DayDream 雨夜に見える月   作:Wolke

10 / 13
03 特別に囚われて

 情報統合端末・ハーモニー。

 

 それが(あきら)がかけているサイバーグラスに付けられた名称だった。

 

 網膜認証を終え、サイバーグラスが起動する。たちまち、視界に拡張現実(オーグメンテッド・リアリティ)が映し出された。他端末とのリアルタイムの情報共有。GPS機能。利用者の状態記録。3Dモデリングを駆使したマッピングに道案内。探索に必要なことはあらかた賄える優れもののウェアラブルコンピュータ。

 

 サイバーグラスを通じてコールすると、まずは製作者である細工町(さいくまち)(むらさき)のもとへ繋がる仕様になっている。

 

『お待ちしてたッスよ、暁サン。そろそろ、連絡が来る頃だと思ってました』

 

 キシシシ、とどこか軋むような笑い声が、骨伝導ヘッドホンを通じて暁の内耳に届く。

 

 もったいぶった言い方で、剽軽な口調はいつものこと。付き合いきれないとばかりに暁は本題に入った。

 

「人捜しを頼みたい。相手は私の従妹(いもうと)。今日解散の間際、佳月(かづき)が私に似た子供が居たとか言ってたろ。同じ時間帯に学校を飛び出してたみたいで本人の可能性が高くなった」

 

『たしかに、佳月サンは「まだ終わってない」とか言ってたッスね。まあそのご本人は池袋のアダルトショップに居るんスけど』

 

「馬鹿なのか。制服だろ。補導されたらどうすんだよ。どうせ暗示で済ませるんだろうな。これだから魔法使いとかいうやつらは」

 

『いやあ暁サンは驚くほど常識的なツッコミをしますよねぇ。……人捜しの方は急ぎですか?』

 

「頼む。正直、下の従妹(いもうと)の底は私も見たことが無いんだ。下手に発狂してたら最悪死人が出ると思ってくれ」

 

 精密性、と暁は言った。

 

 氷川家の人間は精密性に優れている。器用値が高くて、物覚えがいい。とはいえ、それらはすべて脳の中で起こっている化学反応にすぎない。神経細胞(ニューロン)の間では化学伝達物質がやり取りされる。そして伝達物質が別の神経細胞(ニューロン)に伝わるまでには特別な時間を要するのだ。この時間は一律に決まっているわけではない。信号伝達効率の変化によって増減する。そして伝達効率は学習によって増強させることが可能なのだ。

 

 手を動かすことに、いちいち戸惑う人間はいないだろう。これは生まれたときから手を使うという動作を反復し、脳の中で手を動かすためのネットワークが最適化されていることによる。

 

 氷川家の人間は精密性に優れている。中でも氷川日菜はその特性が飛び抜けている。

 

 常人が数百、数千回と繰り返して構築するニューラルネットワークを、氷川日菜はわずか数回のイメージトレーニングで構築する。

 

『なんスかその天才(バケモノ)

 

 呆れたようにムラサキが口を挟んだ。

 

『思ったよりヤバめッスね。やっぱり二十三区内だけでも街頭スキャンの数は増やしておくべきだと思うんスよ。従妹(いもうと)サンは見つけ次第、暁サンの拡現(オーグ)にロケーター表示させるんで、辿ってってください』

 

「助かる。助かるついでに、いつものオーダーも頼んでいいか?」

 

『アタシが山吹色の血液を輸血してる病院に融通利かせて、情報統制に交通規制ッスね? お任せくださいって言いたいとこッスけど、どうも昼間、ビヤーキークローでスクラップにされたオモチャの回収が弦巻(本家)の人間にバレたみたいでして』

 

「───了解。無理のない範囲で頼む。人避けくらいなら、佳月のやつがしょっちゅうやってるし」

 

『これも分家のつらいところッスねぇ。ぶち壊したくなる。ま、暁サンにはできる範囲でお力添えさせていただきますよ』

 

 通信終わり。

 

 暁は背負ったギターケースの重さを信じて、街を駆ける。

 

 

       ◇

 

 

 世界が、色褪せていく。

 

 光が弱まる。暗がりが広がる。希望は萎み、諦念が大きくなる。見通せる範囲が広がるにつれ、日菜は世界の狭さを思い知った。心から瑞々しさが失われていくのを感じていた。不味い、とは思っている。さながら萎れゆく花のようで、養分が足りていない。心を潤す何かが、致命的に不足している。褒められた推移でないことは日菜にもわかる。どうにかしなければ、とも思っている。日菜が抱える感情は、きっと焦燥という名前をしていた。

 

 日菜が成長するにつれ、また知識が増えるにつれ、日菜の視界は少しずつ変化していった。物心ついた時分では意味が通らぬ不可思議な模様だったものに、規則性や法則性を見い出した。まるでパズルゲームをしているかのようだった。模様は人、動物、植物、道具、建物、地面、川、空、果ては空気に至るまで、どこにでも見えたし、どこにでもあった。日菜にとっては暇を潰す格好の遊びだった。

 

 転機が訪れたのは、興味本位に上の姉の蔵書をひっくり返してみたときだ。

 

 広く浅く書かれた子供向けの図鑑などでは満足できなくなったのか、(あきら)は近所の図書館へ足しげく通い、やや専門性の高い蔵書を借りてきては耽読するという日々を送っていた。小学生向きのものもあれば、中高生向きのものも混じっている。ジャンルによっては大人向けの本すらも。

 

 日菜が手に取ったのは化学に関する本だった。表紙には炭素繊維と銘打たれている。そもそも炭素とは何か、といった基礎的なところから始まり、最終的には炭素繊維が最先端技術にどう使われているかが記されていた。

 

 どちらかと言うと雑学寄りで「ふぅん、そんなものがあるんだ」と存在を記憶に留めてしまえばそれで完結する知識。けれど、日菜は()()。模様のひとつが意味を成す。自分が手に持っている本や、自身の身体にあった同じ模様。これが炭素なのだと、日菜は直感した。網膜に映る情報と、脳に蓄えられた知識が結びつく。

 

 どうやら、日菜が見ている不可思議な模様の規則性は───化学式というらしかった。

 

 まだ、わくわくできた。

 

 生まれたときから見ていたため、この模様がなんなのかなど日菜は考えたこともなかった。それが先人によって名前を与えられ、性質を研究され、いまや社会を支える技術として昇華されている。

 

 どきどきした。開けてはいけない扉を開けてしまったような。食べてはならない果実を口にしてしまったような。

 

 隠された事柄を一方的に知る。その行為自体に砂糖がまぶされているようで、抗いがたい甘美な快感を伴っていた。その味は、きっと禁忌に似ている。

 

 ───もっと知りたい、

 

 日菜は望んだ。

 

 ───もっと視たい。

 

 日菜は願った。

 

 日菜の中に際限のない欲求が生まれた。そして欲を満たすのは容易かった。まるで()()()()()()()()()かのようにかき集められた上の姉の蔵書に、目を通すだけで良かったから。

 

 そうして日菜は知る。日菜の瞳が捉える不可思議な模様の法則性は、数式で表せるものだと。

 

 空一面が赤く染まる侘しい夕焼けも。涼しげに流れる川のせせらぎも。ため息が形を成したかのようにわだかまる霧の動きも。マシンガンの掃射に似た驟雨の音も。畏怖を覚えざるを得ない稲光も。人の手が届かない星々の運行も。そのすべてが『式』で表せることを知ったのだ。

 

 胸を打つ情景も、肺腑を貫く災害も、親しい人間すらも、数行の『式』に圧縮できることを知った。

 

 知って、しまった。

 

 世界は単純だった。世界は単調だった。あらゆるものが『式』である以上、正しい値さえ入力してやれば最も美しい形に収束する。自宅と小学校を往復する生活で起こり得ることなど、少し身体の使い方を改めればいいだけだ。すべてを見透し、『式』に沿って骨を回し、腱を伸び縮みさせ、筋肉に力を入れる。たったそれだけで、日菜にできないことは無くなった。

 

 日菜は世界の狭さを───視た。

 

 そのとき氷川日菜は、蒙昧な者だけが住める楽園を───追放されたのだ。

 

 

       ◇

 

 

「きら姉は今日も勉強? 入学式だったんでしょ?」

 

「別に中学生になったからって私がやることは変わんねぇよ」

 

 世界の狭さを知ってから、日菜はますます上の暁の部屋へ入り浸るようになった。

 

 にこにこと日菜は笑う。意地のようなものだ。家族のみんなはしかめっ面よりも笑顔の方が好きだから。たとえこの世がつまらなかろうが、こうして楽しそうに笑っていれば向こうから楽しいことが引き寄せられるかもしれないから。

 

 日菜は暁のベッドに座り、壁に背を預ける。視線の先では、暁が小難しそうな本を睨むように読んでいる。

 

「きら姉もがんばるよねー」

 

 日菜はもう暁の蔵書に興味がない。頭に詰め込んだ知識だけで、大抵の『式』は読み解けた。初見の現象でも、事が起こった原因から結果までの過程を事細かに理解できる。自分の身体を動かすことについても同様だ。何らかのスポーツや競技に手を出せば、最善の結果を出せる『式』を構築し、代入すべき値が最良になるよう身体を動かす。それだけですべてが上手くいった。

 

「別にがんばってるわけじゃねぇよ。人を勉強大好き人間みたいに呼ぶなって」

 

 すげない返事だ。暁は本から視線を外すことなく口を開いた。その様子を日菜は愛おしそうに眺めている。

 

 学校の人間がよく使う『がんばりましょう』とか『がんばりたいです』という言葉が、日菜には滑稽でしかたなかった。そんな言葉を使うくらいなら、あたしにできない何かを用意してほしい。常々そう思っていたし、口ばかりの人間への関心などすぐに消えた。

 

 有象無象の『(ニンゲン)』が蔓延る中、日菜が人として見れるのはもう家族くらいしか残っていない。中でも氷川暁は別格だった。

 

 いま目前で文字を追う姿だってそう。止まれば死ぬ。そんな強迫観念に取り憑かれているかのような勢いで知識の収集を続ける姉を、日菜は心から尊敬する。

 

 ───きら姉は、あたしとおんなじだ。

 

 暁が抱えている病巣を日菜は知らない。時折暁が見せる『式』のパターンから仮説は立てれるが、本人に確認したことはない。推測の域で十分だったからだ。暁が抱えている問題は死ぬまで癒えることはない。そんな確信が日菜にはあった。だから───

 

「……きら姉は、そのままでいてね」

 

 変わらないでね、と日菜は小さく(のろ)いを吐く。言葉は呼気とともに空気に溶けた。聞こえなかったのか、暁は身じろぎひとつしなかった。

 

 暁の必死に生き足掻く姿が好きだ。見ているだけで安心できる。潤うことのない渇きを持て余しているのは日菜だけではないのだと実感できた。

 

 同類相哀れむ、と言うのだろうか。日菜は暁を同類だと見なしている。同類で、同族で、なにより家族だ。堪えきれなくなって、日菜は後ろから暁に抱きついた。長い長い髪に顔をうずめる。しっとりとした絹糸が、繭のように日菜の頬を覆う。まだ少し湿っている長髪が、風呂上がりであることを感じさせた。シャンプーとリンスの良い匂いが鼻腔を擽る。

 

 ずっと包まれていたい、と心の底から日菜は思った。

 

「まったく」

 

 と小さく毒づいて暁は読んでいた本を閉じる。

 

「ほら。こっち来いよ」

 

 暁に促されるまま、日菜は暁の膝の上にまたがった。日菜の笑顔を隠すように、ぐるぐると長髪が巻き付けられる。ほとんど抱き合うように、日菜は暁へ寄りかかった。

 

 浅ましくて、醜くて、憐れ極まりない───傷の舐め合い。

 

 毒にも薬にもならない、このぬるま湯に浸かる時間が、氷川日菜のお気に入りだった。

 

 

       ◇

 

 

 その翌朝のことだ。

 

 来客があった。暁は中学校へ、紗夜と日菜は小学校へ向かうため、それぞれ準備をしている時間帯。家族の誰もが食卓に並んだ朝食を胃に収めきっていないときに、インターホンが鳴った。

 

 朝早いこともあってか、少し訝しみながら母親が玄関へ向かう。父と紗夜は母の背を目で追い、暁は壁にかけられた時計で現在時刻を確認する。みんなが珍しいと思っているらしい。日菜も同様だった。

 

「───あなた、大丈夫!?」

 

 にわかに、玄関口が騒々しくなる。とは言え、騒いでいるのは母ひとりのようであった。

 

「いいよ。私が行く。片付けよろしく」

 

 腰を浮かせようとした父と紗夜を制止して、ちょうど朝食を食べ終わった暁が席を立った。空になった食器の始末を任せて、母の後を追う。急いで、日菜も残っていたごはんをかきこんだ。

 

「ごちそうさま!」

 

 にこにこと告げるやいなや、日菜は暁に続く。好奇心のなせる所業だ。珍しいものが見れるかも、という淡い期待。そこから夢中になれるものが見つかるかも、という儚い希望。滅多にないイレギュラーの来訪に、日菜はほんの少しだけ胸を高鳴らせていた。

 

 玄関口では見知らぬ女性が壁によりかかってへたり込んでいる。目元にある泣きぼくろがさながら魔女の刻印のようで、日菜の視線を吸いつけた。目鼻立ちは整っている。無造作に伸ばされた黒髪はぼさぼさで、手入れなんてされていないよう。彼女は荒い息を繰り返し吐いている。生気が尽き果てる寸前であるかのように、顔から血の気が引いていた。

 

 服装もおかしかった。彼女の上下は病院で見る入院着。淡い薄桃色以外に特徴らしい特徴はない。玄関タイルには一足のスリッパが投げ出されている。小学校でも見たことがある、来賓が使うタイプ。靴底はなだらかで、外を出歩くなどまったく考えられていないもの。

 

 見るからに、尋常ではない。母は慌てながら彼女の肩を揺さぶっている。

 

「───進行役!?」

 

 驚きをあらわにして、暁が駆け寄る。暁の声に反応したのか、彼女は茫洋とした目を向ける。そして震える足で立ち上がった。女は病人と見紛うほどにひどく痩せていた。

 

「───あ、きら……っ!」

 

 女がしゃべる。油を差さずに何年も放置していたような、錆び付いた声。

 

 日菜は視た。

 

 彼女の身体はぼろぼろだ。全身の筋肉が断裂している。固まりかけた関節が、身じろぎするだけで悲鳴を上げている。まるで数年間寝たきりだったにも関わらず、ウォーミングアップもなく激しい運動をしたようなひどい有り様。

 

 すっごい痛そー、と他人事のように日菜は思った。

 

 身を投げ出すように彼女は暁へ倒れこんだ。受け止め損ねた暁もろとも廊下に転がる。

 

「……お前は、もう少し賢い女だと思ってたよ。学校サボってでも、お前がどこにいるのか今日中には探し出すつもりだったんだぜ? 待てなかったか?」

 

「助け、て……れて……ありが、と」

 

「うん。私もだよ。助けられてくれて、ありがとう」

 

 二人分の嗚咽が、廊下に響いた。

 

 困惑しっ放しの母や、誰も戻ってこないことを訝しんだ父と紗夜が二人に駆け寄る。

 

 日菜は一歩も動かなかった。動けなかった。視線を暁の顔から外すことができなかった。

 

 ───なんで、きら姉が、そんな救われたみたいな顔をしてるの……?

 

 二人が大切な何かを共有していることは手に取るようにわかった。二人の間には『特別』があった。

 

 胸の内を掻きむしられているような思いだった。実際に、醜悪な蟲ががさごそと体内を動き回り、臓腑を食い荒らしていたとしても不思議ではなかった。

 

 日菜は視た。

 

 これまで暁にこびりついていた、狂気へ誘うような歪な『式』が呆気なく剥がれ落ちたのを。

 

 世界から色が落ちた。

 

 ─────────ずるい。

 

 こみ上がる感情。見るまでもない。いまも自分からはぞわぞわと醜い『式』が生まれている。暁から剥がれ落ちたものと同質の『式』が日菜の身体に纏わりつく。

 

 あたしはまだ、見つけてないのに。ずっと、ずっと一緒だと思っていたのに。

 

 こんな『式』なんてどうでもよくなるような、そんな『特別(こたえ)』を。

 

 ─────────きら姉は、見つけたんだ。

 

 きら姉だけが、見つけたんだ。

 

 だったら、あたしにだって─────────。

 

 

       ◇

 

 

「姉さんは勝手よ。友だちの名前も知らないなんて。ましてやそんな人のために学校を休むなんて、どうかしてるわ」

 

 桜並木の下で紗夜が言った。悪態をつく姉の声は、どこか拗ねたような響きを含んでいた。

 

 日菜の目には、桜の花びらが落ちる速度が映っている。花びらがくるくると回りながら地に落ちる様は、そのまま日菜の思考を表しているかのようだ。

 

「……勝手だよね」

 

 紗夜の言葉に同意はしたが、本当に身勝手なのはどちらなのか。日菜は裏切られたと思っている。勝手に同類と見なして、勝手に不治の病だと期待して、そして身勝手にも裏切られたと思っている。暁には裏切ったという認識も、(のろ)われていたという実感すらないだろう。

 

 思考は空回り、泥沼に沈んでいく。

 

 ───あたしはどうしたらいいんだろう……。

 

 いくら問おうとも、『式』は見えない。手に入れたい解は導き出せない。日菜はランドセルの肩ベルトを握る。見えるのは煩雑な、どうでもいい『式』ばかり。煩わしくなって、日菜は視線を地面に落とした。

 

 桜色の絨毯が敷かれたアスファルトを踏みしめる。身支度を整え、ランドセルを背負い、靴を履いて、紗夜と一緒に登校する。普段は何も考えない日々のルーチンの最中でさえ、暁が浮かべていた表情がずっと脳裏にチラついている。母と姉が気を失った女性を自宅前に停まっていたタクシーに担ぎ込み、大騒ぎしながら病院へ向かったことすら、すべて慮外のことだ。

 

「日菜? どうしたの?」

 

 元気ないわね、と不審がった紗夜が話しかけてくる。

 

 視線は落としたまま、思考は塞いだまま、声すらも沈んでいて、日菜は紗夜に問う。

 

「───『特別』って、なに?」

 

「とくべつ」

 

 紗夜は反芻した。大切なものを確かめるように。

 

「そうね。姉さんにとって、あの人は特別な人なんでしょうね。……本当、名前も知らないくせに」

 

 羨むようであり、少し寂しそうな声だった。

 

「当たり前のことなのよ。姉さんも、お父さんもお母さんも、家の外では私たちが知らない顔だってするし、私たちが知らない人たちと仲良くしてる。逆に、姉さんたちが知らない私たちだっている。その中でたったひとりにしか向けない顔だって、当然ある」

 

 でもね日菜、と紗夜は続けた。

 

「私たちはそのほとんどを共有できるのよ。これって十分、特別じゃないかしら」

 

 特別な関係が私相手じゃあ、不満? と紗夜は言った。

 

「おねーちゃんと、『特別』……」

 

 日菜が顔を上げる。まじまじと紗夜の顔を見た。そこに浮かぶ『式』は、きっと真摯さとか誠実さと呼ばれるもので。

 

「私たちの学年で双子なのは私たちだけなんだから、これだって十分特別でしょう」

 

 双子。双子の特別性。

 

 ふと、かつて暁が語った双子の逸話を思い出した。

 

 たとえばそれは一九五七年五月五日イギリス。ノーサンバーランド州ヘクサムの街で生まれたポロック家の双子の話であったり。

 

 たとえばそれは一九三九年八月、アメリカオハイオ州で生まれた双子のシンクロニシティの話であったり。

 

 双子にまつわる、双子だけに起こり得る不思議な話。

 

 日菜が知る限り、紗夜との間でそんなテレパシー染みた現象を目にしたことはない。それでも、暁すら持っていない特異性は甘美な響きを伴っていた。

 

「そっか。おねーちゃんだ。おねーちゃんがあたしにとっての『特別』なんだ!」

 

 紗夜と腕を組むように、日菜は紗夜に抱きついた。沈んでいた気持ちもどこへやら。日菜はにこにこと笑みを浮かべている。苦笑している紗夜のことなど構うことなく、日菜は身を擦り寄せた。まるで猫のマーキング。親愛を示したいのか、日菜は猫のように目を細めた。

 

「今は私だけかもしれないけど、日菜ならきっと、たくさん特別なものを見つけられるわ」

 

 そんな日菜を、優しさに満ちた、穏やかな瞳が映している。

 

「──────」

 

 その瞳に、日菜は焦がれた。世界を鮮やかに彩る術を、日菜は知らない。けれど、紗夜は知っている。簡単に特別なものを見つけられる目。すぐ夢中になれるものを見つけられる才能。

 

 ───あたしだって、おねーちゃんと同じ世界が見たいよ。

 

 日菜はきゅっと唇を噛んだ。紗夜の腕を取る手に力が入る。

 

 もしも本当に、双子だけに特別なつながりがあるのなら、日菜は紗夜と同じ体験をしたいと切に願う。紗夜が見つけたものならば、日菜にも楽しめるのではないかと信じている。けれど、それでは足りないのだ。同じことをしても、日菜と紗夜は見ているものが違っている。その差異を、無くしたい。過去に暁が言っていたクオリアを共有したい。

 

 ───おねーちゃんとひとつになれればいいのに。

 

 コーヒーにミルクを混ぜるように、閉ざされた輪の中で溶け合えればいいのに。おねーちゃんがあたし(おねーちゃん)になればいいのに。

 

 こんな、『式』をなぞればすべてが終わるような世界を脱することができるなら───

 

 春先の気温はまだ肌寒い。紗夜の体温が日菜にとって寄る辺だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。