誠に唐突ですが今回本作品におけるダージリンの妹とアナザーシリーズの中で断トツで最も極悪なガンダムキャラクターがニュータイプとして登場します。前回の後書きに記しました強化人間の解説を思い出しながら読んでいただきとうございます
絹代から彼女にとって大切な人物、フブキの話が終えられると丁度同じタイミングに部屋のドアが開かれそこには帰ってきた優花里の姿があった
「皆さん遅くなって申し訳ございません!秋山優花里ただいま帰投しました!」
「あ、ゆかりんおかえり!結構長かったけど何処か具合いでも悪いの・・・?」
トイレへ行くと言い席を外したはずの優花里が長らく帰ってこなかったため沙織は彼女の身を案じ心配そうに問いかけたが当の優花里は部屋を出ていく以前よりも明るく元気に満ちている様子だった
「実を言うと本当は初めからお手洗いには行ってなくて・・・さ、マシュマー殿も入ってください!」
「し、失礼します・・・」
優花里に促される様に彼女の背後からマシュマーが姿を現しみほ達が座るテーブルの前へ踏み出して来た。その瞬間先程彼の怒りを激発させてしまったことからみほ達に緊張が走ったが、それでもみほは彼に今まで自分が世情への認識が甘く、宇宙に住む人々への関心も薄いまま過ごしてきたことを謝罪し和解しようと意を決した
「あ、あの、マシュマーさん・・・さっきは私のせいで嫌な思いをさせてしまって・・・」
「西住さん!そして武部さんに五十鈴さんに冷泉さん!先程は無礼を働き本当に申し訳ございませんでしたッ!!!」
しかしみほが言葉を全て口にするよりも先に、マシュマーは部屋が揺れんばかりの大声で謝罪すると共にみほ達に面と向かって対して突然土下座を繰り出した
「・・・え?えええぇ!?」
「ちょ、ちょっとやだ!どうしちゃったのマシュマーさん!?」
あまりにも唐突すぎる彼の土下座に驚愕したのはみほだけでなく沙織も自身の眼を疑い悲鳴に近い声を上げ華と麻子、そして共に部屋へ戻ってきた優花里までもが予想外の行為に衝撃を受け愕然としていた。そして絹代は状況に理解が追いついていないのか特に反応も示さないまま残っていた料理を箸で機械のように口へ運んでいた
「ま、マシュマー殿!?いきなり土下座するなんて聞いてないですよ!?」
「・・・私は皆様が折角地球から遥々いらしてくれた方々であるにも関わらずつい感情的になりあの様な野蛮極まりない振る舞いをしてしまいました。なんの罪も無い皆様を怖がらせてしまい本当に申し訳ないです・・・」
「そうだとしても土下座はやりすぎだ。私達の方こそ貴方に謝ろうとしていたのに・・・」
「そうですよ!だから早く顔をお上げになってくださいマシュマーさん!」
麻子と華の言葉を受けマシュマーは固く床へ押し付けていた額を浮かせおそるおそる顔を上げたが正座は崩さず反省の意を表そうとしていた
「・・・今日マシュマーさんから宇宙の人達が今とても苦しんでいることやお母さんのことを教えてもらえなければこの先もずっと知らないままだったかもしれません。もしそうだったら今まで通り自分から何も知ろうとしないまま過ごしていたかもしれません・・・そんなの考えただけでも怖いです。だからこれからは私もマシュマーさんやお母さんと同じように誰も苦しい想いをしない世界を願いたいです・・・」
「西住さん・・・・・・」
みほは新たにした自分の想い、決意を伝えた。それは13バンチコロニーで多くの市民達が亡くなった悲しき事実をはじめ宇宙で苦しんでいる人達の情報が何一つ地球の人達には届かない現状を認められるはずが無かったから。例え自分とは遠く離れた地での出来事だとしても、不感を貫いたままでいる訳にはいかったからであった。マシュマーはみほもまた優花里と同じ暖かく勇敢な心の持ち主であったことに深く感銘を受けた
「勿論私達もみぽりんと同じ気持ちだよ!いくら私達と住んでる世界が遠いからって自分とは関係ないだなんてもう思えないんだから!」
「そうだな。学生の私達にできることはたかが知れてるかもしれないがそれでも常に頭の中で意識しておかなければならないことだ」
「こうして私達も仲良くなることができたのです。きっと他の皆さんにも伝えて知ってもらうことができれば通じ合えるはずだと思います」
皆想いは一緒だった。今日まで宇宙という遥か彼方の世界を知ろうと自ら思考することはなく過ごすことが自然だったが今は違う、例え何の関わることのない素知らぬ者であろうと想わなければならないのだ。皆同じ世で確かに生きる同じ人なのだから・・・
「皆様・・・・・・ありがとうございます・・・!皆様の様な暖かな方々と出会えてこのマシュマー、騎士として・・・スペースノイドとして何よりも有難いです・・・」
彼女達の暖かな言葉が身に染みマシュマーは嬉しさから涙ぐみながら土下座を繰り出し再びみほ達を仰天させ慌ただしく制された。遠く離れた世界の人同士でもみほ達は想いを共にすることができたのであった
優花里とマシュマーは改めて元の椅子へと戻り食事を再開した。すると何処か腑に落ちないものがあるのか絹代は悩ましげな様子でマシュマーへ問いかけた
「しかし今日まで宇宙と地球がそんなにも仲が悪いとは思いもしませんでした。でもどうして地球では学校やニュースで宇宙のことを何も教えてくれなかったのでしょうか?」
「・・・・・・そのことだが察するに地球の代表議会が意図的にそういった政策を敷いているのかもしれない。それはしほ様にも変革することが未だ叶わない程深く根を下ろしている・・・あまりこういう事は言うべきではありませんが現在の地球を治めている老人達は貴女方の様なお優しい心の持ち主ばかりではないのです・・・」
自分達の住む地球を治めている者達。その者達の存在などこれまで考えることなどなかったみほ達であったがこれまでの意識を改めた今、世の中というものへ確かな疑念が生まれた
「・・・もし私達が地球の他の皆さんに宇宙のことを伝えようとすればその人達が怒るかもしれない・・・っていうことですか・・・?」
「そのご心配ないでしょう。学生運動などよあまりにも目立つ行為は逮捕される可能性があるかもしれませんが、先程秋山さんにも伝えた通り私が今日開いたこの食事会の様な小さな形で伝えていく分には連中は意に介さないでしょう。それに貴女のお母様、西住しほ様という何よりも心強い味方がいるではありませんか。きっといつか世界は我々が望む姿へ変わるはず・・・しかしです西住さん。地球の政府だけでなく、現に宇宙にも悪は蔓延っているのです」
「それって昨日の・・・」
「そう、昨日貴女方を襲っていたあの妙な連中です。正直な話我々エンドラの者にもあのガンダム達がどこから来たのかわからないのです。何やら西住さんを狙っていたと聞きましたが何か心当たりはおありですかな?」
マシュマーから問われたがみほは首を横に振った。昨日自分を攫いに現れたνA-LAWSという組織のことはしほから誰にも漏らさぬよう固く約束されていたため、同じく聞き及んでいた沙織と麻子も何も言わなかった
みほには気になって仕方がなかった。何の目的があって彼女達が自分を昨日のあの瞬間に導くために暗躍していたのか、かつて自分をニュータイプへと覚醒させた少女の肉体的な感覚を何故一切感じることができなかったのか。当然みほには彼女達を許すことはできなかったが、同時に彼女達が悪とも思えなかった。そして再び彼女達が自分の前に現れることを僅かに、それでいて確実に感じていたのだ・・・
一世紀ほど前、宇宙へ進出した人々により月面上のクレーター内に積層構造の巨大都市、月面都市が完成された。そこは人類が宇宙で子を成し育むことのできる恒久都市として、コロニー開発をはじめとする宇宙開拓の前線基地としての役割を担うための地であり、小さなものも含め10数以上の都市が健在され現在月では数億人ものスペースノイド達が生活し栄えていた。そして地球と提携し政治的に宇宙市民達を治めるための機関として月面都市の市長や政治家、各サイド及び居住小惑星の市長といったスペースノイドを中心議員に選出した月代表議会も創立され、月は各宙域のスペースノイド達にとって世の流れや決まりごとを決定する中心的存在となったのであった。その後議会は宇宙海賊をはじめとする反社会的勢力、未知世界より来たる可能性のある侵攻者の存在を危惧、市民達を庇護し彼らの平穏を保つために、外敵の存在を常に警戒し宇宙の治安維持を図るための抑止戦力として月に人型機動兵器【モビルスーツ】や宇宙艦の開発、生産を目的とした工場の設置と初めてMSを主兵力とする軍隊、月防衛軍を結成させたのであった。そして同時に月防衛軍に所属するMSパイロット達の教導と操縦の熟達を目的にMSによる武道、モビル道は誕生した。後にモビル道はスペースノイドだけでなくMS技術と共にアースノイドへも伝えられていくこととなり、地球と宇宙の人々を繋ぐ新時代を象徴するスポーツとして定着していった・・・
だが刻が現代に近づくにつれ、地球圏代表議会は宇宙で起きている経済難や難航する行政に一切の援助を行わずそればかりか各サイド圏や小惑星に対し自治権を行使し連合軍基地の設営や宇宙資源の搾取、モビル道の試合ステージ用コロニーの製造を強要させるなど不当な待遇を強い続けていた。そしてモビル道においても一般的なスペースノイド達のチームはモビル道連盟の認可なしでは地球のチームと試合や合同演習を組むことは許されず、本来スペースノイド達の領域であるはずの宙域も優先的に地球のチームへ明け渡さなければならないなど到底平等とは程遠い扱いを受けていたため当然スペースノイド達の不満と反感は膨張する一方であった
そして現在より六年前、地球と宇宙の學会へ新たな進化を遂げた人類とされるニュータイプの存在を公表した島田衛の提言とその年新たに議長の座に就任したアレハンドロ・コーナーの強い推薦あって、月代表議会は既に存在していた島田千代が率いるニュータイプ研究所私設のモビル道チームを解体、改めて新たなチームとして【νA-LAWS】を結成させたのであった。表向きは以前と同じモビル道のプロチーム、しかし本来の目的は研究所で造られた強化人間を一時的に選手として所属させモビル道の試合に駆り出すことで得られる実戦的な戦闘データを蓄積させること、軍で使用する新型MSの試験運用を一任、そしてアースノイドによるチームに勝利しスペースノイドがより優等な存在であることを誇示することこそがνA-LAWSが結成された意義であった
しかしνA-LAWSの存在は当代家元島田千代が代々受け継ぐ強化人間達の製造と試験運用も元来より快く思っていなかった地球連合軍の一部の高官やブルーコスモスのシンパ達にとっては更なる遺憾な存在でしかなくスペースノイド達への憎悪を膨れ上がらせることとなるのであった・・・
そして現在、人類最初のニュータイプ一族とされる島田家の娘にしてνA-LAWSの指揮官に着任していたニュータイプの少女、島田愛里寿は・・・・・・
「「「愛里寿大隊長!アロウズの3M、ただいま帰投しました!」」」
「うん。三人ともおかえりなさい」
月防衛軍から受けた新型MSジャムル・フィンのテストパイロットの任務を終え帰還したメグミ、ルミ、アズミを出迎えに愛里寿はフォン・ブラウンの宇宙港の一つに来ていた。メグミ達は普段からも他の隊員達にも愛里寿がνA-LAWSの指揮官であることを明確にさせるため彼女を大隊長と呼ぶようにしていた。そんな彼女達三人に愛里寿が囲まている様を付き添いとして同伴していたレビンは顔を苦くしかめ傍観し、彼の様子に気づいたメグミは悪戯そうに笑みを浮かべた
「あらレビン、あなたも来てくれたの?お姉様方の帰りがそんなに待ち遠しかったのかしら?」
「別に来たくて来てやった訳じゃねぇ。帰りに大隊長と買い出し頼まれたから仕方なくだ」
「またまたそんな事言っちゃって。本当素直じゃないよなーレビンは」
「この前大洗に行くために地球へ降りた時もちゃんとお土産で美味しい物買ってきてくれたものね。皆のことをちゃんと考えてくれてるのもわかってるんだから」
「うぐっ、一々うるせぇよ・・・」
メグミに続いてルミとアズミも茶化しに参戦し始めレビンは追い詰められるかのようにたじろいだ
「ん?どーしたのレビン?あんたもしかして照れてんの?」
「て、照れてる訳ねーだろ!本っ当にうっせーよなあんたらは!」
「ははは、可哀想だから辞めてあげなよルミ。ていうかこの後買い出し行くんだよね?後でお小遣いあげるからついでに美味しいお酒も買っておいてくれない?」
「チッ、仕方ねぇな・・・(なーにがアロウズの
「む、あなた今物凄い失礼なこと考えてるでしょう?・・・・・・それよりも大隊長。西住みほは・・・美香を連れ戻すことには成功したのですか?」
アズミは真剣な面持ちへと一変し愛里寿へ迫った。対する愛里寿は何も言葉を返せず沈黙のまま俯き三人は彼女の計画が失敗に終わったことを悟った
「・・・でももう大丈夫。お姉ちゃんがみほさんのことを諦めた訳なんだからもう仕方ないしお姉ちゃんとはいつでも会えるから・・・だから心配しなくても大丈夫だよ」
気を持ち直そうとする振る舞う愛里寿の様子メグミ達は胸が痛んだ。初めは愛里寿の言う強奪したネティクスの中で姉が生きているという事実が信じられなかった。しかし後々三人にもネティクスのコックピットに彼女がいることを確かに感じられたのだ。まだ生きていようとする、愛里寿を守ろうとする強い想いがガンダムにしがみつかせたのか、これもニュータイプという本当に実在するのかも未知な存在に為せる所業なのか。いずれにせよ彼女がまだ生きているなら、愛里寿が望むのならばどんな事をしてでも彼女を取り戻しまた以前の日常を取り返してあげたかった・・・
「大隊長・・・・・・わかりました。私達は一度基地の開発部にテストの報告をした後大隊長のお家にお邪魔させていただきます。それではまた夕方お会いしましょう」
「・・・二人共元気出していこうよ!何か他にも美香を取り戻せる方法があるかもしれないしさ・・・。それじゃまた後で!」
ルミは元気づけようと愛里寿とレビンの頭を優しく撫でてやった。別れを告げてメグミとアズミと共に防衛軍の本部へ向かう三人を愛里寿は軽く手を振って見送った。こうして自分を暖かく守ろうとしてくれる人達がいることが愛里寿には嬉しくその一方いつまでも彼女達の世話になる訳にもいかないとも思えた。そして隣で表情を険しくさせるレビンが、まだみほを連れてくることを諦めていないことが伺え何か嫌な予感がしたのであった・・・
「さらから頼まれたもんは全部買えたよな・・・帰るぞ大隊長」
その後メグミ達と別れた愛里寿とレビンはショッピングモールへと赴き、さらより預かったメモに記された品を全て買い終えモールを出て帰路へ着こうとしていた
「荷物持ってくれてありがとうレビン。ナオはおじ様の所に行っちゃったしトレノは義足の調子が悪いみたいだったから・・・」
「別にどうってことねぇ。ほら、はぐれんなよ」
レビンは買った食品で膨れた大きめの紙袋を小脇に抱え空いた片方の手で愛里寿が迷子にならならぬよう彼女の手を取り共に街道を進んだ。街は多くの宇宙市民で賑わい若者向けや家族連れ向けの店が多く出店し歓楽に溢れていた、街の中で一際異様な雰囲気を放つ電波塔を除いては・・・
「サイコウェーブ増幅装置・・・チッ。急ぐぞ大隊長。また所長があれを起動させるかもしれねぇ」
「うん・・・」
あの謎のタワーを建てたのは現島田流の当主にしてニュータイプ研究所の所長、そして愛里寿の叔父にあたる島田衛。議会からの承諾を得てフォン・ブラウンの市街地にあれを乱立させたのは、研究所が所有する強化人間から発せられる感応波を試験するため、行く行くは兵器として軍事転用するためであった。タワーは現在フォン・ブラウン中に三本建てられており一本あたり強化人間が一人タワーのコアルームへと入り感応波を発信、増幅された後音波のようにタワーより市街地へと放たれる。感応波を受けた市民は一時的に感覚が虚ろになる、成人と関わらず生命として後退した行動を取るといった結果が出ていた。あくまで試験であるため衛曰く人体的、精神的な害には及ばない様調整しているとのこと・・・
だがタワーによる感応波は愛里寿達が住む家、月防衛軍の本部や月代表議会の議事堂や議員達の住まいをはじめ一般市民よりも位が高い者達への生活圏には届かないような場所に敢えて建てられていた。月の一般市民をも実験体とする衛を愛里寿達は許せるはずがなかったが彼を止める術などあるはずもなく、ただ目を黙り瞑ることしかできなかったのだ・・・
だがタワーが起動していなければ街は平和そのもの。愛里寿はかりそめの平穏に不安を感じながらも
「・・・・・・こうして一緒に街を歩いてると地球にいた頃を思い出すね。ダージリンさん元気かな・・・」
「・・・まだあん時のこと覚えてんのかよ?」
「うん・・・レビンはもう忘れちゃったの・・・?」
「さぁな・・・・・・あいつはもうあんたが大嫌いなアースノイド共といることを選んでんだ。俺達とは住む世界が違ぇってのは分かってんだから向こうでのことなんかさっさと忘れちまおうぜ」
ぶっきらぼうに、どこか切なげに呟くレビンに愛里寿は罪悪感を感じた。ブルーコスモスからの追っ手から逃れるため自分と共にとある学園艦へ身を隠していた間、レビンはそこで一人の女子生徒と出逢い彼女に強く心を惹かれたのであった。それは彼女に恋心を抱いたからではない、彼女が他者を一切信じることも受け入れることもできず憎しみを爆発させようとしていた自身を生まれ変わらせてくれたから・・・幼少期は強化人間として失敗作の烙印を受け周囲から蔑まれ続け、唯一自分を理解してくれた友も理不尽に生命を奪われた彼にとって彼女の存在は計り知れないほど大切な人だったに違いなかった・・・
しかし彼は自分を宇宙へ還すため、この先も自分を守り続けるため地球で平穏に暮らす彼女への想いを断つことを決意し自分と共に宇宙へ上がってくれたのだ。彼には地球へ残ることも選択できた・・・だがその上で自分の傍に居続けることを選び、自分には一切の非がないと言い隣を歩いてくれる彼に愛里寿は心から感謝すると共にいつか彼に本当の意味で幸福になって欲しいと願った。だからこそ彼には危険な目になどあって欲しくはなかったのだ
「・・・ねぇレビン。またみほさんの所に行こうとしてるんだよね・・・?」
「・・・だったらなんだよ?」
「お姉ちゃんがもうみほさんのことを苦しませたくないから諦めようって言ってたの・・・だから私達も辞めようよ。もしレビンが危ない目に会ったら私嫌だよ・・・」
「・・・・・・・・・。」
不安げな愛里寿の言葉にレビンは口を閉ざし沈黙した。やはり彼はもう一度みほを連れ去るために行こうとしているのだ。何も言葉を返されぬまま彼に手を引かれ二人は家までの近道である市内の自然公園の中へ入った
「・・・美香の言うことは絶対だ。俺だって分かってる。だけどよ・・・・・・あんたは本当に美香が家に居ないままでいいのかよ?」
「お姉ちゃんはいつもガンダムの中にいるから・・・いつでも会いに行けるから大丈夫だよ・・・」
「・・・・・・ガキのくせに強がんな。姉ちゃんが居ないままで大丈夫な訳ねーだろ。よくよく考えれば美香が諦めるつってもあんたがアイツに戻ってきて欲しいと望んでいる以上無視する訳にはいかねぇ。だから俺は行くぞ、美香を連れ戻すために本物のニュータイプの体は必要だ」
レビンは既に己の中で意を決していた、何としてでも自分のためにみほを連れ去ろうと。確かに本心では例えどんな姿であろうとお姉ちゃんが戻ってこれるならばどんな手段でも講じたい・・・だがみほが今いる場所は西住しほが管理するシュバルツ・ファング。西住流の中でもしほに直々に認められた門下生達や地球連合軍及び月防衛軍に元々所属していたMSパイロット達が警備を行う宙域であるため現時点でモビル道用のMSしか所有していない自分達にみほを連れ去ろうなど不可能に違いなかったのだ
「・・・あら?愛里寿様にレビン
二人が公園中央部の噴水広場に差し掛かったところ、背後から自分達の名を呼ぶ声がし振り返るとそこには一人の少女と彼女の両脇にまだ幼げな、それこそ愛里寿よりも一回り身長が低いまだ幼げな二人の少年の姿があった
「・・・!ラピス・ファフニール・・・なんでテメェがここに居やがる?」
「お義兄様ったらご挨拶しただけなのにそう邪険になさることないではありませんか。それに今の私の名はラグナロク・・・もうラピスという名前はとうの昔に捨てたと何度も言っているではありませんか?」
愛里寿にとって三人共初めて対面する人物だったがラグナロクと名乗る真ん中の少女からどこか覚えのある雰囲気を感じた。彼女が持つ蒼い瞳と龍の尾のような風格を示しながらも優雅にして繊細な三つ編みを完成させているブロンドヘアは間違いなく自分達が地球の学園艦で出会い同じ刻を過ごした少女と同じ血が通った物であった
「・・・・・・っ!いやっ!」
しかし突如として、愛里寿は凍りつく様な戦慄に襲われラグナロクへ向けていた意識はその隣の、林檎の様に真っ赤な赤髪の少年へと移された。目が合い薄く微笑みながら此方を見つめてくる少年に愛里寿は自身の目と感覚を疑い怯えた。自分よりも明らかに年が低く、姿顔立ちも純粋無垢な少年そのものであるのにも関わらず何故か彼から血の様な香りが、何人もの生命を確かに殺めてきた者が持つ禍々しき波動が放たれていたからであった
「大隊長?・・・オイテメェ・・・何もんだそのガキ共は?」
「あぁ、紹介が遅れていましたわね。デシル、ゼハート。貴方達も愛里寿様達に挨拶なさい」
「ごきげんよー愛里寿様!僕デシル!デシル・ガレットって言うんだ!」
「弟のゼハートです。こんにちは愛里寿様、レビン様」
淡い紫がかかった白髪の少年ゼハート・ガレットは礼儀正しく会釈と共に挨拶し、例の赤髪の少年デシル・ガレットは無邪気な子供らしい屈託のない笑顔で愛里寿へお辞儀をした
「ふふふ・・・この二人は私達の様な強化人間とは違いマスターが見つけ出した正真正銘本物のニュータイプ。特にデシルの方は既にMSパイロットととして防衛軍一の実力を、それこそ亡くなってしまった美香様と同等の数値を出していますの」
「美香をこんな小便臭いガキと勝手に比べてんじゃねぇ・・・。そもそもこんなちっぽけなガキ共がニュータイプだと?笑わせんな」
「そんな感性だから貴方はカテゴリーFなのよ・・・・・・そういえばお義兄様は一週間前地球にいらっしゃったのでしょう?ソフィアお姉様はお元気だったかしら?」
「黙れ・・・誰がお義兄様だ。誰がテメェなんかにアイツのことを教えてやるかよ」
レビンは依然としてラグナロクを警戒する視線で睨み続けた。対する彼女は嘲笑を崩すことなく口元から鋭利な牙の様に犬歯を覗かせていた
「・・・お会いになってないのでしたら結構ですわ。父の仇も取ろうとせず、あろうことか地球種達と共にモビル道を嗜んでおられる臆病者のお姉様なんてもう忘れてしまおうかしら・・・」
「アイツの方がよっぽど冷静だ。復讐に取り憑かれているてめぇよりもな」
「私はお姉様と違って家族を何よりも大切にしておりますの・・・では私達はこれで失礼させていただきます。行くわよ二人共」
「待ちやがれ。テメェの他にもサイド3に篭ってた強化人間の連中が月に来てんだろ?一体何の命令があって来やがった?」
去ろうとした所をレビンに呼び止められ、ラグナロクはクスリと微笑し彼へ言葉を返した
「それはお教えできませんわ。マスターから直々に賜った極秘の任ですので外部に漏らす訳にはいきませんの」
「所長がだと・・・?」
「ええ。もう宜しいですわね?お義兄様に愛里寿様、またお会いしましょう?」
ニュータイプ研究所製の強化人間の中でも最もニュータイプに近い最高傑作、カテゴリーSと評された強化人間ラグナロク。彼女の父ラステイル・ファフニールは月代表議会の先代議長であり西住しほと同じくモビル道を通して宇宙と地球の調和を図ろうと邁進していたが、地球に滞在中何者かに暗殺され志半ばのままその生涯に幕を閉じた。彼女が自ら強化人間となり名前までも変え、現在防衛軍の強化人間部隊の指揮官の任に就いているのは父親の復讐を果たすため、そして地球に住むアースノイド達へ終末をもたらすため・・・・・・全てを喰らい尽くす龍の様な風貌を纏う少女ラグナロクは愛里寿とレビンに別れを告げ立ち去って行った
「・・・平気か大隊長?」
「う、うん・・・ちょっとびっくりしただけだよ・・・」
「そうか。ならさっさと帰るぞ」
再びレビンに手を引かれ愛里寿は家へ歩き始めた。彼女達が何者なのか、何を目的にサイド3から月へ来たのか知り得なかった愛里寿だが自身の中で未来への不安が募るのを感じた・・・
「・・・あれ?ラ、ラグナロク様。デシル兄さんがいません・・・」
「・・・え?なんですって?」
愛里寿達の住まいの屋敷は市民達で栄える市街地の中心より少し離れた、比較的木々や小川といった自然の多い場所に位置していた
「ただいま」
「オウ、帰ったぞ」
「あ、レビン君に愛里寿ちゃん。おかえりなさい」
玄関に上がるとメイド用のフリル付きエプロンを腰につけたさらが廊下に掃除機をかけながら出迎えてくれた
「・・・おい、なんでおまえが掃除なんてしてんだ?バカハドマの奴はどうした?」
「フブキさんならリビングで休んでるよ。それにこれは私が好きでやってるだけだから・・・」
さらが言い切るよりも前にレビンは早足で上がり込みリビングへのドアを開けた。リビングでは本来この屋敷のメイドであるはずのフブキがソファに座りテレビを見ながらくつろいでいた
「ん、帰ってきたのかレビン。おかえりなさいませお嬢様」
「ただいまフブキ」
「オイ・・・またさらに家事やらせてんのか。メイド長が仕事しねーでサボってるとかどうかしてるぞ・・・」
「フッ、女にとって家事とは言わば戦場。戦場には戦争をしたい連中だけ行けばいい・・・違うか?」
「ちげーわ!適当ぶっこいてんじゃねーよバカ!」
自信げに言い訳を吐くフブキにレビンはかんしゃくを起こしまくし立てた。二人の喧騒はいつものことなので愛里寿は特に気にすることなく手を洗いに行こうとした
「ああ、お嬢様。今から庭の花壇に水やりを頼めますか?」
「オイ!それもメイドのテメーの仕事だろ!」
「私は別に大丈夫だよレビン。行ってくるね」
愛里寿は快くフブキからの頼みを受け屋敷の中庭へと出て行った
「オメーなぁ・・・本当にあのカテゴリーSなのかよ・・・」
「レビン。お嬢様に聞かせる訳にはいかないがおまえ達にだけは話しておかなければならんことがある。千代様と所長についてだ」
「何・・・?」
『愛里寿、この子達も私達と同じ生命を持っている。今この時も私達と一緒で生命の鼓動を刻み続けているんだよ』
『お花さん達がわたし達といっしょ?』
『ああ。私達の生命が誰かから愛されて育ったように私達も他の生命を愛して大切にしなければならない。そうやって私達の世界やこの宇宙は支えられていくんだ』
『わたしにはよくわかんないよ・・・お姉ちゃん・・・』
『いつかおまえにもわかる時が来るさ。・・・だけど今この世界には他の生命を大切にすることを忘れてしまった人が多すぎる。だから私達ニュータイプが皆を導いてこの宇宙を愛に満ちた世界へ変えてあげなければいけない。それが誰かを愛することの大切さを知る私達の使命なんだよ。愛里寿・・・』
中庭の花壇に植えられた花はお姉ちゃんが大切に育てていたものだった。彼女が居なくなった今、愛里寿は毎日花々の面倒を見ていた。例えどんなに小さな存在でも生命の鼓動は誰かの愛の証、必ず誰かから必要とされているものであると教えてくれたお姉ちゃんの言葉通り愛里寿はできるだけ他の生命を大切にしたかった
「へぇ〜ここが愛里寿様のお家なんだ〜!おっきくて綺麗だな〜!」
愛里寿が花に水やりをしていると屋敷を囲む塀の上から耳に残る様な甘い声が聞こえた。振り向くと塀の上にはぺたんと腰掛け落ち着きのないように両足を揺するデシルの姿があった
「あ、こんにちは愛里寿様!面白そうだからお家まで着いてきちゃったよ」
「貴方は・・・私達の家に何の用?」
デシルから放たれるプレッシャーに臆することなく愛里寿は警戒し塀上の彼に構えた。そもそも彼はνA-LAWSの隊員でなければ先程の話から衛の配下であることも伺えたため愛里寿にとっては不審にして不可解な存在だった
「フフフ・・・そんな怖い顔しないでよ愛里寿様。僕はただ愛里寿様を地球へ遊びに行くお誘いに来ただけだよ」
「地球へ遊びに・・・?どういうこと・・・?」
「えーっとね、ギカイのおじちゃん達の中に愛里寿様が戦うのを反対してる人もいるからマスターは連れて行けないって言ってたの。だけど愛里寿様本人が望んだのなら話は違うなって思ったんだ」
「なんなの・・・?一体何の話をしているの・・・?」
愛里寿には彼が何の話をしているのか見えてこなかった。困惑する愛里寿の様子を上機嫌に見下ろしながらデシルは金色の瞳を細め小悪魔の様に不気味な笑顔を浮かべた
「うーん、それじゃ愛里寿様には特別に僕達が何をしに月へ来たか教えてあげる。実はマスターからのお願いで来月から僕達皆で地球の軍隊さん達の基地とか工場とかに遊びに行くんだ」
「衛叔父様の・・・?そんな所に遊びに行くってどういうことなの?」
「そんなの決まってるじゃん。とっても強い地球の軍人さん達とMS同士でいっぱい殺し合いするんだよ。今までは大学生のお姉ちゃん達とかプロチームの人達しか襲えなくて正直飽きちゃってたからもう楽しみで楽しみでたまんないよ!」
甘い声でけたたましく笑いあげるデシルに愛里寿は息を詰まらせ絶望で足が竦みそうになるのを感じた。この少年の言葉通りであるならば月議会は、衛は本格的に地球圏を支配しようと動き出そうとしている。地球に住む多くの人の生死を厭う事なく彼らを解き放とうとしているのだ
「そんなの間違ってる・・・!同じ人なのに殺し合いに行くだなんて・・・そんなの絶対に間違ってるよ!」
「う〜んそうは言うけど愛里寿様だってホントは来たいはずだよね。だって愛里寿様のお姉ちゃんって地球の軍人さん達に殺されたんでしょ?大好きなお姉ちゃんを殺した人達なんて許せる訳ないよねぇ〜?でも僕達と来ればお姉ちゃんの仇が取れるんだよ・・・」
邪悪に微笑みながらデシルは復讐という言葉を持ち出してきた。確かに愛里寿にとって地球連合軍の軍人達を許せる訳がなかった。世界で一人しかいない大好きな大好きなお姉ちゃんの人生を奪った彼女達が憎くて仕方なかった・・・・・・だが復讐のために他者に粛清を与えようなどお姉ちゃんが一番望んでいないことであると愛里寿は分かっていた
「確かに私は地球の人達が大嫌いだよ・・・・・・だけど・・・だからって復讐のために生命を奪おうだなんて絶対に間違ってる!」
「ふ〜ん・・・意外と賢いんだね愛里寿様。けど確かに復讐復讐言ってる人ってなんか馬鹿っぽいし一生不幸なまんまでつまんない人生送りそうだもんね〜。あ、今のラグナロク様には内緒だよ?」
「なんでそんな酷いこと言えるの・・・?貴方おかしいよ・・・なんでそんな風に人を見下して・・・いっぱいの人を傷つけようとできるの!?」
「・・・うるさいなぁ。そんなの楽しいからに決まってるじゃん。愛里寿様だって好きな遊びくらいあるでしょ?それと同じだよ・・・僕はただ楽しい楽しいゲームで皆といっぱい遊びたいだけさ!」
愛里寿は今目の前にいる少年があまりにも純粋な邪悪、生粋の悪魔の権化であることを確信した。信じられなかった。誰よりも人に優しくなれ人と人とを分かり合わせ手を繋ぎ合わせることができる存在、それこそがニュータイプだと信じてきた。だがお姉ちゃんの生命を奪ったあの少女といい、ニュータイプでありながら他者の生命や心をただぞんざいに扱い踏みにじり人殺しをゲームの様に楽しむことのできる者がまた新たに現れたのだ。このデシル・ガレットという少年もまたニュータイプでありながらお姉ちゃんを殺したあの少女と似通う思考を持っていること、自分が信じ続けてきたニュータイプの在り方を全て否定する存在であることに愛里寿は胸を抉られる様な感覚がするほど哀しみ、目からは悔しさ故の涙が静かに零れた
「あれれ?泣いちゃったの愛里寿様?僕なんか酷いこと言ったかな〜?」
「・・・・・・どうして・・・どうして貴方みたいな子が・・・貴方みたいな子がニュータイプなの・・・・・・?」
「よくわかんないけどニュータイプって誰よりも優れてる人のことを言うんでしょ。だったら僕がニュータイプなれたのも当然のことなんだよ?・・・・・・けどもういいや。愛里寿様も来てくれると思って誘いに来たけど全然乗り気じゃなさそうだから僕もう帰るね。その代わり今度僕と一緒に思う存分
デシルは含みある邪悪な笑みと言葉を残し塀から降りて愛里寿の前から去って行った。彼らが地球へ行ったのならば、地球と宇宙はいよいよ二極化された世界となり争い憎み合うこととなる・・・だが今の愛里寿にもはやデシル達を、衛を、刻の歯車を止めることなどできるはずがなかった。お姉ちゃんが願った光る世界へ世が変わることを自分も思い続けた、祈り続けたがそれも虚しく、今平穏なる日々に新たなる火矢が放たれようとしていた
(そういえば愛里寿様達って昨日は地球から来たニュータイプを捕まえに出かけてたんだっけ?・・・気になるなぁ・・・地球に行く前に僕と遊んでくれないかなぁ・・・?)
次回 ガールズ&ガンダム『親子の絆』
言葉にせずとも、形にせずとも子への愛は確かにそこに在る
読んでいただきありがとうございました
現世へ大きな心残りを残したまま散った生命は死した後も現世へ留まり続け、生者へのテレパシーの送信や生者達の体への憑依、その者達の生命を連れて行こうとするなど様々な怪奇的な現象を引き起こす。生きてる人からすればとんでもなく迷惑なことですが亡くなった人達も彼女達が望みさえすれば現世の生者達へ干渉することができる、それこそがゼータを発動させる引き金の一つとなるのです
今回初登場のラグナロクやデシルはモビル道をやらないため全国大会には一切干渉させません。彼女達は現在連載中の本作品ではそれほど活躍しませんが続編にてみほや愛里寿達にとってのライバルではなく敵という位置づけで登場してくることとなります
ただデシルの方はまた近いうちに再び登場します。本来ガンダムシリーズにおける"子供"という存在は理不尽に戦争へ巻き込まれ挙句半ば無理に戦わされるか、何らかの哀しみを背負い初めて戦場へ赴くものですがデシルは違います。デシルはどのキャラよりも幼いというのにも関わらず自ら嬉嬉として自ら戦場へ出て殺し合いをゲームの様に堪能しているのです。そのくせガンダムシリーズの子供キャラらしくめちゃくちゃ強いので正直良い意味でなんでこんなキャラクターを考えたのか理解できないです。AGEは賛否両論分かれると聞きますがデシル・ガレットというキャラクターだけでも他作品の追随を許さない唯一の魅力があると思います。そんな彼と近いうちに戦うのはみほ達ではありませんがそこそこ胸糞悪くなるような戦闘になるためご注意ください(尚次回はちょっとした箸休め回になります)
今回も本作品の世界観を書かせてもらいましたがまだまだ書けていない要素が仰山残っていますのでこれからも要所要所で書いていこうと思います(年表時系列順にまとめた方がいいのかなぁ・・・)
一応今ここで本作品の世界観を簡潔に一言で表させていただくと"ザビ家によるジオン公国軍が誕生せず一年戦争も勃発しなかった宇宙世紀"であると覚えていただきたいです。もしジオン軍が誕生せず一年戦争が起こらなかったとして宇宙世紀は平和な世界になったのでしょうか・・・
ちょっと大事なことを活動報告に載せました。よろしくお願いいたします
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