「君が危険を犯す必要は全く無かったんだ!!」
あの後、オールマイトの一撃によってヘドロ状だった身体がバラバラに吹き飛んだ
そして現在、治療を受けて意識を取り戻した出久は一般の学生でありながら事件に首を突っ込んだことでヒーロー達からこっぴどく叱られていた。
「もう少しで死ぬかもしれないことになっていたんだ!そのことをちゃんと自覚しているのか!?」
「は、はい、すみません……」
自分の身の安全を顧みなかった出久のことを本気で心配しているからこそ怒り心頭になっているヒーローの言葉に出久は反論することが出来ず、心の底から反省しながらただ謝るしかない。
「だいたい君は────」
「それぐらいにしておけ」
怒っているヒーローの説教は永遠に続くかと思われたが、それは意外な人物によって中断された。
「その少年だって心から反省しているんだ。なら、これ以上とやかく言った所で母親の小言と一緒でウザがられるだけだ。それぐらいでもう充分だろう」
「ジョ、ジョジョさん……」
オールマイトの
口を閉ざしてしまったヒーローと代わり、ジョジョは地面に座る出久の前へと立つ。
「少年、君は確かにとても危険なことをした。もしかすれば、もう二度と家族や友人達に会えなくなるようなことになっていたかもしれないんだ。そのことは自覚しているか?」
「っ……!」
ジョジョにそう言われ、出久はこの時になってようやくそのことに気付かされた。
出久には友達と呼べるべき存在は居ないけれど、家族はちゃんと存在している。
もしもオールマイト達が間に合わず、出久がさっきの
脳裏に泣き崩れる両親の姿が浮かび上がり、出久の胸は罪悪感でいっぱいになった。
「行動を起こす時は後のことをちゃんと考えるんだ。後先考えずに行動を起こせば、その時は必ず自分か周りの人間に被害が及ぶことになる。どんな時でも考えるのはやめてはダメだ」
「……はい」
拳を強く握り締めながら顔を伏せる出久にはジョジョがどんな表情をしているのか見えないが、耳に聞こえてくる声は刺々しく、それがジョジョの気持ちを表していた。
しかし、それも次の瞬間には優しい声へと移り変わる。
「だが、君の行動だけは間違ってはいなかった。人質を救ける手段が何も無かったのは0点だが、直ぐに身体を動かして人質を救けようとしたのは一人のヒーローとして……いや、一人の人間として尊敬に値するよ」
「え……?」
呆けた声を出しながら思わず顔を上げた出久の視界の先に居たジョジョは先程までと変わらずに無表情で居るが、心なしか目が僅かに優しく緩んでいるように見えた。
「少年ッ!君の命がけの行動ッ!俺は敬意を表するッ!」
「────」
出久は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
これまで散々“無個性“として様々な人達から馬鹿にされてきた出久にとって、誰かから尊敬されたことなど1度たりとも無かった。
だからこそ初めてその言葉を口にされ、しかもその相手が誰もが知る有名なヒーローであるジョジョということもあって、自身の胸中を駆け巡る感情が何なのかこの時の出久には理解出来なかった。
だけど────
「君ならきっと、良いヒーローになれるだろう」
子供の頃からずっと、誰かから言って欲しかった言葉をプロのヒーローから言って貰えた。
それが、その衝撃が、いったいどれだけ凄かったことか。
「……うん……っ!」
両目から溢れてくる涙を止めることが出来ず、出久は両手で胸を強く掴みながら再び顔を伏せて嗚咽の声を何度も何度も口から出す。
ジョジョが人気ヒーローである主の理由はこれだ。彼の言葉は多くの人々に勇気を齎してくれる。
オールマイトのように表立って
「ところでだ。少年、君の名前を聞かせてくれないか?」
心から湧き上がってくる衝動に身を任せ、暫く泣き続けた出久が落ち着いたのを見計らって、ジョジョは出久の名を尋ねた。
その質問にどんな意味があるのか出久には分からなかったが、プロヒーローから名前を聞かれたことを光栄に思い、出久は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上着の袖で拭いてから堂々と答えた。
「緑谷出久です!」
出久がそう告げた途端、ジョジョは動きを止めた。
彫像のように固まったジョジョは大きく目を見開き、まるで信じられないような物でも見たと言わんばかりに出久のことを見つめる。
「そうか、君が────」
ジョジョは何かを言いかけたが、途中で口を閉ざし出久に背を向けた。
「じゃあな、緑谷。
「え……?」
そう言い残して歩き去っていくジョジョの背中を出久はただ困惑しながら見送るしかなかった。
☆☆☆
纏わり着いてくる報道陣や群衆達を振り払い、俺は人気のない路地裏を一人歩く。
まだ昼間だと言うのにどうにも世界が違って見えるような薄暗い路地裏を暫く歩いていると、一人の人物が建物の壁にもたれ掛かりながら地面に座っているのを発見した。
「こんな所に居たのか、オールマイト」
「あぁ、呼び出して悪かったね。ジョジョ」
一見すれば痩せ細った骸骨みたいな人物。それは紛れもなくオールマイト本人だ。
事件の後、活動限界が来たオールマイトは直ぐに現場を離れ、こうして人目のつかない路地裏に訪れ事情を知っている
「ちょっと頑張りすぎたみたいだ。身体が思うように動かない。悪いが、私が泊まっているホテルまで連れて行ってくれないか?」
「あぁ、それは別に構わねぇぜ。ただ……」
カツンカツンと。幽鬼を思わせるような足取りで俺はオールマイトへと近付き────
「オラァ!!」
「ぐぺっ!?」
思いっきり奴の頬を殴りつけ、倒れ伏した奴の頭を掴み上げた。
「
「痛い!待って
「Help!Heeeeeeeelp!!」と叫ぶアホの言葉を無視すること数十秒。俺の右手に掴まっているオールマイトこと八木俊典は完全に意識を失い物言わぬ骸骨へと成り下がった。
「ったく……昔からこんな役目ばっかりだ」
俊典を肩へと背負い、俺は表の通りへと歩いていく。
路地裏を抜けた直ぐ先には俺の自家用車が置いてあるので、誰かに見られるよりも先に車の中へ俊典を放り込めさえすれば『骸骨を背負ったジョジョを目撃した件について』みたいな感じのスレが立つこともあるまい。
「やれやれだぜ、本当に」
路地裏を歩きながら一人そう愚痴る。損な役目はいつだって俺だ。
それもこれも今俺の肩で気絶している俊典が全部悪い。4歳の時、“無個性“という理由で虐められていたコイツを救けなければ、俺は今頃もっと違う人生を歩んでいたことだろう。
というか、まさかあん時の泣き虫な虐められっ子が未来のオールマイトだなんて誰が予想出来るだろうか。
転生する時代を指定しなかった俺が悪いとは言え、自分がまさかのオールマイトと同じ世代であることは本当に驚愕したし、虐めっ子達から救けてやった次の日から俊典に懐かれたのはもっと驚いたものだ。
それ以来、俺と俊典は幼馴染として2人でずっと一緒に居た……と言っても、俺が行く所に俊典が勝手に着いてくる感じだったが。
しかしそれも『ワン・フォー・オール』先代後継者である師匠から俊典が“個性“を受け継ぐまでだ。それから先は俺達の関係も逆になった。
原作でもあった気がするが、オールマイトは人を救けることに関して明らかに狂っている。それは俺の知る俊典であっても同じことだった。
アイツは救けを求める誰かが居れば後先考えずに行動を起こしてしまう。だからそれによって後から起こる問題を俺が始末していた。
俊典が動く。俺が後始末する。そんな関係が何十年も続けばそれが当たり前となり、気が付くと俺はオールマイトの
勘弁してほしいと何度思ったことか。俺は他のヒーロー達と違ってまともに戦うことすら出来ない没個性なのに。
しかし世間はそんな俺の言葉なんて碌に取り合ってくれず、いつの間にか俺はヒーローランキングにおいてNO.3という地位まで得てしまった。
こちとら『ジョジョの奇妙な冒険』に出てくるキャラ達のコスプレとか台詞を真似しているだけのオタクなのに、どうしてこうなったのか俺自身でさえ未だに分からない。
そんな分不相応の地位を返還しようと試みたことは過去に何度かあるが、その度に何故か俺が謙遜していると人々から勘違いされてしまい、逆に人気が上がるという悪循環に陥ってしまうので今ではすっかり諦めている。
ともかく、そんな濃密な人生を数十年も駆け抜けてきたせいで俺の中にあったヒロアカの原作知識はすっかり薄れてしまい、今では誰が主人公だったかも忘れてしまった。
いつも一緒に居るオールマイトを除き、たまに原作キャラとして出てくるヒーロー達と会えば少しは思い出せるのだが、全部を思い出すことは不可能だった。
……
「緑谷出久、か……」
あの少年の名前を聞いた時、俺はようやく原作知識を思い出すことが出来た。
どこかで見たことあるような顔だな、とは思っていたが……そりゃ原作主人公であるならば見たこともあるに決まっている。
「やっべぇ、どうしようかな……」
原作ならば、緑谷出久はヒーロー達にこっぴどく叱られた後に家へと帰宅し、その道中でやって来たオールマイトから長年の夢であったヒーローになることを認められ、物語は大きく動き始めるのだが……ここで1つ困ったことがある。
「俺、あの子に良いヒーローになれるって言っちまったな」
彼が原作主人公だとは気付かなかったせいではあるが、しかしだからと言って問題無いとは断じて言えない。
本来なら、その言葉は彼の憧れであるオールマイトから言われる筈だった。しかし、何の因果か俺が先にその台詞を言ってしまった。
「こういうのは憧れの人から初めて言われた方がもっと心に響くしなぁ……」
オールマイトではなく何故俺なのか。もしこれで緑谷がヒーローを目指す志が原作より低くなって結果的に原作崩壊でもしようものなら俺は間違いなく自殺する自信がある。
「まぁ、とりあえずはコイツの治療からだな」
遥か先のことをいつまでも考えていても仕方ない。一先ずは俊典の治療を済ませ、緑谷に会わせなければならないだろう。
路地裏をようやく抜け、表に停めてあった車のドアを鍵で開けたら素早く開けて俊典を後部座席へと放り投げる。
そして周囲を見渡し俺達の方を見ている者が居ないかチェックしながら運転する側のドアを開けて俺も素早く運転座席へと身を滑らせた。
「はっ!?ここは!?」
「車の中だ。安心しろ、誰かにバレた様子は無い」
放り投げた衝撃で意識を取り戻した俊典にそう言いつつ、俺はシートベルトを装着しながら車のエンジンを起動させ、直ぐに車を発進させた。
「今からホテルに戻ってお前の身体を治療するぞ」
「あぁ……いや、その前に寄って欲しい所があるんだ」
「あの少年の所か?」
俺がそう言うとルームミラーに映る俊典は心底驚いたような顔をしたが、原作を知っている俺としては俊典の言葉は予想の範疇に過ぎなかったので別に驚きもしなかった。
「惹かれたんだろ?あの場で誰よりもヒーローだった彼に。自分の“個性“の後継者になってもらいたいと思うぐらいには」
むしろそう思っていなきゃ困ると考えていると、俊典は何を思ったのか僅かにため息を吐きながら穏やかな笑みを浮かべた。
「……やっぱり君は昔から凄いよ、立上くん」
「ん?何だって?」
声が小さ過ぎたことと運転している車の音のせいで俊典が何を言ったのか全く聞こえなかった。
「いや、何でもないよ。それよりあの少年の所へ向かって欲しい」
「おう」
俊典に返事をしながら、俺はこれから始まる原作を生で見れることに期待を隠せずにはいられなかった。