射手の王とその弟子   作:金匙

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那須先輩は可愛い。


天宮鈴 ③

 ───4400

 

 個人ランク戦のブースで現時点での自分のポイントを確認した彼は、遠い眼差しで魔王二宮から仰せつかった課題の一つを思い返し乾いた笑みを溢した。

 

 次のランク戦までにアステロイドのポイントを8000まで引き上げておくこと。

 

 8000ポイント、つまりはマスタークラスに到達すること。

 それが二宮にランク戦までに課せられたメニューの一つで、今彼を現実逃避させている悩みの種だった。

 

 ───絶対無理だよ

 

 彼の所属する二宮隊はB級一位なので実際にランク戦に臨むのはランク戦が開始されて暫くしてからだが、B級ランク戦自体は後一ヶ月もしない内に始まろうとしている。

 二宮の言葉の通りにするなら、彼はあと一ヶ月とない期間で3600ポイントを獲得しなければならないということだ。

 それは一日辺り100ポイント以上取らなければ絶対に間に合わない、彼以外の人間でも匙を投げるような滅茶苦茶な課題だ。

 

 6000ポイントぐらいまでなら一日100ポイントのノルマもどうにかるかもしれないが、それ以降は正直出来る気がしない。

 6000以降はそれまでの個人ランク戦とは正しく別物と言っても過言ではないほど、相手のレベルに明確な差があるからだ。

 C級の頃は使えるトリガーが一つだけの訓練用トリガーだったので、トリオン量のゴリ押しによるアステロイド圧殺戦法で大概の相手を無力化出来たが、B級……それも中位以上となってくるとそんなゴリ押しは通用しない。

 

 そもそも射手というポジションは点が取りにくく、隊の中では基本的に攻撃手のアシストや敵への牽制というのが主な役割だ。

 如何にトリオン量が他の射手とは段違いの彼と言えども、彼はまだボーダーに入りたての新人なのだ。

 二宮のように既に自分の戦闘スタイルを確立してる訳でもなく、多くの修羅場を掻い潜り戦い慣れしている訳でもない。

 そんな彼が一ヶ月とない期間の内にマスタークラスに上がれるか……答えは否だ。そこまで個人ランク戦は甘くない。

 

 では諦めるのか、その答えも否だ。

 正確には二宮の無言の圧力で諦めるのを許されていない、というものだが……そもそも無理難題とは言え自分のためにランク戦までのメニューを作ってくれて、加えて犬飼たち二宮隊のメンバーが総力を挙げて彼を鍛え上げようとしてくれている現状で、何の行動も起こしもしないで自分勝手に諦めるのは彼の良心が許さなかった。

 

 ならば何故個人ランク戦のブースに足を運んで置きながら現実逃避をしているのか。さっさとポイント上げに務めろよと方々から指摘が飛んできそうだが、彼としてはそれとこれとは話が別なのだ。

 やらなきゃならないことは分かってる、だけど実際に8000という今の持ちポイントとかけ離れた数字をモニターという大画面で見せ付けられるとどうしてもやる気が湧いてこないのだ。

 例えるなら明日までにやらなきゃならない宿題を、明日の朝早くに起きてやればいいよねみたいな、そんな心持ちだ。

 

 嘆息した彼は飲み物でも買おうとブースを後にし集会場へ顔を出す。

 そしてそこに広がる数多の人の姿を見て、加えてと心の中で呟き現実逃避のもう一つの理由を改めてその眼で認識する。

 

「おい見ろよアイツだ。二宮さんが直々にスカウトしたって言う」

「確か天宮だっけ? バカみたいなトリオンキューブで訓練用ネイバー爆散させたヤツだろ?」

「ああ。しかもそれ見て『汚ねぇ花火だ』って言ってたらしいぜ」

 

 視界に映るのは彼のランク戦を見学しに来たギャラリーで溢れている集会場。

 どうやら二宮が彼をスカウトしたという話はボーダー内で瞬く間に広がり、前々から天才として噂されていただけに今の彼は時の人と言っても過言ではなく、どんな人なんだろうと興味を持った隊員たちから注目を浴びているのがこの現状を作り出した。

 

 流石に彼もこれだけのギャラリーの中で個人ランク戦をする度胸はなく、それがより現実逃避に拍車を掛けている理由だ。

 

 

「───君が天宮鈴くん?」

 

 

 でもこのまま現実逃避してても仕方ないよなと、取りあえずやれるだけやってみようと彼がランク戦の相手を募集しようと手続きに向かおうと歩き出した瞬間、背後から声が掛けられた。

 聞いたことのない声、それも恐らく女性のものだろうその声に全身に緊張が走るのを自覚しながら、しかし無反応も失礼だろうとゆっくりと顔だけを後ろへ向けてその声の主を見据え───眼を見開いた。

 

 そこにいたのは思わず女神かと錯覚してしまいそうな少女だった。

 明るめの少しフワっとしたボブヘアを揺らしながら、何処か儚げな雰囲気を身に纏いながら翠色の双眸をこちらへ向け、その表情には穏やかな笑みが浮かんでいる。

 

 先ほどまで脳裏を支配していた無駄な思考が全て削ぎ落とされ、彼はその容姿にただただ見惚れていた。

 ともすれば自分は夢を見ているのではないかと考えてしまうほどに。

 

「ええと……天宮くん、でいいのよね?」

 

 しかしそれも束の間──困惑したような声音の少女の言葉にハッと意識を取り戻した彼は、極度の緊張で喉が渇き声を出すことが出来なかったのでコクコクと首を縦に振ることでその言葉に答えた。

 するとそんな彼の様子を見て一安心したように息を吐いた少女は、次に彼にとって……否、この場にいる誰にも予想出来ない言葉を発した。

 

「これから私と模擬戦してください」

 

 

 

 

 

 

 ───那須玲

 

 そう名乗った少女からの模擬戦を承諾した──実際は断る勇気がなかった──彼は、設定された市街地に転送される間に少しだけ交わした那須との会話を思い返していた。

 

『君の力を見せてほしいの』

 

『私も同じ射手だから』

 

『お互いに手加減なしで十本勝負』

 

 端的に纏めるなら那須との会話はこんな感じだ。

 イマイチ要領を得なかった彼は、取りあえず真剣勝負の模擬戦を申し込まれたと一人納得し、もしや魔王(二宮)が送り込んだ刺客かと僅かに疑いながら那須と別れ今に至る。

 彼としてはあんな綺麗な人と模擬戦をやるのはかなり躊躇われたが、手を抜いてやろうにも真剣勝負でと言われそれを承諾した手前、逆に手を抜いた方が印象が悪くなってしまうのではと考え、結局全力で臨むことにした。

 

「ごめんなさい、私の我が儘に付き合ってもらって」

 

 転送が終わると、そこには戦闘服に身を包んだ那須の姿があった。

 集会場で会った時とはどことなく異なる雰囲気と、いつ我が儘を言ったんだろうと彼が記憶を思い返し眉を顰めるのを他所に、那須は言葉を続けていく。

 

「だけど、どうしても気になるから……」

 

 何が気になるの?

 思わずそう言葉を返そうとした彼だったが、那須の真剣な眼差しを前に思わず口を噤んでしまいそれは叶わなかった。

 そして、そのまま何も言葉を発せないまま時間だけが過ぎていき──AIから開始の合図が告げられた。

 

「全力で行かせて貰うわ」

 

 初動は那須。

 私も同じ射手だからという言葉の通りトリオンキューブを分割し射手の構えを取った那須は、結局何が言いたかったんだろうと困惑する彼へ向けてバイパーを放つ。

 

 彼はまだ入隊して期間が浅いために知る由もないが、ボーダー内で那須と言えば知らない人はいない個人ポイント7000オーバーの天才射手だ。

 その実力はあの出水をしてマスタークラス並みと称されるほどに高く、特にバイパーの軌道を即興かつ自在に操る能力は出水と同等かそれ以上と目されている。

 バイパー自体にはアステロイドほどの威力はないし、ハウンドのようにトリオン体を自動追尾する性能もない。ある程度の追尾はイメージで補えるが、バイパーを扱う難しさを考えれば素直にハウンドを使ったほうが幾分も効率はいい。

 だからこそ、そのバイパーでマスタークラス一歩手前にまで登り詰めている那須がどれほど射手としての才能に優れているのか……それは語るまでもないだろう。

 

 そんな那須のバイパーが四方八方へ散らばり前後左右から彼のトリオン体を貫こうとしている。

 那須の相手が普通のB級下位の隊員だったならばこれだけで勝敗は喫していただろう。

 だが、今那須の目の前に立つ彼は普通ではない。

 あの射手の王と謳われる二宮にその才能を見出された、紛れもない天才だ。

 

 

 目には目を、歯には歯を、バイパーにはバイパーを。

 

 

 那須同様にトリオンキューブを浮かべ分割した彼は、サイドエフェクトにより常人の何倍もの速度でバイパーの弾道を引き終えると、自身に迫り来る弾丸の全てを一つ残らず同じバイパーで相殺して見せた。

 

 おぉー! と、那須と彼の模擬戦をモニターで観戦する隊員たちが感嘆の言葉を発するのを他所に、那須は噂に違わぬ彼の実力を目の当たりにし思わず身震いする。

 自身と同じく即興かつ自在にバイパーを操るその姿に、やはり射手の王が見込んだその才能は伊達ではない、という思いを抱きながら。

 

 反面、彼はと言うと今更ながらに那須玲という眼前の少女の名前に違和感を感じていた。

 違和感、というよりはどこかで聞いたような名前だと、戦闘中にも関わらず彼は過去の記憶を懸命に掘り返しているのだが……そんな彼の姿を見て何を思ったのか、那須は薄く笑みを浮かべると大地を蹴り上げ駆け出した。

 

「ここからが本番よ」

 

 両の手に浮かぶトリオンキューブを分割し、自身の体を囲うように多数のキューブを展開する。

 その姿を見て流石に考え事をしている余裕はないと判断したのか、また後で考えようと思考を切り替えた彼は、那須の間合いに入らないように那須が詰めた分だけ距離を取りつつ、またいつでも反撃できるようトリオンキューブを展開しながら様子見に徹した。

 

「この弾幕からは逃げられないわ………」

 

 そんな彼を嘲笑うかのように放たれたバイパーは先ほどの倍はあろう驚異的な数だった。

 それもシールドを張って防ぐことや先ほどのように相殺されるのを予想しているのか、その弾丸の軌道は不規則かつ四散して襲い掛かってきているため、その動きを読むことは常人では不可能で、彼を以ってしてもかなり難しいと言わざるを得なかった。

 

 故にこそ、その鮮やかかつ緻密に計算された弾丸捌きを見て、彼は脳裏に過ぎった二宮隊の面々と那須の姿を重ね合わせ那須が自分よりも上手の隊員だと確信し、初戦からハードだなと内心嘆息しつつ二宮や犬飼たちにしたようにサイドエフェクトをフルに活用して那須の両攻撃に対処することを決意した。

 

 天宮鈴のサイドエフェクト。それは────強化演算能力。

 

 

 




原作前ということで、那須先輩の個人ポイントはこの時点ではマスター一歩手前。
なのでそれに応じてパワーダウンしてます。
他にも諸々事情はあるけど、主人公が那須さんと渡り合えているのはそういう理由です。

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