1936年4月
大日本帝国 東京
「とんでもない話だ!」
「断固承服しかねる!」
「海軍は陸軍を何だと思ってるんだ!」
東京にある通称、「三宅坂」の陸軍航空本部内の会議室に、罵声が巻き起こった。
「陸軍機と海軍機の一体化だと!我々に海軍の指揮下に入れというのか!
海軍は傲慢にもほどがある!」
陸軍航空本部長である畑俊六中将はそう言い放って、向かいに座っている山本五十六海軍航空本部長を、まるで親の敵でも見るような目で睨みつけた。
「指揮下に入れと申し上げている訳ではありません。
ましてや、我々海軍は伊達や酔狂でこんなことを言っている訳でもありません。
戦闘機だけ別々に作って、爆撃機と航空発動機の一本化を推し進めたいだけです。」
山本中将が平素と変わらぬ口調で穏やかに言うと、陸軍側の第二部員の一人が、立ち上がって言った。
「しかし山本中将、これには無理がありますよ。
陸軍機と海軍機とでは、求められる性能も役割も、まるで違います。
だからこそ別々に設計や開発をしているんじゃないですか。」
「それが無駄だと言っている。」
山本はぴしゃりと言って、その部員を鋭い眼光で見据えた。
「現時点で海軍は九六式中攻を開発して配備しているが、この機体の総合的な性能は、速度と防弾を除けば、今君たち陸軍が開発しているキ21(後の九七式重爆)と比較しても、何ら遜色ない。
そもそも、今までの航空行政そのものに無駄が多過ぎだ。
爆撃機だけでも機体を統一し、航空機の生産能力を上げるべきであると僕は思う。」
山本がそう言うと、隣に座って話を聞いていた航空本部総務部の池田中佐が、立ち上がって言った。
「これは何も悪い話ではありません。陸海軍で航空機を共用出来れば、その分大量生産が可能となり、また価格も安く出来ます。
また発動機を共通のものとすることにより、整備の手間が省け、整備兵の教育も一本化出来ます。
我が海軍は予算の大半を艦艇―特に戦艦の建造と維持に回しており、航空関係の予算はそんなには回ってきませんから、陸軍の方々との共同開発とすれば、開発費用や製造費用は陸海軍とも節約できます。
これには大きなメリットがありますよ。
もちろん、すぐに共通化せよとは言いません。次の爆撃機開発からで結構です。」
「ううむ……」
陸軍側からは何とも言えないうなり声が発せられた。
たしかに、陸軍関係の予算は海軍と比べると、お世辞にもいいとは言えない。
「海軍と共通の機体を使う」というのは何とも悔しいが、現実として金が無いのだ。
「……分かった。爆撃機は陸海共用としよう。
ただし、戦闘機は独自開発させてもらうぞ!これは譲れん!」
「もちろんです。任務が違いすぎますから。」
山本はそう言って、微笑んだ。
その後、九六式中攻と九七式重爆の後継機開発計画がスタートした際、海軍は陸軍の意見を導入、開発に反映させた。
後に「一式陸上攻撃機『呑龍』」と呼ばれることになる機体が、産声を上げた瞬間であった……。
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