恐れを知るものは、無限の空を目指す   作:めんつゆ

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 ドーモ、読者=サン。めんつゆデス。今回は、一ケ月で何とか。。。と言っていたのに結局一カ月以上かかってしまい申し訳ありません!!<(_ _)>

 以前から告知してきたとおり、今回のお話は先方から許可を頂いた作品、やらない夫は独りだけの戦隊ヒーローのようですの一幕、”プリンセス・ヒーロー”をもとにしており、なるべく別物としてとらえていただくために、意図的に作中のキャラの名前を出さないように書いております。

長々となってしまいましたが、今回も二万字をこえ、非常に長いです。
ゆっくりとお楽しみいただければ、幸いです。


 第26話 「彼らは“それ”を見る」

 

 

 

 

           □                 □

 

 

「ん…………?」

 

 楯無に腕をひかれて歩き出してから既に十分。目的地である映画館位置を伝える色とりどりの映画PR用の大看板が視界に入ってきた頃。ハルが疑問の声と共に足を止める。

急に足を止めたハルをいぶかしんだのか楯無が振り返り「どうしたの?」と覗き込んでくる。首を少し傾げさせたそのしぐさが―――かわいい……じゃなくて!!

 

無意識に話をそらしてしまう自分に、思わず突っ込みを入れていると……相棒が若干引いた声色で痛烈なツッコミを入れてくる。

 

【自分で自分に突っ込みを入れている……ハル、ついに頭が……】

「やかましいわ!!」

 

あ、やっべ……つい口からでちゃったよ

楯無さん、ひいてないかな?フォローしないと……

 

「うふふふ……仲がいいのね。で~も……おねえさんを、ほおっといて妬けちゃうなぁ……」

 

 え、笑顔なのに……なんか、威圧感を感じる……ん、おかしくないか?なんで突っ込み来ないの?受け入れているの!?一体どういうことなのぉ!?

 

【―――ハル、アリーナで私が言った言葉を覚えていますか?】

 

 かわいそうなものを見る様な、どこかあきれた口調の相棒に少しムッとしながらハルは自身の記憶を掘り起こしにかかった。

 

「え……“あの時”の、だよな。たしか―――ん……ん~~?」

 

 確か、幻聴だとは思うんが、あの時に……この腐れリングは―――【これからスピーカーをデフォルトで使っていきますので】とか言ってなかったか?

 

・ ・ ・

 

いや、さすがにスプーがそんなにバカなことをいうわけないし……俺の傷ついた体に聞こえたげ―――「……そういえば、スプーさんってハルくんのお父様が開発した自律ヒト思考型次世代AIのひな型なんだっけ?」

【はい。以前に説明した通り、私はハルのお義父上が生前に開発されていたヒトの思考を模倣するためのAIです】

「…………………」

 

 あれ、俺疲れてるのかなぁ……なんかスプーと、楯無さんが俺そっちのけで会話しているように聞こえるんだけど―――あ、あはははははは、そんなわけないだろ俺ってば。ヤバイな……映画の最中に寝ないように気を―――

 

「で、ハルくん、スプーさんの本体ってどこにあるの?」

「うぇぇぇええい!?」

 

 柔らかい笑みと共にふられた質問がハルの期待を粉々に打ちこわし、現実を突きつける。

【ハルは自分の現実を守るために奇声をあげ反抗した。それはまさに……】

「お前も、変なモノローグをいれるな!!」

 

 もはや取り繕う気すら失せたハルが、自身の右指にむかって赤ら顔で怒鳴りかかる。

 

【まったく……あなたも少しは成長してください、そんなに何度同じ反応を繰り返されては―――からかい甲斐がなくなってきてしまうではないですか】

「俺はお前のおもちゃじゃないわ!!」

「そのとおりよ!」

 

 楯無さんが明らかに悪乗りしているのがわかる、小悪魔的な笑みで賛同してくれる。

あ、あれ……?なんだろ、助けの言葉のはずなのに……いやな予感しかしないのは……

 

「スプーさん、ハルくんいじりはジャンクフードと同じよ!何日続いたって飽きないわ!!」

 

―――神は死んだ。あれ?これって意味違うんだっけ?まぁいいや……

 

【なるほど、一理あります。しかし……ジャンクフードを食べ続けると体重が増えますよ】

「大丈夫、食べた分だけカロリーを消費すればおんなじこと!」

 

 またも話題が飛び、ジャンクフードのことについて熱く語っている二人をよそにハルは軽いため息を一回ついて、気持ちを入れ替えると“もう二人のネタにはスルーしよう。いや……これからは鉄面皮を貫こう”と固く誓って口を開いた。

 

「で!さっき言ってたスプーの本体の場所ですけど、俺も知りません!」

(スプー、わかってるだろうけど話し合わせろよな!)

「あ、そうなんだ……ハルくん、怒ってる?」

 

 先ほどまでの、花のような笑顔は一瞬でなりを潜めしゅんとして落ち込んだような顔で目を伏せた楯無。

 

やばい、語気が荒すぎたか!?

 

「お、おおおこってなんかいませんよ!大丈夫ですから顔を上げてください!」

「ほんと?」

「ほんとです!」

「ほんとにほんと?」

「ほんとにほんとです!」

「怒ってないなら、私の“お願い”聞いてくれる?」

「はい、それくらいどうって……あれ?」

 

 そこでようやく違和感に気が付いたハルが疑問の声を上げるのとまったく同じタイミングで楯無はうつむいていた顔を上げた。

 

「じゃあ、ハルくんになにしてもらおっかなぁ~~♪」

 

してやったりという小悪魔のような笑顔と共に。

疑念は確信に変わり、ハルはようやく自分がからかわれていたことに気が付いて、不機嫌そうに顔をこわばらせた。

 

「……やられた」

【こwれwは永久保存モノですねwww】

「……もういいよ。で、お前の本体ってどこにあんだっけ?」

 

 もうどうでもいいとばかりに、あきらめの感情が体中からにじみでているハルは、スプーのいじりも無関心を貫き“お芝居”を続ける。

 

【ちっ、つまんない男ですね……】

「いいから早く言え」

【忘れたのですか?旦那様からのご遺言で、“私”本体の位置はあなたが成人するまで秘匿されると……私以外の誰も知らないし、教えることができないと以前お話したではありませんか】

 

よくもまぁ、つぎからつぎへと……嘘八百が出てくるもんだな。見習いたくはないが。

そんな思いを隠しつつ、ハルは楯無の方へ視線を向けた。

 

「ああ、そういえばそうだっけ?忘れてた、サンキュな。楯無さんそういうことなんですけど……」

「ん?ああそうなんだ。へー」

 

 なんだか、心ここに在らずと言った風体の楯無が少し気になったが、いい加減映画館に向かわないと映画の時間が気になってきたハルは自分の気になっていたことをそのまま口にした。

 

「さっきの話に戻るんですけど……見覚えのあるポニーテールが見えた気がしたんですよ、それも年季の入った感じの緑リボンのおまけつきで―――楯無さん、なんか気が付きませんでした?」

「え?…………う~ん、気のせいじゃないの」

 

 今、楯無さん一瞬目をそらさなかったか?ま、別にいいか。箒ちゃんがたまたま遊びに来ている可能性もあるし、特に害はないだろう―――それよりも……

 

ハルの顔つきがさりげなく鋭くなって、あたりを見回す。その動きには“敵”に対する警戒心がありありと感じられた。

 

(スプー、わかっていると思うけど……)

【何か異常があったらすぐに報告します】

 

 短くかつ、自分の言いたいことを完全に理解しているといった口調で淡々と告げた相棒のテレパシーに、頼もしさ半分、なんで俺をいじるときは悪ノリをするんだろう、という悲しみ半分といった、苦笑をうかべつつハルは「楯無さん、時間が気になりますから少し急ぎますよ」とやはりなぜだかぼうっとしている彼女に断りを入れて少し歩調を速める。

 

「あ、え……ちょっと、はるくん?」

「話はあとで聞きますから、まずは映画館に向かいますよ」

 

 そう言って彼は“引かれる立場”から彼女の手を“引く立場”へとポジションを変えて、彼女の歩調に合わせるようにゆっくりと……だが、確かな足取りで既に間近となった目的地に歩を進めた。

 

「……は、はるくん……その……」

 

 自分がリードしようと心に決めてきたのに後ろで何やら赤くなっているらしい彼女や、その二人の様子をまじまじと見せつけられて、恨めしそうな顔で歯噛みしている三人の恋する乙女たちの事に気づくそぶりさえ見せずに。

 

 

◆                 ◆

 

 

 ハル達が映画館に付いた時間は、上映時間5分前とかなりギリギリだったのだが、幸いなことに席がすいており二人は予定通りにその上映に間に合うことができた。

 

「ふぅ……間に合ってよかったですね」

「…………………」

「楯無さん?」

 

 何やら先ほどから急に口数が少なった彼女を心配してハルが声をかけるとハッとしたように我を取り戻した彼女が珍しく慌てた口調でハルに話に乗る。

 

「あ……ええっと、ハルくんどうかした?」

「なんだか楯無さん急に静かになったので……何かあったのかと思いました」

「いや……そんな別に……ちょっと、その……」

「なにかいいました?」

「まったく……なんでいつもはあんななのに……」

 

言葉にならない独り言のようなものを連呼している楯無の姿に、ちょっとした心配を覚えつつも、自分にできることはそんなにない、ということに気付いたハルは一抹の後ろめたさを感じながらも、目前に迫った映画の内容にわくわくする気持ちを抑えることができずにいた。

そんなそわそわした様子のハルに相棒からのツッコミが入る。

 

【そわそわしすぎです。まったく……それよりも、彼女……ほおっておいていいんですか?】

「そんなことを言ったって俺の話聞いてないみたいだし、それに正直何を話せばいいのか……」

【こういう時は……積極的に!自分から!話題なんて映画の話でも振っときなさい!!】

「お、おう…………その……た、楯無さん?」

「え!ああ、そのごめんね!ぼーっとしちゃって……」

 

 映画館特有の柔らかい感覚を抱かせる照明器具のせいか、いつもの余裕たっぷりの先輩、といった様子からはまるで想像できない一面を見れたせいかはわからない。

だが、俺の瞳に映っている今の彼女はまるで別人のように感じられた。

 

その時……“また”あの時―――第一アリーナで初めて彼女に出会った時と同じ感覚がふいに襲い掛かってきた。

 

デジャヴ(既視感)だ。

 

俺は彼女に出会う前、どこかで合ったことがあるという都合のいい“自己解釈”。

内心で、一笑に付す。そんなことがあり得るわけがない。

 

それに、彼女は“敵ではないが……味方でも、仲間でもない”

 

―――警戒を怠るわけにはいかない。

 

「ハルくん、自分から話を振っておいて無視するなんて、おねーさん感心しないわよ?」

 

 思考の海に没入しかけた俺を彼女の、じとっとした声が引き戻す。

いかん、いかん……考えるときに熟考しすぎるのは悪い癖だな、反省しなきゃ。

だが、静かに怒りをにじませている彼女にあやまって、今日見る映画の話をしている最中も……さっき感じたデジャヴが、汚れのようにこびりついて離れることは無く、映画の始まりを告げる劇場照明の消灯が、まるで“そんなに考えすぎるな”とでも言っているかのように優しく感じたのは、俺の感傷なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、物語が始まった 俺と似て、でもまるで異なる物語が

 

軽快な音楽と共に彼がどんな戦いをしているのか、というダイジェストが流れ出す。

 

彼は最弱にして最強の人間。

 

俺と同じ“理不尽に立ち向かう者”。

 

俺と同じ、生命(いのち)の世界を取り巻く意志の色を掲げる者。

 

しかし、俺よりもずっと強いヒト。

 

 

彼の名は―――“HERO” グリーン・ブレイバー

 

 

 ダイジェストが終わり……本編が流れ出す。

たおやかと表現するのが正しいのであろう、一目見ただけで華奢な体つきを連想させるでほっそりとした掌と共に澄んだ少女の声が語りだした。

 

伸ばした手はどこに届くのだろうか

 

        泣いている誰かの手を取って

 

この手は誰かを救うためだけの手

 

だから、諦めていた

 

私の伸ばした手を、誰かが掴んでくれるなんて

 

そんなことはありえないと思っていた

 

助けるものを、助ける誰かなんて(HERO to HERO)―――

 

 

 場面が暗転して、再び開けた視界には一気に街の風景が映り込む。

多くの人が行きかい、“その時を楽しんでいる”活気にあふれた風景の中に彼らが映る。

“華奢な体型の少女”。“少し太り気味の少年”。そして……長身の若者。“彼”だ。

 

 

「よーし、次のお店はこっちだよー」

「おいおい、ちょっとまて! まてってば!」

「まってぇ! 待って欲しいおー!」

 

 

 彼らが楽しそうにじゃれあいながら街中を物色していく。

買った物を誰が持つかでじゃんけんをしたり、出店のケバブをかじったり、じゃんけんに一人負けした少女を、二人になってからかったり……その風景には、俺にも見覚えがある。

たのしく、穏やかで、かといって見ていて飽きることのないそれ。

 

俺が、守っている……いや、守らなければならないモノ。

俺が、作ることを決意したモノ。

 

その名を勝手に平和と呼んでしまうのは、おれの押しつけなんだろうか?

くだらないことを考えているうちに場面は移り変わり、“彼にとってのリング”(相棒)が軽快でおちゃらけたトークをまくしたてる。

 

 

「ふーむ、普通の和気藹々買い物ライフだなぁ」

 

そいつはさもつまらなそうに

 

「せめてちょっぴりどきどきストロベリーハプニングでもあったら、見てる側としては面白かったんだが……まあこのまま異常なしのほうが、いいよなぁ」

 

そこまで口にして、その空飛ぶ球体とも形容すべき物体が物思いにふける。

思い返すのは、自分が居候している家の同居人にして、彼の妹……ついでに言えば忙しい両親に変わって家の家事を引き受ける絶対権力者。

その彼女が出立前に、きれいな笑みと共に告げたその言葉を再び思い返す。

 

「そこの球体天使。ちょっとひとっとびして兄さんたちの様子を確認してきてください。なにか変なことがあったら報告するように……あ、このこと兄さんにバラしたらしばらくおかずが秋刀魚の骨だけになるのであしからず」

 

 その笑顔には無言の圧力とよぶべきものがありありと感じられ、思わず身震いしているのが見える―――こんな扱いだけどこの玉、実はヒトを守るために女神から使わされたマジモンの天使だというのだから面白いものだ。

 

「天使の俺が、ついに顎で使われるなんて世も世紀末だぜぇ」

 

 自分を憐れむような言い草だがその声色には嫌悪の色は無く、むしろハルには状況を楽しんでいるようにすら聞こえた。

 

「まあ、それはともかく」

 

 玉天使が望む視線の先には、一人の“少女”の姿があった。

俺には“彼”の友人で、華奢な“少女”としか映らなかったが……何かあるのだろうか?

 

「改めてみても、やはり――気配がねえ。本来人間が秘めている“可能性という名の影響力”……その歪みが感じられねぇ」

 

 えっと……可能性という名の影響力?なんだっけ……確か、以前見たときには聞いた気がするんだよなぁ。

そんな俺の疑問に答えるように玉天使の独白が続く。

 

「それが見えないっていうことは……完全に因果に影響を与えない存在なのか、“抑え込んでいるのか”……ただの偶然か?それとも―――」

 

 やっと思い出してきた。現実をゆがめる奇跡を操る“彼”は代用品に過ぎない。本物―――真の意味で世界をゆがめて奇跡を示す存在。そう、魔法少女と呼ばれる者たちは……

 

■■■(マリョク)使い、なのか?」

 

 その力の代わりにあるモノを失う。

世界を開き、作り変え、滅ぼし、救う。新しい可能性……その象徴たる“子供を作る機能”。

 

すなわち―――出産能力の欠損。つまり、“彼”の隣にいる少女は……!?

なんか重要な伏線に感じるな。お、場面が……

そんなとき、“俺の”相棒から再びの思念通信が入り込んでくる。

 

【ハル、貴方はどれだけおバカなんですか……】

 

 心底あきれ返る、と言わんばかりの声色に少しむっとなりつつもこちらも思念を返す。

 

(スプー。人が映画観てる最中に、割り込んでくるなんて……非常識極まるとは思わないのか?)

【初デートに予備知識がないとわからない続き物の特撮映画をチョイスする、女ごころのおの字さえ理解していない万年童貞ダメ男に常識問われたくはありませんね】

 

・・・・・・やっぱり、まずかったかなぁ?

 

【まずいに決まっています。彼女の顔を見てみなさい】

 

画面から横に視線を逸らすと……楯無さんは映画に集中しつつも、わずかばかり……困ったような色をにじませているのが見て取れた。

 

【―――わかりましたか?】

(……うん)

【これがあなた一人や、この作品の事を知っている私のようなものが一緒ならよかったのでしょうが……彼女はこの作品に対して知っていることはほとんどないのでしょう】

(そうだと思う)

【よくわからないモノ、興味のないものを見させられて楽しいと感じる人がいるとお思いですか?】

(それは…………)

【確かにこの作品はすばらしい。貴方が共感した気持ちもよくわかります。ですが、問題は彼女の感じ方なのです。わかりますね?】

(……うん)

【ここまで来たらもう、後には引けません。ですから!この後、貴方がどう行動するかによって挽回できるかどうかが決まります】

(別に挽回する気なんて……)

【嘘をおっしゃい。“内心、彼女の事が気になっているくせに”。それに……ヒーロー足るもの女の子を楽しませるくらい鼻歌交じりでやって見せなさい】

(お、俺にそんなこと、できるかな?)

【できますよ。大丈夫です、私には断言できます―――彼女の気持ちになって考えてみることです。それにいいヒントなら転がっているじゃないですか】

(ヒント?ヒントって……)

【では、引き続き映画を楽しんでください。私はコレで】

(ちょ、おい、スプー!?)

【ああ、私の方から彼女にフォロー入れときました。後で泣いて土下座してくれても構いませんからね】

 

 自分の言いたいことだけ言ってスプーは再び口を噤んだ。こちらがどれだけ呼びかけても反応の一つもよこしやしやしない。

 

ヤロウ……無視を決め込みやがったな―――胸の中でぽつりと悪態をつくが、アドバイスはアドバイス、相棒から受けた忠言を胸に“ヒント”とやらを探してスクリーンを凝視する。

……だが、瞳に映ったものは“彼”の親友が鬼気迫ると言った表情でホームセンターに駆け込んでいくのを、呆れた顔でからかう“彼”と“少女”の姿だけ―――とても、参考になるようなものだとは思えない。

というか、本編の内容が気になる。多分“彼の友人”がホームセンターでやっていることは彼のための事なんだろうけど……っていかん、いかん。せっかく相棒からアドバイスもらったんだ、ちゃんとヒントを見つけないと。

そうこうしているうちに、話は進み二人がベンチに腰かけて“友達”について話し出す。

“彼”は今、自分のために為すべきことをしている親友の事を。

“少女”は―――ん?……これってもしかしたら使えないか?

 

 話し合う。

 

コミュニケーションの基本で、相互理解の第一歩。

それが、“話し合う”という行為だ。

思えば、最近は進化を果たしたスプーの件やら、先生方からの説教やら罰則やらで、一緒の部屋だって言うのに楯無さんとゆっくりと話すヒマなんてなかったしな。

 

これはいいアイディアだと内心、一人ごちる。

 

それに―――俺は、彼女の事をそれほど多く知っているわけじゃない。

彼女のことで知っていることなんて、IS学園最強の称号である“生徒会長”であること。現役でロシアの国家代表であること。

どこかの組織から俺を監視するためにやってきた、ウォッチャー(見張り番)であること。

せいぜいこのくらいだ。

 

“彼女がなぜ俺を監視しているのか、どんな目的があるのか”、それさえ俺は知らない。

セシリアとのクラス代表決定戦、あの時の賭けも結局うやむやになってしまった。

本来なら、俺の情報を渡すか……渡さないか、という賭けだったはずだ。

しかし、賭けにかった彼女の要求したのは……その、お、俺とのでぇと。

 

・・・・・・切り替えよう。うん間違いなく、これ以上考え込むのは俺の精神衛生上よくない。

 

 なぜ彼女が賭けの報酬を変えたのか?

 

疑問は彼女からこの話を聞いて以来ずっと、胸の奥の方でくすぶっていた。

その熱は今になってより熱く、俺を胸を焦がしている。

まるで―――彼女の事をもっと知りたい、と俺の心が、叫んでいる気がするんだ。

だったら……導き出される結論は一つだ。

 

踏み出そう。彼女が踏み出してくるのを待つんじゃない、俺が行くんだ。

 

 一緒の部屋でそんな機会なんて腐るほどあるだろうってツッコミが飛んでくるかもしれないけど…………俺は、ダメなやつだ。だからこうやって、踏ん切りがついたらその瞬間にはじめないと熱意が鈍っていく。

 

―――無論、話したからって理解されるとは限らない。

話したってつたわないこともままある。

……それどころか、違うニュアンスで伝わってしまって、同じものを見ていると思っていたものがまるで違うものに見えていたとしても、だ。

 

それでも、俺は踏み出すべきだと思う。

 

そう在るのが、俺の尊敬する先輩たちで……俺が往くことを決めた道だから。

 

 心が出した結論を、深く刻み込むように内心で繰り返してから俺は、再び意識をスクリーンに向ける。相棒の言っていたヒントがまだ残っていないか確認するため……いや、違うな……これから始まる“彼”のヒーロータイムで自分自身を勇気づけるために。

 

場面は既に大きく変わり……“彼”がいつの間にやら、合流していた相棒と喧嘩をしている。そして、聞こえる悲鳴―――その声は、映画に集中できていない俺でも聞き覚えのあるほどよく印象に残っている。

間違いがない。“少女”の声だ。一瞬で顔色を変えて駆け出す“彼”。

 

その姿がこれから始まる苛烈な戦いのことを予感させた。

 

 

           □                 □

 

 

 おぞましい、その一言が第一印象として湧いてくるような奇怪な造形のバケモノ。ウナギを極限まで肥大させて、おとぎ話に出てくるドラゴンのような翼と足を付けたしたような異形の生き物が何か色味のかかったガスの様なものを吐き出して、哀れにもバケモノの狩場に飛び込んだ犠牲者(少女たち)ににじりよる。

 

この映画の主人公の“彼”はいまだ現れる気配さえなく。何やら秘密があるらしい“少女”もこの怪物が出てきた冒頭で、粘性のある唾液のようなものを吐きつけられた。

 

「!? な、なに、こ―――」

 

そうこぼした金髪の少女は、腰を抜かしてへたり込み、同じように立ち上がることさえできなくなった友人への凶行をまじまじと見せつけられることとなった。

 

「あ――」

 

 自分に何が起こったのか理解する暇もなく、ガパッと大きく口を開けた異形の口の中に一人の少女が……飲み込まれた。

ゴクリ、という飲み干す音が異様に生々しく感じる。

そして、少女のくぐもった叫び声が木霊するのだ。

 

「嫌ぁぁぁああああ!!あ゛ぁぁっ!あ゛ぁぁぁぁっ!嫌ぁぁあぁあ―――」

 

 今しがた飲み込まれたバケモノの肚の中から

 

その恐怖に満ちた叫びも長くは続かず……途切れるように立ち消え、後に残ったのは満足げにげっぷをする異形のバケモノ―――否、このバケモノの腹は満たされていない。

それを証拠に金髪の少女に…………とんとん。

 

そいつは醜悪な顔を向けると、じりじりとにじり寄り…………とんとん。

 

…………ガパッと顎が裂けるような勢いで大きく口を開け、状況の変化についていけず、茫然自失となっている金髪の少女に…………とんとんとん。

 

…………いい加減、うっとうしくなってきた。

視線はスクリーンに向けたまま、声がほかの誰にも聞こえないように気を付けつつ囁く。

 

「……………本音、なに?」

 

 常人の聴覚なら耳をそばだてなければ聞こえないほどの囁き、だが一族の使命のために様々なスキルを磨いてきた私たちにとっては、日常会話として普通に話すのと何ら変わりない。私の質問に本音が満足げな声色で答える。

 

「かんちゃん。楽しい?」

 

 その言葉がそれ見たことかと、からかわれているような気がしてつい、スクリーンから顔をそむけて本音に噛み付くように食って掛かってしまう。

 

「……別に……ただ、二人の監視は対人調査カメラが監視してるし……そ、それに楽しめ、って言ったのは、本音じゃないっ」

 

しかし、移した視線の先にあったのはあざけりの微笑ではなく、本音がいつも浮かべているはんなりとほほえみだった。

なんだか、バツが悪くなって顔をそむけるようにスクリーンに視線を戻す。

 

「うん、そうだよ~だから、かんちゃんが楽しんでいるみたいでよかった」

「…………話はそれだけ?」

「かんちゃ~ん。せっかくなんだしもっとお話しようよぉ~」

「……ここは映画館。……周りの人の迷惑になるから……」

「そんなこといったってーこの会話を聞き取れる人なんて~私たちとおなじよーな訓練を受けてきた人たちだけし~肝心の楯無おじょーさまは映画に夢中みたいだよ~」

 

 本音の言ったことを確認するように流し見た、二人はスクリーンに集中していて、席が5列以上離れた私達の事に気が付くそぶりさえも見せない。

 

「だめ、かな~?」

「…………………」

 

一度、確認のために空中に浮遊しているカメラにアクセスして、映像ログを確認するが、やはりこちらの事を気づいた兆候はない。

 

…………大丈夫かな?

 

「少し、なら……」

「ありがと~かんちゃん。なんだか、私には話が難しくってさ~えへへ」

「……“ごめん”」

 

 はにかむように笑いながら頭をかく本音に、自分が彼女を“つきあわせている”、という事実に気が付いて、胸がじくりと痛み知らず知らずのうちに口から謝罪の言葉が飛び出していた。

本音だって日々の授業に、生徒会の仕事、家からの任務に加えて……私みたいな“できそこない”の世話で休日まで潰されるなんて完全にオーバーワークだ。

 

「かんちゃん、私がほしいのは“ごめん”じゃないよー」

「……え?」

 

驚きと共に見つめなおした本音の顔は、口調とは異なり真剣な面持ちだった。

 

「“ごめん”、じゃないことばがほしいな~」

「……………」

 

 “ごめん”じゃない言葉。それがほしい、そういってくれる本音。

しかし、私にはそれがわからない。

彼女に悪いことをしているのはわかってる。でも、“ごめん”ではない。

だったら……答えはなんなんだろう?

 

自問自答が頭の中で堂々巡りになって。答えを出すことのできない自分のダメさ加減にイライラしてくる。

 

こんな時、姉さんだったら……きっと、すぐに“正解”にたどりつくんだろう。

 

そんな、言葉がつぎつぎ浮かんできて余計に考えがまとまらなくなってきた。

そんな私を見かねて、本音がえへへーと笑いながら話を切り替えた。

 

「かんちゃん、答えはいまじゃなくていいよーわかったときに私にいってもらえれば、本音はそれで満足だから」

「…………でもっ」

「そんなことより~かんちゃん。この映画のことって知ってる~?」

「……………」

 

 何時もの口調ながら有無を言わせぬ、柔らかい押しきりに私は口を噤む。

もし、自分が踏み込んだことで嫌われることになったら……そんな考えが頭によぎったから―――だから、私はこの映画“魔装戦隊ウィザーズ”について話し出した。

 

「……えっとね。この映画はたった一人の戦隊ヒーローがみんなのため闘うお話なの」

「うんうん」

 

好きなことの話だからだろうか?

 

「平和に暮らしていた人々の生活、でもその陰で人々を襲うバケモノ、カイイっていう悪い奴らがいたの……」

「へぇぇ~」

 

自分でも不思議なくらい、さらさらと言葉が流れ続ける

 

「現実とは違う、観測領域……簡単に言うと違う世界から来た、っていうのかな?」

「ほぇええ~」

 

それこそ、何時もの私だったら考えられないくらいに

 

「“彼が”それと戦うっていうお話なの」

「ふ~ん……でも、なんで戦隊ヒーローなのに一人きりなの?」

 

違う、そんな……前向きな理由じゃない

 

「それはね……いろいろと理由があるんだよ」

「りゆぅーって?」

 

きっと……私は恐いのだ。

 

「一つはカイイっていうのはね……その存在が認識したり、観測されればされる程、“強くなる”の」

「えぇぇ!?それって、勝ち目なくない~~!?」

 

これ以上本音に踏み込んで、今の関係が壊れてしまうことが……

 

「うん、だからなるべく人目につかず、少ない人数で打倒する必要がある」

「なるほど~~だから、“独り”なんだねー」

 

本音に見捨てられてしまうことが……

 

「そうなの……でも、もうひとつ理由が、あるんだ……」

「え!?そうなのー?」

 

だって、私は―――“できそこない”だから

 

「ほんとはね……戦う人ってね……“彼”じゃなくってね……“彼”の妹だったの」

「ほえぇ!?でも、“彼”って……」

 

から本音が私から離れて行ってしまうことが怖くて…………

 

「そう、“彼”は高校生、だから……“彼”の妹はまだ小学生なの……ね、本音。戦うヒロインっていったら何を連想する?」

「んぅ~~……あ、まほーしょーじょ?」

 

恐くて

 

「あたり。戦う役割は“ヒーロー”じゃなくって“魔法少女”だったの。じゃあ……魔法少女の特徴ってなんだと思う?」

「小さい女の子!……だからなんだねぇー」

 

コワクテ

 

「そう。妹や同じくらいの小さい女の子が戦って、傷つくを見ているのが嫌で……」

「戦う決意をしたって、いうことなんだね~~」

 

しょうがなくって……踏み出せない

 

 

 

「あらすじはそんなかんじかな?」

「うんうん、なるほどーよくできてるねー。かんちゃん、教えてくれて“ありがとねー”」

「ううん。私にできることってこのぐらいだから……」

 

 そう言い残して話を切り、視線を再びスクリーンに向ける。

 

 

 

映画の中では、激情に顔を歪めた“彼”がこぶしとカイイに叩き付ける。

言葉にしきれない、自分への怒りと拳に込めて敵と、なによりも……何も出来なかった自分自身を傷つけるように。

 

「よくも……“アイツ”をぉぉぉおおおお!!」

 

 “失われたモノ”のために血を吐くような痛々しい声で

 

「てめえだけはぁああああ!!!―――ここで死ねぇえええっ!!」

 

 強固な外皮を殴ったことによって、拳が傷つき血が流れとしても

 

「痛いか?――だが知るか!!」

 

ホントに痛いのは自分のはずなのに

 

「バラバラのミンチにしてやる」

 

 でも、そんな風に激情に任せて敵をののしる彼が……私の知るヒーローという存在とは違って映るのはなぜだろう。私の知っているヒーローはもっと超然としていて……今の彼はまるで……私みたいだ。

嫌なことがあったときに、つらくて、悔しくて、何もできない自分が嫌で……泣いている―――子共みたいだ。

 

「殺す!! ぶっ殺す!!てめえの皮全て剥ぎ取って、切り刻んでやる!!」

「ちょ、ちょちょ、ちょっとストープッ!!まてまて、まてぇぇえぇい!!」

 

 そんな“彼”に傍らの天使から伝えられた、その一言が

 

「――”まだ生きてるぞ”!!」

「なに!?」

 

 “彼”に理性の光を取り戻させた。

 

「まちがいねぇ!……生命反応5、あり!まだ生きてる!!まだ――助けられる!!」

「本当か?」

「おう、まちがいねえ!!」

「そうか―――それなら!!」

 

 顔が変わった。あの泣いているような顔から……たたかうヒーローの顔に

 

「絶対に助ける―――絶対に、だ!」

 

誰が見ているわけでも誰に聞かれているわけでもない、だというのにその言葉は“誓いの言葉”のように聞こえた。

自分自身に対して、強く誓っているように。

 

 

 

「いくか、ヒーロー(仮)!」

「相棒!」

「あいよ!」

 

その意思を具現させるように空手を空に掲げる。

 

「さあ始めようぜ、ヒーローを!」

「さぁ…始めるぜ、ヒーローを!」

 

球体天使がまばゆい光と共にヘルメットに変わり、彼の掲げた手に収まる。

 

「いくぜ、相棒!」

「かもぉおおん!!!」

 

そして、彼はとなえた。奇跡を呼ぶ、その言葉を。

 

 

 ╋≪変≫╋

 

 

 ╋≪身≫╋

 

 

 

“瞬魔!”

 

それは無力な人を、異界の敵へと戦う戦士へと変える世界の秘法

 

“装法!”

 

“選ばれた”者に世界を塗り替える力を与える魔法

 

“我は緑!”

 

己が象徴する色とかかげ

 

“我は剣!”“我は武器!”“我は楯!”

 

その“全て”を敵と戦う武具へと変える

 

“汝はわが名を刻め!”

 

ヒトを愛する女神から抗える人の子への贈り物

 

「不具の資格! 欠落の魔法戦士!」

 

 そして、“彼”は名乗りを上げる。

 

「だがしかし――退くべき理由も正義はない!」

 

目の前の“カイイ”、飲み込まれた“少女”達、

 

「覚悟しろ! そして、罅割れろ!!」

 

ただ見つめるだけの世界、戦うことを決めた自分自身

 

「魔装戦士!! グリーンブレイバー!!」

 

その全てに、“自分”という存在を誇示するように

 

「魔装戦隊ウィザーズ!」

 

こうして、“対抗神話”“人を救う幻想”“ヒーロー”―――彼の戦う用意は整った。

 

 

「さあ、助けさせてもらおうか!!くそカイイ!!―――俺の友人、返してもらうぜ!」

 

 

 画面の中の“彼”が雄叫びと共にカイイに突っ込むさまを見て……きっと私が“彼”のようにすごい人間なら、本音の問いの答えをすぐに見つけられて、正解を答えられるんだろう……言葉にできないもやもやとしたものが胸の奥底にこびりついて、はなれない。

 

私は目を伏せて、逃げ出したい衝動に必死で抗った

 

自分に対する自己嫌悪の情を誰かに悟られたくなくて

 

 

           □                 □

 

 

 ブレイバーがバケモノから吐き出された液体を飛ぶように避け、手にした剣を油断なく構えた。

普段、箒から仕込まれている篠ノ之流剣術の経験からその構えが緊張とリラックスのバランスがちょうどいい最適のものだとみてとれて、思わずスーツアクターさんの技量に感心してしまう。

 

 こんど、暇な時にでも特撮映画観てみようかな……何かの参考になるかもしれないし、などと考え事にふけっているうちに、スクリーンの向こう側で彼が飛び上がった。

あわてて、意識を銀幕に戻すとブレイバーが、周囲のビル壁を足場代わりに上へ上へと駆け上がっていく。

 

急に視界から消えたブレイバーを追ってバケモノがのったりと首を上げる。

 

その動きに“敵”に対する警戒と呼べるものは微塵も感じられなかった。きっとコイツにとってはブレイバーも“餌”に過ぎないと認識しているのだろう、と理解する。

口から粘液を発射して動きを止める―――だが、その考えは甘い!!

そんな俺の内心を反映するかのように、ブレイバーが吠えた。

 

「――おせえええ!!」

 

 一閃。間髪入れず振り下ろされた剣が、彼を引っ張る重力の力を借りていともたやすくバケモノの顔面を引き裂いた。

叩き切った衝撃でバケモノの長い首が地面に文字通り“叩き付けられる”。

引き裂かれた顔面のせいで、悲鳴を上げることさえできずにひくひくと痙攣を繰り返すバケモノに向かって、軽やかに大地に降り立ったブレイバーが油断なく言い捨てた。

 

「―――どうだ!」

『顔面、半裂きってな!!』

 

 着地によって崩れた体勢を立て直し剣を正眼に構えながら、警戒を続けるブレイバーの前。聞くだけで背筋が粟立つような気持ちの悪い音と共に“中”にいた少女たちが吐き出された。

 

「吐き出しやがった!!」

 

俺にはそのバケモノの生体なんてわからない。でも、その衝撃はバケモノの脳を揺らすには十分のモノだったように思えた。

てらてらと男の俺でも嫌悪感を感じるくらいに、バケモノの粘液まみれになってしまった二人の少女を見て、不意にとある感情が鎌首をもたげてくる。

 

…………それにしても、えっろいなぁ~さすが、R-15禁の映画。

さっきのバケモノをぶった切ったシーンとかもグロかったし……この描写だろ?

 

―――ハル、デートでこのチョイスはダメすぎなんじゃね?

 

自分も見方によっては三人の少女たちとトリプルデートを送っていることに、まるで気が付いていない女の敵が、自分の醜態のことなど完全に忘却の彼方へ放り投げて気をもんでいる頃。

そんな朴念仁に夢中の三少女のうち二人は内心でまったく同じことを考えていた。

 

(あのツインテールの役者さん、鈴にそっくりなんだが!?)

(あのツインテールの役者さん、鈴さんに瓜二つなのですが……!?)

 

 一夏をはさんで両脇に座っていた箒とセシリアがちらりと鈴に向けると、映写中の薄闇の中でもわかるほどゆでだこのように真っ赤になった鈴が画面を正視できず、目を伏せていた。

じんわりと目に涙が滲んでいるのは、気のせい、だということにしつつ後で、甘いものでもおごってあげようと固く心に刻んだ二人だった。

 

…………肝心の思い人はそんな鈴の様子にまるで気づいていなかったことは、はたしてよかったのか悪かったのかはまさに神のみぞ知る、という物であった。

 

 

「きゃあああああ!!!」

「うわああああああああ!!」

 

 

 その絶叫に気が付いて一夏がスクリーンに意識を戻すと、先ほどまでの薄暗い路地裏から飛び出したバケモノが、半崎になった頭を振りながら人の大勢行きかう駅前を疾駆していた。

いきなり常識、という保護の外に放り出された人々が恐怖の叫びをあげる中、傷ついた体をいやすためか、あの怪物は“食事”を始めようと傷ついた口を広げてガスをばら撒きだした。

そのことに気が付いた男が周囲に警告を発する―――だが、時すでに遅く。一人の少女がバケモノのガスによって膝を折った。

傷ついた大咢を構え、ゆっくりと首を動かす。

 

まさに絶体絶命の状況。

しかし、一夏の胸にあるものは少女への憐憫と恐怖からくるドキドキ感ではなく……胸の奥底込みあがるような熱さとそれに伴う確信であった。

 

きっとブレイバーが何とかしてくれる、という。

 

(確かにこれはあんまりデート向けじゃない。けど……男がみるものとしたら……最高だな)

 

「たすけ―――」

 

少女の悲鳴に割り込まれた銃のアップを見て、お約束だとわかりきっていたとしても一夏は内心で喝采を上げることを我慢できなかった。

 

(―――そうだ、行け!頑張れ、あのバケモンをぶったおせ!!ブレイバー!!)

 

パパパパパーンという、軽快な音と共に大口をあけたお客さん(化物)に放たれた弾丸が突き刺さり、肉のはじけるぶちゃっとした嫌な音が周囲に響きわたっる。

 

「やらせるかよ。これ以上俺の目の前で―――」

『見逃すわけにはいかねェってな』

「―――誰かを食わせるなんてさせやしない」

 

 牽制のために放ったごてごてと改造の施されたハンドガンのリロードを済ませつつ、少女を背にかばう様にゆっくりと歩くその姿を見て……俺は夢想した。

“あの日”誓った―――“アイツの隣を歩める俺”は、こんな感じで人を救えるのだろうか、と。

 

「だ、誰?」

 

 恐怖とガスに苦しむ少女を背に守り

 

「―――グリーンブレイバー。ただの人助けがしたいだけの“ヒーロー”さ」

「ひ、ヒーロー……?」

「ひ、ヒーローだって!?まさかあの……」

 

 ハルが言っていたように、俺も人に灯りをともす存在になる

 

「……違う、俺は“あの人”じゃない。俺はただの―――」

 

 そう信じていた。その瞬間を見るまでは

 

「“補欠”ヒーローさ」

 

 巻き込むから、と少女を逃がしつつ敵に向かって剣を構える、“彼”の声に確かに滲んでいた、言葉にすることのできない……諦観にも似た悲しい声の響きに終ぞ気づくことはできずに

 

俺が……“そのこと”に気が付いたのは少しあと―――ブレイバーが、敵の攻撃を掻い潜ってバケモノの懐に潜り込み、腹の中に残された女性たちを救うために肉弾戦を仕掛け、見事に顎を腹の中を覗かせるまで引き裂き、女性を救い出したその瞬間だった。

 

「―――見つけた!!」

 

 引きずり出された女性は、先ほど助け出された少女たちよりも長い時間、バケモノの腹の中で苦しめられていたようだったが、まだ生きていた。そう……助かったんだ。

しかし、俺がその後に訪れるだろう……いや、こうあるべきだと“思い込んでいた”展開は―――いともたやすく裏切られた。

 

「――大丈夫か?」

 

 戦闘で負った細かい傷と、バケモノの流した“血”で赤く汚れた“彼”の心配する言葉。

それに、返ってきたものは

 

「――ヒッ!!いやぁアアアアア!!」

『ちょ、おま――!』

「たす、たすけてええええええ!!」

 

 “助けてくれた本人”(ブレイバー)に向けられた恐怖の視線と、“助けてくれなかった別の誰か”(ブレイバー以外)に向けられた助けを求める絶叫だった。

 

なんだよ、これ……

 

困惑する俺の思いを代弁するように“彼”の相棒が、“不条理”に声を上げる。

 

『おいおい!? 助けたのはこっちだぜ!!幾らなんでも悲鳴を上げるってのは――』

「やだぁああ!!」

 

しかし、半狂乱になって泣き叫ぶ彼女には届くことがない。

 

おかしいだろ!?ブレイバーに助けられなかったら、アンタは……あのバケモノの中で溶かされて殺されていたんだぞ!

 

 仮面に覆われて“彼”の素顔が覗けないから、錯覚してしまう。

 

一夏はもう、これが映画の中のフィクションだとは思えなかった。

同じことをやった親友を知っていたし、何よりも自分自身もその頂を夢見ていから……叫びたいほどの思いを必死に押し殺していた。

 

彼は、平静だと……平気だと―――ちがう、そうじゃないんだ。

彼はきっと……そう装っているだけだ。

あんなことを言われて、普通でいられる人間はいない。

 

そのはずなのに……彼は

 

「……気にすんな、相棒。それよりもすぐに救急車がくる―――立てるか?」

 

彼女に向かって“手を差し伸べた”

 

しかし、差し伸べられた手は

 

「…………こっちこないでよぉ!!」

「ッ!」

 

他の誰でもない彼女自身によって払いのけられた。

 

「――あ……」

 

その行為を為して、ようやく少し……ほんの少しだけ平静を取り戻した女性が罪悪感に染まった瞳をブレイバーに向ける。

 

「――――――」

 

だが、彼は何も言わない。表情をうかがわせぬ仮面の奥に隠した素顔と、“人としてあって当然な”思いの数々をすべてしまいこんで……ただ、静かにたたずむだけだった。

 

『……お、おいブレイバー』

「――気にすんな、救急隊員に任せるべきってことだろ」

 

 そうして、バケモノにとどめを刺すために女性に背を向ける。

 

「――悪いな、怖がらせちまって……」

 

ぽつりとこぼしたその言葉と“何か”を堪えて震える拳を見た瞬間、心の底からいつかの出来事がぱっと浮かび上がった。

 

 

◆                 ◆

 

 

「え、一夏も……HEROを目指すって?」

「ああ!」

 

 クラス代表決定戦の後、午後のうらやかな温かさに包まれた病室で、固く決めた決意を言葉にするように言い切る俺を前に、ハルは心底驚いた様子で目を丸くしてたっけ。

 

「どうしてだ?」

「ハルに憧れたから……かな?それに俺もいればハルの負担も―――」

「ダメだ」

 

 真剣な表情になって、言葉少なげに俺の意見を否定するハル。

 

「なんでだよ!?」

 

 正解だと確信していた回答に、難癖を付けられたかのように噛み付く俺に、ハルは悲しい顔で言い聞かせるようにゆっくりと教えてくれた。

 

「HERO、いや……俺みたいなSUPERHEROは“むくわれること”がない。それは理解しているか?どんなことをしようが結局のところ、タイツはいた変態“でしか”ないのさ」

「そんなことわかっているさ!!」

「じゃあ……あんな答えが返ってくるわけがない。言っておくが“憧れ”や“献身”だけでやれるものじゃないんだ―――」

 

反論しようと、アイツの瞳を覗き込んだ俺は……咽元まで込み上げてきていた言葉をすべて、飲み込みざるを得なかった。

 

アイツが、心底悲しそうに呟いたから。

 

「いいか、一夏……“人を助ける”っていう行為はひどく利己的で、“独善的”な行為なんだ。だから……自己中心的な人間じゃなくちゃ、SUPERHEROになっちゃいけないんだよ」

 

その言葉に込められた真意を理解できずに、たたずむ俺にハルは―――

 

「だから、一夏には―――」

 

◆                 ◆

 

こういう事なのかよ……ハル。

これが報われない、っていうことなのかよ……じゃあ、なんでお前はッ!?

だから、お前はいつもスーパーヒーローなんて奴はただのタイツ着た変態だって、ずっと言っていたのかよ。

 

胸に渦巻く疑問やいら立ちを抑えるように腕に力を入れる。

だけれども、その程度で俺の思いが押しとどめられるはずもなく……胸の内で様々な言葉がぐるぐるとまわって映画に集中できない。

 

何だよ―――これ。こんなことを続けていたら少しずつ心がすり減って……壊れてしまう。

いや、壊れているからこそこんなことができるのか?

 

糞ッ……これじゃあ、余りにもハルも、ブレイバーも……誰かを助けたスーパーヒーローが救われないだろ。

 

とんとん。急に俺の右腕を叩かれる感覚とともに箒が小声で話しかけてくる。

 

「一夏、どうかしたか?」

「…………あ、いや……何でも、ない。」

 

 歯切れの悪くぶつ切りになってしまった俺の言葉では、さっしのいい箒を誤魔化すことなどできはしなかった。

 

「嘘だな。……場所を移すか?」

「…………」

 

 俺に気を使ってくれた箒からの提案だったが場所を移したところで、説明なんてできるはずのないことに俺は口を噤むことしかできなかった。しかし、箒は言葉を止めずに静かに話を続ける。

 

「そうか、わかった」

「……聞かないのか?」

「言いたくないのに、無理に聞きだすなんてことはしたくないからな」

 

 完全に見透かされてしまった俺は、なんだかバツが悪くなって箒の方を向くことができずに、かといってスクリーンに集中する気にもなれずにぷいとあらぬ方向に視線を流す。

そして、再び箒が言葉を綴りだした。

 

「これは、想像だが……映画の主人公のことで何かしら思ったことがあったのか?」

「ッ……なんで、そう思うんだ?」

 

 あまりにも的確すぎる指摘に思わず絶句しかける俺が必死に絞り出したその質問もあっけからんとつらつらと回答してくれた。

 

「そんもの、見てればすぐにわかるだろ。ここは映画館でやることはただ一つ、映画を見る、という行為だけなのだから……一夏も小難しいことは考えずに映画を楽しめばいい」

「箒……」

 

 そうだ。これは映画。フィクション(幻想)であってリアル(現実)じゃない。

 

俺もそう割り切って、視線をスクリーンに戻す。画面の中では先ほど対峙していたバケモノがぴくぴくと痙攣を繰り返しながら肥大し―――弾けた。

 

だが、俺はすぐに画面から視線を逸らすこととなる。

 

「それにしてもこの主人公は“ダメ”だな」

「…………え?」

 

 ほかならぬ、箒のこぼした一言で。

 

「いや……“おしい”、というべきか?」

「なぁ、箒……どうして、主人公は“ダメ”なんだ?」

 

その言葉が聞き間違いだと思いたくて、問いた言葉はさも当然であるかのように平然としている箒によって―――切り捨てられた。

 

「だって、あそこで油断して“無駄な時間”を使わずさっさととどめを刺しておけば敵の強大化を防げたわけだろう?」

「……それは」

 

 そうだ。毎日学園で叩き込まれている勉強でもそう叩き込まれている。それが正しいことだって言うのも理解はできる。

 

でも……それじゃ、まるで―――

 

「その方がきっと被害も減る。映画の内容にケチをつける気はないが、な」

 

―――ただの“モノ”みたいじゃないか

人知の及ばぬ異形と戦い、勝つことを義務付けられ、人として見られることのない

 

そういう……“モノ”

 

「…………そうだな」

 

 俺には、そう返すことしかできなかった。

喉元まで出かかっていた説得の言葉も、責める様な質問の数々も、俺と箒の間にある隔絶した差をこえることはできないとわかったから。

 

 俺はこの映画が将来的にフィクションの枠を飛び出して、リアルになってくることを知っていて、箒は知らない……ただ、それだけの“認識”の差からくる意見の相違に過ぎない。

 

でも、ハルがいる世界の厳しさをまた、まじまじと見せつけられた気がして……ずきりと胸が痛んだ。

 

スクリーンの中では、先ほど弾け飛んだはずの化物がその何百倍もの体積となって

―――“巨大化”したバケモノ。

高層ビルを眼下に睥睨するそれを目の当たりにしたブレイバーはあまりの事態に絶句する。

しかし、バケモノの踏み鳴らす重厚な足音が明確にそこにあると認識させた。

 

「えっと、あの―――」

 

剣を構えたブレイバーが、状況を示すには的確すぎる一言で評した。

 

「ちょっと……でかすぎね?」

 

 

 10階あろうかという高層ビル越しでも頭がひょっこりと出るほどの大きさを持つ、生物的にはありえない異形、まさに怪異としか評しようのないそれは……その存在を周囲に誇示させるかのように絶叫を轟かせた。

 

 人が抗うには絶望的ともいえる隔絶した“差”を見せつけるように

 

 

           □                 □

 

 

 スクリーンの向こう側の少年はたたずんでいた。

 

人々が逃げ惑う絶叫と、“カイイ”の踏み鳴らす地響きの中で、先ほどまで確かにあった“平穏”というありふれた二文字の言葉がガラガラと音を立てて壊れていくのを実感しながら。

 

「こ、こんなことって……」

 

“こういうこと”がおこるという自覚はあった“アイツ”が“カイイ”と戦うことを決意した時から―――いずれ、自分たちの手に負えない事態となるかもしれない、という自覚が。

 

 戦うことを決めた親友のために、そうならないように……できる限りのことはした。武器をそろえ、情報を集め―――今も“新作”を携えている。

 

でも、でも……これは、そんな想定のはるか上をゆく異常だ。

 

“ビルよりも大きいカイイ”なんて、どうしようもない。

 

「か、か、か――怪獣じゃねえかお……!!?」

 

―――さっきまで戦っていた“彼”の手にも余る事態だ。

 

「幾らなんでも今回は自衛隊とか呼ぶしかねえお!?」

 

ちっぽけな人間がどうこうできるものじゃない、その一心で通信機のスイッチを入れ“彼”に連絡を取る。

焦る気持ちが通じたのか、すぐに通信はつながった。

 

「聞こえてるかお!?早く退避しないといけないお!!」

「ザザ……ザ……夫か?」

 

 つながった通信はノイズまみれながらも、いまだ健在な“アイツ”の声を確かに伝えてくる。

 

『そっちは無事か?』

「それはこっちのセリフだお!?それより今回は幾らなんでもやばすぎるお!今いるハンズのほうはまだ平気みたいだから、一緒に合流して早く撤退するお!」

 

 しかし、アイツは言うのだ。

 

『……いや、そっちはすぐに避難してくれ。俺は“まだやることがある”』

 

 意図的に“それ”を考えないようにしていた。

 

「……やること?ッ!!――まさか!?」

『………………』

「か、考え直せお!幾らなんでも勝てないお!!」

『………………』

 

きっと、アイツならこう言うだろうとすぐにわかったから。でも、その道は…………

 

「今までの奴とはわけが違うんだお!?あの大きさは、人間が勝てる相手じゃないお!!」

 

だから、言葉を弄して説得する。あきらめさせなければ、アイツが―――

 

「死んじまうお!!!」

 

 血を吐くような叫びにこたえるように、“彼”がぽつりぽつりと言葉を漏らす。

 

『……俺だって、死にたくねえよ』

その声色に嘘の色は感じられない。

 

『でも、それ以上に――”死なせたくねえんだよ”』

感じるのは“決意”。

 

『――” アイツ”がいるんだ』

その一言だけで、親友が決意を翻す気がないことを実感させられた。

 

『顔も知らない、名前も知らない。赤の他人なら多分見捨てられる、だけど――』

嘘つけ……そう言葉を叩き付けてやりたかったお。だって、これまでだってお前は……

 

『大切な家族や、友達なら俺は見捨てられない。だから、俺は……――』

目の前の人を“見捨てられず”に、頑張ってきたんじゃないかお

 

「…………」

 

『俺はあいつを助けにいく。例え死ぬことになっても、だ』

 

―――いいのか?それで……それで自分は、逃げて……どうする?

 

「………………」

 

 その手に握っているものはなんだ?おもちゃか?道楽で作ったコスプレ用品か?

 

―――ちがうだろう?自分は、“アイツ”の親友で

 

アイツをサポートする仲間。

アイツが携える剣を。

アイツが握る銃を。

アイツが有利に闘える情報をそろえる。

 

“Smith”(職人)だ。

 

『だから……わりぃ。先に逃げててくれ、』

「―――合流するお」

 

後に続く言葉を断ち切る様に言い放つ。

 

『え? いや、俺は――』

「いいから!!」

 

本当は今にも逃げ出したくて震える足に活を入れるように、自信たっぷりと、余裕ありげに、さもそれっぽいようにポーズまで決めて……言い放つ。

それに、このセリフが吐けるなんて、まさにSmithの誉れだお。

 

「こんなこともあろうかと!」

 

さぁ、これから戦う“アイツ”に起死回生の一手を授けるとするかお!

 

「用意しておいた装備がある!デカぶつと戦うなら絶対に役立つブツだお!」

『装備、だと!?どんな!!』

「見たらわかる、だから合流するお!」

 

 “彼の親友”のアップと共に、準備されていた新装備が大きく映り込む。

銃が合体したベルトのようなものと上半身を覆うハーネス―――彼はそれを……矮小な人が巨大な敵に挑むための武器、ジャイアント・バスター(巨人殺しの装備)と呼ぶ。

 

 再び場面が暗転とともに変わり、敵に背を向けて自分を待つ友の下へと駆ける“ブレイバー”へと視点が戻る。

 

「いそがねーと……アイツが!!」

 

 彼の言葉の真意がよくわからなくて私が首をかしげていると、すぐに回想が始まった。

彼に背負わされた“重すぎる責任”を観客全て伝えるための、少し前の出来事が

 

「おいおい……」

 

 突如、目の前に現れたそれのあまりの常識はずれのサイズ差に目を白黒させつつブレイバーが絶叫する。

 

「でけえええええ!!!!!!???」

 

 自分がこれまでの一連の出来事を通じて常識の外に在るモノについては慣れてきたつもりだった……だが、さすがに想定のななめ上を行き過ぎた自体に頭の中の混乱が言葉となって、せきを切ったようにブレイバーの口からあふれ出した。

 

「んだありゃあああああ!!?怪獣!? 特撮ものなの!?誰かジェットイカロスか、ウルトラマンか、斎藤先生呼んできて!!」

『落ち着けブレイバー!』

「一体なにがどうなってやがるんだ?!カイイが消えたと思ったら、いきなりくそでかい怪獣が出やがったぞ?!」

 

 こういう時は自分が“巨大化するなり”、“巨大ロボット”が合体するなりすべきなのだろうが、そんなものは自分にはない。

 

「正直世界違わないか!?こういうのはちょっと違う人が担当するべきっていうか……って、おい……まさか……」

『そうだ、あのでかぶつもカイイだ。……厳密には違うがな』

「どういうことだ、説明しろ!?」

『……狂屍躯(バーサーグ)

いままでに相手にしてきたのより、より上位のカイイが起こすことの出来る暴走現象(バグ・モード)

―――あれはさっきのカイイが暴走した状態だ!』

「ば、バグモード?」

『一種の自爆前提の暴走状態のことだ!!!

自分の存在質量を加速度的に膨張させて、

自分の力とサイズを巨大化させてやがるんだ!』

 

ようやく、腑に落ちてきた“彼”が冷や汗をにじませつつ納得したようにうなずく。

 

「どっかの戦隊ものかよ……ってまてよ?自爆技ってことはなにかデメリットがあるのか?」

『狂屍躯ってのはカイイにとって文字通り最後の切り札で自爆技だ。

一度バグ化すればもう二度と戻れないねえし、巨大化した肉体は時間が経つごとに崩壊していく。

使えば死ぬ、自爆技ってのはそういう意味だ』

「――放っておいても死ぬってことか?」

『ああ、あのサイズなら十五分か二十分も経たずに自滅する。所詮七位規模のカイイだ、どの道長くねえ。倒すまでもなく勝手にくたばるさ。』

 

 ブレイバーの相棒が、いったんそこで言葉を切ったのは……彼の優しさからだろうか?

 

『だが――”このまま死んだら奴は汚染を撒き散らす”!』

 

 そして、“天使”は朗々と語りだした。今のカイイは、火のついた爆弾も同然。限界まで至れば、はじけ飛び“半径数キロ圏内を殺し尽くす瘴気を撒き散らす”、と。

自分たちにできるのは、“戦わずに”時間を稼ぎ正気の拡散を防ぐことだけだ。そういうのだ。

しかし、“彼”は気が付く―――いや、気が付いてしまう。

 

カイイの体内に取り込まれた“少女”を救うには“この巨大カイイを打倒する必要がある”ことに。

 

―――この映画を作った監督は、真正のサディストね。

 

 思わず心の奥でそんなことを考えつつ、私は隣に座るハルくんの顔をちらりと流し見る。

この映画に連れてきてくれた彼は、画面の中の主人公に共感するように……“また”、つらそうに顔をしかめていた。

 

そんな顔をしたいのはこっちなのよ。まったく……ハルくんってば……人の気も知らないで。

 

 浮かんできた言葉を、噛み殺して彼の顔を見続ける。

映画に集中しているらしいハルくんは、私に自分の顔を見られていることに微塵も気が付くそぶりさえ見せず、表情をころころと入れ替えている。

 

絶対にあきらめないと誓う“彼”にエールを送る様に力強い眼差しで。

天使に対抗手段があると言われた“彼”と同じように驚いて目を丸くして。

でも、その対抗手段は独りじゃ使えないと言われてむっとした顔になって。

天使からお前が使えるのはせいぜい“右腕だけ”だと言われた彼のツッコミに苦笑して。

 

―――ほんとにかわいいんだから。

 

 顔がにやけそうになるのを鉄の精神力で無理矢理に抑え込む。

 

こうして二人でデートにこられたのが、夢のようだわ。

あの、二週間前の学園襲撃の時―――彼は……いや、考えるのはよそう。

今ぐらいは、彼のいろんな顔を見ていたいから。

 

 そんなことを考えていると、さすがに彼も気が付いたらしく、「どうかしましたか?」なんて言ってくる。

くすりとわらって「キミを見ていたんだよ」とあっけからんに言ってあげると、真っ赤になって「か……か、からかわないでください」なんてもごもごととこぼす。

 

 その様子に鉄の精神力は何処に行ったのか、知らず知らずにほほが緩んでいくのを感じた。

 

きっと私は笑っているのだろう。それを証拠に彼がぷいと顔をそむける。

これは笑われてると思って恥ずかしがってる感じかな?

そんな子供っぽい感じがまた愛らしい。

 

少し前に私と彼の特訓を見ていた虚が彼を大人びている、と評していたことがある。

虚の妹である本音も、彼の事を落ち着いていると評した。

 

でも、私はそうは思えないのだ。

 

 “あの時とまるで変わっていない”女の子がちょっと苦手で、目の前で困っているだけかを放っておけないだけの、真面目な人。

 

もう、十年近くも昔の事だというのに今でもはっきりと思い出せる自分に苦笑する。

ただ……一つだけ、あの時の彼から大きく変わったものがある。

 

 再開したアリーナで、セシリアちゃんとのクラス代表決定戦で、そして……

 

先月の学園襲撃の時に浮かべていた、“そうしなければならない”という痛いくらいの強迫観念に突き動かされた顔。

 

何度か、そんな顔を見てきた私には初めてあった時、すぐに気が付くことができた。“彼が何かを抱え込んでいることが”。

 

 

 

 ふいに、鉄骨とコンクリートが悲鳴を上げたような……そう、大規模な破壊の音が聞こえて視線をスクリーンへと戻す。

画面の中では“彼”が間一髪、と言った様子で大きくえぐられたビルの壁面を眺めていた。

そして、自分に警告を発してくれた親友を気遣っていたが、友人の声はとぎれとぎれで、少しばかり力がない。

 

きっと負傷しているのだ。破壊の嵐ともいうべき場所の只中に“ただの人間がいて無事なはずがない”。

 

しかし、“彼”はそのことに気が付かない。

少し、疑問を感じてはいるみたいだけど……それ以上に焦っている体。

ほおっておけば体内の“少女”のみならず大勢の命が奪われる。

 

時間は残り少ない。

 

決定打となる手段もない。

 

そして、“敵の撃退が勝利の絶対条件じゃない”。

 

 

 と、なればとるべき行動は一つだ。私の思った通りにブレイバーは間近にあるビルの中でも最も高く、あの“巨大化したカイイよりも背の高いビル”に向かって高速で移動していく。

それを可能にしていたのが、さっき“彼の友人”が言っていた装備、だろう。

 

その装備が見覚えがありすぎて、思わず苦笑いを浮かべる。

家でも使っている、それとは少し違うが……確かに高所にある目標へ侵入する際や、スピードと静粛性を求められる任務でよく使うものだ。

 

その装備の名前は―――“静粛三次元機動装置”と言う。

 

 さすがに、フィクションだからぴょんぴょんとビルの合間を縫うようにぴょんぴょんと飛び回っているが、“私でも”習得に時間がかかるほど癖の強いそれはお世辞にも使い勝手のいいものとは言えない。

しかし、“飛べない人”が自在に空中を滑空できるようになるこれは実に“ただの人に過ぎない”ブレイバーにあっていると感じた。

 

 飛び回るハエを追いかけて巨大化したカイイが暴れまわる。

そうだ、それでいい。このままあのビルの最上階まで駆け上がれば―――“勝利条件が整う”。

 

 あのカイイといえども、上空を仰ぎ見ざるを得ない。

其処を突いて、口内に侵入できれば……

その瞬間、ブレイバーがビルにたどり着いた。まだ最上階ではないが、あの装備を使えばすぐにたどり着くだろう。

 

しかし、その考えはすぐに甘いものだったと気が付かされることとなる。

 

「よし! 到着!あとはここの屋上から、あいつの上を取れば――」

『? おいまて、ブレイバー!!カイイの姿がみえねえぞ!?』

 

だめよ。そこで……動きを止めたら。

 

「なに!? 確かにさっきまで追ってきたはずだろ!?」

『そのはずだ! だが、姿がねえ! まさか別の獲物をか?!』

 

馬鹿!“このタイミング”で勝利条件を増やすな!!

 

「やばいぞ、それは!?そうなったら――」

 

しかし、私の忠告が届く訳もなく……その瞬間が、訪れた。

 

「なんだ!? 地震か?!」

『い、いや、これは――』

 

あたかも、“思い上がった人間に裁きを下す鉄槌”のように

 

「――んなぁ!?」

 

カイイの一撃が“ビルそのものを突き破って”向かい側にいたブレイバーに突き刺さった。

たった一撃、それだけでブレイバーの口元から鮮血が噴き出す。

だが、これで終わりじゃない。そう……なにも終わってなどいないんだ。

 

天を目指したイカロスは、天へと近づきすぎた故に蝋で固めた翼をとかされ

 

―――地に落ちる。

 

かの神話のように、“ブレイバー”は……ビルの壁を何枚も突き破って、大地に叩き付けられた。ぐちゃり、と肉の飛び散る嫌な音が鳴り響く。僅かばかりだが確かに強化の施された彼の戦闘服が“真っ赤に”染まっていく。

 

 

そして、ブレイバーは……糸の切れた人形のように、その動きを止めた。

体に残された血が、先を争う様に流れ続け、血だまりを作る中―――私は、さっきの考えの続きを……あの時の情景を思い返していた。

 

これは、フィクションで、あれは現実だ

でも……そんなことは関係ない

 

“彼がいる世界は”現実に存在して

 

―――そこで、戦っているのだから

これまでも……そして、これからも

 

だから、どうしようもなく二人がかぶって見える

 

粉々になったビルの壁面に力なく横たわり、血だまりまで作ってうつむく“彼”と

 

一夏君と鈴ちゃんを背にして、全身を炭のように黒く染めボロボロで仁王立つ彼が

 

これが、“HERO”と呼ばれる者なのだろうか。

誰かのために、敵と戦って、ボロボロになって―――それでも、戦うことをやめられない。

 

“彼”が、『あきらめろ』と相棒の突きつけた“現実”を拒絶する。

彼もそうだったのだろうか?

 

そうじゃなかったら―――あの行動に説明がつかない。

 

 あの、人々が“明確な死”という物をまじまじと見せつけられ、絶望に染まったアリーナの中央で、たった一人。もうやめろというすべての事象に喧嘩を売って立ち上がった彼の行動。

そんなことは戦う“意志”が無ければできないことだ。

 

“彼”の相棒が“彼”に問う。『お前、あの美少女のために命賭けられるか?』と。

それを肯定した“彼”に訪れたのは“奇跡”。

 

『テメエの命で奇跡を起こせ!!』 

「なん!?」

『――強制的に細胞を活性化!!治癒能力を加速させる!!!』

 

彼と同じように……傷ついた体を癒す、人類の常識から逸脱したその行為は―――彼と同じで、痛みを伴っていた。

 

ただしその方向は……まるで違うものだった、が。

 

「が、ぁ、あああ!?ぎRWEW■Q!_!」

『耐えろ!!!!通常ありえない速度での自己再生!!肉体そのものを復元させる細胞の分裂の反動に、ショック死したらおしまいだぞ!!』

 

 この世のものとは思えない叫びと共に、ぶちぶちと何かがちぎれ壊される音、じゅうと焼けるような音、そして……叫び声のみが人気のないビルに木霊した。

 

「GIWEEEEEが嗚呼嗚呼ああああああああ―嗚嗚呼ああああああ嗚呼嗚呼あ嗚嗚呼ああああああああああ”#$”ああああうぇれれええ#”#GAAれRER#"$#$#$#ぎぃあああ」

 

“彼”の場合はそれが肉体の痛みだった、というだけだ。

その激痛は、想像に難くない。きっとあの“天使”の言った通り、ショック死してもおかしくないほどの痛みなのだろう。

 

彼の場合は違った。身を焼くような痛みも、体を壊す音も、再生に伴う絶叫さえなく。

その代りに、彼に向けられたのは……“守るべき人々”からの憎しみに満ちた罵倒と、怨みのこもった怒声と、生理的に理解できないものに向けられる嫌悪と―――いいように表せない恐怖だけだった。

 

 それを……彼は、ハルくんは自覚して……“それでも”笑ったんだ。

 

思い返す先には、悲しみにそまって……今にも泣きそうな笑顔―――きっと、彼は“守った人々”からそういう反応をされるということも理解していたんだと思う。

 

自分が、“バケモノ”として見られて……もう、学園にいられなくなるということも

 

だから、笑ったんだと思う。IS学園から出ていく覚悟を決めて。

結果だけ言えば……かれは“まだ”ここにいる。いられている。

でも、そんなものは薄氷の上を踏むようなもので、さまざまな人間に思惑と、たまたまおこった偶然に支えられた―――今この瞬間にも壊れてしまってもおかしくない、脆くて儚いものなのだ。

 

「―――さっきので俺は”どれぐらい寿命が縮んだ?”」

『 ……最低一ヶ月、上手くいっても三ヶ月前後は死期が縮んだろうな』

 

 画面の向こうで“天使”が“彼”に失った物―――人として生きられる時間を伝える。

何かを得る為には、別の何かを犠牲にしなければならない。そんな言葉がある。

 

失った物、か。彼は……ハルくんは“あの力”を手にするまでに色々な物を失ったのだろう。

そして、映画の中のブレイバー(主人公)のように全身を血に濡らして―――戦い続ける。

 

 

だめよ   “彼”が自分の体を犠牲にした“奇跡”でカイイを殴り“倒す”

 

その負荷に耐えかねて血を吐き出す“彼”。

脳裏に浮かぶのは血を吐くハルくんの姿。

 

 

「さあて」

In brightest day”(輝く太陽の下)

 

 

そんなの “彼”がのべる口上が、記憶にこびりついた彼の誓いを思い返させる。

 

「――言わせてもらうか」

“in blackest night”(漆黒の夜の闇も)

 

 

そんなのつづけていたら “彼”と彼の口にした二つの誓いは綺麗だった。

 

「 ここから先は――」

“No evil shall escape my sight”(いかなる悪をも見逃さぬ)

 

 

いずれは君の命だって “彼”の言葉は理想。そう在りたいという己の想い。

 

「ご都合主義全開の」

“Let those who worship evil's might,”(闇の力を崇めるものよ)

 

 

ボロボロになって 彼の言葉は誓い。そう在るべきという願い。

 

「理不尽を跳ね返す」

Beware・・・my power!(畏れよ…我が光!)

 

 

血の海に沈んでいってしまう 彼らの誓いに差なんてないのだろう

 

「ヒーロータイムだ」

Green Lantern's light!!(グリーンランタンの光を!!)

 

 

そんなのはいやだ。 誰かを救いたい、という優しく、綺麗な―――見かけで

 

絶対に嫌だ。 その実は、彼らの流した血で赤黒く汚れた―――呪い

 

“だから”私は

 

 

 

 

キミをHEROになんてさせない

 

 

 

 気が付いた時には場内を明るく光が照らしていた。知らず知らずのうちに映画は終わっていたらしい。隣を見るとハンカチで顔を覆っている彼の姿。

 

そうだよ。それが、ハルくんなんだ。

君を守る為だったら私は―――

 

「ハルくん、面白かったね―――次は何処に行こうか?」

 

キミに嫌われたってかまわない。

 




 ドーモ、読者=サン。めんつゆデス。

 まずはお疲れ様です。いかがだったでしょう?今回のお話は、楽しんで抱けたのなら幸いです。

 ……個人的なことを申し上げますと、長い連載作品の中から一幕だけを切り取って恥作に合うように設定を見直し、前話を見直し、クロス先の内容を確認し……と何時もの倍以上に労力を使ってしまいました。自分の文の非才さを再確認させられたようで、かなりいい経験になりました。

 この経験を血肉にしてよりいい文をかけるように努力していく所存です。


さて、今回のお話では、視点が四転します。ハル、簪、一夏、なーちゃんの四人ですね。

ハルはスプー関連の状況説明と、ハルの立場から見たグリーンブレイバーのお話と、ハルの思った”平穏を享受するために”やるべき事。

簪は原作を知らない人のために必要な原作設定を明かす役と、本音との関係性の話。具体的に言うと踏み出せない自分と、踏み出せるHEROたちとの対比って感じですかね?

 一夏は、知っている立場から見たブレイバーのお話と、ハルが陰で言っていた出来事の回想。そして、普通の人から見たHEROというモノのお話。
少し、ファース党の方からしたら嫌な描写に見えるかもしれませんが、あのタイミングでセシリアや鈴を出すのは不自然に映りますし、常日頃軍事教練を受けているようなメンツだったら当然出てもおかしくない、回答だったのではないでしょうか?

 そして、なーちゃん。彼女は”彼”とハルを重ねます。そして、くすぶっていた思いは一つの結論として実を結ぶのです。

この先で、全員の伏線を回収できるように頑張ります!

 こんな感じでしょうか?ほんとはもっと、クロス先のグロテスクな戦闘シーンとか、絶望的な感じとかの描写をがんばろうと思ったのですが、既に2万字も超えてたので、泣く泣く没に。あのあとがきになる方は原作読んでみてください。

更に、ひどい展開で胃が痛くなること必須ですよ。

では、今日はこの辺で失礼します。次の投稿ですが……ちょっと、予定が未定です。わかり次第”何らかのかたち”でご報告させていただきますのでご了承ください。

あ、フェードアウトする気はありませんのでご安心を。もう既に2部ラストまでのプロットできあがってますので!申し訳ありませんが、気長に待っていければ幸いです。

 いつものごとく、感想、誤字報告、ご指摘などをお待ちしております。

ではこの辺で失敬。オタッシャデ―――



















 報告 新連載 セカイガヲワッタソノアトデ 連載決定



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