恐れを知るものは、無限の空を目指す   作:めんつゆ

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 裏話 「彼女は彼を見つめていた」

 

 

 

 

           □                 □

 

 白魚のように美しいきめの細かい長い指が、扉に接続されたキーボード上を走り回り、新しいコマンドを打ちこむ。紅玉のように赤くい瞳が、空間に投影され刻々と内容を変えるディスプレイを駆け巡る。

彼女、更識楯無は敵に奪われたシステムを奪い返すためにシステムに侵入していた。

 

 

 

ここに閉じ込められてからまだ一分と経ってないが、一つだけわかったことがある。

 

これ、いや……このハッキングを仕掛けた人物は掛け値なしに天才だ。

 

断言してもいい。楯無の名を継ぐために、“世界中のあらとあらゆる情報機関や軍事組織”に同時ハッキングをかけてその全てから第一級の国家機密を盗み出してきた私が、“確信”したのだ―――“私では”このハッカーからシステムを奪い返せない、と……

設備、技能、そして、センス。その全てで私が勝っている点は何一つない。

 

経験則からいうが、“普通のハッカー相手なら”初めて1分ほどで重要システム群への足掛かりを見つけ、そこからシステム全体を奪い返すことができただろう。

彼女にとって、ハッキングとはそれほどたやすいものだった。

 

ハッキングそのものは順調に進んでいる。

 

だというのに―――未だ重要システム群、アリーナのセキュリティや、通信システムなどへの足掛かりが一切見つからない。

奪い返せたのは、校舎の監視カメラやグラウンド体育倉庫のセキュリティなどどうでもいいものばかりだ。

 

直に自分が“これを仕掛けたハッカー”に乗せられていることに気が付いた。

掌で踊らされて……良いように手玉に取られている。

 

このままハッキングを続けたところで、システムを奪い返せるとは思えない

 

(でも……罠だとわかっていてもハッキングを続けるしかない!)

 

 

しかし、現状で突破口はこの一点しかない。今アリーナで必死にあの黒いISの注意をひいてくれている彼、いや……彼らのためにも勝機を掴み取るしかないのだ。

そんな、逆転への一手を探して歯噛みするしかない楯無今の状況に耐えかねた彼女が、いら立ちを隠せずに声を荒げた。

 

「会長!これ以上時間をかけますと一夏さん達に時間稼ぎにも限界が訪れますわッ!」

「……わかってるけど、落ち着いてセシリアちゃん」

 

 目線と手はそのままに一回り年下の彼女をたしなめる。

 

「ここのアリーナの観客席の壁もアリーナ内部と同じ、対IS用に開発された特殊装甲壁で構成されてるわ。レイディとティアーズだけじゃあ破るのは無理よ」

「……ッ!こんな時に何もできない自分が恥ずかしくてしようがありませんわ……」

「…………」

 

 そういって、昂ぶる気持ちを無理やりに抑えつけるかのように彼女はうつむいた。

もう一人、箒ちゃんのほうは―――“何か考え込むように腕を組んでいる”。

 

(強い子たちだ、あの年頃ならもっと動揺してもおかしくないのに、って……それは一般的に見たら私も同じか。)

 

先ほどの言葉はセシリアに投げかけたものだが、内心では私に言い聞かせるために言ったようなものである。なぜなら……私も彼女とまったくの同意見だったからだ。

 

敵はご丁寧にさっきまで一夏君と鈴ちゃんが戦闘していた時と同じように戦況や残存シールドエネルギーを空間投影ディスプレイに投射している。

 

まるで、私達にそれを見せつけるかのように

 

さっきまでと違う点は、戦っていた二人が共闘して黒いISに立ち向かっているのと、戦闘で消耗した二人とかばう様に弾をばら撒く彼が完全に閉鎖される前のアリーナに飛び込んできたことだけだ。

 

 彼、ハルくんが―――彼がアリーナから飛び出した瞬間、私は自分の浅慮を悔いた。

彼が、試合前にどこかへ行く、という時にもっと深く注意を払っていたのなら……今の状況は防げていたかもしれない。

 

 いや、今考えたところですでに遅いことだ。それよりも―――早くこの状況を……

 

そんなとき不意に、周りにいた一年生の声が楯無の耳に入ってきた。

 

「―――それにしても、加藤くん……すごくない?」

「うんうん、なんだか急に乱入してきて……まるで“ヒーロー”みたい」

 

「これならさ……加藤君があの黒いIS、倒してくれるんじゃない?」

 

―――違う、そうじゃない。確かに彼の行動はまるで“HERO”みたいに見えるかもしれない。だが……

 

 

「そこの貴方達―――よくご覧になってみなさい。ハルさんの攻撃があの木偶の坊に効いているように見えますか?」

 

 彼女たちの楽観的な意見に、眉をひそめたセシリアが話に割り込んだ。

 

「えっ?……それは……そのあんまり、効いているようには……」

「それではなぜハルが高火力を誇る単発の武装を使っていないか、わかるか?」

 

 それに呼応するように今度は箒が口をはさんだ。その眉間にかすかにしわを寄せて。

 

「えっと……それは……」

「いいことを教えてやろう。アイツは―――ハルはあのISに勝てない」

「それって、どうゆうこと!!現に加藤君、あのISに一歩も引いてないじゃない!」

 

現状で拮抗した様相を見せているハルくんの闘いぶりを表した女性との問いにセシリアが、どこか悲しげに答えを口にした。

 

「ハルさんは……当てられませんの。……完全静止した状態でなければ、単発の射撃も当てることができませんの」

「だから、敵のフルスキン(全身装甲)を抜けない武器で攻撃を続けているんだ」

「じゃあ、格闘戦は?」

「格闘戦も同じだ。いいか……ハルは……とにかく」

 

言いずらそうに言葉を切る箒に割り込んでセシリアが継いだ。

 

彼にとっては、“重い”一言を

 

「―――加藤さんには才能が有りません。私たちは一ケ月ほど一緒に訓練していたのですが……射撃も格闘も。一切のセンスを感じませんでしたわ」

 

 

 そうだ、彼には―――才能が、無い。

セシリアちゃんとの模擬戦前もそうだった。彼には格闘戦のセンスも、射撃の才も見受けられない。

格闘を行えば、間合いを”測り間違えて”空ぶる。

狙撃を行えば、自身の長所に引っ張られて狙撃が行えない。

射撃を行えば、弾が見当はずれの方向へ飛んでいく。

唯一、優れていると思われた空戦技能も、攻撃自身が上手くできなければ何の意味もない。

 

 セシリアちゃんとの模擬戦までの間で何とか射撃、それも弾をばら撒いて相手に当てるぐらいはできるようになったが……断言してもいい。

 

彼には―――致命的なレベルで才能が無い。

 

なんというか―――ずれているのだ。彼は……いや、彼が戦うべき戦い方とは、ああいう物じゃない。そんな思いだけが強く残った。

 

「―――だからこそ、それを一夏や鈴が何とか“補う”べきなのだが……なにをやってるのだ、あの二人は!」

 

その言葉を聞いて楯無に電撃が走る。

 

―――“補う”、そうよ!これだわ!これなら……状況を打開できる。

 

でも……“あの子”は手を貸してくれるかしら……いや、今は手をこまねいていられるような状況じゃない。

 

楯無は、一瞬の逡巡のち箒とセシリアに声をかけた。

 

「……二人に頼みがあるの」

「はい!なんでしょう?」

「私にできることなら何でもおっしゃってください!」

 

そして私は口にする―――最近、疎遠になってしまった“あの子”

 

「1年4組のクラス代表、更識簪を連れてきて!」

 

私の妹の名前を

 

 

◆                 ◆

 

 

 生徒会長()が更識簪を探している、その情報は伝言ゲームの要領で急速に膨れ上がりすぐに二人に連れられてあの子がやってきた。

 

怯えたようにうつむく彼女―――簪に楯無は“IS学園生徒会長”として淡々と努めて感情を殺しに話を切り出した。

 

「―――1年4組、更識簪さん……現在の状況は理解しているわね?」

「えっ……あの……それは……」

「ここに呼んだのはほかでもないわ。あなたに協力を要請します。私と一緒にハッキングを行い―――学園を取り戻す手伝いをして頂戴」

「そんな……こと、でき……ません」

「…………」

 

 かすれて消える様な小さい声で簪は答える。しかし、視線はいまだ地面を漂うばかりで此方を向こうともしない。

 

―――私と妹の関係が悪化したのは……いつからだろう。私が“次代楯無候補”として“更識”の中から頭角を現したころだった、そんな気がする。

 

おそらく……あの子が私に感じているのは“劣等感”だろう。

 

私が“楯無”となるよりもずっと前……あの子との仲はとてもよかった。実力も同じくらいで、よく勝負という名のじゃれあいをし、時たま私が修行をさぼってあの子を連れ出し野山を駆け回っていたものだ。

 

しかし、彼に出会い“更識”がある意義を知り“決意”を固めた私が、それまではおざなりだった修行に真剣に取り組むようになってからそれまで“真面目に”修行に取り組んでいた簪ちゃんとの実力は―――一変した。

 

 それまでの不真面目な態度から想像もつかない血がにじむような修行を己に科し、簪ちゃんと会わない日が長く続くうちに……たまたま指導者から命じられた模擬戦で私はあの子が今までしてきた努力を嘲笑うように圧倒的な実力差を見せつけた。

見せつけてしまった。

 

それが決定打だったのだと思う。いつの間にやら私とあの子との間には厚い壁が出来上がってしまっていた。

 

私がいくら話しかけても―――避けられるばかり。

時間を作って話しかけようとしても……何も答えてくれず、私だけが勝手に話すだけ。

簪ちゃんが―――私の存在にコンプレックスを抱いているのは間違いない。

それは私と同じようにISの開発プロジェクトに参加して一から自力でくみ上げようとしていることからも明らかだ。

 

あの子の姉としては私に対する扱いに一抹の寂しさを覚えながらもそれを成し遂げて、“私を乗り越えてほしい”

 

だから……あの子のためを思うなら私は“完全無欠で巨大な壁“でいるべきなのだ。

 

でも、今の状況と“私の立場”からしたら―――そんなことも言ってはいられない。

 

「―――簪ちゃん……お願い。私に力を貸して“簪ちゃんじゃなきゃ”出来ないことなの」

「…………おね、え……ちゃん?」

 

 やっと、顔を上げた簪ちゃんは不安に揺れる瞳でこちらを見上げた。

こんな状況でなければ……あの子自身に気が付いてほしかった―――“自分の才能”に

 

そうしなければ……本当の意味での成長にはつながらないから

 

案の定未だ、いまだ不安げにこちらを眺める簪ちゃんを促すように言葉を重ねながら……内心では自分のとった行動を自嘲していた。

私はあの子の姉として最低の行為―――あの子の成長する機会を奪ってしまったことを忘れないように。

 

やっとのことで説得に成功しハッキング(仕事)に取り掛かる。

仕事を始めた簪の手際はおっかなびっくりながら……素晴らしいものだった。

短時間で、私の制圧していたシステム群を再度見直しその中から私も見つけることのできなかったセキュリティホールをいくつも発見し、更にそこから“トラップ”の可能性の高いものを高速で取り除く……そして重要システム群に通じると思われるファイアウォールを見つけ出した妹の手腕に内心舌を巻きつつ協力してハッキングを再開した。

 

 しかし、不意に周囲の空気が急に慌しくなったのを感じ、目の前に小さなディスプレイを表示させた瞬間―――“彼”があの黒いISに向かって突っ込んでいくのが見えた。

銃撃の雨を叩き込み、対IS用グレネードの爆炎が上がる。

そこに肥大化した腕を振りかざして突っ込んで行った影を見て、“遅いわよ”と内心呆れてツッコミを入れる。

一番、最後に飛び込むのは刀を握った白い影。それが黒いISを袈裟切りに叩き切った。

 

その映像を見て、このアリーナにいるすべての人から称賛の歓声が上がる。

自分も、“これで終わったな……”などという少しだけ気を抜いた瞬間。

 

それは―――訪れた。

空から降り注いだ二条の光線が白式と甲龍を打ち抜く。

さっきまで空も割れるばかりの勢いだった歓声がぴたりとやむ。

 

完全に機能停止した二機をかばうためにハルくんが、二機のISを抱えて壁際へ逃げこむ。

 

トドメとばかりに襲い掛かった攻撃から“友達”を守るために彼は打鉄の装備を展開させ

 

倒したはずの敵が発射したダメ押しの攻撃から二人の友達を守るために

 

ハルくんは自分の身を投げた。

 

「ぉ゛お゛お゛お゛お゛ぉぉう゛う゛ぁ゛ぁぁあ゛あ゛あ゛ぁぁ゛お゛お゛ぁおぁお゛お゛ううおぅあぁぁ―――――――――――――――――――――――」

 

 

 その嵐のような断末魔が声にならない叫びとへと変わり虚空に掻き消えていくのを私の視覚がとらえた瞬間、先ほどまでキーボードを叩いていた手が止まった。

“楯無”である、私には許されないことだと理性ではわかっていても、手を再び動かすことができなかった。

 

心配したのか、隣でこのファイアウォールを突破するために、セシリアと箒に探してきてもらいわざわざ協力をしてくれたキーボードを叩いていた妹が、怯えを隠せぬか細い声で心配する言葉を呟く。

 

「…………お、おねえ……ちゃん?」

 

 私が楯無を志してから、妹との間にはぎくしゃくした空気が常に流れていた。

だから、“いつもだったら”妹の言葉がとてもうれしく、感じられただろう。

でも―――今は違った。

 

その叫びが、聞き覚えのある“彼の”モノに聞こえたから

 

(大丈夫、大丈夫なはずだ。ISには絶対防御がある。どれだけ強力な攻撃だったとしても簡単にそれを抜くことはできないはず……きっと、またすぐに飛び上がって私を安心さてくれるはずよ―――)

 

 頭の中で言葉が空回る。自分の心が制御できない。

今は一刻でも早く箒ちゃんが見つけてきてくれた簪ちゃんと協力してこのハッキングを成功させ、ハルくんたちの救援に行かなきゃいけないのに。

 

それでも体は言うことを聞かず、この小さなウインドウではなく実際に彼を……彼の無事を確認したい、という衝動を抑えることができなかった。

 

ぎぎ、と異音が立ちそうなほどゆっくりと……振り向いた。

 

振り向いてしまった。

 

 

 がくん、と膝から力が抜ける。隣にいた簪ちゃんがとっさに支えてくれたが、不意の事だったので勢いを殺しきれず、膝から崩れ落ちる。

だが、私はそれさえも認識せずに―――視線の先に釘づけとなってしまった。

 

「……う……そ…………」

 

先ほどまで頭に詰まっていた言葉も

生徒会長としてこの状況を打開し、生徒たちを守らねばならないという責務も

楯無としてこの学園で為すべき使命も

姉として果たすべき事さえも

 

全てが消え去って“骸にしか見えない彼”の事しか考えられなくなった。

 

 

 彼のそばには崩れ落ちた白式の中でうつむき土を握りしめる一夏。甲龍に包まれまま気絶した鈴、そして……“半ば溶解しかかった物理シールド”が二つ転がっていて……その少し前で、彼は仁王立ちしていた。

 

装甲の表面が飴のように溶けて落ちそうなほどボロボロの打鉄に身を包み

 

本来なら皮膜装甲やシールドバリアーによってめったに傷がつかないはずの―――

 

“露出している皮膚の半分以上を炭化させた”、変わり果てたその姿で

 

 

 その瞬間、緊迫感から静寂を保っていたアリーナは……恐怖に震える人たちの絶叫と共に地獄の窯を開けたような大騒ぎになった。

所々でパニックになった人たちが開いていない出口に殺到する足音。

彼の炭化し、わずかに残っている炭化していない部分から赤黒い肉が覗き、高熱によって禿げ上がり、頭皮まで火傷に包まれた彼の惨状に、泣きだし嘔吐する声。

自分のおかれた状況を正しく認識し恐怖と絶望からいら立ち出す、人々の怒声。

 

 そんな状況で―――私は糸の切れた人形のように“彼だったモノ”に虚ろな視線を向けることしかできなくなっていた。

 

 しかし、すぐにその混乱は収まることとなった―――混乱に包まれた会場で、誰一人として冷静な判断力を失った状況の中で“ただ一人”冷静さを失わなかったものによって

 

 変化は唐突だった。一瞬、ほんの刹那に過ぎない時間だけ……彼が動いた気がしたのだ。

最初は気のせいだと思った。当然の判断だろう。ハルくんがああして人としての形をとどめているだけで“奇跡”のようなものなのだ。

その状態で生きているなど信じられるはずもなかった。

不意に目じりからあふれ出しそうになって必死にこらえる。こんな状況でそれを見せるわけにはいかない、たとえ“私が彼にどんな感情を抱いていようと”と微かに残った理性が顔を伏せさせたが―――口からこぼれる嗚咽を私は終ぞ、抑えることができなかった。

 

「…………ぅ……………ばか……」

 

だが、私が目をそらした“残酷な奇跡”が人々の目を覚ますことになるのをここにいる誰もが知る由もないことだった。

 

 

 観客席に選手間での掛け合いを伝えるスピーカーが、その奇跡をはじめに伝えた。

 

「……………こひゅ―――こひゅぅぅ、……ひゅぅう……」

 

 

 黒い炭に覆われ、潤いなど微塵も感じられない唇から“空気の漏れる音がする”。

それは小さく、吹けば消えるほど儚いものだったが―――確かに“生命の息吹”だった。

 

それに気が付いた僅かばかりの人々が驚愕で丸くなった視線を向ける。

―――気のせいでは……ない。アップの画像で確認すると確かにかすかではあるが“胸が膨らんでる”。

そのことに気が付いた箒が楯無に駆け寄った。

膝を折った彼女を心配し、その事実を伝えるために。“誰が彼女を責められる”だろう……

 

“如何にその後の光景が、(おぞ)ましいものだったとしても”

 

 彼女が顔を上げて、目の当たりにしたものはまだ正常だった。

 

死にかけで、必死に息を吸い、命を繋ぐ彼の姿。

だが、その姿に心が落ち着く時間さえなく―――“残酷な奇跡”が始まった。

 

「―――ハ、ル……くん……?」

 

 彼は仁王立ちになったまま動かない打鉄からこぼれるように落ちる。

 

その光景で、やっと彼女の頭が回りだし思い出した。

今は戦闘の真っ最中だということに。

 

 この時、なぜ彼が打鉄から降りたのか。その真意を理解していたのなら―――のちの悲劇は訪れなかったのかもしれない。

 

(もう一刻の猶予もない。多少の被害は被ったとしても……“この会場内にいる専用機もちの火力を総動員してドアをこじ開ける)

 

 無論、楯無にはその危険性もリスクも十分にわかっていた。

だが、このまま手をこまねいていたら“確実にハルは殺される”。

それを確信しているからこそ、楯無は決断を下した。

 

「……セシリアちゃん。扉をこじ開けるわ。箒ちゃんと簪ちゃんは周囲の一般人の避難とこじ開けた跡の対処をお願い」

「「「…………」」」

 

 三人は先ほどの自分のように呆けるばかりで反応を返さない。

何かしら思うことはあるだろう……私だってそうだ。

でも、今は―――

 

 

「しっかりしなさい!此処での一秒が三人の生死を分けるわッ!!」

「「「は、はいっ!!」」」

 

 その檄でようやく三人が正気を取り戻したように慌しく動き出す。

無意識に満足げに軽く頷いる自分に、やっと調子が戻ってきたな……などと考えつつ、|バタバタと動き出した二人を背に、プライベートチャネル《個人間秘匿回線》でこの学園にいる専用機持ち二人に招集をかけた。

ようやく、動き出した事態と彼の状態を確認するために……アリーナを向いたとき“それに”気が付いてしまった。

 

うつぶせに倒れ込んだ彼は

 

重度のやけどに包まれ震えるその腕で体を起こすと

 

“敵の攻撃により高温に熱せられた打鉄”の装甲に手を添え―――

 

それを支えに立ち上がろうとした

 

「ぁッ―――――――――――――」

 

 コマ送りの映画のようにゆっくりと感じた時の流れと共に視覚に入ってきた“それは”

スピーカーから零れ出した、彼の体にかすかに残る生きた肉の焼けるジュウゥゥという嫌な音と共に、声にできない叫びが、“異常なモノ”として私たちの五感にこびりつき……動き出しかけた事態と共に再び私達をその場にくぎ付けにした。

その場にいた者たちの声がこぼれだす。

 

「あんなことをしたら………」

「いたいいたいいたいたい!」

「こ……恐いよ………」

 

 彼の行動は、立ち上がって―――それで済む、わけがなかった。

 

生まれたての小鹿のように震えて立ち上がった彼はその身を打鉄に預けるように寄りかかるとアリーナにいた人間の目をくぎ付けにして、始めた。

 

―――炭化した自分の真皮全体、つまりは“筋肉を覆っている皮膚”を

 

乱雑な手つきで無造作につかむと―――“引きちぎりだした”

 

―――自分の体を

 

 

 炭化した皮膚を自分で引きちぎる。その“精神異常者の行動としか見えない光景”に、観客たちが恐れおののいているが、彼はそんなことなど気にも留めない、とでもいう様に自分を壊し続ける。

それを見つめることしかできない楯無の独白が心の中で木霊した。

 

(これが……彼の“やっていること”なの……?こんなことをしたら―――)

 

 楯無が周囲を見回すと“そこに先ほどまで彼らを褒め称えるように”応援していた人達の眼差しは無くなっていた。

あるのは、理解できぬナニカを恐れ、怯える“普通の人間”達のほの暗い眼差し。

そして、彼がその行動の意味を証明するように―――“再生”が始まった。

 

 重度のやけどを負い、炭化した皮膚は“自然治癒しない”。でも……それを誰の助けもなしに無理矢理皮膚から引きはがす。

それが正しい行為だと誰がわかるだろう?

第一、誰も体験したことのない、その見ているだけで痛みに狂いそうになるほど筆舌に尽くし難い光景が“正しいもの”だと理解できるほどの冷静さは観客席にいた人々には残されていなかった。

 

 だから―――これは人間的に至極まっとうな反応だったのだろう。

 

 彼が皮膚を引きはがし、ところどころピンク色の筋肉が覗く体がまるで“早送りで成長する植物のビデオ”のように少しずつだが、確実に高速で皮膚が形成され。毛が伸び。爪が生えだす。

 

その“彼がとった行動以上に異常な現象”を目の当たりにした人々は

 

彼を…………恐れた

 

 

「ば、ばけもの……!?」

「なによ……あれ……あんなことあり得ない……」

「嫌っ嫌っ!なんであたしがこんな目に……ここから出してよぉッ!!!」

「彼は―――加藤陽は人間じゃないんだ!」

「だから、女でもないのにISが操縦できたのよ!!」

「あ、あいつがいたからあのISが来たんじゃない……?」

「……そうだ」

「だから、いたいってぇ……加藤君」

「きっとそうに違いない!!」

「でも……」

「あのバケモノのせいで私達がこんな目に……」

「みんなを……だましてたの?」

「……ハル……よせ、もう……」

「―――死ね」

「ハルさん……おやめください」

「くたばれ!バケモノ!」

「出ていけ!全部お前の責任だ!!」

 

「「「死ね!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死ねっ!!!」」」

 

 堰を切ったように溢れ出す呪詛の津波と、アリーナに向かって投げられ遮断シールドにさえぎられる丸められたパンフレットや空のジュースの缶。

私は、それをただ見ていることしかできなかった。

唯一、これが観客席の中だけの事で彼には届いていない、ということだけを願って。

 

しかし、ほとんど元の姿の姿と変わらなくなった彼は―――私の方を一瞥し

 

まるで、全てが分かっていて―――それを受け入れたように

 

“少し悲しげに”笑った

 

 彼が何をする気なのかかが、それだけで理解できてしまった。

でも、それは“仮にあの話が本当だったとして”彼が敵のすべてを打ち倒すことができたとしても―――二度とこの場には戻ってこれない片道切符。

 

それがわかっても何もできない自分へのいら立ちと、それを笑って切れてしまう彼に……さっき何とか抑えきった涙腺は耐えきることができなかった。

止められなかった思いは、零れ落ち雫となって床にはじけた。

 

 

 

HEROに救いは無い

 

“不特定多数”(みんな)の者たちのために身を投げ出し

 

それ故にHEROは独り傷つき―――のたれ死ぬ

 

だが、人間()を救う者がいなければ……

 

今―――彼を救うのは彼女ではない

 

今、この状況で彼を救えるのは―――

 

 

 

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