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昭和17年(1942年)1月24日 午前9時
”元”日本海 大日本帝国海軍 第七戦隊
この時、第七戦隊第一小隊の重巡洋艦『高雄』『阿蘇』の二隻は、第十駆逐隊の『細雪』『淡雪』『春雪』『粉雪』の四隻の朝潮型駆逐艦と共に、哨戒任務に当たっていた。
手すきの乗員は皆甲板上に上がり、目を皿のようにして周囲を警戒している。
日本海――今はそれに『元』がつくが――が、もう周知の海ではないことを、全ての乗組員が理解しているが為の行動であった。
今より三週間以上前(より正確には三週間と三日前)の元旦に、日本全土を震度3弱の地震が襲った。これによる被害は全く無く、地震も直ぐに収まったため、国民の大部分は気にも留めなかったが、それを境として米国以外の世界各国との通信が途切れてしまった。
帝国政府と軍部は「遂に来るべきものが来た」と判断し、直ちに陸海軍の全部隊に警戒態勢を整えさせると共に、新聞やラジオを通じて国民に「非常事態が発生したため、物資を配給制とする」旨を告知した。
国民は突然の事態に混乱し、不安に駆られたが、天皇が「心配せず、通常通りの生活をするように」とラジオを通して呼びかけたため、表向きは混乱は収まった。
また政府は米国へ特使を派遣すると共に、この非常事態に対して協力を要請。アメリカ側としても帝国との協力態勢を拒む理由は無いため、特に問題なく協力が決まった。
同時に海軍は連合艦隊に対し、周辺海域の探索と哨戒を命令、水上艦と潜水艦、航空機による哨戒網の構築が図られた。
既に伊号潜水艦と飛行艇が、帝国の西南西の海上に『未知の砂漠の陸地』を発見したため、近く日米合同で調査隊が送られる予定だという。
「司令、そろそろ変針時刻です。」
哨戒部隊の旗艦である重巡『阿蘇』の艦橋で、艦長の伊集院 松治大佐より報告を受けた、第七戦隊司令の上月少将は頷いて言った。
「変針。進路――」
「艦長!西上空に国籍不明機!」
左舷見張り員が緊張をはらんだ声で報告した。
「国籍不明機だと?進路は?」
「まっすぐこちらに向かってきます!」
その報告に、艦橋内は直ぐに緊張に包まれる。
「高度は?」
「三〇(3000m)!」
「分かった。艦長、念を入れて対空戦闘の準備を。ただし、合図があるまで発砲は禁ずる。」
「了解しました。対空戦闘用意!」
上月が落ち着き払った声で命じると、伊集院は『待ってました』とばかりに対空戦闘の準備を命じる。
『対空戦闘用意』のラッパが吹き鳴らされ、左右両舷に二基づつ、計四基設置されている高角砲や多数が設置されている25mm機銃に、キビキビとした動作で兵員が取り付いてゆく。
猛訓練の賜物か、直ぐに戦闘態勢を整えることが出来た。
他の艦も準備を完了したようだ。
「不明機、高度を落としました!」
「分かった!命令あるまで発砲するな!」
見張り員の報告に、伊集院は各所に伝声管で命令を伝える。
上月はふと思い、通信参謀の永倉少佐に向かって告げた。
「通信参謀、近くの航空隊に戦闘機の応援を頼めるかな?出来たらでいいんだが。」
「海軍の航空隊でしたら、舞鶴の航空隊が近いです。陸軍の戦闘機隊もたしか近くにいたかと。」
「よろしい。この際だ、応援は陸海を問わない。」
「承知しました。」
永倉少佐が通信長に命じようとしたとき、また見張り員の報告が飛び込んだ。
「不明機、高度一〇(1000m)で当隊の周りを旋回しています!」
「何のつもりだ。連中?」
伊集院が首を傾げたとき、驚愕の報告が飛び込んだ。
「不明機の機体に日の丸があります!」
「なんだと!」
その報告に、上月は目をしばたたかせた。
西暦2015年 同日 同時刻
同海域 海上自衛隊 P-3C機内
山田は目の前にあるものが信じられなかった。
自分が見ているものは、紛れもなく前時代的な軍艦――それも帝国海軍の軍艦である。
昔プラモデルで作ったことがあるためか、それが重巡の『高雄型』であると直ぐに分かった。
しかし、それはあり得ない。
帝国海軍は既に解体された組織で、その艨艟は全部沈んでしまったはずだ。だから我々海上自衛隊が発足されたのだ。
周辺の国だって、こんな古い軍艦はもう造っていないし、保有しているという情報もない。
しかし、現実にそれは海の上を走っている。
旗竿と艦尾に旭日旗を誇らしげにはためかせながら。
こんな、ことが――
「機長、機長!どうしましょうか?」
副機長の田中が問いかけるなか、山田は我に返って言った。
「写真を撮れ、急げ!」
クルーの一人が慌ててデジカメで撮影を始める。
「機長、国籍不明艦の奥に陸地が見えます。どうやら向こうも哨戒中みたいですね。
それにしても…よく似ていますねぇ、旧海軍の軍艦に。」
尾崎が言うと、山田も答えを返した。
「全くだな。昔作ったプラモを思い出したよ。でも何で旭日旗を掲げてるんだ?
俺たちは『異世界転移』したんだろう?今度はタイムスリップか?」
「分かりませんよ。ですけど、これだけは分かります。
俺たちは、とんでもないことに巻き込まれてるってことが。」
「機長!不明艦が無線を発しました!おそらく味方に連絡したと思われます!
退避を具申いたします!」
「まて!ギリギリまで触接を続ける!」
無線手が怯えたような声で告げると、山田は断固たる口調で言った。
しばらく不明艦の周りを旋回し、艦隊の全容と陸地の写真を撮り続ける。
不明艦隊は重巡二隻と駆逐艦らしき護衛艦四隻で構成されており、全ての艦に旭日旗がある。
向こうも『敵』と断定しかねているのか、撃って来ない。冷静な指揮官がいるのだろう。
15分ほどそうしていると、
「機長、レーダーに反応あり!速度から考えて、おそらく戦闘機です!
後五分ほどでやってきます、直ちに退避を!」
「分かった!全速力で退避!」
レーダー手の太田が告げると、山田は退避命令を出した。
『P-3C』がいくら時速700Km以上出せるとは言っても、所詮は運動性能など期待できない鈍重な四発機だ。
対戦闘機戦闘が任務の戦闘機とは比べるまでもない。
最悪、撃墜される恐れがあった。
(それにしても、何なんだろうな。この世界は……
分からないが、その答えはあそこにあるような気がする……)
山田はその思いを胸に抱きながら、現空域を離脱した。
重巡『阿蘇』艦橋 同日 同時刻
「逃げたようですね。」
伊集院艦長がそう言って額の汗を拭うと、艦橋内の全員が、不明機から攻撃がなかったことに安堵の息をついた。
応援に派遣された零戦隊は、しばらく後を追っていたらしいが、やがて悔しそうに戻ってきた。
どうやら捕捉することはかなわなかったらしい。
上月司令官は戦闘態勢解除を命ずると、連合艦隊司令部宛に電文を発した。
『発、第七戦隊司令部。宛、連合艦隊司令部。
当隊は〇九〇〇、第十駆逐隊と共に日本海の哨戒任務中、国籍不明機と触接せり。
不明機は西方より、高度三〇にて当隊に接近。後に高度を一〇に落として周りを十五分にわたって旋回せり。
攻撃は受けなかったものの、偵察任務と思われる。
不明機の機体形状は四発機、おそらく爆撃機と認む。
機体には日の丸が描かれ、機体側面に「海上自衛隊」の文字列を確認。
速度は非常に速く、戦闘機でも追いつけず。
より一層の厳戒態勢が必要と具申す……』
後日、日本政府は山田機の撮影した写真を解析し、これが本物であることと、陸地の稜線が日本海沿岸地域と一致したことを確認。この国――仮称「もう一つの日本」に、使節を派遣することを決定した。
最初に見つけた未知の大陸には『いずも』を派遣することが決定していたため、もう一つの日本には『いせ』と『ひゅうが』、更には念を入れて、ミサイル護衛艦の『はたかぜ』と『しまかぜ』並びに汎用護衛艦の『まつゆき』『あさゆき』を派遣することとした。
いかがでしたでしょうか?
海上自衛隊の派遣艦隊の艦艇がバラバラなのは、転移による混乱の為とお考え下さい。
また文中での政府の呼称は「日本国」の場合は「日本政府」、「大日本帝国」の場合は「帝国政府」「帝国海軍」等と区別化することにしました。
感想、ご意見等お待ちしております!
・高雄型重巡洋艦
同型艦:『高雄』『阿蘇』『鳥海』『摩耶』
基準排水量:1万3400トン(改装後)
全長:203.8m
全幅:20.7m
速力:34ノット
機関出力:13万馬力
兵装:50口径20.3㎝連装砲5基10門
40口径12.7㎝連装高角砲4基8門
61㎝4連装魚雷発射管4基 魚雷24本
25㎜3連装機銃4基12挺 連装機銃6基12挺
「昭和2年度艦艇補充計画」に基づいて、1932年に就役した重巡洋艦。
前年に締結された「ジュネーブ海軍軍縮条約」に基づき、排水量を1万トン以内に収めるはずであったが、1300トンほど超過して竣工した。これは補助艦制限のため、多くの兵装を詰め込んだことが原因である。
水雷兵装を搭載したことにより、場合によっては「戦艦さえも撃沈し得る巡洋艦」として帝国海軍内で活躍している。
・朝潮型駆逐艦
同型艦:『朝潮』『大潮』『満潮』『荒潮』『朝雲』『山雲』『夏雲』『峯雲』『細雪』『淡雪』『春雪』『粉雪』『霰』『霞』 計14隻
基準排水量:2000トン
全長:118m
全幅:10.4m
速力:35ノット
機関出力:5万馬力
兵装:50口径12.7㎝連装砲3基6門
61㎝4連装魚雷発射管2基 魚雷16本
25mm連装機銃2基4挺
爆雷36個
艦艇補充計画「マル2計画」によって、1937年~39年の間に14隻が完成した駆逐艦。
軍縮条約の制限の中で建造された『初春型』『長雨型』の性能に満足出来なかった帝国海軍は、その不足を補うべく駆逐艦戦力の整備を決定。艦形を『吹雪型』とほぼ同じ全長に戻し、武装も強化した。
水雷戦隊の中核戦力としては『陽炎型』にとって代わられた感があるが、強力無比な雷撃力を活かし、敵艦艇を攻撃する。
・零式艦上戦闘機(零戦)
あまりにも有名なため、割愛。