【再構成のため停止】レィル・クローターと魔法生物   作:antique

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水天の涙

 

 

 

アリシアは、トランクから戻ったあとの事をよく覚えていない。正確に言えば、クリスマス休暇も、その後のことも。

ずっとなし崩しに生きていたような気がして、それが幾年分とも感じられて。何より、どこか心の中での思いが欠如したような感覚が、こびり付いて離れなかった。

胸の思いこそ上の空、一応授業も当てられたら答えたし、なにか不都合がない限り休もうとも思わなかった。休んだところで皆と顔を合わすのだから、という半ば諦めのような気持ちでいたのは否定しないし、少なからずそういう考えがあったのも事実。

 

しかし、そうなると、である。

 

少なくともその「心の中での思いの欠如」とやらの真実は、トランクにいた少年少女にしか計り知れないものであるし、実際このぽっかり空いた穴を誰かに打ち明けようとも、相談しようとも思わずに割とのうのうと過ごしてきた。誰にも知られないように、という訳でもなく、ただ漠然と、その気持ちを口に出すまでに、喉に引っかかるものを感じていただけである。

熱情なんてほっぽり出して、スリザリンでの勝手に押し上げられた地位を放り投げてでも、アリシアは何故か、一人になりたかった。それが何を指すのかも、分からないままに。

 

この想いが、気持ちが、その欠如が、誰もが分からない、と豪語する気はなかった。どんなに歳を取ろうと、少なくとも人生に一度はそういった空虚感を感じるものだと思っていた。

肉親が、母が早死し、父が病に堕ちて。それでも、それでも尚こんなにぽっかりとした感覚には陥ることは無かった。

 

何故か。

 

それを自問すること幾星霜、(つい)ぞ答えは見つからず、自答するに至らずに。寧ろ、自問自答できることなく、その果ての自分を見てみたい気もしてきた頃。

自らの気分を映し出されたような、皮肉られたような灰色の空の元に。

 

 

 

フィリップに、呼び出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たか」

 

アリシアを呼び出したフィリップは、アリシアよりも爽やかな顔をしていた。それに少しだけ、あの光景が目に焼き付いて離れない自分よりも、精算が早い彼に嫉妬した。

 

「……で、私を呼び出したわけは?」

「フッ、そう結論を急ぐなよ。君の悪い癖だ」

 

まるでそう問われる事を予想していたかのように鼻で笑われたことにイラつきを覚えつつ、フィリップの隣に座る。睨んでもなお飄々としているその態度は、死んでもなお治らないだろう。

 

ため息を吐きつつ、隣のいけ好かない少年との過去を思い出す。それは、あまり思い出したくないもので。

 

出会い頭に、母の急死と父の病弱を慮った、たった数文字程度の気遣いと、それにしては多すぎる立場の皮肉を投げつけられたのはいい思い出で。アリシアが誇ろうとするものを、全て百八十度目線を変えて心を抉ってきた。

それでも、あれは「こんな人間もいるんだよ」という暗示と捉えれば、なるほど、と思いかけるが、それでもよくもまあ初対面の、それも女の子にズケズケといえたものだと感心する。

知らないことを問えば皮肉と答えを貰い、ゲームをしようと誘えば皮肉と敗北を貰い。ともすれば、ろくなものも貰っていないような気がするが、それをフィリップに願うのはお門違いも甚だしく、それを両者とも分かっているせいで、自分たちの仲は劣悪というわけでも、かといってすこぶる善い、という訳でもなくなった。

自分のことを棚に上げ、高々若輩に教わることもないと、当時は思っていた。だがそれは自分のプライドが、ただの一般市民だった者に負けたくないという聖二十八一族総督家としての理念が勝手に動き出し、よく分からない言い訳をでっち上げてでも、一つだけだとしてもフィリップから勝ち星を拾いたくて、しかしこぼれ落ちるのは全て黒。

それと、皮肉。これで自らの運命を嘆かなかったことこそ、自分が一番誇れるものだと朧気ながらに覚えている。

 

それでも、それでも。

 

自分が記憶している中で、思い出していく中で、ふと思う。

 

──表情が、少ない。

 

笑いにも種類があるのは、全人類の常識だ。それが愉しみから来るのか、楽しみから来るのか、はたまた悲しみから来るのか、情けから来るのかはその時の思い次第だ。

それでも、フィリップの笑いは、大体が、いや、その殆どが、いやいや。

 

その全てが、(あざけ)から来ていた。

 

一度たりとも、それが、「楽しみ」だとか、そういったもので笑ったことは無かった。直近で代表的なものといえば、ダフネがレィル達に自己紹介をした時に。

腹を抱えるほどの大笑いであったにもかかわらず、それは確実にダフネを嘲笑うものであり。傍から見ても分かるからこそ、それ以外での笑いが見つからない。

 

何時しか、ちゃんと笑えているか、と父に問われたことがあった。あの時はちゃんと肯定したけど、その後に会ったフィリップに見抜かれて。

その時の皮肉は、「笑えもしない貴族なぞ、蟲に食われて当然だ」だったはずだが。では、ならば、それでは。

 

 

──誰よりも笑えていない貴方は、どこまで食べられて(笑えなくなって)しまったの?

 

 

「今の今まで、さして何かに執着することもなくボケーッと過ごしてきた気分はどうだ?」

「……正直、あんまりね。世界はいとも簡単に変わる。捉え方の問題だと気付かされたわ」

「それはそうさ。何せ世界とは個々人の所有物であり、同時に人々の共有物だ。ある一方からは正義と見られ、もう一方はもうひとつの正義であるのに対岸からは悪として見られてしまう。この世界の悲しき(さが)だ」

 

一度たりともアリシアの方を見ずに、フィリップは語る。そんな様子に、どうしても不機嫌になってしまう。

いや、と思い返す。そもそも彼はちゃんと人の顔を見ない(・・・・・・・・・・・)、まともに話そうとしていた自分が愚かだったのだ。

自分が思っているよりも交遊があるはずなのに、その全てを「知人」で終わらせる辺り、彼の付き合いの悪さがうかがえる。実際、世間一般でとらえる「友人」というコミュニティは確かにフィリップの方が軍配が上がるし、そういった友人付き合いができない立場であることも、当然アリシアは理解している。

しかし、これがマグルの世界だったならば、その付き合いの悪さもそれで正しかっただろう。学校というものは奇妙であり、プライマリーからハイまでの学校は、そのときに得た友人とは全然付き合わないのだ。

家が近い幼馴染みというものもあるかもしれないが、フィリップは大体はカリフォルニアから来た娘症候群を発症するほどの距離感しか取らない。この一点を母親であるアガルタも容認しているので余計にたちが悪い。

 

「史実の方が過激であると差とされた演劇作家でも、ついぞ現実を図れなかった。もしこの世にしっかりと(・・・・・)現実を図ることが出来る人物がいるのなら、それはきっと皮肉屋だ」

「……あなたなら、そこでアンデルセンの名前が出てくるかと思ったけど」

「おいおい、君は本当に人を理解しないな(・・・・・・・・)。彼も確かに皮肉屋だったが、それはこの世に絶望した自分に対してだ。世界まで皮肉っていない。彼の言動はどこか刺さると思ったのならば、それはどこか自分におかしなところがある証拠だ」

 

フィリップはどこか悟ったような顔でそう言った。確かに、自分は他人を分かろうとはしても、それが「解」ったかと言われれば、そうではない。

しかし。しかし、である。

本当にその人を理解しているのは、その人自身である、とは使い古された定型句であり。それこそ、自分だってレィルたちのことをあまりわかっていないくせに、と反論したかった。

しかし、それを口にする前にフィリップは杖を取り出した。いつかみせたペンタグラフを描くように、筆記体で、無駄に流れをよくして。

 

貴方のための物語(メルヒェン・マイネス・レーベンス)。ハンス・クリスチャン・アンデルセンの本質はそこにある。民衆向けの童話作家と思っていたか?戯けめ。そんなはずないだろう(・・・・・・・・・・)。誰しもに向けられた話であるように見えて、少し目を凝らせば今を生きている誰かへのメッセージ(・・・・・・・・・・・・・・・・)に早変わりだ。それをわからんから彼は皮肉屋と勘違いされるんだ」

「それを理解できたら、あなたみたいになるのね」

「無論乱数はあるぞ?レィルもまた、あれを正しく理解していた。メズールやヘルミオネもな」

「……ドラコとダフネは?」

「満点回答が100なら65だな。いい線を引けてこそ、核心を突けていない」

 

正直、メズールがあちら側であることに何ら違和感はない。むしろダフネやドラコが自分(こちら)側であることに安堵している。

一向に本題に目を向けられない状況が、少しだけ頭を冷静にさせてくれた。本題にいかない、というよりも、幼かった頃の状況に少しだけにていたからか。

実際、彼の皮肉は、あのときも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────あれ?

 

「思い出したか?」

 

ばっと、髪を巻き上げるほどの速度でフィリップを見た。そこには、やはり人を嘲るような笑顔を張り付けていて、「悪戯成功」とでも黒インクでベタベタに書いていそうなほどにいい笑顔をしていつフィリップがいた。

 

「この会話は、既製品(・・・)なのさ。過去に戻った気になっていたならお生憎。君はまるで成長していなかったわけだな」

 

記憶の混濁か、それともタイムリープしていた?いや、それはない、今いる場所は、紛うことなくホグワーツだ。

脳をいつになく、いや、過去に類を見ないほどに回転させていく。知っていたはずだ、この会話を。

予想できた質問のはずだ、予想できた答えだったはずだ、予想できた未来だったはずた。こう答えればこうなると。

 

───────なんで、繰り返している?

 

───────しかもこの会話は──

 

「その答えを、ここに開いていこうか?喜べ少女よ(アリシア)、これが本題だ」

 

バン、と。いつのまにか持っていた空白の本をきれいに音をならしながら、フィリップは、見る人によれば卑下たる笑みを浮かべていた。

 

 

仮面をつけた父親(オーロック)顔もロクに覚えていない母親(ラズーリ)、産まれてくるはずだった顔もわからない弟(グリゴーレ)を失った少女は、その歳では確かに静観していた。だがそれは、見方を変えれば、(No)。彼女は諦観していたのだ。無けなしの愛さえくれなかった母親が、家を残すために奮闘した父親が、産み落とされもしなかった弟がこの世から去っていった。故に彼女は愛に飢えた」

 

 

 

 

「使用人たちがくれる敬愛(・・)ではダメだ。地位を狙う賊の下賎なる欲求(・・)は論外。気楽に話せる馬鹿共の友愛(・・)もダメだ。新しく出来そうな親友の隣人愛(・・・)も」

 

 

 

 

「だが少女は不意に、一匹の蛇(レフィア・レギス)と出会った。蛇はその壮大なる寿命からすれば、残り滓のような灯火を必死に守り、いつか来たる敬愛した主の血族を心待ちにしていた。この悲願を果たしてもらおうと、ずっと、ずっとその灯火と共に抗っていた」

 

 

 

 

 

「遂に果たされた悲願こそ、蛇の求めたものだったのだろう。だがそれは、一つだけ誤算があった。死に際に、少女にあるもの(・・・・)を教えてしまったのだ。敬愛でもなく、友愛でも、寵愛でも、憎愛でも、なんでもなく」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただ───誰かを待ち続けるという、その意志を」

 

 

 

 

 

 

 

「─────分かるか?アリス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────君はようやっと、「()」を知ったのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………あぁ。そうか。

 

アリシアはようやく理解した。ぽっかり空いた穴がなんだったのか、あの虚無感は、空虚な、何かの欠如とは。

 

初めて愛を教えてくれた(ヒト)の、世界からのリタイアだったのだ。

 

「……ぁぁぁ」

「そうだ、それでいい。それが正常な反応だ」

 

アリシアは蹲る。もう全て遅かったのだ。

マッチを売ってくれたあの少女は既に居ない。これからは、一人で生きていかなければならないのだ。

父親が、母親が、生まれてこなかった弟が居なくなって幾年。それは、あまりにも遅すぎた認識。

フィリップはもうこちらに見向きもしない。皮肉られていた灰色の空は、ようやく歩き出せるようなその道を祝福しているようで。

誰にも剥がせないと思っていた仮面を、自分から剥がしに行く愚かさを嘆いたとしても、やっぱり空は自分を皮肉っているのだと睨みたくなってきた。だって、こんなにも素晴らしい、気持ちの良い、文句の付け所もない晴天が、今の気持ちなわけがないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「愛してくれた存在の欠落は、何時しか水天の涙となるんだ」

 

「ぅぅ…あぁ……ぁぁああぁぁぁぁ!!!!!」

 

アリシアはようやく、彼らの死を受け入れた。

 

 

 

 

 









ども、メロンブックスで通販した同人誌がまだ来なくてイライラし始めてきてるAntiqueです。はよ読みたい。

久々の5000文字超え!やったぜ(達成感)
割と今回はサクサク書けた気がします。フィリップのアンデルセンのところ、でっち上げなんで本気にしないでくださいね?

今回はアリシアの仮面を剥がすだけの回です。それ以上もそれ以下もありません。
それでも、彼女の凍りついた心を溶かすのは、フィリップやメズールなどの腐れ縁、ダフネやドラコみたいな従者、レィルやヘルミオネなどの親友ではなく、幾年も待ち続けたヒロインだ、っていうのはプロットにもありました。
それが早いか遅いかの違いだったんで、やはりその場のノリに任せた方がいいんですかねぇ……?

では、次の話で会いましょう、サラダバー




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