小惑星とコロニーを連結させた訓練所シュバルツ・ファング、その周辺宙域にて·····
「行くぞまほ!」
三年間共に同じ時を過ごし同じ道を歩んできたまほと決着をつけるため、千代美は親友の乗るフルバーニアンへ吶喊した
「安斎!」
千代美と同じ想いであったまほは接近してくる彼女のギャンに牽制のためビームライフルを撃ち込んだ。千代美は突出しながらスラスターを巧みに噴かせ最小限の動きでビームを回避し、お返しにシールドに内蔵されたニードルミサイルを連射した。千代美のギャンから放たれたミサイルを回避しつつ、まほはブーストポッドと各部バーニアを使って縦横無尽に機動しながらギャンへビームを乱射した
「チッ、相変わらずバッタみたいなガンダムだ!」
まほの乗るGP01
(やはり避けるか·····流石だな!)
千代美が昔から持っていた野生動物が持つ様な勘·····それは中学三年の中で更に研ぎ澄まされ、今や視界外からの攻撃はほぼ全て察知できるまでに至り彼女に射撃を当てる事は何よりも至難の技であった
弾切れしたフルバーニアンがビームライフルのEパックを換えている間に千代美は一気に近づき格闘戦を挑もうとしたが、まほもそれに気づいておりブーストポッドと胸部バーニアを使った宙返りで千代美のギャンから距離を離した
「なんて動き·····体が壊れたらどうするんだ!」
「舐めるな!君との決着に·····出し惜しみをする訳がないだろう!」
心配する千代美にまほは激昴しその動きを更に速く激しくさせた。フルバーニアンがレギュレーション郡内でありながら使用されてこなかったのはあまりにも高い機動力とブーストポッドによってパイロットにのし掛かる負担が尋常ではなく、男女共に常人では簡単に体が破壊されてしまう程であった。だがまほはそれに耐える事ができる程肉体的にも精神的にも鍛えてきたため、しほから受け取った直後にも難なく乗りこなしてみせていた
「このままじゃ埒が明かない·····」
千代美は此処ではまほのフルバーニアンを捉えられないと思い、シュバルツ・ファングの地表へ向けて一直線に急降下した
まほはすぐ様離脱しようとする千代美のギャンの後を追い2機はシュバルツ・ファングの小惑星部分へ降り地表上を駆けた
「着いてくるか、まほ!」
「待て!安斎!」
まほは追いながら照準器を覗き前方を駆けるギャンの背部に狙いを定め、そして一発一発を確実に当てるつもりでトリガーを引いた。先程よりも回避できる方向が減った筈だが背中に目が付いてるのかと思われる程千代美はフルバーニアンからのビームを紙一重で避け続けた
「··········今!」
千代美は追ってくるフルバーニアンの方へ反転しシールドからハイドボンブを一斉射出した。まほは各部バーニアとブーストポッドを前面に噴かせ無理矢理後方へ飛翔し、ばら撒かれたハイドボンブにビームを撃ち込みそれら全てを誘爆させた
「はぁ·····はぁ··········なっ!」
身体にのし掛かったGにまほは息を切らしていたが、間髪入れずに千代美のギャンが爆煙を切り裂き此方へ吶喊して来たのであった
「おおおおおおおおおおおお!!!」
千代美はスラスターペダルをいっぱいまで踏み込みビームサーベルで刺し貫こうと一気に突進した。反応が遅れたまほだがライフルにビームジュッテを展開し間一髪ギャンのビームサーベルを受け止めた
その直後まほは頭部バルカンを撃ち込もうとすると千代美のギャンはそれをさせまいとフルバーニアンの頭部に頭突きを喰らわせた
「ギャン、もっとだ!あいつの·····まほの反応速度を超えろ!」
千代美の声に呼応する様に、ギャンはモノアイの光を独特の起動音と共に更に光らせ鍔ぜっていたまほのフルバーニアンを押し返した
バランスを崩されたフルバーニアンのマニュピレーターからビームライフルを蹴り飛ばし、再び本体に向かってサーベルを刺突し片方のブーストポッド毎左肩を刺し貫いた
「ぐっ··········安斎!!!」
まほのフルバーニアンも両眼から光を放ちギャンの胴体に蹴りを入れ吹っ飛ばすとライフルを失った方のマニュピレーターにビームサーベルを展開しシールドを装備した左腕を斬り落とした
「うああっ!まほおおおおお!!!」
二人は互いの名を叫びながらビームサーベルを打ち込みあった
ぶつかり合う斬撃一つ一つに二人は別れゆく親友への熱き想いを乗せ、その心のままにその剣を振るい合った
「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」
幾度となくビームサーベルが切り結ばれその度に生じた閃光がコックピット内の二人を照らした
格闘戦における技量が拮抗していた二人は互いに退かずぶつかり合っていたが、次第に千代美のギャンの方が機体性能差故に押され始め少しずつフルバーニアンのサーベルが掠め始めていた
「·····これが私とフルバーニアンの力だ!このまま押し切らせてもらう!」
「ああ、そうだな·····これで終わりにするぞ!」
千代美はフルバーニアンが突き刺してきたサーベルを片脚を前面に出し敢えて機体脚部のつま先で受け、刺された足がそのままサーベルの根元にまで至ると柄の部分を踏み台に後方へ宙返りして距離を取った
そして最後の力を振り絞ってまほのフルバーニアンを穿つために全力で突撃した
「行くぞギャン!おまえの力で私にまほを超えさせてくれ!うおおおおおおおおおおお!!!」
「安斎·····来い!!!」
最後の突進を仕掛ける千代美の気迫にまほは気圧されながらもギャンを迎え撃とうサーベルを構えた
彼女とモビル道をやるのはこれで最後·····そう思えば胸が張り裂ける程痛くなったが唯一対等に接してくれた親友に応えるため、最愛にして最高のライバルと決着をつけるためまほは迫って来る千代美のギャンを貫こうと地を蹴った·····
そして2機の、二人の最後の一撃は同時に互いの胴を貫き、決闘は幕を閉じたのであった··········
決闘が終わり先程まで二人が戦っていた宇宙は信じられない程静かになっていた。二人の決着を見届けたみほとエリカはジム改に乗り込み、二人と行動不能になったギャンとフルバーニアンを回収するためアルビオンから出動していた
「お姉ちゃんと安斎さん凄かったね·····今までお姉ちゃんに敵う人はいないと思ってたよ」
「··········そうね、相討ちとはいえまさか隊長が撃破される日が来るなんて·····」
今まで誰にも負ける事がなかった西住まほ。そんな彼女が初めて撃破された姿を目の当たりにエリカは未だに信じられない様子だった。みほもまた姉が撃破されるとは思ってもみなかったので改めて千代美がまほに匹敵する程のエースである事を実感させられた
「二人の機影が見えてきたわね。私は安斎さんを回収するから西住さんは隊長をお願い」
「·····あ!待って逸見さん!まだ行っちゃ駄目!」
レーダーに二人の機体を補足したが何かを察知したみほは機体を急停止させ、エリカの機体を捕まえ二人のもとへ行くのを阻んだ
「ちょっ、貴女何やってんのよ!いきなりどういうつもりよ!?」
「お願いだからもう少し待って!今二人が大事な話をしているみたいだから·····」
そう言ってみほは機体を近くの岩陰に移動し、何のつもりかわからなかったエリカはイライラしながらもみほの言う通りにし彼女の隣へ移動した
岩陰からボロボロに力尽きたギャンとフルバーニアンの方を覗くと、コックピットから降りた千代美とまほが座り込んで何か語り合っているようであった
「いやぁ〜引き分けかぁ〜!どうする?白黒つけるためにもう一回やるか?」
「いや、もう満足だ。··········ありがとう付き合ってくれて。機体性能の差がなければ間違いなく君が勝っていただろう」
「そんな事ないって。おまえの方こそ私の得意な白兵戦に付き合ってくれたじゃないか。どうしてもっとフルバーニアンの機動力を活かした堅実な戦いをしなかったんだ?」
「·····これが君との最後のモビル道だからな·····君の全てを受け止めて悔いの残らない様にしたかった。·····だが駄目みたいだな·········やはり私はまだ君と共に······」
まほは儚げに今にも崩れだしそうな様子で語った
去りゆく友を咎める事はいたくなかったが彼女を求める想いが強いからこそ堪え切る事ができなかった
「なぁ、まほ。これで最後なんかじゃないぞ。私達は離れていてもこれからも同じ道を一緒に歩いて行けるんだ」
「だが·····遠く離れてしまえば繋がりなんて·····」
「うーん、そうだなぁ·····あ!あれを見てみろ!」
千代美はそう言って二人から遠く離れた場所で輝く一つの星を指さした
「星·····?確かに綺麗だがそれがどうかしたのか·····?」
「ああいう私達が見てる星の光ってもう何年も前に輝いていたものらしいんだ。そんな星の光が長い時を超えて今ここにいる私達と繋がっているのと同じ様に、どれだけ離れ離れになってもどんなに時間が経っても私達の友情はあの星の光みたいに輝いて繋がり続けるんだ!」
千代美はまほの手を握りめいいっぱいに笑ってみせた。千代美の熱い言葉と太陽の様な笑顔にいつも照らされ、励まされてきたまほは今日もまた彼女に感謝しその手を強く握り返した
「·····そうだな、私と君の繋がりはそう簡単に切れる程脆くなかったな」
「その通り!私達の友情は永久に不滅なのだ!」
「··········ありがとう安斎。私と友達になってくれて·····本当にありがとう·····!」
「ああ·····!私の方こそありがとうな·····まほ·····」
千代美は暖かい涙を流すまほを抱き締め、まほも千代美の身体を強く抱き返した。二人はその後も身を寄せ合い、祝福するかのように輝く遠い星の光を眺めていた·····
シュバルツ・ファングの司令室にて、千代美とまほの決闘をモニターで観戦していた者達がいた
「終わりましたな·····」
「··········。」
決着がつき、終始怪訝な顔を浮かべていたしほは退出しようと立ち上がったが傍らで共に観戦していたガトーから呼び止められた
「お言葉ですが家元、友情とは一過性のものではありません。彼女達二人が肝胆相照らし合う仲だったからこそまほはあそこまで実力のあるパイロットになれたのです」
「·····みほはともかくまほに友情など必要ないの。·····その存在がいずれあの子の障害になりうる事はわかりきっているというのに·····」
しほは冷淡にそう呟き司令室を出た。かつて共に親友と呼びあっていた彼女は此方の信頼を裏切り闇へと堕ちて行ったのだから、自分の後を継ぐまほに同じ事を繰り返させたくはなかったのだ·····
それからまた月日は経ち、中等部での卒業式を終えた千代美は本土の船着き場でアンツィオから迎えに来ると言うトレーズを待っていた。高校入学まで時間はあったが黒森峰側からさっさと出ていって欲しいと言われたのと、一度実家へ帰省する必要があったので少し早いがもう出発する事にしたのであった
「安斎!」
すると潮風に当たっていた千代美のもとにまほが駆けつけてきた
「あ、まほ!見送りに来てくれたのか?」
「ああ·····それと君に渡したい物があって」
するとまほはポケットに手を入れ千代美に十字架のネックレスを差し出した
「あれ?これっておまえがよく首から下げてたヤツじゃないのか?」
「これは小さい頃お母様から貰ったクリスマスプレゼントなんだ。その年以来お母様からはモビル道に関わる物しか買って貰えなくなったからあの人がくれた唯一モビル道とは関係ない大切な物なんだ」
「おいおいそんな大事な物をあげちゃっていいのか·····?」
「君に持っていて欲しい。私からのお守りだと思ってくれ」
まほはもう悲しむ様子は一切見せず、これから新たなスタートを切る千代美を皆が憧れる強い西住まほの毅然とした姿で送り出そうとした。千代美もまほの想いを汲み彼女からネックレスを受け取った
「わかった、おまえの大事な宝物受け取ったぞ!これからはれっきとしたライバル同士になってしばらく会えなくなるかもしれないけど·····私の事忘れないでくれよ?」
「当たり前だ!君の方こそ私が居なくなったからと言ってだらしなくなるんじゃないぞ。·····来たみたいだな」
海の方へ振り返るとトレーズの操縦するクルーザーが千代美を迎えに近づいてきていた。桟橋にクルーザーは停められ中からトレーズが姿を現した
「待たせたね千代美。·····君が西住まほ君だね?」
「はい。安斎をよろしくお願いします」
「うむ、任せて欲しい。千代美、もう思い残す事はないのかね?」
「ちょ、ちょっと待っててください!」
千代美はトレーズにそう言うと再びまほの方を向き彼女を思い切り抱き締めた
「安斎?」
「じゃあな親友。何度でも言うが私達二人はどんなに離れていてもずっとずっと友達だ。·····元気でな」
「ああ·····君も達者でな·····」
二人は三年間共に同じ部屋で暮らし、共に戦場を駆け、沢山の思い出を作ってきた親友を互いに想い合いながら強く抱き締め合った
そして千代美は行く事を決意するとトレーズのクルーザーへと乗り込み、二人の表情にもう心残りが無いことを察しトレーズはクルーザーを発進させた
「安斎ー!頑張ってくれ!私はいつも応援してるぞ!」
「まほー!おまえも頑張れよー!元気でなー!」
二人とも涙は流さなかった。これは別れではなく新たなる始まりなのだから·····二人の道はこれからも分かたれることなく同じであるのだから。二人はいっぱいの笑顔でお互いの姿が見えなくなるまで声を交わし続けた
こうして安斎千代美の黒森峰女学園での生活は幕を閉じたのであった·····
それからしばらくの間クルーザーに揺られているとアンツィオ高校の学園艦に到着した。千代美はトレーズに案内されるまま学園艦上の街を歩いて行きその途中黒森峰女学園から愛機のギャンが既に届けられているのを確認し、更に歩き進んで行くと小さな古城の様な建物に到着した
「ここが今日から君の住む家だ。入りたまえ」
「ここがですか!?なんか私一人で住むには大きすぎるような·····もしかして私達二人きりでひとつ屋根の下で·····!」
「そんな訳がないだろう。ここは既に私と妹が暮らしていた隠れ家のようなもので君にも使ってもらおうと思ってね」
「ああー·····トレーズ様って妹さんがいらしたんですね·····その子もアンツィオの生徒なんですか?」
落胆する千代美の問いにトレーズは何故か口を噤み答えなかった。トレーズの後について城の中を進んで行くと豪華な扉を構えた部屋へ到着した。中へ入ると広々とした空間や家具に西洋貴族風のインテリアが施されていた
「ここは我が校のMS部隊の隊長室だ。要するに君の部屋という訳だ」
「わぁ〜·····ん?なんか机に置かれてる名前が[アンチョビ]ってなってるんですけど·····」
「ああ、それはここアンツィオでの君の新しい名前だ。この学園は生徒同士互いを食物の名で呼び合うのが伝統の様で彼女達曰く君の名は今日からアンチョビという訳だ」
「えぇ〜慣れるといいなぁ·····あとさっきから気になっていたんですけどあの服ってなんですか!?」
千代美は箱型のショーケースに展示されるように仕舞われる西洋風の服飾を施された肩章付きの真っ赤な軍服に目が行っていた。見るからにモビル道用のユニフォームであり、更にはその軍服がトレーズが現在着ている物と色違いの物であるからであった
「それは私から君へのプレゼントだ。着てみるかね?」
「いいんですか!·····じゃあちょっと恥ずかしいので少しだけ出ててもらっても·····」
「む、それもそうだな」
トレーズは千代美が着替えられるよう部屋の外へ出た。千代美はすぐ様その制服へ袖を通し、下も同じく用意されていた白のレギンスとロングブーツへ履き替えた。新しいユニフォームを身に纏い千代美はテンションが上がっていた
「うわぁ〜かっこいい!とぉー!」
「よく似合っているじゃないか。正にライトニング・エピオン、アンチョビに相応しい姿だ」
「トレーズ様にそのあだ名で呼ばれるとちょっと恥ずかしいな··········色々と良くしてくれてありがとうございます。おかげで気合い十分で頑張れそうです!」
「フフフ·····ならば私に見せてくれ。君の美しい心が創る輝かしい未来を·····」
絶対的な強者に屈すること無く、どんなに悪い状況でも決して諦めること無く、自分の心のままに意志のままに最後まで戦い続ける姿勢。その姿こそ何よりも尊ばれ次の世代へと受け継がれるべき物であるのだ
その志を貫き続ける少女、安斎千代美·····アンチョビの新たなる物語が今幕を開けたのであった
読んでいただきありがとうございました
これにてアンチョビの外伝は一旦終わりになります。にわかまほチョビ(ガンダム風)に付き合ってくださりありがとうございました。もしかしたらいずれ続きを書くかもしれません
まだまだ先の話ですがまた全国大会編にてアンチョビ達アンツィオ高校の出番があります。しかしOVAと違ってかなりの強敵として登場させる事になるかもしれないので今からご了承の程よろしくお願いします