恐れを知るものは、無限の空を目指す   作:めんつゆ

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|ω・`)コソ……読者さん、もうわすれちゃった、よね。


 第30話 「ハル、―――」

 

 

 

 酔っ払いが煽り立てる野次と煌々と輝くネオンの明かりに包まれた繁華街の中を、浮いた様子の少年少女たちが居心地悪そうにと足を進める。

近年では夜遊びをする若者が増えているせいで、特に目立つわけでもないはずなのだが、行き交う人の多くが彼らのことをまじまじと凝視したり、携帯電話の写真機能を使うシャッター音が聞こえてくる。そのことにげんなりした様子で一人の少年が口を開いた。

 

「……はぁ。楯無さん。何が悲しくて俺たちはこんなところで暇を持て余しているんですかね?」

「あらそう?こうやって、当てもなくブラブラするのも、新しい発見があって案外、楽しいわよ」

 

 

 少年-――ハルの問いかけに答えた楯無が、ころころと笑いながら振り返る。

呆れたように、頭に手をやりながらハルが左右を見回して答える。

 

「いや、俺はその。4人ほど死んだ魚の目をしている人たちの前で楽しめるほど神経が、図太くはないんで」

【皆さん、このままだと真っ白になって燃え尽きそうですからね】

 

 話題の4人は、反応するそぶりさえ見せずにぼーっとどこか遠くを虚ろに見つめて、心そこにあらずといった感じで、ハルは冷や汗を流しつつ励ます。

 

「だ、大丈夫だって。俺も口利きするからさ。織斑先生だってそれほどひどい罰はしない、とお……」

「「「「本当(なの!?)(ですの!?)か!ハル(さん)!!」」」」

 

 急に生気を取り戻した件の四人が目を輝かせ、ずいっとハルに顔を寄せる。

 

「あ、ああ。もちろんだ」

 

 ハルは見えない石が肩に伸し掛かる様に感じて、ぎこちない笑みを浮かべた。夜の帳が下りて既に数時間、とうの昔にIS学園の門限は過ぎ去っている。だというのに、彼らがこんなところで油を売っているのは訳があった。

 

一応、防犯上の問題やら機密の問題やら色々と理由があるらしいのだが、基本的に “IS学園に入学した学生が島外に出るのには許可が必要である”。ハルも、一ケ月近く前から申請をしてようやく外出の許可が下りた。しかし、そんなことを知る由もなかった男が一人。勝手に外出してしまったから、さぁ大変。学園の教師陣は休日返上で織斑一夏大捜査網を展開することとなってしまったようで……拉致・誘拐の可能性から、あわや警察や海保に協力を要請し空港と海上を封鎖するところまで行きかけたらしい。

そんなこんなで、一夏たちが電話口で大目玉をくらった後。後処理を済ませたら、IS学園所有の高速船で迎えに行ってやるから、とりあえずバラバラにならず人の多い場所で待機しておけと、疲れた様子の担任教師からありがたいお言葉を頂いたのである。

 

しかし、待てど暮せど連絡はない。

 

 いい加減、いらだってきたハルは、不満を飲み込むように内心で独りごちる。

 

織斑先生、何もない“なら”早く連絡をよこしてください……主に、俺の胃のために。

 

そんな時、不意を突いたようにテレパシーがつながり相棒からの思念が送られてきた。その声色はくっくっくっという噛み殺した笑い交じりで、ハルはそれが厭らしく感じて顔をしかめる。

 

【ふふふ……まったく。彼らはハルがフォローを入れたところであの教師が止まるとでも思っているのでしょうか?】

(バラすなよ。待つが華ともいうだろ。まだ確定は、してない。―――ほとんど結果が目に見えているとしてもな)

【一夏さんと鈴さんはともかく、オルコット女史と箒さんは気がついてもいいと思ったのですが……ずいぶんと動揺しているご様子で】

 

 ハルは、話を変える。今の状況に感じていた違和感の正体を確かめるために。

 

(だからといって、からかいの種にしていいわけじゃない。それよりも―――頼んでいたことはわかったか?)

【はい。貴方の言う通り、“駅でトラブル”です】

(やっぱり、何かあったのか。状況は?)

 

 確信に変わった違和感を補足するようにスプーは次々とわかったことを伝えてゆく。突如、謎の人物から“駅に多数の爆弾が仕掛けた”という情報があったこと。その人物から、公にした場合すぐさま爆弾を爆破する、なんて古典的な脅迫があり。爆弾処理班が人目に触れないように注意しながら解体作業を続けていること。

 

そして、スプーは落ち着いた口調で話を締めくくる。

 

【どうやら、昨今の警察もなかなか優秀なようで。駅の爆弾はかなりの個数が解体無力化されているようです。我々がわざわざ赴く必要はないかと思います】

(一応)

【わかってます。状況はしっかりと監……ハル、前!】

「―――ル!危ない!!」

「……へ?」

 

 

完全に意識をそらしていたハルは口からこぼれだした素っ頓狂な疑問詞を捨て台詞に、“こけた”。ドンガラガッシャーン!!という、漫才に出てくるような音を立てて勢いよく、飲食店が軒先に広げていたテーブルやイスに突っ込む。

 

「えっと……。どうなってんの?俺」

「あああ!!すみません!すみません!ほんっと~うにすいません!!」

 

 痛みよりも先に驚きが来てしまい、目をぱちくりさせるハルに駆け寄ったリーマン風の痩せた男性が、ペコペコを何度も謝罪を繰り返す。その様子から、自分がぼけっとしていたせいで、彼とぶつかってしまったことをすぐに察したハルが、自分に非があることが恥ずかしくなって、頭の後ろをポリポリかけきながら「こちらこそ」と謝った。

ハルの謝罪を聞いて、彼は胸をなでおろしたようにふっとほほえみを浮かべると手を差し伸べてくれた。ためらいもなく、手を握ったハルをほそっこい見た目からは想像もできないような力強さで引き上げた。

 

「大丈夫ですか?」

「はい。貴方は、ケガとか……」

「僕の方も大丈夫です」

「ならよかった」

「ハル。ケガはないか?」

「ああ。箒ちゃん、俺はなんてことないけど」

【それにしてもいい転げっぷりでしたね。いやぁ。録画しておけばよかったです】

「ハルくんもっとちゃんと見て歩かないと、危ないわよ?」

「すいません、なんかボーっとしちゃって」

「アンタも気をつけなさいよね!」

 

 

 その様子を見てみんなが近寄ってきた。楯無さん達は口々に注意が足りないとか、見事な大回転だったとか言いながら、ハルのなぎ倒してしまった店のものをもとあったように整えていく。

 

「こちらの不注意で……何かお詫びができるといいのですが」

「いえいえ。僕も急いでいましたから……あ!」

 

リーマンは、そう言って腕時計を確認し、青くなってハルの手を離す。

 

「すみません、じゃあ僕は急ぎの用事があるからこれで!!」

 

それだけ言い残すと、彼は脱兎のごとく駆け出して雑踏の中に紛れて消えて行った。

ハルはその後ろ姿を見送って、悪いことをしちゃったみたいだし気をつけないと、などと考えながら、一夏たちを手伝うために振り向りかけた。その時、何気なく突っ込んだ上着のポケットからくしゃり、と紙がつぶれる音がたつ。

 

 

“つい先ほどまで、何も入っていなかったはず”のジャケットから。

 

 頭の中で嫌な想像が形作られる。それに後押しされるようにハルはくしゃくしゃになった紙切れを開く。たった一言しか書いていなかったが、それは、自分の考えていた悪い仮定と現実の事象を一本の線で結びつけるには十分で。

 

 

「ごめん。ちょっとさっきの人忘れ物していったみたいだ!俺―――届けてくる!!」

「え、ちょっと……!?」

「ハル?」

「まちなさい、ハルくん!」

 

戸惑うようなみんなの声と、おそらく唯一この状況を把握していて、さりげなく“自分たちを守っていた”のであろう彼女の制止を無視して。ハルは、“彼”の後を追って多くの人がひしめき合う雑踏に飛び込んだ。

 

「奴は?」

【直線距離で約100m先、人気のない路地裏に逃げ込んだようです】

「スプー、“ほか”にはないのか!?」

【了解。捜査範囲をこの街全体に広げて再度調べてみます。しばしお待ちを……】

 

 行きかう人の合間をすり抜けながら、自分の甘さにこみ上げてきた怒りを発散させるように全力で腕を振り、驚いて目を丸くした人達の合間を走り抜ける。

目的地にはさほど立たずたどり着いた。おくまってネオンの光が一切届かない、小汚い路地。その、極彩色の落書きで汚れたかべに寄りかかりながら、男は立っていた。

 

「―――お望み通り、来てやったぞ」

 

 先ほどの姿はうって変わって、落ち着いた様子の男に向けて紙切れを投げ返しながら吐き捨てる。少しばかりしわのできた紙切れはすぐに勢いを無くしてアスファルトの上に転がり、無機質な文字を晒す。

 

「はやいね。まったく。それにしても“追ってこい”……なんてメモ書き一枚だけでノコノコやってくるなんて、なかなかに勇気がある子供あるのか、想像力が豊かなのか…」

「御託はいい。それより、爆弾を止めてもらおうか」

「爆弾、なんのことだい?」

「駅とそれ以外にしかけている爆弾のことだ」

「ッ!―――へぇ」

 

 ほんの刹那の時間、驚き感心したように目を丸くした男は直におどけたようにニタニタと厭らしい笑いをうかべて、ぱんぱんと手拍子を打ちながらとぼける。その口調も、笑い顔もハルの癇に障った。

“敵”に対処する前に軽くハルは、自分の中で状況を整理する。

 

こいつらの目的はほぼ間違いなく俺だ。駅に仕掛けられた爆弾はほぼ間違いなく囮。騒ぎを大きくさせないための隠れ蓑と、警察の目を引き付けるってとこか?

人混みを避けたのは、目撃者が出ると困るからか、楯無更識というガードマンから引き離したかったからだろう。だとすれば、間違いなく別に本命の爆弾は存在する。

この事態の原因はNYの時だな。あの一件はさすがに人目につきすぎた。問題は、本命の爆弾を何に使うか、だがまあいい。テロリストだかどっかの国の回し者(諜報機関)だか知らないが―――もう詰みだ。

 

「それで…素直に降参して、本命の爆弾を止める気はないか?」

 

 男は人を食ったような笑みを止めずに、「ないね」と言いながら手を左右に振って拒絶する意思を示す。交渉の余地はないようだ……ならば、俺のやるべきことは一つ。

その一念を込めて、ハルは男に鋭い眼光を向けて言い放った。

 

「話は戻るが、勇気があるのはお前たちの方さ」

「いやいや、なにをいってるんだい?君は独りで。君の言う通りなら“本命”は別にある、とみているんだろう。それで―――」

「俺みたいな、人間やめてるやつ(化物相手)に“たったの30人”で仕掛けてくるなんてな」

 

 不意に、バタンと重いものが倒れる音と共に、全身黒づくめの装備に身を包んだ4人の男がどこからともなく現れて、ぱくぱくと口を閉口させがら苦しそうに悶えのた打ち回り、胸や首を抑えて、やがて動きを止めた。

 

「何!?」

【これは、面白い。光学迷彩系統の技術はまだこの星で公表されていなかったはずです。だというのにそれを実用化、果ては装備として末端にまでいきわたらせている。なかなかに大きな組織の様ですね】

「だが、陸の上でおぼれるのは想定外だったようだな。誤解の無いように言っておくけどビルの上で俺を狙っていた狙撃手全員と、一般人に扮して人混みに紛れてたやつらも―――」

「キャァアァアアア!?」

 

 ハルの背後から女性の発したであろう絹を裂くような絶叫が鳴り響いた。それを始まりに「人が倒れた!」と異常を伝える声や「早く救急車!」と叫ぶ声が堰を切ったようにあふれ出て、喧騒と享楽の色に染まっていた繁華街が慌しさと共に色を変えてゆく。

 

「同じように無力化した。あんたを同じようにしなかった理由は言わなくても大丈夫だよな?」

「なるほど、やるね」

 

 まだ、平然としている男はタバコでも取り出すような自然な手つきで拳銃を取り出しハルに向ける。動き自体に不審な点はない。だというのに、変だ。

 

かすかな違和感にハルは、心につっかえができたような錯覚を覚える。警戒心を緩めずに脳内で不安要素をもう一度洗いなおしていると、彼がフレンドリーな口調で話しかけてきた。

 

「銃口を前にして随分と平然としてるんだね、君は」

「悪いけど、その程度の銃じゃ俺は倒せないんで」

「ふむふむ。僕には唯の子供にしか見えないんだけどね。で、君はさ―――彼女とかいるわけ?」

「・・・・・・は?」

「だ、か、ら。彼女とかいないの?IS学園は眉目秀麗、才色兼備な女の子でいっぱいって話じゃないか、その女の園に二人だけの男……ぶっちゃけ、どうなわけよ?」

「貴方、状況わかって……」

「わかっているとも」

 

 後ろから別人の声が聞こえる。

班多方向からの不意打ちに気が付いた時には、身構える暇さえなく鉄板を叩くような鈍い音と共に体を浮き上がらせるほどの衝撃がハルの体に襲い掛かった。同時にプシュっという空気が抜ける音。ナイフのように握られた無針注射器から何かの薬剤が投薬されて、体の中に不純物が広がっていく嫌な感覚をじっくりと味わう暇も無く。薬が体に回って視界がぶれ焦点が合わなくなり、意識がぼやけだす。

 

そのまま、糸の切れた人形のようにハルは崩れ落ちた。

 

 路地裏に倒れたままピクリともしないハルを満足げに確認し、リーマンは先ほどの軽口を続けながら拳銃をしまい、いつの間にやら背後に立っていた男の方に振り返る。

 

 

「だから、詳しい話はあとでゆっくり聞くとするさ。で、ダークナイト。今回収班をクロエが、」

「…………ディック、かがめ」

 

 短い警告からほとんどタイムラグなしに、“ダークナイト”と呼ばれた男がよどみのない動きで銃を抜き、撃つ。警告を聞いて映画のようなアクロバット回避をこなしたディックという男の頭のあった空間を銃から放たれた物が、睡眠薬を打たれて意識を失っているハルに向けて突き進み―――倒れ伏したハルの目の前に現れた緑光の盾にはじかれた。

「う、うそだろ。ウチのラボで作られた猛獣用の試作型睡眠薬だぞ!0.1mm投薬しただけで興奮した像を昏倒させるってのに……本当に、人間か?」

「―――これでも人間だよ。ま、薬と怪我には強い性分でね。俺を止めるつもりなら殺す気で来ないと意味ないよ。それと、手品は打ち止めかな?だったら……」

 

 その言葉と共に平然と立ち上がったハルは、リングに思念を送る。“変われ”、それで十分だった。野暮ったい私服はとけるように消えて、栄えあるグリーンランタンコァの制服に変わる。

繁華街のど真ん中であることを考えて光量を抑えられたコスチュームに身に纏い、敵を威圧するようにリングを構える。

 

「荒事は好きじゃないんだ。だから、降伏してくれ」

【まともな判断能力が残っているのなら、あなた方がまだ生ごみの詰まったバケツに頭から突っ込まれて昏倒していないのは、うちの阿呆の気まぐれだということは把握しているんでしょうが、一応言っておきます。抵抗は無駄です】

 

 

 ハルの全身から放たれる、あわい緑の蛍光色が薄暗かった路地をにわかに照らしてゆく。

倒れたまま気絶している4人の兵士。驚きで目を丸くしているディックと呼ばれてたリーマン。そして、先ほど自分に襲い掛かってきた謎の男を。

姿が露わになってくるに従って、ハルはその姿に強烈なデジャヴを感じて息をのんだ。

 

―――俺に似ている。

 

もう一度確認するように見返した男の姿は、おおむね戦闘に赴くような装備には見えないほど、異様だった。

手に構えたものは、拳銃ではなく強化ワイヤーの伸びるワイヤーガン。

黒いボディアーマーと両腕を覆うブレードのついた籠手。地面スレスレまで伸びたマント。

頭部を覆う二本の角が付いたマスク、トドメとばかりに胸にのぞく黒い翼のシンボル。

 

 

その風貌はおとぎ話の騎士に出てくる騎士を思い起こさせて、現実味の欠片も感じられない。

 

まるで、そう。まるでその男の姿は。

自分と同じ“HERO”のように思えたのだ。だからハルは―――

 

【左70℃!右160℃!】

 

 シールドを球状に変化。その警告の通り緩やかな弧を描いて飛来したものが乾いた音を立ててはじかれる。“バッツ”と呼ばれたまっくろくろすけはその隙に、持っていた銃を手放してあけた手で、リーマンの腕をひっつかんで一足飛びに飛びずさる。そのまま振り向いて路地の奥へと逃げ出した。

見事な動作だった。拍手を送りたいくらい滑らかなバッツの動きに感心していると、スプーがいらだったような声で後を追うようにせかした。

 

【な~に、アホなこと考えてるんですか!?早く追いかけてください】

「わかってる、って!」

 

 シールドを消して、目立たないようにリングの力を使わずに後を追いかける。そんなハルを彼の相棒はいら立ちを隠せずに小さく愚痴をこぼした。

 

【まったく……こんな時、大っぴらに力を使えるならあんなしかめっ面陰険黒蝙蝠なんて、一撃どころか、瞬殺だというのに。ああ!なんだか嫌な予感がします、なんだか後で死ぬほど後悔しそうな気が―――ほら、ハル急いで!!】

「わかったから落ち着けって……でも、なんかあの人悪い奴には思えないんだよな」

【どこがですか!あの、黒いのは間違いなく敵です!どうせ小学生ぐらいの男の子に短パン吐かせて悦に入っていたら、実の息子の扱いに困って、やり場のない怒りを周囲にぶつけるぐらいの低俗な変態に決まっています】

「……だから、なんでそんなに具体的なんだ」

 

 そうこうしているうちに、“ダークナイト”に追いついた。

彼は、黒々としたマントにその長身を包み袋小路の一番奥にそびえるビルの前で、静かに立っていた。まるで石造りの彫刻と向き合っているようだ。そう感じるほどに男は動かず、彼の頭上を照らす居酒屋の看板に灯ったネオンのぼんやりとした光だけがハルとバッツを照らしていた。

 

待っていたとばかりに、薄明かりの中で奴がニヤリと笑い顔をしたためる。その笑みとさっきからずっとくすぶっていた違和感が重なって、一つの答えを導き出した。

一連のやり取りは……自分をここに追い込むための時間稼ぎ、または囮だった可能性に。

 

「ッ―――させるか!」

 

もうなりふり構ってはいられなかった。目の前の男を止めるために思い付いたハルのイメージに従って右腕が緑色に光り輝きながら大きく広がって、男に迫る。

だが、それは遅すぎた。

ヤツが、変成器ごしのガラガラ声で侮蔑する。

 

「……未熟だ」

 

 それと同時に、地上の星のよう煌々と輝いていたネオンの群れが一斉に消え、街は思い出したように真っ暗な夜の姿を取る。だが、それだけではなかった。

 

目の前の男から“闇が噴き出した”。

 

立ち上る黒い噴煙とも密集して空を覆い尽くす蟲の群れにも感じられる『なにか』がこちらに向向かってくる。それを止めようと、と迫るハルのソリッドライトで形作られた巨腕。だがそれにふれた瞬間。

 

「なっ……!?」

 

口からこぼれる驚きの声を、彼は止めることができなかった。

地面に置かれたビスケットが蟻に集れて崩れてゆくように、指の先からボロボロと虫食い状の穴を開け崩れてゆく。自分がリングに抱いてた誇りと自信が、音を立てて崩れ落ちる音を聞きながら、真っ黒な霧が驚きに身をこわばらせたハルを飲み込んだ。

 

 

 

 

壁の壁面を。アスファルトの地面を。ハルの創り出した光り輝く右手を。

体を優しく包むように、空に絵の具を塗りたくるように、純粋な黒が全てを染めてゆく。

 

NIGHT FALL(夜に、堕ちろ)

 

何処からともなく、呟かれた一言がすべてを物語る。

 

夜に、落ちる。

 

その言葉の通りにネオンがこうこうと煌めいていた繁華街は、影も形も無くなり。瞳に映るのは先の見えない夜の暗黒だけ。どれだけ目を凝らしてもその風景は変わらない。

踏みしめているアスファルトの感触だけが、ここが街中だということを声高に訴えていた。

そうして呆けていたのは、ほんの一瞬。しかし…その一瞬の重要性をハルはまだ、きちんと理解してはいなかった。

そのツケをすぐに身を以て払うことになった。

 

「敵の前で意識をそらし」

 

 目の前で不意に呟かれた一言に身構える暇もなく。鈍い衝撃が脳を揺らす。思い出したかのようにじくじくと痛みだす頬が殴られた、という実感を与える前に次の一撃が腹に突き刺り、さっきわざと受けたときとは桁の違う衝撃が、肺の中に残っていた空気を無理やり吐き出させる。

 

【ハル、次!】

「不意の状況への対処を誤る」

 

 相棒の声に反射的に力んで、防御を固める。だが“今”、俺ができる精一杯の抵抗は―――後頭部をハンマーでたたかれたような衝撃と共に一笑に付された。明らかに見下したその笑いに疑問を感じたときには既に手遅れだった。

 

「っが……!!」

「つまりは、弱いんだ。お前は」

 

 先ほどとは全く別のベクトル。“真後ろから”与えられた強烈な攻撃に、反応することもできず顔面から叩き付けられた。

慣性に従ってアスファルトを削る様に何メートルか滑ったあと。ハルはすぐさま、体を起こした。

―――まだ終わっていない。その確信があったから。

強打した時に折れた鼻が放つ火の付くような熱さがダメージでぼやける脳をはっきりとさせたのは幸運以外の何物でもなかった。

 

しかし、少し経っても一向に次に一撃は訪れなかった。

 

どうやら、見えてはいないけど“ちゃんとできては”いるみたいだ。

 

 昔やっていた練習のとおりにしっかりとできたことと、追撃が途絶えたことにほんの少しだけ安心して、目をつむると、右手から淡々とした口調の叱責が飛んできた。

 

【気を抜かないでください。まだ窮地を脱したわけではないのですから】

「わかってる。それよりも、追撃がないっていうことは」

【ええ。相手は勘で攻撃をしてきたわけではなく―――この黒い霧の中でもこちらの行動を把握している、ということでしょうね】

 

 ゆっくりと体を起こして、“元通りの”鼻に残る鼻血を手の甲で乱雑に拭い、いつの間にか、折れて口の中でジャラジャラと音を立てる歯の破片を吐き捨てる。

 

「たぶんな。さっき作ったバリアはちゃんとできてるみたいだし、傷の修復も終わった……“能力”(チカラ)はしっかりつかえてる。だとしたら、さっきのは俺の見間違えか?」

【いえ、あれは現実です。私の方でも、黒い霧に包まれたソリッドライトが消失していく瞬間を観測できました。それを基に、現在も解析を続けていますが……】

「いや。爆弾のほうが先だ。そっちにリソースを回してくれ。それなりに時間がたっているし、いつ爆発させられてもおかしくない」

 

 言葉にはしなかったが、状況は不利だ。情報も、地の利も、先ほどのよどみのない連撃から、戦闘経験といった地力もあちらの方に分がある。力を抑えて勝てるような相手ではない。

ハルが使う戦闘力のほとんどが、“ソリッドライトという一点に集約されている”以上、一刻も早くソリッドライトを“喰った”からくりを解かないことには逆転の目はない。自身の身の安全を第一に考えるならどこにあるかもわからない、ましてや…本当にあるかも定かではない爆弾を探している余裕はなのではないか。

その逡巡を形にするように、相棒は口を閉ざした。彼が押し黙ったことで一拍、また一拍と、いやに大きく聞こえる心臓の鼓動だけが時が止まっていないことを感じさせた。

きっかり10拍。鼓動が聞こえたのちのその声はいつもの淡々としたそれ。

 

【どうせ、言っても聞かないのでしょう?】

「まあね。だって俺、グリーンランタンだし」

【なら、せいぜい逃げ回ってください。私が戻ってとき、貴方が言葉も話せないほどボコボコだといじる楽しみが半減いたしますので】

「わかった」

【では失礼、高精度探査モード起動。以降は情報の混線を防ぐために一時的にリンクを切ります……どうか無事で】

 

 

 その言葉を最後に、ハルの周りを静寂が支配する。前も後ろも判断がつかないほど濃い闇をまっすぐに睨んでゆっくりと両ひざに力を入れて立ち上がりリングを構えて、油断なく見渡す。奴が仕掛けてくる気配はない―――それを確認したハルは、一歩一歩確かめるように移動を始めた。物音ひとつしない暗闇の中でハルの立てる移動音だけが嫌になるくらい鳴り渡る。その始まりは唐突だった。

 

 ヒュっと耳元でなった風切り音が聞こえ、ほぼタイムラグなしにハルの側頭部に黒いブーツが突き刺さり意識が混濁し始める。“来た”。ぼやけた頭でそう自覚するのと同時に、ハルは自分の左手の小指をへし折ってぶれる意識を叩きおこしながら、全力で後ろに跳ぶ。

 

「想定の範囲内だ」

 

 その呟きを知覚した時、ハル真後ろで炸裂音が巻き起こり、体が前に向かってふきとばされる。全身に焼けるような痛みと体の中に異物が混じりあう不快感に、悶えながら何度か地面に叩き付けられる。その痛みを設置されていた爆発物によるやけどの痛みだと判断。すぐに起き上がって再生を開始。そのまま、自分の前に8丁のアサルトライフルをイメージング。自分の前方から円を描くように弾丸の雨をばら撒く。

軽快な発砲音と共に、猛烈な勢いでコンクリートの壁に突き刺さる派手な音ともはじけて消えてゆく。

 

「……無駄だ。お前では私に勝てない」

「やってみなければ、わからないだろう!?」

「さっきも言ったはずだ。お前は―――弱い。いや……こういうべきか」

「うるせぇ!……」

「“力を持て余しているだけの唯の子供だ”」

「ッ……」

「言い返せないか?自覚している証拠だな。そして、集中を乱した」

 

 先ほどの反響してどこにいるかもわからないような音とは違う、クリアな声。その答えは明白だった。火傷の上から硬い物が押し付けられる感触。そして、ダークナイトが突きつけるように、“詰み”を宣言した。

 

「だからこうして後ろも取られる。―――加藤陽。年齢十五歳、多方面に深い造詣を持ち特に地質学、モンゴル民俗学を専攻とする父とかつて音楽界を席巻した天才的ピアニストの母との間に生まれる」

「な、にを……」

「ときおりの奇行が目立つが、おおむね平凡な生活を送る。しかし、母が四歳の時死別。死因は酒気帯び運転による事故死。その後、母の死を間近で見たことによるショックからPTSDを発症。それに伴い不眠症パニック障害、対人恐怖症を併発。病状は極めて深刻で、一時は衰弱死する一歩手間まで悪化する」

「……黙れ」

 

 それ以上、我慢できなかった。自分の立脚点を見ず知らずの他人に貶される。そんな気がしたから。だから、ハルはそこに在るはずの男の顔面めがけて、鋭い裏拳を叩き込んだ。しかし、それさえも予定調和だったようで、逆に腕を取られて重心を前に倒され、関節を決められる。抵抗しようと振り上げたもう片方の腕もとられて地面に押し付けられた。ねじりあげられた腕の鈍痛とアスファルトに頬を押し付けられる不快感。胸の奥底にから湧き上る怒りから獣のような声が漏れた。

 

 

「がっ!?……ぐぅぅぅうう……」

 

 ハルが何とか拘束から脱しようと、うなり声をあげながら全身を使ってもがく。しかし、万力のような力で押さえつけられた体はビクともしない。暴れるハルを意にも介さず、彼は淡々と話し続けた。

 

 

「父親の献身的な介護により、奇跡的に快方に向かいこれを克服。しかし、その約半年後。父親も“白騎士事件”における副次的被害により死亡。それとほぼ同時刻に日本全土で“緑色に光り輝く超巨大竜巻”が発生。一般にはしられていないことだが、これにより白騎士の撃墜した大陸弾道弾の破片によって発生した火災や瓦礫、建物の倒壊などの二次被害による死傷者は当初の予測から大幅に減少した」

「…………」

「以降、約五年の間に世界各所で“グリーンマン”と呼称される緑色に光り輝く怪人が目撃され、その力を知った各国が当時、台頭を始めていたISという超兵器に対応するための一端として一斉に捜査を開始する」

「いい加減にしろ。俺の過去とお前に何の関係がある」

「―――それを教えてやる。だまって聞いているんだな。以降さまざまな諜報機関が全力をかけてお前を追ったが、成果は上がらず。各国はお前の実在を疑い、捜査を打ち切ろうとした。だが、先月のアレだ」

「NYの大火災、か?」

「そうだ。あれによって世界は思い出した。お前の存在とお前が持つ、計り知れない力”を。そして、お前の存在に恐怖した。そんな力を“一個人が握っている”、という純然とした事実に。今にお前は世界中から狙われ、どこにも居場所がなくなるだろう」

「……で?それがどうした。だから、その前に何とかしてやるから。代わりにアンタの手下になってアンタの目的のために働けって言うのか?」

 

 ハルにとって、“そんなことは”言われずともわかっていたことだった。人は理解できない存在に怯え、恐がり……石を以て追い立てる。言葉にすればそれは弱さといえるかもしれない。

でも、それは悪いことだろうか?弱さを知っているからこそ、人は誰かを理解しようと努め、進歩を続けて、いつかは誰かを受け入れる。だから。

 

「たとえ……世界中の誰からも理解されなくとも、俺は良心に従う。自分の正しいと思ったことをするだけだ」

「―――傲慢だな。小僧。神にでもなったつもりか?」

「そんな御大層なものになったつもりはない」

「ほぅ……否定するか。ならば、“どうして救う人を選んでいる”。お前ほどの力があれば、もっと大勢の人々を救えるのではないか?救われた人間と、救われなかった人間との差はなんだ」

「それは……」

「答えてみろ。小僧」

「…………」

 

 そう言われたハルは、黙ることしかできなかった。自分が助ける人を選んでいるのは事実だったから。使命のため。今の自分は“ベストを尽くしている”、といえるのだろうか?自分の正体を隠すため。そう自分を偽って―――助けを求める叫びから耳をふさぎ、見ないように目をそらしているだけではないのだろうか。

 

「答えられないか。当然か。なぜならお前は本気を出してはいないのだからな。自分のちっぽけな自己満足を満たすためだけに、その力を振るい。母を。父を。救えるハズだった大勢を―――“見殺しにした”」

 

 

 そこで、ダークナイトは言葉を切り、まるでポストから朝刊を引き抜くような自然な動作で―――ハルの右腕をへし折った。ボキリ、という小気味いい音とともに押し寄せる一瞬の激痛から反射的に手のひらが大きく開かれる。

 

その中指から手品のように。

 

あの日、自分が“HERO”となることを決めた日から、それが終わる最後の瞬間まで手放さないと誓った“パワーリング”(自分の相棒)は奪われた。

 

「そんなお前に、これほど強大な力を預けておくわけにはいかない」

「あ。がッ………」

「これは感だが、それがお前の力の源だろう。戦闘中に注意を向けすぎだ、未熟者め」

 

同時に、全身にみなぎっていた力が嘘のように抜けて。リングの力で抑えられていた傷の痛みがハルの体に同時に襲い掛かった。

自分で気付けのために折った小指が。

設置されていた爆発物で焼かれ、破片に穿たれた背中の肌が。

そして。肘から先の感覚がないのにジリジリと燃えるような痛みを与えてくる右腕が。

 

思い出したかのように、ヒステリックな悲鳴を上げ始めた。今まで感じたことのない嵐のような激痛に、ハルの意識は抵抗することもできず白い闇へと落ちてゆく。

 

 

「気がつかなかったか。先ほど組み伏せたときにお前に新しい薬を投薬した。名前はsp003.16。犯罪者の拷問用に開発した新薬で、投薬した被験者がつねられただけで心停止するほどの劇薬だ。それほどのお前がどれだけの痛みを強かろうが、今までに感じたことがないだろう」

 

 手向けの言葉のようにそう呟くと、ダークナイトは二言三言。静かに指示を下すと悲しそうに、地面に横たわったまま時折思い返したように痙攣を繰り返すハルを一瞥し

 

 

 

「ヒーロー”ごっこ”はこれでおしまいだ。少年」

 

 

 

第30話 「ハル―――折られる」

 

 




 あとがき

ドーモ、読者=サン。めんつゆデス。こんな夜分遅く失礼いたします。
さて。前回の更新時、次の更新は……二月末にでも…とかなんとか言ってましたが……すいません、見ての通りです。

 簡単に経緯を説明すると。新しい職場になれる→任される仕事が増える→同時期に入った同僚がバックれる(ついでとばかりに二人バックれ、一人退職)→the繁忙期突入。

)^o^(

ウォーズマン理論的に実際の仕事量が2.5倍に増え。三月、小説書いてるヒマなし。4月、やっとかけると思ったらスランプに突入。8割以上出来上がっていたお話を一から推敲することに。とにかく急いでまとめあげた結果……なんだか、かなりアレな出来に……すいません、もしかしたら初の書き直しあるかもしれないです(-_-;)

 感想欄を除いた結果。かなり賛否両論という感じだったので。

とりあえず、順番的にはセカヲワのばんなのですが。次の更新のめどはたっていません。というかスランプで辛い、です。ちょっと感を取り戻すために5000文字程度でまとめ上げた短編をいくつか書いてうpするかもしれないです。

 再起には時間がかかるかもしれませんし。何時ものめんつゆといわんばかりの牛歩の進みですが。焦らず生温かい目で付き合っていただけると幸いです。

では失礼。
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