すっきりしない頭に、そんなような言葉が聞こえた気がした。
その声が、なぜかすごく綺麗に聞こえた事を覚えている。
あの火災から約一週間が経過しようとしていた。
半分以上灰になってしまった庭も修復工事を終え、紅魔館はいつ戻りの日常を取り戻し始めていた。
…ただ1つを除いては。
「あれから一週間。いまだに眼を覚ます気配がない…本当に生きているのかしら?」
紅魔館の地下にある一室。レミリアの妹であるフランドールの部屋とは別の部屋に咲夜は来ていた。
その眼前では一週間前、炎の中から出現した青年が身体中に包帯を巻いた状態で、まるで死んだように眠っていた。
――――――
一週間前。
「…し、死んだの?…いや、まだかろうじて息はあるわね!」
謎の言葉を残して倒れた青年を覗き混んだレミリアが、青年から微弱な霊力が放出されているのを感じ取った。
周りにいる妖精メイド達は、その様子をなにもせずにただ見守っているだけだった。
なにもしなかったのではない。なにも出来なかったのだ。
無理もないだろう。自分たちはつい先程まで、突如として火力を増した炎の消化作業に追われていたはずだったのだ。それがどうだ。急に炎自体が生物のような鳴き声を発したかと思った次の瞬間に青年が出現し、かと思えば次の瞬間にはあれほど何をしても消えなかった炎が唐突に消えたのだ。
事態が急展開過ぎてついていけない。頭が軽いパニックを起こし、思考が停止しているのだ。
「とりあえず…分からない事をはっきりさせなくてはね。咲夜!この青年を中に!パチェの回復魔法で治療して貰いなさい!」
「か…畏まりました!」
咲夜が青年を抱え、紅魔館の中に運び連れていく。そしてそれと同時に、固まっていたメイド達も動きを取り戻した。
慌てて他に怪我人がいないか確認する者、パチュリーを呼びに行く者、持ち場に戻る者など様々だ。
皆それぞれ自らの持ち場に戻っていき、やがて半壊した庭には人っ子一人居なくなったのであった。
――――――
その後、運び出された青年はパチュリーの応急処置と魔法治療を受け、なんとか命に別状ないと言う判断に至った。
しかし問題は、いつこの青年が目覚めるのか、と言う所にあった。
治療したパチュリー本人によれば、普通の人間であれば即死に近い程の出血をしていたらしい。体内の血液は致死量寸前でギリギリ残っている程度で、あと少し輸血が遅ければ出血多量で死亡していたとのこと。
その他にも上げれば上げるほど、この青年には普通の人間ではあり得ない点がいくつもあげられる事が判明したのだ。
結局一命はとりとめたし、どうせ後から本人に確認するのだからという事で、パチュリー本人も匙を投げてしまったのだと言う。
そして現在。あれから約一週間が経過したが、青年が眼を覚ます気配は一向にない。
毎日青年の容態を確認に来るのが咲夜の日課になっているが、いつもボロボロの遺体のような青年の姿を眺めるだけで終わる日が続いてしまっている。
そして今日も普段と変わらないと判断し、咲夜が部屋を出ようとしたその時だった。
「……ん、うん?…どこだ、ここは?」
なんと、先程まで死んだように眠っていた男が突然目を覚ましたのだ。
「き、気がついたぁ!?」
驚いた咲夜は普段は出さないようなすっとんきょうな声をあげてしまったが、まだ意識がはっきりしないのか青年はそんな咲夜をぼんやりと見つめているだけだった。
聞きたいことは山のようにあったが、まずはこちらの状況を教えなくてはならない。落ち着きを取り戻し、咲夜は青年に声をかけた。
「目が覚めた見たいですね。まず、聞こえていますか?貴方の名前は?生年月日は?能力は?ああ、落ち着いてください。あくまで確認です。無理に喋らなくてもいいですから。」
青年の意識があるかどうかを確認するために、ゆっくりとした口調で語りかけていく。
「…ここは…ここは、どこだ?あんたは…?」
青年の口からがらんどうのような声が絞り出された。どうやら意識はあるらしい。
「ここは紅魔館。私は十六夜咲夜。この紅魔館のメイド長を勤めています。」
「紅魔館…。咲夜…でいいのか?…一体なにがあった?俺は何日昏睡していた?」
どうやら会話をしている間に意識がはっきりしてきたらしく、青年は上半身を起こしながら問いかけた。声の質が先程よりもしっかりしている。
「貴方は一週間前、紅魔館の庭で落ち葉を燃やした炎の中から突然現れたんです。」
咲夜はこれまでの経緯を簡潔に青年に伝えて言った。青年は咲夜の話を割りと真剣に聞いているようであったが、その態度に咲夜はある違和感を覚えた。
そう。話を聞く青年には、少なくとも見ている限りは『驚き』や『驚愕』と言った感情が感じられなかったのだ。
まるで、最初からこうなることが全て分かっていたかのような。まるで完成した建造物を説明書を見ながら点検するかのような感覚で、青年は咲夜の話を聞いていたのだった。
「主が貴方の事について話してほしいとおっしゃっておりました。今は動く事ができますか?」
「…ああ、問題はない。まだ頭はすっきりしないが、質問になら答えられるぜ。」
そう言って青年はベッドから降りて立ち上がった。その姿は今の今まで死んだように眠っていたとは思えない程の回復力だが、まあここは幻想郷だからと無理やり自分を納得させた。
地下室を出て、そのままレミリアに部屋に向かう。
なお、これは咲夜自身も驚いたことだが、レミリアは青年が目覚めた事を自身の能力で既に知っていたのだった。
――――――
部屋のど真ん中に置かれた少し大きめの豪華なテーブルに咲夜とレミリア、そして青年が座り、簡単な自己紹介をする。
それが終わってから、館の主であるレミリアは口を開いた。
「それじゃあいくつの質問に答えて貰うわね。まず、貴方の名前は?」
こな質問に対して青年は少しの間天井を見上げて何かを考えていたが、不意に何かを思い出したような顔をするとゆっくり口を開いた。
「俺は、レイジ。あんたらの好きに呼んでくれて構わない。」
レイジと名乗る青年はそう言った後、次の質問を待つようにレミリアを見た。まるで、警戒心を剥き出しにしている状態で自分の主の命令に忠実に従う猛犬のようだ、と咲夜は感じた。
「へぇ、レイジ…ね。じゃあ、次の質問よ。貴方はどこから来たの?」
すると、この質問に対してレイジの動きが止まった。
何かを考えてるように宙を見つめたまま動かない。そのままややしばらく無言でいたが、やがて諦めたようにレイジはおずおずと口を開いた。
「なんと言うか…その、覚えていないんだ。」
「…え?」
その言葉に全員が言葉を失った。
話によると、レイジは自分の名前以外一切の記憶がないと言うのだ。
当の本人が覚えていないことを他の誰が覚えているものか。結局レミリアは、レイジが何者であるのかを追求する事を早々に諦めるほか無かった。
―――――
「結局分かったのはレイジって名前だけね。」
「最悪だ。全くなにも思い出せねぇ…。」
それからしばらくの間いろいろと質問を繰り返して見たが、やはり自身に関する事は全く覚えていなかった。
分かったのはレミリアがいった通りレイジと言う名前、少なくとも幻想郷には元々居なかった人物であると言うこと、そして記憶喪失でなにも覚えていないと言う当たり前と言えば当たり前の事実だけだった。
その時、レミリアはふとこの後レイジはどうするのかが気になった。
元々レミリアの考えとしてはレイジが幻想郷の住人ではない事が分かった時点でレイジを元の世界に送り返すつもりでいたのだが、どこから来たのかも分からないような奴を一体どこに送り返せばいいと言うのだろうか。
仮に幻想郷の人里で住むにしても、常人なら死亡レベルの出血をして驚異の速度で回復したこの男を本当に普通の人間と呼んでもいいのだろうか。
「ねぇ、レイジ。貴方紅魔館に住まない?」
突然のレミリアの提案に、横で話を聞いていた咲夜が眼を見開いた。それはレイジも同様だった。
「……いや、大丈夫なのか?こんなどこのどいつかも分からねぇ馬の骨を住まわせるなんて。」
「別に構わないわよ。ただでさえだだっ広い館なんだから、1人くらい人員が増えたところで何も問題は無いわ。ただし、ただでは住ませるとは言っていないからね?」
それは単なる言い訳に過ぎなかった。
実際、レミリアにはこの後のレイジの運命が見えている。
その運命はレミリアにとってこれまで類を見ない物であったため、この正体不明の青年を近くで見てみたいと言う欲望でもあった。
「……分かった。なら遠慮はせずに住まわせてもらうとしよう。それで、俺は何をすればいい?」
「そうね、副業として咲夜のサポートに回って貰うわ。咲夜が忙しい時は応援として咲夜を手伝って上げなさい。」
「私はそれでも構いませんが……」
「副業として?じゃあ主体的には?」
レミリアの唇の弧が、上にぐっとつり上がった。
何故か分からないが、こいつは今楽しんでいる。レイジは直感的にそう思った。
「あなたが灰にした、庭の管理をお願いするわ。正確には管理と言っても、正門を突破した侵入者を館内に侵入前に迎撃することね。応援が必要だと判断した時には、ずっと庭に止まっている必要性は無いわ。」
「要するに庭内の見張りか。」
「庭内も館程では無いにしろ広いことには変わらないわ。でも館内の人員を庭に裂いているだけの余裕は今のところないのよ。残面ながら門番もすごく有能って訳でもないしね。それとも、戦闘は苦手かしら?」
その門番は大丈夫なんだろうか?よく今まで解雇にならないで門番をやっていけてるもんだ。
やんとなくレイジはそう思ったのだった。
「了解した。普段は庭を巡回して、暇なときは咲夜を手伝えばいいんだな?」
「ええ、そんなところよ。」
かくしてこの日、レイジと言う名前の記憶を失った青年が新しく紅魔館の一員となった。
先に言っておくが、これはまだこの物語の序章に過ぎない出来事である事は、レミリア意外はまだ知らない。
1話終了です。
なんかわけわからない感じですいません。
2話もお楽しみに!