フレームアームズ・ガール外伝~その大きな手で私を抱いて~ 作:コマネチ
――真っ暗だ。何も聞こえない……。何も見えない。……真っ暗ってなんだっけ?今まで私は光を見ていた気がする。……光ってなんだっけ?
「……ティレット……スティレット……」
何かが聞こえる。誰?スティレットって……、……徐々に思考がハッキリして、解らなかったものの意味が解ってくる。見える。光が。
「ん……ん」
スティレット。そう呼ばれた私は目を開けた。そうだ。これは過去だ。私が以前のマスターの所で目を覚ました記憶。いえ記録だ。私のデータ整理の際の記録。
「……あなたは?」
目の前の少年に私は話しかける。今のマスターと年齢はそう変わらない。
「君のマスターだよ。ユーザー登録は残ってるだろう?」
自分の記憶を確認。そして目の前のマスターが私の記録のマスターと同一人物と確定。
「確定しました。あなたが私のマスターですね?」
「凄いや。アップデート前と比べてずっと自然に喋ってる」
「?アップデート?」
「FA社に申請すれば第二世代型にパーツや自我を改良してくれるっていってたんだけど、ここまで変わるもんなんだ!またよろしくね!スティレット!」
「マスター。はい。よろしくお願いします」
私はスティレット。第二世代型のFAG、いや、人工自我にアップデートを施された第一世代型のFAG。試作型轟雷達のもたらしたデータにより、私達第一世代型にも製造元であるFA社から、申請によるアップグレードが施され、第二世代と同様の性能と情緒を与えらた。
「スティレット。どうだった?今の心で飛ぶ空は」
「見るもの全てが美しいです。空も、町も、人間も」
「君も綺麗だよ」
アップデートしてくれたマスターは私を大切にしてくれた。しかし……。
「お前、まだ第一世代なのかよ。第二世代はいいぜ」
アップグレードを受けたとはいえ、私の周囲の視線は第一世代のままだった。
「だからどうしたんだよ。こいつは家族だ」
最初はマスターもそれに対して、だからどうしたと言わんばかりに毅然とした態度で答えていた。だが次第に、第二世代型のFAGを羨ましく見る様になっていた。
「マスター……、第一世代の私は……嫌ですか?」
「そんなことないよ。お前は友達で、家族だよ」
次第に私に対する態度もマスターは変化してきた。表面上は変わりなく接しているように見えても、私には解った。そしてある日……
「ここで待っていてくれ。必ずすぐに迎えに来るから。俺が来るまで、ここでじっとしていてくれ」
河川敷の土手、そう言ってマスターは私を置いてその場から離れていった。空は曇り空。もうすぐ雨が降る。
「マスター……待ってるから……」
その日はマスターは……迎えには来ませんでした。夜が来て、朝が来て、そして私達にとって天敵である雨が降ってきた。
「マスター……本当はね……解ってたよ。こないって」
雨に打たれながら私はマスターに捨てられたという事が理解していた。私達の体を構成するナノマシンは水により機能を停止する。飛ぶ為のエンジンが、手が、足が、動かなくなっていった。横向きで空を仰ぎながら、私は泣いていた。
「こんな気持ちになるんだったら……人形のままの方がよかった……。誰か……助けて……」
そう言って私の視界はブラックアウト。後は楽だ。このまま私は……死ぬ。あの日、アップデートを施された起動前の様に、もう何も見えない。聞こえない。
――ドクン!ドクン!――
聞こえないって、そう思ったのに、聞こえた。これは人間の心臓の音だ。命の脈動は「死ぬな。生きろ」そう私に訴えるように聞こえた。
「何よ……うるさいわね……」
そう言って、私は目を覚ます。目の前の風景、まるで模型店の内装の様な景色、人間の言う天国という奴だろうかとその時は思った。
「……FAGにも天国ってあるのね。にしても華が無い風景です事」
「何を言ってるんですか!これは現実ですよ!」
声が気になって振り向くと、轟雷タイプがいた。私の反応を見るや否や抱き付く。
「良かった!気が付いて!!」
「い!いきなり何よ!」
引きはがそうと腕を動かすと外側のサブアームが轟雷を引きはがす。私の本来の腕は全く反応しなくなっていた。
「な!何よこれ!」
私の手足は、某キマリスヴィダールの手足が追加されており、本来の足は外されていた。
「手足のナノマシンが駄目になっていたからさ。応急処置だけど交換させてもらったよ」
轟雷のマスターだ。他にもFAGを連れたマスターらしき人物が何人かいた。レーフとライもいた。
「俺が助けてやったんだからさ。感謝しろよ」
そう得意げに言ったのは現在のマスターになる人だった。今の私に生きている意味なんてない。そう思って怒鳴った。
「なんで……なんで助けたのよ!」
「待って下さい!この人が気づいてくれたからあなたは助かったんですよ!」
「私マスターに捨てられたのよ!こんな私に生きてる意味なんて!」
「……だってお前、『助けて』って言ったじゃんか」
「え?」
「そう言ったって事はお前はまだ死にたくないって事だろ」
「……」
確かに無意識に呟いた記録はある。でもそれで私の生きる意味であるマスターは……。
「この方は雨からあなたを守るべく。胸の中に入れて、助けようと必死でしたよ。感謝の気持ち位は示してもいいんじゃないですか?」
「なんかうるさいと思ったらあなたの心臓だったんだ……。おかげで目が醒めちゃったじゃない」
「良かったじゃねぇかよ」
「でも、気が付いたとはいえ、今の状態は不安定ですよ。一度メーカーに送ってオーバーホールしてもらわないと」
「お金は俺達で出すしかないなぁ」と轟雷のマスターが呟く。マスター本人がいないのだ。有志で費用は工面するしかない。
「じゃあ俺も」「僕も」「私も」と何人ものマスターが費用の工面を立候補する。人数が集まれば費用も少なくて済む。
「余計な事しないでよ。帰って来たってマスターもいないんだから、登録したマスターからは見捨てられたのよ」
「じゃあ俺の家に来いよ」
そう言ったのは現在のマスターだ。打算の無い、何も考えてなさそうな笑顔でだ。
「アイツの轟雷、見てたら俺も欲しくなっちゃってさ」
「……もういいわよ。勝手になさい。私型落ちだからね」
どうせまた捨てられる。そう思いながらぶっきらぼうな返事を私は出した。そうして、メーカー送りになって、交換が必要な部分は新品同様の状態になって帰ってきて、そして今のマスターと暮らす様になったんだっけ。……もう一年前の事だわ。でもなんで思い出したのかしら。
――ドクン!ドクン!――
あぁ、また心臓の音が聞こえる。そうだ。これマスターの心臓だ。私倒れたんだっけ。捨てられた日から、私のプログラムに雨関係でプロテクトがかかる様になったんだ。人間でいえばトラウマって奴ね。試作型スティレットがかかったという奴だわ。そしてまたマスターに抱かれたんだ。……うるさいのに、暖かい。安心する。――
――
「ん……」
スティレットは目を醒ます。見慣れたマスターの部屋だ。椅子形態になった充電デバイス「充電君」に、素体状態の彼女は繋がれていた。もう景色は暗い。夜である。
「大丈夫か?」
寝間着姿のマスターが話しかけてくる。
「……台無しな日曜日だったわね」
「いや、楽しかったぜ」
「……マスター、やっぱり私、人形よ。私に気を遣わなくてもいいんだからね」
「気なんか使ってねぇよ」
「……マスター。これ」
そう言ってスティレットはアーマーを着こむと棚の一番上に移動。マスターの目線から死角になっている場所からスティレットはある本を数冊落とす。それは……、
「あ!俺の『むっちんプリン』シリーズ!」
マスターのエロ本だった。スティレットは捨てておらず、棚の上に隠していたのだ。
「近くに隠していたのに、気づかないなんて馬鹿ね。マスター」
「お前なぁ!」
「マスター……こんな事する私……捨てたくなった?もし私が本当に捨ててたら……」
悲しげな表情でスティレットは問いかける。彼女は怖いのだ。今のマスターには全幅の信頼を寄せている。だが万が一にも、捨てられるかもしれない。自分と人間の立ち位置は等しい物ではない。だから自分は人形だと言い聞かせたのだ。自分に。
……最近はその感覚も薄れてきた。でもそれは間違いではないのか。と、今の夢でスティレットは思う。
「んなわけねぇだろ。仮に本当に捨てたってそんな事するもんか」
「でも私……あなたに、この本みたいな事、出来ないし……」
赤面するスティレットにマスターはずっこける。そういう話じゃないだろ。と突っ込む。
「もう余計な事考えんなよ。もう今日は休めよ。折角の楽しい日をこんなネガティブな気持ちで締めくくるのも嫌だろ」
「そうね。今日はありがとうマスター」
スリープモード、つまり眠ろうと装備の解除をしようとするスティレット。しかしある事を思いついて手が止まる。
「ねぇマスター」
――
「望みどおりにはしたけど、いいんだな。寝返りうっても怒るなよ」
「解ってるわよ。今日はこうして眠りたいの。良い夢が見れそう」
スティレットの提案。それは充電君をマスターのベッドに移動させ、ケーブルを伸ばしたスティレットを、マスターの心臓の真上に移動させ眠りたい。という物だった。
「俺は間違いなく悪夢見るな……」
「もう、こんな可愛い子と眠れるんだから文句言わないの!」
「しょうがねぇな。特別だからな。……おやすみ」
「おやすみなさい。マスター」
そう言ってスティレットとマスターは目を閉じる。胎児の様な丸まった格好でマスターの心臓の鼓動。それを全身で感じるスティレット。
――マスターの心臓……。ここから始まった。あれから凄い勢いで時間が経って行った。楽しい思い出ばかり。最初はそんなつもりなかったのに……どんどん一緒にいたいって思う様になってきた。……これが人間の言う『好き』って奴?
今のマスターはバカでスケベでデリカシーも無いけど……でも優しくて行動で示してくれるマスター。そんなマスターが……そんなマスターが――
「マスター。寝ちゃった?」
問いかけるスティレットにマスターは寝息で答える。どうもスティレットが鼓動に夢中になっている間、結構な時間が流れていたらしい。スティレットは起こさない様に慎重に四つん這いでマスターの顔のすぐ前に移動。
「マスター……あのね……」
そう言ってスティレットは、己の唇と、マスターの唇を重ねた。
――大好き――