盾の悪魔の成り上がり 作:血糊
……これは、何だ?
白は黄に、黄は蒼に、青は紅に。くるくると視界の色が変わっていく。
紅の中に翡翠が混じるが、二色は濁り、赤黒い血へと変わったと思いきや、端から茶色に塗りつぶされていく。
そして桜色へと変わっていくと、次は金に彩られた。
鮮やかで綺麗な視界は、突如として何処からともなく表れた黒に塗りつぶされた。
その上に何度も茶色が、金色が載せられていくがその都度に黒がそれを覆い隠していった。
そして、まるで希望のようだった光は消え、絶望の黒だけが残る。その黒の上からまるで紙芝居のように、あの冤罪の風景が描かれていく。ご丁寧にも音声付きで。
胸糞悪い光景に、怒りどころか殺意が湧いてくる。
あの女が俺に向けて嘲笑った姿が見えたときには、本気で死ねと思った。
そして俺がその風景から出て行こうとしたところで、鮮やかな緑がかかり始める。
植物のように鮮やかな緑。ほとんどそれに視界が染められたところで、黒水晶の女が現れる。
純白のドレスの裾を翻し、鮮血と蒼穹の瞳がこちらを見据える。
肉厚の唇が開き、告げる。
――自らの抱く憎悪は世界を救える。勇者様、今一度悪魔となり、その憎悪を糧とした呪いの盾で、どうかこの世界をお救い下さいませ。
女がこちらに手を伸ばそうとすると、伸ばした指先から赤い粒子へと崩壊していき、その身を全て粒子に成り果てさせた。
そして、女の形をしていた粒子は一つの形へと収束していく――
気がついたときには、俺は王都の近くの村の前に立っていた。
……確か、リユート村だったか。
平和そうな印象の村を照らす太陽は、もうその体を半分にまで隠していた。
夕方か。フェンリルに襲われたときは昼前だったっけか。
となると、結構な時間が経っているのだろう。その間は寝てたのかそれともそのまま歩いてたのかは分からないが。
俺は盾に目をやる。
「……なんだこれ」
思わずそう言ってしまった。その盾は俺の見たことの無いもの……正確には夢で見た盾だった。
全体的に赤黒い、禍々しいというような見た目の盾だ。いつもは緑色をしているはずの石は、赤色になっていた。
ただの盾ではないのだという事は見て分かる。一応ウェポンブックを開いてどんなものか確認してみる。
……ウェポンブックのツリーが反転して赤黒い、不気味な物になっていた。
カースシリーズ
憤怒の盾
能力未解放……装備ボーナス、スキル「チェンジシールド(攻)」「アイアンメイデン」
専用効果 セルフカースバーニング 腕力向上
ココロガウミダス、サツイノ盾……。
……おい、説明文。
ブラッドの言っていた憎悪を糧にした呪いの盾ってこれのことか。
……この不穏そうな盾で頑張れ、と。
どうしてこの先が不安を煽るようなものを与えてくれるんだよ……まあ確かに強そうではあるけどさ。
……今日はもう王都に戻ろうか。
そう考え、俺は妙に軽い足を動かし王都へと駆け戻った。
「キャアッ! ひったくりよ、誰か捕まえて!」
城下町に入り、露店がならぶ所を歩いていると、突然そんな甲高い声が聞こえた。
それと共に、いかにも怪しい男が片手にバックパックを、片手に片刃の剣を持ってこちらに向かってきた。
「オラ! どかねえと刺すぞ!」
通り魔かよ。
面倒臭い場面に差し掛かったことに苛立ちが出来る。だがその苛立ちが妙に激しいようなと思考の片隅でそう疑問を抱くが、それよりも突っ込んでくるひったくり犯をどうにかしなければならない。
ひったくり犯は片刃の剣を振りかぶる。あ、これ当たるな。
ろくに戦闘経験もないものの、間一髪なんとか盾をかざして防御は出来た。
……防御、は出来たのだが、防御した盾が問題だった。
「いっ―――ギャアアアアアアアアアア!!!?」
防御した盾から、なんと炎が噴出したのだ。
おそらくカウンターとかそういうのなんだろうが、その近接攻撃をしてきたひったくり犯がもろにその炎を食らってしまった。
丸焦げになってしまい、その場に倒れてしまったが、一応まだ生きてるようだ。
ただ、生きてるとはいっても、かなりのダメージを与えてしまっているようだが。
……やばい、憤怒の盾のままだった。
多分、あの炎がセルフカースバーニングという専用効果なんだと思う。カウンター技だからか威力が桁違いだ。
……確かにまあ、これほどの威力なら俺一人でも戦えそうだな。
ただ、セルフカースバーニングが発動した時、さっきまで抱いていた苛立ちみたいなのが少し抜けていったように思えた。
もしかしたら苛立ちと言うか怒りが妙に増幅する原因はこれなのかもしれない。
刹那の数秒間で、俺はこの盾についてを大体考察する。
そして、黒コゲのひったくり犯に目をやる。
……バックパックは少し焦げている所があるが、無事だったようだ。
ひったくり犯からそれを回収する。そして集まっている野次馬のなかから、被害者と思われる人物を見つけ出さないといけないのだが、生憎数が多い。どこにいるんだよ。
「あ、あの……それ、私のです」
「そうか」
すぐに名乗りを上げてくれた鎧を着た女にバックパックを投げ渡す。
とんだ災難だったが、さっさと立ち去らないと。まだ俺の正体がばれていないうちに。
「あーーーーー! てめえ盾の勇者だな!!」
速攻でバレた。しかも面倒なことにひったくり犯にだ。
この先こいつが言う事は大体察しがつく。
「皆さん違うんです! 俺はあの盾の勇者に操られてやっただけなんですよ! 少しでも自分の風聞を良くするためだとか言って!」
思ったとおりだった。あんにゃろ俺に罪を擦り付けやがった。
俺の正体を見破った時の口上からもう色々とおかしなところがある言い分だが、どうせこの国の連中は素直に信じるだろうな。
そう思って野次馬どもを見回すと、案の定俺に非難の目が集まっていた。
ああ、くそ。どいつもこいつも俺を悪者扱いしやがる。俺が何をしたって言うんだよ……
どうせここで違うって言ったって、誰も信じてくれないだろう。ここでちんたらしてたら国の衛兵が来るかもしれない。面倒なことになる前に逃げないと。
俺は元来た道を走る。野次馬の波は無理やり掻き分けていく。
「おい、ちょっと待て!」
「っどけ!」
俺の腕を掴んできたやつを突き飛ばす。悪いが、ここで捕まるわけにはいかないからな。
そのまま波を抜けた後は、とにかく街の中の、宿屋めがけて走る。あの道の方が早く着くが、もう通れないため、遠回りになるが。
……また俺の印象が悪化する噂が明日には跋扈しているだろう。人助けしたはずが返って犯人にされるなんて、本当に、ついていない。
「……何を勘違いしたのかしらね。別に悪いのはこいつだけなのに」
ついさっき、不運にもひったくりに遭ってしまった女冒険者は、ひったくられた荷物を取り返してくれた青年が走り去った方を見ながら、溜息をつく。
盾の勇者に操られていた。そう言ったひったくり犯を信じるようなバカな奴なんて居ない。
そもそも前提からしておかしいというのに。もしも本当にひったくり犯の言うとおりだとしたら、どうして彼は女冒険者にとられた荷物を渡した後、盾の勇者だと名乗ることもなくここから立ち去ろうとするのだろうか?
普通ならここで正体を現して、少しでも名誉の回復をしなければならないだろうに。それをしないのは、自分の正体が盾の勇者だとばれたくなかったからだろう。
この国での強姦罪は国家反逆罪と同じくらい重罪だ。処刑されてもおかしくない。未遂とはいえ、強姦をしようとしたという醜聞が付け回っている盾の勇者とばれれば、感謝されるどころか、むしろひったくりの主犯だと言われて石を投げられるのが落ち。
自分が盾の勇者だと名乗っていたらひったくり犯の言い分を信じる人も出てはいただろう。だが、彼は名乗ろうともせずにさっさとここから去ろうとしていた……
あれを見て今回の事件の真犯人だと信じるのは、よっぽどの三勇教信者じゃなきゃありえない。
「なんでだよ、俺はただ盾の悪魔に操られていただけだぞ!? なんで何も悪くない俺が捕まらなきゃいけねえんだよ! 捕まえられるべきは善良な一市民の俺を攻撃した盾の悪魔だろ!?」
普段なら盾の勇者を排斥するだろう衛兵も、流石に呆れ顔だ。
こいつは盾の悪魔よりもおかしい奴だ、いかれてる奴だと思われている。そりゃそうだ。
あんな操られていたとは思えないようなゲスな顔してひったくりをする奴の、どこが善良な一市民だと思われるところがあるのだろうか。むしろ完全なドクズだろ。
というか本当に何も悪くないのは盾の勇者の方だろうに。
……野次馬達は皆揃って、盾の勇者に同情するのだった。とばっちり受けて災難だったね、と。
ちなみに、あの時皆が盾の勇者だった青年に非難の目を向けてしまったのは、こいつがあの強姦魔とかいう盾の勇者なのか!? と心の中で思ってしまったからだ。だがその青年の佇まいと雰囲気で一部の野次馬は強姦未遂って冤罪じゃないのか? と疑うことになった。
なぜそう思ったのか? 答えは至極シンプルだ。
強姦が出来るような攻め系男子に見えなかったからだ。
むしろ気づけば押し倒されてて、相手に美味しく頂かれちゃうような受け系男子に見えたのだ。
……彼、モブレされそうな感じの男の子だったなぁと、現場に居た
余談だが、被害に遭った女冒険者は、この出来事の後に自分の得意な絵で盾の勇者が受けの同人誌を描いた。
そしてその同人誌は即日完売し、重版が決定したんだとか。