DayDream 雨夜に見える月   作:Wolke

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二人目の探索者は羽沢珈琲店で歓談に興じた
もっと食べたい 上


 幼い頃は自分のことが嫌いだった。

 

 何をやっても平均的なところに収まって、華やかな友人たちと比べて地味目に終わる自分が嫌だった。

 

 服選びひとつとっても、普通というか、無難な選択しか取れない自分に嫌気が差していた。

 

 ひねていたし、拗ねていた。特に自分を可愛く着飾らせようとする人は大嫌いだった。

 

『つぐはかわいいよ! おんなの子はかわいくなって自信をつけるの! かわいい自分をすきになるの! すきがいっぱいになってすてきになるの! だから、わたしも、手伝うから。つぐがいっぱいすきになれるようにがんばるから。だから、つぐを嫌いにならないでよっ!!』

 

 そう言って、我が事のように大泣きしてくれた人がいた。

 

 変われたのはきっとあの涙のおかげ。

 

 自信をつけるのは難しいけれど、今はそんなに───嫌いじゃない。

 

 

       ◇

 

 

 じりじりと肌が焼ける。校舎を出て、眩いばかりの陽光に目がくらんだ。時刻はすでに夕方だ。それでも西からの日差しは衰えることを知らず、世界を赤く燃やしていた。

 

 いよいよ夏だなぁ、と羽沢つぐみは夕映えの中で独りごちる。

 

 ブラウスの下が少し汗ばんで気持ちが悪い。つぐみは通学鞄を肩にかけ、制服の上着を手で持っていた。暖かいから暑いへの急激な変化を感知できなかったのだ。

 

「昨日まで、まだそこまで暑くなかったのに……」

 

 太陽に向けて、恨みがましい声がこぼれる。授業中は教室に冷房が効いているので、学校にいるほとんどの時間を快適に過ごすことができていた。しかし生徒会の雑務で校内を歩き回れば、うんざりするほど身体に熱が溜まっている。

 

『夏の屋上はホント地獄。床が白いから日光の照り返しが酷くて目も開けてられない。日光とセットで両面焼きにされるかと思った』

 

 なんて嘯いて翌日から半袖で登校するようになった蘭を少しは見習うべきだったか。

 

 ───もう明日から上着はいらないかな。

 

 照り付ける西日を手で遮りながら、つぐみは校門へ向かって歩き出す。そこで見慣れた人影に出くわした。

 

「あっ、ひまりちゃん!」

 

 肩にかかる長さの髪をおさげにし、首の両側から垂らしている。見慣れた後ろ姿につぐみは声を投げた。目前のひまりが振り返る。

 

「つぐー! いま帰り? 生徒会の仕事?」

 

「うん。さっき終わったところ。ひまりちゃんは部活終わり?」

 

「そうだよー。これから帰るところ」

 

 暑くなったよねー、と急な気象の変化に愚痴を零しながら、自然と二人並んで帰途に着く。

 

「もう砂糖の気分だよー」

 

「砂糖? どうして? 女の子だから?」

 

「溶けそう」

 

「あー」

 

「───待ってつぐ。女の子だからってどういう意味?」

 

「えっ? 前にひまりちゃんが教えてくれた格言? にそんなのなかったっけ? えーっと……ルイス・キャロル?」

 

「───うそ。全然覚えてない」

 

 そんな益体もない会話を楽しみながらしばらく歩いたときのことだ。

 

「あっ!」

 

 と、唐突につぐみが何かを思い出したような声を出した。

 

「忘れてた。筆箱のチャックの部分が壊れたから買って帰ろうと思ってたんだ」

 

「どこで買うの?」

 

「うーん。色々見てみたいし、ショッピングモールまで行こうかなって思ってたんだけど」

 

 帰りしな、たまたまひまりと出会ったとこですっかり抜け落ちてしまっていた。

 

 どうしよう、とつぐみは少しだけ悩む。困ると言えば困るが、言うほど急ぎというわけでもない。数日ほど不便さを甘受すれば、週末に買いに行ってもいいくらいの緊急度。

 

 ひまりと帰り道を同じにしているのだから、わざわざここで別れてショッピングモールへ向かうほどでもないかな、とつぐみは思案した。

 

 別に明日でいいや、とつぐみが口を開く前に、

 

「じゃあ今から行こっか!」

 

 そうひまりから声をかけられた。

 

「いいの?」

 

 ひまりも一緒に着いてくると言うのならつぐみに否はない。つぐみはひとつ頷いて、ひまりとともにショッピングモールへ向かった。

 

 とは言え、この選択は誤りだったと二人はすぐに後悔した。ショッピングモールに到着する頃には二人とも疲労が顔に色濃く浮かび、額には玉の汗が吹き出している。

 

 季節は夏。ハンカチで汗を拭いながら、一歩進むごとに太陽への恨みを募らせる。モールに到着するころにはつぐみもひまりも汗だくで疲れ果てていた。

 

「───あー。涼しい……」

 

 自動ドアをくぐり、モール内の冷気を全身で浴びる。途端、どちらともなく気の抜ける声を上げた。

 

 日の入りまではまだ時間がある。気温が高い中、長距離を徒歩で移動するのはさすがに堪えた。休日の朝方に出かけたほうがまだマシだったかもしれない。少なくともつぐみが手に持っている上着はすこぶる邪魔であった。

 

 思い立ったが吉日とは言うが、今回ばかりは失敗したと思わざるを得ない。

 

 まぁいいや、とエアコンの働きに気を良くしたつぐみはすぐに気分を切り替える。

 

 一息つきながら、つぐみは入り口近くに設けられたモール内の見取り図に目を通す。雑貨屋の場所を確認すると、つぐみたちが入った入り口から一番遠くに位置していた。

 

「買い物はすぐに終わらせるから、ちょっと涼んでから帰ろうか」

 

 雑貨屋へ着くまでの順路にカフェがある。帰りはそこへ寄ろうとひまりを誘った。

 

「うん! わかった。でも急がなくてもいいからね」

 

 笑顔で頷くひまりに、つぐみもまた笑みを返した。二人並んで雑貨屋へ向かう。

 

 つぐみたちはモールの中に入っている雑貨屋に踏み入ると、筆箱が置かれているコーナーを一通り眺めた。

 

 いろとりどりのかわいいものが端から端まで並んでいる。人によっては店内を見て回るだけで数時間は潰せそう。

 

 しかしつぐみはざっと流し見しただけで、次に使う筆箱を決定した。シンプルな装いで収納量が多いもの。はじめはもう少し吟味するつもりでいたが、疲労的な問題で即決した。

 

 雑貨屋含め、モール内には空調が行き届いており、汗はすでに引いている。それはそれとして陽射しと道のりに削られた体力は戻ってこない。

 

「もういいの? 色々見て回るんでしょ?」

 

「うん。たぶん時間をかけてもこれを選ぶと思うから」

 

 そう自分の感性を信じることにした。というか、少しでもはやく腰を落ち着けて、あとはのんびりしたかった。

 

「でもつぐ」

 

「いいからいいから」

 

 何か言い募ろうとするひまりを連れ立って、つぐみはモール内のカフェへ足を向けた。

 

 移動中、つぐみは何度かひまりに声をかけたが、なぜかひまりの機嫌はよろしくない。雑貨屋へ向かう途中にも見たカフェが再び視界に入る。入店し、店員が来るのをわずかに待つ。案内に来たウェイトレスに二人であることを告げると、四人がけのテーブルへ案内された。

 

 いまの時間帯は学校終わりの高校生が多そうな印象だが、混んではいないようだった。ざっとメニュー表を見て、つぐみとひまりはケーキセットを選んだ。

 

「本当に良かったの?」

 

 注文を終え、ケーキセットが運ばれてくるまでの間にひまりが口を開く。

 

「別に不満は無いよ。気に入ったから買ったんだし」

 

 そうつぐみが答えても、ひまりは憮然としたままで、釈然としていないように見える。ひまりから見れば、つぐみの決め方が気に入らなかったらしい。

 

 そんなひまりの態度につぐみはくすくすと笑ってしまった。

 

「ちょっとつぐー! なんで笑うのさー!」

 

 ますます不機嫌になるひまりを余所に、つぐみは口元を手で隠しながらなおも笑い声を上げる。

 

「ごめんごめん。こういうの、前にもあったなーって思い出しちゃって」

 

「……そうだっけ?」

 

「うん。本当に適当に選んだわけじゃないから。そんなに気になるなら、ケーキ食べたら服見に行こうよ。ちょうど新しい夏物が欲しいと思ってたし」

 

「私に気を遣ってはやく切り上げたんじゃないならいいんだ。オーケー! 服も見に行こう!」

 

 そうこう話している内に注文したケーキが運ばれてくる。ケーキに舌鼓を打ち、すべてを胃に収めると、つぐみとひまりはモール内のアパレルショップを目指した。

 

 女性用の衣類売り場はたしか二階。エスカレータで階を上がると、すべてのテナントを見て回る。

 

 今度は気力も十分あり、つぐみは急くことも休息を求めることもなくウィンドウショッピングを楽しむ。

 

「あっ! これつぐに似合いそう」

 

 ひまりが声を上げる。

 

 彼女の視線の先には一体のマネキンが安置されており、白と黒のボーダーシャツ、ライトピンクのフレアスカート、薄手のサマーカーディガンで着飾れている。

 

 ひまりが指しているのはサマーカーディガンだ。色はグレー。七分袖のそれは、下に着ているボーダー柄が透けるほどに薄く、とても軽そう。色合い的にもつぐみが持っている服と合わせるのに苦労しなさそうだ。

 

「うん! とっても良いと思う! やっぱりひまりちゃんと見て回ると参考になるね」

 

 つぐみの称賛に、ひまりは「そうかな」と照れたように笑った。

 

 ふと、展示されている別のマネキンが目についた。モノトーン調で花柄のノースリーブワンピース。

 

「このワンピース、ひまりちゃんに似合うんじゃない?」

 

 目前の親友は明るい色彩のガーリースタイルをこれ以上無いくらいに着こなすが、モード系の服装もカッコよくキメてくれる。

 

 そう思ってひまりに勧めてみたのだが、彼女の表情はどこか曇ってしまったように見える。

 

「…………うん。そうだね」

 

 返事もどこか気が乗らない様子だ。いつもならオーバーなくらいの返事をしてくれるのに。

 

 ───趣味じゃないもの勧めちゃったかな。

 

 それはそれで、蘭やモカ、巴を引き合いに出してもっと似合う友人の名前を上げるのが常なのだが。

 

 どこか気落ちしている様子のひまりに、らしくないなとつぐみは思った。

 

「こんにちは。つぐみちゃんよね?」

 

 どうかしたの? というひまりに向けた言葉は、突如かけられた挨拶に呑まざるを得なかった。

 

 声の方を向くと、見覚えのある女性がつぐみに笑いかけてくる。つぐみはすぐにその女性が誰か思い出した。羽沢珈琲店の常連客だ。結構な頻度で店に通ってくれていて、それなりに話をするようになった人。

 

「こんにちは。店の外で会うなんて珍しいですね」

 

 つぐみはすぐに余所行きの、接客業に相応しいアルカイックスマイルを浮かべて対応する。

 

「あ、お友達と来てた? ごめんね。ちょっと見かけて挨拶したかっただけだから。いつもお店の手伝いで大変そうだし、たまには友だちと楽しんでね」

 

 また遊びに行くよ、と告げて女性はすぐに立ち去って行った。煮え切らない、どうとでも受け取れる相槌と笑顔でつぐみはその背中を見送った。

 

 本当にそれだけの用だったみたいだ。

 

「いまの、お客さん?」

 

「うん。よく来てくれる人」

 

 気がつけばひまりは普段どおりの笑顔を浮かべている。

 

 なんだか今日はいろいろと間を外しちゃうなぁ、などと考えながら、つぐみはひまりとウィンドウショッピングを楽しんだ。

 

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