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中央暦1639年 6月13日朝
城塞都市エジェイ 西の門
ギムより出発したロウリア軍東部諸侯団先遣隊は、行軍の途中で敵の妨害を受けることなく、無事に2万の兵をエジェイ西側5kmの地点に展開させることが出来た。
既に少数の兵を偵察に送り込んでいるため、敵の様子も間もなく判明するはずだ。
「なのに何だ、この嫌な予感は……」
東部諸侯団団長のジューンフィルアは、湧き上がる不安を拭い去ることが今でも出来ないでいた。
幸い現時点までに敵による攻撃や妨害を受けたことは全くなかったため、兵たちの士気は全く衰えていない。しかし攻撃を受けていないこと自体が、かえって不気味であるとジューンフィルアは感じていた。
もしかすると、敵は既にこちらの意図に気づいていて、様子を窺っているのではないだろうか?
そう考えていると、部下の一人が楽天的に声を掛けてきた。
「しかし、なんとか期日までに布陣を終えることが出来ましたね、ジューンフィルア様。
敵も我々を迎撃することなくエジェイに閉じこもっているようですし、こりゃ楽勝ですよ」
「油断するなよ、第15騎馬隊を全滅させた攻撃の正体がまだ分からないんだ。気を引き締めんと、思わぬところで足元を掬われるぞ」
「しかし攻撃は行軍中にも、部隊展開中にもなかったじゃありませんか。
もしかすると、我が軍に恐れをなして撤退してしまったのでは?」
「そうだろうか……」
ジューンフィルアは部下を戒めつつ、敵の動向に考えを巡らす。
そうなってくれていたら、これほど幸運なことはない。だが敵も軍事組織である以上、何らかの罠や計略を巡らせている可能性は十分考えられる――いや、そうに違いない。
何しろ一個騎馬隊を生存者も無く殲滅した敵だ。むしろ手くずね引いて待ち構えているだろう。
しかしその攻撃の正体が分からない。現時点で考えられるのは『高出力魔法による攻撃』だが、その痕跡が全く無い以上、その可能性は限りなく低い。
では、それは何か――
思考が堂々めぐりに陥りそうになった、その時、
「ジューンフィルア様! あれを!!」
東部諸侯団の幹部達が叫んで、空の一点を指し示す。
見ると「バタバタバタ……」という音を立てながら、奇妙な白い飛行物体が接近してきた。
行軍の疲れを取るために休憩していた兵士たちも、何事かと空を見上げて騒ぎはじめる。率いてきた馬たちも、空気を叩くような音に驚いて暴れだし、騎兵たちが慌ててなだめにかかる。
「何だ! ありゃあ!?」
「新種のワイバーンか何かか!?」
「いや、ワイバーンとは違うぞ!!」
瞬く間に野営地は混乱のるつぼと化すが、その物体は地上で繰り広げられている騒動など知った事ではない――と言いたげに、野営地上空の弓矢も届かない高空で停止すると、白い紙を大量にばら撒いて去っていった。
部下の一人が、拾った紙をジューンフィルアのもとに持ってくる。
それを一読して、ジューンフィルアは凍り付いた。
『二時間以内に現陣地を撤収し、全軍をこの地より退却させよ。
我々は貴軍の位置を完全に把握しており、全ての攻撃手段を貴軍に対して使用する用意がある。
退却の意思が見受けられなかった場合、我々は貴軍を攻撃する。
日本国陸上自衛隊第7師団 師団長 大内田和樹陸将
大日本帝国陸軍第二五軍 司令官 山下奉文陸軍大将』
(ついに来たか……)
ジューンフィルアは噂に聞く強敵の出現に、思わず武者震いを覚えた。
今のところ、自分たちが負ける道理は何一つない。兵の士気は旺盛だし、武器だって最高のものを取り揃えている。しかも、こちらは2万人という大軍なのだ。日本軍が何万人揃えてくるのかは分からないが、ちょっとやそっとで崩壊する兵力でもない。
(しかし、攻撃日時を事前に知らせてくるとは……どうにも解せんな。
敵将は余程戦に自信があるのか、あるいは単に律儀なだけか……どちらにせよ、油断は禁物だ)
ジューンフィルアは頭の中であらゆる可能性を考えてみたものの、納得する答えは見いだせなかった。
そのため、とりあえずは隊列を組ませて戦闘に備えつつ、周りを警戒せよとの命令を下した。
__________
「敵部隊、隊列を整え始めたり。戦闘準備と見受けられる」
エジェイに派遣されている通信隊からの報告に、山下は「やはり」といった様子で頷くと、野戦司令部の天幕に詰めている参謀たちを眺め渡した。
「皆。聞いての通り、敵は徹底的に戦うつもりのようだ。
参謀長、『鯉』兵団に連絡。『各部隊は作戦通りに移動し、攻撃準備にかかれ』と伝えよ」
「分かりました。通信兵!」
鈴木参謀長が司令部付きの通信兵に命じると、通信兵は即座に山下の命令を無電で伝え始めた。
それに伴い、司令部天幕の中も、参謀たちの声や紙の擦れる音などの喧騒に満ちてゆく。
__________
2時間後
陸上自衛隊 第7師団の野戦陣地
「これは……一体……?」
陸上自衛隊第7師団、その砲撃陣地に運び込まれてきた兵器群を見て、帝国陸軍の観戦武官である加藤少佐が発した疑問の呟きを、大内田は聞き逃さなかった。
「ああ、あれは『MLRS』という兵器でして、直訳すると『多連装ロケットシステム』といいます。この兵器は広範囲の面積に展開する敵を制圧するために米国で開発されたもので、あの箱状の中に12発のロケット弾が装填されていて、1発あたり644個の子弾が内蔵されています。あれが空中で炸裂すると、1台で7728個の子弾が敵陣に飛んで行く計算になります。我々第7師団はこれを12台持ってきているので、総数9万発以上の子弾を目標に対してばら撒けることが出来るということになります」
「なんと! 9万発以上ですか……」
「ええ。でもこれは本来は国際条約で使用禁止にされている弾種なんです。しかし、我々自衛隊の懐事情はお世辞にも良いものではありません。なので廃棄処分待ちのものから使おうということになったんです」
「なるほど。ところであちらの兵器は? 見たところ戦車のようですが……」
「あれは『99式155mm自走りゅう弾砲』といいまして、名前の通り榴弾砲を搭載した自走砲です。射程距離は30km以上にもなりますよ」
「それは凄いですなぁ……羨ましい限りですよ。我が軍の榴弾砲は外国のものと比べると、射程距離で若干劣っていますので……」
加藤少佐がそう深いため息をついたのを見て、大内田は苦笑を浮かべた。
これは別に帝国陸軍の野戦重砲の質が悪いためでも、ましてや兵士たちのせいでもなく、陸軍の大砲行政そのものに根本的な欠陥がある。
当時の帝国陸軍は大砲の更新時期が近づくと、外国より最新の大砲を輸入し、それを研究して模倣することによって技術の蓄積を図ってきた。しかし外国の軍がおいそれと最新の大砲をくれる訳もなく、必然的に帝国陸軍は列強各国と比較して技術的に一歩出遅れるのが常となっていたのである。
米国との友好関係によってその傾向は徐々に改善されつつあるが、第一次大戦による大砲の射程距離の進化を見抜けなかったことや、国力の問題で数を揃えやすい野砲や山砲を重視してきたこと、そもそも狭い国内の演習場では野戦重砲を使う訓練に多くの制限があることなどから、未だに全面的な解決には至っていない。
――――閑話休題。
大内田と加藤が話をしている間にも、MLRSと自走砲の群れはあらかじめ決められた場所に陣取って、砲撃準備を整えてゆく。加藤少佐にはそれが、獲物を今か今かと待ち受ける猛獣の行動のように感じられた。
傍らでは大内田が、側近の幹部に問いかけた。
「では、敵に撤退する様子はないんだな?」
「はい、一切ありません。それどころか隊列を組み、戦闘態勢を整えつつあるようです。今ノウ将軍にも確認を取りましたが、エジェイの外に友軍が展開していることはあり得ないとのことです」
「そうか……なら仕方ない。攻撃を許可する」
大内田が目を瞑りながら命令すると、部下の自衛隊員たちはそれに従って、テキパキと配置についてゆく。
「座標、エジェイ西側に展開している武装勢力!! 多連装、斉射用意……撃てっ!!」
その号令と共に、湾岸戦争とイラク戦争で『スチール・レイン(鋼鉄の雨)』とイラク兵から恐れられたクラスター弾が、各車両より4、5秒ごとに連続して発射され、空に消えてゆく。
さらに自走砲も砲撃を開始するのを見て、加藤は場違いにもこう思ってしまった。
(俺たちの仕事はあまりなさそうだなぁ……目標が生き残っていればの話だが……)
__________
ジューンフィルアら幹部達が立つ丘の下にある平野部では、東部諸侯団配下の兵士たちが整然と列をなして、攻撃開始の命令を今か今かと待ち受けていた。
一応敵の攻撃を警戒して、一部の兵には散開して警戒線を敷くよう命令している。この陣形であれば、どこから敵が攻撃してきても、即座に対処可能なはずだ。
二時間前に飛来した奇妙な飛行物体から投下されたビラも、彼らの戦意を喪失させるには至らない。それどころか、兵士たちは自分達が挑発されていると勘違いして、一層士気を高揚させていた。
そんな中ジューンフィルアは、敵の意図を未だつかめないでいた。
(もうすぐ敵が予告した時刻になるが、未だに何もないな……やはりハッタリか?)
ジューンフィルアは疑念を抱きながらも、部下に攻撃命令を下そうとした。
その時――
(――!!)
ジューンフィルアは突如、言いようも知れぬ嫌な予感を感じた。
その嫌な予感はたちまち形を成して、彼の心に大きな影を落としてゆく。
もしかするとそれは、生き物としての本能的な危機察知能力が、彼に与えた警告だったのかもしれない。
それが「死」であるとジューンフィルアが気づいた、その瞬間――
ドガーン!!! ズドーン!!! バババーン!!!!!
突如として、隊列の真ん中が大きく炸裂し、続いて巨大な爆発音が辺りに轟き渡った。
爆発は平野部にあった土と、そこにいた人間をまるで紙切れの様に吹き飛ばし、バラバラにして空に放り出す。 兵士たちは完全に恐慌状態となり、四方八方に逃げ惑うが、上空から振り下ろされる死の鎌は誰一人逃しはせず、平等に死をもたらしていく。
それはもはや戦ではなく、一方的な虐殺に近いものだった。
「な……な……何だっていうんだぁ!! これはぁっっ!!!」
ジューンフィルアは茫然と立ち尽くし、その現実離れした光景を見ることしか出来なかった。
平野部には連続して巨大な爆発が起き、国内外から精鋭無比と謳われた部下たちが、敵の姿を見ることも、剣を交えることも叶わずに、ただひたすら情け容赦なく、そして効率的に死へと追いやられてゆく。
絶望的だった。
ありえないことだった。
あってはならないことだった。
「ひ、引け……引けえっ!! 退却せよょっっ!!!」
ジューンフィルアは自身も半ば恐慌状態に陥りつつも、必死に命令を飛ばして部下を退却させようとした。
しかし、そんな彼の努力を嘲笑うかのように、死神は彼の元にもやってきた。
「!!!――」
ジューンフィルアは、ふわりとした浮遊感を感じた瞬間、爆発と共に空中高く放り投げられた。
ふと、彼は自分の体を見てみる。
下半身と、右腕が無くなっていた。
そのまま、彼は意識を閉ざした――
__________
「な……何なんだ……一体、何が起こっているのだ!?」
エジェイにある城の作戦会議室から望遠鏡を使うことにより、戦場の様子を眺めていたノウは、正確無比な日本の攻撃を見て絶句していた。
敵陣からは猛烈な爆発が立て続けに起こっており、土煙で詳しいことは分からない。しかし爆発の度に人間らしきものがなぎ倒されていくところや、折り重なっている死体が見えることから、敵が大打撃を受けているらしいことは辛うじて分かった。
日本の連中がどんな風に戦うのか楽しみだ、と高みの見物を決め込んでいただけに、これは予想外かつ衝撃的な光景だった。
「バカな! 5kmも離れているのにどうして……!?」
「な、何なんだ!? 爆裂魔法か!?」
「いや、爆裂魔法でもあんな攻撃は不可能だ!!」
「だとしたら何だ! 日本は神竜を味方につけているのか!?」
騒ぎ立てる参謀達と魔導師達だったが、そこに横から答えが返ってきた。
「これが『科学』ですよ。我々は科学によってあのような攻撃を可能としてるんです。
少しは分かっていただけましたか? 我々の軍事力がどのようなものか」
聞きようによってはノウ達を馬鹿にしているような口調でそう言い放ったのは、第二五軍の連絡将校として派遣されていた辻政信中佐であった。
ノウは辻の顔を見ると、顔を真っ赤にしながら詰め寄る。
「しかし、あのような攻撃は魔法無しでは不可能だ! 君たちは『魔法が使えない』と聞いていたが、秘密裏に魔術師を多数養成していたのではないのか!?」
「ですから、その前提からして間違っているんですよ。我々は魔法などという曖昧かつ効率が悪いものではなく、科学技術という確固たるもので文明を築いているんです。
まあでもこれで、科学は魔法よりも上の存在であることがはっきりしましたな。後は我が帝国陸軍にお任せ下さい。あなた方公国軍の助けなど必要ありませんので」
もはや完全に挑発している辻に対し、参謀や魔導師達は怒りに満ちた視線を送る。
それに構わず、辻は通信兵を呼びつける。
「司令部に通達。『作戦第一段階終了、第二段階に移られたし』だ」
「了解しました!」
辻は通信兵を見送ると、満足そうに作戦会議室を見渡した。
「さあ、ご質問はありますか?」
__________
「隊長、司令部より通達! 『作戦開始』とのことです!」
「よし、いよいよだ! 全戦車に通達『前進せよ』!」
第三戦車団に所属する前川少佐は、待ってましたとばかりに指揮下の全戦車に前進命令を下す。
第二五軍の直轄部隊である第三戦車団は、戦車連隊一個と複数の自動車化部隊で構成された部隊で、機械化があまり進んでいない帝国陸軍にとっては、文字通り虎の子の部隊である。
この部隊はあらかじめ二手に分かれた上で、エジェイの南北に布陣して命令を待っていた。
作戦はごく単純なもので、ロウリア軍が自衛隊の攻撃を受けて混乱しているすきに、すかさず南北より敵部隊を包囲、殲滅することが第三戦車団には求められていた。
「さて、初めての陸戦だ。敵さんのお手並み拝見といくか」
前川はそう言うと、まだ見ぬ敵に思いをはせた。
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また投稿が遅れました……
最近、新しい小説を構想中です。構想が固まり次第、書いていきたいと思っています!