

「ゼラスっ恋ですわ! わたくし恋をしてしまいましたの!!」

 

白いドレスを着た金髪の女性は訪れていた同僚の話にうんざりしていた。

何せ来るなり「一目惚れをした」だの「素敵な殿方に出会いましたの」などと、聞きたくもない話をされるのだから。

誰かに助けられる必要など微塵もない強大な力を持つ同僚は、生まれて初めて助けられたことで恋をしてしまったらしいのだ。

 

「昔から変わったところがあるのは知っていたが、本当に変わっていたのだな貴様。大丈夫なのか?」

「心配ご無用、痛くもかゆくもありませんわ。わたくし悟りましたの。愛は存在をも超えてしまうものなのだと!」

 

愛というのは自分たちと相容れぬ感情。

といいつつ、過去に例がないとは言えないため「そういうこともある」と認識していたが、金髪の女性ゼラス・メタリオムはまさか自分と同格の存在が誰かに恋をするなど考えてもみなかった。

それもまさか薄弱にして脆弱なる人間如きの存在に。

だが、それ以上に変わっていると思ったのはその美的センスだ。

素敵だ格好いいだと騒ぐ同僚に、ゼラス・メタリオムは同格たる同僚に恋心を抱かせたという人間がどういう人物かを聞いてみて呆れていた。

 

大柄で、ドワーフをそのまま大きくしたようながっちりとした体格。

ヒゲ面で四十は越えているだろうヒーローオタクの男だというのだから、女性としては中々に考えさせられるものがあった。

 

「ま、まさか、いえ……そんなはずは……」

 

真っ赤になった両頬を押さえて「やんやん」と言いながら頭を左右に振る同僚を気持ち悪いと思っていた彼女は、同僚の話を聞いていつもの張り付いたような笑顔を引きつらせている直属の部下に目を向けた。

 

「知っているのか?」

 

「い、いえ、この目で見たわけではないのでなんとも、」

 

「そうか」

 

「フィルさまとデート……」

 

煮え切らない返事をする部下に、彼女はとりあえず鬱陶しい色惚けの同僚を自身の宮殿より叩き出すよう部下に命令するのだった。

 

「ぼっ、僕如きに海王【ディープシー】様を叩き出せってそんなっ?! そんなの無理ですよ獣王【グレータービースト】様ぁぁぁーーッッ!!!」

 

 

この世界の神――赤の竜神【スィーフィード】と対を成す超常的な存在。赤眼の魔王【ルビーアイ】シャブラニグドゥの創造せし五大魔族が一人。

 

海王【ディープシー】ダルフィン。

 

彼女は恋をする。

 

小さな小さな、矮小なる人間に恋をした。

 

それは、魔海の美女の小さな恋。

 

五千年を存在する大魔族と、わずか四十年という瞬きほどの刹那を生きる人間の、大きくも小さな一つの恋の物語であった。

 

 

 

 




魔海の美女こと海王ディープシー「ダルフィン」が己が身に起きた突然の出来事に名も知らぬヒーローに恋をしてしまう。
強大なる存在が、平凡?な一人間という存在に恋をするという異色のお話ですね。

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