天宮鈴がボーダーに入隊した切っ掛けは、端的に言うならスカウトされたからで、彼個人の私情を挟むのであれば、スカウトの女性が美人で気を惹かれたのと、それに拍車をかけて彼があまり自己を主張せず流されやすい体質だったからだ。
加えて、 スカウトの女性曰く、天宮にはボーダー隊員になるためには必須とも言っていいトリオン量が平均の何倍もあるらしく、君なら絶対にA級と呼ばれるボーダーの精鋭隊員になれると断言されたことも大きかった。
彼の通う学校ではボーダー隊員とは誰もの憧れであり、A級ともなればその人気たるやファンクラブができるまでに凄まじいものだ。彼は自己主張こそしないタイプだったが、それでも人並みにチヤホヤされたいという気持ちは持っていた。
ならばなるしかないだろう! そんな軽いノリで、彼はボーダーに入隊した。
そんな彼が訓練用トリガーとして与えられたトリガーは、花形とも言える孤月やスコーピオンなどの攻撃手用のトリガーではなく、アステロイド──それも射手用のトリガーだった。
与えられた理由としては、彼自身が入隊前の面接で孤月やスコーピオンで斬り合うとか怖すぎ! という旨を説明したのと、彼自身が射手用トリガーはトリオン量に応じて性能が上がるという情報を事前に耳にしており、自分のトリオン量が多いことはスカウトの女性に教えてもらったばかりだったので、高威力かつ扱いも簡単だと言うこのトリガーが一番自分にあってるのでは? と、アステロイドを強く希望したからだ。
彼以外に面接に参加した他の訓練生たちがうーんうーんと悩んでるのに対し、彼はおよそ5分とかからず即決だった。思いたったら即行動、誰一人として知らない彼の長所であり短所である。
そんな彼の行動は一見短慮で浅はかなものだと思うかもしれない。
だが────結果として、その考えはドンピシャだった。
正式入隊日当日。
仮入隊の間に素質ありと判断され3200のポイントをボーダーから与えられた彼は、訓練用のバムスターを僅か3秒で撃破し、ボーダートップの記録を上書きするという快挙を成し遂げた。
彼のやったことは至ってシンプル。思わずバカだろと呟いてしまうほどの巨大なトリオンキューブを、
威力超特化型だったために並み以下の弾速だったが、訓練用に調節してあるためか動かないバムスターに難なく着弾し――直後、あれ? メテオラ打ったの? と言わんばかりの巨大な爆発音とともに、訓練用バムスターは塵と化した。
これには試験官の嵐山も思わず絶句し言葉を失った。
彼としては全力で臨んでくれと言われたからその通りにやって、その結果緊張してトリオンキューブを分割するのを忘れていただけなのだが……そんな彼の思惑を他所に、バムスターを情け容赦なく木っ端微塵にするその姿は「あいつはヤベェ」と同期から恐怖の象徴として見られるには充分だったようで、一部の訓練生の間では彼は『魔王』と称され恐れられることになった。
しかし――そんなものは序の口に過ぎなかったと、彼を知る同期の面々は遠い表情で語る。
『射手の王』の再来とボーダー内で噂されるほど射手の才能に満ち溢れていた彼は、C級の個人ランク戦でもその才能を遺憾なく発揮した。
有り余るトリオンで弾幕を張って相手を寄せ付けず、適正距離からひたすらにアステロイドをぶっ放し続ける
攻撃手は軒並み彼に近づく前にアステロイドの雨に成す術なくダウンし、銃手や射手はスペックの差で勝負の土俵にすら立てない始末。狙撃手はそもそもランク戦には参加していないので論外だ。
その結果、訓練用トリガー(トリガーを一つしかセットできない)でどうやって戦えって言うんだよ! と、その無理ゲーに数多の訓練生が憤慨したがそれも無理のない話だった。
更に酷いことに、彼はサイドエフェクト持ちであり、そのサイドエフェクトがこれまた『射手』という戦闘スタイルに相性が抜群だったこともあって、より無理ゲー感を増長させた。
これがB級やA級の隊員が相手となれば話は違ってくるのだろうが、彼の相手は誰も彼もC級隊員……いわば初心者だ。弾幕ゲー初心者に難易度ルナティックを初見でクリアしろと言ってるようなものである。
以上のことから、元々ポイントが高かった彼は特に苦労することなくB級に昇格した。その期間たるや正しく電光石火の如くで、彼の存在は瞬く間にC級からB級中位、一部のA級隊員たちの間で噂になった。
―――やべぇ、マジでA級隊員なれんじゃね?
脳裏を過ぎる新たに創設された自身のファンクラブに、彼はそれはもう舞い上がった。B級になったことでトリガーを新調し、射手用のトリガーとシールドを取りあえず一杯まで詰め込み、おらおら誰からでもかかってこいよと内心でイキり始め、A級目指して頑張るぞい! と学校の終わった放課後から彼は毎日のように個人ランク戦のブースに引き篭もった。
当時の彼はマスターランクになればA級になれると思っていたので、それはもう片っ端から対戦を申し込んでは蹴散らしてを繰り返してきた。
―――何か作業みたくなってきて飽きてきたな
そんな時、ふと我に帰った彼は何でこんなことをしているんだろうと一種の賢者モードに突入した。
同じ作業ばかり繰り返しサイドエフェクトを酷使し過ぎた反動……なのかもしれない。ただ、それが原因で本家の『射手の王』に目を付けられることになるとは彼自身思ってもみなかった。
「訓練室に来い、お前の実力が知りたい」
―――何だこの人、めっちゃ上から目線じゃん
しかし、彼はその時はまだ目の前の人物が噂に名高い二宮匡貴だとは気づきもせず、驕り高ぶっていた彼は二宮の高圧的な態度が気に食わず、ボコボコにしてやるよと言わんばかりに内心意気込んで……
―――何あの人、めちゃくちゃ強いじゃん
逆に完膚なきまでに叩き潰された。
長い鼻がポッキリ折れ普段の状態に戻った彼は、それはもう今の今までイキり倒していた自分を心の底から恥じた。
―――何がマジでA級隊員になれんじゃね? だ。あんな強い人がB級なのに俺みたいなゴミクズで教室の端っこで本読んでるようなヤツがなれるわけないだろいい加減にしろよホント。
穴があったら入りたいと言わんばかりに顔を俯かせ、これからはひっそり真面目に身の程を知って生きていこう、彼がそんな小さな決意を心の中で固めた、次の瞬間だった。
「お前、名前は何て言う?」
そこにいたのは先ほどよりも威圧感が三割ほど増している二宮の姿。
模擬戦が終わってようやく自分の戦った相手があの二宮匡貴だと知った――模擬戦の審判をしていた人に教えてもらった――彼は、今までの自分の無礼な行い、そして『射手の王』の名を汚してしまったことに名乗りを上げつつ勢いよく頭を下げた。
しばらく続いた沈黙に、ともすれば東京湾に沈められるかもしれないと彼が半泣きでお願いします許してくださいと二宮に土下座し、靴の先を舐めるのも辞さないと覚悟を決めようとしたところで……二宮は彼が予想だにしない言葉を既に決定事項だと言わんばかりの眼光で言った。
「天宮、俺の隊に入れ」
その言葉を受け、彼は思わず何を言われたのか理解できずに呆然とした。
が、時間が経つにつれてその言葉が徐々に脳裏に溶け込んでいき――……
「返事はどうした?」
――分かりました!
えぇええええええ―――!? と叫ぶ暇もなく二宮の眼光に屈した彼は、訳も分からないままそう答えることしか出来ず……模擬戦での完膚なきまでの敗北もあって、二宮には苦手意識どころか恐怖心を植え付けられていた彼は答えてからすぐに後悔するも、訂正しようという反骨心を既に根元から叩き折られていたので、結局彼は二宮の言葉を受け入れる以外に道は無かった。
そんな彼を見て心なしか満足そうに小さく笑みを浮かべる二宮に気づかないまま、彼は「入隊手続きに行くぞ」と言う二宮に連れられ、文句の一つも言えないままその後を静かについていくことしか出来なかった。
そして、憐れなボーダー隊員の物語はこの瞬間に幕を開けた。