いきなりコスチューム姿になったハルの姿を見て、二人は目を丸くして驚いた。しかし、いまだ何が起こっているのか、よくわからずアタフタとしているガースとは違い、アーサーはすぐにさっきまでと変わらない様子に戻り、威厳にある声でハルに話しかけてきた。
「カト……いや、グリーン・ランタン、といったカ?」
「はい。アーサーさん」
アーサーの表情は硬く未だ、穂先はこちらを向けられたままだ。その様子からは警戒している様子がありありと感じとられて、最悪の事態……彼が自分の事を信じられず、攻撃してくることを想定してしまい、背中に冷や汗が流れた。
(でも、口で言ったところで信じてもらえるようなことでもないしなぁ……)
【一応、逃走ルートの選定もしておきます。ですがハル、仮に戦闘になった場合は―――】
(わかってる。正直、こんなチャンスに恵まれただけでもラッキーだったんだ。高望みはしてないさ)
【どうせ、そのあとに妥協するつもりもない、とかつくつもりなんでしょう?】
呆れる様な、わかりやすすぎて面倒くさがるような相棒の思念に、額からさっきのものとまた違う意味の冷や汗が流れた。
(ば、バレテルゥ!?)
【はいはい、ワロスワロス。どう見てもばればれです、本当にありがとうございました。……そんなこととよりも、彼が何か口にするようですよ】
スプーが言った通りに、アーサーが重々しく口を開いて物々しい雰囲気がより一層高まった。ハル、まるで張りつめた弦のように、今にも彼が襲い掛かってくるように感じて、鼓動を速めた。
「では……グリーン・ランタン。君は何者ダ?」
「俺はこの……パワーリングに選ばれ宇宙に住まうあらゆる命を守る、使命を帯びた戦士です」
そう言って、ハルはアーサーに見えるようにスプーを付けた右手を差し出した。
彼は、まじまじとリングとハルの顔を何度も見返し、気がすんだとばかりに目をそらすと静かに答える。
「なるほど……宇宙を守る戦士、か。実感がわかんナ。それで、お前の話が本当だという保証はどこにあル?」
アーサーの眼差しは鋭く、重く。まるで嵐の中うねりをあげて荒れる海を思わせる深みを感じさせた。だがハルは一切の躊躇なく、真剣な顔と、はっきりとしたで口調言い切った。
「そんな保証は有りません!!!」
あっけからんと言い放ったハルに、ガースの顔は唖然とし、スプーはハルだけに聞こえるくすくすとからかうような含み笑いを漏らし、肝心のアーサーは先度と変わらぬ、険しい表情でハルに問いかける。
「でハ、なぜその姿を私の前にさらしタ。何かの謀略カ?それとも……この私が、確証もなしにお前の言うことを信じるほど間抜けに見えるのカ!?」
「いえ、そんなつもりでは……」
「言い訳無用!貴様、“余”を愚弄しているのだナ!その首叩き落としてやろう!?」
アーサーが全身のバネを使い、豹のような素早さで獲物に襲い掛かった。手にした黄金の槍がぶれるほどの速さでハルの額めがけて突き出される。突かれればもちろんの事、叩かれただけでも十分に常人の頭をかち割れるだけの威力を有した槍の一撃。その後の惨劇を想像して、ガースが思わず目をつむる。
「…………なぜ、避けなかっタ」
「貴方を、信じていたので」
「―――えっ!?」
恐る恐る目を開いたガースが目の当たりにした光景は、血の海とそこに倒れ伏すハルの姿ではなかった。いまだ、厳つい顔で目の前のハルを睨む父と、父の放った槍の穂先が額に触れて血がにじんできているというのに、先ほどとまるで変わらない様子で父を見つめるハルがそこにいた。
「なぜ、見ず知らずといいってもいい、余を信じル?」
「えっと、なんというか……その……」
ハルが言いよどんで照れ臭そうに頭をかく。そんな彼を、スプーがからかい交じりに催促する。その様子から一切緊張した感じなどは見受けられず、むしろ友人がじゃれあっているようにさえ見えた。
そのやり取りを止めて、少しばかり紅潮したハルがアーサーの問いに答えた。
「あの、ですね……貴方は、敵じゃないって勝手な思い込みと。…………そのなんというか―――うれしくかったんで」
「うれしい、ダト?」
あまりにも予想だにしていなかった回答に、アーサーは目からうろこがこぼれんばかりに目を丸くさせて、幻聴ではないことを確認するように繰り返した。
「よ、余は見ず知らず、その上お前の頭に槍を突きつけているのダゾ?今、お前の命は余の掌の上にあると言ってもヨイ。それなのに……うれしいダト?」
「はい。こんなことしか答えられなくてすみません。でも―――これが俺の本心です」
「…………指輪ヨ。こやつの言うことが本当だとして、一つ問うガ……お主らの言う戦士とは愚か者の事をさしておるノカ?」
【くっくっくっ……ミスター・アーサー。こんなおバカで申し訳ありませんが、ハルは私の知るどんな
「なあスプー。そこはさ、俺はばかじゃない、ってフォローするところじゃ……」
【アーアーキコエナーイ。おっと、ハル何か言いましたか?】
「お前、俺の話聞く気ないだろ?」
【何をおっしゃる。私が貴方の話を聞く気がないなんて、そんな―――私の最大の娯楽を奪うおつもりですか!?いやぁ、それにしても今日のおば……素晴らしい発言にはわら、じゃなかった。感服させてもらいましたよ】
「……もういいよ。どうせバカですよーだ!馬鹿で何が悪い!馬鹿の一念岩をも通す、とも言うだろうが!?」
【開き直っているところが手におえないですね……それで、ハル。彼にはまだ伝えることがあるのでしょう?】
「ああ、そうだった」
さっきまで、指輪と漫才をしていたハルが、再び真剣な表情になって改めてアーサーに視線を向ける。さっきまでの言い争いに完全に毒気を抜かれてしまったアーサーは、一切の偏見なしの素直な心境で耳を傾けた。
「こんなことを言っても、多分信じてもらえないってことはわかってます。でも……“俺と同じ”、あの答えを口にすることができた貴方には、どうしても伝えておきたかったんです。もう残りの時間も少ないので今から貴方にはある映像を見ていただきます。きついと思いますが、気をしっかりと持ってください」
ハルがそう話した途端、一瞬でアーサーの視界が暗転し。まるで闇の中に身一つで放り出されたかのような錯覚に陥る。現状を把握しようと周囲を見回したその先に見えたのは―――地獄だった。
◆ ◆
そびえる様な死体の山。朽ち果てて人気のしない廃墟と化した街。痩せこけて血走った眼をして力ない足取りで歩く幼子。飛来したミサイルが爆発を起し蒸発する巨大な都市。
その全ては、ひどく不鮮明でところどころ砂嵐が走り、切れ切れの映像だったがアーサーはそれが、そのすべてが怖くてたまらなかった。
なぜなら、その映像がこの地球のものに見えてならなかったから。
子供が、大人の腹にナイフを突き立て傷口を広げようとえぐる。
妙齢の女性が、年老いて腰の曲がった老爺につかみかかる。
長身の男が赤子の首をしめつける。
食料品を巡って二つのグループが雑多な武器を手にぶつかり合う。
機銃を構えた軍人が、逃げ惑う人々に向けてその引き金を引く。
すでに息絶えた子供を抱えた母親が、手りゅう弾を手に戦車に向かって駆け出す。
制服を着た白人警官が、手に握った警棒で黒人の少年を滅多打ちにする。
そんな映像が、明滅を繰り返しながら延々と続く。
今まで見てきたどんなひどい惨劇ともそれは違った。
今までに見てきたどんな死体ともそれは違った。
倒れ伏す者を笑いながら殴り続ける人がいた。
斧を手に襲い掛かってきた者に怒りながら銃を乱射するものがいた。
半狂乱になって泣き叫びながら爆弾のスイッチを押す者もいた。
男も女も、老いも若きも、人種や言語も、その全てが関係なく互いに殺しあっていた。
そんな映像の中でアーサーは一つの共通点に気が付く。この映像に登場する人物は……みんな“恐怖”と“絶望”を張り付けていることに。傍観者であるアーサーにも一目でわかるほど、彼らは怯えていた。
“なにか”に。
目の前に山ほどあった映像の群れが一つ、また一つと砂嵐と共に消えてゆき最後に一つだけが残った。
「…………馬鹿、ナッ!?」
アーサーは自分の見ている光景が信じられず、声を上げた。
なぜなら最後の一枚には―――自分の愛する民が、国の至宝たる彼の金色の銛、“トライデント・オブ・ネプチューン”で貫かれる姿が、確かに映されていから。
海を真っ赤に染めながら、刺した張本人を恐怖にゆがんだ瞳で見つめる民の姿で、アーサーは目を覚ました。
◆ ◆
アーサーが延々と続いているように感じていたものは、実際の時間にすると一秒にも満たないような短いものだった。だが、その疲労は色濃く。知らず知らずのうちにハルに突きつけていた銛は既に下ろされ、それで自分を支えなければ、立っていることさえ難しいほど憔悴していた。全身に流れる滝のような冷や汗と、いまだひかない鳥肌がアーサーに今あったことをより強く実感させた。
「……ッ―――はぁ。はぁ……なんダ、あれは?幻覚か夢、だったのカ?いや、それにしてはリアルすぎル……まるで、まるで!!」
言葉に詰まった、アーサーの後を継ぐようにハルが口を開いた。
「まるで、実際にあったことのように生々しいものだった、ですか?」
「グリーン・ランタン。あれは……」
「“こことは違う場所で”実際にあったことです」
「まさカ!?余が、余があんなことを民にしてしまったというのカ!?」
ハルから見たアーサーはひどく動揺して、疲れ果て、立膝をついている彼には、先ほどまでの威厳の影さえ感じられない。そんなアーサーを励ますように、ハルは続けた。
「貴方が見たのはかつて、このリングが記録したものです。ですが……劣化が激しすぎて、断片的な情報しか出てこない上に、見た人間によっては得られる情報がまるで違う」
「あれハ……あれハまさに地獄だっタ。宇宙を守ル―――まさカ!?」
【ええ。あれをひき起した敵は今、この星にいます】
「でハ、どうすル!?あんなことを、あんなことができる相手を打倒できルというのカッ!?」
アーサーの心は恐怖一色に染まっていた。心臓が早鐘のように脈打ち、いまだ見えない敵への不安で様々な思考が浮かんでは消え、考えは一向にまとまる気配さえ見えない。
だからだろう。彼は、恥も外聞もプライドさえ投げ捨てて顔をそむけ、怒鳴る様に叫んでしまった。そうしないと心に潜む恐怖にどうにかなってしまいそうで。
「打倒できます」
「どこにそんな根拠がアルッ!?」
ハルは、先ほどと一切変わらない声で断言した。
「根拠なんて必要ないです。“俺が”打倒しなければならないんです」
「ッ――――――」
そんな無責任なハルの発言に噛み付こうとしたアーサーはハルの目をあげた瞬間、何も言えなくなって硬直してしまった。そこに在ったのは……
「大丈夫です。“俺が”何とかして見せますから」
戦士のように毅く、まっすぐで鋭い闘志が爛々とあふれつつも、柔らかく微笑む一人の少年の姿だったからだ。アーサーは、その笑みを見たことがあった。まだ自分が子供だった頃……自分を優しく見つめ、見守り、いざという時には自分の身を投げ出してまで守ってくれた―――“父の顔”。
自分が最も尊敬し、愛していたその顔を連想させた。
(彼は、グリーン・ランタンはあの光景を見て……事実だと知っていて、その上でそんな顔ができるというのか。そんな、闘志を奮い立たせることができるというのか!?)
アーサーが、確認するようにまじまじと見つめなおす。そうしてようやく気が付くことができた。ハルが、まだ成人してさえいない、せいぜい14~15のあどけなささえ残っている少年に過ぎない、という事実に。
「あんなものを見せてしまって、ごめんなさい。俺のミスでした。アーサーさん、あんなもんは、ただの映像です。実際には何も起こっていませんし、これからも世界は平穏に回り続けます。だから……忘れてください」
バレバレの嘘をつきながら、あははと笑うハルの顔には、一抹の寂しさと押し殺した悲しみがあった。ハルの顔は明らかに自分を気遣かっている。その顔を見て初めて、アーサーは頭から冷水をぶちまけられたかのように冷静になることができた。
(余は……いや、私は何をしている?彼の揚げ足を取って、怒鳴りたてて、彼独りにすべてを押し付けるつもりだったのか?)
ハルがアーサーに向かって手を差し出す。ハルが手を差し出してくれたのは単なる善意だということはすぐにわかった。しかし、アーサーはその手を取ることができずにいた。
その手を取ってしまえば、もう絶対にあの光景を引き起こしたものに立ち向かうことができなくなってしまうと、漠然と察していたから。
「大丈夫です。俺に任せて!―――だから、この手を取ってください」
【ハル、残念ながらタイムアップです。そろそろ別れませんと監視に見つかります】
「……そっか。もう少しぐらい話がしたかったんだけど、仕方がない」
そう言いったハルが、コスチュームを解除する。再び見返してみても、その姿は探そうと思えばどこにでもいそうなほど凡庸な顔に、さびしげなほほえみを浮かべて立つ、唯の少年だった。
(我等の住まうこの星の命運をこんなひとりの少年に押し付けて……のうのうと生を謳歌する?それが―――我が生き様か?我が“王道”か?否。断じて否!)
アーサーの胸にくすぶっていた勇気に火がついて、真っ赤に燃えだす。くすんで色あせてしまった
「グリーン・ランタン。まずは先ほどまでの非礼をわびさせていただク」
急に、大声でそう名乗ったアーサーに、ハルがぽかんとして、固まってしまう。だが、そんなことなどお構いなしに、アーサーは話を続けた。
「指輪よ。監視がついてイル、といったナ。後どの程度の猶予があるのダ?」
【残り1分3,4秒です】
「では、手短で失礼スル。まずは、この星に迫る危機を教えてくれたことに感謝ヲ。そして……何か私と私の国にできることがあるのなら、いつでも言ってくレ。国を挙げて全力で協力させてもらおウ」
「へ?……その、国って?」
急に態度の変わったアーサーにハルが驚いた声を漏らす。さっきまで、あの“映像”を見させられてひどく動揺して疲れ果て、恐怖さえ感じていた様子だったのに、今はそんな気配など毛ほども感じられない。それどころか、ハルの質問にそうだったな、君に言っていなかっタ。と軽い笑いをうかべながら答える余裕さえあった。
「我々は古来より“地上とのいらぬ争いを防ぐため”その存在を隠していてナ。おそらく君は我々が地上に住まう普通の人々と、違う力を有していることに気づいていたのだろうが、さすがに私が一人ではないことは想定してはいなかっただろウ?」
「それは、まぁ……多分、俺と同じく何かしらの超能力を有しているとは察していましたけど……国って?」
「ここから遥か東。君たち人間が“大西洋”と名付けた海に我が国は在ル」
「まさか!?」
「そう、そのまさかダ。余の王国は海底に存在し、そこに住まう民は海で生まれ、海で死ぬ。我らは―――海の中に住まう民なのダ」
「…………海底人の国、といってもよろしいと?」
「そんなところダ。本当ならばもっと、伝えたいことがあるのだガ……もう時間もなイ」
申し訳なさそうにそう言うと、アーサーはガースの手を取って海の目の前まで早足で歩いていく。傍目に見ると危ない人にしか見えないが、彼らの話からしたら海の中はホームグラウンドといってもいいのだろう。先程は跳躍で飛び越えた手すりの前に立ったアーサーは、名残惜しそうな顔をしながらこちらを振り返り、深く頭を下げた。
「すまない。カトウ……君が作り出してくれた貴重な時間を無駄にしてしまった。そのお礼といっては何だが、いつでも私を頼ってくレ、君の頼みとあらばどんな時でも力となろウ」
目上の男性、それも一国の王から頭を下げられるという状態が落ち着かないハルは、何とか彼に頭をあげてもらおうと手を前に突き出した。しかし、彼はかしずくばかりで一向に頭を上げようともしない。
「そ、そんなっ!アーサーさん、いえ殿下。頭を下げないでください!」
「いや。本来ならバ、ずっと君と行動を共にして来る脅威に備えたいのだガ……私は王であるゆえにそれができなイ。その上、口約束しかできないとあっては私のプライドが許さヌ―――そうだ、よいことを思い付いタ!」
やっとのことで顔を上げたアーサーは、海の男特有の豪快な笑みで笑う。
気持のいいその笑い顔につられるようにハルも、笑いながら本心を語りだした。
「僕としては、殿下にそうやって気遣っていただけただけで……」
「近いうちに賓客として君を我が国に招待させてもらおウッ!」
「十分で……えっ!?」
「うむ、これならば私の気もすむシ、君の話ももっと詳しく聞くことができるというものダ」
「ちょっ、ちょっと待ってください殿下!?」
「ああ、それとカトウ。私は君に臣下の礼をさせた覚えはなイ。私を呼ぶときはもっと気軽に呼びたまエ」
「あ、はい……ってちがーう!」
「助けを求めるときは海に向かって叫ぶとイイ。必ずや、私の臣下がキミの助けとなることをこの、七つの海を統べる“アトランティス”が国王―――“アーサー・アトランティス・カリー”の名において保証しよウ」
彼に抱えられたガースが別れを伝えるように手をふりふりと振る。
ハルが何とか声をかけてとどめようとするが、話を聞くそぶりを見せない彼を引き留められる言葉が思い浮かばず、口を開閉するだけで。そんなハルの気を知る由もない彼らはいともたやすく手すりを飛び越え。
「………………あ」
「では。また会おウ、地上の友ヨ!」
その声と共に彼らは故郷たる海の中に帰って行った。あっけにとられる二人を残して。
彼らがここにいた痕跡は綺麗に空っぽとなったアイスココアの空き缶が4本転がっているだけ。今はなんてこともない少し寂れた海浜公園の体を取り戻していた。
「あ、嵐の様な人だったな」
【いやぁ、王様は強敵でしたね!】
「そんな、他人事みたいに……」
“これから”の事を考えて痛くなってきた頭を抱えつつ、無責任なことを言っている相棒に突っ込みを入れる。しかし、当の本人はどこ吹く風で。
【まぁ、何とかなるんじゃないですか?】
などと、のたまっている。
【そんなむくれないでください。後であめちゃん上げますから……チミチャンガのほうがよろしいでしょうか?】
「どっちもいらないよ。どーせ、出るのは俺の財布からなんだろ?」
【
「そこは嘘でも私が出します、とか言えないのか。」
【私は、しゃべる以外の能がない只のAIですよ?】
「相棒が優しくない……なんか……先のこと考えてたら、今度は胃が……」
【でも―――】
「ん?」
【あなたが望む限りの“最高”だったんでしょう?】
その優しい声に思わずハルは自分のほほがにんまりとほころぶのを感じた。
確かに、これから自分を監視している謎の存在やら、彼の王国……アトランティスに招かれるとき、周囲を納得させるためのいい訳とか、どう考えても完全にアウトだということがわかる学校の門限のこととか。頭の痛くなるようなことは山のようにある。
だが、真っ暗な闇の中だと思っていた状況に―――光明が見えてきた。
「……あぁ」
【では、目下の課題はブッチギリ確定で激おこ状態の織斑先生をいかになだめるか、ですね】
そのスプーの言葉に、鬼の形相で嗤う一学年・学年主任兼自分のクラス担任の顔が想像できて思わず、背中を冷汗が垂れ落ちて陰鬱な気分になってくる。
「と、とりあえず俺が、後で電話しよう、うん……そうしよう」
【ペロッ、これは電話越しに土下座させられるフラグ!】
「突っ込まないぞ、絶っ対!突っ込まねーからな!!」
空き缶を手に相棒に愚痴を漏らしながら、ハルは出口に向かって歩き出した。しかし、口ぶりとは違い足取りは軽やかで。心なしかその顔は楽しげであった。
「……おかしいな、今日は頭痛のタネを無くしに来たはずなのに逆に増えてないか?」
【YHS!!】
「大体、どうしようもないことだとは分かってるけど……一応聞こう。それは一体、何の略なんだ?」
【なにかって?簡単ですよ!Y(やっぱり)H(ハルは)S(ストレスでハゲる)の略ですが何か?】
思わず、ハルの手が頭皮に伸びて自分の髪の毛の量を確認してしまった。それを見ていたスプーがくすくすと密やかな笑い声を漏らす。その笑い声はハルを赤面させるには十分だったようで、怒ったように反論する。
「わ、笑うな!一番、俺にストレス与えてんのはどこのどいつだ!」
【いやぁ……私にはわかりかねます、はい】
「お前は、どっかの中間管理職か!?」
【まぁまぁ。それよりも織斑女史にご連絡しなくていいのですか?】
「早いほうが絶対いいよなぁ……スプーはみんなに集合をかけてくれ」
カラカラと空き缶をゴミ箱に捨て、寮の番号を呼び出した携帯を耳に当てて、ハルは何気なく空を見上げる。周囲のネオンに包まれている所為で夜空はのっぺりとした一枚の黒い布の様だ。その様子は今自分が置かれている状況を思い起こさせた。
でも……ハルは知っている。
「あ、こんばんは。織斑先生―――」
今日、触れえた先の
その闇の向こう側には、いくつもの星々が瞬いていることを。
□ □
画面の向こうには“海から出てきたブーメランタイプの海パン男”と和やかな会話を続ける、監視対象の姿。その映像を静かに見ていたはずの男が、不意に腰かけていた椅子から立ち上がり、出口に向かって歩き出した。その様子にただならぬものをかんじとった少女が、戸惑った様子で主に声をかける。
「あ、あの……マスター。いかがなさいましたか?もう少し、加藤陽の監視を続けるはずでは?」
「状況が変わった。今すぐ仕掛ける」
その足取りに、一切の躊躇はない。少女はすぐに“仕込み”をしているはずの仲間たちに連絡を入れようとインカムのスイッチに手をかける。そんな彼女の行動を男が固い声でとやめさせた。
「クロエ。他の団員たちにはそのまま作業を続けさせろ。今は私一人でいい」
「そんな!御身になにかあったら我々は、どうなります」
「問題ない」
少女の半ば悲鳴じみた声が、薄暗い部屋に鳴り響いた。しかし、男は振り返るそぶりさえ見せずにクロエの反論を一刀両断し、出口に向かって足を進める。そんな男の前に一人の少年が立ちふさがった。
「旦那様、クロエ様のおっしゃったとおりです。今回の相手は、今までは違います。せめて護衛にディックかジェイソンをつけさせてください」
「二人は、街に出ているだろう?
「……そうですか。やはり“我々の忠告”を受け入れてはいただけないのですね」
少年は、あきらめるように首を振ると道を譲った。男は無骨な顔をふっとほころばせると、少年のわきを通りすぎながら低い声でなだめるように話した。
「二人とも、そんなに心配するな。何のためにほかの団員に“仕込み”を続けさせていると思う?これは偵察だ。あの公園で仕掛けるつもりはない」
「では、旦那様。軽い軽食とお茶を準備してお待ちしております。お気をつけて」
少年がうやうやしく、完璧な所作でお辞儀をして主を送り出す。その付き合いの長さを感じ取れるやり取りにクロエは、ほとんど気が付かないくらい小さなしわを寄せて、再びモニターの方に向き直った。
「クロエ」
「はい。何でしょうマスター」
男は努めて冷静に聞こえるその声に若干のいら立ちが込められていることに、すでに気が付いていた。
「更識の端末から送られてくる映像に、何かしらの細工がされている気がする、戻るまでに解析を頼む」
「…………はいっ!」
少年がその声に込められた喜びを察して、うっすらとほほえみを浮かべ主の後ろ姿を見送ろう―――と“した”。そんな時、突然の電子音が彼らの下に通信が入ったことを教える。その相手を確認したクロエが、見るのもいやといわんばかりにあからさまに嫌な顔をしながら通信を開いた。
「ヤッホー、“ダークナイト”!ご機嫌いかが~?僕的にはもう絶・好・調であ~る・的な!って、どこ行くのさ。まだ当初のプランじゃ“仕込み”は終わっていないはずだろう?それとも当初のプランは完全に無視かい?こまるんだよね~そういうことされると!あの“バケモノ”が暴れ出したらどうするつもりさ?ま、僕としては、それで十分大義名分ができるからそれでもいいんだけどね!でもさ。これだけコストをかけていたというのにサンプ―――」
「要件はなんだ。“ハモンド”」
先ほどまで、一切振り返ろうとしなかった男が初めてモニターに視線をやった。男がうかべている表情は不機嫌そのもので、鬱陶しそうに冷たい声色で要件を促す。
「いやさ~実はうちの諜報員がキミたちのお手伝いをしている時に、いくつか面白いものを見つけちゃってね、単刀直入に言うと…………プランの一部変更を申し入れたい」
「断る」
短く拒絶すると、話は終わったとばかりに出口の方向に首を戻す。
「あれあれあれ~~そんなこと言っちゃっていいのかなぁ~?君は確かに幹部会の役員の一人だ。でもそれと同時に我々
「わかっている。だが……貴様も知っている通り、ヤツはそんな余裕のある相手ではない」
「そうかい、じゃあしょうがないなぁ。うちも鳥を放つしかないかなぁ」
「勝手にするといい。我々の邪魔をしなければどうでもいい」
男がロスしてしまった時間を取り戻すように早足で歩きだす。
しかし、モニターに視線を向けていたクロエは見た。見てしまった。その男の浮かべる―――三日月のような嗤い顔を。
「そう言えば言ってなかったけど、うちの諜報員があの街の駅で爆弾を発見したんだって!いや~怖いねぇ~」
「―――ッ!?」
男が息をのむ声と共に、完全に振り返った。モニターの向こう側の“ハモンド”がおかしそうにからからと笑いながら、独り言を続ける。
「どうやら、素人じゃなくってプロが作ったものらしいんだけどさぁ。なんと!駅の地下構造部に山のようにくくりつけられていたらしいんだ。爆発したらどれだけの被害が出ることか。いやはや怖い世の中だね~問題はこれがテロ行為だったとして、目標が“一つで済む”のか?って、ことなんだよねぇ」
「貴様ッ!……何をした?」
男がモニターに駆け寄り、怒気を込めた声で怒鳴る。しかし、相手は飄々とした様子で男の追及をかわした。
「何を言っているんだい?これは“あくまで”諜報員からの報告さ。君には関係のない話のはずだろう?」
「何をしたと言っている!!」
「“僕たちは”なにもしてないさ」
「やったのはこのくらいだよ」
そう言って彼は一枚の映像を送ってくる。クロエによってすぐ開かれたその映像は、どこかの監視カメラの映像なのだろう。薄暗い倉庫のようなものが映し出されていた。どこにでもありそうな何の変哲もない倉庫だ。ただ一点、“タイマーの動く爆弾の山”とそのすぐ隣に縛り付けられてぐったりといる“二人の少女”さえなければ。
その光景が、かつてのトラウマを思い返させて男が噴火寸前の怒りに蓋をして尋ねる。
「なぜ、この二人が拘束されている」
「さぁね。僕たちはあくまで発見した“だけ”だ。彼女たちが“たまたま”謎のテロリストに見つかって拘束されたか」
(それはない。彼女たちの目的は間違いなく、加藤陽の監視だった)
かすかに上下する胸を見て、息をしていることはわかる。しかし、何か薬物を使われているのか目を覚ますそぶりはない。
「何かヘマしてつかまってんじゃないの?だって、
(それこそありえない。更識の諜報員は優秀だ……高い技能、合理的な思考、冷徹な判断力に、非常時には自ら死を選ぶほどの忠誠心。裏の世界で、最も恐れられている組織の一つだぞ)
「その歴史は古く、行政機構が変わっても“なぜか”、更識だけは常に存在し続けているっていう噂もあるしさ―――」
「………………」
モニター越しに発せられるマシンガントークを聞き流しながら、男は思考を回す。彼には最初の爆弾の話を聞いてから、既にこの男が後ろで手を引いていると確信していた。そして、それが自分に対する“脅し”であることも。
脳が高速で回転し、何とか被害を無くそうと方策を探る。だが、いくら考えてもすべての勝利条件を満たせるような良案は浮かばなかった。
「―――君たちはがんばってよ!僕としてはこの人質になっている少女を見捨てることなんてできないからさ、僕の方で救出するよ。爆弾の方もこちらで対処するからさ。だから安心して“バケモノ”と戦ってくたまえれよ」
ヤツが言っていることが空々しい嘘だということは直にわかる。だが、この男は自分が従わなかった場合、“それ”を起して平然と笑っている、そんな気がした。……かつて自分があった“とある男”と同じ空気、いや……凄みとも呼べるものがありありと感じられて不機嫌そうに眉をひそめる。
しかし、“この活動”に無関係の人間を巻き込むわけにはいかない。
彼は、苦虫をかみつぶしたような顔で、ぼそりとつぶやく。
「……オーダーは?」
「受けてくれるのかい!?やった~、いやたすかったよ~」
「今度、こんな真似をしてみろ。容赦せんぞ」
「なにをいっているんだい?僕はただ、君に“教えてあげただけ”じゃないか」
「…………そういうことにしておいてやる」
握りしめた拳が怒りでぶるぶると震えている。そんなときに、不意に思った。“あの時の私”なら……どんな決断をしただろう、と。すぐにそんなことは無意味な仮定だと切って捨て、作戦プランの修正案を考えつつモニターの向こう側の男に早く話すように催促した。
「早く話せ。お前も暇なわけではないだろう。ヘクター・ハモンド」
「いやぁ~君ほどじゃないよ。“ダークナイト”いや……マチス・マローン」
光が眩しいほど闇は濃くなる。
ならば、光の消えない夜にはどれだけの闇が詰まっているのだろうか?
ドーモ、読者=サン。めんつゆデス。
お久しぶりです!いやぁ……前回の投稿から約二カ月、大変長らくお待たせしました!
やっとのことで投稿です。知らず知らずのうちにUA50000突破という大台に。いやぁ……これも、読者の皆さんのご愛顧のおかげでござんす。
私の恥作を読んでくださいまして誠にありがとうございます。
さてさて、長いものでもう投稿を始めてから、一年が過ぎました。だというのに話の進みはイマイチ、といったところ。これからスピードアップさせていきたいものです。
今回の話はアーサーとの対話に、裏話。次回は久々の戦闘回です!戦闘回まともに描いたのいつ振りだっけ……?実際不安。ま、次の更新はセカヲワなので多分年明けまでお待ちいただくことになりそうですが。
久々の、本日のネタ紹介!
「はいはい、ワロスワロス」
二ちゃんのねらー語。は言及された話題について興味が無いという意思表示をして突き放す際に使用する表現である。
「どう見ても○○です、本当にありがとうございました」
2ch発祥のコピペネタ。よい子は元ネタ見ちゃダメだぞ?グリーンランタンとの約束だ!
「アーアーキコエナーイ」
元ねたはAA。知っている人も多いかも?
「いやぁ、○○は強敵でしたね!」
おや、霧が出てきたみたいだ……詳しく知りたい方は現在絶賛荒評発売中のスパロボKをやるといいぞ(爆)なお、クレームはバン○イナム○の方にお願いします。
「チミチャンガ」
このワードはいけない!?どっかの赤い人がやってきてしまう!ちなみにチミチャンガはコンビニで売ってるブリトーみたいなものらしいです。
「
jojoネタ。詳しくは、来春放送予定のジョジョ第三部第二シーズンを見ればいいと思うよ!
「YHS」
やっぱり、櫂君は、すごい!うん。わかればあなたはヴァンガードファイター。
では名残惜しいですが今回はこのあたりで失礼します。感想などいただければ政策の助けになりますのでよろしければお願いします。
ではよいお年を。失礼します。