ガールズ&ガンダム   作:プラウドクラッド

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お恥ずかしながらアンチョビ細腕繁盛記などのドラマCDは未視聴なので千代美がアンチョビと呼ばれる経緯が公式と異なっております

今回もよろしくお願いします


PHASE-05 迷いのない戦士

 しほから自分を捨て西住流に染まるか、それができなければ黒森峰から出て行けと選択を迫られた千代美。迷う千代美の前にアンツィオ高校の教官、トレーズ・クシュリナーダが現れ、彼女が持つ強者に縛られず自分の意志を貫き進むその姿勢こそ何よりも尊ばれるべき物であり、現代の人類にとって最も必要な物であると彼女に示唆した。黒森峰に入学してからというもの自分にここまで共感してくれる人はいなかったので、千代美はまた会って話がしたいと思い別れ際にトレーズから貰った名刺を数日経った今でも大事そうに眺めていた

 

 

「安斎、何を見ているんだ?」

 

 

「げっ!な、なんでもないぞ!わはははは!」

 

 

ベッドに寝転んで名刺を眺めながら彼の事を思い出しニヤけていたためか、それを不思議に思ったまほから声をかけられ千代美はとっさにそれを隠し笑顔を取り繕った。まほは何を隠したのか気になる様ではあったが特に追求すること無く、軽く咳払いするとまた別の話題を千代美に切り出した

 

 

「今日こそ教えてくれ安斎。先日お母様と何について話していたんだ?君のこれからの処遇についての話だったのだろう?」

 

 

「またその話か·····それについては大丈夫だって言ったろう?そんな大した話じゃなかったから心配するなって!」

 

 

しほから言い渡された内容を千代美はまほに伝えなかった。しほの言葉を全て鵜呑みにした訳ではなかったが実際に自分という存在が傍にいる事でまほが西住流を継ぐに相応しい存在になる事を邪魔しているのではと思い、この問題は彼女に甘えず自分自身の手で解決するべきと考えたからであった

だがまほも馬鹿ではなかったので千代美がしほとの謁見で何を言われたかなど聞かずとも把握しており、それでも認めたくなかったのか毎日の様に彼女へ問いかけていた。というのもまほには恐れていた事があり、それはまほにとって唯一の友人·····否、親友である千代美が黒森峰を去り離れ離れになってしまう事で今まさにどこかへ行ってしまいそうな彼女を何としてでも繋ぎ止めようという心算であった。まほはそんな胸の内を千代美に伝える事はなかったが、千代美もまた彼女の想いを十分に感じていたのでこの日は黙ったままでいられず自分の迷いをそれとなく打ち明けようとした

 

 

「なぁ、まほ。·····もし私が他の学校に転校しなくちゃいけない事になったらおまえはどう思う?」

 

 

「·····っ!」

 

 

千代美からの問いを受け嫌な予感が確信へと変わったのかまほは表情を強ばらせた

 

 

「·····嫌に決まっているだろう。私がここまで成長できたのも今まで君が共に歩んでくれたからなんだ。それに君が居なくなったら私は·········」

 

 

「まほ·····?」

 

 

「·····頼む安斎。君が黒森峰に残るためならば私は何でもしよう。だから出て行く事なんて考えないで欲しい·····」

 

 

いつになく弱々しく俯いている親友の姿を目の当たりにし千代美は更に決断を悩まされた。当然ながら千代美もまほと離れ離れになどなりたくなかった。しかし自分が今まで貫いてきたモビル道を捨てるか、あるいは一番重要な時期と言える高校三年間を諦めるなんて事も選べる筈がなく結局自分一人で答えを出せぬまま日々が過ぎて行った·····

 

 

 


 

 

 

「ふむ·····それで私に連絡したという訳か」

 

 

「ごめんなさい、態々こっちの方まで来てくれて·····」

 

 

 夏も終わりかけのある日、悩みに悩んだ千代美はトレーズに相談に乗ってもらうため会いに行こうと連絡した所彼の方から此方へ出向くと応えられ、二人は本土の喫茶店で待ち合わせし合流した後に早速肝心の本題へと入っていた

 

 

「しかし西住師範の言う君の存在がまほ君の精進を邪魔しているという事と同じく、まほ君の存在が君の決断を悩ませているというのも事実だ。君達は常に同じ時を共に過ごしてきたため互いの存在を当たり前のものだと感じ過ぎているのだよ」

 

 

「·····そうかもしれません。まほと友達になったのは入学したばかりの頃でそれ以来私達はいつも一緒にいました。お互いの志しや戦い方は全く違いましたがそれでもずっと同じ道を歩いて行けると思っていました。··········私はどうすればいいんでしょうか?トレーズ様が褒めてくれた私のモビル道と同じ位·····まほは私にとって大切な親友なんです」

 

 

「·····残念だがその問いに答える事はできない。ただ一つだけ言えるのは君達二人の友情が()()()()ならばこれからも共にいるべきなのだろう」

 

 

「え·····その程度·····?」

 

 

トレーズは涼しい顔でコーヒーに口をつけながら突き放す様に言い放った。千代美はまさかトレーズからそんな事を言われるとは予想だにしてなかったので自分の耳を疑った

 

 

「私とまほの仲がその程度だなんて·····トレーズさんは私達の事を何も知らないのになんでそんな事が言えるんですか·····!」

 

 

「親友とは例え友が自分と遥か遠い存在になろうとも、自分と対立する立場に起たれる事になろうとも互いを信じ、想い合い、繋がっていると確信できる者の事であると私は思っている。傲慢な言い方をさせてもらったが君達が本当に互いを親友として認めているのならわかる筈だ」

 

 

「どんなに遠く離れていても·····そうか!」

 

 

簡単な話であった。例え自分が黒森峰を去ったとしてもまほは一人ぼっちなんかじゃない、二人の居場所が遠く離れたとしても互いを感じ合い信じ合う事ができればその繋がりが消える事など決してないのだ。故に私達が本当の親友同士である限り、その道は決して分かたれることがないのだ

 

 

「·····ありがとうございましたトレーズさん。また生意気な事言っちゃってすみません·····」

 

 

「私はあくまで君に標を与えただけに過ぎない。礼には及ばないよ」

 

 

「いやいや、おかげ様で答えが出せそうです!やっぱりトレーズさんにも大切な親友がいるんですか?」

 

 

「··········私のこれまでの人生にその様な人物はいないな。しかし何故だろうか·····子供の頃からよく夢の中に親友と名乗る会ったこともない青年が現れるのだ。ひょっとしたら前世で彼とそんな関係だったのだろうか·····」

 

 

トレーズは物憂げな顔でそう言いながら空を見上げていた。千代美はトレーズが自分の見た夢をそこまで気にかける人だとは思ってなかったので彼の意外な一面を知りニンマリと笑みを浮かべた

 

 

「トレーズさんも意外と乙女な所があるんですねぇ。その親友の人ってどんな人なんですか?」

 

 

「·····そうだな、彼は兵士としては甘い所があったが戦士としては誰よりも厳しい男だったよ。所詮夢の中に出てくるだけの人物だがね」

 

 

夢の人物にしては随分具体的だなと千代美は思った。その後二人は店を出て千代美の悩みを解決したトレーズはアンツィオへ帰ろうと立ち去ろとした所千代美に呼び止められた

 

 

「トレーズさん!もしよろしかったら今度アンツィオ高校の見学に行ってもいいですか?」

 

 

「勿論だとも。その気になったらいつでも連絡してくれたまえ」

 

 

トレーズは最後にそう言い残すと踵を返し歩き去って行った。千代美は親友であるまほとの友情はどんなに離れようとも不変のものであると気づきもはや迷ってはいなかった。自分の道を貫く事とこれからもまほの親友でいる事、千代美はどちらも叶えるため迷わず進む事を決断した

 

 

 


 

 

 夏が終わり秋も中頃になったある日、千代美はトレーズと共にアンツィオ高校の見学に向かった。千代美は転校するならば人として尊敬でき、こんな自分を認めてくれるトレーズのいるアンツィオにと考えていた。しかし現実は厳しくアンツィオ高校のモビル道はパイロットや整備技士など必要な人員が全く足りておらず、あまり資金が回って来ないせいで所有しているMSもボロボロの【EMS-10 ヅダ】が3機しかいないという同好会と呼ぶのすら難しい状態であった。というのもこの春にトレーズが教官として招かれるまでまともな活動は一切しておらず、今いる既習生達も今年入学した一年生ばかりであった。しかし実に心の底から楽しそうに、自分達なりに強くなろうと訓練に励む彼女達の姿を見て千代美は心を動かされていた

 

 

「今この学園の部隊に必要なのは優秀な指導者だ。しかし伝えるのは勝つための絶対的な手段であってはならない」

 

 

「トレーズ様〜!あと隣のウィッグの子もピザ焼いたから一緒に食べようぜ〜!」

 

 

「あの人達やけに盛り上がってると思ったらピザ焼いてたのか·····」

 

 

「これはこの学園の流儀の様なものだ。こういった先人達の築いてきた伝統は次の世代へと受け継がれ、今も彼女達と共に生き続けている。とても美しい事だと思わないかね?」

 

 

トレーズは自分の意見や望んでいる事を言葉にして表すことをしない人だったのでそのため千代美は時折頭を悩ませる事が多かった。だがトレーズがアンツィオ高校のモビル道とこれから新しく参加する者達に望んでいるのは勝利するために強者の意思に全てを委ね自分達は示された道をただ進むだけというのではなく、例え敗者になろうとも戦士一人一人が自分の心に従って戦い進み続ける姿勢であり、この学校の伝統の様に後の世代にもその姿勢が継がれていくことであった

 

 

「皆にそれを伝えるのが私の役目という事ですか?ハグハグ·····」

 

 

「フフ、どうだろうか?ただ自分の心のままに羽ばたき、自身より強大な存在に屈さず、己の意志を貫き続けた者にだけ本当の意味で未来を切り拓く事ができると私は思っている。君達若者は強大な力を手に入れる事よりも心こそ豊かにするべきなのだ」

 

 

「トレーズ様って難しい事ばっか言うけどそれがわかるってウィッグちゃんはすげぇな〜ピザ美味しい?」

 

 

「私の名前はウィッグじゃなくて安斎千代美です!後これはウィッグじゃなくて地毛です!ピザとっても美味しいです!」

 

 

「安斎千代美·····君アンチョビって名前なの!?すげぇウチの生徒になるために生まれてきたみたいじゃん!」

 

 

「あ、アンチョビ〜!?なんで私が料理の名前で呼ばれなくちゃいけないんだ〜!」

 

 

千代美は先輩達からヘンテコなあだ名で呼ばれ吠え上げた。トレーズの理想とする"迷いのない戦士"は千代美の様に戦える者の事であった。この時トレーズは千代美こそ自分の後を継ぎ全てを託せる"エピオン"であると確信していた·····

 

 

 

 

 それから月日は経ち季節は冬へと変わり、ついにしほと約束した日を迎えようとしていた

 

 

 

 

 


 

 

「失礼します。安斎千代美です」

 

 

 この日黒森峰女学園中等部のMS艦隊は訓練のために宇宙へ上がり、しほが運営する小惑星基地シュバルツ・ファングへと来ていた。そして千代美はしほに自分の選択を言い渡すべく彼女が待つ所長室へと入った

 

 

「お久しぶりですね。·····あの時は酷く言いすぎて申し訳ありませんでした。相手が中学生というのも忘れ熱くなりすぎてしまいました」

 

 

「辞めてくださいよ。こっちの決心が鈍るじゃないですか。それとも今さら私に残って欲しいとでも?」

 

 

以前話した時の非礼を詫びるしほに千代美はいたずらっ子の様な笑みを浮かべながら彼女を挑発するように返した

 

 

「·····その様子ではもう答えは出ている様ですね」

 

 

「はい。·····私はアンツィオ高校へ行きます。貴方達西住流がどんなに正統で最強の流派だったとしても染まる訳にはいきません。私は自分の道をこれからも歩むためここを出て行きます」

 

 

「アンツィオ·····彼に焚き付けられましたか。わかりました、転校にかかる費用は全て私が負担させてもらいます。·····それと前回言い忘れていましたが、貴女がこの私を倒せば西住流は貴女の物にする事ができます。そうすれば貴女は黒森峰に今のまま残る事ができますがどうでしょうか?」

 

 

しほは戦う気なのかスーツの上を脱ぎ座っていた椅子に掛けた。しかし千代美はそれに動じることなく以前と余裕そうな様子を見せていた

 

 

「今の私に家元を落とす事はできないでしょう。ですが覚悟しておいてください。私がアンツィオに行ったからにはいずれあなた達西住流を、黒森峰女学園を王者の座から引きずり下ろしてみせます」

 

 

「なる程、それが貴女の選んだ未来ですか·····わかりました、受けて立ちましょう」

 

 

しほは千代美の宣戦布告とも言える言葉を承諾した。千代美は所長室を出た時これで正式に転校が決まったがその前にやる事がある··········そう思っていたが千代美の転校を許せない彼女の声が響いた

 

 

「安斎!」

 

 

所長室を出て母艦を目指し誰もいない静かな廊下を歩いていた所、怒りを顕にしたまほが千代美の前に立ち塞がった。千代美はこれからまほに全てを説明しようとしていたが彼女の方から此方へ来たのであった

 

 

「どうしてなんだ安斎!なぜ君が出ていかなければならないんだ!」

 

 

「違うんだまほ·····これは私の選んだ事なんだ。私はこれからも自分のモビル道を貫くためにアンツィオへ行く。そのためには黒森峰(ここ)じゃ駄目なんだ·····」

 

 

「·····大丈夫だ。今から私がお母様を倒し家元の座を奪う。そうすれば君が黒森峰に残る事を誰もが認め逆らう者も皆消す事ができるだろう·····だから頼む·····」

 

 

「まほ·····そんな事が許されない事くらいおまえだってわかってる筈だろ·····?」

 

 

まほがやろうとしている事は正に絶対的強者による弾圧に過ぎなかった。だが決意を固めてしまった自分を繋ぎ止めるにはこんな事を言うしかなかったのだろう

 

 

「心配するなまほ。私達は親友だろう?たとえどんなに遠く離れても会えなくても、私達にはどんな事にだって壊されない強く繋がった絆がある·····だから一緒居なくても私達が進む道も見ている未来も同じ筈なんだ」

 

 

「安斎··········でも·····」

 

 

「私は何時だっておまえの親友だ。だから行かせて欲しい·····まほ·····」

 

 

「·····駄目だ!私は·····私は君の様にそんな考え方ができる程強くはない!」

 

 

まほは目に涙を溜めながら更に感情を激発させた。彼女だって千代美を送り出してやりたいがそれ以上に彼女とこれからも一緒にいたかったのだ。未だかつてない程自分の意思を押し通そうとするまほに千代美もまた泣きそうになってしまった。するとまほは涙を拭き再び千代美を見据え口を開いた

 

 

「私と戦え安斎·····!もし君が私に勝てば転校する事を許そう·····その代わり私が勝った時、君には残ってもらうぞ·····!」

 

 

「まほ·····」

 

 

実にわがままで傲慢な決闘の申し込みだった。しかしこれが不器用な彼女が取れる唯一の決着のつけ方だったのだろう。千代美も目に浮かぶ涙を拭いまほに言葉を返した

 

 

「いいだろうまほ!その決闘受けてやる!」

 

 

「受けてくれるのか!?··········ありがとう安斎。やはり私は君と違っていつまでも弱いままだ·····」

 

 

「そんな事言うな!それに今思えば私達はこの三年間まともに戦った事がなかったな。だから今ここで決着をつけるぞ!」

 

 

黒森峰から旅立つため、最愛の親友に認めてもらうため、千代美もまたまほとの決闘を望んだ。中学モビル道史の中で、最強のパイロットである西住まほと最高のパイロットである安斎千代美は初めて全力でぶつかり合おうとしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決闘はシュバルツ・ファング周辺の宙域で行われることなり、千代美とまほを乗せた母艦のアルビオンは港を出て決闘の場へ向かおうとしていた。アルビオンには艦を動かすのに最低限必要な人員と二人の決着を見守るためにみほとエリカがオペレーターとしてブリッジに上がっていた

 

 

『まさかお姉ちゃんと安斎さんが戦う事になるなんて·····二人とも頑張ってください!』

 

 

「ああ!しっかり見届けてくれよ!」

 

 

「先に行くぞ安斎。西住まほ、フルバーニアン出る」

 

 

まほが以前しほから受領した彼女専用のガンダム、【RX-78GP01 ガンダム試作1号機】を宇宙戦闘用に改修したガンダム試作1号機フルバーニアンは出撃用のエレベーターでMSカタパルトへ上がり、まほと共に一足先に出撃して行った

 

 

『安斎先輩。あなたの事は人としては気に入らない所ばかりでしたが戦士としては隊長と同じ位尊敬しています····お二人の決着を見届けさせてもらいます』

 

 

「ぷっ!おいおい何だよエリカ気持ち悪いな〜!けど確かにこれで最後かもしれないもんな·····」

 

 

『進路オールクリア、出撃準備完了。安斎さん·····頑張ってください!』

 

 

「·····了解した!ライトニング・エピオン安斎千代美、出るぞ!」

 

 

自分を認めてくれ、親友としていつも傍にいてくれたまほと決着をつけるため、千代美は愛機のギャンと共に決闘の宇宙へ飛翔した

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございました

トレーズ様の友情論はWガンダム本編で彼にとってゼクス・マーキスがどんな存在だったのかを、僕の独自解釈のもと妄想しながら書いたので多少違いがあるかもしれませんがご了承頂けると有難いです

次回でアンチョビの外伝はラストとなります。タイトルは『アンチョビ、その心のままに』です


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