八八艦隊召喚   作:スパイス

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 これを見てくださっている読者の皆様、ありがとうございます!
 今回は作品の都合上、みる方にとっては少し「嫌だな」という表現があるかもしれません。
 予めそれを踏まえた上で、ご覧下さい。
 よろしくお願いします。


第二章 ロデニウス戦役
第一話 ロデニウスの暗雲


 中央暦1639年 3月22日午前

 クワ・トイネ公国 公都クワ・トイネ

 

 

「すごいものだな……あの三カ国の技術力は……

 このままいけば、我が国の技術水準や国民の生活は、文明圏にも劣らぬ――いや、超えるかもしれん。」

 

 首相のカナタは興奮冷めやらぬ口調で、秘書官に語りかけた。

 

「そうですねぇ。ここらへんの地域もすっかり変わりました。

 文明圏外国が文明圏に匹敵する軍事力と生活を手に入れるなど、世界の常識から考えれば考えられないことですが、このままいけば本当に我が国は文明圏国家を超えるでしょう。」

「そうだな。使節団からの報告は、全てが本当だった。

 少年の時のように年甲斐もなくワクワクしてしまったよ。しかも私の在職中に国が発展していく……これほどやりがいのある仕事があるとは、就任したときは思わなかった。」

 

 カナタはそう言って、官邸から窓の外を見た。

 朝日を受けて輝いている公都は、一か月前とは少し外観が違っていた。

 小規模なビルがあちこちに建設されているし、電気、ガス、水道等のインフラも整備され始めている。

 またマイハーク港では、近代的な港湾設備が建設されつつあった。

 ここからでは見えないが、郊外にある練兵場では、大日本帝国やアメリカから入手した『銃』や『大砲』『戦車』を使って、両国から派遣された軍事顧問団の指導を受けつつ、兵士たちが日夜訓練を重ねているはずであった。

 まだ一か月しか経っていないため、公都など一部の地域にしかこれらのインフラは普及していないが、それでも劇的な変化といっても良いだろう。

 また大事な隣国のクイラ王国も、同様な発展を遂げているはずであった。

 日本国や大日本帝国、そしてアメリカからの情報によれば、あの国は地下資源の宝庫らしく、いち早く帝国とアメリカの合弁企業が進出、大規模な金属精錬工場や加工施設、石油化学工場やその採掘施設等を、日本国から通達された公害対策を反映させつつ、急ピッチで建設中だと言う。

 

「しかし、彼らが平和的な国家で助かりました。もし最初の判断を間違えていたら、我が国は今頃は滅亡していたでしょう。」

「全くだ。判断を誤らないで本当に良かった。特にアメリカという国は、使節の報告では大規模な軍拡を実行中らしい。

 何でも、この数か月の間に島のような大きさを持つ戦艦を四隻も完成させる予定だとか。」

「噂に聞く『ノースダコタ級』ですね。アメリカの国力は底知れずです。敵対だけは絶対にしたくないですね。」

「まだあるぞ。戦艦の他に『航空母艦』とか言う竜母に近い船や、沢山の『巡洋艦』という船も造るらしい。大使館からの報告では、四十隻以上建造予定だとか。私はこればかりは眉唾だと思うがね。」

「………そんなに造ってどうするんですかね? まさか我が国にくれるんでしょうか?」

「あんな大きな船をもらったって、肝心の乗組員がいないんじゃどうしようもないよ。それより……」

 

 カナタは声のトーンを落として、秘書官に尋ねた。

 

「大日本帝国からの情報は本当なのかね? ロウリア王国が国境に大部隊を展開しているというのは……」

「こちらの情報と照らし合わせた結果、まず間違いないようです。

 近いうちに――それも三週間以内に攻めてくるだろうと、軍事顧問団が軍務卿に警告してきました。」

「そうか、避けたかったが、遂に来るか。

 数か月前の我々であれば、ロウリアに怯えるしかなかっただろう。

 しかし、我が国はもう過去の我が国ではない。ロウリアが侵攻してくるなら、迎え撃つまでだ。」

「ええ、連中に思い知らせてやりましょう。『銃』と『戦車』、そして『大砲』があれば、怖いもの無しです。

 ですが、念のために国境の町や村に疎開勧告を出してはいかがでしょうか?」

「そうだな……いや、『疎開命令』に変更してくれ。勧告程度では地元の民は動かん。

 軍の部隊による強制疎開も検討させて、明日中に報告をまとめるよう軍務卿に伝えておいてくれ。」

「承知しました。そのように伝えます。」

「あと、外交担当のヤゴウに伝えろ。『大日本帝国かアメリカの大使館に行って、万が一の援軍を要請しろ。』と。

 日本国にも頼みたいが、かの国は憲法で武力解決や軍事的支援を禁じているようだしな。あまり当てにはできん。」

「わかりました。」

 

 秘書官はテキパキとカナタの言葉をメモし、部屋から退出していった。

 それを見送りながら、カナタは呟いた。

 

「もはや、彼らと我々は一蓮托生なのだ。どうか、援軍が来ますように……」

 

 そう、彼は祈った。

 

 

 

 

 昭和17年(1942年) 同日 同時刻

 大日本帝国 帝都東京 永田町

 

 

 近衛文麿総理大臣もまた、官邸の窓から外を見ていた。

 帝都は今や活気に満ちている。二か月前の不安や混乱に満ちていた帝都とは思えないほどだ。

 それもこれも、初めての『異世界との接触』が成功し、国交が締結されたことで、段々と不足が目立ち始めていた生活物資や必需品――主に食糧――が、十分市場に出回り始めたからだ。(戦前の日本は、米の輸入国だった)

 また米国との貿易が復活したことで、資源などの不足も解消されつつある。

 それに、それ以外の国――特に日本国――との交流も、順調に進んでいる。

 彼らがもたらした民生技術(より高性能な無線装置やクロスバ交換機などの電気通信技術、パイプライン輸送技術、極初期型のコンピュータ、トランジスタ、各種エンジン、卓上計算機等の設計図などなど)は、帝国にとってまさに『未来の技術』であり、各担当者達はこれを少しでも早く模倣・改良・量産化して国民に普及させるべく、日夜奮闘中だという。(もちろんアメリカにも技術情報は渡っている)

 また農業技術(これは制限されなかった)も伝えられたため、来年から北陸や東北の農家でこれを試験的に導入、効果が確認されたら、大々的に全国の農家に広める方針だ。

 さらに、今まで治療が『困難』『不可能』と言われてきた結核や日本脳炎、天然痘、インフルエンザ、麻疹などの感染病も、日本国から提供されたワクチンや薬剤のおかげで、助かる患者が出てきているという。また、衛生の概念(手洗い・うがい・マスクの習慣)も少しずつ国民の間に広まっているため、病気の発症率は減少するのではないか――と厚生省の担当者は興奮気味だという。

 

(やはり、『民生技術と医療技術を第一に導入せよ』という陛下の判断は正しかった。直接的な軍事技術の導入こそ出来なかったが、国民が豊かに、健康に生活できる下地が手に入るのに比べたら、そんなものは些事にすぎん。

 陸海軍の連中は残念がっていたようだがな……)

 

 近衛はそう思いつつ、机の上にある書類に目をやった。

 書類は東條英機陸軍大臣と、陸軍参謀本部からの報告書で、『ロウリア王国に開戦の兆しあり』というものだった。

 また永田鉄山陸軍参謀総長からは『桑公国(クワ・トイネのこと)や久王国(同じくクイラのこと)にある我が国や同盟国の資産・人員を防衛するため、早急に軍を派遣するを要とす』という意見が毎日のように提案されていた。

 

(陸軍は海軍に比べて予算に恵まれていないからな。この機会に名を挙げて、発言力を高めようというのだろう……

 しかし、もし陸軍の意見を容れたとして、勝てるだろうか?)

 

 近衛にとっては、そこが唯一の不安だった。

 ロウリアに潜入している諜報員やクワ・トイネから提供された情報によれば、敵の装備は中世レベルの武器と、若干の大砲――それも先込め式の青銅製――があるだけだ。正面から戦えば圧勝できるだろう。

 しかし、この世界には魔法がある。見たこともない『魔獣』や『ワイバーン』という動物も運用しているという。

 異世界の情報に疎い我が軍がそこを突かれ、思わぬ損害を受けたら……

 

 近衛は『戦争が起こらないように』と、祈るしかなかった。

 

 

 

 

 西暦1942年 3月31日

 アメリカ合衆国 ワシントンDC ホワイトハウス

 

 

 

「……では何かね?君たちはクワ・トイネ公国とクイラ王国を救援するために、軍を派遣することがベストだと言うのかね?

 まだ国内の混乱が完全に鎮静化したとは言い難い、この時期に?」

 

 ホワイトハウスの一角、大統領執務室の中で、この部屋の主であるフランクリン・ルーズベルト大統領は、そう言って陸軍長官のヘンリー・スティムソンを、じろりと見据えた。

 

「はい、大統領閣下。

 ロウリア王国が両国に三週間以内に侵攻する可能性は、99パーセント間違いないと参謀本部では結論づけています。これが本当なら、折角クイラに建設した施設や工場がロウリアの手に渡ってしまうことになります。そうすれば、我が国は異世界で築いた最初の橋頭保を失うことになるでしょう。」

 

 スティムソンはそう言って、ハンカチで汗を拭いた。

 

「ふむ、君の言う通りかもしれんな。

 現在日本国と大日本帝国……ええい、ややこしいな。

 『二つの日本』とは経済協定に基づき、『それぞれの経済圏を侵害しない』ということになっているから、当然それを守るために、彼らも派兵をするはずだ。

 もし我々だけが派兵しなかったら、世間の笑いものになる――君はそう言いたいわけだな。

 しかしだね……」

 

 ルーズベルトはため息をもらすと、窓の外を指し示した。

 そこにはかなりの数の群衆が、プラカードや横断幕を持って何かを訴えていた。

 『戦争反対!!』『子供を異世界に送るな!』等が主な内容だ。

 

「……彼らが承知するかね? 我が国は民主主義国家なんだよ、スティムソン君。

 もし私が民意を無視して派兵したら、私は大統領から引きずり降ろされるよ。」

 

 スティムソンは「はぁ……」と言うしかなかった。

 現在、アメリカは揺れている。

 揺れている理由は『突然転移した異世界と、どう付き合っていくか』という問題である。

 大統領を始めとする政府や、金儲けの匂いを嗅ぎつけた一部の大企業は『積極的に付き合っていく』との方針を維持していきたい考えだが、何の予告も無しに異世界に放り込まれた一般民衆は、『この世界とは極力関わらない』という意見が大多数なのだ。

 特に亜人――獣人やエルフ、ドワーフ――には、『人間とは違う』等の理由から、白人至上主義者を中心に露骨に嫌悪感を示す者が少なくなく、また異世界に『魔法が存在する』という情報が発表されると、よく分からない力の登場に、民衆の不安はなお一層膨らんでいた。

 ルーズベルト大統領自身は、亜人や魔法に対して何とも思っていないが、人間というものは自分の理解が及ばない出来事には、本能的に拒否感を示す。

 現在のアメリカ国民は、モンロー主義もびっくりの鎖国体制を望んでいる。

 今は止めておいたほうが良いのではないか……それをルーズベルトは言いたいのだった。

 

「……たしかに国民は、ロデニウス大陸派兵にあまり積極的ではないかもしれません。しかし、両国が頭を下げてまでして派兵を頼んできました。この機会を失えば、永久に我が国はこの世界の国々から信用されなくなるでしょう。

 それにロウリア王国なる国は、正直私自身はあまり好感が持てません。彼らは『亜人撲滅』を国是に掲げており、それを否定する人間や国家も殲滅対象としているようです。

 特にロウリア王国軍の『アデム』なる将官は、それが顕著であり、彼が率いた軍勢はそこかしこで虐殺を繰り広げた――そのような情報が現地の大使館を通じ、報告が入っています。

 それにロウリア王国とコンタクトを取ろうにも、彼らは無視を決め込んでいます。一週間前の『ヒューストン砲撃事件』を大統領はお忘れですか?」

 

 コーデル・ハル国務長官が述べると、ルーズベルトは眉をひそめた。

 『ヒューストン砲撃事件』とは、ロウリア王国とコンタクトを取ろうと、ロウリア南部の海岸に接近した重巡洋艦の『ヒューストン』が、ロウリア王国軍の沿岸砲台から何の警告もなく砲撃された事件を指す。

 この事件では、乗っていた外交使節にも『ヒューストン』の乗組員にも死者・負傷者ともゼロであった(そもそも砲弾は命中どころか、届いてすらいなかった)ものの、『ヒューストン』は大事をとって引き返し、この事件はアメリカ政府に『こんな国も存在する』という認識を抱かせることになった。

 

「確かに、あの事件はロウリア王国の危険さを証明した事件だったな。

 しかし、国民に派兵を理解してもらうには、まだ時間が掛かる。

 同盟国たる日本帝国の対応を見てからでも、遅くはないと思うがね。」

「分かりました、大統領。この件は保留とします。

 続きましては、偵察に向かった機が次々と行方不明となっている、ハワイ東方海域の調査ですが……」

 

 アメリカの決断は、まだ掛かりそうだった……




 いかがでしたでしょうか?
 リアリティを出してみようと頑張ったら、少し後味の悪い感じになってしまいました。
 読者の皆様、そしてこの作品をお気に入りとしてくださった皆様には、申し訳ないと思う次第です。
 次こそ、ドンパチ回に入れると思います。

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