射手の王とその弟子 作:供養
後、過去のランク戦とか色々捏造してるので注意です。
ランク戦まで残り一ヶ月を切り、ボーダー内でどこかピリピリした空気が漂い始める中……メンバー全員が女性隊員で構成された隊の隊長として、加えて射手としても将来を大いに期待され注目を集めている那須玲は、現在少年漫画などでよくある『壁』にぶち当たっていた。
もっと分かりやすく言うならスランプに陥っていた。
那須は生まれながらに病弱で、トリオン体で病弱な体を元気に出来ないかという少し変わった理由でボーダーに入隊した経歴を持ち、病弱故に生身では出来なかったことを可能にするトリオン体にそれはもうのめり込み、更に那須には常人離れした才能があったためにめきめきと力をつけていきあっという間にB級隊員へ昇格した才女だ。
そんな彼女がどうしてスランプなどになってしまったのか……それは前回のランク戦で過去最高の七位まで登り詰め、しかし運悪くB級一位の二宮隊と当たってしまったのが原因だった。
那須は確かに射手として確かな才能を持っている。
それは彼女が出水に並ぶバイパーの使い手だというのが証明しているだろう。
射手の射線の長さを活かし、その機動力と手数の多さを武器にしたランク戦での彼女の戦いは、部隊の勝敗は置いておくとして個人の戦績ではB級中位から下位の中では右に出る者はいなかった。
しかし、それはあくまでも中位から下位の話。
二宮隊との戦いでは那須の率いる部隊は勿論、那須自身の力もまったくと言っていいほど及ばなかった。
そう───射手の王・二宮匡貴には。
那須は射手の才能に恵まれているのでよく勘違いされるが、那須自身のトリオン量は決して二宮や出水ほど多いものじゃない。
よくて並かそれ以上のトリオン量しか持たない那須では、仮に技術面で拮抗していたとしても最後の最後にはトリオンというスタミナ切れで二宮には決して勝てない。
だが、それだけで勝負を投げ出すほど那須の心は弱くなかった。
スタミナで勝てないなら自分の強みのバイパーの精度で勝負し、技術面や戦術でそれらを補った上で二宮に勝てばいいと考えていた。
しかしそんな思いで臨んだランク戦で───那須は真っ先に脱落した。
ランク戦のルールとして転送先はランダムだ。
ランク戦を行う上でこのルールは避けては通れない、ともすれば一番の難関とも言えるだろう。
仲間のすぐ近くに転送され開幕を他のチームより有利に進めることも出来れば、いきなり目の前に相手がいる状態で始まることだってあり、酷いときには味方と孤立して相手に囲まれる窮地に立たされることもある。
だから、運が悪かったと言われればそれまでなのだ。
那須が転送先で、開始が告げられ間もなくに二宮と鉢合わせてしまったのは。
その時の状況は那須も二宮も周囲に味方や他の相手がいない完全な一対一で、那須隊の他の面々とは距離がかなり離されており、更に他の隊の妨害などもあって援護は期待できない状況だった。
逃走は当然ながら不可能。
どちらにせよ上を目指す以上B級トップの二宮隊は超えなければならない壁であったので、その時の那須は二宮を倒すことで状況を打開しようとしていた。
オペレーターの志岐も那須なら負けないと信じており、逃走経路の確保より那須のサポートを優先することを選んだのも大きかった。
その結果、那須は二宮の前に成す術もなく敗れ脱落した。
バイパーという一点に関しては確かに那須は二宮を上回っていただろう。
そこに勝機を見出すという点も二宮からしてみれば悪い考えではなかった。
だが───それでも二宮匡貴には遠く及ばない。
何故二宮が射手の王と呼ばれているのか、それは二宮がボーダーに所属する射手の中で誰よりも強いからに他ならないからだ。
バイパーでは自身を上回っているから勝てる? だったら俺はお前に勝ってるそれ以外の手段で勝ちを拾いにいくだけだ。
そうしてトリオン体に幾つも風穴を開けられ活動限界となった那須は、自分の不甲斐なさと無力さを噛み締めながら射手の王に完敗を喫したのだった。
それからだ。
那須が自分の力に自信を持てなくなって、スランプに陥ったのは。
模擬戦では以前と変わりなく勝てる。
しかしそれは攻撃手や銃手を相手にした時だけで、自身と同じ射手を相手にすると脳裏に二宮の姿がチラつき、どうしてもあの敗北を意識してしまい動きが鈍ることが多々あった。
今のままじゃいけない、だけど動きが鈍る前の自分のままでもいけない。
何だかんだ負けず嫌いの那須は、どうすれば自分が二宮に勝てるのか……どうすれば上を目指せるのかひたすら考え続けた。
考えて考えて、けれどその答えが出せないまま無情にも時間だけが過ぎていき……気づけば次のランク戦の時期にまでなってしまっていた。
焦燥感が胸中を支配していき、部隊での作戦会議にも身が入らない毎日が続いた。
親友の熊谷にも悩みがあるなら相談してくれと言われてしまうくらいには参っていた那須だが、そんな時に部隊のメンバーの日浦から思わず目を見張ってしまうほどの話を耳にした。
───二宮匡貴が弟子を取った。
友人からその一部始終を聞いたと言う日浦は、本人も驚いているのか若干テンパりつつ詳しい話を部隊の面々に語った。
まず二宮が弟子にしたのは今ボーダーでも話題になってる新人、天宮鈴。
天宮は二宮と同じ射手で、その膨大なまでのトリオン量を見出されボーダーにスカウトされたらしく、天宮が正式入隊日に訓練用バムスターを爆発四散させたという話は色々と語弊があるがそれなりに有名だ。
勿論同じ射手として那須も天宮の名前は知ってはいた。
二宮に勝るとも劣らないトリオン能力を持ち、新人時代の二宮を彷彿とさせる戦い方から射手の王の再来と称されていることも。
日浦曰く、そんな天宮の才能に目を付けた二宮が天宮に模擬戦を申し込み、10-0という圧倒的勝利を収めながらも天宮に光るものを感じた二宮が、ランク戦一ヶ月前にも関わらず隊にスカウトし弟子にしたらしい、とのこと。
他の隊員たちはこの時期に新人を迎え入れるという二宮の考えが理解出来ず、方々でああでもないこうでもないと話を飛び交わせていたが……そんな隊の面々を他所に、那須は二宮に完敗した天宮に自分の姿を重ね親近感を抱いていた。
同時にどんな子なんだろうと興味を抱いた。
自分は二宮に敗北したのを機にスランプに陥った、ならば自分と同じく完敗した彼はどうなんだろう……と。
そう考えたらいても立ってもいられなかった。
早めに作戦会議を打ち上げた那須は、そのままその足で天宮のいそうな場所を転々とし、時に友人たちにそれっぽい人を見なかったかと話を聞きながら……個人ランク戦の集会場へ辿り着いた。
友人曰く黒髪で小柄な二宮さんという印象を頼りに周囲を見回していると───いた。
ちょうどランク戦のブースから出てきた天宮は、どこか物足りないような表情で周囲を見回していた。
その姿はまるで自分に見合った相手を選別しているようで、周囲の隊員たちは天宮の視界に入らないようにサッと目を逸らしたりブースを後にする素振りを見せるものたちが大半だった。
もしかして相手がいないのだろうか。
そう考えたときには那須の足は動いていた。
「君が天宮鈴くん?」
背後から声をかけた那須の言葉に天宮が振り返る。
僅かにその目が見開かれた気がしたのは、天宮が那須を知ってたが故のことだろうか。
「ええと……天宮くん、でいいのよね?」
そんなことを知る由もない那須は、もしかして天宮くんじゃなかったかな内心不安になりながら改めて聞き返す。
しかしその不安は杞憂だったようで、天宮は那須の言葉に小さく頷く。
そんな天宮の姿を見て良かったと安堵した那須は、そのまま頭を下げ声をかけるに至ったその理由を吐き出した。
「これから私と模擬戦してください」
天宮と模擬戦をすれば何かが変わるかもしれない、そんな予感を胸に抱いて。
◆
「(強い……ッ!)」
罅割れたシールドを見て一端壁裏まで距離を取った那須は、貫かれた右肩から溢れるトリオンを抑えながら内心でそう言葉を溢す。
甘く見ていたわけではなかった。
あの二宮が弟子に取るほどなのだからそれ相応の力を持っているのだろう、そう思っていたが天宮の実力は那須の想像を一つも二つも凌駕していた。
特にあの全方位からのバイパーをシールドも使わず、同じバイパーで全て相殺して見せた時にはトリオン体にも関わらず思わず鳥肌が立ったような感覚だった。
バイパー使いとして負けを認めるつもりは毛頭ないが、既に天宮は自分や出水と同じように即興かつ自在にバイパーを操る術を持っていると、そう認めざるを得ないほどには天宮のレベルは高いものだった。
加えて那須が最も脅威だと感じたのはそのトリオン能力。
二宮に匹敵すると話には聞いていたが、こうして実際に戦ってみるとそれ以上のものだと那須は確信した。
基本的に威力の低いバイパーではシールドは破ることはおろか傷一つつけることも出来ない。複数の弾丸を一点に集中すればシールドを突き破ることも出来るが、バイパーの弾丸一つではシールドは傷つかないというのは常識だ。
しかし天宮は違う。
天宮のバイパーはシールドが割れたりすることこそないものの、二、三度受け続けるだけでシールドに皹が入るほどその威力は高かった。
しかも彼のバイパーは正確無比。
今は那須が攻勢に出ているからその真価を発揮させずにいられるものの、一度天宮が攻撃に転じれば自分のシールドなどいとも容易く破られるだろう。
そう、前回のランク戦での二宮との戦いのように───……
「……だけど、彼にはまだ隙がある」
視線の先───そこには那須と同じようにトリオン体に傷を負い、トリオンを流す天宮の姿があった。
いかに天宮と言えども那須のバイパーを全て捌き落とすことは不可能だった。
特にあれだけ那須の攻撃を相殺し続ければ疲労が溜まり集中力が欠け、バイパーの精度も落ちるというものだ。
その隙を那須は見逃さず、着々と天宮にダメージを与え続けていた。
……と言っても、ある程度慣れているとはいえそれは那須も同じこと。
先ほどから
───4-3
それが今の那須と天宮の戦績。
那須が一本勝ち越してるとはいえ、取っては取られ取っては取られの繰り返しという現状は、二人の実力がほぼ互角と言っても過言ではなく、片やマスタークラス一歩手前と片やB級に上がりたての新人という、如何にもどちらが勝つか明確だったこの模擬戦はどちらが勝ってもおかしくないという大波乱の展開となっていた。
「(彼に攻撃の手を与えたら負ける……私から仕掛けないと駄目ね)」
そう考え壁裏からバイパーで天宮の動きを牽制しようとした───その矢先だった。
「え……!?」
那須が潜んでいた壁裏が民家ごと消し飛ばされる。
その衝撃に耐え切れず宙に身を投げ出されながらも、どうにか体勢を整えて粉塵の先を見据えると───そこには攻守逆転だと言わんばかりに両手のトリオンキューブを一つにする天宮の姿があった。
その見覚えのある光景に那須のトリオン体が警報を鳴らすが時既に遅し。
「───ギムレット」
徹甲弾の名を冠す弾丸が那須のシールドごとトリオン体を貫く。
その間際に相討ち狙いでバイパーを放つも、突然の出来事に混乱していた那須の脳内では精確な軌道を引くことは叶わず、無情にも天宮の脇腹を素通りしていくだけだった。
「やられたわね……」
───4-4
頭上に記されたその数字に悔しさを抱きながら、模擬戦の勝敗の行方は再び振り出しへ戻るのだった。