亜種並行世界 英雄台頭大陸 漢   作:ユータボウ

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思っていたより時間が経ってしまった。


第3話

「──なるほど。今のこの国、漢は霊帝という天子様が統治されているんだね」

 

「うん、村のおっちゃんたちは確かそう言ってた。ボクは偉い人とかにあんまり興味なかったから、もしかしたら間違ってるかもしれないけど」

 

「それでも大丈夫だよ。ありがとう、()()

 

 ふっと微笑んでお礼を告げると許緒──否、季衣は気恥ずかしそうに笑った。

 

 現在、俺たち一行は季衣の案内の下、彼女の住まう村へと向かっている。賊の撃退を手伝ってくれたお礼がしたいという彼女の申し出に、人の集まる場所に行けるということもあって、二言返事で頷いたのである。とはいえ、ある程度の情報は今のような季衣との会話で得ることが出来たのだが。

 

 まず第一に、この世界のこと。季衣の言葉とサーヴァントたちの補足によれば、今俺たちの立っているこの地は豫州の沛国という場所であり、そして現代より一八〇〇年以上も前の漢王朝であるらしい。それを聞いたときの虞美人が盛大に顔をしかめていたのは、愛する者を殺した男の興した国であるからだろうか。なんにせよ、今がいつの時代なのか、ここがどこなのかを知ることが出来たのは大きい。

 

 次に、真名(まな)と呼ばれる風習について。この時代の人には性、名、字の他にも真名というものがあるのだそうだ。真名は本人が許した相手しか呼ぶことが出来ず、それ以外の者が真名を呼べば問答無用の斬り捨てすらあり得るのだという。これを聞いたときには俺は勿論、蘭陵王や良も驚いていたことから、どうやら二人の生きた時代にはなかったものらしい。恐らく、何かの理由で廃れてしまったのだろう。

 

 ちなみに、季衣というのは許緒の真名である。「賊退治を手伝ってくれたし、悪い人じゃなさそうだから」とは本人の談ではあるが、真名の定義を今しがた知った身としては、そんな簡単に許していいものなのかと思わなくもない。勿論、本人が構わないのなら問題はないのだろうけれど。

 

 しかし、当然ながら俺たちには真名がない。季衣にそれを伝えたときには大層驚かれたが、真名のない、ここよりずっと遠い場所から来たのだと言って納得してもらった。そして、真名の代わりに俺たちの名前を教え、季衣の好きなように呼んでもらうことにしたのである。

 

 ただ一人、この時点で歴史に名を遺している虞美人を例外として。

 

「それより! 良姉ちゃんもヒナコ姉ちゃんも凄かったね! 戦ってる筈なのに、まるで踊ってるみたいに綺麗だったよ!」

 

「ふふふっ。ありがとう、季衣さん」

 

「ん……」

 

 まだ出会ってさほど時間が経っていないにもかかわらず、良と季衣はすっかり打ち解けている。二人の性格からこうなることは予想出来ていたが、まさかここまで早いとは思わなかった。そして、そんな二人を虞美人──この世界では先の理由もあって芥ヒナコを名乗っている──は、無言のままじっと見つめている。季衣から話を振られても、彼女がするのは素っ気ない返答だけだ。

 

「……虞美人って、子供も嫌いなのかな?」

 

「というより、単に接し方が分からないのでないでしょうか? 子供とは純粋なものですから」

 

 隣にいた蘭陵王からやってきた返事に、俺はなるほどと納得する。言われてみれば彼女の仏頂面も、天真爛漫な季衣にどう対応していいか分からないといった風に見える。時折、バツの悪そうに身動ぎしているのもそのせいなのだろう。

 

「これが少しでもいい方向に働いてくれたらいいんだけど」

 

「……そうですね。人間があの方にした仕打ちを考えれば、そう簡単にいきはしないでしょうが……それでも、季衣殿との交流が何かしらのきっかけとなれば、これほど喜ばしいことはありません」 

 

 そう語る蘭陵王は、仮面の下で柔らかな微笑を浮かべていた。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 それから程なくして、俺たちは季衣の住まう村へと辿り着いた。漢という時代を感じさせる造りの家屋や、背の高い穀物の実った畑など、その風景は長閑そのものだ。出会った人たちも最初こそ俺たちの格好に驚いていたようだったが、季衣の姿を見るとすぐに笑顔を浮かべ、「こんにちは」と丁寧に挨拶をしてくれた。かつて訪れたことのあるセイレムのように、よそ者ということで怪しまれたり、不審がられたりするのではないかと心配していたが、どうやらそれは杞憂に終わったようだ。

 

「いいところだね、ここは」

 

「はい。実りは豊かで、住まう人は皆晴れやかな表情をしています。本当に……素晴らしいことだと思います」

 

 村の様子を見て回った率直な感想を呟いた俺に、良が感慨深げに頷いて同意する。平和と農業を愛する彼女にとって、目の前の景色はさぞかし眩しく映っているに違いない。今もどこか懐かしむような、慈しむような目で辺りを見渡している。

 

「でしょでしょ! ここの皆はとーってもいい人ばっかりなんだよ!」

 

 それに気をよくしたのか、季衣はこの村の自慢を嬉々として語り始めた。この村が如何に素晴らしく、彼女がどれだけこの場所を大切に思っているのかが、その口振りと仕草から十二分に伝わってくる。

 

「それでね、この前なんて──」

 

「季衣! 季衣ー!」

 

 そんなときだ。季衣の台詞を遮るように大きな声が耳に飛び込んできた。全員が声の方に振り返ると、小柄な少女がぱたぱたとこちらに駆けてくる姿が見える。若草色のショートヘアーと青いリボンが、少女の走る勢いで緩やかに揺れていた。

 

「あっ! 流琉! ただいまー!」

 

「ただいま、じゃないでしょう! 大人数相手にまた一人で飛び出すなんて、一体何考えてるの!?」

 

「大丈夫だよ。ボク強いもん」

 

「そういう問題じゃないの! 確かに季衣は強いし、簡単に負けたりしないかもしれないけど、危ないことに代わりはないでしょう!」

 

「もう、流琉は心配性だなぁ。大丈夫だったんだからいいじゃん」 

 

 こちらに辿り着くなり、早口で一気に捲し立てる少女に対し、季衣はどこ吹く風とばかりにあっけらかんとしている。それから二人のやり取りはだんだんとヒートアップしていくが、そんな二人を眺める村の人たちの目はどれも温かなものだ。誰も止めに入る気配はないことから、こうしたことは特に珍しいことでもないのだろう。

 

 二人の言い争いはそれからしばらく続いたが、最終的に少女の放った「次、また一人で行ったらもうご飯を作ってあげないから!」という一言に、季衣が折れる形で落ち着くこととなった。話が一段落し、大きく息をつきながら顔を上げた少女は、ここにきてようやく俺たちの存在に気付いたらしく、はっとなって目を見開いた。

 

「えっ!? あ、その、ご、ごめんなさい! 目の前で突然こんなのを見せちゃって……」

 

「気にしないでいいよ。それより、季衣のことを大切に想っているんだね」

 

「それは、まぁ、昔からの付き合いですから……って、あなた! 季衣の真名を!」

 

 季衣の真名を口にした途端、少女はキッと目を細めて睨みつけてきた。その小さな体からはこれまでの雰囲気とは一転して確かな殺気が滲み出ており、幼い容貌からは不似合いなほどの迫力が感じられる。この様子では彼女自身も季衣同様、見た目とは裏腹に相当腕が立つのだろう。

 

 ──なるほど、他人の真名を無断で口にすれば今のようなことになるのか。

 

「ちょっ!? 流琉、待って! 立香兄ちゃんにはちゃんと真名を預けてるから! そんなに怒らないでよ!」

 

「えぇ!? ご、ごめんなさい!! 私、てっきり!」

 

 俺が呑気なことを考えているうちに、季衣が慌てて少女を止めに入り、自身が勘違いをしていたと気付いた少女は、顔を真っ赤にして頭を下げた。俺は「まだ何もされていないから大丈夫」と苦笑しつつ少女に告げ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()仲間たちに、構えを解くよう目で促す。

 

「とりあえず自己紹介をさせてくれないかな。俺の名前は藤丸立香。こことは違う国の出身で、季衣に案内されてこの村に来たんだ。真名もないから、君の好きなように呼んでほしいな。よろしくね」

 

「わ、私は典韋です。本当にごめんなさい。私のことも流琉と呼んでください。えっと……よろしくお願いします、立香さん」

 

「うん。よろしく、流琉」

 

 お互いに握手を交わし、名前を呼び合って確かめる。そのあとには良や蘭陵王、渋々といった様子の虞美人も続いた。

 

「流琉、立香兄ちゃんたちは凄いんだよ! ボクの戦ってた盗賊たちを、まるで踊ってるみたいに綺麗な動きで倒しちゃうんだ! ……あれ? 立香兄ちゃんはそうでもないのかな?」

 

「くくっ……! 言われてるわよ、藤丸?」

 

「ははっ……その通りだから何も言い返せないなぁ」

 

 季衣の純粋であるが故にストレートな一言と、虞美人の意地悪な笑みに、俺は苦笑いを浮かべることしか出来ない。実際俺のしていたことといえば、白馬を操って荒野を駆ける蘭陵王の背中に抱きついていただけだ。そのように思われるのも当然のことであるし、何よりもその通りなのだから素直に認める他なかった。

 

「もう、季衣ったら。立香さんに失礼だよ」

 

「いや、別にいいよ。それより二人共、村長さんの家はどこにあるのかな? しばらくここに留まりたいって思ってるんだけど、ちょっと相談してみたくてね。もしよければ案内をしてほしいんだけど」

 

「うん、任せてよ!」

 

 俺の頼みに季衣は嫌な顔一つせず、満面の笑みで答えた。そんな彼女と流琉の後ろに続き、俺たち四人は村長さんのお宅があるという村の中心部まで足を運んだ。その途中、すれ違った人たちのほとんどが俺たちのことをじっと見つめてくるのは、やはり物珍しさ故なのだろうか。

 

「はぁ……落ち着かないわね、こうもじろじろ見られると。煩わしいったらありゃしない」

 

「恐らく、この村を訪れる旅人自体が少ないのでしょうね。その分、外から来た我々が注目を集めてしまうのも仕方のないことかと」

 

「厄介がられたりしないだけいいんじゃないかな。俺はそんなに気にならないよ?」

 

「……もういっそ霊体化しようかしら」

 

「えっと、今そうしたら大騒ぎになると思うのですが……」

 

 好奇の視線に晒され、辟易する虞美人を三人で宥める。そうしているうちに辿り着いた俺たちを出迎えてくれたのは、四十代後半から五十代くらいと思わしき中年の男性だった。微笑む男性に大きな声で「こんにちは!」と挨拶する季衣と流琉を見るに、どうやらこの人が村長さんであるようだ。

 

「こんにちは。もしや、旅のお方でしょうか?」

 

「はい。少しお話がしたいのですが……お時間はよろしいでしょうか?」

 

 おずおずと尋ねた俺に、村長さんは「えぇ」と笑みを崩さぬまま頷いた。

 

「分かりました。では、どうぞ上がってください。大したおもてなしも出来ませんが……」

 

「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。季衣と流琉もありがとう」

 

「このくらいお安いご用だよ!」

 

「では皆さん、またあとで」

 

 ここまで案内してくれた二人の少女にお礼を告げ、俺たちは村長さんの家にお邪魔した。

 




虞美人×項羽もいいけど、虞美人×蘭陵王もいいよね。

予定では次は戦闘回。とはいえ、果たして上手く書けるかどうか。更新はなるべく年内にしたいです。
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