射手の王とその弟子 作:供養
犬飼澄晴は柄にもなく困惑していた。
準備運動がてらポイント上げるかーと個人ランク戦のブースへ向かい、その途中で同じ隊のメンバーの辻と遭遇し、一ヵ月後のランク戦に向け色々と話をしていた時にその連絡は来た。
───新しい子入ったから作戦室集合
端的かつ分かりやすい文章で送られた氷見からのメールだが、あまりに予想外なそのメール内容に犬飼は驚愕し固まった。
隣の辻も同様に固まっていて、普段ならそれを見てからかう側の犬飼も、今回ばかりはそんなことを気にしている余裕がなかった。
だが犬飼が驚くのも無理はない。
ランク戦まで一ヶ月とない現状で、新しくメンバーを補充するなど普通に考えれば正気の沙汰ではない。
それは今まで積み上げてきた連携や作戦を無に帰す暴挙であり、そもそも新人という戦力を迎えるまでもなく犬飼の所属する二宮隊は強いのだから、この時期に新しい隊員を補充するなど正しく百害あって一理なしだ。
ひゃみちゃんの独断か? と思わず真顔でメールを返そうとした所で、そんな犬飼の考えを読んでいたように追加でメールが送られてきた。
───ちなみに二宮さんがスカウトして来た子だから
その文面に思わず噴出しそうになったのを犬飼は必死に堪えた。ちなみに隣では既に辻が噴き出している。
しかし何度も言うが、そんな辻のことなど気にしている余裕は犬飼にはなかった。
その脳裏を占めるのは自身の所属する隊の隊長の姿に他ならない。
あの二宮匡貴が、射手の王と名高いあの二宮匡貴が、常にスタイリッシュさを追求し逆にそれがダサいと方々で噂されているあの二宮匡貴が────まさかの発端だったのだ。
もう何が何だか分からない犬飼は、取りあえず作戦室に向かおうと、普段のクール系イケメン振りからは想像もつかないほど色々台無しになってる辻を引き摺りながら作戦室へと向かうのだった。
◆
その後、作戦室に向かった犬飼を待っていたのは元凶の魔王とメールを送った氷見だった。
二宮さんどういうことですか、と珍しく動揺する犬飼を見て小さく笑みを溢していた氷見は、どういう経緯があって二宮がスカウトするに至ったのかを二人に説明した。
二宮に匹敵、もしくは上回るかもしれないトリオン量を持ち、ボーダーに入隊して間もないながら既に扱いの難しいバイパーを実戦で使いこなし、二宮から及第点以上の評価を貰いスカウトを受けた年下の少年──天宮鈴のことを。
その話を聞いた二人は普通に目を丸くし驚いた。
天宮鈴という新人のことは噂に聞いていたが、まさか二宮がそこまで評価するほどの逸材だとは思ってもいなかったからだ。
どうせよくある才能に溺れた典型的なヤツなんだろうなー程度にしか思っていなかった犬飼は、そんな氷見の言葉を聞き、自分の目で確認もせずに勝手に相手の器を決め付けていた己を恥じた。
同時に、二宮がそこまで称賛する天宮にどれほどの存在なのかと興味も抱いた。
「来月のランク戦までに天宮を仕上げる。犬飼、辻、トレーニングルームに行くぞ」
そんな犬飼の気持ちを察していたのだろう。
天宮が現時点でどの程度の力を持つのか二人に確認させるという意味も込めて、二宮は一足先に目的地へ足を向けながらそう言った。
「了解!」
隊長の不器用な気遣いに笑みを浮かべながら、犬飼は辻と共に逸る気持ちをそのままにその後を追って行く。
やがてトレーニングルームへ足を運ぶと、そこには年の割りに少し小柄な黒髪の少年が、臨戦態勢で犬飼たちを睨みつける様に立っていた。
そのやる気に満ち溢れた少年──天宮の姿を見て犬飼はなるほどなと破顔する。正確にはその、強さに飢えた二宮を彷彿とさせる鷹の如き眼力を見て。
「ひゃみちゃんの言ってた期待の新人がキミかー。俺は犬飼、よろしくね新人くん」
「辻新之助だ、これからよろしく」
「…………天宮鈴」
犬飼の言葉に続いて辻が自己紹介をし天宮もそれに答える。
が、その表情はこんなやり取りはいらないだろ言わんばかりの不満顔で、後ろに立つ二宮を見て渋々ながら二人の挨拶に答えたという感情が表情に出ていた。
恐らく二宮の部下だから仕方なく、と言った感じなのだろう。
そんな天宮の姿に犬飼は生意気だなーと思いつつ、その口元は面白い玩具を見つけたと言わんばかりに愉快気に弧を描いていた。
「二宮さん、全力でやっていいんですよね?」
「ああ。ランク戦までにはお前たちレベルまで仕上げるつもりだからな」
「無茶いいますねー」
隊長からの口実を取り、更に笑みを深める犬飼。
そんな犬飼を隣の辻はやれやれと呆れたように嘆息し、氷見はこれからの展開を予想し笑みを溢す。
「犬飼、辻と組んで天宮と模擬戦をしろ」
「え?」
が、流石に二宮のその言葉は予想外だったのか犬飼は思わず呆けた声を出してしまう。
それは辻も同様で、如何に才能溢れる天才だろうと新人相手にマスタークラスの自分たちが二人がかりでは勝敗が眼に見えているので、トレーニングルームを去ろうとする二宮に苦言を発しようとしたところで、
「天宮、構わないな?」
「構いません」
他ならぬ天宮本人が二宮の言葉に間髪要れず答えたことでそれは叶わなかった。
それは二宮の言葉にやる気を削がれた犬飼と辻の心に火を灯すには充分すぎる発火材料で、流石に舐めすぎでしょと頬を引き攣らせる犬飼と、心なしかランク戦よりやる気に満ちてる辻の姿を尻目に、二宮は氷見を連れてトレーニングルームを後にするのだった。
◆
結論を先に言うと、舐めていたのは自分たちだったと犬飼は猛省した。
自分たちはマスタークラスで相手はまだ入隊したての新人。
戦闘経験も少なく、今の今までC級やB級下位を相手にしていた天宮が自分たちに勝てる道理はない、犬飼はそう確信していた。
どうせ今まで自分に敵う相手がいなかったから驕っているのだろう、そう考え現実を思い知らせてやろうと意気込んで……実際に思い知らされたのは自分の方だった。
初めは違った。
確かに二宮に匹敵するトリオン量というのはその堅牢なシールドを見て理解したし、既にリアルタイムでバイパーの軌道を設定できるその才能には驚きもした。
新人という観点で見れば確かに天宮は紛れもない天才だ。今後も努力を怠らなければ自分たちなど軽々と追い抜いていくだろう、そう考えもした。
しかし、それは決して今ではない。
今この場では天宮よりも自分や辻の方が強く、加えて二人がかりならば今の天宮に遅れを取ることなどあり得ないと断言出来た。
事実、自分と辻の連携に天宮は成す術なく
マスタークラス二人を相手にしているのだからそれも当然だと思う反面、二宮があそまで称賛する割には大したことはないと思った。
それこそが驕りだと気づかないまま。
形勢が逆転したのは直後のことだった。
犬飼が注意をひきつけ、その隙をついた辻がシールドの合間から旋空弧月で天宮の足を切り飛ばした瞬間──今まで防戦に徹していた天宮が、二人の間に生まれた僅かな隙をついて地面目掛けてメテオラを放った。
爆発の衝撃に晒されながら天宮と距離を取り、爆煙で視界を封じられたことにこれだけ敗北を重ねても冷静に戦況を把握出来てるという点を評価しつつ、しかしやはり甘いとトリオン体を追尾するハウンドで動けない天宮に止めを刺そうと行動した───その時だ。
───犬飼先輩!
驚愕したような声音の辻に、一瞬煙の先で自身に攻撃を仕掛けようとしている天宮を見据え犬飼はハウンドからシールドへ切り替える。
敗北を悟った上での最後の抵抗かなと、煙の奥にいるであろう天宮を見据え犬飼は嗤った。
だが、辻の言わんとしていたことはそうではなかったと、長年コンビを組んできた犬飼は気づかなかった。
煙の先から放たれるトリオンの弾丸。
それはアステロイドでもハウンドでもバイパーでもなかった。
見慣れない弾丸に一瞬脳裏が真っ白になり、しかし直ぐにその弾丸が自分たちの隊長が好んで使う『合成弾』だと気づかされた。
まずいッ。
そう思った時には全てが遅かった。
避けることが出来ないまま合成弾──ギムレットの弾丸がシールドに直撃し、その二宮以上に貫通力に特化した弾丸を当然のことながら防ぐことなど不可能で………気づけば犬飼は、負けるなんてあり得ないと断言していた相手からこれ以上ない敗北を突きつけられ、トリオン供給器官を撃ち抜かれたのだ。
◆
「───やられましたね、犬飼先輩」
「やられた。防戦に徹してたのは俺たちの動きを把握するため……ってところかな」
作戦室に帰還した犬飼は辻の言葉にやれやれと言わんばかりに嘆息する。
合成弾を使えることは確かに犬飼の想定外のことだったが、それを踏まえても今回ばかりは油断かつ慢心していた自身に非があり、辻のお陰で敗北こそしなかったがあの時ばかりは天宮の作戦勝ちというのは誰の眼にも明らかなことだろう。
「情けないなー。あんだけ上からゴチャゴチャ言ってたのに、最後はしてやられちゃったよ」
「そうですね」
「………厳しいね辻ちゃん」
「事実ですから」
そう言われると犬飼としては言い返す言葉がない。
それに二対一、しかもマスタークラスの銃手と攻撃手というこれ以上ないバランスの取れた圧倒的有利な編成で、新人相手に負けろというのは逆に難しい話だ。
そんな中で敗北こそしなかったが、追い詰められたという事実は流石の犬飼にも堪えるものがあった。模擬戦中にあれだけ天宮を煽っていたというのも理由にはあるが。
「おっ」
数分の後、作戦室の扉が開くと件の天宮が顔を覗かせた。
その表情には一度も勝てなかったという悔しさがありありと表情に出ており、心なしかどこか涙目のような気がしないでもなかった。
そんな年相応の反応を見せる天宮に犬飼は先ほどとは一転、ニマニマと笑みを浮かべながら近づいていく。
辻はその姿に呆れつつ、フォローに回るため犬飼の後を追いかけた。
「いやー、最後のギムレットにはしてやられたなー。何だよ合成弾使えるなら始めから言ってくれれば良かったのに」
「犬飼先輩、事前に言ってたら意味ないじゃないですか」
天宮に絡む犬飼だが、当の本人からは一切の反応がない。
本来合成弾はその強大な威力を持つ反面、撃とうとするとかなりの時間を要する使い勝手の悪い弾だ。
製作者の出水は2秒ほどで合成弾を撃てるが、その他の射手は二宮や同じB級の那須を除けばその大半が一分や二分と膨大な時間が必要になってくる。
加えて合成弾はトリオンの消費が激しく、実戦で使うなら素直に
故にそんな合成弾を出水に並ぶほどの素早さで撃ちだすことがどれだけ凄いことか……天宮は分かっているのだろうか、と犬飼は思う。
まぁ、本人からしてみれば出来て当然のことを今更褒められたところで何とも思わないのだろう。
それどころか自身が話しかけていく度に顔を顰めていっているので、敗者の自分をバカにしに来たのかと、そう思われているのではないかと犬飼は考えた。
「まぁでも、マスタークラスにはまだまだ遠いかなー」
だから敢えて天宮の気に障るようなことを口にして見れば、案の定というかピクピクとその頬が引き攣った。
うわ、面白ぇ──と、犬飼は内心で笑みを溢す。
これが、犬飼澄晴が天宮鈴をからかう味を占めた始まりだった。
「ハハハ、そんな怖い顔しないでよー。ま、その辺は俺たちが教えてくから大丈夫大丈夫」
ただあんまりからかい過ぎると本気で嫌われてしまいそうなので──既に遅いような気もするが──二宮たちが来るまでは辻と共に天宮を交えて雑談に興ずる犬飼であった。