盾の悪魔の成り上がり   作:血糊

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盾と魔王

 「……誰だ」

 

 「あら、助けた人に向けてその言い草は少々不躾ではなくって?」

 

 「……チッ」

 

 

 

 二次元の高慢そうなお嬢様系キャラが出しそうな声での咎めに、舌打ちで返す。

 

 面倒臭い奴に助けられたようだ。ついていないな。

 

 

 

 「どうしてお前は俺を助けたんだ。この国では俺をこうやって助けてもメリットはないぞ」

 

 「……死にたかったのかしら? なら残念だったわね。あなたは死ねませんわ」

 

 

 

 ああ、そういう奴か。

 

 俺の問いに返された宣告に、内心毒づく。

 

 

 

 「……そうか」

 

 「あら? 言うまでもなく大人しくなってくれるのね」

 

 「抵抗した方が良かったか?」

 

 「いいえ。対価の話がすぐ出来るんだから、わたくし的には無抵抗な方がいいわ」

 

 

 

 それじゃあ、本題に入るわよ、と女が続けようとした所で、俺は口を挟む。

 

 

 

 「その本題とやらに入る前に聞かせてくれるか。お前の名前を」

 

 「聞いた方から名乗るのが礼儀ではなくって?」

 

 「そうだったな。俺は岩谷尚文だ」

 

 「尚文、ね。わたくしの名前はブラッドよ。それじゃあ尚文。本題の、盾の勇者である貴方を助けた対価と言うものだけど、別に難しいことじゃないわ」

 

 

 やはり分かっていたようだ。そのことに俺が顔をしかめるのにも目も暮れず、ブラッドは唐突に踵を返すと、洞窟の中へと歩いていく。

 

 途中で足を止め、こちらに鮮血のような流し目をくれたことで、ついてこいという意味だと俺は気づいた。

 

 俺は立ち上がり、歩き始めたブラッドの黒水晶の長髪を追いかけた。

 

 

 

 「ここよ。好きなだけ取っていって頂戴」

 

 

 

 ブラッドが俺を案内してくれたのは、まるでホテルのエントランスホールみたいに広い洞窟の最奥部。中心に鎮座した翡翠の水晶が辺りを照らしてくれているおかげで、神秘的な空間に見えて、それでいて見えやすい。

 

 だが、俺が絶句したのはその空間に無造作に捨てられ、山となっていた魔物や植物、鉱石、本等の素材の数々だった。

 

 間違いなくヤバイのが混じってるよなこれ……

 

 

 

 「わたくしのお勧めは、このネクロノミコンという書物ね。人間達が作り出して、結局彼らから存在すら忘れ去られた劇薬のレシピが載ってるのよ?」

 

 「ちょっと待てそれは間違いなく危険な奴だよな!?」

 

 「そうね。この書物に刻まれている呪文を唱えれば、たった一人でも儀式魔法が行使できるから、これを使ってわたくしを消しに来た奴もいたのよ。『これは正義の鉄槌だー』とか言いながらやってきてたわ」

 

 

 

 山から取り出し、嬉々として俺に差し出してきた本は予想通り物凄く危険なものだった。

 

 ネクロノミコンって確かラヴクラフトが手がけた作品だったよな。そのラヴクラフトはクトゥルフ神話の原作者。

 

 その本の内容自体はよく知らないが、まあ原作者が原作者な時点でどんなものなのかは察しがつく。

 

 

 

 「儀式魔法がなんなのかは知らないが、間違いなく物凄い魔法だって言うのは分かるな」

 

 「そうね。ま、これは間違いなく冒涜的存在の本だから、聖職者の代表足ろう者が持ってるのはおかしな話だと思うけど」

 

 「……教皇か?」

 

 「確かそう名乗ってたわね。でも、魂も腐った味がしたから間違いなく性根は腐ってたわ」

 

 「魂に味があるのか? というか、食べれるのか」

 

 「食べれるわよ。魂はその人間の根本が味に現れるんだから。まあ、竜帝だから食べれるだけよ」

 

 「竜帝?」

 

 

 

 ばさっ。

 

 突然ブラッドの背中からドラゴンみたいな羽が生えた。ついでにねじれた双角と尻尾もにょきっと。

 

 ブラッドは人間じゃなかった。人間の形をしたナニカだった。

 

 

 

 「竜の王みたいなものと考えてくれたらいいわよ。でも人間達からは何故か『魔王』って呼ばれていたんだけどね」

 

 「だろうな。今のお前の姿、間違いなく魔王に見えるぞ」

 

 

 

 そりゃそうだろ。

 

 黒水晶の髪は禍々しい紫のオーラを出しながら浮き上がっている。血のように赤い瞳だって左目が蒼穹の色となって、光り輝いている。

 

 その上白磁といっても差し支えないだろう肌には血管のように赤い筋が浮かび上がっている。

 

 闇落ち王女が魔王に覚醒したとかいう設定が似合いそうな感じだ。

 

 

 

 

 「そんなに悪く見えるかしら……」

 

 「見えるな」

 

 「そんなぁ……」

 

 

 

 しゅーんと落ち込んでしまった。

 

 ちょっと言い過ぎたかもしれない。もう少しオブラートにするべきか、それか遠まわしに言った方がよかったかもしれない。

 

 

 

 「あー悪い。言いすぎた」

 

 「……分かってるわよ。悪気がないくらい。もうこのことは水に流しましょう」

 

 「割り切るの早いな」

 

 「伊達に長生きしてるわけじゃないのよ?」

 

 

 

 むっとした顔で言い返してくるブラッドからは、外見年齢と比べていくらか幼さを感じる。

 

 冤罪にかけられてから、俺は初めて和やかな気持ちになれた。

 

 ビスクドールみたいに顔が整って美人と言える顔立ちではある。だが、顔だけはいいクソビッチとは違って、ブラッドには愛嬌というものがあった。

 

 

 

 「そういえば、俺よりも長く生きてたんだったな」

 

 「バカにされた……うーっ、ああもう、さっさと好きなものを取っていきなさいよ」

 

 「ああ、そうさせてもらおう。好きなだけと言われても、どれくらいまでならいいんだ?」

 

 「……ふんっ、もうわたくしはここから引き払うの! だから全部持ってっていいのっ!」

 

 

 

 ブラッドがすねた。

 

 それを尻目に、俺は素材の山を次々に盾へと放り込んでいった。この際、もうどれだけやばいのがあっても無視することにした。

 

 で、積み上げられた全ての素材を盾に入れたものの、ほとんどはレベル不足で解放されることはなかった。

 

 

 

 「入れ終わったぞ」

 

 「そう。なら本題に入るわよ」

 

 

 

 ご機嫌ナナメ状態から回復したブラッドが立ち上がり、俺に向き直った。

 

 そして、真剣な面持ちで語り始める。

 

 

 

 「わたくしには昔から夢があるの。世界を守る勇者の力になりたいという夢が。でも、仲間になりたいと志願しても他の勇者はわたくしを邪険にして、敵と見なして、襲い掛かってきた。わたくしは別に何か悪いことをしたわけじゃないのに」

 

 「……」

 

 「分からなかったの。どうして勇者はわたくしを敵と見るのでしょう。いや、この世界中から、わたくしは敵と見なされていたのはどうしてなのでしょうね。正直、時折いっそこの世界を消したいと何度も思ったわ。でも、それは出来なかった」

 

 「……」

 

 「世界を滅ぼすことは、私の人生の意味を覆してしてしまうから。肉体が朽ちて魂だけの存在になって、それでも尚、この世界に居続ける意味を全否定するようなことをしたら、それこそわたくしは完全に死ぬ」

 

 「……」

 

 「わたくしが長い年月を生きて永らえてきた意味を見出したかった。そして、それがもうすぐ叶えられる」

 

 

 

 ……ブラッドはもう死んでいた。死んで、魂だけの存在になっても尚、勇者の力になりたいという願いが、執着が彼女を現世に繋ぎ止めていたと言うことだ。

 

 彼女の言う対価。おそらくは……

 

 

 

 「だから尚文――いいえ盾の勇者様。わたくしを、貴方の力にならせてほしいのです」

 

 

 

 丁寧な言葉使いに変わったブラッドが俺に歩み寄る。そして、純白の長手袋をつけた手で俺の盾の緑の石の部分に触れる。

 

 

 

 「ですが、単なる仲間では、わたくしは願いを叶える前に消えるかもしれません。朽ちることのない依り代が必要なのです」

 

 「まさか……」

 

 「ええ。貴方の盾を、わたくしの依り代とさせて下さい」

 

 

 

 ふ、と笑ったブラッドが、鮮やかな赤の粒子となり、俺の盾に吸い込まれていった。

 

 俺だけが残った空間に唯一残された翡翠の水晶が眩い光を放ち、砕け散ると共に、俺の意識も白に塗りつぶされていった。

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