ひきがやしき   作:政田正彦

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ごめんね、私、また浮気しちゃった……。






比企ヶ谷八幡(1)

 俺は比企谷八幡。

 

 8月8日生まれ、A型、座右の銘は押してダメなら諦めろ。

 今年で高校生になる、目が腐ってる事、性根が腐ってる事、だがそんな開き直った自分が大好きな事を覗けばおおよそ一般的と言えなくもない男子高校生……。

 

 ……の形をした、ロボット、アンドロイド、あるいは、宇宙的超生命体っぽい何かが言う所の、兵器ユニットとやらである。

 

 

 

 

 事の発端は、俺が高校に入学する一週間前まで遡る。

 中学を卒業し、アルバム、教科書、ノート、黒い方のノートと忌々しい記録を全て片付け、高校生活に向け、気合いを入れたり入れなかったりして、柄にも無く、コンビニ帰りの夜の散歩に洒落込み、夜の冷たい空気に身をさらしていた時。

 

 これもまた柄にも無く……思えばその日は柄にも無い行動続きだったかもしれない。

 

 俺は特に何の用事があった訳でもなく、たまたま目に着いたいつもの通り道にある公園へと立ち寄り、買った物をつまみながら休憩がてら備え付けのベンチに座り込んだ。

 

 何を買ったとかまでは覚えてないが、その日もMAXコーヒーはいつもと変わらない味だった事だけは覚えている。いや覚えてんじゃねーかというツッコミは無しで。

 

 

 MAXコーヒーの変わらない味に喉を潤していると、ふと、公園の通り道に、誰の物とも分からない、飲み終わったペットボトルのゴミが目についた。

 

 

 俺は、今のこの何とも言えない気分を害されたくない。誰に見られている訳じゃないが、何となくそれをそのままにしておくのも気分が悪いと思い、それを拾う為に立ち上がり、「やれやれ一体どこの馬鹿が今時ポイ捨てなんぞするのかね」と心の中で呟きながらそれを拾いに行く。

 

 余談だが、ぶっちゃけそこにゴミ箱が備え付けてあるなら素直にそこに捨てた方が精神衛生的にもいいと思う、思わない?

 

 善良な心だとかポイ捨てはいけない事だとか、そういう感情は一切無く、ただただ目についたから捨てる、ただそれだけの行動だった。

 

 そのゴミの前でしゃがみ込み、街灯でかろうじて見えるペットボトルのラベルから、それがMAXコーヒーでは無い事を確認し、一人「やはりMAXコーヒーを飲む奴に悪人は居ないな」等とふざけた事を想いながら再び立ち上がる。

 

 

 

 

 刹那。

 

 

 

 

 時間にしてほんの数秒……いや、本当は1秒にも満たない一瞬の出来事だったかもしれない。

 

 

 

 「あ?」

 

 

 

 

 それは突如として現れた光だった。

 

 それ以外に形容のしようが無い……もしそれが俺の背後から来たものじゃなく、正面から訪れたのであったならば、俺は全人類初の、間近で宇宙船を見た人間になれたかもしれないが、まあそれはいいとして。

 

 背後からの光だったのにも関わらず、その光に包まれて目が眩む程の強い、あまりにも強く眩しい光だったので、「何?え?トラックの居眠り運転か何かか?俺こんな所で異世界転生しちゃうのん?」とか思ったが、次の瞬間俺の身体を襲った、今までの、そしてこれからの人生においてこれ以上は無いと思える程の衝撃が訪れた瞬間、俺の意識は呆気なく途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 「被害は?」

 

 「こちらはありません。しかし、この星の知的生命体を一体破壊してしまいました」

 

 「復元は可能か?」

 

 「不可能です」

 

 「ではすみやかに表面的にだけでも復元しろ」

 

 「我々が干渉していないかのように偽装しろ」

 

 「兵器ユニットしかありませんが……」

 

 「まて、この星が滅びてしまうぞ!」

 

 「知るか!!出来るだけ早く離脱するんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっと待て、なん、だよそれ。

 俺の身体をどうするつも……

 

 

 

 

 

 

 「……あ?」

 

 

 

 

 

 気が付くと、俺は公園で寝そべっていた。

 気絶していたのだろうか?

 

 もしかしてこれ、気絶してたって事?意識を失うとか、マジか、初めて経験したわ。

 

 

 ……はっ!!財布……は、ある、中身も、問題なし。

 スマフォもある……あれ?で、電源が点かない……?っていうかやけに軽いな……?

 

 まぁ、このスマフォも替え時だったしな……新しいやつ買おうか。

 

 ……いや、そうじゃなくて、俺なんで気絶したのん?今何時よ?

 

 

 そう思い、俺は辺りを見回して……公園に都合良く設置されていた時計塔の針を見て、まだ空が明るくなり始めたばかりの、早朝を差している事を確認した。

 

 いや、これ俺一晩中放置されてたって事?この寒空の下に?よく死ななかったな俺……とはいえ、案外人間の体って丈夫に出来ているものなのかもしれないな。上着も着てたし。

 

 それに、今日が真冬なのにも関わらず、何故か過ごしやすい、()()()()()()()()気温だったから助かったのかもな。

 

 よし、とりあえず、家に帰ろう、そうしよう。

 

 

 

 病院、という選択肢は頭の中に無かった。

 まぁ、俺もなんだかんだ混乱してたんだよな、こん時。

 もしここで病院に行ってたとしたら……まぁ、ifの話はどうでもいいとして。

 

 

 

 

 俺はまずひっそりと玄関から家に入り、まず靴を確認する。

 当たり前だがそこには両親と、小町の靴が並んでいた。

 

 だが、それ以外の見知らぬ靴が並んでいない、という事に対して若干の安心感と諦めにも似た、「まぁ、俺みたいな息子が一晩居なくなっても気づきゃしないよな」という感情が織り交ざって、思わず苦笑いする。

 

 ここに俺の見知らぬ靴が並んでない=警察沙汰とかにはなってない。

 身内から行方不明者が出て、警察を呼んだとしたら、警察から「息子さんが家出をするような事、あるいは場所に心当たりは?」とかなんとか根掘り葉掘り聞かれたり、その家族を落ち着かせるという役目もある。

 

 

 ……が、その警察が居ないってこたぁ、まぁ、うん、そういう事なんだろう。

 初めから落ち着かせる云々という問題ではなく、俺が寒空の下一晩気絶していたという事実を、そもそも家族は知りもしないという……あれっ、やっべ涙出てきた。

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ、警察沙汰になってないのは俺にとって都合が良かったので、一概に悪い事ばかりではない。

 

 今日、ひっそりと病院に行って、脳とかに異常があったらそれは流石に報告すべきだろうが、(ここでようやく病院に行くという選択肢が生まれた)大した事じゃないならそれに越したことはない。

 

 

 そう思いながら、俺は、とりあえず、落ち着くために、この()()()()を潤す為、冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注ぎ、それを飲む。

 

 

 「…………?」

 

 

 何故だろう、妙に……喉が渇く。

 俺はもう一度麦茶をコップに注ぎ、それも飲んだ。

 依然乾いたままなのを感じ、更にもう一杯、もはやがぶ飲みの域を越えるレベル。

 

 残っていた麦茶一本丸々消費したのにも関わらずまだ喉は乾きを訴えていた。

 たまらず俺は水道の蛇口の下に口を持っていき、顔や髪が濡れるのも躊躇わず、直接大量の水を飲み干していく。

 

 

 

 しばらくして、ようやく乾きが癒えたのを感じ、蛇口を閉めてから思考が再開する。

 

 

 

 ……いやおかしくない?なんだこれ?

 

 

 本格的に、頭がおかしくなってしまったとしか思えない。

 水をあんなに飲んでようやく乾きが癒えるとか、あり得ないだろ。

 つーかそんだけ飲んだら普通腹がちゃぽちゃぽするっつーか、冷えるっつーか……でも、入っている感覚すらない……まるでこの一瞬で身体に吸収されちまったかのようだった。

 

 それこそ何を馬鹿なという話である。

 

 乾いたスポンジか何かか俺の体は?

 

 俺は恐らく脳か何かがおかしくなり、喉や腹の神経やらなにやらがおかしくなってしまったのではないかと思った。公園で倒れたのもそのせいだ。そうとしか考えられなかった。

 

 仮に人に「俺昨日コンビニ行ったんだけど、その帰りの公園で一晩中気絶してたっぽくてさ~……しかも起きて家に帰ったらめちゃくちゃ喉乾いて麦茶一本消費して水道から水をがぶ飲みしてようやく乾きが収まったんだけど、何故か腹がちゃぽちゃぽしないんだよね。これって病気かなあ?」と言われたら俺はノータイムで「今すぐ病院に行け」と言う自信がある。

 

 

 うん、そうだな、病院行こう話はそれからだ。

 

 

 本当はすぐにでも行って診てもらいたいレベルで焦ったが、特にどこかに痛みがあるわけでもなく、これなら病院が開く時間に自分でバスで行けるなと判断し、救急車やタクシーは必要ないだろうと判断した。

 

 というか、なんなら体調はすこぶる快調で、あれぇ?俺の肩ってこんなに軽かったっけ?と何でもないのに肩をぐるぐる回したくなる程。

 

 

 ……そして更なる異変に気付く。

 

 

 

 「はっ……?」

 

 

 それは、煙だった。

 俺の左腕から、煙が、いや、水蒸気?白い煙が静かに立ち込めていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……おお」

 

 

 ……俺はこの日「人ってマジで意味不明な状況に晒されると、もうビックリすら出来なくなるんだなあ」と思った。

 

 中1の頃、手に取ったマグカップの中にそれなりにデカい蜘蛛が入ってた時よりも驚いたが、声を出すことすらできなかった。

 

 

 

 

 いや!思った。じゃなくて、ちょっと待って、これヤバくない?いやどう考えてもヤバい!マジでヤバイ!!

 

 俺は急いで袖をまくり、左腕を露わにして異常が無いか確かめる。

 

 

 感覚はちゃんとある。痛みは?熱は?……無い。

 右手で触ってみても、湯気が立つ左腕に熱さも痛みが走るなんてことも無く、ただただ、そこから湯気が立っているとしか表現できない状態になっていた。

 

 いつから俺はゴム人間になって血流を加速させることで爆発的な身体能力を得ることが出来るようになったと言うんだ。画的にはこれで皮膚が赤く変色すれば完全にギア・セカ●ドである。

 

 

 ただ、何か、こう、感覚に違和感は……ある。

 なんだ、この、異物感というか、まるで……腕の中に、鉄でも仕込まれているみたいな……。

 

 そう思いながら、湯気の立つ腕を押さえ、さながら「クッ!沈まれ……!沈まれ俺の左腕に封じられし暗黒邪神龍よ!!」風に左腕を押さえ、水蒸気が出ないように押さえつけようとするが、思いの他湯気の勢いが強く止められない。リビングの一角が水蒸気で白く霞んでしまう程だ。

 

 

 「くっそ……なんだよこれ……ありえねーだろおい……!」

 

 

 とにかくこのままでは困る。

 腕から水蒸気が立ち上る高校生とか聞いた事ねーよ。

 このまま外に出て病院に行こうものなら確実に「プッw何アイツwル〇ィかよww」と言われながら写真を撮られSNSにアップされる事請け合いである。

 

 冗談じゃねえ、頼むから止まれオイ。

 

 

 「このっ……!」

 

 

 人は思い通りに行かないと憤りを感じる物だ。

 それが自分の身体だったりしたら尚更。

 俺は思わず、というかほぼほぼその憤りに任せる形で、自分の煙が出ている腕を、軽く、本当に軽く叩いた。

 

 

 すると、信じられない事が起こった。

 今更これ以上信じられない事が起こりようもあるまいと思ったがそれ以上にあり得ない、目を疑うような事件が。

 

 「うっ!わ、ああぁぁ……!?」

 

 

 腕が開いた。

 

 そうとしか表現出来ない。

 俺の左腕は、叩かれた拍子に機械的な、折り畳み傘をメカチックにしたものを開いたらこういう音が鳴る、みたいな音を鳴らしながら開き、内部に内蔵された、訳の分からない、しかし現状俺を構成しているのであろう機械的部品の数々を晒し……例えるなら、ア〇ムのキャノン砲、ロック〇ンのロックバスター、サイコガン、FF7のアイツ……。

 

 

 

 あぁ、なんつーか……俺、今年で16になんのにこんな馬鹿な夢を見る程頭が悪かったのか……?

 

 

 

 呆然とそれを眺めていた俺だったが、しばらくするとそれは一人でに元の、見た目だけは普段の俺の腕と変わりない、やせ型とも言えないが微妙に頼りにならない弱弱しい腕の姿があった。

 

 中にSF染みたレーザーガン染みた何かが入っているとは到底思えない姿だ。

 触ってみても、むにむにとごく普通の腕の感触がそこにあった。

 

 感触まで再現するなんて、俺の夢って実は最先端行ってんじゃね?つーかこれひょっとして明晰夢(※夢の中で夢であると認識する事で夢を操る事が出来る夢)?やば、初めて見たわ。

 

 

 

 明晰夢、であるならば、そう、であるなら全く問題は無い。

 きっと昨日コンビニへ行ったという所から既に夢だったのだ。

 

 夢だから寒さも暑さも感じないし、夢だから水を飲んでも麦茶を飲んでも腹が冷えたりしないし、そりゃあ、腕だって湯気を出したりア●ムみたいになったりもするさ、だって夢なのだから。

 

 

 

 

 夢だと断じた瞬間少しだけ冷静になった俺は、しかし胸の興奮と恐怖までは押さえつけられず、夢なら夢である内に、そう、この現象を愉しむのも良いのではないか。

 

 

 

 現実がクソなんだ。

 夢の中で位、良い思いしたって罰は当たらないだろ。

 と、こうして、夢である、と自覚しているが、夢から醒める気配が無いので、俺は夢を精一杯楽しむ事にした。

 

 

 

 

 じゃあ、えーと、そうだなぁ……アニメのヒロインを夢の中で出して、エロい事でもしてもらう、ってーのはちょっといきなりハードルが高すぎか?てかそれを仮にやれたとして、朝に自分のパンツを洗うのは俺だ。それはちょっと。妹に見られでもしたら軽く死ねる。

 

 とりあえず俺はさっきの意味の分からない現象を、もう一度再現する事から始めるのはどうだろうかと考えた。

 

 今俺に必要なのは想像力だ。ならより細かに、鮮明に想像出来る物から想像していって、最終的には………………フヒッ。うわキモ。自分でキモイって思っちゃったよおい。

 

 

 「ふんっ」

 

 

 俺は先程の光景を思い出し……自分の筋肉やら指先やら間接やらを展開して先程の状態になるように働きかけてみた。

 

 結果は成功。再びガシャンッという音を立てながら、青白い光を放つ部品で構成された俺の左腕の、銃的な何かが露わになる。なかなかいい仕事してんじゃん、俺の夢。

 

 次に、反対側の右腕でもやってみた。

 

 結果は成功。やはり今は封印されし記憶(メモリー)によって培った「もしも俺の背中に黒い翼(ダークオブウィング)があったら、感覚はこうだろうか?」と一人でやっていたもしもの感覚を想像する遊びは無駄では無かったのだ。

 

 おい誰だ「流石の中二病もそんな事しねーだろwww」とか思った奴。

 作者に謝れよ。いや作者って誰だよ。興奮し過ぎて訳わかんねー事言ってんな、俺。

 

 

 俺は自分の部屋に戻り、「アンタも自分の格好に気を遣う時が来るかもしれないから。微粒子レベルの可能性だけど」と買われたはいいがほぼ中二病時の遊びにしか使わなかった姿見の前で「ふむ、SF物ってのもなかなか」と一人遊びに熱中した。

 

 調子に乗って背中や腹、最終的に頭まで展開してみた。

 

 背中には、何だろう、ブースター……まさかとは思うがこれで空を飛べとでもいうのか?物理法則とか大丈夫なのかそれ?……や、何やら物々しい装備も着いていた。

 一目でこいつはやべえ、と思えるそれを、俺は見なかったことにした。

 つーか、背中がガパッと開く様はぶっちゃけキモ、いや、グロかった。

 

 ついでに腹だが、うん、グロかったというだけしか感想が無いので割愛。

 

 頭は、顔と前頭葉の部分とそれ以外の後頭部等の二つに分かれて展開、顔が下の方を向く形になる。内部は生きたままホルマリン漬けにされた脳……ではなく、なにやらコア的な、丸い物体が内蔵されており、下手に触ると良くない気配がこれでもかと発せられていた。

 

 あまり頭のこれに触れるのは止そう。

 

 

 

 

 

 しばらく……ひょっとしたらこの姿見の前に立ってから30分位は経ったのだろうか?なかなか覚めないなあとうっすら思いつつ夢で遊んだり、美少女を出そうと奮闘していると、「お兄ちゃーん!ご飯だよー!」とマイラブリーシスター小町の声がリビングの方から聞こえてきた。

 

 

 恐らく現実世界の妹がベッドの上で寝ている俺に対して言っているのだろう、と思い、俺は「そろそろこの夢からも醒める時が来たか」と少し寂しさを覚えながら、起きたら絶対スマフォでグーグル先生に「明晰夢 見方」で検索をかける事を頭に叩き込む。

 

 夢なのだから返事をしても仕方あるまいとそれを無視していると、「も~!!」と不機嫌そうな、心底めんどくさそうな妹の声が部屋の前の階段あたりから響いてくる。

 

 

 うん、いいんだよ小町ちゃんお兄ちゃん今すごい楽しい夢見てっから起こさなくても。

 

 

 「お兄ちゃん!!……って、起きてるなら返事してよ、もう!」

 

 

 

 ……ん?あれ?覚めないのん?あれ?

 

 

 

 「……鏡の前で何してたの?……この寒いのに腕まくりなんかして」

 

 「……あー、いや、えーと、起きたら腕、ベッドの角にぶつけたっぽくて、なんともなってねーかなー……と」

 

 

 いや、咄嗟に誤魔化しているけど、え?ちょっと待てよ、何で夢から覚めないんだ?ひょっとして意識してないだけでもう覚めてるのん?それとも、この小町も夢の住人的なアレなのか?

 

 「ふーん……なんともなってないじゃん。何でもいいけど、早く降りて来て、一緒に朝ごはん食べよ!」

 

 「おう」

 

 

 しかしその反応はいつもと変わらない、愛する我が妹そのものだった。

 

 

 試しに、と、頬をつねる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢からは目覚めなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……嘘だろ、マジで言ってんのかよ。

 

 

 

 

 

 

 どうやら俺は、いつの間にか人間を辞めてしまったらしい。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 「どしたのお兄ちゃん、さっきから難しい顔して」

 

 「あ?いや……なんつーか、もう中学生じゃねーんだなーって、感慨深くなったつーか?」

 

 

 

 中学生じゃないどころか……人間ですらないまである。

 とは、言えないよなあ……流石に……。

 

 「……まぁ、いいけど」

 

 小町はそう言う俺の言い訳を聞いて、そんな反応を返した。

 明らかに、俺が本当の事を言っていないという事実を察してしまっている。

 だが、すぐに「まぁいいか」とベーコンエッグに箸を伸ばしていた。

 

 

 なあ、小町……お兄ちゃん、比企谷八幡じゃねーかも……っつったら、お前、何て言うんだろうな……。

 

 

 不毛な想像だ。

 俺が真実を小町に言う事は無いのだから。

 

 

 「ごちそうさん」

 

 「自分のはちゃんと自分で洗っといてね」

 

 「あい、よ」

 

 

 言われた通りに自分の分の食器を洗いながら、今後の事について考える。

 

 病院……は、無理か。誰が「身体がロボットになっちまったんですけど」と言ってまともに対応してくれるだろうか。俺だったら「ンーーー精神科ですね」と精神科か脳外科を勧めるだろう。てか病院から叩き出すまである。

 

 誰だってそうする、俺だってそうする。 

 

 うーん、あまりこれといった「この先」が思い浮かばない。

 

 そもそもの話、自分の体がどうなっているのかまだ正しく把握できていない。

 今のところ把握できているのは……

 

 1、腕とか足とか背中とか頭とかが開く(中からなんかSFのサイコガンっぽい何か)

 2、水が大量に飲める(ひょっとして水がエネルギー源だったりする?まさかな)

 3、みてくれはどう見ても比企谷八幡(どうせならイケメンになればよかったのに。特に目)

 4、…………???

 

 

 他にこれといったもの、あるか?

 そもそもこのサイコガンっぽい何かは実際に撃てちゃったりすんの?いや撃てちゃっても困るんだけどさ。

 

 

 「もう一眠りするわ」

 

 「ちょっ!?お兄ちゃん寝すぎ!もー!」

 

 

 流石に嘘だぞ妹よ。

 お兄ちゃんちょっと確かめたいことあるんだけどそれをお前に見られる訳には行かないんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 ここでなら誰も居ないだろ。

 

 俺は家の近所の河原、その奥の方……まず人気が無い、そもそも人が来ることがそうそう無い、中二病だった頃によく一人で遊ぶのに使った場所に来ていた。

 最後のは余計である。

 

 俺はこの場所で……俺のこの左腕の銃っぽい何か……が、本当に撃てる(・・・)のかを試しに来たのだ。

 

 それ以外にも色々とやりたい事はあるが、まず真っ先にそれが思いついた。

 

 これが出来なければそれで良し、出来てしまったなら……俺は今後の対応、っていうか、身の振り方に困るわけで。

 

 

 俺は周囲をもう一度確認した後、左腕の袖をまくり、展開する。

 これにも慣れてしまった自分が居るのが少し恐ろしい。

 

 だが、問題はこの後だ。

 

 

 

 ふん、と力を込めてみても何も起きないのは確認済みである。

 ならば、感覚と想像でならどうかというのが今回試したい事だ。

 

 男子中学生を乗り越えた俺の妄想力をなめんなよ……!!

 

 

 

 

 

 力は入れる必要はない。ただ、そこに“そういう筋肉がある”と仮定して動かそうとする。思った通り、腕は容易に展開した。これは先程鏡の前でも練習したので、今ではコツを掴んだのか大した集中力を要さずとも開閉が可能になった。

 

 ……と同時に、先ほど食った物がびちゃびちゃと地面に落ちた。

 いや、消化機能は無いんですね、いや、もういいけどさ……。

 い、今更そんな事で驚いたりしないんだからねっ!

 

 

 出鼻を挫かれた感が強いが無視して次は俺の腕には“そういう力がある”と仮定して、「エネルギーを集めるって、こういう感じだろうか」という漠然としたイメージを想像する。

 

 すると、やはりというべきか、出来るなら何も起こってほしくは無かったが、俺の左腕の銃的な何かの周り、開閉された腕のパーツにプラズマ染みた物……いや、実際プラズマなのかもしれない、青白い光がバチバチと音を鳴らしながら収束していき、俺の左腕が振動でビリビリと震える。

 

 

 それを、放つ。

 

 

 

 引き金を引くような、というよりかは、エネルギー染みた何かを集めるのに使っていた腕の力を、一気に抜くような、脱力するというイメージが一番近いだろうか。

 

 その瞬間俺の腕に収束していたエネルギーは一気に前方へと発射され……。

 

 

 

 俺はその反動で情けなく地面を転がった。いたい。いや痛くないけど。

 

 

 いや、あれだ、うん、現実逃避をしている場合じゃなくてだな。

 チラリ、と俺が()()()場所を見る。出来るなら俺が見た時のそのままの姿であってくれないかな?ダメ?と思いながら。

 

 

 

 ……小さなクレーターが出来てたし、めっちゃ煙でてた。

 

 

 ……一発で人が何人死ぬんだよ、と思う程の威力の、SF染みた、ビームちっくな何かが地面に被弾すると同時に、小規模の爆発。足下にあった石やら何やらをガラス状に溶かして焦がして燃やしているのが見えた。

 

 しばらく見ていると、穴が決壊して川の水が流れ込み、もうもうと水蒸気を発した後、何も無かったかのように、そこに少し深めの池が出来た。

 

 

 「なんだよ、これ……」

 

 

 人一人、中学生卒業したてのガキが持っていい力じゃねーだろ。

 

 常々思うがこういう力を突然与えられたって与えられた方は困るだろ。

 「やったーチートだ!」とはならねえだろ。

 今の俺の感情を言ってやろう。

 

 これからどうしようか、である。

 

 腕はなんとか管理できるようになったからこれからも大丈夫ではあるだろうが、それ以外の場合。

 

 ふとした瞬間額からビームが出て、小町とかにその殺人ビームが当たったりしたら?

 それが一般人だったりした場合は?

 あのまま偶然俺が人間じゃないって事がバレずに済んでいるが、もしバレたら?

 

 

 

 

 

 

 「あんたなんかお兄ちゃんじゃない!!返して!!お兄ちゃんを返してよ!!」

 

 

 

 

 

 とか言われちゃうわけ?うぅっわ、マジかよ、普通に凹むどころか死を選ぶわそれ。

 

 つか、マジな話、ここまで非現実的なシチュエーションに人を放っておきながら、特になんか説明とかは無い訳?

 

 そういやなんか、事故がどうたら、兵器ユニットがどうたら、とか言われた気が……。

 

 

 

 「誰でもいいから俺の身体について教えてくれこの際ダークサイドでも……うぉっ……?」

 

 

 

 

 思わずそう独り言ちると、突然視界がおかしくなる。

 

 

 なんだ、この……まるでゲームか何かみたいな視界は?

 いや、でもまぁ、そりゃそうか、ここまで面白可笑しくメカになってて目だけ無事でしたなんてことあるまいよ。脳が無事かすら良く分かってねーし。

 

 「なんだこれ……?」

 

 

 パッと現れたそれは、まるで“対象を選べ”とでも言っているかのような、丸いサークル表示が、俺の視界と追順するように視界に入り、消えろと意識するだけで消え、そしてやろうと思えばまた出せた。

 

 「うっ……?あ、なんだこれ、うわ」

 

 痛みなど感じないが、反射的に頭を押さえる。

 そりゃそうだろ、だって頭の中から電子音が聞こえるとか。

 

 形容しがたい、電子音特有のそれが頭の中で鳴り響くのを感じながら、視界の中で絶えず動くSFチックなサークル。

 

 説明しろ、と念じたら出てきたコレは、俺に何を言おうとしているんだ?

 

 

 まさか、と思い自分の手に向ける。

 

 

 すると、ああ、そういうことかと理解する。

 

 俺の腕の中にどういう物が仕込まれていて、どういった事が出来て、仮に今その力を使ったらどうなるか、どうやったらその力を使う事ができるのかが、文字や音声ではなく、知識として、事実として、スッと頭の中に入ってくる。

 

 同時に俺の体をホログラムにしたような画像が表示され、ゲームのチュートリアルのようなものも表示されているが、そんなものを見るまでもなく、力の使い方が分かってしまう。

 

 そう言う事だったのか……いや、どう言う事なんだよ。

 さながら、異世界転生にありがちなチート能力鑑定様みたいだ。

 存在が異世界なのは俺の方だって?やかましいわ。いや何言ってんだ俺は?

 

 

 「……説明どうもありがとさん」

 

 

 乾いた笑いを浮かべながら、誰に言うでもなく俺はそう呟いた。

 返事は帰ってこなかった。

 くそう、もうちょっと人間味がある鑑定様が欲しかったぜ。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 「ざっと、こんなもんか……」

 

 俺はいちいち実験をする必要がない事が分かったので、一度家に帰宅し、もう一度自分の体を見てみることにした。今度は例の鑑定様……結果として鑑定様は鑑定っていうより分析様っていうか解析様っていうか、まぁそんな感じの物だった訳だが。

 

 その結果分かったのは、俺の身体が、いかにとんでもない物で出来ているのかという事だった。

 女の子はお砂糖とスパイスと素敵な何かで出来ているというが俺の場合MAXコーヒーと金属ととんでもなくヤバい何かで出来ていたようだ。

 

 

 そして、自分に出来るようになってしまったことを、ざっと纏めてみた。

 いずれ処分する予定だが、とりあえずは書き出す事で頭の中で整理しようと思った為である。

 

 銃撃能力、爆撃能力、ハッキング能力、遠隔操作能力、飛行能力、通話能力、シミュレーション能力……

 

 

 

 

 ……自爆能力。

 

 

 

 

 俺、人間どころか、人間の科学とか、常識とか、そういった諸々の全てから逸脱した存在になってしまったようだ。まさに種族レベルのぼっち。笑えねえ。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 不安要素だったのは、「機械になったけど、ちゃんと歳を取れるのか?」とか、まぁまず使う機会はないだろうけど、その、アレだよ、俺の愚息さんがちゃんと機能してくれるのか、といった所だけど。

 

 

 シミュレーション能力によると、どうも心配は無さそうだった。

 人工?の素材不明な皮膚はちゃんと老いるらしい。ただ中身の方は別で、外的要因が無ければ死なないし、相当な年月かけないと朽ちる事は無い。

 

 まぁ50になっても若いままのぴちぴちでいられるとか文字だけみると魅力的かもしれないけど現実世界だとそれただの化け物かとんでもない若作りかメチャクチャ美にお金かけてますって人だとしか見られないからね。

 ちなみに俺の場合後者の二つはありえないので化け物一択です。本当にありがとうございました。

 

 皮膚まで金属じゃなくてよかった。

 

 次に、その、アレが機能するかどうかだが、率直に言うとやろうと思えばやれる。でも普段は殆ど機能していないというのが実態だった。

 

 なんと言うべきか、電子機器のONとOFFみたいに、生殖機能をONにしたりOFFにしたり出来て、ONにしたらまあ、アレを作る素材というか、そういうのを摂取する必要がある、とかなんとか……もういいだろ俺の性的な事情は!

 

 

 さて、俺の体について考えられる疑問点なんかはおおよそ網羅しただろう。

 人間じゃなくなってしまった、と酷く落ち込んだ、ぶっちゃけ2日程寝込んだ。

 

 

 

 でもよく考えたらそんなに深刻に考える事なくね?

 これでもし、厨二よろしく悪の秘密結社よろしくな展開になったりとかしたらさ、今後の身の振り方とか、力を持った責任とかなんか、そんな感じのを覚悟しなきゃならない訳だけど、俺が一人変わったところで世界が変わらないのは当たり前として、つまり何が言いたいかと言うと。

 

 

 今日も世界は平和であって、俺の力の出番は無い。

 

 

 

 

 

 

 ……つまり、今後この力を使わなければ万事解決じゃね?





次回予告:また事故に巻き込まれます。


皮膚が老いる事とか息子さんについての話は完全に創作です。
実際はどうだったんやろ?多分、そんな事ないんやろなあ。

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