射手の王とその弟子   作:金匙

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天宮鈴 ②

「手加減はしないぜー、新人くん」

 

「お手並み拝見だな」

 

 どうしてこうなったんだろう、と彼は思わず現実逃避を試みるが、見上げた先にいた魔王からの絶対零度の如き眼光を受け逃げ場がないことを悟り絶望する。

 

 改めて視線を戻すと、そこにはマスタークラスの先輩隊員が二人。孤月をメインに使う攻撃手と、メインもサポートを両方こなせる万能銃手というこれ以上なくバランスの取れた編成だった。

 対してと、彼は目線だけで周囲を見回す。民家民家民家裏路地と、一緒に戦ってくれる仲間はどこにもいない。一人編成ゆえにバランスなんて皆無だった。

 

 ───いや、無理でしょ

 

 勝てるわけがないと、彼は二宮の言葉を思い出しそう断じる。

 

『来月のランク戦までに天宮を仕上げる。犬飼、辻、トレーニングルームに行くぞ』

 

 【悲報】天宮鈴、正式入隊日から僅か一週間でランク戦(上位)への参加が決定。

 

 俺新人ですよ? と文句を言う気概は彼にはなかった。二宮(魔王)、犬飼(チャラ男)、辻(仕事人)の前では小心者の彼はただただこれから自分はどうなるのだろうと内心怯えることしか出来ないのだ。

 ランク戦というのは年に三回行われる、それぞれの(クラス)で強さの序列を決める公式試合のようなものだ。ちなみに二宮隊はB級一位、そんな部隊に所属することになってしまった彼の心情はお察しである。

 

『ひゃみちゃんの言ってた期待の新人がキミかー。俺は犬飼、よろしくね新人くん』

『辻新之助だ、これからよろしく』

 

 先輩からの挨拶に天宮鈴、と緊張からタメ口(実際は声が出なかっただけ)という失態をやらかしてしまったが、幸いなことに二人の先輩は気にしていないようだったので彼は実は優しい人たちなのか? と一先ず安堵していたのだが……

 

「――にしても二宮さんも無茶言うなー。ランク戦までもう一ヶ月切ってるって言うのに、いきなり新人連れてきてマスタークラス(俺たちレベル)まで仕上げるだなんて」

「逆に考えれば、それだけ彼には素質があるということですよ犬飼先輩」

「…………まぁ、二宮さん並みにシールド硬いからなーあの子」

 

 犬飼と辻の会話は彼の耳には入らない。

 そんなことに気を割いていられないほど、彼は二人の猛攻を凌ぐことで手一杯だったからだ。

 

 ―――ぜんっぜん優しくねぇ! 新人相手に二人がかりとかイジメかよ!!

 

 憤慨しつつも彼は正面から振り下ろされる弧月をシールドで防ぎ時に受け流しながら、後方に回り込んだ犬飼の銃撃をバイパーで的確に処理し動きを牽制していく。

 

 彼のこの動きから分かると思うが、彼自身が言うように彼が新人であることは疑いようもなく事実だが、実のところ彼のレベルは――戦術や立ち回りなどを除けば――新人とは思えないほどかなり高い。それは彼自身の規格外のトリオン量とサイドエフェクト、そして持ち前の才能があって初めて成立するものだが、既にその実力は並みのB級隊員と比べても遜色ないほどだ。

 

「ほらほらどうした新人くん、防いでばっかじゃジリ貧だぞー?」

 

 ―――だったらもうちょっと手加減しろよ!

 

 ニコニコと煽るように言う犬飼に、彼は俺この人嫌いだわと内心で愚痴を溢す。だが犬飼の言葉は紛れもない事実で、実際彼のシールドは十数と弧月を受け太刀して既にヒビが刻まれあちこち欠損している。しかし、いやらしい位置から狙ってくる犬飼をサイドエフェクトを使いバイパーで対応し続けている以上、既に彼の脳内容量は爆発寸前で他のことに手を回している暇はないのが現状なのだ。

 

「旋空弧月」

 

 そして、とうとう限界が訪れる。

 後退し距離を取った辻から放たれた拡張された弧月の刃に、ヒビ割れていた彼のシールドがバラバラに砕け霧散する。

 片腕が宙を舞い、驚愕する表情を浮かべる彼のその隙を犬飼は見逃さない。

 

「辻ちゃんナーイス」

 

 突撃銃から放たれるアステロイドと、トリオンキューブを分割し放たれる速度重視のハウンド。

 当然、犬飼の両攻撃(フルアタック)を片方だけのバイバーで捌くことなど不可能で……

 

「天宮ダウン」

 

 数多の弾丸にトリオン体を貫かれ、彼の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 それから八回ほどダウンしたが、彼はそれでも諦めなかった。

 頭上から降り注ぐ魔王の威圧に諦めることが許されていない、というのが真実だが、彼自身もこのまま何も出来ずに終わりたくない、という気持ちは少なからずあった。

 

「――お?」

 

 変化が起きたのは、辻にシールドの隙間をつかれ右足を跳ね飛ばされた時だ。

 このままじゃ何も変わらなく防御したままじゃ絶対に勝てないと分かった以上、彼は攻撃こそ最大の防御だと言わんばかりに、二宮にボコボコにされた模擬戦の記憶を思い返しながらシールドを消すと、地面にメテオラを放ち爆煙を発生させ二人の視界を封じた。

 

「視覚支援……は、使えないんだった」

 

 本来であればオペレーターの支援で問題なく対応できるが、今この場にはオペレーターの支援はない。

 それを上手く利用――実際はそんなこと考えず二宮の真似をしただけ――した彼は、両手でアステロイドのトリオンキューブを展開し、それを捏ねるようにして混ぜ合わせていく。

 

「…………ふっ」

 

 それを見て、今まで仏頂面だった二宮の表情に小さな笑みが浮かぶ。 

 彼の行動は二宮をして予想外のものだった。

 

「犬飼先輩!」

「わかってるよ辻ちゃ―――ッ!?」

 

 視覚が機能しないならトリオン体を追うハウンドを使えばいい、そう考えトリガーを切り替えた犬飼だが辻の言おうとしたことはそうではなかった。

 悪化する視界の中、辻は僅かに空いたその隙間から見たのだ。ギムレット、と小さく呟く彼の姿を。

 

 煙幕の中から飛び出した弾丸を見てようやくその意図に気づきシールドを張る犬飼だったが、それがギムレットであることまでは気づかなかったらしい。

 呆気なくシールドを貫いたギムレットは、そのまま驚愕の表情を浮かべる犬飼のトリオン体に風穴を空け供給器官を破壊した。

 

「犬飼ダウン」

「旋空弧月」

 

 アナウンスと同時に彼の居場所を把握していた辻が弧月を拡張させ、彼のいた場所目掛けてその斬撃を振るう。

 

「天宮ダウン」

 

 彼としてはまさか成功するとは思ってもいなかったので、思わず呆けていたところに放たれた弧月の刃を防ぐことなど出来るはずもなく、そのまま首を跳ね飛ばされ彼の視界は反転した。

 

「もういい」

 

 そして、それを見送った二宮の一声で模擬戦は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「いやー、最後のギムレットにはしてやられたなー。何だよ合成弾使えるなら始めから言ってくれれば良かったのに」

「犬飼先輩、事前に言ってたら意味ないじゃないですか」

 

 その後、模擬戦を終えた彼を待っていたのはニマニマと笑う犬飼と、嘆息する辻の姿だった。氷見と二宮は別室で何やら話し合っているようで、彼としては二宮がいない分すこし楽だったりする。

 

「ていうか鈴ちゃんってまだ正式入隊して一週間ちょいでしょ? いや、それであそこまでバイパー使いこなせて合成弾も使えるとか天才すぎじゃない?」

「そうですね。正直、俺も驚いてます」

 

 り、鈴ちゃん? 俺一応男なんだけど……と彼が指摘するべきかしないかで小難しい顔をしていると、何を思ったのか犬飼が得意気な顔で言った。

 

「まぁでも、マスタークラスにはまだまだ遠いかなー」

 

 いや、当たり前だろと彼は思った。

 彼の周囲が彼を天才だ何だと持ち上げる反面、それに気づきつつも自分がどれだけ凄いのかイマイチ理解していない彼だが、それでも一ヶ月やそこらでマスタークラスに上がれると思うほど自惚れてはいない。というより彼の中ではこの前までマスタークラス=A級の方程式が出来上がっていたので、B級一位とは言え二宮にボコボコにされた彼は正直自分が二宮クラス(マスタークラス)に上がれるなど露ほども思っていなかったりする。

 

「ハハハ、そんな怖い顔しないでよー。ま、その辺は俺たちが教えてくから大丈夫大丈夫」

 

 俺たちが教えるという犬飼の言葉には当然二宮も含まれており、それを察した彼は内心絶望する。またボコボコに撃ちのめされるのか、と。

 

「お待たせしました」

「……」

 

 誰か助けてと彼が表情に影を落としていると、話が終わったのか氷見と二宮がモニタールームから戻り顔を出した。そして、そのまま二宮が相変わらずの仏頂面で無言のまま椅子に腰掛けたのを見て、もしやさっきの模擬戦で不甲斐なかった自分に怒っているのでは? と思った彼の絶望はより一層深いものとなった。

 

「――はい、天宮くんもお疲れ様」

 

 と、そんな彼の視界に白く小さな手に握られた紙コップが映る。

 何事かと顔を上げた先には、二宮隊のオペレーターを務める氷見がその名前の如き氷のような冷たい表情を僅かに融解させ、彼を労うようにジンジャーエール――曰く二宮の好物――を差し出していた。

 

 今まで異性と会話という会話をしてこなかった彼は、ともすれば先ほどの模擬戦以上の緊張に支配されながら小さく頭を下げ紙コップを受け取る。それを見た氷見は満足そうに頷くと、他の面々にも配るため彼の元を離れていった。

 変に思われていないだろうかと不安でいたたまれず彼が視線をあちこちに彷徨わせていると、ふと自身を凝視する二宮の視線とぶつかった。

 

 ―――え、なんか凄い見られてるんだけど……

 

 サッと即座に視線を逸らした彼だが、未だに二宮は彼を凝視したままだ。

 やっぱり怒ってる? とジンジャーエールをちびちび口に含むのと同時に顔を隠しながら、彼は二宮にばれないようにチラチラと視線を向けその様子を窺う。

 

 ―――やべ、こっち来た

 

 視線が気に食わないという理由でクラスメイトに突っかかる学校の不良の姿を思い浮かべ、自分もそうなるのかと彼が顔面蒼白で内心ガクブルするが、そんな彼の心情を裏切るように二宮は一枚の用紙を取り出し彼に手渡した。

 

「今後のお前のメニューだ」

 

 安堵の後に何のメニュー? とその言葉を受け疑問に思った彼だが、その用紙に視線を落とし――絶句した。

 

 そこには彼の学校が終わってからのボーダーでの予定がびっしりと書き込まれており、課題という名の無茶振りが所狭しと記されている。

 

「異論はあるか?」

 

 大有りです、と顔を上げた彼だがしかしその言葉を発することは叶わなかった。

 異論はあるかと聞いておきながら、まるで異論は許さないと言わんばかりの冷たい眼光。そして興味を持った犬飼を筆頭に、辻や氷見が用紙を覗き込んで称賛の声を上げていたことも相俟って、無理ですとはとてもではないが言えなかった。

 

 ―――ありません

 

 ありがとうございますと一礼し、彼は心の中で絶望し涙を流した。

 

 


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